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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
97/239

97 直情は易しい、だから優しい



 領主館一階のその部屋には、出入り口が二ヵ所あった。


 一ヵ所は、両開きの扉をどーんと開けて入るトコ。もう一ヵ所は、入って正面のお高い場所にある高価なお椅子様に座る為の直通ルート。別名、脇の扉。



 此処が法廷です。

 

 俺的に法廷と言ってみたが、聴衆の為の席は無い。いや、必要数の椅子はある。単に一般ピープルお断りなだけ。お高い場所も階段四段分。法廷の為だけの場所とは思えんやね〜。まぁ、外で筵座りのお白州よか良いよーな、変わらんよーな…


 両開きの扉は閉めると外に一人、内に二人が警備の為に立ち並ぶそうだ。しかし、人数と内容で臨機応変だってさ。領主館内なのに警備さん、ほんと大変です。





 「それって… 早過ぎじゃない?」


 口を開けて聞き直した俺に返ってきたのは、「そんな事ないよ」だった。


 逮捕した犯人グループからの自供とか、押収した帳簿とか… 帳簿って聞くとアレだなぁ… 俺、商品記載だったんかなぁ…


 その辺りからも調査してた。他にも部屋で怒鳴った、ちょっぴりの言葉の切れ端をグイグイ手繰ってた。それは俺がこのシューレの街に入った時まで遡ってた。ってかぁ、門番さんと話はしたけどねぇ… そこまでチェック入ってたんかとビビったよ。

 これについてはする場所しない場所様々で、やり方も自己申告が強い場合もあると。警備体制よくわからん。 …けど、こーゆー場所ですから? やっぱ要注意は魔力保有者って事でしょうか? 一般ピープル魔力無しのお上りさんは、カウントスルーで良かったって事でしょうか? 違うよーな気もします。


 それでもこの事実は、して当たり前だと思ってた自己申告が生きてた証拠です! 俺は此処に来てるです! だから見つけてくれたですよ!来てた証拠を!!


  ……街出る時はどーなったんだかな〜。




 俺がうだら〜っとしてた時にも皆様は、ほんとぉおおおおっに!お忙しく働かれていたんですね。しかしだな… お願いしますって切ったんだけど、切れないもんだね… そぉんな自己チューな一言であっさり終われる訳ないよね〜。残念だぁね、甘くないよ。




 んで、そのお働きにより本人どうでも調べはできてる。


 オルト君にリタちゃんが追加された。

 一連の説明に理解した。俺の気持ちを優先ってのに… 頭、下げるべきなんだろう。そして領主様依頼した以上、俺もセイルさんのお気持ちに応えねばならん! けど、あんまり早かったんで怖かったわ。



 後さぁ… 俺、リタちゃんは宿の自宅に居るもんだとばっかり思ってたよ。


 リタちゃんがしたのは、え〜、証拠隠滅…  あ〜、抹消…  う〜、あ、隠匿か。隠しだから、隠匿罪だよな? 預かりと時効からのさよーならと隠匿はちがーう! はずだが?


 しかし、牢に入れられてたってのに驚いた。正直、あんな小さい女の子を?って思ったよ。けどさぁ、オルト君と共謀してないかって事に、したのが俺に関わる事だったので大問題となりましたー。


 『俺』ですよ? 俺。


 ま〜、人見て対応変えるのはわかるけどね。


 領主様と一般ピープル。

 これに同じ対応する奴って、ふっつーに馬鹿だろ。TPO考えろってかさぁ… 世の中舐めてない?って気がするんだ。まぁ… 心情的に色々あるだろーけど。身分社会でも言う人は言うだろうけど、言った責任は自分にあるって事だろ? …俺にTPOが付くとは思わんけどさ。



 小さいから大人とは別の牢。一人で別の牢。 特別牢でもあるんかな? 単に離れた場所だと思うけどね。


 あの子は、そこで何を思っただろう? 何を考えただろう? 怖いと泣いて眠っただろうか? それとも眠れなかった? なぁに言っても最後は疲れて寝るんじゃない?


 ヘレンさんは、突き詰めてご自分で道を選ばれたですけどね。まー、年が違うか。いえ、年で割り切るもんでしょか? はて?



