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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
94/239

94 甘く優しい、それは罠か

 


 「……?」


 カリッ、カリリッ… ガリ



 変な音で目が覚めた。

 一名様は安眠してる。部屋の中は、特に変わったとこはない。



 カリッ


 ぬ、そこか!


 こそそっと窓際へ行ってカーテンを、そうっと捲った。


 「!」


 すさささっとテラスへの扉へ向かい、ハッと振り向く!   起こしてないのに安心して、静かに扉をカチッと開ける。はい、黒い塊が居ました!



 「アーティス」


 吠えもせずに、すーりすりと寄って来てくれた。



 うわああああああああ! 朝からなんてぇ良い感じ!


 嬉しさの余り、頭を抱き締めればぐりぐりと腹を押してくる! そのまま転けそうになった。うん、力負けしてら。


 テラスへ出て、朝一番の清涼な空気の中、大きな黒い犬と呼ぶにはちょっくら語弊が出そうな感じもする犬と戯れた。起こさない為に声は極力出さんがああ、あ〜 癒される。昨日は俺が悪かった、お前を睨んだ訳じゃない、ごめんな〜。


 …外は少し肌寒いのがナンですが、アーティスがあったけ〜。



 久しぶりに見る早朝の光は、澄んでるって言葉がしっくりくるなぁ。




 「おはよう」

 「あ、おはよー。ごめん、起こした?」


 「いや、アーティスがいたのか」

 「うん、昨日飛び逃げたから」


 「…飛び逃げ? アーティスが?」

 「あ、あははは」


 「ク〜〜〜ゥ」

 

 ハージェストの足にも、頭をぐりぐりと押し付けて挨拶してる。


 「お  っと!」


 ナチュラル膝裏かっくんとか。アーティス、お前やるな。



 そうこうしてたがアーティスは、すっくと立ってトントン降りて行ってしまった。


 「あ、行くのか?」

 「ああ、そろそろ朝ご飯の時間だ」


 「…そりゃ絶対行くね」

 「アーティスは竜達と一緒に食べてるんだよ」


 その言葉にアーティスが向かった先を見たが、もうとっくに居ない。 …そうだよ。手の件を何とかしたら、竜も見たいんだ。


 「俺達も部屋に戻ろうか」

 「ん」



 寝間着を着替えようとしたら、アーティスの黒い毛だらけになってる自分を発見した。ふ。




 準備を整えれば、朝ご飯です。ルームサービスです!


 隣室に行って、頂くご飯は…  少ないです。がっかりです。

 しかし、頂きながら今日の予定を聞きました。午前中に昨日できなかったお茶をします。今度こそおやつ、がっつりです!


 「その際に、色々話をしようって事になってる。兄さんも同席するから、ぜっっっっったいに!誰が来ても何も起こせない。安心して」



 素晴らしい力説っぷりに、自虐入ってんのか思ったけど違うよーだ。うん、俺も話をしよう。


 そして、安心(油断)していた所に黒薬湯Xが出た。



 「一日一回は飲む方が良いと思うんだ。だから、朝に飲もう」


 爽やかな笑顔で言い切りやがった…  し・か・も!! カップが二つあるぞ、おい!!



 「はい、どうぞ」


 中味の量は同じだった。

 それをハージェストは、くいっと飲んだ。平気な顔して飲んだ。



 は、ははははは…  シェアできねーじゃねーか! ハージェストのくそぼけぇええええええ!!!



 腹の底で叫んで飲んだ。

 どーしよーもないんで、おやつに思いを馳せて飲んだ。 げっふ。あー、慣れんわ〜。 全くこいつはよー、人の気持ちをよー、思いっきし踏み躙り腐ってぇぇええ!






 さーて気を入れ替えて、おやつの時間まで勉強しますか。

 ハージェストが居てくれるんで、午前中は一緒。午後は内容に依って臨機応変に動くって言うが… 外へ出るんかな? それなら居てくれる内に、言葉の勉強だ! 言語能力向上を約してくれてるからな!!



