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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
92/239

92 迎える宵は


 言われた事を、どう受け止めるか?



 そんなもん考えても一つしかねーよ? 誤解は解くべきですがね。一々、俺の口から言ってやらんといかんのでしょうか?


 人の〜心を〜抉ってくるう〜 奴に対して〜〜〜ええ  なーんでわざわざ懇切丁寧〜〜に言ってやらんといかんのだ。あ?



 思い込むのはそっちの勝手。それで失敗してもそっちの所為。

 俺の所為じゃないよ。大体だな、ここで俺が「違う!」と叫んだところで何が変わるよ? 変わらんだろーが。言った所で、この手の印が消えるとでも? あ〜 そうなれば、すっごくイイネ。


 ……いやまぁ、相手が話を聞かんでもね。自分で否定する。「違う」と、切っとく事が大事だとは思ってるよ? 思ってるけどね? 会う人会う人全ての人にどーしてなったと説明して、「可哀想でしょう?」と言外に訴えろと?


 は、阿呆くさ。そんなんしてたら俺の心の方が潰れるわ。 …何時か慣れて平気になるかもしれんけど? そしたらぁ〜 今度はどっかが歪みそうな気がすんですけどね。怒鳴るだけなら簡単ですよ。ええ、ほんとーに簡単でしょうよっ。


 ですけどねぇぇ… 深いお付き合いする訳で無し、話を広めて欲しい訳でも無し。この場限りと考えて良いんでしょう? それにですねぇ、あんたら、この領主館に呼ばれるよーうなお店の人なんでしょううう?


 シカトするのが得策でしょうか。



 あ〜〜〜〜〜、それでも いーやーだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っての。




 「お待たせしているね。疲れたかな? もう少しだから頑張って」



 デザイナーのおっさんに、とりあえず頷くだけ頷いといた。視線逸らしてリリーさん見たら、オーナー爺さんと話してる。


 「先ほどのお話ですが、流通ルートにつきましては… 」

 「幾つかに絞れるでしょう?」


 「こちらとしましても、できる限り調べますが… 」

 「必要なのは同じか否か。そこからだとわかるでしょうに」


 

 少しだけ聞こえた会話は、俺が口を挟めるものじゃない。

 ステラさんは会談が長引いてる。だから、お昼を一緒に食べれそうにないって言ったんだ。オーナーの爺さんが、その出席者かどうかは知らない。けど、今の会話も一連の事なのだと思える。



 「靴を脱いで下さい。靴下もお作りします」



 ハージェストも忙しい。してくれてる。 きっと伯爵様も忙しいんだろう。



 「どうぞ、その者の肩に掴まっていて下さい」


 中腰の年下さんの肩に手を置いて、体の並行を保つ。



 「できました」


 一人離れた場所で何かを書き付けていた女の人が寄ってきた事で、俺の視界からリリーさんは消えた。書き付けを見て、一つ一つ頷いてるおっさんと、間違えてないか緊張してるっぽい女の人。



 「ん?」


 トントン靴を叩かれて、下を向いたら足の入れ替えを要求されてた。


 「……… 」


 黙って入れ替えましたけどね。会話しないんですね、あんた達は。それは奴隷相手に喋りたくないってコトでしょうか? 


 足が終わって、靴を履きます。

 ちなみに履いてた靴下は一度脱がされて、再び履かされました。言ってくれたら、自分でするんですけどね。言わん以上、してくれ。


 次は腕で、最後に手です。 …なーんかお願いしたくない気分。しかし、そんな事言ってちゃいかんのでしょうね。一回計って貰って、それでちゃっちゃと作って貰えばぁ〜 それで終わりですもんねー。



 『この仕立て屋さん、なーんか嫌だから変えて〜。 チェンジして、チェンジ〜』


 この程度の事でさ、こーんなお願いする方が我が儘だよなぁ? …面子丸潰れだよな? まぁ、物が良ければそれで良いとは思うし。


 


 脇に揃えた腕を計られる。


 終わるから、次は手だ。



 『嫌だなぁ…』


 この気持ちを無理やり納得させようとした頭が、『やっぱり納得できん!!』と回避する為に頭を回した。



 手袋の生地を決めんと終わらない。つまり、ハージェストが来るまでは決まらない。ハージェストが計れば良いんだよ! ハージェストが俺の手を取るのは良いんだ。あいつは安全なんだから。 そうだ、そうしよう! ハージェストが来るまではstopだ! お茶して待とう!



