6年振りの再会と無関心な出会い
カメ更新ですみません
懐かしい
………のかな?
正直分からない。
蓮莉がいきなり連れられてきた場所は、6年振りの王宮だった。
日が出たばかりの時間せいか、まだ使用人の気配すらほとんどない。常の王宮にはない静けさだ。
もう、足を踏み入れることなどないと思っていた場所にいるなんて、昨日までの蓮莉なら思ってもいなかった。
1年以上会っていなかった兄、灰牙が突然やって来たのは昨日の昼過ぎだった。
いきなりの事に驚く蓮莉の腕を掴み馬車に乗せ夜中走り続け、先ほど王宮にたどり着いた。
そして、兄は蓮莉を残して何処かに行ってしまった。
…なんの説明もせずに。
「兄様、結局一言も話されないし」
蓮莉と同じ馬車が嫌だったのか、兄は一度も馬車に乗らず馬にまたがり続けた。
話すことなどない
という兄の拒絶を感じてしまって、何も聞けなくなってしまった。
兄と会話らしい会話を6年前からした事がない蓮莉に、そんな状況で“話しかける”などハードルが高すぎた。
嫌われているわけでは無いと思う。
兄様にとって、私はきっと
使い道のない無意味な存在
なのだから。
だけれど幽閉されていた東の離宮から呼び戻された。
あの兄は王宮から東の離宮まで1日かかる道程を夜通し走り抜けてまで、蓮莉を連れにきた。
「私がここに存在も良いの?貴方に関わる事は許されるのかな。…まだ、役にたてることがあるのかな」
6年前、蓮莉は主である咲陽から引き離された。
当たり前のように咲陽のそばにいた。
ずっと咲陽のそばで、役にたっていくのが役目と思っていたのに、それが出来なくなった。
役に立てないどころか、咲陽にとって害となりうると判断された蓮莉をそばにおいておく事を、琳家は許さなかった。
役にたてなくてごめんなさいと謝ることも、会うことも出来ないまま咲陽と引き離された。
最後に見た咲陽の涙が忘れられない。
貴方をそんな風に泣かせたく無かったのに。
私が、貴方の心を傷つけてしまった。
守るべき主を傷つけた蓮莉は、それ以来東の離宮に療養の形で閉じ込められ、咲陽への関わりを全て絶たれた。
それ以降6年もの間、東の離宮から出ることなく過ごしてきた。
変わりばえのない日々の中で咲陽のことを忘れる日は無かった。
だから貴方の為に私が出来ることがまだあるのなら、
いくらでもこの身をかけて『守って』みせると蓮莉は誓う。
とはいえ、中庭に近いこの場所は目立つ。
「兄様の目的はわからないけど、あまり目立つのは良くないと思うのだけど…」
それにかなりの速度で走る馬車は休むことも出来ず、寝不足と疲労で実は立っているのも辛い。
だんだんと身体が熱を帯び出している。
限界も近いことだし仕方ないから、移動するしかない。
この場にとどまれとは言われてないし、必要なら探すはず。
何よりここで倒れる訳にはいかない。
騒ぎになり目立つのは避けたい。
きっと監視はついてるだろうしと、人目につかない場所へと歩き出した蓮莉は気づいていなかった。
その姿を興味深く見つめていた者がいた事を。
「ここ、とても懐かしい」
6年前にも使っていた隠れ家は全く変わって無かった。
隠れ家と言っても建物の中ではなく、中庭を出た先にある木々に覆われた中の開けた場所の中心に幹に洞を持つ大樹だ。
確かこっちというあやふやな記憶を頼りに歩いてきた蓮莉を大樹は変わることない姿で迎えてくれた。
ありがとう、ただいま。
心の中で再会のお礼を言うと、洞に腰掛け疲れた身体を幹に預けた。
頬にあたる幹が冷たくて気持ちがいい。
「城が経つ前からこの樹はここにあるんだよ」
すごーい、だからこんなにも大きいの。
「ここでなら、だれも来ないからうるさく言われる事もないから羽延ばすことができるよ。灰以外には教えていない僕の特別な場所なんだ。だから蓮もこの場所のことは内緒だよ」
兄様だけじゃなくて、私が来てよかったの?