 で、話した。


 「リリーさんが発音ズレてるって言うんだ」

 「そうだね、聞き取れるけど違うってわかる」


 「でさ、一緒にすれば上手くなるはずだから」

 「うん、繰り返して勉強すれば上手になるよ」


 「や、だから… そーだけど意味違う」

 「え?」



 で、説明した。


 「つまり、俺の言葉の基礎はお前との約だから」

 「………え?」




 俺が聞いてきた事、感じた事、実感した事。全てを話す。

 結局は聞いてない事もあるけど、自分で良いって言った訳だし。それより全てを話そうと努めてくれた。だから… 話す事で有利とか不利とか、そんな事を考えなくて良いよな。

 


 「あのさ、俺の使う言葉。頭の中に穴があるんだ。虫食いの様にある。終わった契約が俺の話す言葉の大本。約してた、その事実がある。それは俺の中にある。でも、覚えてない。  だから… 穴があるんだと思う。聞いて覚えても… 抜け落ちるんだと思う。 確かな事はわからない、憶測でしかない。でも、多分そういう事だと思う」



 「俺との… 契約?  契約が 大本」

 「そう」



 埋まると話した。

 お前との対話で埋まって、この前の読み上げで実感を確信に変えたと。その継続があるとした上で、他の人と勉強の有効性と可能性を考慮しても、習得速度と完成度の違いの推測を話せば、顔の変化が…  なんつーの。


 じわじわじわじわ広がって、嬉しいって感じから片手で口元覆った。俯いて、悶絶… じゃねーな。意味が違うな。こう〜 拳を握ってガッツポーズに似た姿勢で震えてる。


 上げた顔は笑みだった。 


 もう嬉しい〜〜って顔だった。すげーわかり易い。理解し易いな、お前。

 帰ってきたペットが、やっぱり自分のペットだったと思えば嬉しいんだろーな。気分的には甘いんだろうな。

 しかしペット思考は捨てて貰うぞ。捨てやがらねぇと俺がお前を捨ててやろう。 ………言語修得後で、手袋での状態の確認後で、ある程度の目処を立てた後が絶対条件だけどな〜。


 ま〜… 浸る方が楽だけどな。こんなもんに浸る暇あんなら、なーんも考えずに寝てた方がまし。




 「何から始めようか?」

 「耳で聞くのは確かに有効だった。けど、一緒にいるんだから発音をしたい」

 「じゃあ、簡単な文章の読み上げを」



 隣り合わせに座って、『あ・い・う・え・お』に当たる基礎単語の発声してから、買った教科書を一緒に読む事にした。

 


 ……………せんせー、舌の動きがおかしいですよ。追いつけませんよ。だから、発音がズレるんですね? よーくわかりましたよ、ふ。



 「だから、こう」


 口を開いて舌の動きを見せてくれる。それを真似して発音するが、舌が縺れますねぇ… 嫌ですねぇ… しかし、こればっかりは努力しましょう。


 「あえ? 上手くいかん〜〜」

 「大丈夫だよ、始めたばかりだよ。大体はできてるんだから」


 「そうだよな、うん」


 笑い返して、次は教科書。

 ハージェストの指が、短い文章を指しながら話すのに集中する。文章が一つ終わる毎に俺が追い掛けて、同じ文を読み上げる。ハージェストを見て、もう一度繰り返す。


 「ああ、そこでもうちょっと。こう、舌を丸めて…   最後の発音は上げる」

 「…っ え?  ち? あれ?」


 うえー、舌が馬鹿になりそう〜。 焦ると舌を噛むな、これ。


 その後も続けて、口を開けて舌を見せつつ『ら・り・る・れ・ろ』みたいなんやってた。再びの発声練習です。



 「うん、そういう感じ。はい、もう一度」

 「あう」


 はっあー、ひぃっさびさに集中して脳みそ使うと死にそうになりますな… 疲れる。糖分補給が待ち遠しい。







 コンコン。


 遂にその時が!

 そんな思いで入り口を見れば、ステラさんのご登場。その表情は…  大変アレでした。



 「おはようございます」


 一礼と、その一言から始まりましたが昨日の件に触れ、「私が席を外したばっかりに!」とした内容の無念と苦渋が煮詰まった顔と声をなされました…

 

 いえいえいえいえ、俺の希望を叶えに行ってくれたのがステラさんです。それに聞きました。ステラさんが、あの竜騎兵の人に部屋に行ってくれと頼んでくれてたって。


 竜騎兵のあの人来てなかったら、採寸終了と一緒に俺のどっかが確実に終了してたっぽい気がするんで、その優しさに「ありがとう」を、俺の為に俺は言います。仕事の一環でしかなかったとしてもね。


 二人して、頭をへこへこさせました。





 「昨日、お渡しそびれました」


 渡してくれた小袋から出てきたのは、はい!ウォレットチェーンです。


 「使用途を説明しました所、ロイズが細工を施しました。それでもご不便でしたら仰ってくださいませ」



 しげしげと先端を見つつ、ポケットから笛を取り出す。

 笛の金具に付けられてた紐とさよならして、先端と金具に『嵌まれ』とガチャガチャしてみた。しかし、できんかった。 暫くガチャガチャしたが… できんかった。嵌め位置を間違えてるんか?


