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薔薇の祝祭1

 ダルマスの祝祭は六月に開催され、町中が薔薇の花であふれている。

 薔薇のダルマスの面目躍如、この時期には国中から観光客が訪れる。

 祝祭は一週間続き、この時期は商会も叔父も大忙しだ。

 顔出しがてら挨拶にやってくる貴族達を一通りお見送りすれば、最終日の夜には次期領主にも少しだけ時間ができる。

 祝祭の時期にやってきて、最終日まで居座るクタール侯爵令息兄弟と一緒にお忍びで城下へ降りるのがここ数年の恒例行事だ。どんなに多忙でも、必ずこの日は4人そろってお祭りを楽しんでいる。


「お姉様!はやくはやく!」

「待って頂戴、オディール。速い、速いから!」


 野ウサギの速度で走り出すオディールに手を引かれ、早くも足がもつれそうになる。10才の頃からずいぶんと背が伸びて、しかしその活発さは全く変わることなく、つまるところ足のコンパスの差が縮まった分フィジカルに歴然とした差ができてしまっているのだ。


「俺なんかつまめるもん買っていくわ。転ぶなよー」

「僕も行こう。それじゃあ中央広場で待ち合わせで」


 ユーグが首だけ振り返って薄暗がりに視線をよこすと、とても人が隠れることなどできなそうな木の影から成人男性がにょっきりと現れた。クタール侯爵家の紋章をつけているので、クタール侯爵家の騎士なのだろう。

 無言で私とオディールの後ろをついてくるので、護衛についてくれるということらしい。

 5年前はろくに動かせる人材がいない、身内も部下も敵だらけだと頭を抱えていたユーグも、時間をかけてクタール侯爵家と侯爵領を掌握し、家に戻ってこない放蕩者の父親に代わって立派に領内を治めている。

 ユーグの護衛はリュファスがついているので必要ないと言うことだろう。

 王国の星、魔術の申し子、魔法院に彗星のごとく現れたクタール家の天才魔術師とはリュファスのことだ。国境周辺の小競り合いや魔獣退治など、着々と実績を積んで中央での評価をあげ、手に入れた勲章は数知れず、近々叙勲の噂もある。

 一族で最も強い魔術師になったリュファスがユーグを当主とすることについて一切譲らなかったため、強硬にリュファスを当主にしようとしていた傍系の魔術師達も、渋々ユーグに従っているようだ。

 息子の地位が確立したことでクタール侯爵夫人も落ち着いたのか、最近はクタール城を離れた別荘に半隠居している、との噂だ。

 秘密の温室にいた傍系の魔術師達も、クタール侯爵夫人も、あれから一度も顔を合わせていない。祭の時期にはクタール城へ遊びに行くのに、一度も会えたことがないのだ。

 深くは聞かないことにした。

(腹黒貴公子に、天才魔術師、っていう設定はそのままなんだなぁ)

 すっかり原作そのままの容姿に成長した兄弟に、原作のオープニングに向けてカウントダウンを刻まれているのだと自覚させられて首が絞まる思いがする。

(いや、だめだめ。せっかくのお祭りなのに、杞憂で暗い顔なんかしたら、また心配されちゃう。ただでさえなんか地顔が困ってる顔してるんだから私)


「ありがとうございます、ユーグ、リュファス。それじゃあまた後で……」


 笑顔で手を振って歩き出そうとしたら、ついさっき護衛につけられた騎士がすごい勢いで横を通り過ぎていった。前を見ると、すでにオディールの姿が小さい。騎士の後を追いかけるように私も走り出す。


「待って!お願いオディール足を止めて!5秒でいいからっ!!」


 未だに筋肉のつかないこの体が恨めしい。やっとオディールが立ち止まる頃には息も絶え絶えになっていた。オディールは息を切らせてもいない。

 城下の中央広場は煌々と灯りが灯され、屋台が立ち並び、薔薇の生花や造花のお土産物がどっさりと積み上げられている。薔薇の香りに浮かれるように人だかりへ足を向ければ、リュートをつま弾く音が聞こえてきた。


