隠し事
「駄目ー...?」
コテンと首を傾げて愛らしく問うミワに、カナヤが焦った様に口を開く。
「駄目に決まってるじゃん!だってミワは–––––...」
「行きましょう?」
焦った様子のカナヤを差し置き、アカリが口を開く。「一緒に、来てくれる?」
「何、言って」
目に見えて明らかなほど、カナヤが焦り出す。しかしアカリの言葉を真っ向から否定し納得させるだけの言葉が出てこなかったらしく、押し黙ってしまった。
「いいのー...?」
「勿論よ。断る理由がないわ」
「ありがとうー...」
アカリが首を回してカナヤを見る。その瞳はミワを連れて行く事への許可を求めていた。
「~~~あぁもう、好きにすれば」
「ありがとう。じゃあ、決定ね」
ふわりと笑ったアカリに対し、カナヤは彼女に聞こえない様小さく舌打ちをする。そして腹いせとでも言いたげに壁を殴り、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
「...私、怒らせちゃったかしら」
ポツリとアカリが申し訳なさそうに呟けば、ミワが小さく首を振る。
「アカリちゃんの所為じゃないよー...。ただ...そう...私とー...仲が悪いだけー...」
先程より低い声でミワが言う。その言い方は、少し残念がっているような、それでいて何かを思い出しているような、そんな言い方だ。
「...何かあったの?」
おずおずと尋ねたアカリに、ミワは口を三日月形にしただけだった。それは暗に、この問いには答えないという意思表示だとアカリは思った。
だからアカリも、それ以上は何も追求しなかった。
「...その、無理はしないでね?」
その言葉に、ミワがクスッと笑う。
「...ふふ。なんとなく、分かるかもー...」
「何の話?」
「うぅん、何でもないよー...」
訝しげにアカリがミワを見るが、何も言ってくれない事を悟り、はぁ、と溜め息を吐いて扉に手をかける。
「...貴方達は、それぞれ何かを隠しているのね。分かりやすいわ」
「皆、何かしら隠し事があるものだよー...。アカリちゃんはないー...?」
ミワの問いにアカリは首を捻って数秒考え、口を開く。「ないわ」
「誰かに隠しておかなきゃいけないほど、やましい事はやっていないもの」
「それでも、この校舎に入る時ー...躊躇ったでしょうー...?そして、コソコソと侵入した...」
ぐっとアカリが言葉に詰まる。正論だったからだ。
「...そうね、確かにそうだわ。やましい事、私もしてたわ」
「でしょー...?」クスクスと笑ってミワが言う。
「でも、結果的にバレちゃったもの。...ミワのそれは、もうずっと気付かれずにいるのではなくて?誰かに言った方がいいわ。仲の良い友人とか、私でも良いし...」
「出来てたらー...とうの昔にここから出てるよー...」
半ば諦めたようにミワが言う。「それにね?」
「仲が良いとか悪いとか...そんなんじゃなくてねー...?私を知っているからこそ言えないんだよー...。勿論、出会ったばかりの人にもー...。これは、内緒のお話だからねー...」
苦しそうに、感情を押し殺したように紡がれた言葉が、部屋に反響して消えていく。
「...そう」
「...ここはね、アカリちゃん。底辺なのー...。ひょっとしたら、それ以下、かもー...?」
冷たい空気が、鋭利な刃物のようにアカリを襲った。それはミワが放った殺気であり、そうであると気付くのに、アカリはワンテンポ遅れた。
「...だから、ね?アカリちゃんには関係ないよー...」
瞬く間に飛散していく先程までの空気に、アカリはほっと胸を撫で下ろす。
何故殺気を向けられたのか、その事をアカリは深く追求しようとはしなかった。
ただ一つ言えるのは
「行こうかー...。カナヤ君、怒っちゃうからねー...」
殺される所だった。
アカリは今、確かに、言葉を誤れば殺されていた。
「ほら、早くー...」
ふわりと優しく笑う、目の前のミワに。
「–––––...そう、ね」
アカリは無意識に自分の喉を摩った。緊張で筋肉が強張っている。
触れてはいけない事に自分は関わろうとしている。アカリはその事を今、ようやく理解した。
そして同時に、嫌な予感が頭をよぎった。
それは口にしてはいけないものだと–––––何故か、分かっていた。




