メイドスマイル
今日は、待ちに待った楽しい文化祭。
特に役割を持っていなかった俺は、可愛い彼女と一緒に校内フラフラしている。
ここが男子校なものだから、周りの奴らに冷やかされたり、ブーイングをくらったりした。
それでも、幸せなのには変わりはない。
「なぁ、いずみ。どこ行きたい?」
「う〜ん・・・私、少しお腹すいたから・・・・」
「了解。んで、どこにするかな」
文化祭のパンフレットを広げて、軽く何かを食べられそうな所を探してみる。
もちろん、いずみも一緒に。
「あっ、ここがいいな」
小さな手で目当てのクラスを紹介の欄を指しながら言う。
「メイドカフェ?」
「面白そうでしょ?」
確かに、インパクトはある。
メイドっていっても、どうせむさ苦しい男ばりかだぜ?
ハッキリ言って、そんないかがわしい所に彼女を連れて行きたくない。
「ねぇ、ダメ?」
身長差があるため、自然と上目遣いになる。
駄目だと言ってしまえば、きっと俺の意見を聞いてくれるだろう。
「・・・・いいよ」
後悔するだろうと思ったが、そんな考えを頭の隅に寄せた。
結局、彼女の意見を了承してしまった。
だって、さ。
喜ぶ顔を見たかったから。
「やった!」
ほら、笑った。
彼女の笑顔を見ていると、他の事がどうでも良くなってきてしまった。
◆ ◇ ◆
人混みを上手く避けながら、メイドカフェ、三年二組の教室へ辿り着いた。
「ふぅ、やっとついたね」
「だな」
ドアを開けるとそこは
「お帰りなさいませ!ご主人様、お嬢様」
地獄だった。
「やめとく?」
俺が、この光景に引いた事に気が付いたようだ。
「まぁまぁ、そんな事言わないで下さいよぅ」
そう言って無理やり部屋の奥へと連れて行かれてしまった。
「はい、こちらがメニューになります」
「ありがとうございます」
「決まりましたら、お呼びくださいね」
「どれにする?俺、カツサンドにするけど」
「う〜ん・・・・何でもありって感じだから迷うなぁ」
「おすすめはオムライスです♪」
ヒョッコッと出てきた奴が言った。
「お兄ちゃん!!」
実は、彼女の兄貴だったりする。
そして、俺の部活の先輩。
ここのクラスの事をすっかり忘れていた・・・
「よう!楽しんでいるか?」
「うん、ふみ君が案内してくれるから」
「へぇー、そうか。よかったなぁ、いずみ」
笑った顔がいずみと似ているもんだから、一瞬、メイド服姿の先輩にドキッとしてしまった。
きっと、一生の不覚になるんだろう。
「でよ、史弥」
「はい?」
「この俺様が忙しく客の相手をしているってのに、可愛い妹をたぶらかして遊んでいたわけか」
「たぶらかしたって、そんなわけないじゃないですか」
「ほぅ、たぶらかしたのか」
「ちょっ、誰もそんな事・・・」
がっしりと両腕を掴まれた。
物凄い、嫌な予感がする。
「お前、俺らの助っ人やれ」
「はぁ?」
「まぁ、いい。とりあえず昼飯を食え。俺の奢りだ」
そう言って立ち上がり、暖簾の中へと入っていき、しばらくしてオムライスを二つ持って出てきた。
「あっ、ケチャップがハートになってる!」
「お嬢様への愛を込めてみました♪」
「で・・・俺の、は・・・・・?」
思いっきり、ハートにひびが入っていた。
「それもご主人様への愛ですわ♪」
高らかに笑う彼が、とても恐ろしい・・・・・
「さぁ、どうぞごゆっくりー」
「いただきます」
「・・・きます」
大きく一口。
「あっ」
意外においしい。
それが一番に出てきた感想だった。
いずみのやつを覗いてみたが、綺麗にハートが残っていた。俺のケチャップは、潰してしまって、もう何だかわからない。
「う〜ん、おいしい」
祝福の笑みを浮かべて、一口一口を食べていくいずみ。
あんな人から、何でこんな可愛らしい妹ができるのだろう・・・
「ふみ君、美味しいね」
「あぁ、思った以上で吃驚した」
穏やかに時間が流れてゆく。
でも、そうは続きそうにない。
俺は、確実に俺は何かに巻き込まれる。
憂鬱――
先輩は何を企んでいるのか・・・・俺はきっと・・・考えただけでもゾッとする。
◆ ◇ ◆
「うぅ、苦しい」
「大丈夫か?」
「ヘーキだよ」
「お皿をおさげしますね」
「動けるか?」
いずみには悪いけど、捕まる前にさっさとここを出たい。
「大丈夫だよ」
「よし、じゃあ行くか」
「どーこーにー?」
またもや、両側から腕を掴まれた。
「助っ人をやれ、って言ったよな?」
「確かに言っていましたけど、やるとは言っていません」