 ほんと〜うに気付かなかったらしい、宿の親父さんに女将さん。


 その時、どんな顔したんだろね? 夫婦喧嘩してたの聞いたし、金策にも悩んだでしょう。疲れますよねぇ? 怪我した親父さんに、精神的に参りかけてた女将さん。追い打ち掛ける子供の始末。家の為にって言ったらナンでしょね? あっは、ドラマだね〜。じゃあ、俺の役所なーに?





 「どうかした? 時間はまだあるよ。緊張してる?」


 俺を気遣う蒼の眼は、優しい。



 「……そんな事ないよ」

 「そう? 気分悪くなったら言って。ま、ココから向こうは見えるけど、向こうからは見えない。気にしなくて良い」



 座ってる場所は、裁判長席の斜め後ろです。

 立派なカーテン掛かってます。普通にカーテンの開閉できるんで、当初この席は書記さん席かと思ってた。今は警備さん席な気がします。この席の反対側も同じ構造になってる、そっちに椅子はない。そして、そこに警備さんは居ません。


 俺が居るこの席は、脇の扉の近くです。静かに移動すれば途中退席可です。配慮をくれてます。でも、この位置にこそ警備さんが必要なんじゃなかろうか?



 「え? …ああ、あのね。あの兄に護衛は要らないんだよ。本音で要らないんだよ」

 「え? でも過信してたら危ないって… あ、そうか。今回は子供二人だから? 怖がらさない配慮なんだ」


 「いや? そんな事ないよ。巻き添え食らったら馬鹿だから」

 「はぃ?」



 平気平気と軽く笑って流すがナンだろう? セイルさん、可哀想な感じがする…



 ガランッ!!



 扉の向こうで音がした。


 「始まるよ」




 始まりの音と共に扉が開いて、人が入ってくる。警備さんから始まって、複数の人が。

 中に竜騎兵の制服姿も見た。その人を見た気がした。 …ドコで見たんだと考えて思い出す。食事の時に、俺用にと病人用テーブル持ってきてくれた人じゃありませんか!


 そうだ。挨拶はしなかったけど、俺にも会釈をしてくれた人だ。

 そーいや、あっちの人の名前も聞いてねー。うーわ、俺、やっぱできない君やってんよ… はぁ…



 ハージェストも、今は竜騎兵の上着を着てる。同じ服。普通、どっか違うモンじゃねぇ? ハージェストは『上』になるのにさぁ。


 聞けば、俺は良いんだと笑う。笑うんだよ。

 必要な時には飾りを付けると言ったが、これは割り切り、で良いんかな? ほんとハージェストの立ち位置は良いのか悪いのかわからん…  ふぅ。




 「用心に上着だけ着ていくよ」


 そう言って私服の上に、制服の上着を着た。どうかと思っても似合ってる…  俺の服装の方が、この場に合ってない気がする。




 「来たよ」


 声に視線を向ければ、居た。


 オルト君は後ろ手に括られてた。無表情に近かった。でも、目が違ったからね。あんな目する子じゃなかったのにね〜。どうしてそーゆー目になったんだろね? いや、知らないだけで元からしてた? …俺が一助を担ったとかゆーなら笑う。

 服はそんなに汚れてない。領主様の前に出るからかな? それとも、そのまんまでそれなんかな? ……俺の時とは違うねぇ。地べた這ってなんかねぇだろ?



 次に入ってきたのは、リタちゃんだった。


 「ひくっ ひっ」


 小さくしゃくり上げてた。手は前で括られてた。括られてるから両手で目を擦ってた。

 その声に、閉じてた目を開いて振り返る。その顔が驚いてた。


 オルト君、たーいへん驚いた顔でした。



 それから、親父さんと女将さんが入ってきた。

 それも見たと思うよ? 最後は俯いて、前を向いたからさぁ。


 親父さんは足が治ってないね。ちょっと、びっこ引いてる感じ。あ〜、杖は武器扱い? 女将さんは… 痩せたんだろか? よーわからん。大きく見開いて、開きかけた口を閉じて、食い入るよーに見つめてるのが印象的。



  ギィィ…   バタァァ… ン!



 音を起てて閉まった扉。広がる静けさ。

 うん、ほんとドラマ。家族がメインのドラマの一場面ワンシーン

 






 うひっ!

 ビビったぁ! ハージェスト、驚かすのやめれ!



