新しい仲間?
「...カナヤ?」
先程から一点だけをジッと見つめるカナヤを不審に思ったアカリが声をかける。
「どうしたの?」
声をかけてみるが、カナヤからの反応はない。
「ねぇ、どうし...」
「出てきたら?」
楽器を仕舞うケースの、丁度カーテンがかかっている所に向かってカナヤが言う。アカリにはなにもみえていないが、カナヤには何かが見えている様だった。
「...誰かいるの?」
「いなかったら、僕ただの馬鹿でしょ。気が狂った人にはなってないよ」
その一点から視線を逸らさず、カナヤはアカリの問いに答える。
「ねぇ、いい加減出てきなよ。そこにいるのは分かってるんだからさ」
カナヤが再度言い、ミワが「あぁ」と短く呟く。どうやらアカリの後ろに立つミワにも見えているらしいが、アカリは未だその姿を確認出来てはいない。
「ね、ねぇ、本当に誰かいるの?」
お化けが苦手なアカリが恐る恐る、かつ弱々しく二人に問いかける。その瞬間、ざぁっとカーテンが大きくはためいた。
「–––––かくれんぼは自信があるのに、全く見つけるのが早いのです」
ふわりとカーテンが所定の位置に戻る。現れたのは、中学生程度の外見の少女だった。
「さっすがカナヤなのです!見つけるのが上手なのですよ!鬼さん向きなのです!」
ケラケラと笑いながら言う少女に、カナヤが溜め息を吐く。
「はいはい、いつもその台詞聞いてるから」
「カナヤお疲れさんなのですか?いつもより対応が冷たいのです」
「誰の所為だと思ってんの」
頰を膨らませて言う少女の言葉に、アカリはサッと顔を青ざめ声をあげる。
「カナヤ...もしかして調子が悪いの?ごめんなさい、そうとは知らずに随分振り回しちゃって...」
「違うから」
アカリの謝罪をカナヤが途中で切る。「君の所為じゃない。この子の所為」
そう言ってカナヤが指差したのは、頰を膨らませてカナヤを見上げている少女。
「ええぇ!?リアの所為なのですか!?リア、今出てきたばっかりなのに!責任転嫁は良くないのですよカナヤ!」
オーバーリアクションとも取れる位大袈裟に、リアと名乗った少女が反応する。
「あー煩い煩い。頭に響く」
「はっ!それは大変なのです!静かにするのです!」
そう言ったリアが両の手を交差させ、口元に当てて声を潜める。「これなら、煩くないのです」
「いつもそれなら僕の生活もかなり安泰なのに...」
「ふふ、カナヤ君本音出てるよー...」
ミワに指摘され、カナヤが一瞬嫌そうな表情をする。
「あ、あの...誰か私に説明をしてくれないかしら...?」
リアの登場により、完全に蚊帳の外にいたアカリがおずおずと手をあげる。その言葉に、三人の目が一気にアカリに集中する。
「君の事、完全に忘れてた」
「酷いわ!?」
カナヤのとぼけた様な...それでいてかなり本気で言ったであろう言葉に、アカリがすかさず反応する。
「あー...手に負えない。君もだった...」
「え?」
「そんな事よりー...自己紹介したらー...?」
諦めた様に天を仰ぐカナヤに、ミワが助け舟を出す。精神的に参っているのか、片手で頭を押さえつつ「それもそうだね...」と珍しくカナヤがミワの案に乗る。
それを聞いていた少女は片手を口から離し、自分を指差してカナヤを見る。その行動に頷いたカナヤに、少女はぱぁっと表情を明るくし、もう片方の手も口から離す。
「はじめましてなのです転校生さん!リアなのです!気軽に呼び捨てで呼んでくれて構わないのですよー!」
ニコニコと笑って言うリアに、アカリの表情も綻び、話しやすい子かもしれないという印象が生まれる。
「あ、でも他の呼び方をしてくれても構わないのですよ?りーちゃんとか、リアリアとか!リアは心が広いから、どんな呼び方しても許してあげちゃうのです!さぁさぁ!遠慮せずに好きな様に呼ぶですよ!」
