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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
98/239

98 寄り添える優しさ

      


 部屋に戻ったら、カリッと音がした。


 「アーティス?」

 「ガウッ!」


 急いでテラスへのドアをガッチャンしたら、お座りして尻尾振ってたんで喜び勇んで抱き締めた。顔をべろんと舐めるのが、うーんうーん。



 「アーティス、この頃一緒に散歩をしてなくて悪いな」


 ハージェストが伸ばす手に、フンフン鼻の頭を擦り付けてた。


 うん、俺も散歩に出たい。一緒に出たい。犬の散歩に連れ立っていく、犬連れて歩きながらのダベリ。それも良いよね〜。犬とかペット飼った事ないしさ。 ぬ!エチケット袋っているんか? あるんか?

 いやそれよりも… アーティスの散歩は歩きなんか? 記憶にある、あんのすんばらしい走りっぷりは… 普通の犬の散歩とは、ものすごく違う気がするなー。



 テラスから庭に降りて、俺の運動不足解消にアーティスと遊ぶ。


 『アーティス、取って来〜い』じゃ運動にならん。だから、アーティスを追いかけたり、追いかけられたり。ハージェストも加わって、アーティスを挟み撃ちにしてみたり。花壇には注意するので障害物ってか、通行規制有りです!



 「そっちに行ったよ!」

 「え、もうこっち来た!? うそー!」


 タタタタンッ!

 

 黒の毛並みがするりと、俺の脇を抜けてった。


 「あーーー!」


 捕まえられずに、逃げられたあ〜〜。


 アーティスの尻尾が勝利に揺れる。


 そう思うのは、俺の思い込みですね。捕まえるっても結構スピード乗ってるから、トライはちょっと無理。引き摺られるのと潰されるのと踏み付けられるのは勘弁… ですのでボディタッチで終了です。





 「はぁあ〜、すっきり」


 良い汗、流した〜。


 手と顔を洗って洗面所から戻ると、アーティスはハージェストから水を貰ってた。うむ、今日も上手に飲んでるな。



 ぐううう〜〜うっ!


 腹の虫が鳴った。

 …昼飯、抜いたもんな。いや、お菓子で満腹だったけど、お菓子じゃいけませんかね〜。


 「軽く摘もうか?」

 「そうしたい」


 「やっぱり、一口じゃあね」

 「ダメだったあ〜」


 二人して笑った。

 


 「じゃ、ちょっと待ってて」

 「りょーかい」


 洗面所に寄ってから、メイドさんに頼みに行く姿を見送る。

 


 テラスから、青い空を見上げる。すんげぇ良い天気。


 「クーン」

 「どした?」


 階段の降り口で、伏せるアーティスが鳴いた。尻尾をぱったんぱったんして機嫌が良い。その姿が可愛くて、にま〜とする。



 見上げる青い空は本当に綺麗で、その中を四羽の鳥がシルエットになって力強く飛翔していく。



 この穏やかな時間。

 ほんの少し前にあった出来事が嘘みたいな。余韻は冷めてるけど、消化してるんだかどうなんだか。



 …あれだけの人数が入るんですから、あそこは狭い部屋ではありません。ですが、これからの人生があーんな部屋の中で決定するのってぇ、どーんな気分になるでしょね? ええ、実際目の前で見ましたけど。


 領主館内の庭、青い空、外へと通じる道。教えてくれた外へ出るルートは覚えてる。丁寧に教えてくれた。…裏ルートも覚えてる。

 部屋のテラスから見る世界は狭くて安全で、鍵の掛かっていない鳥籠から俺は出て行かない。ドコにでも通じてる、ドコへだって行ける。 けどさ。


 外へは行けない。


 自分で理解した上で行けないのと、許されないから行けないのと。

 共に自由が無いのは同じですが、どっちがましですかね? どっちもどっちですかね?