 俺を見る目は何か計ってそーだが… ナンだろな? 何計ってんの、お前?



 カチャン…



 ハージェストの先、開いた脇の扉の奥。廊下にはセイルジウスさんが居た。 いいいいいいっ い・たーーーーーーーーーーーーっ!!


 午前のお茶の時とは違う領主様服をご着用ですよ!!


 今回は特にベルトのバックルが目を引くが、羽織る上着もやっぱり違う! 一目見てモノが違う。夏服じゃなくて冬服なら、どんだけ違うんだろう? しかし何よりも驚いたのは! 前髪オールバックにしてるぅうううっ!! 数本筋落ちしてて、印象めっちゃ違う!


 

 影から光へ踏み出してきた姿は、なんてゆーのか… うん、『若き領主』そのまんまだと…  あ〜〜、なーんの捻りもでなくて俺のセンス残念…


 しかし、椅子からパッと立ち上がった俺は残念じゃない!



 「預かった一件の始末を着ける。異存無いな」



 覗き込む姿勢で告げた声音と蒼の視線に、知らない人だと思えた。覚えがあるのに、『違う、知らない』そう… 思えた。


 何かの圧迫。

 声を出せずに小さく頭を揺らしたら、スッと歩み出す。



 「見ていろ」


 ゆったりした余裕のある声に、心臓がドキドキした。意志の力に目が奪われる。 歩む後ろ姿が椅子の横に立つ。横顔に、正面を向く眼差し。


 俺の選択の時は終わった。



 目に映るそれらの流れに、選択の終わりを強く意識した。







 「エルト・シューレ伯爵セイルジウス様のお越しである!」


 部屋に響く誰かの声が始まりを告げる。

 どうしてか未だに繰り返すドキドキが治まらない。ドキドキが恐怖系を指してるのが辛い… が、それよりも俺はあの姿を見た覚えがある。どこかで見た。どこで見たか?



 不意に腕に触れる熱で我に返る。椅子に座れと伝える熱が、腕を引く。

 引く先にある顔を見た時に。



 『あ、こいつだ』


 理解した。


 あの時のお前だわ。兄弟そっくり。そう思ったら、リオネル君も脳内ひょっこりこんにちは。 …もうほんとそっくりぃ〜。 いかん!セイルさんの場合は違うんだ、別分けせねば!




 熱に手を添えて、軽く叩いて気遣いに返す。


 「今より、裁を決する」



 どこかみっともないが普通だとも思う。一人でない事実は重い。誰かが居てくれる、それは違う。居れば良いだけなら、どっかで罠に引っ掛かりそーな気もするけどね〜。


 だから、少し笑い返して、罪状を読み上げ始めた係官の声に意識を回した。



 それにしてもだな、異世界来て法廷の場に居るとは思わなかった… 俺の第一希望と違う。


 立ってないだけマシだけど。あ〜、俺の場所って被害者の為の別室スペースですよね〜、介添え人付きで素敵過ぎ〜。あっち側でなくて本当に良かった〜、はぁ。 俺があっち側だったら、こいつどうしただろ?

 


 読み上げられたオルト君の名前の後に、罪状認否… は、無い。認否終わってる。決定事項を告げるのが基本、幾つか対話はするそうだが…



 「報告に不審が無ければ読み終えた時点で、兄さんは決を下してる。それが覆る事は、まず無いね」

 「間違いとかないんだ?」


 「ん〜、どっちの間違い? 嘘を吐いてた結果に誤審が導き出されたなら、判明した時点で問答無用。時効は無いよ。領主をたばかるのは重罪。決が下った後で上手くいったと舌を出して笑うなら、やった者がどちらであっても終わりが当然」



 説明くれたハージェストは良い笑顔だったなぁ。




 えー、オルト君の罪状は立場と年齢を利用した えー、騙し? 異世界、難し過ぎると単語がピンと来ない〜。他に共謀とか。

 

 リタちゃんは… 隠匿罪と、兄の犯罪の幇助罪が適用されるようです。共同正犯と見做されないだけ良いんじゃないでしょうか〜? 


 

 読み上げに顔色を失くしていったのは、親父さんと女将さんだった。この先、立ち入り禁止になってるロープ際で真っ青なってた。普通さぁ、親が指示したとかありそうだけど… ほんと違うんですね、今回は。はぁ。



 あ〜、リタちゃんグズ泣き始めちゃったよ。

 何度も親父さんと女将さんを振り返る。オルト君の方も見るけどね。その場を動かないだけ、大泣きしないだけ、頑張ってるっていったもん? 


