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北からの手紙 1

 スパイスを入れたお茶の香りが鼻先をくすぐった。

 用意された茶菓子には可愛らしい春の花が添えられていて、山積みの書類のプレッシャーを和らげてくれる気がする。

 執務室の扉を叩く軽い音に答えると、扉を開けたのはメアリだった。

 オディールの部屋付メイドである彼女が私を訪ねるのは必ずオディールが何かやらかしたときなので、手元の書類仕事を中断する準備をする。


「失礼いたしますっ、ジゼル様。あのぉ、お手紙なんですけどぉ」


 相変わらず間延びした口調で、メアリは手紙を両手で持って差し出す。

 通常手紙は執事か、アンが分類して整えた上で持ってくる。

 メアリが私宛の手紙を持ってくること自体がイレギュラーだ。

 戸惑いが顔に出ていたのか、メアリがきゅっと眉を寄せた。眉間にしわが寄る。


「あのぅ、その、これ、リネン室の棚の隙間に落ちてたんですぅ。その、すぐ目の前に外廊下があるじゃないですかぁ、多分風かなにかで飛んじゃったんじゃないかなぁ~って」


 女性にしては背が高いメアリが、身を縮ませてぷるぷると震えていると、なんだか小動物をいじめているような気分になる。

 私宛の手紙なら、正しくは執事かアンに渡すのが筋だ。

 けれど、受け取った手紙はくたびれ汚れていて、受け取ってから日数がたっていることを伺わせた。

 急いで届けなくてはという善意が勝ってしまうのだろう。こうして届けた後で、メイド同士の序列や仕事の範囲を思い出して、やらかしてしまったことを自覚するわけだ。素朴なメアリの人柄故のことだと苦笑する。


「ありがとう、メアリ。助かったわ」


 誰を叱責することもないと請け負うと、メアリはぱっと顔を上げて晴れやかな笑顔を見せた。


(素直な子)


 オディールの側で苦労ばかりかけていることだろう。

 彼女の善性がオディールに良い影響を与えているのかもしれないとも思う。

 送り主は一角商会。

 一角獣の封蝋を砕いて手紙を開くと、ご依頼の件について、という書き出しだった。

 私は目を見開く。


『尋ね人を見つけました』


 瞬間、私の脳裏に浮かんだパステルカラーのパッケージ。


『楽園の乙女』   


 少しずつおぼろげになっていく記憶の中、パッケージに描かれていた人物は五人。

 主人公、王子、貴公子、魔術師、それから、騎士。


(ソフィアには会えた。シャルマンにも、ユーグにも、リュファスにも。ダルマスが、オディールが断罪されるルートはすべて潰せたはず)


 それなのに、背筋を這う冷たい感覚が消えないでいた。

 王都を舞台とする乙女ゲームである以上、登場人物が同時期に王都にいなくてはいけない。だから、王都の商会の人間に人を探してもらっていた。

 王都の見習い騎士ルネ。

 いわゆる少年枠で、ソフィアやオディールと同い年の登場人物だった。

 基本的に中世ヨーロッパ貴族風のドレスや宝石が盛りだくさんの他ルートと違い、平民出身で肩書きやしがらみのない初恋のような甘酸っぱいストーリーだった。 

 オディールによって遺物の窃盗容疑をかけられたソフィアが、証拠を集めるというのがストーリーだった。証拠となるアイテムや証言を集められないとバッドエンドになる。

 最後の証拠はルネが探し出してくれるので、ルネの好感度を上げる必要がある。

 バッドエンドは罪人として髪を切られ修道院に押し込められるというものだった。

 最愛の少女が悪役令嬢によって陥れられた。怒りの彼の刃が、そのままオディールに振り下ろされたことは想像に難くない。

 加害性がストレート、持たざる者が故の直接的な恐怖だった。

 ソフィアが誰のルートに進むかわからなかったので、彼の動向はどうしても把握しておきたかった。

 しかし、今年の冬にタウンハウスに積み上げられた報告書に紛れた調査結果は、私の手を止めさせるに十分な内容だった。


『該当の騎士は、王都の貴族、私兵共に在籍しておりません』 


 ソフィアの物語は、私とオディールが知らずにソフィアの危機を救ってしまったせいでゆがんでしまっている。

 もともとダルマスに敵意などないヒロインだったけれど、むしろ好意的になっていた。

 それなのに、王太子のダルマスへの敵意だけは残っていた。

 ジゼルとリュファスが婚約してこじれていた原因も、情や愛ではなかった。

 いずれも、表面的な原因を取り除いたと思っても、ダルマスを没落させオディールを処刑台へ送るというルートが残り続けていたのだ。

 誰かの悪意だけがいつまでも溶けきらずに鍋の底に煮詰まっているようだ。 

 だから、彼が今どこに居るかだけでも、確認したかったのだ。

 一途さわやかルート担当の少年騎士ルネが、ダルマスと全く関わりのない人生を送ってくれているという確信を得たい。

 その一心で、一角商会の伝手を使って騎士になるはずだった少年を探していた。

 デビュタントからの騒動で後回しになってしまっていた。


『北部の神殿騎士に、ルネ=フィデリオを名乗る少年がおります。容姿も年齢もお探しの方と一致しました』


 報告書の表面をなぞる。見慣れた名前をたどり、安堵とも不安ともつかない感情がずしりと心臓の上に重しのように載せられる。

 報告書の日付はもう二ヶ月も前だ。

 王都にルネがいないという報告を受けてすぐ、一角商会にそのまま捜索範囲を広げるよう依頼した。王都から帰って早々にこの手紙が届いたことになるが、確認や追加の報告はなかった。