 俺は理解した上で行かない選択をした。

 自分で引き籠もりを選んでるんだから、俺の方が良いですよねぇ。状況が全く違いますもんねぇ。…でもまぁ、ほぉんとハージェストが『救い』だと言ったけど、それは俺も同じだし。


 出た時に取っ捕まって、振り出しに戻るをしちゃったらねぇ? …見捨てもあったけどな。ああ、アーティスほんとありがとな〜。お前が居なかったら終わりだったよ。



 飛ぶ姿にイイな〜とは思う。しかし、飛んで行く鳥を羨ましいとは思わない。



 「キューウ、クーウ、グーウ」


 洗ったばっかの手だけど、ついアーティスの頭を撫で繰り回してしまうよーん。


 あそこで強制戻るになってたら、絶対バッドでデッドなエンディングを迎えたな。どー考えても自力回避が可能と思えん。あんなにボコられてほったらかしなら、売られるまで保たんで普通にデッドだろ。それか… 使う為に魔力回復くらってデッドじゃね? あっは、相手の裏をかくって意味なら成功だな。デッドで思いっきり嗤ってやるね。



 「はぁ… 」


 あ〜、高くて青い空がまーぶし〜ぃ。



 テラスの手摺りをギュッと握る。握力測定のよーうに握り締める。握った所でバキッ!なんてできないし。


 自分の事より、他人の事を考えて。

 その結果、功績を残した偉人の方々はいらっしゃいますが、できないと残念ですかねぇ? 残念っぽいですかねぇ? 優しくない俺はダメですかね。好い気味だと言わないけどぉ? 助けようとしないんだから、ダメなんでしょうねぇぇ。 


 あった事が嫌だから切っておしまい。それじゃあ、成長なんて有り得ないってぇ知ってはいますけどぉ… 

 その時に、自分がソレに向き合ってるかどーかに気付けてるかどーかが問題以前の問題だと思うんですけどね? ほんとに都合良く気が付けるもんですかね? 嫌な時点で嫌でしょーに。


 ハージェストも言ってたな。 

 気付かずに、螺旋を描いて落ちるもんだってさぁああ。




 …落ちた事に後からでも気付けたら、おめでとう? それが救いとかぁ。

 

 えーとぉ   あ〜〜〜〜〜    ふ、ナンかのかっこいー系なら、ほーんと都合良くかっこよーく終わったんかな〜。あ〜はははは。


 むーり、むり♪むーり、むりっ♪ おーれーにーは〜、むぅりぃっとぃ!




 ……あーんな事言うんだから、ハージェストもアウトだったんかな?  いや、俺とは違うしな。…とっとと進んでできるんかなぁ? 


 あーあーあーあー  あ〜〜〜〜〜〜 っ。




 自虐趣味ねーから、もう終わろ。 


 …まぁね、思考のどっかを無理やり入れ替えりゃあ、無理じゃねーと思うけどな。俺が俺でなくなるけどな? でも、それが成長ってゆーんかなぁ?

 ………与えられた事象程度のモンに歪むのがぁ 自分が歪むと思う事がぁ  成長ってんですかねぇぇ?  へっ  のーみそ、だいじょーぶぅううう?   あ〜〜〜〜〜はっ はっはっはっはい!






 「お待たせ」

 「あ、おかえりー」


 「来たら、あそこで食べようか?」



 ハージェストが指差したのは、庭の木陰のテーブルと椅子。


 「……あそこ、虫落ちて来ない?」

 「え?  ………… だ、い じょうぶ  じゃ、ないかな?」

 


 中途半端な信用ならん言葉に半眼で見返したが、開放空間での食事は気分が良いだろうと了承した。アーティスも一緒だもんな。




 「お待たせを致しました」


 テラスへ来てキョロキョロ周囲を見回したヘレンさんが、俺達を見つけてにっこり笑顔した。



 「そちらになさいますか?」

 

 どっから取り出してきたのか、テーブルクロスをパッと広げて敷く。白いクロスは清潔で、汚れが目立ちそうです。柄モンの方が良いのではないでしょうか?


 再び部屋に戻って今度は足元に注意しながら、料理を運んでくれました。


 テーブルに並べ終えた所で、俺に再びにっこり。そしてごく自然にハージェストを見た。その後、ごくごく自然に一言添えて下がられた。


 うーむ、目で通じ合ってんなぁ。




 テーブルに並んだ素敵な…おやつ? 注がれたコップを取って口付ける。


 ごく… ごくごく、ごっくん!


 「ぷはっ」

 「好みの味?」


 薄く黄色く色付く液体は、冷たくてレモネード風味で美味い。


 「うん、美味しい」


 そして摘めるおやつは、おやつではありません! 惣菜パンですよ!


 テーブルロールのよーな小振りのパンの切り込みに、緑の野菜が顔を覗かせる。その上に焼けたソーセージがどんっです!! いえ、でかくてパンからはみ出てるから、どどんっ!が正解でしょうか!? 残念な事にケチャップはございませんが、マスタード系がついてました!!