 そう決めて、ハンカチ巻いてる方の手を中途半端なパーから、きっちりグーに変更した。



 「おやおや、疲れましたか? …もう少し笑われた方が良いお顔ですよ」


 

 おっさんの笑顔は愛想笑いにしか見えんぞ。


 このおっさん、別に悪党面してない。態度が悪いんじゃない。普通に営業してると思います。要は、俺の気分がガタ落ちしてるから、コレ自体が嫌になってるだけでしょう。


 しかし、そのツラ眺めるだけで嫌になる。無理やり上げた気分を無理やり上げたと本気で気付くんだよ…




 『夏は暑いから、手袋は指先無しにして欲しいんです。できますか?』


 作る時には、お願いしようと弾んでた気分が萎えていく。

 いや、頼まにゃならんのだけど。そうでないと困るのは自分だってえの。


 頼むのに顔を見直すが… 言い出す気になれん。


 「ふ」


 吐きたくもないため息が、知らず知らずに零れ落ちた。



 「これは素敵なハンカチですね。刺繍もまた見事な物で。是非、広げて全体を見せてはくれませんか?」


 その言葉に落ちた顔を上げた。変わらない営業スマイル。



 一、ふざけんな、ボケ。誰が見せるか。


 二、あいや〜、仕事が進まないんで言葉を選んでいるんですね?

 三、そうしたいのは山々ですが、信用も信頼も無いんでアウトです。

 四、ハージェストが来るまで待って下さい。



 この順番で脳内で返事をしときました。声に出そうとして、ダメだと飲み込みましたよ。

 一と二の間に多少の時間的空白があったのも仕方ないでしょう。ええ、一を声に出したら即アウトですね。アウトなのは誰でしょうか?



 おっさんが小首を傾げて小声で話す。


 「そうですねぇ… 色々思う事はあるのでしょうが、もう少し人の話を心に止めて聞く方が良いですよ。それが世の中の習いと言うんです。そんな無愛想な顔で居ても、良い事は一つもありません」

 

 

 その声がぁ! 内容をストレートに受け取る事を拒否させる。気遣いを込めた嗤いに聞こえる。見返した顔は営業スマイルを維持してる。


 なんつーの? 有り難くて、有り難くない。 妙にカチンとくるってのが正解?



 自然に伸ばしてくる手が腕を掴もうとするから、嫌だ〜と避ける。そしたら、おっさん諦めない。掴んで手首を押えて捻りやがった!


 「!」


 握り締めている俺の指を引き剥がそうとする。



 「どう思っていても、それはご自身の事ですから構いません。ですが、現実は現実なんですよ。ちゃんと見据えなくてはいけません」

 


 本当に小さな声で静かに囁く。

 その言葉に思う事はあるが、それより驚く。その行動に驚く。力で俺の指を抉じ開けようとして、抉じ開けていく。一本一本指を開かせる。


 反射的に渾身の力で抗ってんのに、苦にもならないと広げていくのを見た。


 大きく目を開いて 見た。



 開かされる事に心臓がドクンッと大きく脈打つ。打つと同時に『何してやがる!』と怒りが込み上げる。睨み付け、腕を引こうと身を捩る。


 一瞬だけ、怒鳴りつける言葉を探した。穏便に、とも思ったから探したんだ。


 それが失敗だった。後ろの奴が肩を抑え付け、脇から手を回して口を塞ぎやがった。

 隣の奴が俺の片足を静かに踏み付け、動くなと示す。顔の前に腕を伸ばし、巻き尺をおっさんに渡す姿勢で止まりやがる。視界をより遮るその腕が邪魔だってんだよ! 俺の腕、掴んでんじゃねぇよ! 足どけろっての!