(アンが取りこぼすとも思えないし……)


 本当に不運な事故で、手紙が風に飛ばされてしまったのだろう。

 一角商会の支店名はアグナヴァル。ダルマスからは北方の土地で、大きく山を迂回しないといけないのでそれなりの長旅を覚悟する必要がある。


(後継者教育も爵位継承もあるのになんで今北方旅行? ってなるわよね。そもそも、なんで彼を探してたのか、とか説明しなきゃいけなくなるし……)


 一角商会に人捜しを頼んだときはどうしたんだったか。


(以前に体調不良で困っていたときに助けてくれた少年を探してほしい、みたいな適当な嘘をついたんだっけ)


 王国北方に住んでいる少年がダルマスに住んでいる私と面識がある方がおかしい。

 静養や旅行を兼ねて近隣の領地に行くことはあったけれど、北方に行ったことはない。


「うーーーん……」


 これがオディールだったら、『行きますわよ!』と準備もそこそこに馬車に飛び乗ることができるのだけれど、私のやることとなるとまず叔父の心配が勝ってしまう。

 無理を強行すると、成人男性(それも強面高身長そこそこマッチョ)が玄関に大の字になってじたばた暴れながら『俺に義姉さんに続いてお前まで楽園へ見送れというのか! どうしても行くというなら俺の屍を乗り越えていくがいい!!』と叫び出すいう見苦しいものを召喚する羽目になってしまう。

 以前は咳ひとつすればベッドから起き上がらないよう指示するような過保護だったのだから、これでもましな方だとはわかっている。わかってはいるのだけれど。

 すぐ近くでそわそわした気配を感じて顔を上げると、メアリがまだそこに立っていた。

 落ち着かない様子でこちらを伺っている。


(ああ、私が難しい顔をしていたのね)


 相も変わらずこの顔は気を抜くと悲劇の主人公のような顔をして、目の前の人間を不安にさせてしまう。

 手紙を受け取って、もの悲しげな顔をする主人に、退出しようにもできなかったのだろう。

 意識して笑顔を作った。


「あ、あのぅ、ジゼル様」

「大丈夫よ、メアリ。たいしたことではないの。捜し物が見つかったというだけの、どちらかというと良い知らせなんだけど……確認のためには遠くまで行かないといけなくて。うちには、専属騎士もいないでしょう? すぐに人を用意できなそうで」


 これもダルマスが没落した影響である。


 実のところ、現在ダルマスには騎士がいない。食うに困るほど困窮した時代に、解雇したにしろ逃げ出したにしろ、みんないなくなってしまった。

 領内の治安は、網のように広げた一角商会の販路と、それを守る護衛達で守っている。土地の自警団に商会を通して金を渡し、必要であれば出動してもらっている。

 野盗退治や魔獣退治などは専用の傭兵を雇っており、彼らを派遣して地元の自警団と共に鎮圧、駆除を実施している。

 いわば半分外部委託のような形を取っているのだ。

 自前の騎士団を持つのは大変コストがかかる。

 さらに、王国の多くの貴族は、叙勲された正規の騎士に土地を与える。

しかしダルマスの現状を鑑みれば、商会の網の目の中に自治権を認め、監督の及ばない穴を作ることはマイナスにしかならない。

 国境の小競り合いに兵を供出することを求められても、国境が遠いダルマスからだとさらに遠征費がかさむ。維持費と派遣費用の合計よりは安いので、という理由で出兵を拒否し、金を払って免責されている。

 食料や薬の手配など、役務の提供はあるらしいのだけど、それらを加味してもやはり人間をそろえるよりずっと安く上がるらしい。

 一角商会の情報網で、必要な場所に必要なだけの戦力を配置し、あるいは増減を調整し、最低限の人件費で治安を維持する。

 商人らしい父と叔父の方針である。

 そんな事情で、ダルマスには経済的に回復した今も、叙勲された騎士がいない。


「えぇ~、商会の護衛達を連れていけばいいんじゃ、よろ、よろしいのでは?」

「それをすると叔父様が必要以上に護衛を私につけてしまうでしょう? 商会の業務に支障が出るのは本意じゃないのよ……やっぱり、ほんの数人で良いから、専業の騎士が必要ね」


 王城や神殿、格式の高い場所へ連れて行ける護衛が全くいないことの危険性を最近はひしひしと感じている。

 幼馴染み達がクタールの騎士を貸してくれることも大変ありがたく思っているけれど、関係性が悪化した瞬間に選択肢からも消える戦力というのは不安が過ぎる。



 自前の武力が必要だ。

 オディールのためにも。というかオディールのために。

 オディールが鞭を取り出す前に、間に立ってかばってくれる人が必要だ。



 主に相手の方を。





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― 新着の感想 ―
重~い雰囲気で始まった今回のエピソードですが、ムチを振り回す妹令嬢が相変わらずで安心いたしました♪
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