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悪役令嬢の必修科目:ティータイム編

 三つの大きな港と広い街道の交差地点にクタールの城はある。

 その立地故、古今東西あらゆる珍品が集まる町としても知られ、遠く外国からも商人が足を運ぶ。

 物が集まれば金が集まり、金が集まれば人が集まる。人が集まることで物が集まり、また金を生む。こうしてクタール侯爵家は王国有数の資産を築き上げてきたのだ。経済規模だけならこの国に二つしか無い公爵家に並ぶ。

 特に魔術に関する道具については他の追随を許さない品揃えを誇り、このクタールで手に入らない物はないと言われるほどだ。魔道具を扱う店だけでできた通りがあり、国中の魔術師達が定期的に新商品や新技術を見物に来るほど活気がある。

 この町の主人、王国の杖と呼ばれるクタール侯爵家とて例外ではなく、この通りには定期的に足を運んでいるのだ。在野の魔術師や魔道具職人達は特に偏屈な人間が多く、城へ呼び出しても応じない命知らずは枚挙に暇がない。

 無論そんな魔道具職人達が逃げ道を用意していないわけがないので、不敬罪を罪状に連行しようものならするりと逃げられる。

 領内から優秀な職人を失わないためにも、侯爵家の面子を保つためにも、「職人達に敬意を示す」「優秀な魔術師をクタール侯爵家は尊重する」という名目で彼らの無礼には片目がつぶられているのだ。

 その中の一つ、店主の腕は一級だが偏屈さも一級という魔道具店の扉を開いたところで、クタール侯爵令息兄弟は足を止めた。

 黄昏の暗がりでほんのりと怪しく光る魔道具達の向こうに、見覚えのある薔薇色の巻き毛を見つけたのだ。


「オディール。珍しいな、こんな店に」


 一級の魔道具専門店だが、令嬢が出入りするような店ではない。特に店の奥にあるのは攻撃的な魔道具で、騎士や傭兵、行商人、後ろ暗い職業の人間が主な顧客だ。

 オディールの護衛だろう、奥に控えた男達が静かに頭を下げた。

 人を探すように視線を動かすリュファスに、オディールはつんと顔をそらした。


「ごきげんよう、ユーグ、リュファス。お姉さまならいませんわ」

「へぇ、珍しいな。いつも一緒なのに」

「……私だって、もうすぐ一人前のレディですもの。お隣のクタールにくらい、一人で来ることもありますわ」


 十五歳を迎えたオディールは、出会った頃とはまるで違い、令嬢らしい楚々とした振る舞いを見せている。

 初対面の頃と変わらずアメジストの瞳は強い光を宿しており、魔道具を見つめる鋭い目つきは令嬢と言うよりは狩人のそれだ。

 ユーグが首をかしげる。


「ジュヴァン男爵令嬢のお茶会で何かあったのかい?」

「なんでそのことをご存じですの!?」


 ぎょっとして目を見開くオディールに、ユーグは涼しげな微笑みを浮かべる。


「男爵から、デビュタント前の令嬢を集めてお茶会をするのでクタール侯爵家のサロンを貸してほしいと頼まれたんだ。招待客のリストに君の名前を見かけたな、と思ってね」

「で、何したんだ?」


 確実にオディールがやらかした側と確信しているリュファスの口調に、ぐぬぬ、とオディールの眉間にしわが寄る。


「紅茶を、令嬢の頭に、その」


 あまりにも鮮やかに想像できてしまう惨状に、兄弟が引いた。

 胡乱な目つきで見下ろしてくる令息達にオディールはあわてて身を乗り出す。


「ち、違いますわ!  ちゃんと冷えていましたし、火傷なんかさせてません!」

「いや紅茶ぶっかけてる時点でちゃんとも何もないだろ」

「ちゃんと! 理由が! ありますもの!」


 小さな子 どものように地団太を踏んで、オディールはぐっとアメジストの瞳に力を込めた。


「だってあの方達、お姉様のことを侮辱したのよ! 殿方をもてあそんで苺みたいなルビーを貢がせたとか! 勝手に心を寄せてプレゼントを贈りつけてくる殿方が悪いのに!   お姉様のせいじゃないわ!」