 口の中で奏でるハーモニーは、めっちゃ美味かったです!! もぎゅもぎゅと何度も噛み締め味わいました! うまーっ!!




 そして気付けば、アーティスに見られてた。涎は出てないが、めちゃくちゃ見られてた! 吠えない分、視線が強く深く鋭く突き刺さるぅ! 


 「アーティス、何食べてる?」

 「肉」


 大変よくわかりました。


 「これやったら拙い?」



 返事に従い、でかいソーセージを口に咥え、がぶっと噛み千切る。

 噛み千切ったブツを口の中で転がして、マスタードをべろべろんっと舐め取る。マスタードが多少鼻にクるが舌に広がる肉汁に旨味を添えるなああ! ソーセージに付着しちゃった緑の野菜は刻んだピクルス。なので、口内選別して食う。


 選別後も、ソーセージの塊を右へ左へゴロンゴロンと転がしつつ〜 ちょっと噛んでた。だって、肉汁うま〜。



 ハージェストの教え通りに手のひらに出して、アーティスの顔より下に下げてから手を広げてやる。


 「ほら」


 一口でぺろりんした。 …ちゃんと噛んでるか、アーティス。



 ハージェストが教えてくれるには、指で摘んでやったら手ごとがっぷり。上からやるとアーティスの視線を… つか、アーティスの視界を遮る。遮られると警戒心が生まれる。見えない事に対する警戒。それは本能に近い。

 教えてるし普段もしないけど、どうしても反射で出る時がある。怒ってもどうしようない。アーティスだってわかってる。なら、こっちが注意しなければいけない事だと言われた。



 「…怪我した?」

 「あはは。アーティスが子供の頃に噛まれかけた事はあるよ。アーティス、ほんとやんちゃだったから。でも俺も色々覚えた。色々あって楽しい時間だった。 …君が居てくれたら、もっと楽しかっただろうけど。


 居てくれたら、こんな時、君は何を言ってどうしただろうと思ったよ」



 最後には少しだけ、目を落とした。

 その姿に何の返事もできん。ノーコメントではなく、コメントのしようがない。

 


 「一緒に居た時間が短過ぎて、どう考えてもどんな返事をくれるのか… 予想できなかった。思いつくのは、こう言ってくれるかと願う希望だけだった」



 自嘲ではない苦笑の顔に、今度は俺が目を落とす。 だってさぁ、こーゆーのに外さずにいられる程の無神経さは持ち合わせていませんよ…





 目を落とした途端に、アーティスのもっと頂戴光線浴びた。残りのソーセージ口にして、マスタード舐めてアーティスにやったら俺が怒られた。



 「全部やってどうする! アーティスにやるより、自分で食べないとダメだろ!!」

 「うぇ!?  あ!   え、や。   の、残り食べるし!」


 咄嗟に「もぎゅっ」とパン食ったが、中味が無いだろと怒られたー。栄養が要るんだと怒られたー。もぎゅもぎゅしてても怒られるー。

 アーティスに上げるのは一回で、半分だけだよって言葉に了解と頷いたのは俺でーす。うっかり残りを上げたのは俺でーす。



 「ゆ、夕食の蒸し魚が入らなくなるから! あれ、楽しみだから!!」


 誤摩化しに言葉逃げしたら逃げれたー。あー、良かったあ〜。代わりにアーティスが我慢しろと怒られたー、ごめんな〜。



 ハージェストに怒られてしょんぼりのアーティスの頭を撫でた。スンスン鼻を鳴らして見上げるアーティスの目が悲しそう。また今度頂戴って見えた。


 うん、また今度やるから。

 アーティスと一緒にこそこそしつつ、ちろっとハージェスト見た。ら、じーーーーーーっと見てた。 うう、しまった。失敗したよ。


 「元々、食べれた程度には回復して欲しいんだ」

 「ん、ありがとう。 そうする、ちゃんとそうなる」


 最もな言葉に頷き、にへっと笑ったら〜 ちょい機嫌直ったか?  スマイル一つで回避するって、すーてーきぃ〜。




 それから、天気が良くて風も強くなかったら、ちょくちょくこの木陰でお昼摂ろうかってな話もした。



 「え、外だよ?」

 「うん、ハンモックとかもあるけど木の位置がね。それなら、普通に寝椅子の方が良いよ」


 「…あるんだ」

 「あるよ、物置の片隅で使われずに眠ってるって言うから」



 屋外用の寝椅子があるそうです。雨晒しになると大変だと思うんですが… あるから、この木陰で使わない?だそうです。綺麗な庭の木陰の寝椅子で、お昼寝健康促進生活。なんだかリッチな生活が本当にできそうで、なんだか怖いですな…