 下段に居る大人は、警備さんに竜騎兵さんに、書記さんに研修生っぽいよーな人達に素性が読めん人達。その中でも優しい人は、前を向けと目で促してる。でも、だぁれも『子供だから』みたいな感じないですよー? 空気読めですかね?



 「二人とも釈明があれば、今述べよ」


 

 係官さんの言葉に、グズ泣きのままリタちゃんは返事した。

 手紙を黙って取ってごめんなさいだった。誰に言われたのでもなく、自分でやったって事を言った。オルト君は… 沈黙してた。


 無表情に見えて目だけは動いてたけど、閉じたからどうなんだろ? 口を引き結んだね。

 その姿はぁ 覚悟を決めたってよりもぉ 引き際がわからんなってるだけの糞ガキな感じがしたよ。…俺の主観だからわからんけどね?



 時間経過した。



 「次に」

 「お、お待ちくださいっ!」


 悲鳴じみた女将さんの声が被さった。



 「お時間を、お時間をもう少し! この子は悪い子ではありません!悪事を働く子ではありません! もしもそうなら唆されたんです! 家の事を思ってやったのか… どちらにしてもこの子だけが悪いんじゃありません!! どうか、お願いです!」


 取り乱してロープを抜けて駆け出そうとする女将さんの腕を掴んで離さなかったのは、親父さん。グッと掴んで、長い足を組んで椅子に座ってるセイルジウスさんを一心に見上げてた。


 親父さん、それは睨むに似てる視線です。オルト君てば親父さん似だね。特に目付き。




 「進行を妨げまして、申し訳ありません。そこに居ります二人の親でございます」


 女将さんとは違って、太く絞り出す声だった。

 自分と女将さんの名前、宿の屋号も告げて、どうか聞いて下さいと頭を下げる親父さんは… 普通にイケてた。かっこ良かった。


 係官さんが、セイルジウスさんに目で伺ってる。


 「話せ」

 「ありがとうございます!」


 

 そこから始まった親父さんの言は、ふっつーうに息子を擁護した。色々言ったが、庇う言葉だけだった。年齢的にもどうか御慈悲をってな話だった。

 その間、オルト君は俯いて目を閉じてる。閉じ続けてる。 …俺、そっちの方が根性あると思うんだ。でも一瞬だけ、目を開けた。親父さんの声に、目を開けたよ。



 「息子に罪があるのなら、それは親である私にもあります。ですから、私が代わりに務めます。金での払いでしたら何とか工面も致します…! ですからどうか! どうか息子に慈悲を!」



 俺、それ見て本気で時代劇思った。いや、過去確かにあった時代の話なんだけどね? 劇に脚色は付き物だろうけどさぁ… ほんとにこう… なんてぇのかなぁ?






 「お前が代わりになって、何の意味がある?」


 返したセイルジウスさんのお声は、実に淡々としてた。



 「親であるお前に罪がある。確かにそうだ。だが、娘の方は謝罪を口にした。自分で考え、口にした。それが本心の総てとは見做さんがな。それでも善悪の判断をした。それはお前達の躾があったからだとも判断できる。一人はしたが、一人はしてない。個人差を考えてもな」



 そこで言葉を切った。お声と同じで横顔の表情も淡々として見えます。


 「金で済ますのも手だ。それは手段だ、それもまた良し。だがな、今回それで何が変わるか? お前が金を工面して払う、お前が罪を肩代わりする。それで良しとした場合、お前の息子は何を反省する必要がある? どこに身を切る思いをするか? 以後は家を手伝うとして、家に居て何を怯えるぞ?

 お前が居ない事に罪を感じても何時まで続く? 待っていれば良いだけぞ? その中で省みるなら上手くできなかった己であって、行為自体を反省するか? 口先の反省一つで総て終われそうではないか。その後、何も行う必要がないのなら、その場凌ぎに誰でも謝罪の言葉を口にしよう。


 可愛い子であるの一言で、罪の総てを容認するか? すると言うなら言ってやろうか? 視野を持たぬ広げぬこの屑が」



 …………セイルジウスさん、親父さんに向かって言ったけど。  ……もしかして、もしかしたら  オルト君のこれからの言動封じちゃった、りしてない? え、それ狙い目?



