可及的かつ速やかに2
ユーグよりリュファスの方が好み、だったらしいオディールの判断でこのルートは潰されてしまったけれど、ユーグルートでの私の死因を思い出した。
グッドエンドでは実はダルマス伯爵家の行方は出てこない。愛するソフィアへの度重なる嫌がらせに、ユーグは何かしら実力行使をしたらしく『二度と社交界にでられないよう手を打っておいたから、もう安心していいよ』とソフィアににっこりと笑ってみせる。紳士的な笑顔に反して少々過激で腹黒な愛情表現が人気で、このグッドエンディングでも絶対ダルマス伯爵家つぶされてるし下手したら通りすがりの悪漢とかに殺されてるんじゃないかとか噂されていた。ろくな末路で無いのは確実。
バッドエンドではジゼルは死ぬ。ユーグは自分のプロポーズを断ったソフィアに無理心中を仕掛け、お茶に毒を仕込む。その際、二人の恋路を邪魔したオディールも死のお茶会に招かれるのだが、何故か真っ先に死ぬのがジゼルなのである。
炭鉱のカナリア再び。
ジゼルが倒れたことで、お茶に毒が仕込まれていたことがわかり、ジゼルより身体の健康的なオディールとソフィアについては毒が効くまで長台詞を言う時間を稼ぐことができるのだ。
だんだん弱っていくソフィアを抱きしめて共に死ねると微笑むユーグ。悲しいまでに一途な愛情で、バッドエンドが好きなファンには大変評価が高い。
申し訳ないけれどジゼルの立場から言わせていただくと巻き込み事故にもほどがある。死ぬなら一人で死ぬか、ちゃんと相手を定めて1on1で無理心中してほしい。
このルートでの死亡を回避するのであれば、オディールがソフィアの恋路を邪魔するのを全力で阻止する、ソフィアがユーグと結婚しないときはクタール侯爵家からのお茶会のお誘いをイベント発生まで断り続けるといったところだろうか。
ご近所づきあいが若干疎遠になるけれどそこはそれ致し方なし。
ことリュファスルートに関しては、リュファスと婚約さえしなければオディールがソフィアにメンチきりにいくこともないと思われるので、魔力の自家中毒さえ発生しなければ私は生き延びられるはずである。
…ジゼルが病死することが前提になっているソフィアとリュファスの後半の恋愛イベントが行方不明になるけれど。
そのあたりは当人同士でなんとかしてもらおう、結論づけて叫び声の漏れ聞こえる部屋の扉を開ける。
「無礼者!恩知らず!アン、メアリ!私にあんな仕打ちをして、許されると思っているの!?」
「も、申し訳ありませんお嬢様っ!」
「申し訳ありません。お嬢様」
「謝って済む問題じゃなくってよ!?大体、小麦袋じゃないんだからもっと優雅に運びなさい!あなたたちは私に恥をかかせたのっ許さないんだからぁっ!」
半泣きになりながら仁王立ちしているオディールだけれど、使用人に手をあげるようなことはしていない。
連れ出したことより運び方に文句を言っているし。少しくらいは進展しているのかな、と。首をかしげる。
それに、今回は嫉妬に狂って悪事を成したゲームの中のオディールとは違って、虐げられている少年を助けたいという思いから暴走した結果なのだ。ほんの少し、誤解があるだけ。ユーグにそこまでの権限は現時点ではないし、クタール侯爵夫人を打ち負かすことは私やオディールにはまず無理だろう。大人の事情の根が深すぎる。どう説明したものか。
はたと、部屋に入った私とオディールの目が合う。その瞬間、オディールはとうとう大きなアメジストの瞳からぽろぽろ涙をこぼして肩を怒らせた。
「お姉様の裏切り者!最低だわ!だいっきらい!もう話しかけないで!!」
いくらなんでもちょっと傷つくので話くらいは聞いてほしい。仲の良い姉妹ですね、ともう一回ユーグに言われたら泣いてしまうかもしれない。
「オディール。あなたが良くない方向に目覚めてしまうと困るから、あまり、こういうことは言いたくなかったのだけど」
オディールが悔しげに目尻を釣り上げ、口の端をぐっと引き下げる。精一杯の威嚇なのだろうけれど、頭を撫でたくなってしまう。
「敵地の真ん中で攻勢に出るには、よほどの戦力差がないかぎり全滅間違いなしなのよ」
「お姉様の言うことって時々全然わからないわ!」