 アーティスも寝椅子の足元で一緒に昼寝したら嬉しいだろうと言われると、拒否する理由はございません。

 


 「出して掃除と点検してからだから、明日の午後か明後日には置けるよ」

 「別に急がなくて良いよ?」


 「ん、ああ。人手はあるから平気だよ」



 さらっとした返事と態度。

 自分でする事を想定してない所に、一般ピープルとの違いをしみじみ感じた。




 アーティスの耳がピクピク動いたら、すっくと立ってぐるりと回る。


 「あ、散歩?」

 「……ああ、そうだね。竜達の声が聞こえる」


 えー? 俺には聞き取れなかったぞ?


 しかし、散歩で間違いないから行って来〜いと送り出した。うきうきの足取りは、ほんと楽しそうだ。一緒に行かない?って、感じで見てきたのが可愛いね。…行けんのが残念。


 見送ったから俺達も部屋に入る。



 「そのままで良いよ」


 食器を片そうとしたら言われたが… ヘレンさんの手間と他の人が来ない事とか考えて、片すを実行した。手伝ってくれた。そーゆーフットワークは軽くて機敏だ。


 持っていけば… ワゴンさんは待機していなかった。定位置でも待っていなかった…


 「ね?」

 「……うん、外の時はそのままにしろですネ」


 テーブルクロスの上に皿を乗せて終了しましょう。


 夕食までは一緒に勉強予定です。発音練習も必要ですが〜〜  一般常識も獲得したいので、そっちにします。しかし、先に口を開いたのはハージェストだった。



 「えー… と。  聞きたいんだけど」

 「なに?」


 椅子に座ったが、ハージェストは立ったままで話し始める。


 「これ」


 テーブルの上に置いたのは革紐だった。 …そう、革紐さんではありませんか!


 「え、もしかしてくれる?」

 「欲しいって言ってたんだよね?」


 「うん、そーなんだ! 位置がいまいちで」


 「待って、俺が」

 

 いそいそと今してるチェーンの留め金を外すのに手を首の後ろに持っていったが、俺より先に手が伸びた。んで、任せた。


 「はい」


 チェーンごとお守りを受け取って、二つに分離。お守りのトップに革紐通して〜 するんっと綱渡りぃ〜、にゃは。



 「そこで一回、括っといた方が良くない?」

 「そう?」


 「前の時はどうしてた?」


 天井を見上げて考えたが、さぁて、どうだったっけ? ……貰いモンだったしさー。



 「今回は括っといて、駄目ならまた変えよう」

 

 深く深く考える事でもないから、了承。



 「じゃあ、そこで押えといて」


 以前の定位置で押えて待てば、首の後ろで革紐を結んでくれる。お願いしなくてもやってくれます。…なんて便利君!!って言ったらやべーな。


 一度、手を離す。そのままの姿勢で完成を待つ。



 「できた」


 再び下ろされて首に掛かったお守りは、ベストポジション! ばっちりです。


 「ありがとう」

 「どう致しまして。余った長さは切るよ」



 それから今までしてたチェーンを返したんだが…


 「貸してくれて、ありがとう」

 「これ、ね。こういうのは嫌い?」


 「え?」



 …話せばなんでか、やけにくれようとする。貴金属はマジであるんだよ。俺の持ってるブツと他で見てきたブツ。それから〜 店舗の中で見たブツと。


 ハージェストのチェーンは、どー見てもリッチです。そりゃーめっちゃ高そうな指輪もしてますから、安物なんかしないでしょう。

 ですが残念ながら、ハージェストに似合ってるんであって俺に合うとは言えんのだ。馴染んできたよーな気もするが、俺がしてると大きさから借り物な感じがするんですよ。


 「嫌いじゃないなら」

 「いやでも、これ高いだろ?」


 「平気平気。しておこ、ね?」



 妙に押し切られて再び装着した。

 邪魔にはならんが… うーぬ、お土産。土産の中に良いのは間違いなくあるが、ハージェストに似合いそうなのとなると〜〜 どんなんあったかな? うあ、俺のセンスが問われてる!