 …できん。隣へ視線でヘルプを出す。


 「はい」

 「あ、  ありがとう」


 してくれたが、どうやったのか見切る暇なく終わってた。なんでだ? 



 「これ、誰に支払いすれば? ロイズさん?」


 支払いは要らんと言われた。払う、要らないで問答した。必要経費で落とすから良いと言ったが、何の経費だ?


 「じゃあ、ロイズさんにお礼を」

 「それは良いね」



 「仕事を仕事として行った事でも、お礼があるのは嬉しいよね」


 そんな事を言うから、『働くにしても、貴族で働く種類が違いそうなのに』と思った所で、がっつりバイトしてたって言ってたのを思い出した。

 それってギルドのクエストだろうか?とか思うが、俺のバイト先を思い出した。懐かしい、遠い顔を思い出した。


 その上で、さっきの言葉を反芻する。


 ……うん、まぁ、そうだね。思考がある程度似てるってのは、付き合いやすいよね。補完性より類似性の方が〜〜 付き合いは長続きするんじゃないでしょうか??



 「よろしいですか? では、ご案内致します」


 ステラさんの先導の元、別室移動をしましょうか。











 初めて入った部屋は、甘い香りがした。


 「ノイちゃん、いらっしゃい」


 リリーさんの優しい笑みが迎えてくれた。

 いらっしゃいと言われたのに、何と答えたもんだ? ピンと出てこないですよ! 脳内、必死で検索した。



 「お、お招きに  預かりまして えー、ありがとうございます」

 「まぁ」


 リリーさんの笑みが更に深くなったんで、yes! 間違えてないな!


 「そんなに畏まらなくて良いんだよ」

 「ええ、ええ。ほんとよ。 でも、素敵だわ」



 うむ、良い感じです! ……お招きに対して手ぶらですけど。スマイルだけで良いですか? 良いですよね? えへっ。



 「俺が最後か。待たせたな」


 笑顔の伯爵様のお越しでーす。待つ間もないお越しです。

 今日の服は前回程に凝っていませんが、ブランド服には違いないです。あっさりと着こなされてますが… 俺には無理だな。着る前から判断できるのが悲しいな〜。


 さぁさぁと三人に勧められ、一つの椅子に着席しました。


 

 四人で囲むテーブルは円形で、そんなに広くありません。寝室に持ってこられた物より少し小さめで、話し易い気楽な雰囲気です。ちゃぶ台を囲む感じでしょうか? 椅子だし、ちゃぶ台なんて囲んだ事ないのがミソですよ。



 レースのテーブルクロスに取り皿。お菓子やお菓子やお菓子や、パイやタルトに容器に入ってるのが所狭しと並んでる。名称不明のタワーみたいなのに乗ってたりもする。ティーポットにティーカップ。


 今回は銀色ぴかぴかのカップや皿で統一されてます。

 打ち出しなのかもよくわからん、紋様びっしりのこれも高そうな品です。でも陶器じゃない。落としても割れないって、素敵だと思う。…足の上に落としたら痛そうで嫌かも。



 ステラさんが注いだ茶が全員に回った所で、ハージェスト、リリーさん、伯爵様を見た。


 「どうぞ召し上がれ」


 伯爵様だと思ってたが、声をくれたのはリリーさんだった。 ……そうか、この場合はお茶の段取りを組んだ、リリーさんになるのか。



 ありがとうと頂きますで、お茶を始めます。



 ごくっと一口飲みました。


 ストレートなお茶は嗅いだ事ない香りがしました。え〜〜、この場合はハーブティーですか、それともフレーバーティーですか? よ〜、わからんけど… どことなく甘い香り。


 しかし、飲んだ茶は甘くない。嗅覚に対して味覚が騙された気もする。 …まぁ、お菓子が甘そうだから、ストレートで良いんだけどね。




 「昨日は驚かせて悪かったな」


 …うあ、全く以てその通り〜   とは言えませんから、どう返事をするのが正解?