「…そうね、まず、証拠もないのにユーグ様を悪人だと決めつけるのは良くないわね」
あと、顔の好みで正義を決めないで欲しい。今後もオディールがこの調子だと、私の死因が絞れない。
膝を折ってオディールの手を取り、下からのぞき込む。しっかりと目を合わせて会話をしなくては。
「……今回のご招待が終わるまであなたに言うつもりはなかったのだけど、クタール侯爵家は今とてもややこしいことになっているのよ、オディール」
「どういうことですの?」
「リュファス様は、クタール侯爵夫人の子供ではないわ。侯爵と愛人の間の子供なのよ」
珍しいことではない。何度繰り返しても、私のもう一つの倫理観が否定する。理解してもらえるだろうか、という私の心配を余所に、オディールはけろりとしていた。
「あら、そんなこと」
「だから、オディール」
「けれどそれでも、リュファス様を虐げて良い理由になりませんわ」
きっぱりと、オディールは言った。
今度は私が目を丸くする番だ。
「それは…」
「お姉様、私をすまきにしてまで正しい行いを説いたお姉様がユーグ様のなさることをよしとするなら、私お姉様をけいべつします」
「……!!」
オディールの瞳は揺るぎない。自分が正義だと思い込んだら、それしか見えないのだ。揺らぐはずがない。
それに比べて、燃えるようなすみれ色の宝石の真ん中にうつっている私の顔は、なんて情けないのだろう。まっすぐなオディールの視線を受け止めきれなくて、そらしてしまう。
死にたくない、その気持ちは変わらない。
でも。死亡フラグを折ることに必死で、それ以外のことが見えていなかったのではないか。
まだ、笑えていた。リュファスがあの笑顔を、これから失うと、私は知っているのに。
伯爵家の身分で侯爵家のお家騒動に首を突っ込むなんて、それも庶子であるリュファスの方につくなんて、もうそれだけでゲーム開始前に没落しそうだ。
だがここでリュファスを見捨てて、私は私を好きになれるだろうか。大体、空気を読むだとか臨機応変だとかきれい事を言ったところで、私のやろうとしていることは二枚舌でしかない。オディールに軽蔑されるような姉になったら、オディールを立派な淑女になんて口が裂けても言えなくなってしまう。
「そうだわ!」
オディールはきらきらと輝く瞳で私を見上げた。いたずらに笑みの形になった目元が嫌な予感しかしない。
「協力してくださるなら、一週間だけお姉様の言うこと、きちんと聞いて差し上げてもいいわ」
「……っ、オディール」
「ね、お姉様?」
強く、オディールの手を握りしめる。
良心と私欲の上でホッピングジャンプをする小さな悪役令嬢に、胃が嫌な音を立てる。こういうやり方で人を動かすことを学習されてしまうとまた悪役令嬢検定の級があがってしまいそうなので、精一杯の自尊心で微笑んで見せた。
「そんな駆け引きをせずとも、善行はなされるべきだわ。立派な心がけよ、オディール。私が間違っていたわね、ごめんなさい」
素直に謝罪を口にすれば、オディールは少し驚いたようにつり目気味の目を丸くした。長いまつげが上下して、蝶の羽のようだ。
「リュファスのために、できるかぎりのことをしましょう。まずは証拠を集めて、誰がリュファスを閉じ込めることを決めたのか、はっきりさせましょう。ユーグ様かもしれないし、クタール侯爵夫人かも知れない。侯爵の可能性だってあるし、家の人間が侯爵夫人に気に入られようと独断でやっている可能性だってあるわ」
「お姉様…」
オディールの燃えるような赤毛がふわふわと揺れた。
吊り目気味の瞳をニッコリと笑みの形にして、しっかり胸を張る。あらかわいい。
「まかせて頂戴、私、必ずリュファス様いじめの証拠を集めてみせますわ。そして神の意に背く不道徳な輩に天罰を下してやります」
本当に、なんて頼もしいのかしら。オディールが輝いてみえる。だから私は痛み出した頭を押さえて低く頷いた。
自分の正義に反する者は自らの手で徹底的につるし上げる、この発想はどう考えても。
「オディール」
悪役令嬢です大正解。
「…証拠を集めて『自力で断罪する』っていう発想からまず離れましょうね」