 「はい、直ぐに終わりますよ」


 

 朗らかな顔と声。

 伸ばして押えた腕。俺の手を計ろうと、ハンカチを解く姿に憎悪が沸いた。


















 脳みそが沸騰する。




 現実、現実、現実。これが現実。見据えるべき現実。


 これが 俺の  現実かい。




 見つめる先に、止まらない時に、憎悪が滴り落ちて悪意が生まれる。びしゃり、びしゃりと音がする。俺の内側から音を響かせて生まれた悪意が  これを 許してなるか  と呟いた。

 



 許さない 許さない  許さない。


 俺の意思を潰す、この行為。



 これを 赦す ことなど  ありはしない。    誰の思惑、どんな思惟。 そんなことは どうでも良い。  お前の行為を 認めない。








 俺を吊るそうってんなら  世界なんか   どうでも いいよ。


















 視線でどうにかなるのなら。

 どうにでもなる程度に睨み付け、無理でも何でも反発の意志で指に力を込める。血管浮いてんじゃねーか!と思う程度に力を込める。


 ギリギリギリギリ俺のどっかが傾いでく。抑えられる事にどっかが引き攣り軋り叫んで喚き立てる。俺の内で それだけが狂い悶えて反響する。




 許さない。








 身動ぎに動くなと力が掛かり、肩にズキンと痛みが走ったのにギリッとキた。

 巻いてたハンカチが、解かれた。ハズレた。



 剥き身に触れようとしやがる。



 心臓が早さに怯え、晒される恐怖に悲鳴を上げている。それを意識のどっかが解離して眺めてる。それら全てに 許し難い と反発する。




 筋力勝負で負けている。俺の力不足。暴れるだけ無駄。無駄ならしない。 だけどさ、人間やればできるもんだよね?



 「…きゃ!」


 ノーリアクションで蹴り入れてやった。 やった、やった。片足とーどいたっと。瞬発の力を馬鹿にすんなー。


 何もしていない立ってるだけの、視線がうろうろさ迷い後ろの二人を気にしてはいるだけの、女の人を蹴り飛ばしてやった。あははは! ほんとはさぁ、後ろの押えてる奴に咬ましたいんだけどね。牙城は崩せるトコから削るのがセオリーだろ?



 ええ? 大人しく  ぶるってられるか    こ、ん、の、 ぼけえええええええええ!!!   震えてても怒れってぇもんだろーが!!






 ドタッ!


 転けて尻餅ついてくれたんで、空間が開けた。口を覆う手が僅かにズレた。開いたのとズレたのに唇持ち上がる。笑う。がっぷりギリギリ噛んでやった。


 「あつ!」


 視界の先に、リリーさんとオーナー爺さんが見えた。


 パッと顔を上げてこっちを見た二人に、「助けて!」なんて言わないよ? 噛んでるし。代わりに、ありったけの感情と意志を視線に乗せて見ただけだ。


 俺のどこかで何かが引き上がる。



 


 

 「お前達っ…?」

 「な、 にをしているのか!」


 「……っ!」



 顎に力が掛かって、口がガコッと開かされて噛みつき終了。体が揺れる、顎痛い。足の加重が消えた〜。


 勢いよく立ち上がる、椅子が軋る。その音が時を同じくして響いた音を消し去る。それでも続く別の音を耳が拾う。



 体が揺らぐ俺の目は、リリアラーゼさんを映してた。叫び、見開いた目が吊り上がり、唇が歪む。綺麗な顔と目が怒りを湛えて変貌する。その体を取り巻く様に光が舞った。


 パリッ、パシンッ!



 そんな音が聞こえた気がした。


 スッと掲げて広げた片手に、白く黄色く金色にも見える光が滲んでる。色が混ざり集ってスパークする。そんなに大きくないのに、ニールさんの赤の光とは比べようにならない。強い光輝。 



 怒りの形相で体全体から放電してる感じです。 …うん、あれ雷撃だな。食らうと死ぬんじゃね?

 



 「お待ちを!」



 ガツッ!


 「いあっ!」


 おっさんが引き落とされる。そんで蹴られて横に倒れた。ざまぁ。
















 「ハージェスト様。こちらにおいででしたか」

 「ステラ、どうした? 何かあったか!?」



 館内に戻ろうと、早歩きしていた所だった。

 気付けば予定の時間を超過している。超過する理由に進展はあったが、「しまったあ!」と叫んだ所でさっさと上がった。少し浮かれてもいる。



 「いえ、その様な事では。お戻りが遅いのを心配なされておいでです」

 「あー、しまった。姉さんは居るのだろ?」


 「はい、先に服の見立てを致しておりましたので、手持ち無沙汰となる時間はございません。少人数でありましたのが良かったご様子で、他の者に対する警戒も拒否も見受けられませんでした。ですが… お作りになる服に付きましては、リリアラーゼ様に押され気味でいらっしゃいます。少々、口添えをされると喜ばれるかと思います」