 「安全を約束した。それを一方的に破りはしない。お前を傷つける事は決してない。俺の力がどの様な形に見えたとしても、それはない」



 強過ぎる程に力強い声に、その目の強さと断言する力に。


 俺を見る目を見返し続けた。

 声から滲む力、内から発される何かを肌に感じる。直に感じる事に目を見張る。こんなの感じた事がない。



 そうか、力か。 これが 力 なんだ。

 ……ああ、力ってすげぇ、自信ってすげぇ。揺るがない意志と、何かがすげぇ。その力と意志を反映するのか、うっすら輝いて見える気もする。


 ………それにしても、安全保障貰ってたの綺麗さっぱり忘れてました。ほんとーに思い出しませんでした。これっぽっちも思い出しませんでした。これがぁ、信用とか信頼の度合いなんですかね? ……聞いてても、聞いたただけで流してたって事でしょうか? いえいえ、一度は聞いて安心したはずなんですがね?  


 反省、ではなく猛省でしょうか。



 自分に情けなさも感じて、その場でへこっといた。  




 


 コココンッ。



 「ロイズか。どうした?」

 

 ノックで誰かを把握する伯爵様。その通り、入ってきたのはロイズさん。入って来たら、ドアの前で一礼して動かない。



 「失礼を。恐れ入りますが、ハージェスト様」

 「俺か? どうした?」



 ハージェストが俺に少し笑って席を立ち、移動する。二人が入り口で話すのを見てた。話す姿に、声を掛けるタイミングを計って見てた。



 「ごめん、ちょっと抜けるね。直ぐ戻るよ。俺への報告が上がってて、その対処にね…  俺が決めとくべき内容だから」


 ……うあー、今朝からずっと一緒に居た所為? もしや、やる事詰まって止まってたりすんのか?  わーお、他の人に悪い事したなぁ。


 「わかった。 あ、ロイズさんっ!」


 

 チェーンの礼を言えば、さらりと大人発言が返ってきた。そして二人は出て行った。できる大人って、ああいう人の事を言うんだろか? 公私切り分け型だろか?




 「まぁ、そうだったの」

 「アーティスの呼び笛か。確かに最強の護衛ガードだ」


 「今朝、テラスのドア前で待っていてくれて」

 「ふふ、やっぱりわかるものなのねぇ」

 「アーティスが殊勝に待っていたかぁ」


 「でも、自分では呼べないの?」

 「試してはいないのか?」


 「へ?」


 その言葉に首を傾げたが… そうだな、試してみるか。



 「そうそう、食事は摂れているわよね?」

 「はい」


 「しかし量を食ってないだろう? 食えてないのは心配事だ。厨房に話を通しているが、口に合っているか? 無理して食ってはいないか?」

 「いいえ、美味しいのは美味しいです」


 「美味しいのは?」

 「食べ難いのはありました。でも、一応食べれます」


 「なるほど。基本の量は外れてないな?」

 「…以前よりは少し減ったかも。でも、そんなに変わってないと」

 「本当に?」

 

 「………あそこに居た時にですねぇ、ほとんど食ってなかったからだと」




 一人の眉間に皺が寄る。一人の目が宙を睨む。どっちも変にくっきり見えた。


 でも、リリーさんの声は明るく優しい。


 「やっぱり栄養がある物が欲しいわね。ステラ、厨房に行って見てきて。そろそろ良い感じでしょう」

 「はい、お待ちくださいませ」



 そのやり取りに、これ以上まだ何か出てくるのかと思った。並んでるプチタルトだけでも五種類はあるってのに。パイは三種類だ。

 


 「なに、甘くて美味い。軽く食える」


 「あの、伯爵様」

 「ん? そんな他人行儀な呼び方せんでいいぞ。セイルジウスだ」


 「え。  あー、でしたら  セイ、ルジウスさん」

 「あら、私はリリーと呼んでくれるでしょう?」

 

 「詰まるか? セイルでいい。言ってみろ?」



 すんません、何でか変な詰まりしました! でも普通なら詰まらんとこです!!