 『見ていろ』


 あの声音と言葉が頭の中でぐるぐるぐるりと回るんだが、脚本はない。掛かってるのはリアルな人生だ。 なのに、どっかで目眩がすんな。




 熱が意識を引いて、言葉が耳朶を打つ。囁きが滑り込む。


 「述べるべき時に述べなかった。上手く言えなくて、結果黙って流したのだとしても。それは流すとした選択の結果だ。自分の為に足掻かない、それで拾ってくれと望むのを俺は嗤う」



 …ああ、ここにも強い目がある。




 「ロベルト・イラエス。お前はこの一件をどう見た」

 「はっ!」



 うえええええっ!? 係官さんて、領主代理の男爵様だったんだぁああああっ!?


 そっちの方で魂消たよ。

 まじまじ見てる内に返事が終わってたよ! 進んじゃったよ! セイルさん、頷いてるーーー!! え、何言ってたっ?



 

 「この地の領主であるが、代理を置き、己で治める事はなかった。顔は出すが、代理を置く事自体はこれからも続く。だがな、この地の頭は誰かと言えば、それはエルト・シューレ伯を冠する我に違いない。それは確かだ。延いてはこの地の安寧を計るのも我であろう。


 宿に賊が入った。その結果に事が発生したと言うのなら、我にも責の一端があるとしようか? だが、頭の言を聞かぬ者が行いし責を認める気はない。どこの領主とて言う、罪を犯すなと。


 お前の息子も最終は己の意志で決め、己で動いた。そこに誰が責を負う? 我にあると言うなら腹の底から嗤ってやるわ。それを認めろと言うならば、我が意に従うだけの背かぬ人形でなくば認めんな。


 この地にはラングリア家の私財を投じたのだ」




 …皆が言っていたな。

 黒い鳥が飛んでった時、領主様のお蔭って。あの人達も、以前と違って良くなったって。村の皆だって、減税の内に頑張るって。



 言ってた。


 俺は識字率高いと思ったけど、本当はどうなんだろ? 高いとすれば、それは何時からだろうか?






 「状況がどうであれ、選んだ結果に責を負うは己よ。安易な許しなどない。お前達より困窮している者でも、犯さぬ者に示しがつかん」



 それから、二人の人の名前を呼んだ。男の人と女の人。ビシッと気を付け状態。

 えー、どうやら組合長さんと、副長さんです。この街の宿ってか旅館業界が加盟する団体… 俗称ギルドでいーんですか?


 ま〜、要するにぃ宿屋が犯罪を誘発するとは何事かとか、その温床になる傾向とか、それに対する対策はどうしていたとか… 諸々の叱責ですな。

 大変わかり易い説明… と言うか理解し易い単語だった。だから、オルト君とリタちゃんに聞かせてるんだろうかと思った。俺もよくわかったけどね。


 リタちゃんねぇ… 怖くてか、真っ青なってた。そりゃそーだろね、親父さんと女将さん、その二人にも頭下げっぱなしだもんよ。


 教える為か不明でも、どこまでも飛び火させる事ができそうな話になってます。セイルジウスさん… すごいのか怖いのか普通なのか… うーん、要勉強。







 「だから?」


 オルト君だった。


 「変わらないんだろ? だったら、何をどう言えってんだ?」


 頭を上げて、はっきり睨んで言い切ったオルト君。 は… これ、強いって賞賛するべきぃ?

 


 「回りくどい事言ってないで、さっさと言やあいいじゃないか! 決まってんだろ!」


 「オルト!」

 「なんて事を!」



 …オルト君、スレちゃったんでしょうか?  逆ギレでしょうか?


 親父さんと女将さんの叫びと同時に空気が揺れた。 カーテンも、揺れてる?




 ぐらっと目眩がした。



 何かが周囲を取り巻いて、流れてる。

 総てを一息に流して巻き込む渦に呑まれて押される感覚に酔いそう。溢れ続ける渦の流れが何かを誘発させている。 綺麗だと思えるが、急激過ぎて気持ち悪い。 目を閉じたいのに、閉じれない。流れから目を離せない。



 離せないのに、世界が 見えない。 なんで?なんで?なんで?  



