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贈り物の意味1

 ドレスの御礼についてシャルマンへ手紙を送ったら、王城へ招かれた。

 昼の光の下では壁の城はますます威圧的で、居心地が悪いことこの上ない。

 城そのものが遺物であることを証明するように、許可された人間以外は魔術が使えない作用があるという。それがどう魔力の器に作用しているのかわからないが、王城の奥に行くにつれて喉に魚の骨が刺さったような嫌な違和感があった。

 王太子に会いたくなさ過ぎてストレスを感じているとか、周囲の人間の好奇心マシマシな視線に吐き気がしているとかいうのも関係していそうだ。

 恭しく案内されたシャルマンの私室は、一目でわかる財の輝きに満ちていた。

 その部屋の中央にいるシャルマンの色彩も合わさって、まるで金貨でいっぱいの宝石箱に放り込まれたような気分になる。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「ジゼル嬢、私たちの仲じゃないか、堅苦しい挨拶などいらないよ。私のこともシャルマンで構わない」


 シャルマンが視線を巡らせると、メイドと護衛を一人ずつ残して他の使用人は部屋を出て行く。

 香りのいいお茶を一杯いただいたところで、シャルマンはにっこり笑って足を組んだ。


「それじゃあもう帰ってくれて構わないよ」

「はい?」


 聞き間違いかと首をかしげるが、シャルマンの笑顔は動かない。


「必要なのは、事実だろう?新しい恋人を王城へ招待し、私室へ招いた。これ以上が必要かい?」


 耳元でシャルマンは笑ったらしかった。吐息が耳にかかって背筋が震える。


「それとも、ジゼル。私の可愛い恋人」


 声量が元に戻る。


「こんな日も高い内から私を誘惑して、身も心も骨まで溶かしてしまおうというのかな?」

(風評被害!!)


 社交界の白薔薇から夜の薔薇にクラスチェンジさせられてしまう。


(人を呼び出しておいてすぐ帰れとかやっぱり敵認定されてるか嫌われてる!)


 実際叔父のしたことがあるので致し方ないとはいえ胃が痛い。


「とはいえ、こんなにすぐに帰したんじゃあ呼び出した意味が無いな」


 シャルマンが指を振ると、メイドが音もなく歩み寄ってきて、黒い箱を差し出した。

 ビロードの敷き詰められた重厚な箱にはカードほどの大きさの板が入っており、その表面は精巧な金細工が施されていた。


「王宮の書庫の鍵だ。ごく親しい人間にしか渡さない大切な物だから、是非とも見せびらかして、ついでに中に何があったか自慢して回るといい」

「……浅はかな恋人をお望みなのですね」


 品位のない、浮かれた田舎の小娘ならば、捨てるのだって簡単だ。

 ため息と共に吐き捨てると、シャルマンが少しばかり眉を動かした。


「殿下のお望みのままに。いいえ、愛しい私のシャルマン。あなたが望むのならどのようなことでも、喜んで」


 にっこりと、この顔にできる最大限魅力的な笑顔を意識した。

 せいぜい嫌いな女の嫌味に頬を引きつらせるくらいのことはすればいいと思ったのだけれど、顔を上げた先でシャルマンの口元が面白そうに歪んでいたので、今度こそ回れ右して見なかったことにした。










 シャルマンに与えられた鍵には魔術的な意味は何も無く、ただ綺麗な板きれだった。

 金色で、キラキラして、よく目立ち、そして獅子の紋章が描かれている。

 恋人に花束をもらった少女のようにその鍵を胸元に抱いて、わざとらしくためつすがめつ眺めながら廊下を歩くと、書庫にはすぐにたどり着いた。

 入口を守る騎士達はちらりと鍵を見て、私の顔を確認し、いかにもわかっていますという風に慇懃無礼に下がって扉を開ける。


(これいつまで続けないといけないのかしら)


 飲み込みすぎた文句と居心地の悪さが胃にたまって吐きそうだ。平民が王城の最奥までは同行できないので、アンを頼ることもできない。

 古い本の匂いと、人の気配のない空間にほっと息をつく。適当な時間つぶしにはもってこいの場所だろう。


(嫌われてるなぁ、メイン攻略対象に。やだなぁ、怖いなぁシャルマン王子が敵とか。なんでこうなっちゃったのかなぁ)


 しょぼしょぼと本の背表紙をたどる。


(縁談もだけど、薬師がどうとか言ってたよね……)