 「あ。  あ、う。   セイルさん」

 「おう」


 だが俺は、にへっと笑って呼び易い方を選択した。

 やー、伯爵様よりか遥かに呼び易くて楽ですわ〜〜。しかし、呼び捨ては絶対無理です。禁止です。此処でのトップ。それは衣食住の総てを握っている!


 ただ飯食ってる人間は、一番頭を下げねばならんのだ! …うあ〜、お土産どーしよ。出すなら全部終わってからだと考えてたけど、もう出すべきかなあ。あるんだから、早く出すべきかなあああ!? ケリーさん達の時はどーだったっけぇえええ?




 「それで何だ?」

 「ご飯も寝床もありがとう ございます」



 「…………気にする事ではない。その程度に遠慮は要らん」



 苦笑が籠もってた。 だが一つ筋を通せたと、俺が安心した。



 「どれが良いかしら?」


 リリーさんが勧めてくれるのに頷いて、さあ食べよう!


 マドレーヌ… だろう焼き菓子。

 この分は焼きたてで、中はまだあったかい。こっちは昨日のだから、しっとり。そう教えてくれた内容に、強く思う。コックさん、二度焼きお疲れ様です。


 せっかくなので、あったかい方を頂くかと思ったが、丸い黄色いお菓子があるのに気が付いた。


 あのお菓子です。そういやあの時は食べれませんでした。

 ので、頂きましょう!



 「どれを食べたい?」

 「その黄色いのを」


 セイルジウスさんは、俺の取り皿にパッパッパッパと取り合わせて四種類一個ずつ取ってくれた。素早い。どれにしようか悩まない人ですか。



 ナイフとフォークもあるが、手掴かみできるタイプだから〜。


 「これ、手で食べても?」

 「ああ、構わん」

 「大丈夫よ。シロップが掛かっているのは、フォークが良いわ」


 頷いて有り難く、がぶっと半分。


 「!」


 な、んだ  と! 

 ごめん、ジェフリーさん。美味かったけど、こっち、めっちゃ美味い! 同じ菓子とは思えん位、美味いわ!

 

 

 「お待たせしました」


 もぎゅもぎゅご機嫌で食ってたら、ステラさんのご帰還です。ワゴンの上の皿には、いつも通り蓋がされてた。



 「蒸し上がって良い加減でございます」


 その言葉に俺の心はときめいた。どんな美味いのだろうと、ときめいた。

 リリーさんが俺の隣、ハージェストの座っていた席にわざわざ移ってきて話してくれる。

 

 「先日、街の様子を見てきたの。その時に見つけてね。とっても栄養があるから、食べさせてあげないとって思ったのよ」


 

 ステラさんが幾つかの菓子を下げ、空けた場所にそっと皿を置く。蓋を取った。うっすら湯気が登った。

 




 俺は見た。見た。みたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみたみた。 んじぃいいいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜っっと みた。つか、目が離せない。息を飲む。




 皿の上に、蒸し上がった色鮮やかな。


 そう、鮮やかな黄緑色した丸々と肥え太った全長十センチ程度で直径三、四センチの芋虫、又は何かの幼虫と思われる凶悪な物体が幾つも幾つもてんこ盛りで転がっていた。


 転がっていたんだ!   ひ、ひぃいいいいいいい!!!





 「ふふっ。あのね、この状態はこれからの為に栄養をい〜〜〜〜っぱい溜め込んでいる状態なの。焼いても良いんだけど、少しの強火で直ぐに焼け焦げるのよ。焦げ付きが酷いのは良くないし、美味しくないわ。でも、茹でると今度は特有の甘味が薄れてしまってね。薄れる事は、栄養も流れ出てしまう事になるでしょう? だから、これは蒸すのが一番なのよ。うふふ」



 にっこりにこにこ笑顔で説明をくれた。

 説明くれる間に、リリーさんは皿へと掬い盛り、それをセイルさんに渡した。


 「前をごめんなさいね」


 そのお言葉に、ひたすら首を振る。

 前を素通りする皿を見つめつつ、僅かな匂いに硬直するが安堵もする。そのお手が二皿目の皿を取り、そこに凶悪物体を乗せ、上手にフォークで掬うのを恐怖で見てた。



 「はい、あーん」


 

 ………………優しい優しい優しい綺麗で美人なおねーさんが、 「あーん」って食べさせてくれよーとしてますが 恐ろしくて開けれませんが?