 見えない、なんで?




 あ、溺れ… る?






 「大丈夫」


 横から支えが伸びてた。

 熱源が安定を供給する。供給が遮蔽を行う。遮蔽が場を確保する。掴まり、支えられれば… 安定に  息が   でき、た。



 「は、  ぁ」




 「笑いが揺らしただけだよ」

 「わ、らい?」


 「そう、怒ってない。これっぽっちも本気でやってない」

 「揺れ て、たのは」


 「領主館全体に、兄さんがちょっとした結界張ってるからね。相乗効果で撓んだだけだよ」

 「え?」


 「撓んだけど、吸収したから堅固になった」

 「へ、いき?」


 「界はとうぜ、 え、俺?  …ありがとう、俺は何ともないよ。兄弟な所為かな、わかるんだよね。それにガキの頃から耐性はついてる」



 頼もしいのかどうなのか、不明な返事をする顔を見上げた。俺とは違ってなーんも影響なさそーな、顔。今の感覚、なんだ?


 そして、妙に静まり返ってるのに気がついた。






 男爵様と竜騎兵の人以外、皆さんのお顔が変わってた。セイルジウスさんを見る目付きが変わってた。段上から降りる姿に目を離さず、一挙手一投足を見つめてる。


 顔色が悪い。俺と同じとか?   …恐怖の対象っぽいのがナンだね。



 カツンと、セイルさんの靴音だけが響いた。



 

 「活きが良いな、お前。ふ、お前が共謀して二度と会わぬからと行ったのはなぁ? 確かに我がラングリア家の縁であるのだよ。弟がずっと望んでいた縁でなぁ… お前、それと知ってやったか?」



 座り込んで硬直してるオルト君の頭を片手で掴んで、グイーッと引き上げて立たせた。 セイルさんは握力も強いですか。



 「し、るかぁ! そんなもん!!」


 掠れ声でも叫んだオルト君。 強いな!

 涙と鼻水垂れてるけどな。暴れんだけ理性残ってるか? さすがにそんな根性ないか?  セイルさんのお顔が見えん。



 「そうか、金になりそうな後腐れがなさそうな者なら、誰でも良いか。この先は泊まる者を売り捌く、犯罪の宿とする気であったか」

 「  そんなこ、と 考えるか! これ、さえ 乗り切れ たら、 良かったんだよ!!」

 「乗り切れれば、誰でも良かったか」

 「そうだよ! これで済めば良かったんだよ!」


 「これで、か? 一度すれば、二度三度。行い始めれば止まらんな。味を占めれば忘れんだろうなぁ… 足りぬと言っては事ある毎に行って、やがて肥え太るか」



 セイルさんのお顔は見えません。ですが、お声がぁ…  皆さんのお顔も微妙に変わるんですねぇ… もう真っ青なままなのは、お二人です。



 


 「では、妥当としてお前を奴隷に落とそう。下層か最下層か? 期日を設けるか設けぬか、さてどうしようか?」


 本当に身動きが止まった。


 「一生、どうあっても消せぬ刻印も理屈と力で可能になる。弛まぬ研鑽の果てにモノにもなる。その身で知るもよかろうが? ああ、お前で確かにそうと計るも良いなぁ」



 俺は… 奴隷印は消せると聞いた。しかし俺のは消せない。

 詳しく聞けてないが… ずーーーーーーっと続くモノは無いとも聞いた。うん、だから何でも充電ってか補充ってか上書きすんですよね? そんで俺のはおかしいと。


 けどセイルさんのお言葉は、そんなん無くても可能であって、お前でジッショウジッケンするって聞こえたー。 一生涯、安定確実奴隷コースって聞こえたー。



 セイルさんが横へと伸ばして広げた手のひら。そこに光は無い。白い光も赤い光も無い。輝きを放つ何かはない。


 でも、ある。

 そこにある。見えないだけで力の塊が確かにある。小さくても渦を巻く、重たそうな力の塊が…  そこに、あるんだ。



 見えないのに見えるよーな…




 『させて良いのか!』


 意味不明の中でセイルさんの手がオルト君に伸びるのに、心臓が叫んだ。心臓が縮こまる痛みに早鐘を打つ。俺のどこかが警鐘をガンガン打ち鳴らす。頭の中がひっきりなしに、『させても良いのか!?』と叫び続ける。


 内側からの叫びに責め立てられて、締め付けられて、心臓が痛い!



