黄昏色の夢
水面の向こうに、薔薇色の巻き毛が揺れている。
背景はめまぐるしく変わるけれど、中心に立つ少女の姿は変わらない。
断頭台を背に、あるいは夜の森の中で、豪奢な大広間で、まるで世界中を敵に回したような、絶望と憎悪のまなざしでこちらを見ている。
首を落とされ、首を縊られ、喉から刃を突き出して、血にまみれながら。
オディール、そう呼びかけようとした。
けれど、どうしてだろう。
深紅の巻き毛。
見慣れた紫水晶の瞳。
私は何故か、彼女の瞳の色は紫ではない気がしたのだ。
だって、彼女の瞳は……――色のはずなのに。
目が覚めた。
ひゅうと、隙間風のような音がして、それが自分の喉から聞こえる音だと理解するまで十秒以上を必要とする。
指先が氷のように冷たく、それなのに血液が巡る音がこめかみのあたりからどくどくと聞こえる。
ひびだらけの魔力の器から、にじみ出た水の魔力が体に影響を及ぼしているのだ。
体の中、本来魔力が巡るはずのない場所に魔力がこぼれ落ち、冷やしていく。
窓の外は薔薇の季節だというのに、喉を通る呼吸は真冬のそれだ。
「けほっ、けほ」
気管支が冷たい空気に耐えかねて、空咳が出る。
ベッドサイドに置かれた水差しに触れて、魔力を注ぐと、ゆがんだ氷の薔薇を作り出した。辛抱強く、集中して、余分な魔力を放出する。
薔薇だかキューブだかわからない前衛的な氷像を三つほど作った頃、ようやく呼吸が楽になった。
ほんの数ヶ月前のこと、オディールのデビュタント直後の騒動で、大量の魔力を無理矢理コントロールしたことが原因だろう。
診察をしたリュファスが不安そうな顔を隠せていなかった。
深いため息と共に、しっかりと両手を握って、リュファスは言った。
「魔力を使えなくなったと思ってくれ」と。
魔力の器が壊れれば、体だって無事では済まない。
(結構、便利だったのにな)
ふ、とため息をついた。
リュファスの暴走を止めたのも、地下で生き埋めにならずに済んだのも、この水の魔力のおかげだった。
そもそも、普通の令嬢なら遭遇しない危機ばかりで苦笑してしまう。
(オディールが守れたんだから、後悔はないけど……不都合があるとすれば、縁談くらいかなぁ)
ぼんやりと、夜明け前のうっすらとした藍色を窓越しに見つめる。
母親の居ない伯爵令嬢が、社交界でそれなりの扱いを受けていたのは、母親譲りの美貌だけではない。この魔力があったからこそ、配偶者候補として値段をつり上げることができていたのだ。
魔力が強いことは十分に喧伝されている。
子供の頃とはいえ、今や王国の星であるリュファスと拮抗したこと。
シャルマン王太子が、公爵家の対抗馬として恋人に名指ししたこと。
戦場に出る可能性のある令息と違い、令嬢に求められる魔力の強さとはその『素養』がほとんどだ。子供に、血筋に、いかに魔力を残せるか。
だから、本人が使いこなせなくとも問題はない。
とはいえ、かつて診断されたとおりリュファスのような魔力の強い令息との間に子供を作ることはできないだろう。
「……ペットか、家畜の交配みたい」
ぽつりと呟いて、あまりのむなしさに目を閉じる。
貴族の結婚なんてそんなものだ。
ここは乙女ゲームの世界で、ヒロインとヒーローの間には愛があるかもしれないけれど。
私は、あるルートの脇役。そしてほとんどのルートのモブなのだから。
多くは望まない。
私と、可愛い私の妹が、生き残ることさえできるなら。
すっかり慣れた、神への祈りを小さく口にして、また目を閉じた。




