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はじまりの日 5

 手持ちのワインはまだ一杯目だろうに、すでに二日酔い並みに顔色の悪い友人達のために水でももらいに行こうかと周囲を見渡すと、会場の空気が動いたのを肌で感じた。


『セザール・カエルラ公爵並びにトリュトンヌ・カエルラ公爵令嬢』


 名前を読み上げられ、白いドレスの令嬢が登場する。

 オリーブ色の髪に飾られた青い羽根が華やかだ。

 砂糖にたかる蟻のように貴族達が群がり、美辞麗句で公爵令嬢を褒め称える。

 それを泰然とした態度で受け流し、トリュトンヌ嬢はオディール同様、侍従に連れられて行った。

 現時点でソフィアの姿は確認できていない。

 身分的には本日のデビュタントの主役は先ほどの公爵令嬢なので、最も入場が遅いはずだ。


(……と、いうことは)


 扉が開けられ、入り口を中心にざわめきが半円状に広がった。


『シャルマン王太子殿下……およびソフィア・リンデン伯爵令嬢』


 はたして、扉の向こうから現れた令嬢は、プレイ時間にして数十時間は見続けた顔をしていた。予想通り、そこには王太子シャルマンにエスコートされるソフィアの姿があった。

 ベージュがかった茶色の髪を豊かに編み上げて、水仙に似た純白の花を飾っている。砂糖菓子を振りかけたような長いまつげの下には、新緑の一番明るい色を集めたような明度の高いペリドットがキラキラと輝いている。 

 白いドレスは、銀糸で花の刺繍が施された、シンプルで可憐なデザインだ。

 手の込んだ刺繍はそれなりに高価な仕立てのドレスなのだとうかがわせるけれど、ソフィアの纏う装飾品は小粒のダイヤモンドが揺れるペンダントと花だけ。


(原作のイベント通り……!)


 ドレスは王太子からの贈り物だけれど、それ以外はソフィアの私物なのだ。一緒に贈られた大粒の宝石をあしらったアクセサリーに気後れしてしまい、ソフィアはそれを身につけずに出席する。互いの身分差や立場、考え方の違いが示される大事なイベントだ。

 そして、そんなソフィアをエスコートするこの国唯一の王子様。

 メイン攻略対象、王太子シャルマン。

 黄色みの強い金髪はまさに黄金の色、明るい茶色に見える瞳は、光の加減で黄金にも見える濃い琥珀の色だ。まぶしすぎて嫌でも目に入る。きらきらしすぎてちょっと目が痛い。

 この舞踏会へのエスコートは、ほぼ必須の分岐イベントではあるけれど、ステータス次第ではイベント失敗となりスチルが開示されない。

 序盤のイベントなので要求される数値はそこまで高くないが、必要最低限を満たさなければ今後攻略が失敗するのでバッドエンドのスチル回収をしているのでなければその時点でリセット必至、ある意味足切り的な分岐点でもある。

 王太子シャルマンは楽園の乙女のパッケージの中央を陣取るメインヒーローで、攻略について最も高いステータス値を要求してくるキャラクターでもある。

 特に、魅力と魔力、この世界の社交界で最も求められるパラメータが高く設定されている。伯爵令嬢が王太子と肩を並べるには致し方ないとはいえ、育成パートで運が悪いと初回イベントの期日までに求める数値に届かないことがあるくらいだ。

 設定難易度からすると周回ボーナスやアイテムドーピングといった補助的なバフ前提の攻略対象だと思われる。つまりそこにいるソフィアは同世代の令嬢に比較してかなり強い魔力を有しているということだ。

 視線の槍にさらされ、緊張から表情を硬くしているソフィアを、他の令嬢と同様に侍従が早々に迎えに来る。シャルマンは微笑みをたたえたまま、会場の誰とも視線を合わせず壇上の座に向かってまっすぐに歩いて行く。一切の質問に答える気がないという拒絶だ。


「!」


 一瞬、優しげな笑みのまま会場を見下ろすシャルマンと目が合った気がした。

 瞬間、背中に氷の塊を放り込まれたような悪寒に足のつま先をパンプスの中でぎゅっと丸める。


(気のせい、よね)


 ダルマス伯爵令嬢と王太子シャルマンは一切の交流がない。

 悪意や敵意を向けられるはずがないのだ。


(そんなことより、オディールは!?)


 ソフィアが白いドレスの令嬢達の列に加わる。王太子のパートナーとして登場したものの、単独の身分としては伯爵令嬢なので、公爵令嬢よりは下位、しかしよりによってオディールのとなり、その上位に案内されることになった。


(まさか、オディールが原作でキレていたのってこれだったの!?)


