捕らわれないお姫様2
土まみれで、ボロボロで、寒くて、それでもオディールが無事だと思えば心が軽くなる。
「外、出られるかしら」
コン、と氷の天井をたたく。
それなりの空間を確保しているとはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。持ち込んだメイドの服はどこかへ行ってしまったし、私とオディールがここにいることが見つかればカエルラ公爵襲撃犯というとんでもない罪状を着せられてしまう。
「そんなに深くないと思いますわ。木の根がここまで見えていますし……きゃあ!?」
氷の隙間から土をいらっていたオディールが悲鳴をあげた。
黒く湿った土のなかから転がり出たのは、小さな頭蓋骨だった。
深淵を覗くような暗い眼窩から、オディールは目をそらさなかった。
頭蓋骨へ触れ、微笑んで見せた。
「……ええ、大丈夫。必ず、あなた方も、外へ出して差し上げますからね」
木の根が伸びる。
骨を砕いて、押し広げて、少しずつ穴を大きくしていく。
「オディール、そんなに魔力を使って大丈夫?」
「お姉様には言われたくないですけれど。……ここの木は、ずいぶん魔力をため込んでいるみたい」
(それは……)
周囲の白骨死体が眼に入る。桜の木の下には、の、薔薇バージョンと言うことだろうか。どう見ても貴族だろう装飾品を着けた骨もある。リュファスが持っていたあのデザインの古い指輪も、ここに埋まっていたのだろう。
連なる骨をたどるように木の根の操作を繰り返すと、ほんの少し、光が差し込んだ。
まるで骸骨達が道を空けてくれるような光景をぼんやりと見上げていると、やがて表層の土が重さに耐えきれないように崩れ、ぼろぼろと崩れていった。
躊躇なく骸骨を踏みつけにして地上へ出たオディールが、振り返って手を差し伸べてくれる。同じように、白い骨を足がかりに、小さな手につかまって地上へ出た。
昼を過ぎた生ぬるい太陽の光が差し込む中、遠くにざわめきが聞こえる。
人の気配に振り返れば、リュファスが立っていた。
ただ、ぽかんと口をあけて幽霊でも見たような顔をしている。
「……クロリス?」
小さく呟かれた言葉の意味がわからず、首をかしげる。
「リュファス?」
私の声をかき消すように、地面を蹴る慌ただしい足音が聞こえてきた。
「……っ、ジゼル! オディールも、無事だったのか」
ユーグが息を切らしながら走ってくる。
「ユーグ、リュファスも。どうしてこちらに?」
オディールが目を丸くする。
「様子見に来たんだよ。決めた時間までお前らが戻ってこなかったら、王太子殿下に『友人とご訪問』いただく手はずになってたんだ」
視線で問うオディールに頷いてみせる。最低限の保険はかけていたけれど、可能な限り使いたくなかった。自棄を起こした人間が一番恐いので、王太子に踏み込まれた公爵家の人間が私とオディールを殺してしまうなんていうシナリオもあり得たのだ。
公爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
庭の一部が崩れたのだから当然だが、騎士の姿は見えない。
「反対側の壁に穴いたからそっちに人手とられてんだろ」
おそらくは穴を開けた張本人が肩をすくめる。
「王太子殿下の来訪中に襲撃があったということで殿下の騎士達を公爵邸に入れている」
それで『偶然に』地下室の死体か、違法の薬物かを見つける予定だったのだ。
「……ひどいな」
ユーグがぽつりとつぶやく。
無数の白骨が、薔薇の根元から露出していた。
「これが白日の下にさらされれば、カエルラ公爵家も罪を逃れることはできないだろう。本人は?」
「この下に。……生きているかは、わからないけど」
私の言葉に、ユーグが眉間にしわを寄せ、慮るような表情を見せた。
慰めの言葉を探そうとするようなユーグに、私は首を横に振る。
ユーグが何か声をかけようとして、飲み込みうつむいた視線の先にオディールがいた。腰に手を当てて、呆れたような顔をしている。
「あら、ようやく私に気がついて?ぼさっとしていないで、さっさとエスコートして下さらない?」