 領主の仕事をしてるだけ。

 そう思う反面、ソレが間違いの様な… 取り返しできない何かをさせてる気がした。


 俺が『させている』んだ。



 その気持ちだけが膨らんで、俺を潰そうと強く圧迫した。心臓の早さに比例して、息が上がる。俺の内側で消えない恐怖が渦を巻く。






 「セ、イルさんっ!!」


 ガタンッ! バサッ!


 椅子が倒れたよーだが知らん! カーテンの内から飛び出た。オルト君に近づく手が止まったのに、ホッとした。したが、あれ?



 「 …どうした?  見ていろと言ったのに」



 ゆっくりと振り向いたセイルさんの顔と声は、違ってた。中断した事をいっそ怒ってくれた方が良いと思う程、全体的に優しそーな感じになってた。

 


 「え、あ、いや。えーと…」

 「異存は無いと言ったが、思う事が出てきたか?」


 「え、  あの」


 待て、俺。どーして出た?


 「決を覆す事は無いと言ったろう?」

 「は、い」


 「なら、どうした?」


 いえ、ちょっと自分でもわからずに。  …意味はあったはずなんですけど。





 「ああ、そうだな。では言い直そうか。 こいつをどうしたい?」



 それこそ苦笑を含んだ優しい声だった。



 そして気が付けば… 恐ろしい事に段上の俺に向かって不特定…でもなさそーな多数の… 視線が突き刺さるよーに飛んできてた。


 見られてた。

 見られてたあああああっ!!



 いえね? セイルさんのお言葉で、俺の立場を皆さんが理解したと思いますよ? わからん方が不思議です。今までの話で皆さん大筋は理解してるですよ。してない方が変ですね。


 リタちゃんが泣きながらごめんなさい言った時には、副長さんの目は揺れてた。もしかしたら、赤ちゃんの頃からのお知り合いでしょうか?

 俺の主観で、オルト君引き際わからんなってる思うんですよ。ご年配のおっさん、おばさん、いい年したにーちゃん、ねーちゃんなら理解できんじゃないですか? 糞ガキの心理なんて。



 俺が『許す』って言ったら、俺以外はぁ… きれーにまぁるくおさまりそ〜うな気がしませんか? これ? 俺が許すっつったら、セイルさん聞き入れて違う罰に変えそうな気配なのを〜 皆さん、察してるんですよ。



 俺、何をやってるんでしょうねぇ?

 何の為にお願いしたんでしょうねぇ? オルト君が可哀想だと思わなかった… んじゃないよ? ちょっとは思ってたと思うよ? けど、飛び出た時、ナニおもーて出たんだっけぇ??


 オルト君の為じゃない事は確かだ。




 今さぁ… オルト君と目が合ったよ。

 その目がね? 助けて〜ってのかは知らん。知らんが、訴えてるのは確か。普通に縋る目なら、『助けて〜』で当たりじゃないでしょうか? だって小刻みにブルッてるし。




 許しますか? 許しますか?

 自分より年下の、庇うのが普通だろと思う年齢の糞ガキが、目で「助けて」言ってる思います。今、その目を閉じましたが。


 自分自身が最悪な状態で、治る保証も見通しも立ってない中で。 それを推してでも許しますか? 許せますか? 許すべきですか?









 俺の脳は嫌だと弾いた。ふざけんなと罵った。

 でも、声には出なかった。


 どうしてでしょう? 視線の総てが「許してやれよ」と言ってる気がするんです。思い込みでしょうか? それともこれを乗り越えて、大人になれよと言われてますか?


