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アンダーザローズ2


 香りはとても良いお茶だ。色もとても綺麗だ。

 ただしそれは食用という意味ではない。芳香剤のような花の香りがむせるようで、水の色は着色料を溶かしたような鮮やかすぎるピンク色。正直飲む気になれないが。それはリュファスも同じらしく、眉間に皺を寄せていた。


「このお茶?俺苦手なんだけど」


 貴族らしからぬまっすぐな物言いで、リュファスはカップを遠ざける。黙ってお茶を入れていたアンが一瞬眉を動かしたけれど、一応茶席の主人というべきリュファスがこの態度なので、私もお茶を口にすることなくそっとテーブルに置いた。


『おや、お口に合いませんか』

「前も言ったじゃん。こんなの、よく貴族は飲むよな。あんたもこういうの好きなの?」

「ええと、私もあんまり…香りが強くて」


 リュファスにつられてつい本音がこぼれてしまう。子供らしい反応と言えば正解かも知れないが。


『……これは失礼いたしました』

『まぁ、好き嫌いの分かれるお茶ではありますな』


 ホウホウとフクロウが鳴く。そんなものを客に、それも子供に出すなと思うが、そんなお茶くらいしかリュファスにはあてがわれていないのだろうか。深掘りすると闇しか見えなさそうなので、アロマの一種と思って視界に入れないようにしよう。リュファスに向かって曖昧に微笑んだ。


「お体の調子はいかがですか?リュファス様」


 白々しいとは思うが、一応は。リュファスは少し答えに困ったように黙って、「まぁ、大丈夫だよ」と苦笑した。


『病などではありませんよ。夫人の子供っぽいやりようにも困ったものだ』

 

 蛇が首を横に振った。


『あの半端者よりよほどリュファスの方がクタール侯爵家に相応しいというのに』

『この子の魔力がよほど怖いのでしょう、こうして閉じ込めているのがその証拠』

「閉じ込めて…?」

「基本的に部屋から出るなって言われてるだけだって。この古い城うろついたってろくな目に遭わないんだから自衛だよ自衛」

「あの、リュファス様は」


 自衛、その単語の不穏さに思わず身を乗り出すと、リュファスは人なつっこい笑みを浮かべた。 


「その様っていうのやめてくれると嬉しいな。慣れないんだよね。俺もジゼルって呼んでいい?」


 リュファスの声は明るい。細い足を椅子に投げ出して、ぶらぶらと揺らす姿はとてもではないが侯爵令息には見えず、相応の教育係をつけているとは思えない。

 相応の教育係をつけているはずなのに日々野生児化している身内の残像が脳裏に浮かんで消えたけれど、忘れることにする。思いの外リュファスが病んでいないことにほっとする。

 ゲームの中の孤高な雰囲気とは違う、平民の少年らしい素朴さにこちらも肩の力が抜けた。


「もちろんです、リュファス」

「よかった。貴族のお嬢様と話した事なんて無かったから、ちょっと緊張してたんだ」


 おどけながら、隣に座る小鳥に「このお茶の匂いなんとかならないの」と文句を言う。お家騒動の渦中にいるとは思えない朗らかさに、胸が痛む。


「でも素直にうれしいや。ここしばらく猫や小鳥としか話してないからさ…ってこうやって口に出してみると頭おかしいやつみたいだよな」

「それは、」


 存在を無視されている、こともなげにリュファスは言う。

 厳しい環境だとか、冷遇されただとか、言葉はいくらでもあるけれど、それは等しく虐待だ。この家であとどれくらい彼の笑顔がもつだろう、真冬の斧を背中で振り下ろされた気分だ。


「外に出られたらいいんだけど、まぁ、命の保証は無いんだろうな」

『腐るなリュファス。いずれお前の物になる城だ』


 薔薇の下。秘密の会話。それにしたってあけすけに過ぎる。

 使い魔を通していて正体が知れない故の余裕なのだろうか、今日連れてきたばかりの他家の娘を前にしゃべりすぎだ。この場所から無事帰れるだろうか、そんな不安が過ぎる。魔力があっても婚約者、魔力が無ければ生きて帰してもらえないかも知れない。いやいや、隣の領土の令嬢をまさかそんな。

 不安を押し込めてにこにこしておく。殿方の難しいお話は子供だからよくわかんないの体でいこう。


『ひどいお話ですのよ。ユーグときたら、せっかくできた弟を可愛がるどころか暴力まで振るって』

「大したことされてないって。街の子供の喧嘩なんかもっとひどい」

『一人でもこの子の味方になってくれる人がいてくれると良いと思って、ジゼル伯爵令嬢をお招きしたんですの。ご迷惑かとは思ったのですけれど…孤独に黙って耐えるこの子が哀れで』


 よく喋るスズメだ。

 さっきから魔力の有無をきかれないのが逆に怖い。もしかして私が知らないだけで見ただけで魔力を測定できるような道具があるんだろうか。しかし、そんな物があればこの国の誘拐事件は倍増しているはずだ。

 

