身に覚えのないままでいてほしかった2
「ははは、そんな大それたこと一商人ができるわけないだろうジゼル。ほんの半年ほど、カエルラ公爵側が望む方向に動くように、ちょこーっとだけ手を回しただけだ。魔道具とか……魔道具の材料の核石とか……あとは薬の流通をほんのちょーっとずらしたり、止めたりしただけだよ。小さな小さな歯車だとも」
ざっと血の気が引く。
その小さな歯車が、精密な機械を動かすことも止めることもできるのだ。
爵位こそ低いが、叔父の有する商会のネットワークはとにかく広い。オディールの、大抵のわがままを叶えてしまえるほどに。金の力で他人の頬を殴り倒すことに躊躇がない性質は父方の血らしい。
「一体何だってそんなこと!」
頭を抱えてしまう。そりゃあデビュタントでご機嫌にカエルラ公爵が話しかけてくるわけだ。だって自分の派閥の貴族令嬢なのだから。親も後ろ盾も経験もない、使い勝手のいい駒だ。
叔父は眉尻を下げて広い肩を縮め、唇をとがらせている。いかつい大男がそんなポーズをしても全然可愛くない。
「いや、だってジゼルがほら、シャルマン王太子殿下の招待状をお断りしていただろう?ずいぶんと悩んだ様子だったじゃないか」
それは攻略対象に近づくリスクと、シャルマンルートのバッドエンドを思い出していただけだ。
「まぁ、確かに。二代続けて王妃を同じ家から出そうっていうのはなかなか強引だし反発もあることだと思うから。カエルラ公爵家のそういうところにこそつけいる隙、もとい勝機があると見たんだろう?リターンのためにリスクをとるその姿勢、亡き兄さんにそっくりだ。そう思ったら、ちょっと過保護かと思ったけど応援したくなってしまってね」
照れくさそうにはにかんで、叔父は愛しい姪を見る目で私を見下ろす。その瞳には、一ミリの悪意も見えはしない。
「若いお前には大きな決断だったはずだ。お前がダルマス伯爵家の次期当主としてカエルラ公爵側に着くことを決断したのなら、その判断が正解だと言ってやりたかった……可愛い姪に成功体験を積ませてあげたかったんだ!これはそう、叔父心というやつだ!!」
堂々と胸を張って言い切った。
「叔父様!!それせめて一言ご相談いただけませんでした!?」
フラッシュ・モブで望んでもいない公開プロポーズをされた気分だ。
「大人の手を借りずにいろんなことにチャレンジしたいお年頃だと思ってね!」
「家と姪の命運がかかってる場面でサプライズ演出しようという発想を今すぐ捨ててください!!二度と!やらないで!!」
螺鈿細工が美しいテーブルに拳をたたきつけるといい音がしてティーセットがはねた。
ここ数ヶ月で一番の大声を出したせいで喉がからからだ。
しばらくオディールがデビュタントの準備で大人しくしていたので、こんなところで叫ぶ羽目になるとは思わなかった。
「カエルラ公爵側につくつもりはありません! シャルマン王太子殿下と敵対するなんて、もってのほかです。私はまだ死にたくないんですからっ」
「そ、そうなのかい?俺の見立てだと、多分十年もすれば回収できるからそんなに分の悪い投資じゃないと思うが……心配なら俺もフォローするから」
「そういう問題ではありませんわ!叔父様ったら、王太子殿下を敵に回すだなんて、なんてことをしてくれましたの!?身内で無ければ鞭打ちに処してましたわよ!?」
「えぇ……そ、そんなに……?」
オディールも怒りの表情で立ち上がり、眉間にしわを寄せる。そのまま、絶望するように顔を覆ってソファに倒れ込んだ。
「ああもう、なんてこと……なんとかして王太子殿下の誤解を解かなくては……」
両手の隙間からオディールの低いうめき声がこぼれる。オディールの呟きには完全に同意だが、王族に目通りを願うには理由がいる。ましてや、政敵認定されている相手が易々と会ってくれるとは思えない。
しょんぼりと落ち込む叔父の横で、ソフィアはおろおろと視線を彷徨わせている。
突然始まった身内の喧嘩に小さくなっているソフィアと目が合って、私は盛大にため息をついた。
「とりあえず、ソフィア嬢はダルマスのタウンハウスへおいでください」
襲撃者の犯人候補は、王太子かカエルラ公爵か。もしかしたら父親かもしれない。
娘を売り飛ばすような父親だ。重要な秘密を話したことを知ったらどんな目に遭うか。
ソフィアは少しだけためらった後、小さく頷いてくれた。
育ての親は無事だったとはいえ、実の父親に道具同然に扱われてしまうなんて、やはり悲しいことだ。無心に、父親を信じることができた方が、きっと幸せだったろう。
眉間に力を込めて、顔を上げる。
(死にたくない。でも、死なないだけじゃなくて、ちゃんと生きるって決めたんだから。私が変えてしまった運命なら、責任をとらないと)
これからのことを叔父と話そうと思ったところで、分厚いドアをしっかりとノックする音がした。
叔父が怪訝な顔をして、アンへ目配せする。
人払いをしているのにわざわざノックをしてくるなんて、よほど重要な用事なのか。
(なんだろう、嫌な予感がする)
アンが扉を開けると、困惑を隠せない様子の店員と、肩で息をしている男性が立っていた。
男性には見覚えがあった。タウンハウスの使用人の一人だ。
「お話中申し訳ありません、ですが、すぐに、お伝えしなくてはと」
息を切らせながら、使用人が言う。
「タウンハウスに、王太子殿下がおいでです。クタール侯爵家のご兄弟も、ご一緒で」
「は?」
すぐにお戻りください、そう叫ぶと同時に頭を下げる使用人に、正直このまま気絶してしまいたかった。