「うん、オディールは無事だな。つかジゼルの方が死にそうだわ。本当に誘拐されてたのかよあんた」
顎を上げてつんと言い放つオディールに、リュファスが苦笑する。
「相変わらず失礼ねリュファス。ま、その言葉には同意しますわ。これじゃどちらが助けられる側かわかりませんわね、お姉様ってば本当にひ弱なんだから」
「いや、あんたなぁ。今回も結構無茶したんだぜ、ジゼル。大事な妹助けるためなら何だってするって」
リュファスのフォローに、オディールがきっと険しい顔でクタール侯爵家の兄弟をにらみつけた。
「そうやって二人してお姉様を甘やかすのをやめて頂戴、いいえ、中途半端なのよ!お姉様をソファから一歩も動かさずに解決してみせるくらいの甲斐性はないわけ!?」
「その権利がもらえるなら喜んでそうするんだが」
「あげるわけないでしょお馬鹿さん達!百年早いわ!」
「うわぁ理不尽」
ため息をつくユーグと、肩をすくめるリュファス。
反省する気のないオディール。
いつもの光景に、少しだけ肩の力が抜ける。
「……リュファス、人が来る前に二人を外へ。ここは僕が対応する」
「おう、任せた。ジゼル、歩けるか?」
「なんとか」
「本当に気が利かないんだから。聞く前に抱き上げるくらいのスマートさはないわけ?」
「いやそうできたらかっこいいんだけどさ。公爵家の結界に穴開けて壁も壊して出て行く必要があるんで両手開けたいんだわ」
「そういうところよ!そこは片腕がなくなっても紳士として振る舞うくらいの気概が欲しいわ」
「要求水準がおかしいだろ。普通に恐いわそんな奴」
相変わらずオディールが求める紳士の基準が高すぎる。
ちょっと疲れてる程度のレディを抱き上げるために片腕犠牲にされるとかむしろジャンルはサイコホラーなのでは?
リュファスがタウンハウスの壁に手を添えて、火花が散る。
魔力を拮抗させて、組み込まれた術式を壊していく。すぐに、鉄壁を誇ったであろう壁はただのレンガになり、そしてリュファスの手であっさり壊された。
その穴をくぐり抜けると、タウンハウスの裏手の森に出た。川沿いの少し低い場所、木の影に隠れて、馬車が止まっているのが見える。
「一角商会の馬車だ。少し歩くぞ。オディール、そのドレス目立つから俺のローブ着とけ」
「地面を崩せば良いのに」
「魔法は万能じゃありませんって基礎の基礎だろ。気軽に地形変えるような土木工事をさせようとすんな」
リュファスの正しすぎる指摘に、オディールは口をとがらせながら歩き出す。
並んで歩きながら、ふと気になったことを思い出した。
「そういえば、さっき言ってたクロリスって何?」
「え……あー」
リュファスが口ごもる。
そして、少し前を歩くオディールがリュファスに渡されたローブの裾をどうにか適切な丈にしようとひっぱったりむすんだりと悪戦苦闘しているのを眼に入れる。
小さく頷いて、リュファスが身をかがめた。端正な顔がすぐ近くに来て、唇が耳に寄せられる。
「蛮族が信仰してた、女神だよ。国境に行ったときにさ、神殿らしきもの見つけたんだけど、そこに神像があったんだ」
耳元で囁かれた単語の不吉さに、思わず顔を上げる。
「赤毛の女神が、骸骨の中に立ってんの。そのまんまで、びっくりした」
「蛮族の女神、ね」
不覚にも、その単語はあまりにもオディールにぴったりで。
「……聞かれたら平手じゃ済まないと思う」
「だよなぁ?」
気の抜けた笑いが、冷たい空気で満たされた空に響いて、オディールが振り返った。ローブを綺麗に着ることは諦めたらしい。
「ちょっと、距離が近いんじゃなくて?二人とも!」
ぷっくりと、真白な頬が膨れている。
手を伸ばして、オディールの眉間によったしわを指先で伸ばしながら、薔薇色のつむじにキスをする。
「帰りましょうか、オディール」
オディールはぼんやりと、何かを懐かしむように私を見上げて、やがてにっこりと笑った。
「……ええ、そうね。そうしましょう、お姉様」
私たちは迎えの馬車にたどり着くまでの間、互いの無事を確かめるように手を握っていた。
コミカライズ5話のオディールがめっっっっっっちゃくちゃ可愛いです……!幸せ。