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季節外れの雪


 目が覚めると、ベッドの天蓋が見えた。

 眠っていたのか、身体を動かすと汗を吸った寝間着が重い。誰か、メイドを呼ぼうとして、声が出ないことに気がつく。体中が鈍く痛み、頭が重い。

 ゆっくりとまぶたを持ち上げると、窓の外はほんのりと青白く、それが降り積もる雪のためだと気がついた。季節にはまだ早い雪が、秋薔薇の上に積もっている。

 暖炉の火はもう小さく、吐き出した息が白いのは気温のせいなのか、まだ熱が引かないせいなのか判断できない。 

 ちょうどこんな雪の日だった。

 私が死んだのは。

 凍った路面の上に雪が積もっていて、あえなく転倒してブレーキが間に合わなかった車に轢かれて死んだ。

 平々凡々な平たい顔族のオタクは死んだのだ。

 私が熱のせいでおかしな夢を見たのでなければ、それが私の『前世』だ。二つの人生を一つの本棚に収めるような作業。全部飲み込むまで三日かかった。交通事故で終わってしまった人生を閉じて、私は今現在の人生を開く。今日までの13年間を共にした名前をため息と一緒にはきだした。


「ダルマス伯爵令嬢ジゼル」


 枕から身体を起こし、部屋に飾られた肖像画に視線を移す。中央右よりに立つ少女は、窓に映る自分自身よりいささか幼い。

 雪に劣らぬ白磁の肌に、プラチナブロンドの髪、紫水晶の瞳。

 眉のアーチは優しげに弧を描き、けぶるような睫毛は少し目を伏せるだけで憂いの表情を作り出す。

 私はこの人形のように美しい少女を知っている。というより、その隣に立つ少女の方をより知っている。 

 肖像画の中央に描かれた燃えるような赤毛の少女。気の強そうな表情に拍車をかけるのはきりりとつり上がった目だ。だが、それは彼女の華やかな顔立ちを引きたてる。きっと将来は美女となるだろう。


 伯爵令嬢オディール


 前世の記憶に同じ名前の少女がいる。乙女ゲームの『楽園の乙女』に登場する悪役令嬢である。

 舞台は剣と魔法の中世ファンタジー。市井で商家の養子として育っていたヒロイン・ソフィアが、15才の誕生日にひょんなことから伯爵家の庶子であることが発覚し、努力して社交界デビューを果たす。その過程で攻略対象のトラウマをカウンセリングして恋に落ちるというものだ。

 そしてそのライバルキャラクター・オディールは乙女ゲームの王道よろしくソフィアと攻略対象の邪魔をしまくり、いびりにいびりまくり、最終的に嫉妬に狂ってソフィアを殺そうとする。もちろんそんな犯罪行為がうまくいくはずもなく、最後には攻略対象に悪行を暴かれ、ついでに実家は没落し、というおきまりのルートを歩む。

 今生における、私の妹である。

 ため息が重い。

 悪役令嬢オディールの身体の弱い姉、それがジゼルだ。3歳差なので見た目にあまり変わらないが。

 攻略対象の1人、リュファス = クタール侯爵令息のルートに一応ライバルキャラクターとして出現する。リュファスの婚約者なのだが、親同士の決めた婚約で愛情は無い。しかしこのルートでジゼルがヒロインを害することは無いのだ。主にソフィアいじめにいそしむのはオディールである。無論断罪されるのはオディール、同じ伯爵家なので没落も道連れなのだが、それ以上に困ったことがある。

 ジゼルはとにかくよく死ぬのだ。

 例えば、メインルートとも言えるリュファスのルート。正規ルートではなんとストーリーの途中で病気で死ぬ。「私のことはどうかお忘れになって、幸せに」とかいって死ぬ。愛は無かったがそれでもジゼルになにもしてやれなかったと落ち込むリュファスをソフィアは慰め、EDのイベントでは2人が結婚式の前にジゼルの墓に祈りを捧げるシーンがある。

 そしてバッドエンドでも死ぬ。ヒロインと結ばれることが無かったリュファスは心を病み、魔力を暴走させてしまう。それに巻き込まれて死ぬ。

 あと、他のルートでもモブとして登場することもあるが、死ぬ。

 危険なことが起こったとき、誰かの魔法が暴走したとき、暴動が起きたとき、毒が盛られたとき、なんやかんやと死ぬ。これから起こることやばいよ!ピンチだよ!とかいうイベントを煽るための装置として大体物語終盤で真っ先に死ぬ。周回するごとに「え、また死ぬの?」などとうっかり声に出てしまったくらい死ぬ。

 炭鉱でガスが出ていないか試験するためのカナリヤみたいな扱いだ。

 モブに厳しい世界である。


 そんなわけでジゼルは出てくる回数もさほど多くないし、台詞も多くない。

 ただ、時折登場しては悲しげに「オディールがごめんなさい、私には止めることもできなくて」だとか、「リュファス様と…いいえ、なんでもないわ」と無力で儚い人アピールをしてくるだけだ。


「死にたくないなぁ…」


 ぽつり、つぶやいた。

 死にたくない。刃物で刺されるのも嫌だし魔法でミンチも嫌だし、スチルがないだけできっとえげつない死に方してるんだろうなって今なら思う。

 ほぼ全くジゼルが登場しないルートも存在する。だがいずれにせよオディールがやらかすので実家の没落は避けられない。

 頭が痛い。

 熱のせいだろうか。ベッドにもう一度横になった。

 どうしたらいいのか。

 思い出す限りのルートでだいたいジゼルは死んでいる。思い出せないだけでナレ死している可能性もある。

 だがどのルートでも。死因も没落の原因も、私の妹オディールにある。

 

 ______ならば、妹が悪役令嬢にならないよう今日から調教、もとい教育していけば良いのでは。



 しんしんと雪が積もっていく。

 雪明かりの窓から目を背けるようにして、私はもう一度眠りに落ちた。

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