「蓮だからだよ。僕の可愛い蓮だから僕の特別を教えるんだ」
意識がうつらうつらするなかで、始めてここに来た時のことが浮かんでくる。
手を繋いでここに連れて来てくれた貴方がそう言ってくれた。
蓮、とそう呼んでくれた。
貴方が名を一字だけ呼ぶのは信愛の証。
それを知っていたから、貴方の信頼を得られていると分かって嬉しかった。
まだ貴方は私を蓮と呼んでくれますか。
「陽兄様」
会えない貴方を呼ぶ。
この声が届くことがないと知りながら、何度貴方を呼んだだろう。
「蓮、どうして」
蓮、そう私を呼ぶのは一人だけ。
まさかと瞳を開けば、ずっと会いたかった貴方がいた。
「陽兄様」
名を呼ぶことしか出来なかった。
記憶にあるよりも背が伸び、体格も顔つき、声も変わっているのに一目でわかった。
ずっと謝りたかったはずなのに、溢れてきてしまった涙のせいで言葉が出てこない。
ずっと会いたかった。
やっと会えたのに。
拭うことなく涙を流したまま必死に言葉を探す蓮莉を咲陽は優しく抱きしめた。
「蓮、泣かなくていい。泣くべきことなど何もない。……すまない、守ることが出来なくて。全て僕が至らなかったが為に君を……」
「違います、陽兄様は何も悪くないです。私が私が悪いんです。
陽兄様の役に立てなくなってしまった私が。
陽兄様の前であんな姿をみせて…役に立てなくなってごめんなさい。ずっと謝りたかったんです」
「そうではないんだ。
蓮が謝ることも悔やむことなど何もない。蓮のおかげで僕は今ここに立っていれる。
頼むから役に立てなくなったとかそんな理由で苦しむな。そんなことに縛られてくれるな」
背中に回された手に力がこもり、強く抱きしめられる。
温かく優しい温もりに縋りつきたい。
でも、駄目。
私には出来ない。許されない。
離しくださいと胸に手をあてて距離をとろうとする蓮莉に、咲陽の腕の力が緩む。
顔をあげて蓮莉は後悔した。
咲陽にまたこの顔をさせてしまったと。
瞳はガラスのように脆く、感情の消えた今にも壊れそうな顔を。
ああ、私は貴方の心をまた殺させてしまった。
6年前咲陽の次期王としての決断。
自身のため、そして国のために蓮莉を切り捨てた決断は咲陽の心を傷つけ続けているのだろう。
守るべき主である咲陽、その一番守らなければならない心を私の存在が傷つけてしまう。
私がやはり貴方の視界から、心から消えなければならないのだと分かった。
「それが噂の婚約者どのか」
そんな2人の空気をぶち壊すように声がかけられた。
とっさに咲陽の腕から抜け出し、背に庇う。
声の主は、身なりの良い咲陽と同じくらいの年の若い男だった。
6年も王宮を離れていた蓮莉にとって誰が咲陽の味方か敵なのか分からない。
だが、わざわざ気配を消して近づいくる奴が味方とは思えない。
しかし相手の立場が分からないだけに下手に動けば、咲陽に迷惑をかけてしまう。
それに兄の企みを妨げてしまうかもしれない。
思考に囚われて動けなくなってしまった蓮莉は気づいていなかった。
彼が蓮莉を追いかけて来ていたことを。
そして、知らなかった。
兄である灰牙の狙い通りに
隣国の第2王子、紫来の興味を惹き
”身代わり”の道にのったことを。
やっと主人公の登場です。