 「押され…  わかった。全部で何名だ?」

 「今回、仕立て屋の面々は五名でございます。荷の運搬と雑用に男が二人と女が一人。後は店主と表に立つ男です。魔力の有無につきましては、行使の可・不可を問わず制御環をつけさせております。掛かり具合は自分と竜騎兵のお一方と共に確認してございますので、ご安心くださいませ」


 「行使不可であれば良し」


 「調べた荷にも魔具の類いはございませんでした。私が出た事により、現在はその五名とリリアラーゼ様にメイドが一人となっております。メイドの方にも問題はございませんが、用心に越した事はなく。こちらに伺う前に、竜騎兵のお一方に花籠の間に居てくださいと願ってから参りました」


 「館の警護体制の変更はない」

 「はい、変わらずナイトレイ様の隊が仕切っておられます。願ったのは、あの時居合わせた三人の内のお一方です。口外につきましても、一切の問題はないかと」


 「それで良い、助かる。ステラ」

 「いいえ、滅相もございません。 別件ですが、先ほど笛と首飾りについてお話くだされまして…」



 



 「後から急ぎ参ります」

 「頼む」



 ステラから聞いた情報に、『うわああああ!』と心中で叫んだ。

 

 そういやあの後、使い心地を聞いてなかったな! うあー、そうだよな。犬笛と一緒にしたら、あ・の、お守りにぶち当たるよな! あげたんだから、返さなくて良いんだが… 嫌なんかなあ〜〜〜っ。新しいのを贈る方が良いかあ…



 どうしようかと頭を悩ましつつ館内に入り、部屋に向かった所で気配が弾けた。


 「な!」



 魔力が急速に集束して、渦を巻く。館内に他の気配が全く無いだけに、直接伝わり突っ込んでくる!! 嫌でも覚えている間違えられない姉の力に問答無用で駆け出した。



 「何事か! 位置を把握しろ、外の確認も怠るな!」


 後方で叫ぶ声と移動の足音が聞こえたが、状況を考えると呼ぶのは拙いか!? 裏目に出るかもしれん事態に恐怖を覚え、ひたすら駆けた。












 引き倒した人の手が、脳裏に焼き付く。


 その人は竜騎兵の制服を着てた。

 おっさんの肩を掴んだ瞬間に勝負が決まってる、それってすごくない? 倒れそうになるから自然に下がった片足が踏ん張ろうとする、それを上からの圧力で捩じ伏せて尻から落とした。


 手が離れたのは確実に体が沈んだ時。あれ、尾骨もろ打ってる。そこへ背中を蹴ったから、おっさん暫く再起不能で間違いない。



 制服さん、終わった相手は見もしない。てか、蹴った時にも見てたのはこっち。長い足がヒュッと突き出て隣の奴を蹴り飛ばす。がちで脇腹入った。


 二歩程度、強制的に俺の体が後ろに引き摺られた。



 「ぐ、 がっ!」


 頭の上で呻き声がする。俺を押えてた手が捻られてた。



 それ、今の内!! 俺は自由だ!


 その場を逃げ出し、一目散に離れる。振り返れば二人が握力勝負してた。でも勝負着いてたな。制服さんの片手は手首に、もう片方の手は首に掛かってた。


 「げ、げっ!」


 片手が喉を絞めてるから、呼吸困難でうげうげ言ってた。その手を必死で押えてる。それを冷ややかな目で見て、苦もなく物を捨てる様に体を放った。掴む首を放るってのが、すごくて怖いね。


 ガッ!

 

 「げふっ!」


 肩打って、胸打って、顎打って、最後うつ伏せで倒れた。

 げ!とかなんとか咳き込んで、荒い息を繰り返す。蹴られた奴は腹を抱えて踞ってる。女の人は最初に座り込んだ場所から動かずに、小さくなってぶるぶる震えてた。



 俺は衝立の間に隠れてそれを見ていたが、事はもっと起こってた。制服さんが駆け込んできた、その時から同時進行してる。


 壁に、窓に、扉に。

 全てに添って光が線になって走ってた。線と呼べるモノが部屋を満たして埋め尽くし、あっと言う間に弾けて消えた。でも、消えてない。きらりきらりと所々で光ってる。薄く光ってるのがリアルに見える。



 全体が見えない。けど、ある。 絶対に、そこにある!!  間違いない、これは結界だ。 …つまり、閉じ込められたんだ。




 内側から 声がする。声に押される。






 逃げ道に安全地帯を探した。  ……見つからね、わかんねぇ。 わからない事態に気が焦る。焦るが、落ち着けと言い聞かせる。逃げるんだ。









 「こちらをどうぞ」


 声に心臓が跳ね飛ぶ! すかさず振り向くが、衝立の盾を忘れん!



