音楽室で
顔が似た人はこの世に二、三人いると言うけれど、性格が似た人も同じ位いるものなのだろうか?
三階の廊下は、先程よりも一層不気味に感じられる。
寒いとか暗いとかはもう言うまでもないが、ここは何とも言えぬ雰囲気ぐ漂っている、とアカリは感じていた。
「どうして夜の学校ってこんなに暗くて不気味に感じるのかしら...」
文句を言いながら歩くアカリに、ミワが「夜だからなぇー...」とクスクスと笑って答える。
「なんかこう...夜の学校って出そうじゃない!それが旧校舎ともなれば尚更!!」
「出るって...お化け?」
「何で言うのよ!」
「え...そんなもの怖がってたの?」
「馬鹿」と半泣きで言うアカリに、カナヤは特に自分の言動を反省するでもなく、「さっきまで暗い中一人で行動してたじゃん...」と心底意味が分からないとでも言いたげにアカリを見る。
「目に見えるものは良いのよ...。けど、お化けって見えないじゃない。それが嫌なの!普段見えないのにふと見えちゃうのも嫌なの!!」
「霊感ある人は常にそういうの見てると思うけど?」
「そういう人は常に見てるから耐性ついてるじゃない!私みたいな耐性のない人が見えちゃった時は厄介なのよ!」
キャンキャンと息つく間もなく熱弁するアカリは、本当にお化けを恐れている。ミワもカナヤも分かっているのだろうが、今まで凛としていたアカリが怯えるのが面白いらしく、暫くお化けネタで弄っていた。
「着いたよ、ここが音楽室」
先頭のカナヤが足を止め、上のプレートを指さす。そこには“音楽室”と書かれていた。
「音楽室...?」
「そう。生憎他の教室は授業で使ってるからね。探せるのは此処だけ」
何食わぬ顔でカナヤが言い、アカリは絶叫しそうになったのをどうにか抑える。
「授業中って...も、もし見つかってたらどうするつもりだったのよ!」
「さぁ」
「さぁって...!」
カナヤが理解出来ないとアカリは頭の中で思う。彼は私がどうなろうとどうでも良いのは何となく分かっていたが、これほどとは思ってもいなかったわけで、アカリは改めてカナヤの自分に対する認識を考える。
「あぁ...此処にもいるんだった...。まぁ、いいか...」
アカリの心配を他所に何やら独り言を呟くカナヤは、ミワの所に行く時と同じ、嫌そうな表情をしている。
「カナヤ?」
「...何でもない。さっさと行こう」
フイとそっぽを向いて、カナヤが音楽室の扉を開ける。
重厚な扉がギィと立て付けの悪い音を立てて開く。その先にはおびただしい数の楽器と、グランドピアノがあった。
「わぁっ...!」
思わずアカリが簡単な声を上げる。
「どーしたのー...?」
その声にミワが反応すると、アカリがキラキラとした瞳で振り返る。
「私、実は吹奏楽部なの!こんなに楽器が揃っているなんて夢みたい!」
子どものようにはしゃぐアカリに、カナヤは溜め息を吐く。
「君の所には、こんなに沢山の楽器がないの?」
「えぇ。殆どが壊れていて使い物にならないの。だから買っている最中なのよ」
そう言いながら、アカリはグランドピアノに近付き、そっと音を鳴らす。
しっかりと調律された音が、防音の音楽室に響き渡る。
「素晴らしいわ...!調律された音はやっぱり違うわね!」
嬉々とした表情でアカリが言う。
「でも私、昔からピアノだけは弾けないのよ...。カナヤとミワは弾ける?」
その言葉に、カナヤとミワは揃って首を横に振る。
「悪いけど、音楽に興味はないからね」
「ピアノはー...私も専門外だなー...。管楽器なら出来るんだけどー...」
そう言ったミワに、驚いた様にカナヤが反応する。
「...楽器演奏出来たの?」
「うんー...」
「初耳なんだけど」カナヤが呟く。
「前にねー...ちょっとだけやってたからー...」
うんうんと頷いたミワが、徐に手を伸ばし、一呼吸置いて息を吹き込む。
響き渡った滑らかな音に、アカリとカナヤはたちまち魅了され、聞き入っていた。
「凄いわね!」
パチパチと拍手をするアカリに、照れ臭そうに頭をかいて「ありがとー...」とミワが言う。
「アカリちゃんはー...専門楽器はなーにー...?」
トランペットを元の場所に戻し、コテンと首を傾げてミワが問う。
「私の専門楽器はフルートなの。今じゃ部長をやっているのよ?」
誇らしげに言うアカリに、「自慢?」と茶化す様にカナヤが言う。言われたアカリは自分の言動を思い出し、かぁっと顔を赤らめるが、咳払いを一つして「そうとも言うわ」と返す。
「タクマはね、バイオリンとギターが出来るの。バイオリンなんて似合わない風貌なのに、奏でる音は誰よりも繊細で美しいのよ」
自分の事の様に嬉しそうに語るアカリに、ミワがピンと何かを考えついた様な表情をする。
「もしかしてー...タクマって人ー...恋人なのー...?」
「え」と言葉が空気に溶ける。そしてゆでダコの様にアカリの顔がみるみる内に赤く染まっていく。
先程の赤さなど、比ではない位に。
「図星ー...?」
「な、ななな何でっ...」
慌てふためくアカリに、ミワはにんまりと口角を上げる。
「だってー...普通のお友達ならー...あんなに表情綻ばせて言わないものー...」
急所を突かれたアカリが、情けない声で「お見通しってわけね...」と呟く。
「そうよ、タクマは私の彼氏なの」
そう言ったアカリの前方から、不穏な空気が漂ってくる。
「か、カナヤ?」
「へぇー...恋人、ねぇ...?」
ピシリと、空気が張り詰めた気がした。そこでアカリは思い出し青ざめる。自分はカナヤに、探し人の名前も、関係も、何一つ言っていないという事を。
そして後からついてきたミワに、先にその事を言ってしまったという事を。
「何でそう言わないかな...」
「ご、ごめんなさい...」
「男の人って事と簡単な特徴しか聞かされてないし...ミワには先にその事教えるし...別にいいけどさ...」
はぁ、と本日何度目か分からない溜め息をカナヤは吐き出す。
「あれー...もしかしてカナヤ君、嫉妬してるー...?」
口元に手を当てて、ミワが揶揄う様に言う。その言葉に耳ざとく反応したカナヤは「はぁ!?」と怒り気味で声をあげる。
「嫉妬するわけないでしょ。変な事言わないでよ」
キッとミワを睨みつけるカナヤは懐かない猫の様で、アカリは思わず笑みを零す。
「カナヤにも人間らしい所があるのね」
クスクスと笑って言ったアカリに、カナヤはミワから視線を外しアカリに移す。
「君も変に解釈しないでくれる?」
馬鹿にするな、とでも言いたげにカナヤが冷たく言う。しかし段々とカナヤの冷たい視線に慣れてきたアカリは「ごめんなさい」と怯む様子もなく謝る。
「はぁ...これだけ騒いでたら、そのタクマって人も来そうなものだけどね...」
アカリから視線を外したカナヤが呆れた様に言う。
「確かにそうね...。という事は、ここも外れかしら」
落ち込むアカリを慰めるミワ。だがカナヤは–––––カナヤだけは、二人から目を離し、じっとある一点を見つめていた。