 「どうしたの? 美味しくてよ」



 あのですね、あのですね、あのですねええ! 俺は昆虫と爬虫類なら、爬虫類の方が良いんです!! 爬虫類の方がよっぽど良いんだって!!!



 フォークが近づいてくるのに、椅子の背凭れにヒシッと下がり切って逃げた。皿から視線を外さずに逃げた。でも外さなかったから、虫の紋様ってゆーのか… 黄緑色の濃淡の違いがくっきりと見えた。

 く・く・く・く・くろのっ! 黒の円らな、しかし死んだヤツの目が俺を直視している…! 怖い、ひょっこり動かないだろうな! 瀕死でまだ生きてないだろうな!?



 誰か。 誰が変わって。   お願いだからココ変わってぇえ!!




 「ん?どうした? こいつは美味いぞ。少し旬を過ぎ始めてるが大丈夫だ。まだまだイケる。花の商売をする者には、こいつを天敵と見做す者もいる。だが、栄養補給の意味では最良だぞ」


 そのお言葉に、そうなんだ〜と思うが俺は要らん。申し訳ないが要らん。

 ソレが、万歳して走るお人が美味しいよって言う、一粒でにゃん百メートルっつー甘いブツと同等品だと言われても! 要・ら・ん。



 俺の目の前で、セイルさんが口にした。 した。




 「ほんとに甘いのよ、ね」


 証明の為か、リリーさんも差し出してたフォークを自分の口に入れて食った。 …食った。 食ったよぉおおおお!!


 おねーさんの紅を塗ったつやぷるの唇の奥に、黄緑色の凶悪物体入ってったああああ!!!



 「うーん、美味しい」


 笑顔に血の気が引く。

 ままままま、丸々とした黄緑色の食っちゃったよぉおおおおお!!


 「さ、どうぞ」


 い、い、い、いらいらいら 要らなっ!







 「ん、どうした? ここ?」


 セイルさんの言葉に天の助けと、ブンッと振り向く!

 

 セイルさんの目は俺を見つつ、自分の口元を指で指してた。んだから手で、自分の口元に触れてみた。 ……ナンもないですけど?


 「そこじゃない。ここだ」



 その手が伸びて俺の頬に触れた。

 親指が俺の唇を押え、スッと下がって下唇の下に掛かる。くいっと持ち上げられ、気持ち上を向いてセイルさんを見た。



 え?  はうあっ!!


 俺の口が『かぱっ!』ってぇええ!! リリーさんがポイってえええ!



 ガチッ!


 下顎くいって上げられて、上顎と下顎くっついた。 

 気持ち上向いてたから、舌噛まない。舌の上、ナンかが乗ってるし。くっついたんで、ナンかの方を噛んじゃったよ?




 たりたりたりら〜〜っ




 考えられないナニかに脳みそフリーズ。


 だが、口の中いっぱいに甘さが広がる。うん、広がる。甘い、甘い、砂糖とは違う甘さ。しかし、俺の口からは噛んで半分ぶらーん状態のナンかが垂れてる。その切れ目が皮一枚で唇に当たってわかる。唇にも、その汁垂れてる。


 ………これ、どーし ?   見たくない、考えたくない。




 「な、甘かろ?」

 

 セイルさんのにこにこ笑顔が視界に入る。それにただ、頭を揺らした。



 「良かったわ〜、最初は見た目を怖がる子供も居るんだけど、口にするとみーんな笑顔になるのよ。甘くて美味しいって喜ぶの。最後は競って食べるのよね」



 それにも、ただ揺らした。


 俺の舌は切れ目にも触れてたが、汁気と違うもんも察知してた。

 ぽつんぽつんと感じられる何か。意識した途端に舌全体がそれを詳細に察知する。脳裏に焼き付いたあの映像。それがひたすら回り続ける。


 今、俺の舌が感じている『ぽつん』は絶対、凶悪物体に複数あるちみっちゃい…… 足の裏だと思うんですよ。そんな感じのツンツン感じるんですよ。



 お二人の前ですが、げろっぺっぺっぺしたいです。したいんですが、この笑顔の手前それ辛いです。今の状態も辛いです。


 がじがじ噛んで、ごっくんしちまや直ぐに終わりです。終わるでしょう。げろるかもしれませんが。


 この程度… この程度。

 この程度がキツいんです。俺にはキツいんです! わかんねーっつーんなら、黒くてテカる飛行物体Gを調理して食え。もしできるんなら、俺は飛び逃げて絶対に近寄らない。嫌なんで、範疇外異常と判断してシャットアウトする。