 制服さんが控えめそ〜うなご様子で、俺のハンカチを差し出してくれてた。 …有り難い。


 有り難いが、その手に向かって手を差し出す気はない。そんな危なそうな勇気は無い。一切合切無い。捕獲されたが最後、その腕から自力脱出は絶対に無理だ。無理なら寄らん。優しそうな雰囲気に騙されて近づいて首根っこ押えられたら終わりだ。逃げられん!!



 そこに置いて下がってくれんかな?


 顔見てハンカチ見てを繰り返したが、無理っぽい。しかし、こんな時に問答する気はない。そんなのして、そっちのペースに巻き込まれて丸め込まれるのはごめんだ!! あんなのは会話するからいかんのだ、自分優先だ。


 してたまるか、してたまるか、二度となってたまるか!! 出るんだ、こっから出るんだ俺は!! 







 「ノイちゃん! ノイちゃん、お願いよ。こっちを見て、話を聞いて!?」


 声に見た。



 うひいっ!


 『寄るな!』の意を込めて、睨んで威嚇する。


 まーだ放電真っ只中の姿で近寄るなぁああああ!! 死ねる、死ねるから!  綺麗だけど怖いから、こっちに く る なぁあああ!!



 


 『衝立から、どう移動すれば確実に逃げ出せるのか?』


 部屋中に視線を飛ばし捲って、ひたすら距離と変化を計り続けて機を狙う。





 ダンッ! ダンダカ、ドカッ!!



 新たに発生した音にびびるが今度はナンだぁ! ギンッ!とそっちを睨み付けた。



 「く…っ おの や、ろ おおおおおお!!  兄貴ぃ! 早く結界解きやがれぇぇえ!! 俺のアズサが怖がってたら、どーしてくれる!!」



 ドカッ!


 扉を蹴ったっぽい。ガンガン蹴り続けてるっぽい。


 き、来たのか? 来たのか? 俺の安全地帯が来たのか!? しかし、なんか他にも音がする。ドカドカ聞こえる。複数の音がこっちに来る? 来んな、ちくしょう!!




 冷静に、冷静に。

 衝立に荷物入れ、掛かってる生地。倒した後はどう逃げる? 人を視界に収めながら、逃げ道だけを模索して近寄る制服さんを威嚇した。







 嫌いだ。

 暗い地下も、見えない壁も。そこから見ている奴も。 


 嫌いだ。

 俺を閉じ込めるモノは 嫌いだ。  大嫌いだ。













 ちくしょう! こ・う・い・う・時に! 自分の力の無さを痛感する。

 俺の力ではどう足掻いても、兄の結界を解く力が足りない。 絶対量が足りない!!



 苛つく気持ちを抱え、魔光石の指輪を見る。手っ取り早く使えと思いもするがあああ!



 

 「解術式は教えてあるんだ、遅いと言うなら自力でやらんか」



 足音と一緒に聞こえたフザケた言い分にキレそうになる。


 「……! 〜〜〜〜 あああああ、できるんならとっくにやってるわ! くそ兄貴があああ!! 内部がどうなってるか不明なのに、体力配分考えずに動けるかよっ! そ・れ・を、とこっとん俺に言い続けたのは兄貴だろうが! 大体、兄貴が直ぐ来るのがわかってるのに言うのか、それを! コレを解けば俺の体力の半分以上が持っていかれる無駄な事ができるかあっ!! その後、倒れたら意味ないわ!


 やるだけ無駄! 無駄・無駄・無駄! 無駄過ぎで誰がやるかぁ!!  早く解いてくれっての!」


 「終わっとるぞ」



 

 何処までも、何もしてない風情の兄に殺意が沸く。偶に沸く。仕方ないと思う。が、そんな事はどうでも良い! 今はアズサが先だ、優先だ!!



 バンッ!!


 八つ当たり気味に、思いっきり扉を叩き開けた。




 衝立に隠れて、アズサが警戒心丸出しで怒ってた。


 『あんな眼、初めて見た』なんて言葉で終われん… どうしてだ?  何がどうしてこうなったあ!!  原因に殺意が沸くわ!









