ライラックの季節の終わり 幕間
頭の中に本棚を置いて、そこへ本を埋めていく作業が人生だとすれば、私の本棚には二種類の本が入っている。
雪の降る日、高熱にうなされた私は『ジゼル = ダルマス』以外が主人公の本を見つけてしまった。
何者にもなれず、あっけなく幕を閉じる、遠く知らない場所の物語。そして、この世界における自分の末路を知っている私の物語。
前世の私がどんな顔をしていたのか、何度頭の中の本をめくっても思い出せない。
とても平凡な人生だった。
顔は、特別悪くもなかったけれど、美人だとうぬぼれられるような容姿では無かった。
学校に通っていたけれど、クラスのムードメーカーやマドンナではない。いてもいなくても同じ、空気のような存在だったと思う。
友達はいたけれど、私一人いなくなっても、きっとクラスはなにも変わらない。
特別な何かになりたいと漠然と思って、何になりたいかもわからないので何を頑張れば良いのかわからなかった。
ただ新作のゲームがでたり、好きな漫画の新刊がでたり、育てた植物の花が咲いたり、たまにテストの点が良かったり、悪かったり、そんなささやかな幸せで十分だと思っていた。
いつか どこかで なにかをできるような気がしていた。
気がしていたまま、死んでしまったので、気のせいだったってことになるんだろうか。空気が一人分なくなったって、何も変わらない。
こんなにも他人事なのは、私は私が、あまり好きでなかったせいだとおもう。
今、鏡に映る少女は人形のようだ。
ダルマス伯爵領の相続権を持ち、母親譲りの美貌があり、この国では重要視される魔力も持っている。
これだけ恵まれた能力がありながら、身体が弱いと言うだけで、私はなぜか生きることに無気力だった。いつか死んでしまうならもっと早いほうが良いとさえ思っていた。
偶然でも妄想でも、私に別の視点を教えてくれた主神エールに感謝する。
死にたくない。
痛いのや苦しいのはもちろん嫌だし、今度こそ。
今度こそ、今生こそ『何か』を残して死にたい。私は私を好きになりたい。そのために、19才で死ぬなんて絶対ごめんだ。
とはいえ、オディールは日に日に口が達者になって、正面から刃向かってくるようになった。今のところ子供の喧嘩レベルなので言いくるめられるけれど、そのうち実力行使にでられたらどうしよう。
こんなことなら私自身が悪役令嬢に転生したほうがよほどましだったのでは、ままならない運命に頭痛がしそうだ。
朝目が覚めたら、オディールが突然心優しい淑女になっていたりしないだろうか。
主神エールよ、人生そこまで甘くはありませんか。