 平民出身の庶子ではあるけれど同じ伯爵令嬢、そして王太子のエスコートという評価でオディールより上位に位置づけられたことにプライド高いオディールが癇癪を起こしたのが原因だったらしい。

 あまりに衝撃的な登場に、令嬢達の視線はちらちらとソフィアに向かっていたけれど、オディールの視線はまったく動かなかった。

 じっと床の一点を見つめて、何かを考え込んでいるようだ。


(緊張しているのかしら)


 とりあえずソフィアにメンチを切るようなことはしていない。ほっとして胸をなで下ろす


「失礼、ジゼル嬢」


 不意に、後ろから名前を呼ばれる。

 オディールとソフィアに集中していたため、すぐ近くに立たれていたのに声をかけられるまで気がつかなかった。 

 ウェーブがかったオリーブ色の髪が目に入る。髭をたたえた背の高い痩身の男性だった。年の頃は叔父と同じくらい。青い鳥をかたどったサファイアのブローチに、トリュトンヌ嬢の青い羽根飾りが思い出される。

 一目で上等とわかる衣装をまとった男性が、優しげな笑みのまま口を開く。


「初めまして、私はカエルラ家のセザール。オディール嬢のデビュタントおめでとう」


 案の定、トリュトンヌの父親だった。先ほどは遠すぎて顔がよく見えなかったが、この国に二つしかない公爵家の現当主ということだ。ドレスの裾をつまんで、丁寧に挨拶を返す。


「恐れ入ります、ダルマス伯爵家のジゼルです。このたびはお嬢様のデビュタント、おめでとうございます」

「娘と妹君が同い年というのも何かの縁、よかったら仲良くしてやってください。社交界の白薔薇が友人になってくれればトリュトンヌも喜びましょう」

「もったいないお言葉です」


 再度頭を下げながら、疑問符を飲み込む。

 普通、誰かと同席している人物に話しかけるなら、同席している相手に断りを入れたり、挨拶をしたりするものだ。ましてや、私が一緒にいたのはクタール侯爵家令息。この国屈指の金持ちと、王国の星となるだろう天才魔術師だ。公爵家であっても友好関係を築いておいて損はない。

 個人の能力を差し置いても、クタール侯爵家は王国の杖、名門中の名門だ。

 ダルマス伯爵令嬢に挨拶をして、クタール侯爵家を無視する理由がない。


「おや、そろそろ国王陛下へのご挨拶が始まるな。それではジゼル嬢、パージュ子爵によろしく伝えてください」


 柔和な笑顔を残してカエルラ公爵は場を離れる。

 デビュタントのご挨拶が終わったら、主役達が広間の中央でファーストダンスを踊ることになる。婚約者のいない令嬢が身内と踊るのは珍しいことではなく、トリュトンヌ嬢は父親と踊るらしい。

 そういえば私の場合はユーグがパートナーとなってくれたけれど。お相手を募集している状態だった私とは状況が違うのだろう。

 公爵令嬢ともなれば、安易に婚約者以外のパートナーと踊るわけにもいかない。

 隣に立つユーグは、ファーストダンスを踊った五年前より背が伸びて、ずっと大人びている。あの日と同じシャンデリアの下で、あの日と同じ三人で、時間が巻き戻ったような気がしてしまう。

 美しい思い出だ。そして、魔法がかかったようなロマンチックな時間から一転、延々と詫び状とお礼状を書き続ける羽目になった日々も思い出す。

 とうとうカエルラ公爵の背中が人混みに紛れて消えてしまうまで見送って、すぐ左隣、ユーグの立っている場所から舌打ちが聞こえた。

 ぎょっとして顔を上げると、ユーグの麗しい笑顔は数ミリも動いていない。


「根深いよなぁ、魔力主義。親父とは仲良かったらしいぜ、カエルラ公爵。まぁ俺はあの人と話したことないけど」

「貴族主義の筆頭格でもあるからな」

「そうそう。一生口きいてもらえなそー。別にいいけど」


 二人が無視されて、私が声をかけられた理由がよくわかりました。口調が丁寧で笑顔が優しい雰囲気だったけれど、雰囲気だけだったようだ。

 公爵家ともなれば、主義主張で気に入らない格下の貴族を無視するという暴挙が許されるらしい。使用人や平民に人権がないと思ってる、解雇した使用人に刺されて死ぬタイプの人だった。

 そういう考え方が一般的なのは理解しているけれど、私の場合はどこから物語がほころんで死亡フラグが立つかわからないので全方位に敵を作らないよう努力している所存である。

 そうしているうちに、シャルマンの後ろの扉が開き、国王が登場した。

 



 喝采と拍手と音楽と。


 まるで舞台の上のような光景を見つめながら、胃の真ん中あたりを、ぎゅうぅ、と誰かにつねられたような気がした。

書籍化情報について

書影の情報と、店舗特典情報について、活動報告に追加いたしました。


書影が出ました~!

RAHWIA先生の描いてくださった姉妹と兄弟がとっても可愛いです!

是非見ていただきたい…!挿絵も本当に美麗なので……!!

そして店舗特典書き下ろしSSについて、タイトルだけだと誰が出るのかわからないので、活動報告に詳細追加いたしました。



いつも温かい応援にコメントまで、本当にありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
公爵への評価が使用人に刺されて死ぬタイプって辛辣で笑いました
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