「ぎ、吟遊詩人が、来て、る、のね」

「わぁ!演目は何かしら、恋物語がいいわ!」


 目を輝かせてオディールがぴょんぴょんと人垣から舞台を見ようとする。長い髪を一つに束ねた女性的な容姿の吟遊詩人が、リュートに合わせて大きく息を吸う。


『楽園へ至る幸いを得て、心はかの人を想い千里を駆ける。我斯く行きて門をくぐる者、哀れな魂への餞に、かの人の心を欠片ばかりでも望むは罪也や』


 切ないメロディに乗せて吟遊詩人の歌う声が朗々と響く。

 お隣のクタール領にはじまり、大変に流行している歌なので私も知っている。場面ははまさにクライマックス、叶わぬ恋に世をはかなんだ乙女が、身を投げるために空中庭園に登る心情を歌ったものだ。

 恋やぶれて死を選ぶ私が、せめてもの餞に彼の心の欠片だけでも欲しいと望むのは罪でしょうか、そう切なく歌い上げる。

 流行歌らしく、バリエーションもたくさん作られているらしい。ヒロインはメイドだったり、異国の王女だったり、貴族の令嬢だったり、村娘だったりと様々だ。吟遊詩人達が先々で受けのいいように改変しているのだろう。

 クタール侯爵家の空中庭園に、村娘が侵入できるはずがないのだけれど、そこはフィクションですと割り切るところだ。銀の糸のごとく流れ落ちる滝、満開の睡蓮、クタールが誇る狂い咲きの春の庭、愛を語る場所として完璧な舞台装置だ。

 ランプの明かりが藍色の夜をオレンジ色に照らし、風に乗って甘い薔薇の香りが漂ってくる。こんなロマンチックな祭には、ヒロインは美しい貴族令嬢がふさわしいのだろう。

 そんなわけで今夜の祝祭で歌われているのは赤毛の貴族令嬢が身投げするパターンだった。

 この恋歌のモデルにされた赤毛の生首ことオディールはといえば絵に描いたような仏頂面である。さっきまでの上機嫌な笑顔が嘘のようだ。

 お嬢様のお忍びと言えば、どう変装しても育ちの良さが隠しきれていなかったり、屋台飯に『フォークとナイフはどこにありますの?』なんて定番のお嬢様ボケをかましてほしいところなのだけれど、オディールはそんなところは全くない。

 逆に焦げた堅い鶏肉の串焼きにかぶりつく動作が堂に入っている。ワイン樽の上に躊躇なく腰掛け、長いスカートがめくれる勢いでブーツのまま足を組んでいるこの令嬢が、ダルマス伯爵令嬢だとは誰も思うまい。さっきまでちらちらオディールを横目で見ていた少年達がこそこそとどこかへ行ってしまう程度には、目が据わりきっている。

 お祭り仕様で、素朴な花の刺繍がかわいらしい村娘の衣装を着ているはずなのに、動作がやくざのそれである。


(こんなクズ肉、食べられませんわ!とか言っちゃうのと比べれば、まし、なのか、な?)


 お忍び適正が高すぎる。庶民派令嬢というとなんだか死亡フラグから遠くなった気がするけれど、チンピラ令嬢となると一気に死亡フラグがダッシュしてくる気がするのは何故だろう。


(もしかして根が……根が、原作と一緒……?)


 年の瀬には、王城でデビュタントが開催される。その少し前から、原作が始まることになるのだ。きっと今頃、どこかの空の下でソフィアが父親と再会しているはずだ。ヒロインと悪役令嬢の邂逅まであと半年もないこの時期に至って、育成方向を間違えたとして修正はきくものなのだろうか。



少しだけ続きを書いてみました。

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[良い点] 続きを待ち望んでました!!ありがとうございます!
[一言] 続き嬉しいです。 ちょい後ですね。 何か進展はあるのか?凄く楽しみです。
[良い点] 続き嬉しい 楽しみに読ませて貰います
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