 これは。 俺は。


 俺は、試されてますか?   …そうですか、またですか。











 「誰が許すか」



 はっきり言った。



 言った声は俺の後ろからした。

 隠さない気配が後ろからやって来て、俺の横に立つ。もう一度言った。



 「誰が許すか、馬鹿め」




 顔を向けたら、あの顔… に似てた。感情出し捲ってるから似てるだけ。



 「お前が行いしは、俺に対する明白な悪意だ。俺の想いを潰えさせようとした悪意に他ならない。そんな者に憐憫なんぞ抱くか。

 此処に居る、それが許しに繋がるか。あの折に気付かねば、お前の思い通りよ。真実、俺は気付けなかっただろう。至らずに済んだ事だけが、今の俺の救い」




 悪意丸出しってか… 激怒もんっつか…  声に籠もる感情が、根深さを示すよーうな。  眉間もそうだが鼻に皺よって顔が変わってんぞ、お前。



 「十年願った。その後、三年想い続けた。届かずとも想った。それを… お前は潰そうとした。お前が欲を通そうとした。ならば俺も俺の欲を通す。


 許すなど論外。誰が許そうとも俺は許さん。総てが何と言おうが認めん。優しさに付け入る事も縋る事も許さん。それこそ無意味な謝罪は要らぬ、聞くだけ煩わしい。 兄の決通り、落ちよ」




 言い切った。低い強い声で言い切った。

 俺のどっかがホッとした。安堵した。同じじゃないけど、似たよーな事を思ってても口に出せなんだ俺の代わりにありがとう、みたいな。


 いえね? 俺は決め兼ねてる優柔不断じゃなくてですね? 口にした結果の不明さが怖くてですね… 向こうのリアルでしたら直ぐ返事しますよ。ガツッと即答ですよ、常識ありますから。向こうなら、ある程度のリスクだって予想できるじゃないですか。


 それがこっちじゃわからんから怖いんですよ。本気の加減がわからんのが怖いんですよ。 考え過ぎですかね? 身動き取れなくなりかけてました。



 俺の腕に伝わる熱が、「あっちだ」と誘導する。


 俺を誘導する。

 誘導の先に示されるモノに頷ける。それが嬉しい。





 「ハージェストの言に異論は無きか?」


 セイルさんの優しい声に返事をする。気楽に返事をする。


 「はい」


 落ち着いて、笑顔で言えたよ。




 「良かろう。 お前への決は奴隷で変わらん。しかしそうだな… 先ほど止めに入った優しさを汲んで、お前に期日を設けよう。刑期を十三年とする。だが、十三年後、お前の心根に変わりなくば終生奴隷として過ごせ。

 そしてお前が期日まで務め上げる事ができぬ場合、残りはお前の妹が務める事とする。それでも足りぬ場合は母親が務めよ。もしもまだ足りぬなら… お前の血族にしようか、それとも連帯とそこの二人に負わせようか? エルト・シューレの価値を地に落とす所存であったと見る故に」



 「お待ち下さい、我らにはかりごとはありません! その責はお許し下さい!!」

 「纏め役として上におりますが、事とは一切無関係でございます! 私共は違います!!」


 組合長さんと副長さんが悲鳴を上げた。うん、上げると思うよ。 バッと跪き、頭を下げて事態回避に言い続けてる。


 それ見てたら、視線感じた。

 んで、そっち見たら書記さんな人と目が合った。なーんか言いたそう。 …すんげぇ言いたそう。言いたそ〜うな事がわからんでも無い。


 非常に居心地悪いが、目を外したら負けだと外さなかった。したら、あっちが外した。これまた非常に勢いよく外した。


 どうも隣の視線にビビったっぽい。

 


 

 「妹への罰も変更する、追って沙汰を下す。待つが良い」



 「お願いです!」

 「お待ちください!」


 「私共は!!」



 セイルさんのお言葉で閉廷です。

 なので、セイルさんに頭を下げて出ます。決に水を差しました、すいません。ほんとすいません。親父さんの叫びと女将さんの泣き声にその他を聞き流して、熱の先導の元、部屋を出ます。振り返りません。




 二人で廊下を歩けば、先に言った。



 「言いたい事を遮る形になった、ごめん」



 それを否定する。そして言う。



 「いや、俺は自分が馬鹿だと思う」




 きっぱり言い切っといた。







  



副題をもう一つ。 『馬鹿は誰だ?』

気取って「愚か者」も悪くないですが、ストレートに馬鹿がよろしいかと。


裏を読め。

和歌が主流の時代は、裏読みできんと出世もできない大変な時代であったと本当に思います。そして裏の裏。裏の裏の裏を読んでたら、わけわからんなって笑えるでしょう。





今回の様にその2が迷い立ち止まれば、その1が引っ張ります。あっちあっちと引っ張りますが、1の速度が早過ぎると2は必ず転けるでしょう。


当主人公は、主人公ずで間違いないWです。


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