 俺の安全地帯。

 安全地帯、キターーーーーーーーーーーーー!!


 しかし直ぐ後から入って来た、おにーさんの伯爵様に眼が釘付けになった。俺の何がそうと指したか、わからない。俺の中に蓄積された何の情報がそうだと叫ぶのか? これは直感か?


 内側が冷静に叫ぶ。



 閉じ込めた犯人が あそこにいるううううっ!

 







 「何があったんだ!? 大丈夫なのか!」


 叫ぶ安全地帯を無視して、視線を外さない。だが、安全地帯が視界に入ったのが邪魔。生地を投げつける。近くにいる以上、そこは安全ではない。


 視線を巡らし続けるが…  結局、逃げ道を見つけられないままかよ! なら、どうする。どうする、どうする、どうする?  


 ないなら、作るか? 作れるか?   早く、逃げんとぉおおおお!!











 寄るなと生地を投げられた… どうって事もないが… 何でだ!? 突っ立つしかないってか!? 泣くぞ!



 状況確認は兄に丸投げして、必死でどうしたんだと問い掛け続けたが目が合わん。位置的に見てるのは兄だと思う。やっとの返事は、「閉じ込めやがった」だった。


 …何がどーしたからこーなった、の返事とは程遠かったが良い。返事があるだけまだましだ。俺はその気持ちを優先する。




 「待って! 待って、ノイちゃん。違うのよ、ほんとに違うの!」

 「閉じ込め… 俺か? 俺の事を言ってるのか!?」



 「さっきの結界の事を言ってるなら、違うから! 本当に違うから!」

 「そうだ、違うぞ。それにもう組んでないぞ? よく見てくれ」


 「そうだよ、閉じ込めてないって!」


 

 三人掛かりで言われた事に、慎重に、しんちょ〜〜〜うに見たら。 なーんもわからんなってた、あれ?




 「あのな、さっきのな。閉じ込めるじゃなくてだな… あ〜、被害の拡大を防ぐのと現場維持の為なんだが」

 「そうなの、私が怒ったでしょう? つい、ね。 ごめんね、怖かったのね?  的を外すなんて事はしないわ。だけど… あ〜〜、やり過ぎはあるかもしれないでしょう?

 さっきのは、私の余波を防ぐのと… その、『我に返れ』としたお兄様の忠告でもあるのね。館内だし」


 「確かにね、閉じ込めるの意味合いが皆無な訳じゃないよ。だけどそれは逃走を防ぐの意味合いが強いんだ。犯人を逃がさない、早期解決の為の措置なんだよ! 逃げられたら、被害が増大するんだ!」



 三人に矢継ぎ早に言われて声が出た。


 「え?」


 「それとな。一人じゃなかっただろう? 閉じ込めたと言うなのら、妹も、そこの兵も一緒に閉じ込めた事になる」

 「そうだよ、彼は何をした? 助ける為に動いたはずだけど、何か酷い事をした?」



 言葉に押されて制服さんを見た。


 制服さんはオーナー爺さんを睨んでた。ハージェストの言葉でこっちを向く。一転して控えめ〜な顔で、俺に笑ってくれた。優しそ〜〜〜うに見える。実際、優しい人なのかもしれん。


 そうだな、ハンカチ返そうとしてくれたな。受け取れんかったけど。



 しかしその間も制服さんの腕と体は動いて、倒れた男三人縛り上げてた。なんか… なんか見るだけエグそうな縛り方してた。よくあんな縛り方できると。



 「ハージェスト様、こちらを」



 さくっと縛り終えて、ハンカチを渡した。




 「あえ?」

 

 目の前にハージェストが居る。

 さっきまで、そっちに居たのに目の前に居る。お前、何時移動した?と聞きたい嘘だと思う素早さだった。


 俺の手を引っ掴んで目を近づけて、すんげえ形相で〜 じいいいいいいいいいいいいっと確認してる。しっかり掴まれてる。痛くはないが動かしようがない。


 ふっかい安堵の息をして肩が落ちる。それから、ハンカチ巻いてくれた。





 「遅くなって、ごめん」

 「……遅い。遅い、おーそーいぃぃいいいいいいい!」



 そうだ。それが原因だ!


