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表と裏の狭間の世界で  作者: 珠椛
第1章
2/14

始まりのチャイム

 


 –––––愛してる。だからこれからも共にいてくれ


 –––––えぇ、勿論



 甲高いクラクションが響き渡り、周囲の人々が悲鳴をあげる。

 そんな中、避けられないと瞬時に分かったのだろう––––否、それは一種の諦めだったのかもしれない。

 此方に向かってくるトラックを見たその表情は、確かに笑っていた。























 “ニュースをお伝えいたします。午後〇〇時、トラックが下校途中の学生と衝突し–––––”



「–––––はぁ、やっと着いた...」

 街中の華やかな灯りから少し離れた所は、森が近いからか動物の鳴き声が時たま聞こえてくる。

 陽はとうの昔に落ち、辺りはすっかり夜の帳を降ろしている。

 本当はこんな遅くにこんな所に来たくはなかった。

 それは何かが出てくるような、そんな雰囲気がするからだ。

 時刻は、とうの昔に二十一時を済んでおり、水銀灯の灯りがちらちらと辺りを照らす。

 風が吹くたびにザァッ...と大きく波打つ木々は、建物への侵入を拒んでいるように見える–––––と、アカリは腕時計から目を離し、目の前の建物を見て思った。


 月の光に照らされて、白色の新築校舎がその存在を主張する。一方、その隣にそびえ立つ木造校舎は、より一層その不気味さが月の光によって引き立っているように見え、何とも言えぬ恐怖にアカリは体を震わせた。


 そもそも何故こんな所にこんな時間にいるのか–––––それはほんの数分前に遡る。


『...え、タクマが?』

『そうなのぉ!さっき用事があって家に行ったんだけど、帰ってきてないって...』


 タクマとは、アカリの彼氏のことである。その彼が現在行方不明という事で、アカリの同級生であるユマからアカリへ連絡が入ったのだ。


『私は近隣を近くの家の人と探してみるから、アカリちゃんは学校に行ってくれるかな?もしかしたら忘れ物を取りに行ったのかもしれないし...』


 –––––可能性は十分ある。

 そう考えたアカリは、言われた通り学校に来たのだ。

「こんな遅い時間に学校に入った事なんてないわよ...。怒られないか心配だわ」

 小さく溜め息を吐いて、アカリは玄関から校内に入る。玄関の扉は開いており、鍵の施錠のし忘れから安全面が心配されたが、今はそれどころではない。



「暗いわね...」

 校内は当然ながら真っ暗で、遠くにぼんやりと光る非常灯の灯りがかえって不気味だ。

「急がなきゃ」

 靴を履き替え、守衛の人に見つからぬように足音に注意しながら階段を登り、アカリは一部屋ずつ教室を回っていく。しかし姿は見当たらない。

「すれ違ったのかしら...?」

 新校舎には階段が三つあり、中央・東・西・に分かれている。また校舎内も広い為、すれ違った可能性は十分にある。というより、その可能性の方が高かった。



「...いるわね」

 新校舎内を全て探し、念の為二周した後玄関に戻って来たアカリは、困ったように声をあげた。それは、タクマの上履きがなかったからだ。

「電話...は駄目ね、音で気付かれちゃうわ」

 「万事休すね」アカリは呟く。「後いる場所って何処かしら...」

 ポツリと呟いたアカリの耳に、ふと声が響いてくる。それも一人二人ではなく、大勢の声だ。

「...あぁしまった。この時間は旧校舎の時間(・・・・・・)だったわ」

 そもそもこんな遅い時間に学校に来ないからすっかり忘れていたと、アカリは額に手を当てて呟く。


 旧校舎の時間–––––それは定時制の生徒が学校に来ている時間を指す。

 新校舎と旧校舎が隣接しているこの学校は、新校舎を全日制、旧校舎を定時制の生徒が利用しており、互いに別の校舎に入る事は禁じられている。因みに侵入した場合、規則違反として厳しく罰せられる。


 その事は、アカリだって当然知っていた。しかし、もう旧校舎にしかいる可能性を感じられなかった。



 新校舎と旧校舎を繋ぐ廊下を渡り、ギィ...と静かに旧校舎へと続く扉を開ける。途端明るい光が目を眩ませ、定時制の生徒の声があちらこちらから聞こえてくる。

「ここから先は慎重に行かなくちゃ...」

 小さく深呼吸をしてらアカリは歩を進める。見つかれば騒がれ、ひとたまりもない。

「–––––よし」



 まるで犯人を尾行しているかのような動きで、物陰に隠れつつ慎重に教室の中を探していく。

 タクマも新校舎の生徒故、旧校舎に入ることを禁止されている事は知っている。それでもここ(旧校舎)にいるかもしれないという可能性をアカリが捨てきれなかったのは、以前タクマが定時制の生徒の中に友人がいると教えてくれた事があったからだ。

「たまに会っていたとも聞いた事があるし...何かの用事で会いに来ていてもおかしくはないわよね」

 だとしても、万が一見つかれば大問題である。


 そしてそれは、実になんの前触れもなくアカリに襲いかかる。


「それでさー」

「えっ、凄いね!」

 廊下を曲がろうとしたアカリの耳に、楽しそうに話す女子生徒二人組の声が飛び込んでくる。

「しまった...!」

「ん?」

「どうしたの?」

 アカリのか細い声を、女子生徒の一人の耳が捉える。

「なんか今、声がしなかった?」

「え?聞こえなかったよ?」

 カツカツと足音が向かってきて、アカリの心臓が早鐘を打つ。

「確かに聞こえたんだけど...」

「疲れてるんだよー」

「そうかなぁ...」

 足音が近くまで迫る。アカリはただ、気付かれない事を願うしかない。



「誰かいたー?」

「...うぅん、気のせいだったみたい」

 足音が遠ざかっていき、力が一気に抜けたアカリはペタンとその場に座り込む。

「見つからなくて良かったわ...」

 小さく息を吐き、ポツリと呟く。咄嗟に入った空き教室に人が居なくて本当に良かった。そう思いつつ、アカリは教室内を見回す。窓の外は深淵のように暗く、ゾッとするほど静寂に包まれている。

「さて、今度は気をつけていかなくちゃ」

 息を吐き、アカリが扉に手をかけたその時だった。


「何処に行くの?」


 アカリの背後から、突如声が響く。

(嘘でしょ–––––?)

 アカリの心臓が再び早鐘を打つ。先程までこの教室には誰の気配もしなかったし、入ってきた後も一切無かった。

「見慣れない顔だなぁ...迷い込んじゃった?」

 コツコツと一歩ずつ近付いてきているのが明確に分かっているというのに、アカリの体は縫い止められてしまったかのようにその場から一歩も動けない。

「否、迷い込んできたにしては人目を気にしていたし...旧校舎(ここ)に入ったら罰を受けると分かっていて入ったみたいだね」

 どうやら背後の青年にはお見通しのようだ。クスクスと響く笑い声が教室に反響し、アカリの背筋が凍る。

「...名乗ってもらおうかな。あと、侵入した理由も。処分はその後でいいや...」

 逃げられない。下手な嘘も簡単に看破されてしまうだろう。正直に言う以外に方法は無いと、アカリは混乱した頭で必死に考える。


「...ほら、ね?」

 カツンと、足音がアカリのすぐ後ろで止まった。

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