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北からの手紙2

 とはいえ、腕の立つ傭兵を騎士にしようにも、騎士というのは領主が叙勲をすればなれるというものではない。

 相応の教育を受ける必要があるのだ。

 エチケットと、マナー。貴族に準ずる知識と、騎士独自のルールを頭にたたき込む必要がある。そのために騎士の家系は幼いうちから身内に学び、あるいは従騎士として騎士から教えを請うものだ。


「手柄がほしい騎士や従騎士はみんな国境だし、それなりの地位にいる騎士はわざわざうちの騎士になんかなりたがらないし……」

「身分が下の貴族様の家から~こうすぱーっと取ってきちゃうのはいかがですか~?」

「禍根が残ることはしたくないのよ」


 いらぬ恨みは買わないが私の代のダルマス家方針である。


「うーんうーん、ちょっとくらいなら護衛が減ってもなんとかなると思うんですぅ。旦那様のツテがある傭兵、すごくたくさんいるって商会の人が言ってましたしぃ。その捜し物、どこまで取りに行かないといけないんですかぁ?」

「国の北方の、アグナヴァルというところよ」


 地図が読めるとも思えないメアリなので、何気なく口に出した地名だったのだけれど、メアリが一瞬目を見開いて肩を震わせた。


「……どうかしたの?」

「あ、いえ。その場所、聞いたことがあります。神殿騎士がいる北の聖地だって」

「ええ、それで間違いないわ。もしかして行ったことがあるとか?」

「まっさかぁ! 私、故郷の田舎とダルマスの館以外の土を踏んだことないです~!」


 けらけらと口を開けて笑って、メアリは手を振る。


「うちの村や近所の村の男の子が、たまに神官様に迎えられて、アグナヴァルに行ってたんです。こんな田舎町じゃ仕事もないからって。普通は騎士になんかなれないけど、アグナヴァルに行けばちゃんと聖書とか読めるようになって、神殿騎士になれるって。神殿騎士の中には、貴族様にお仕えする騎士になった人もいるんですよ! 夢がある話ですよねぇ~。女の子は絶対連れて行ってもらえなかったので、羨ましかったのを覚えてます」


 口元に手を当てたまま、思い出した光景をそのまま口にしている様子のメアリが、はっと視線を私に戻す。


「あ! もちろん、今は私の方が絶対幸せですからね!オディールお嬢様はお優しいし、このあいだなんかお菓子を一皿まるごとくれたんです! なんか不思議な味のするクッキー!」

「そう、それはよかったわ」


 それは多分薬草の入ったクッキーのはずだ。

 珍しくオディールが風邪気味だったので、砂糖をたっぷり使ったクッキーに混ぜたが、ごまかせなかったらしい。

 しかし、オディールを素直に慕ってくれるメアリに言う必要はない。


「これからもオディールをよろしくね」

「は、はぁい!お嬢様は私の世界一大切なご主人様です~!お任せ下さいジゼル様っ!」


 ぱっと花が咲いた笑顔で、礼もそこそこに扉を飛び出してしまう。

 メイド長に見られたら叱責されそうだ。

 長い三つ編みが扉の向こうに消えるのを見送って、手元の手紙のほこりを払う。

 とりあえず手元にあった書類から片付けてしまおうと羊皮紙の束を持ち上げる。

 直近の予定を組んでいく。

 アグナヴァルには行っておきたい。だが、気軽に遊びに行ける場所でもない。

 爵位継承を済ませてしまいたかったのだけれど、もうひとつ、季節のいいうちに済ませてしまいたいイベントがあった。  

 オディールの成人式だ。

 デビュタントは社交界デビュー。成人式は、神へ成人を報告する儀式のことを言う。

 通常成人から一年以内に行うものだ。

 生涯にわたり仕える神を選び、その加護を祈る。


(お宮参りとか七五三的なものかなぁ)


 ゲーム中には設定した誕生月で発生し、選んだ神によってステータス補正がうけられるイベントだった。

 ステータスの上昇領は完全にランダムで、望む数値が出るまでリセットマラソンを繰り返すプレイヤーもいた。良い加護が得られれば、その後の攻略が格段に楽になるのだ。

 そのため、効率を求めてゲーム開始早々に誕生日を設定することが多かった。


(当初は私も自分の誕生日を設定していた気がするけれど、周回すると情緒とかそういうの削れがちだよね……)


 ちなみに私は魔術を司る主神エール神に祈って、ほんの少しだけ魔力をアップさせた。全体量ではなくて、耐久性。まぁモブらしい微々たる加護だったので、魔力の器が治ってパワーアップ!なんて奇跡は起きなかった。


(私の爵位継承は秋頃でも良いかな。オディールの成人式、盛大に祝ってあげたいし)


 領地内の神殿がお世辞にも立派と言えないのが気がかりだが。

 爵位を売りに出すか検討するほど貧しかった領地なので、神殿への寄進もずいぶん長いことできていなかった。かつてはご立派な神殿があったらしいけれど、もはや文献にしか残っていない。

 大理石は石材として横流しされ、神像まで盗まれている有様だった。

 ダルマスの館には礼拝用の神殿があるけれど、それにしたってさほど立派なものではない。


(どうしても王都の神殿とかと比べちゃうなぁ)


 無論神様はどれほど小さなメダイにだって宿るし、真摯な祈りを聞き届けて下さるものだ。それはわかっているのだけれど。

 どうしたって歴史ある荘厳な建物の方が御利益があるような気がしてしまう。


(オディールには、少しでも良い加護をもらってほしい)


 魔力暴走に巻き込まれたり、窓から突き落とされたり、地下牢に閉じ込められたり、普通のレディなら3回は楽園の門をくぐっている。


(やっぱり、騎士が必要だわ。さっきメアリが神殿騎士が貴族に仕えたといっていたけれど、合意があればうちに騎士として来てもらえるかしら)


 大軍を指揮しろというのではない。

 必要なのはマナーと地位と名誉、それからオディールの護衛だ。

 王城やほかの貴族の館まで同行が許される、ボディーガード。平民であっても神様のお墨付きがあれば地位を問われないのは神官達も同じこと。


(なんとか、ならないかしら。こう、お金とかで)


 神殿への寄進額について考えながら帳簿をめくっていると、豪快な音を立てて執務室の扉が押し開けられた。

 扉の前に人が居たら吹き飛ばされそうな勢いで開かれた扉は壁と扉の両方にダメージを残し、蝶番が文句を言いたげにきしんでいる。


「お姉様!」


 当然、観音開きに開かれたドアの向こうに立っていたのはオディールだ。


「オディール。入室するときは先に声をかけなさい、危ないでしょう」


 メイドに扉を開けさせるという貴族仕草はもう家では諦めている。

 せめて、ミュージカルばりの登場シーンを控えめにしてほしい。

 




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