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表と裏の狭間の世界で  作者: 珠椛
第1章
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出会い

 もうどうにでもなれ。そう思ったアカリは意を決し口を開く。

「...私はアカリ。旧校舎に彼...いえ、友人が入ってしまったかもしれないの。だから侵入したわ」

 俯きながら言った言葉はしっかりと青年の耳に届いているだろうか。そんな疑問はアカリの頭の中には微塵もない。

「規則違反をしたのは分かっているわ。でも、友人を見つけるまでは自由にさせてほしいの。その人の事を、皆が探しているから...」

「–––ふぅん」

 瞬間体を反転させされ、アカリは背後の青年と強制的に向き合わされる。

「...こんなに震えてるのに、言う事はちゃんとしてるんだね」


 向き合った事で、青年がどんな容姿かがアカリにはっきりと見える。黒い焦げ茶色の髪と瞳。上下ともに真っ黒な学ランを着た彼は、新しい玩具でも見つけたかのように興味津々といった様子でアカリを見ている。

「も、勿論よ。ここで帰るわけにはいかないもの」

「...へぇ」

 クスクスと笑う青年の次の言葉が恐ろしい。もし帰れと言われてしまったらどうしよう?

 時間にしてみれば数秒でしかないその間が、アカリには永遠のようにすら感じられた。


「...その人、どんな人?」

「...え?」

 静寂を破ったのは青年だった。ビクビクしていたアカリに降りかかってきた言葉は予想を遥かに超えた言葉で、アカリは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「だから、どんな人って聞いてるんだけどー?」

「え、えっと、金髪で、見た目不良みたいな男の人よ」

「...ふぅん」

 他にないかと指折り数えて特徴を話すアカリを、青年は笑みを浮かべたままジッと観察している。



「...これ位かしら?後目立った特徴はないわね」

 大方の特徴を説明したアカリが、青年を見やる。

「...へぇ...定時制の生徒と友人ね...。でもおかしいね、その人」

「え?」

 「何がおかしいの?」首を傾げてアカリが問う。

「だって定時制の生徒達はそれぞれ事情があって通ってるもの...そんなのと知り合いどころか友達だなんて、変わり者だねぇ」

 タクマが変わっている?

 アカリの脳内に一抹の不安がよぎる。もしかしてタクマは、危ない事に巻き込まれているのではないだろうか?

「...まぁいいや。それで...何だっけ、その人を探したいから見逃してほしい、だっけ?」

「そうよ、お願い」

 「どうしようかなぁ」青年が笑みを浮かべて言う。悪戯顔で、目の前でビクビクしながら返答を待つアカリの姿を楽しんでいるのだ。

 そして数秒の後、静かに青年が口を開く。

「...分かった。見逃してあげる」

「本当?」

「うん。でも、僕も一緒に探す事が条件」

 にこやかな笑みで言う青年に、アカリは驚いた声をあげる。「いいの?」

「だって何かされたら困るしね。まぁ監視みたいな?探すのは、そのついで」

「ありがとう...助かるわ。実は旧校舎の校内図がさっぱり分からなくて困っていたの。こっちの人がいるなら安心ね」

 照れ臭そうに笑い、アカリは青年の条件を呑む。


「それじゃあ...とりあえず行こっか」

 天使の様な笑みを浮かべて青年が言い、アカリに手を差し伸べる。流れる様に洗練された動きは、慣れている様でもあった。

「大丈夫よ、そんな...」

「僕といれば安全だよ?手を繋ぐのは万が一の為」

「そうなの?じゃあ...」

 アカリは少し躊躇いつつもその手を取り、二人は揃って教室を出る。廊下は先程とは打って変わり、静寂に包まれていた。



「...そういえば、名前を聞き忘れていたわ。貴方の名前は何?」

 何の気なしにアカリが問う。声が反響し、他の生徒に気付かれてしまわないかとアカリは危惧したが、それを察した青年が「そんなに怯えなくても大丈夫だよ」と言い、続けて口を開く。

「カナヤだよ、僕の名前」

「カナヤ...良い名前ね。よし、覚えたわ。これから宜しくね、カナヤ」

「もう呼び捨てなの...?まぁいいけど...」

 笑顔を向けるアカリに対し、呆れた様にカナヤが言う。その表情は後ろを歩くアカリには見えなかったが、嫌そうな表情はしていないだろうと、声色で察していた。



「...あの、カナヤ」

「何?」

「何処に行くの?」

 そういえば行き先を聞いていなかった事を思い出したアカリが、先を歩くカナヤに尋ねる。

「家庭科室」

 一言だけのその言葉に、アカリはますます困惑する。

「家庭科室?どうして?」

「どうしてって...君その格好じゃ、すぐに見つかるよ?」

 疑問は実に呆気なく解消された。カナヤに指摘され、アカリはハッとした様に己の格好を見る。そして気付く。今自分が、新校舎の制服を着ているという事に。

 これでは、どうぞ捕まえて下さいと言っている様なものだ。

「慌てて家を飛び出したから、気付かなかったわ...」

「逆に驚きだね。良かったね、誰にも見つからなくて」

 揶揄う様なカナヤの言葉にアカリは寒気を覚える。確かにそうだ、もし見つかっていれば言い逃れは出来なかった。

「危なかったわ...」

「でしょ?だから家庭科室に行って、予備の制服を借りないと」

「成る程...」

 返答に納得したのか、カナヤの手を掴むアカリの手の力が少しだけ強まる。

「...そういえばカナヤ、貴方授業はいいの?もし私の所為で出られないっていうのなら...」

「問題無いよ。ノートは他の奴から見せてもらえばいいし」

「それだけで授業についていけるの?頭良いのね!ますます申し訳ないわ...」

「何が申し訳ないのか知らないけど、平気だって。それに、僕が此処にいるのは別の仕事があるからだし...」

「どういう事?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべたアカリに、カナヤは振り返って言う。「気にしなくていいよ」



 明るい廊下を少し逸れれば、電気が点いていない薄暗い廊下に変わる。非常灯の灯りがぼんやりと廊下を照らし、薄気味悪いのは言うまでもない。

「...ねぇ、どうして貴方は此処–––」

「着いたよ」

 言いかけた言葉は、カナヤの一言に遮られた。その言い方は、まるで“その先を言うな ”とでも言いたげだ。

「...あ、あぁ、目的地に着いたのね?」

 家庭科室と書かれてプレートが無機質に存在感を主張する。

「...入るよ。静かにしていてね、説明は僕がするから」

「分かったわ」

「ん、僕の手は握ったままでいて?」

 カナヤの言葉にアカリは頷き、その手を強く握った。

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