...前言撤回。ただのやかましい子かもしれない。一瞬でそう判断したアカリは、認識を改める。
この子、苦手かもしれない、と。
「あ、そういえば名前はなんなのですか?リアがユニークでキュートな渾名をつけてあげるのですよ!名前教えてなのです!」
「ちょっと、そこまで」
怒涛の勢いで話すリアの口をカナヤが塞ぐ。
「一人で喋りすぎ。この子が何も言えなくなってるじゃん」
アカリの方を見てカナヤが言う。アカリはといえば、マシンガントークの少女...もといリアに圧倒され、すっかり萎縮していた。
「大丈夫ー...?」
ポンとミワに肩を叩かれ、弾かれた様にアカリが肩を揺らす。
「だ、大丈夫よ。ちょっと吃驚しただけだから!」
「吃驚させちゃったのですか?ごめんなさいです...」
カナヤの手から逃れたリアが、しょんぼりとした様子で言う。その姿は落ち込んだ子犬の様で、垂れ下がった耳と尻尾が見える様な気がする。
「えっと...リア、だったわね?貴方はずっとここにいたの?」
アカリの問いに、リアはうーんと首を傾げた後「はいです」と答える。
「ここに金髪の男の人が入ってこなかった?」
一縷の望みをかけ、アカリが聞きたかった事を尋ねる。
「入ってきたですよ」
「い、いつ!?」
するとまさかのビンゴ。リアの返答に、アカリは思わず我を忘れてリアの肩を掴む。
「い、いつかは明確には覚えてないのですよ。けど、ついさっきだと思うのです」
「なら、もしかしたら近くにいるかも...」
思いがけない進展に胸を弾ませるアカリ。しかしその高揚感は「それより痛いのですよ」というリアの不服そうな声で落ち着いた。
「ご、ごめんなさい。少なからず気が動転してたわ」
「構わないのですよ。恋人さんなら尚更心配にぬるのは当然の事なのです」
「......え?」
石の様に固まったアカリに、リアはコテンと首を傾げて追い討ちをかける。
「あんなに大きな声で話をしていたら丸聞こえなのですよ」
確かにそうだ、とアカリは思う。リアは最初からこの部屋にいて隠れていたのだ。聞こえていない方がおかしい。
「...気をつけるわ」
顔を真っ赤に染めて言うアカリに、リアはクスクスと笑う。「そうなのですよー」
「とりあえず、ここにはいないって事で良いんだよね?」
はぁと息を吐いてカナヤが言う。話が進展しない事に業を煮やしていたのは態度から明白だ。
「はいです。出て行った音は聞いたから、この部屋にいないのは確かなのですよ」
「ここにもいないなんて...」
「そろそろー...いそうな場所が絞られてくるねー...」
のんびりと間延びした言い方で言うミワを他所に、リアはカナヤと何かを話している。
「はぁ?冗談じゃない」
「至って真面目なのですよ!それにリアは目が良いからちゃっちゃと見つけられちゃうし、第一カナヤばっかり狡いのですよ!」
「後半の本音しか頭に入ってこなかった」
何を話しているのかは二人の会話の端々から溢れる言葉で何となく察する事が出来たが、あえて何も知らない風を装ってアカリが二人の会話に入る。
「何を話してるの?」
「あっ、丁度良い所に来たのですよ!ナイスタイミングってやつです!話の内容はですね、リアも一緒に行きたいって話なのですよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら言うリア。行きたいオーラを全面に出すリアの隣で頭を抱えているカナヤ。そしてその横でリアに目を向けているアカリ。
側から見ると、かなり滑稽な図である。
例えてみるならば、宝石店で彼女に宝石を強請られ金銭的な問題を考えつつも買ってあげてショックを受けている彼氏と喜んでいる彼女、それを見ている店員である。
配役は上記から察する事が出来ると思うので割愛するが、想像した上で見るとかなり面白い図である。
「勘弁してよ...」
この台詞がカナヤの心からの声であったのは、勿論言うまでもない。