 王族のための書庫ならば、外にはない秘密の情報などあるのが定石だ。シャルマンの嫌がらせのためだけに今日を潰したなんて思いたくないので、頭を切り替える。


(薬、薬、薬に関する本は……)


 ふと、視界が明るくなる。書棚の奥に、読書スペースなのか、採光用の窓の下に重厚な机と椅子がいくつか並んでいた。

 光に導かれるようにふらふらと歩いていた私は、眼に入ってきた色彩に思わず声を上げた。


「ユーグ?」


 シャンパンゴールドの髪が午後の光にキラキラ光っている。

 同じ色をした睫毛の下で、泉のような瞳が思慮深い輝きをたたえて潤んでいる。


「ジゼル。どうしてここに」


 ユーグの方もまた、驚いた様子で顔を上げた。


「王太子殿下に鍵をもらったの。殿下の新しい恋人の寵愛ぶりを、見せびらかして、自慢してこいって。ユーグはどうしてここに?」


 ひらひらと鍵を揺らしてみせる。ユーグの手元には、同じ金色の鍵があった。


(そういえばリュファスが、二人は親しいって言ってたっけ)

「ここの書庫には帯出禁止の希少本があってね。確認したいことがあったんだ」


 机に積まれた本を見ると、どれも魔道具に関する題名が並んでいた。そして何より、机の上にはリボンが置かれていた。ユーグが身につけるには少し乙女過ぎるデザインの物だ。


「もしかして、魔道具を作っているの?ユーグが?」

「……ああ」


 ユーグは手元のリボンを隠そうとするように一瞬手を伸ばしたけれど、今更と思ったのか結局ため息をついて苦笑した。


「クタールは元々魔道具の制作が盛んな土地だからね。古くから付き合いのある職人に教わっているんだ。僕には魔力が無いが、回路を作るだけなら、いっそ魔力がない方がいいそうだ。自前の魔力でゆがまないから」

「そうなんだ。ユーグは手先が器用だからすごい魔道具が作れそうね」

「期待しすぎじゃないか」

「蜥蜴の大門を作れちゃう小侯爵よ?きっと後世に残る名品を作ってくれるでしょうね」


 オディールがそうするように顎をそらして断言すれば、ユーグはくすくすと笑う。


「素人の手遊びにその期待は重すぎて潰れそうだ。……クタール小侯爵が魔道具を作っているなんて聞いて、喜ぶのは君くらいだよ」

「そう?そんなこと無いと思うけど」

(例えば、ソフィアとか)


 そういえば先日はせっかくのヒロインとの邂逅シーンだったのに、オディールのせいで無茶苦茶になってしまった。オディールのことなので、ソフィアをちゃんと紹介したとは思えない。


(なんだか、申し訳ないな……)


 謎の罪悪感に苛まれながら視線を落とすと、もうすっかり男性の手になったユーグの指先で、黄金色のパーツが光っている。


「魔道具の中身って初めて見るかも。見てもいい?」

「ああ。もちろんだ」


 ユーグはリボンを広げて、机の上を滑らせるようにして魔道具をよこしてくれた。小さな金属がお行儀良く並んでいる。


「わぁ、すごい。時計みたい」

「そうだな。近いかも知れない」

「この宝石は何?」


 部品の中央に、ひときわ輝く赤い石があった。光を反射しているのではなく自ら光り、チカチカと明滅している。


「ああ、核石だ。魔道具の力の源。使い切りの消耗品だから、このくらいの大きさでもそれなりに貴重品で……、いや、君に説明するものでは無いか」

「え?」

「商会の主力商品の一つだろう?」

「そう、なの?」


 目の前の部品に再び視線を戻してみる。美しくて特徴的な石だ。一目見たら忘れないと思ったけれど、全く記憶になかった。


「知らなかった……」

「そうなのか?まぁ、パージュ子爵の気持ちはわかる。魔道具は基本的に戦いのための道具だから、客層があまりよろしくない。大事な姪に率先して預けたい仕事では無いかな」


 ユーグは一人で納得したように頷いて、こちらに顔を向ける。


「興味があるかい?」

「ええ」

「これが核石だ。実際どういう性質の鉱石なのか、魔術院でも解明できていない。鉱脈はなく、合成もできず、遺跡の中からからしか見つかっていない。遺物と同じ時代の、失われた技術だと言われている」

「……綺麗」


(吸い込まれそうな色……)


 チカチカ、明滅しながら、深い赤が揺らいでいる。赤だけではなくて、光を通したプリズムの色も、小さな石の底に沈んでいる。



 深く、深く、まるで黒になりそうなほど深い、赤色が。




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