「そうだよね」
「まあまあ、俺の話を聞け」
そのまま椅子に座らされてしまった。
「ご覧の通り、ここは人数が不足している」
沢山の人がいるわりには、接客している人は少なかった。
「そこでだ、俺はお前に」
「絶対に嫌です」
やっぱり予想通りだった。
「良いじゃねーかよ」
「嫌です」
「我儘な奴め!!」
「我儘なのはどっちですか!」
言い返すと、あからさまに舌打ちをされた。
そうして標的を変えたようだ。
「なぁ、いずみ。お兄ちゃんのお願いを聞いてくれ」
「うん?なぁに?」
「ストップ!!」
二人の間に割って入る。
「なんだよ、邪魔すんな」
「あんた、自分の妹にそんな事をさせる気ですか!?」
「あんた、だと?」
「いや・・・その、あっ・・・・すいません」
「わかればよろしい。んでよ、いずみ」
「ちょっと、何でいずみなんですか!」
ただでさえ、男の比率が多いというのに。
「だったらお前がやるか?」
「それは・・・」
「だから、いずみに頼むしか」
「汚いですよ?」
「汚かろうが、汚くなかろうが、俺は人手が欲しいんだよ」
「もう!さっきから何なの?」
一人取り残されていたいずみは、少し拗ねていた。
「ごめんな?この馬鹿がハッキリしないから」
「・・・・やりますよ、やってやりますよ!」
「よし、言ったな!じゃあ、さっそく・・・・・」
「ちょっ、放してくださいよ!!」
「いずみ!面白いもん見れるから、ちゃんと待っとけよ!!」
「う、うん。」
◆ ◇ ◆
「きゃー!史子可愛いわよ」
「嬉しくないです」
「わぁー・・・・」
「いずみ、頼むから見ないで・・・」
「大丈夫だよ、私的には」
「えっ・・・・・・・?」
予想はしていたけれど、もうその域を超えている。
そして、自分自身が情けない。
好きな奴の目の前で女装なんてさ。しかも、メイド服。
「さぁ、助っ人よ、頑張りたまえ。メイドは笑顔が基本だからな」
「はぁーーー・・・・・」
「笑えって言ってんだろ」
「あぁー、はいはい」
この姿で接客しろと?
「行け!」
背中を蹴られ、泣く泣く出て行くと、思ったとおり視線が集まった。
いずみはというと、裏で先輩の手伝いをすることになった。股がスースーして気持ち悪い。
肩がきつい。
もう、嫌なことばっか。
「悪いな、アイツが・・・・」
別の先輩が、優しく話しかけてくれた。
「あぁー、何かもう諦めたんで」
「はは、そうか。あっ、客が来たぞ」
「・・・・・行ってきます」
ドアが最後まで開ききったら・・・・・今だ!
「おっ、お帰りなさいませ、ご主人様!!」
恥ずかしい、今すぐこの世から消えてしまいたい。
さっさと注文を聞いて、奥へと逃げるように戻っていった。
「史子、まだまだだねぇ」
「先輩・・・・」
「大丈夫?」
「・・・・・・・じゃない」
「でっでも、慣れれば大丈夫だよ!ねっ、お兄ちゃん!!」
「おう、お前だったら、no.1だって狙えるぞ!」
慣れたくないし!no.1なんてなりたくないし!!
「ほれ、客が来たぞ。行ってこい!」
「うわぁぁ」
◆ ◇ ◆
ようやく長い一日が終わった。
どれだけの人を、あの格好で相手したんだろ、俺。
ただ一つだけ言える事がある。慣れる事だけは無かった。
「いやー。史弥、マジで助かったぜ」
「良かったですね」
「いやいや、本当に感謝してんだって」
「はぁー」
せっかく、いずみとゆっくり過ごせると思ったのにな。
「ふみ君・・・」
あぁー、何でメイドカフェなんて行ったんだろ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「今日、少しだけ帰るの、遅くなって」
「はぁ?」
「ほら、ふみ君とあんまり話せなかったから・・・ダメ?」
「うぅー・・・わかった。許す」
「ありがとう」
◆ ◇ ◆
「ごめんね?」
「いや、俺の方こそ。放置してたし」
「でも、私はたのしかったよ?」
「うーん。俺も、かな」
目が合った。
そしたら次第に、なぜか可笑しくなってきて、二人で笑った。
最悪だ、なんて思いながらも、ちゃんと楽しんでいたんだ。
メイド服は、マジで勘弁してほしいけど。
「ふみ君」
「うん?」
「メイド服、似合ってたね」
「えっ・・・・・・・」
「えへへ」
「あはは・・・・・」
「またやってね」
「えぇ!!」
「クス。冗談だよ」
いずみの笑った顔が
先輩に見えたのは
きっと、俺の・・・
いや、絶対に気のせいだろう
・・・・・と願いたい