 ふはは、一人の時に確認しよ。





 その後も話すが… 発音指導が入る。



 「ほら、もう一度」

 「うあー」


 聞こうと思う事がなかなか聞けません。しかしこれは、逆に気を使って貰ってるんだろか? ま〜、楽しい話じゃない。 でもな。



 「あのさぁ」

 「なに?」


 「エッツって所、知ってる?」

 「エッツ?  …ああ、あそこ。 行ってはいないけど、位置としては知ってる」



 そこであった一悶着の話を披露した。


 「……………… あ〜」

 「な? どう思う?」



 「監査突っ込むか」

 「へ?」


 「言葉尻を捉えての奴隷落ちなんてなー、締め付けがヌルいなー。だから、あっちに流れやがるんだろうな、ルートは複数持つのが常套だけどよ」



 半眼で宙を眺める姿は仕事モードらしかった。スイッチ押したんか?



 「何にせよ、無事で良かった。その子らは金絡みだね。基本、犯罪奴隷は市場に流れない。流すメリットが無い。買い取る奴がまともだとは限らない。二転三転転売されて、最後は上手く逃れた仲間に解放されたとか言ったら馬鹿だろう? どこも方策は取っているけど、困窮した場合は出す事もある。


 犯罪奴隷から得た知識で犯罪に手を染める馬鹿もいれば、逆に持ち上げられてその気になって使われてる馬鹿も偶に出るんだよねー。ほーんと人の仕事増やしやがってさぁあ、ほんっとに手間暇掛けさせて… 潰さないとやってられないね」



 なんかポチッと愚痴スイッチも押したっぽい。

 そっからだんまりの思考浸りが入った。どー考えても対処についてだろーから、その姿を黙って見てた。やっぱ、あっちの顔になる。



 「あ! ごめん!!」

 「おかえりー」


 無事、脳内終了帰還したよーで良かった。





 「うん、そうだね。どうしてそうなったのか、それは… ある程度の予想はできる。金で総てが決まりはしないけど、金は必要な道具ツールだから。

 互いの取り決めで行われたのなら、履行されなければね。可哀想の一言での強制介入はしない。取り決め時の粗探しか、配慮の促しは可能。上からの通達に対応の改善が見られないなら、ドコに行っても泣くしかない様にしてやるし」



 きっぱり言った顔には、過去に実行済みだと書いてる気がした。したんなら、どーゆー事したんだろか? ゴリ押しじゃ上手くないと思うんだ。



 「その奴隷の子が気になる?」

 「あの後がね… どうなったかと気にはなる。日が経ったから彼自身忘れてるんじゃないかと思うし、俺自身忘れかけてる。 けど、俺の所為で殴られなければ良いと… 願ったから」


 見交わす目は、変わらず蒼かった。


 「うん… あのね、最初に断りを入れとくね。家に力はあるけど、無条件に、総てに手を差し伸べる無尽蔵の力は無い。他家ができたとしても、我が家には無い。

 『総てに等しく』 それは無理だ。努力する前からと言われても無理だ。それを可能とするならば、思考の違いか… 全体を構築する体系が違わないとできないと思う」



 取って付けた感じとは無縁の口調だった。


 目を下ろし、口を引き結ぶ。

 再び俺を見た時には苦笑に近い顔をした。 …オルト君も似たような事をした。でも、違うね。受ける感じは全く違う。内容も違うし、その重さも違う。同じ行動を、同じ表情を取ったとしても。


 そうだね、当たり前に等しくはないね。

 


 「調査はできるよ。只ね、可哀想の意味での買取は勧めない。子供の知識や労力に期待してもね? それに… あ〜〜、店の対応で既に倫理観が落ちているのも否めない。女の子の方はもう落ちてる。そうなると手に負えないんじゃないかな? 教える事は大変だよ。力だけで魅せるなら馬鹿になれる。

 可哀想なだけでもない自我の強い子もいる。そういう子は上手く合致できなければ悪循環に陥る。そこで転売になるならまだしも、力の捌け口になるとね…


 死が優しい時もある。

 

 忘れがちになるけど、奴隷の始末は自分の始末。思わぬ事で苦情が来たら、対応しなくても決定するのは自分。その後もぐだぐだ続くなら、更にどうするか決めるのも自分。個人で複数所持していた場合、それを見た奴隷がどう思って以降行動するかは、また別問題」



 他にも話してくれた。


 …………大人でも子供でも上手い事やる奴は、主を食い物にするそうですよ〜。上手い事やっちゃって、楽しむ奴もいるそうですよ〜。その後、泣くのは自分一人と。周囲の皆さんから評価落ち食らうのも自分だけと。