 それとも彼らが望んでいるのはもっと別のこと、例えばクタール侯爵家から排除されてしまった自分たちの部下をクタール侯爵家に手引きさせることだとか、あるいはクタール侯爵夫人の配下を一気に呪い殺す呪いの品を運べとかそんなことだったりするんだろうか。

 退路を確認しようとさりげなく来た道を振り返ると、薔薇の茂みががさりとうごいた。

 アンダーザローズ。

 薔薇の下。

 燃えるような赤色をした、ふわふわの巻き毛。鑑の中で見るアメジストの瞳。きりりとつり上がった目元。


 くさむらから やせいの あくやくれいじょうが あらわれた


 オディール、そう呼びかけようとして、喉から変な音が出る。完全に呼吸を止めてしまっていたらしい。

 

「どう、どうし、」


 どうして、その一言が声にならない。ここにいる魔法使い達の見せる幻であってくれと脳が必死で拒絶している。

 小さな生き物と私とアンとリュファスに見守られながら、オディールはドレスについた汚れを払い、ゆるやかな巻き毛に絡まった薔薇の葉を慣れた様子で取り去った。薔薇の茂みの隙間から現れたオディールは、まるで薔薇の妖精のように落ち着き払っている。


「お姉様が心配でこっそりあとをつけましたの」

「メアリはどうしたの…?」

「途中でまきましたわ。他愛ないこと」


 ふふん、顎を持ち上げて自慢げにオディールは言う。

 どこの世界に自ら姉を尾行してあまつさえ侍女をまく令嬢がいるのか。うすうす気がついていたけれど育てる方向を間違えたかもしれない。この小さな悪役令嬢を剥製の動物たちの視界に入れないよう慌てて立ち上がったが、オディールはぐいと私の腰を押して前に進み出た。スポットライトの中央に歩み出る女優のような自信に満ちた足取りだった。


「オディール = ダルマスですわ、はじめましてリュファス様」

「……おう」


 吃驚して固まってしまっていたらしい。ようやく頷いたリュファスに駆け寄って、オディールはしっかりとその両手を握る。

 一瞬周囲の使い魔達が反応した。私の方へも痛いほど視線を感じる。本当にこれが伯爵令嬢か、そんな虚ろな声が聞こえる気がする。これでも精一杯頑張ったのでそんな目で見ないで欲しい。心が折れそう。


「なんてお可哀想なの!それに、ユーグ様ってばなんてひどいのかしら!」

「え」

「私もお姉様にひどく扱われていますから、お気持ちはよくわかりますわ。生まれた順番が後だったというだけで、つらい思いを我慢なさることはありませんのよ」


 目に涙までにじませて、オディールはリュファスの手を離さない。

 面食いだわ。この子絶対面食いだわ。昼間にユーグに向けて顔真っ赤になってたのはなんだったの。リュファスの方が好みなの?というかさらっと姉ディスをはさむのやめて、だいたいひどいもつらいも普段からあなたが。


「…ジゼルお嬢様」


 耳元でアンに名前をよばれて飛びかけていた魂が戻ってくる。勢いで立ち上がったけれど、言うべきことと言わなくてはならないことが多すぎて言葉が出ない。

 いけない、まずい、オディールを止めなくては。


「オディール、」

「リュファス様っ!」


 リュファスの人形のような顔をのぞき込んで、オディールは星を宿した瞳でにっこりと笑った。


「私が必ず、リュファス様をお救いしますからね!!」

「……う、うん?」


 伸ばした手は間に合わなかった。

 周囲の動物たちから『ほぅ』だとか『あら』だとか感嘆詞が聞こえて、それぞれが温室のすみでひそひそと話し合っている。


「……アン」

「……はい、お嬢様」

「夢よね」

「残念ながら」


 ふらつく視界をアンがしっかりと支えてくれる。季節外れの薔薇の隙間から、先ほどの黒猫がにゃあと鳴いて現れた。その後ろに、栗色の三つ編みに木の葉をたくさんつけたメアリが見える。

 こちらを見た瞬間、顔を情けなく涙で崩して一心に走ってくる。


「オディールお嬢様ぁぁ~!ジゼルお嬢様もっ!! もう、もう二度と会えないかと…!」


 べそべそと泣きながらアンに後ろから抱きつく。前から後ろから女性2人分の体重をかけられてもアンはびくともせず、表情一つ変えない。鋼の心臓が羨ましい。

 迂闊だった。悪役令嬢たるもの、地雷原でタップダンスを嗜むくらいのことは余裕でこなす。そのつもりで対処すべきだった。 オディールが出てきた瞬間抱えて逃走しなくてはいけなかったのだ。なんたる無残。


 可愛らしい動物たちが、言質はとったとばかりに次々消えていく。

 案内役の黒猫が、目を細めてもう一度ニャアと鳴いた。

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― 新着の感想 ―
ある意味で妹は結構姉思いじゃないか!可愛いですよ!
[一言] 主人公が鈍臭い 妹をただのキャラとしか見ていないのが丸わかり 結局、自分のことしか考えて無いから信頼されない
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