遠い昔の
「...何してんだお前、そんな所で」
驚いた様な声と共に、少女の頭上に影がさす。
「別に...」
「なわけないだろ。こんな雨降りに、傘もささずいるんだから」
呆れた様に言った少年が少女に目線を合わせる様に腰を屈める。
欄干に手をかけた少女は一瞬反応したものの、すぐに顔を俯かせた。
「別に、関係ないじゃん...」
「そうだけど、見たらほっとけねぇ」
「そんなの知らないよっ!放っておいてよ!関係ないんだからっ!」
目から溢れる雫は涙か雨か、冷え切った体を気にも留めずに少女は少年がさしてくれた傘を弾く。
「...おい」
「いいの!これから皆の所に行くの!一人じゃなくなるんだから!」
泣きじゃくりながら、少女は氾濫する川に目を向ける。
「どっかいってよ!!」
欄干に背を向け、そのまま体重をかければ体が宙に浮く。
「–––––馬鹿野郎!」
反射的に少年が手を伸ばす。しっかりと手を掴んだと同時に、少年が橋の下に引き摺られる。
「...何やってるの」
「見てわかんねぇのか、助けてやってんだよ」
「助けてなんて言ってない」
「俺はなぁ!死にそうな奴を見捨てるってのは無理なんだ!」
欄干から身を乗り出し、どうにか足で手すりを支えている状態の中、両手はしっかりと少女を掴んでいる。
「...知らないよ」
「知ってる知らないなんて関係ねぇからな!今はお前を引き上げる事がっ...!」
怒鳴りながら言う少年の顔が僅かに歪む。自分の体重と少女の体重を足だけで支えるにはあまりにも力が足りないのだ。
「...離して。死んじゃうよ」
「死なねぇよ」
「嘘だっ!支えられるわけないもんっ!一緒に落ちちゃう!」
「騒ぐ元気あるなら手ぇ伸ばせ!」
離してと何度も言う少女を無視し、少年は引き上げようと力を振り絞る。
だが所詮は子どもの力。同じくらいの背丈の子を引き上げるのはあまりにも難しい。ズル...と少年の体が徐々に下に引き摺られていく。
「ねぇ...ねぇってば!」
「うるせぇ、本当うるっせぇ。もう少しで来るはずだから黙ってろ...っ」
誰が–––––?
そう考えた時点で自分はまだ生きたいのだと少女は密かに思った。
それでも、もう取り返しのつかないところまできているのだけれど。
「っ、やべ...」
少年の体が欄干ギリギリまで出始め、腕の震えがはっきりと少女に伝わってくる。
私の所為で関係のない彼まで犠牲にしてしまう。少女は焦りを覚えた。
「は、なし...」
「兄さんここだ–––っ!」
「聞こえている、阿呆」
ふわり、少年の体が持ち上げられ、続いて少女が引き上げれる。
現れたのは少年にどこか似た青年だった。
「また危ない真似か」
「だ、だって落ちそうだったから...」
「仕事が増えるのも勘弁だがな、お前が落ちても困る」
「...ごめんなさい」
シュンと落ち込んだ少年に、青年は「もうするな」と言って軽く頭を撫でる。
「...迂闊な真似はしない事だな」
少女の方を見て、青年は鋭い視線を送り言う。
「...だって...もう、誰もいないから...。家にいても、私の居場所、ない、もん...」
はらり、はらりと音もなく零れ落ちる涙を拭いもせず少女は弱々しく言う。
「...なら、お前さ–––––」
にこりと笑って少年が言葉を紡ぐ。
それはずっと求めていたもので、少女が閉じこもっていた暗闇に光がさした瞬間だった。