 本当に上手い事やられると、その奴隷は好き放題やっても非難を浴びる事なく、なーんの責任も取る必要なく可哀想扱いされて主の鞍替えに成功する場合有りと。


 この場合は〜 主の方がぁ… うにゃうにゃなっちゃったとかぁ。まー、奴隷でもなーんか種類が違いますねぇ? 信じられんが。




 奴隷買う。

 おかしいな、懇切丁寧に話されるとマイナスにリスクしか感じ取れない。いや、ケリーさんから聞いた時も… 他の時も…   思ってた、そこに否定も異論もないが。


 何故だろう? ほんっとうに、都合の良い何かに当たらないのはどーしてだ!  いえ、これが普通にリアルなんでしょうね…  ハージェストに寄っ掛ってる方が絶対安全だしな〜。




 「別に奴隷は要らないよ? それより話を聞いた上で、お願いしたい。彼への配慮の促しをお願いできたら嬉しい。お願いに無理は言わない。俺自身ができない事をお願いしてる訳だから」


 「それで良いんだ?」

 「…彼が言ったのは、自分のプライドの為だと思ってる。違うかもしれない。それでも、その行為が俺に有利にってか味方してくれた。彼の行動が助けの一つになった、それは本当。だから、それに対して少しの返しとなれば嬉しい」


 「そう」

 「それにさぁ」


 あの時と同じ思考を話しといた。付け加えるなら現状。

 それこそ忘れがちになるが、奴隷を持つ事は一人じゃなくなるって事だ。心強くもあるが、一人になりたい時も一人になれんって事だろ? 馴れ合いの位置にいないのに、べったりいるしかない。 …うざくない? 

 しかし、居るのを無視する空気扱い上級スキルも… 持ってないしぃぃ?  にゃっふー。  ナチュラルにでき始めたら、どうなんでしょ?




 「ああ、そっち。それなら確かに微妙だね。わかった、手配しよう。売られたのなら現状も含めて調べよう。でも、一つ忠告。良い知らせだけを期待しないで欲しい」


 声音と目に意味を理解して、嫌でも理解して、ゆっくり頷いた。



 「どうぞお願いします。お金は? 換金したの、あるから」

 「それは要らないよ、出す必要はない。エルト・シューレ全体の治安に関わる話に金銭は要らない。 ない、んだけど… えー その〜 話戻しますが。 あ〜〜、 今も一人の方が、 良い、の か、なぁ?」

 「は?」


 「いや、だからその  部屋を  別に、するべき だろう… か?」



 何故なにゆえ、声が小さくなるんだ? お前。 


 ちろーっと伺ってくる目に、手が右へ左へ泳ぐ。 ナンだかな〜?



 「慣れたからへーき。まぁ、一人の方が良いのは確 「平気なら良いよね、大丈夫!」 かに する」



 …割り込むなよ、お前。



 「ふはっ」

 「ふふっ」


 顔を見合わせ、二人して少し笑った。悪役系の笑いじゃないぞー。




 彼の目の色、髪の色。背格好に俺から見た年齢。姿を思い浮かべて、それらを伝える。


 お願いをする。

 いや、それしかしない。ほんの少しの口添えが、あの時の彼に幸運を運べば良いと願う。……ほんとそれ以上しないけど、ね。


 今できる精一杯をしたつもり。

 それでも、『してるつもりで自分を区切ってる』とか、『努力足りねー』とか、『偽善的自己満足』なーんて言われたら、どーしよう〜。


 ………………うん、馬耳東風しよっかな?

 言うだけ言うけど行動しない奴の方が、ほんとに色々好き勝手言うんだよねー。そーゆー奴って好きじゃないしーい。そんな奴に言われて一々傷ついてたら、時間の無駄ってゆーもんねぇぇ?

 

 感情殺して一人前なんてぇー、それこそ話できない君でー 自分歪める元じゃないのぉ?  まー、自己チューの読めない君になるのも微妙です。










 今日、一人が奴隷に落ちた。それは俺に関わる事。

 今日、奴隷として既に落ちてる一人の為に口添えをお願いした。それは俺に関わる事。


 どちらにも同じ様に心を寄せる。

 一人は見流して、一人には遅くとも手を差し伸べる。同じ日に共に行う。



 心の調整を計っているつもりはないけれど ……してるのかなぁ。



 思考から目をさ迷わせば、部屋は暗くなりつつあった。

 そんなに思わなかったけど、結構時間経ってる。話してたから気付くの遅れたんか。…軽くはない話をしてたよね?