「……そう、だね。君の言うとおりだよ、オディール」


 その苺のようなルビーの出所がどこなのか、心当たりのある侯爵家嫡子が胸を押さえて目をそらす。


「それに、お姉さまのそばにいると、急に転んだり花瓶が割れたりするって言うのよ? 呪われた令嬢だなんて、言いがかりにも程があるわ!」

「あー、それは……うん。なんでだろうなー?」


 未来の大魔術師が居合わせた現場にのみ、下心あふれる令息だけが被害を受ける呪いだ。オディールが同行してガードしている時は必要ないので見たことがないのだろう 。

 そんなことを説明するわけにいかないので兄に倣って目をそらすしかない。


「私には家門の誇りを守る義務があるんだから! 私は悪くないわ! ああもう、やっぱり腹が立ってきた。あんな無礼な小娘相手にほんの少しでも躊躇した私が馬鹿みたい。見てらっしゃい、次は冷めた紅茶なんかじゃなくて、お茶会ごと爆破してやるんだからっ!!」


 対象を広範囲に爆発させる攻撃魔道具を握り締めながら涙目で抗弁するオディールに、兄弟は深く深くため息をついた。

 冷めた紅茶の次が爆破はいくらなんでもステップアップが早すぎる。

 だが、脅しでも冗談でもなくオディールはやると言ったらやる。

 むしろ今回は実行前に知ることができたのでまだましだ。オディールは自らがやると決めたならすでに行動が完了していることが大半だし、その都度ジゼルが半泣きで惨事を拡大させないために走り回っているのだから。 

 今回の元凶は、罪の有無はさておきクタール侯爵令息兄弟である。

 侯爵家の配下にある男爵令嬢を爆破したなどと知れば、今度こそジゼルは楽園の門をくぐってしまうかもしれない。ストレスとかで。

 ジゼルなしで怒れるオディールを宥めるのは至難の業だ。ましてや、その怒りの原因がジゼルを侮辱したことにあるならば。

 覚悟を決めた顔つきででユーグは口を開いた。


「オディール、君に提案があるんだが」


 その後。

 ユーグは侯爵家で鍛え上げられた弁舌の冴えの限りを発揮してより安全で効果的な報復の代案を各種提案し、リュファスはそれについてあらゆる魔術的な協力を惜しまないことを誓い、とにかくオディールから爆破の魔道具を取り上げた。

 ついでに今クタールで流行している最新のスイーツをおなかいっぱいごちそうすることで、オディールに危険物を持たせることなく帰宅させることに成功したのだった。 

 ダルマスへ向かう豪奢な馬車を見送りながら、兄弟グータッチのちガッツポーズで喜び合う大成果であった。






 ところで、他家のご令嬢に紅茶をぶっかけるなどという行為は、当然ながら蛮行である。

 爆破に比べればましなどという理屈は、ダルマス伯爵家をおいて他では通じるはずもない。

 一足先に帰ったメアリから事の次第の報告を受け、悪役令嬢純度百パーセントの大惨事にジゼルが胃をキリキリ痛めながら苦悶していることなどつゆ知らず、甘いモンブランで一杯の箱をご機嫌に持ち帰るオディールなのであった。



【書籍化に関するお知らせ】

11月15日にビーズログ文庫から出版される書籍について、活動報告に詳細を掲載しました。

本当に、皆様の応援のおかげです。感謝しかありません。

特典や書き下ろしいっぱい書いたので楽しんでいただけると嬉しいです!


書影はもう少しで出ると思うのですが、

一足早くビーズログ文庫の創刊17周年のキャンペーンでジゼルのイラストが掲載されています!

RAHWIA先生のジゼルとても可愛いので是非!ユーグもちょこっとだけいます。

(オディールに台詞を言わせる案もありました)

もしよろしければジゼルを推していただけると嬉しいです!


特設サイトのURLはこちら

↓ ↓ ↓

https://bslogbunko.com/special-contents/17th_fair/


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