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白手袋の庭師

 ユーグが飲み物を手に会場に視線を巡らせると、目当ての人物はすぐに見つけることができた。


 華やかな夜会の隅にいて、ジゼル=ダルマス伯爵令嬢は壁の花でありながら視線を集めていた。淡雪の君の再来と呼ばれた彼女は、デビュタントと同時に社交界の話題をさらっておきながら、病気がちという理由でどの夜会にもほとんど顔を出さないことで有名だ。


(この夜会のホストは一角商会の太客だから、ジゼルが出席していると思ったんだ)


 予想が当たったことにユーグは満足げに微笑む。

 長いまつげの落とす影がうるんだアメジストの瞳から感情を隠し、シャンデリアの揺れる灯りが瞳に映り込むと、まるで彼女が泣いているかのように見えるのだ。

 気軽に話しかけづらい雰囲気だ。


(壁の花なのは体力がないからだし、あの表情は大方出かける前にオディールが何かやらかしたんだろうな)


 最悪な初対面からはや四年。良き友人、良き隣人として、もはや身内のようにダルマス伯爵家の内情を把握しているユーグである。


「うーん、やっぱりいいよなぁ、『淡雪の君』!」


 色を含んだ軽率な声が聞こえて、ユーグは足を止めた。視線を動かせば、二人の貴族令息が柱にもたれて無遠慮な視線をジゼルに向けていた。

 顔と名前がかろうじて一致するかしないか、ぎりぎりの境界線。つまるところ、下級貴族の次男以下だとユーグは判断する。


「そうかぁ?俺はああいうなよなよした女はタイプじゃないな」

「いや、そこがいいんじゃないか!想像してみろよ、しなだれかかって潤んだ目を向けてくるジゼル嬢を」

「悪くはないが、なんというか、愛人向きって感じだな」

「それな! あー、ジゼル嬢が伯爵家なんかじゃなかったらなぁ」

「そこは逆玉の輿を狙っていくところだろ。本当にお前は顔しか見てないな」


 げらげらと品のない笑いをふりまいていた貴族令息は、突如として真上から降り注いだアルコールに会場中に響くような悲鳴を上げた。

 突然の出来事に振り返ると、はたしてそこにはユーグ=クタール侯爵令息がいた。

 冷たい瞳に、淀んだ澱を沈ませて、グラスの中身が空になるまで無言で白ワインを注ぎ続ける。そうして最後の一滴まで注ぎきると、ユーグは口元を持ち上げて微笑んだ。

 これっぽっちも人間味のない、氷のような微笑みだった。


「失敬。手が滑ったようだ」


 偶然そばを通った給仕の使用人が、盆にグラスを載せたまま固まっている。

 ユーグが空のグラスを盆に載せ、新しいグラスをとると、まだワインをかけられていない令息が、呆然としている相方の上着をひっつかんで逃げ出した。

 ユーグが会場を睥睨すると、皆何事もなかったかのように夜会を継続する。

 王国でも指折りの資金力を有し、将来は貴族院の一員となるユーグを敵に回していいことなど何もない。とはいえ、その視線に蔑みや敵意が混ざっていることも感じている。


(もっと力が必要だな)


 魔力以外に力はたくさんある。積み上げて武装して、大切な人を誰一人取りこぼさないようにしたい。


(僕が一生をかけて幸せを願う女性に、愛人だと? ふざけた連中だ。庭の肥料にしてやろうか。ダルマスの赤薔薇に食われてしまえ)


 剣呑な思考を表情に出すことなく、ユーグがまっすぐにジゼルのいる場所へ向かうと、ジゼルが顔を上げて微笑んだ。

 なじみのない夜会に、顔見知りを見つけた安堵の笑顔だ。それ以上の意味はないとわかっていても、心臓は勝手にときめくので、ユーグはぐっと口を引き結んで表情筋を律した。


「ユーグ、何かあったの?」

「ああ、手元が滑って知人にワインをかけてしまってね。最近書類仕事が多いから手首が疲れているのかもしれない。申し訳ないことをしたな」


 しれっと嘘をついて、ユーグは殊勝な表情を作った。


「大丈夫? 働き過ぎじゃない?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ジゼル」


 顔に浮かんだ疲れを見逃すまいとじっと見上げてくるジゼルに、ユーグはにっこりと微笑む。


(まぁ、僕が何に忙しくしているのか知ったら、さすがにジゼルでも怒るだろうな)


 指先が冷たい気がして右手を目線に持ち上げると、白い手袋からかすかにアルコールの香りがした。さっきの件でワインがこぼれたのだろう。


「最近少し、害虫駆除が忙しくて」


 そう、先ほどのような。


「そうなの? 蝗害か何か? ダルマスではそんな報告を受けてないけど」


 眉間にしわを寄せて真剣に考え込むジゼルを見下ろして、ユーグは笑顔を崩さない。クタール侯爵領の農作物は今年も豊作で、ついでに過去百年にわたって蝗害など受けたことはない。


「いや、庭のことだよ。花に虫がつくんだ」

「それならオディールに相談してみましょうか? 何か力になれるかも」


 妹のことになると輝くばかりの笑顔を浮かべるジゼルに、ユーグはあきれ半分嫉妬半分でため息をついた。


「いや、遠慮しておくよ」

(オディールにとっては僕こそが害虫だろうし)

「踊っていただけますか? ジゼル嬢。その後は馬車までご案内しますから」


 目を丸くしたジゼルが、また春のように笑う。

 諦めきれない初恋に、ずっとあがいている。



 見下ろすこの罪悪感と劣等感を、笑って飲み込めるようになるまで、もう少しだけ時間稼ぎすることを許してほしい。






みなさまお久しぶりです。

嬉しいニュースがあったので大喜びで書いていたのになんだか外堀埋めようとしてより大きな溝を掘ってる気がするユーグができあがりました。不思議。

拙作にお時間を割いていただき、ありがとうございます。

いただいた感想は一つひとつ大切に拝読しております!

これからも精一杯取り組んでまいりますので、どうぞ温かく見守っていただけましたら幸いです。


嬉しいニュースについてなのですが、悪役令嬢の姉ですがモブでいいので死にたくないの2巻が!発売されることになりました!

コミックも文庫もどちらもです!嬉しい!これも皆様のおかげです!


詳しくは活動報告に書かせていただいております。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。


【コミック第2巻発売】

『悪役令嬢の姉ですがモブでいいので死にたくない2』10月17日(金)発売決定です!

【小説第2巻発売】

『悪役令嬢の姉ですがモブでいいので死にたくない2』9月17日(水)発売決定です!



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― 新着の感想 ―
え?ユーグ闇落ち完了していません? それとも直前? 闇 に引き摺られているのは確かなようですが……
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