 話せて良かったんだ。 俺の為に。

 




 「ん?」

 「どうした?」


 「あ、いや何でも」

 「そう? 本当に?」


 「あー、うんまぁ…」



 定位置にあるお守りを弄る。


 ………これ盗った奴もガキだったなぁ。こっち、どーなってんだ?


 もんのすごーく嫌な予感する。

 今回と似た事になるんだろか? いや、奴隷話にまではならんだろ? 今度こそ丸投げで…  いやいや、セイルさんに応えねば… いやんなるなぁ。




 「日暮れになる。灯りを入れよう」


 やんわりと灯り始めた光が部屋を照らす。

 明るくなる室内に、普通だと思う反面、暗い灯りの無い場所も思い出す。…色々ですよ。



 「ところでさ、エッツに居たんだよね? どうやってエッツに?」


 光と同じ、やんわりした口調で聞いてくる。

 異世界から来ましたの他は、当たり障りの無い事と苦情話しかしてないからな。



 「えー、エッツには馬車に乗って着きました。エッツからシューレへは馬車と歩きで頑張りました」

 「そうなんだ。どこからエッツに?」


 うむ、村の名前を言えば更に進むのは目に見えてるが… あいつらの事、話して良いもんだろか?



 「話し難い?」

 「え? あー えーと…」


 俺にとっては、助けてくれた存在。しかし他から見ればわからない。 …無害だと思うけど、やっぱりあいつらは魔獣になるんだろう。レアの一声で狩られるのは、ちょっと。それよか、現地人でさえ知らないあの場所の説明どーすんだ?


 魔獣の種類から確認するか? リストあんのか?



 「じゃあ、また後にしようか」

 「…あ、ええと」




 コンコン。


 「夕食をお持ちしました」


 疾しい事はありませんが、響いたノックに瞬間ドキッ!としました! なんででしょう!?  しかしご飯ですよ、蒸し魚さんとの念願のご対面です!!




 本日のメインの蒸し魚さんは大きいです。一人に一尾のお魚さんは、中皿をどんっと占拠してます。魚を指定した所為か、スープもクラムチャウダーで… 名称不明の貝は大きいです。間違っても浅蜊の味噌汁じゃない。そしてパンに他の皿も並ぶ。


 はい、量も皿も多いです。しかし、ハージェストはこれをぺろりと食べるんですな。


 ヘレンさんは最後にカードを一枚置いて、一礼して下がってった。



 二つ折りのカードを広げ、書かれた文字を見る。わかる単語を探す。   …探した。


 「読んでぇ〜」

 「了解」


 内容は甘辛ダレは作れるが、とろーんが不明で定番を作成したとの連絡だった。そういや、チーズ以外でとろーん、とろーり見たっけかな?


 「しまったね。王都や自領じゃあるけど、シューレの調理じゃあんまり使わなかったか」

 「うわ、もしや悩ませた!?」


 「それらも踏まえて、もっと好みが知りたいって」


 だから、皿が並ぶですか。



 「じゃあ、食べ終わったら返事書く」

 「そうしてやって」



 早速、ナイフとフォークで取り掛かる。

 ハージェストの切り方を参考にしながら食う! 小皿の甘辛ダレをちょいつけて食えば、ピリッとくる。後を引く辛さではありません。美味いです。






 『大人の人は辛いタレで食べる』


 ……そう言ってたな。自分は甘いので食べるって、笑って言ってた。記憶の中にある顔と目は、さっき見たのと全然違う。




 どうしてこうなったんだろう? 何がいけなかったのか?


 どー考えてもわからん。だけどさ、どうして俺は今この料理食ってんだろな? いや、食いたかったから頼んだんだけど? 頼んだから出てきたんだけど。



 思い出す、二つの顔の違いが気分を下へと突き落とす。


 セイルさんは言った。

 己で決めて行った、そこに誰が責を負うと。その言葉に俺も頷く。頷くが、その決定は俺を見て決めた事になる。



 『俺だったから、決めた』


 そうであるなら。 …いや、そうでしかないのか。



 割り切れないより、遣り切れない。


 なぁ、俺の何が悪かったよ? 何がソレを決めさせたよ? 俺の何を見て決めた? 何を考えて他人を売って食いもんにして、人の人生壊してやろうと決めたよ? それこそどーでもいいってヤツ? 俺、先払いしてちょっとは助けたつもりだったけど? 善意の行為が売る決め手か? 優しいから、何しても構わないとでも?