 吐く事も噛む事もできずに俺の脳みそが静かに総てを拒否していく。


 その中で恨み言的に思い出すのは、あれだ。

 犬に薬飲ませる方法だ。だけど、薬ぺっする犬は上手にぺっするんだー。近所のおばちゃんが、餌に混ぜても出して困る言ってたしー。








 「お待たせ」


 ガチャンと開いたドアに、遠い天の声を聞いた。うっすーく光明が射した気もした。 目ぇ上げて、そっち見た。



 「どう、食べて……  え? なっ! どうしたあ!?」



 「あ?」

 「あら、お帰り。 どうしたの?」



 素っ飛んできた顔が近づき、ナプキン引っ掴んで俺の口元に宛てがい言った。


 「出して! 出して良いから、早く!!」


 げろ。


 素直に塊をリバース。



 「水を飲む? それとも口を濯ぐ!?」


 黙ってティーカップに両手を伸ばせば、先に取って渡してくれた。中味をごくごくごっくんした。 ああ、ストレートの渋みが後味すっきり。


 は、あ〜〜〜っ。 飛び出し掛けてた魂がゆるゆる帰還したよ。





 「兄さん、姉さん! 本人が嫌がってる物を食わせないで下さい!」


 「え? ええ!? あれ、嫌がってたの? え、嘘。 そんな風には見えなかったけど…」

 「嫌ぁ? 味わうのにしゃぶってんなあ、口に合って良かったなあと…」


 「どこが味わってますかぁああ!!」



 ハージェストが二人を怒ってくれるのに、頼もしさを感じた。心から感じた。今朝の黒薬湯Xで、人の気持ちを何だとか思ってごめん。ほんと、ごめん。


 そして、自分でも言わねばならん。きっぱりと!



 「あれは要りません。欲しくありません。口の中にあったんで言えませんでしたが、要りませんから」


 「えー、嫌だった?」

 「あー… 美味くなかったか?」


 「甘くはありました。確かに甘かったです」

 「甘いとは感じるんだな?」


 「はい、でも要りません」

 「うーん… そうか。あれが食べ難いに入るのか……」


 ナンか違うとも思うが… ええ、食べられません。



 「無理に食わそうとしないで下さい。あ、姉さん。席を替わって」

 「あ、ほほほ。ええ、替わるわね〜」

 

 「ステラ、これをそっちに下げてくれるか」

 「只今、致します」


 ステラさんの手で蓋がされ、凶悪物体の姿は消え、リッチな皿はワゴンへとお戻りあそばされた。俺は本当に助かったらしい。


 隣に視線で感謝を送る。有り難いと拝む方が良いだろーか?





 「それじゃあ、こっちを食ってみろ」


 セイルさんが差し出してくれたのは容器だった。今度は何だ!と身構えたが、最初から並んでる。よーく見ればゼリーか。


 ん?  んんっ!! うあ!セイルさんに渡された小皿のブツが残ってる!!  ………あああ、見ない。




 「皿に出してやろう」


 容器を皿にひっくり返し、その上に手を置く。その姿を少し維持した。五秒もなかったと思う。


 「よっと」


 容器を持ち上げたら、皿の上でゼリーがぷるるんした。

 したが待て、どーやって容器から外したんですか? 普通はお湯に数秒浸けてじゃないですか?


 「ほら、食ってみろ」


 渡された皿のゼリーはぷるってる。ゼリーは無色透明で、白や橙、赤なんかの小さくカットされた物が内部で揺れていた。


 「果肉は好きだろう?」


 そう言いながら、もう一つ皿に落とす。


 「そら、ハージェスト」

 「ありがとう、兄さん」


 ハージェストの皿のゼリーには、赤の他に黄色や緑の丸い粒がある。


 「落ち着いた? これは口当たりもさっぱりしてるよ」


 先に食う、その姿に俺も食う。



 スプーンを入れたら、ぷるえるゼリー。 …ここ暫くない、懐かしい感覚。



 橙を口に含めば、覚えのある味。ナイフとフォークで格闘して、格闘を放棄したあの味だった。赤い分は、目の前のプチタルトに乗ってるのと同じだろう。


 ゆっくり噛み締める。うん、ゼリーです。

 そして、白を口に含む。白はコリッとした食感で、ナタデココかと思ったが少し違うか?





 「どうだ? 食べれたか?」

 「口に合って?」


 「はい」


 全部ぺろりと食った。美味かったから、美味いと笑えた。


 「そうか、見目だな」

 「ですわね」


 「へ?」


 笑顔の二人に、嫌な予感。


 「さっきの白いのな、あれはコレの頭を落として皮を剥いだ中味だ」

 「そうなの。一度、煮立たせてあるから甘さが違ったでしょう? こうして食べるのも美味しいのよね」


 ゼリーの乗ったスプーンを、リリーさんがぱくりとした。

 

 


 噴き出しもせず、俺は背凭れに凭れた。凭れて天井を見上げた。



 「な… な・ん・で! なんでココでそれを言うんですか!」

 「しかしだな、これは食わず嫌いだぞ?」

 「ちゃんと食べれるって、理解しておかないと良くないわよ?」


 「それでも今、言う事じゃないでしょう!?」

 「わかった時点で言うのが正しい」

 「後でそうだったと言うのも良いけど… その場で教える方が良くてよ?」


 「正しさ要らねーから! タイミングに言い方というモ・ノ・がぁ あるでしょうがああああ!!」

 「えー?」

 「どこら辺がだ?」


 「頭を落として皮を剥いだとか!」


 言うな、ハージェスト。



 「うん? あ〜、直截過ぎたか?」

 「あら。 …お料理の手順なだけよ?」



 あっちからもこっちからも飛来強襲してくるナンが心にぐっさり突き刺さる。ドスッ!と突き刺さって、怒鳴りたい気持ちがぷしゅうううううっと萎んでいく。




 俺、この年になっても好き嫌いしてるだけの、我が儘言ってる駄目駄目さんでしょうか?



 「何の為の茶会にする気ですかあああ! 気分を落とす為に仕組んだんですか!? えええええっ!?」

 「……え? あら? そんなつもりは」

 「ん?  こらこら、ちょっと待て。素早いな」



 俺は逃亡に失敗した。

 三人に気付かれない様に、そーっと席を立ったのに。部屋を出たかったのに。もうちょっとだったのに。半ば無心(放心)してたし、ちび猫のスキルが使用できてると思ったのに。 駄目だったか。 ちび猫なってないと無理かー。 あー、まだまだレベル低いだろーしなぁああ。





 「とりあえず、もう少しね? 話もあるし、ね?」


 ハージェストに手を取られてズルズル席に戻るが… 俺の心はどんよりだ。



 ああ、ちび猫なって猫暴れしたい。いや、違うか。誰にも邪魔されず、ひっそり寝たい。ばたっと倒れる感じでどっかで小さく丸くなって、全部を忘れる為にもう寝てしまいたい。


 だって猫ならへーき。手は関係ないからへーき。こそっと居るだけなら怒られないだろーし。 でもそうだなー、何ゆーても野良だから、最後は野垂れ死にか〜。あー、俺の人生なんだっての。あー、にゃん生〜?




 「しっかりぃ! こっち見る!!」



 ぶんぶん体を揺するなよ。やめ、脳みそシェイクすんな。 お前、俺の味方だっけ? 本当にそうだっけぇ?




 「こ、こんな状態にさせんなあああああ! だから言ったじゃねーかっ! 祈りだけで頼むってぇえええ!!」

 「いや、待て。ハージェスト! 一般的にだな!」

 「あら、嫌だ。えー、ちょっと待って!常識の話の  ……ハージェ!」





 あ、何してんだ?

 あー、どーでもいーか。



 もうさぁ、俺の為っての嬉しいけど。して貰えないよりは貰える方が良いって言うけど。それは教えてくれる優しさだって言うけど。

 そりゃあさぁ、失敗してても優しく笑って流して何も言わずにいてくれるのも優しさだけど。気付いてない失敗を教えてくれる方が、その時は痛くても本当の優しさだとは思うけど。



 俺の為ってかこつけて、どなた様も好き勝手してないですか? 上げて落としてますよね?  本当に俺の為ですか? これ、そうなんですか?



 そうであっても、気分はもうやだ。ほんと〜に やだ。





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