 なぁ、笑える考えしたらだな。

 俺が存在した事が、そっちの人生狂わせたってか?





 「どうした?」

 「あ?」


 食う手が止まってた。


 何でも無いと返事をするつもりで声が出ない。胸の内で渦を巻く熱が消化不良を引き起こしてる。泣く気はない。泣いてどうする、意味があるか? 被害者は俺だ。 …ああ、そっちは賊の被害者か。


 「は」


 香草が散らされてる蒸された魚の顔見てたら、妙に上ってくるモノが止まらなくなる。必要ないから止まりやがれと、目を閉じた。




 「気持ち悪い?」


 何時、隣に来た? 悪い、驚くよな。

 答えようと開いた口から出る息に、熱が籠もって泣きが入ってそーなのが 一番嫌。


 「頼んだ 蒸し ざかな  食べ、そこね た 」


 

 返事した自分の声が最後細くなるのが嫌、瞬いた蒼を見返したくない。








 「ちょっと横になろう」


 食事を中断して、ベッドにゴロンした。

 横向きになって寝る。片手を頭に持ってって、体を丸めて光から逃げる。






 「掛けるよ」


 タオルくれた。折って、目元を覆う形で掛けてくれた。

 


 


 ベッドに腰を下ろす。だから、そっちが沈む。

 俺の髪に触れてくる。手櫛で軽く梳くような真似をする。



 「嫌だったら、言って」



 少ししたら、小さな声で口遊んだ。






 口遊む旋律は易しい。複雑でない分、煩わしくない。


 繰り返す一句ワンフレーズが耳に残る。繰り返すその都度、音律が変化する。

 しかし意味がわからない。旋律となる言葉は理解できない。できないが理解する気もない。低く静かな声から生み出される旋律が、心に滑り込んで広がってく。



 何時しか髪を梳いてた手は、俺の手を取ってた。包帯をしている俺の手は熱を帯びて、他人の熱があると伝えてくる。


 その熱が何かを連想させた。




 体の向きを変える。タオルを取って寝転がったまま見上げれば、口遊むのを止めていた。止めなくても良いのにさ。


 少しだけ視界が水の膜を通してる感じがするのは気の所為でしょう。



 光度調節したのか、部屋を照らす光は落ちてた。…バレないと思います。

 見上げた姿はさっきと変わらない。どこも変わらない。表情は特に何も訴えず、何も促さない。代わりにか、手をやんわり握った。



 生きている他人の熱に促され、目を閉じる。


 「は  ぁっ」


 吐いた息は自分で思うよりも深く、力が抜けた。


 少しすれば旋律が再び生まれて、俺の周囲を満たそうとする。目を薄く開けても、今度は途切れなかった。聞き入れば思い出す。あの夜を思い出す。


 今と似た事をした。

 確かに、一人でそれをした。


 手にほんの少しの力を込める。自分から熱に力を添えてみる。 力の返事が返ってくる。


 似ているだけの、違う夜。

 起きた時間も違えば、灯りがある事も違う。照らす光に金色が笑う。満ちる光が夜の標なら、探さなくても月はある。確かに此処に在る。



 あの時と今と。

 全てが違い過ぎる。


 


 何も含まない旋律と理解できない歌だけに、寄り添いを求める。





 音に気持ちが揺れて、動き始める。動き始める要因は音にある。音を生み出すその先を眺めるだけ眺めていれば、やっぱり思い出す。違いに頬が緩む。

 


 うん、そうだ。ハージェストの魔力を進んで受け入れて、現状を打破しよう。魔力を纏って変わろう。次へ進もう。本心から思う。



 ………… だから、 『ノイ』 になろう。


 うん、ノイになれる。大丈夫、俺は変われる。妥協でも何でもなく、選べる。思惑はあっても今は違うだろ? 違うから、それだけじゃないから、こんな風に居てくれんだろ? 


 だから、俺も  応える。




 力を込めて意識を引く。動くと示す。ゆっくり起き上がれば、直ぐに支えに手が伸びてくる。 あ〜、ほんとに反射じゃないと思います。



 向き合うと少し照れ臭いです。







 「あのさ、ノイって呼んでくれる?」

 「嫌だ」



 

 きっぱりはっきり、即答で言い切りやがった。







  


いきものがかx   「ブルーxード」

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