 また謝った。

 謝る姿にムカついた。何でかムカつくから怒鳴ろうとした。




 「何かの間違いです!」



 オーナー爺さんに遮られた。


 「私共は真っ当に商売をしてきております! 大それた事とは無関係です!! ましてや、今のこの様な時期に何かするなど考えも致しません!」



 爺さん、伯爵様に必死になって言ってた。リリーさん、再び目が吊り上がってる。



 怒鳴ろうと上がってた俺の気分は、爺さんの必死の姿で下がった。けど、思い出したら再燃した。でも、縛られてる姿にシラケるってか… どーでも良い気がしてきそ〜うでしてこない。胸の内がムカムカしてますが、関わり持ちたくないです。



 あっちも嫌。こっちも嫌。

 嫌、嫌、嫌、いーやーあ〜〜 あ。  火種は燻ってるけどね。






 「何があったのか、説明してくれるか?」


 伯爵様のお言葉ですがぁ〜〜  やる気ナッシング。



 黙って一歩下がって見返した。











 手を取られた。


 「部屋に戻ります。そちらの言い分だけ聞き出して下さい。 行こう」


 背中を軽く押されて促され、引かれる手に逆らわず歩く。部屋を出る時、振り返る。リリーさんと制服さんを見た。どちらの目も、俺を非難してはいなかった。


 一瞬の記憶がよぎる。


 何時かした、同じ事を。 背中を押されてその場を離れた。  同じ事をしてる …繰り返してる?   ああ、してる。  


 してる自分も、嫌。








 部屋に戻ってベッドに直行。

 ぼすっと座って、ごろんと横になる。したら、反対側が沈む。


 少ししたら、聞いてきた。



 「笛はベルトの方にしとく?」


 横向きから仰向けに移行。

 俺とは違って片足ベッドに乗り上げて座ってた。 ゴツい長靴ブーツだよな。




 「…そうだ。あの笛、室内でも有効? 窓が開いてなくても聞こえるもん?」

 「…あ〜、室内では試した事ない。普通に吹いて来なかったら、魔力を込めるけど… そうか、そうだよな。俺ができてもな。ん〜〜〜 窓が開いてる方が確実だと思うけど、確認に吹いてみるといいよ」


 「今、吹いて良い?」

 「良いよ、試してみて」



 起きて、ポケットから取り出す。すうっと息を吸い込んで、強く吹いた。



 はい、何も聞こえません。


 聞こえない事に、ふと思う。

 これでアーティスじゃなくて、違うモンが来たら怖いな〜。吹いたらランダムでナンかやってくる、なんちゃらの呼び笛〜とかになったら怖いな〜。


 犬笛口に咥えて、そんな事思った。





 「さっき、笛を吹こうと思った?」

 「…いや」


 「思わなかった? 助けを求める、そんな事態じゃなかった?」

 「あ〜、なんてーの? 理解してたはずだけどさ、ピンときてなかった?  …まぁ、途中で気が付いたとしても取り出せなかったしさ」


 「そうか… ごめん」

 「何が?」


 感情が絡まった顔をする。その内の一つが強く出る。 『悔やむ』 そんな顔をした。


 イラッとした。






 「俺が早く来てたら、この事態は避けられたはずだ。ごめん」


 真剣に告げるのに嫌気が差す。うざったい。


 「あのさ、ごめんてなーにそれ。お前、どこへ何しに行ってたよ」


 「え?」

 「現場に行ってたんだろ? 一連の事を調べに現場に行ってたんだろ? その中に俺の件も入ってる。違う?」


 「そうだよ、その為に行ってた。多少の進展があって、その最中に気付いた事があって… それから時間を食って予定の時間を過ぎてるのに気付くの遅れて」

 「じゃあ、謝る必要ないじゃん。する事してて遅れただけだろ。そこに何度も謝る必要ないよ」


 「…そう言って貰えるのは嬉しいけど、それは違う。何があったかは聞いてないけど、俺が傍に居ればあんな風に怒る事態にはならなかったはずだ」


 「………なにそれ、絶対に?」

 「絶対に」


 「………………なにその断言。俺はできない奴ですか」

 「え? ええと… あ〜〜〜 ?  えーと、できる・できない事そのものが現時点で不明だから、どんな事とも比較にならないと」


 「違わない。お前は俺が事態を自分で回避できない奴だと言った」


 心のどっかが歯軋りし始めた。




 「え? できないって…  うーーーあ〜〜〜  あのさ、あそこで怒った理由って何? 何があった? 教えて。それに直結してるんだろ?」



 見上げる顔が真剣であればあるだけ、内が燻る。

 ゆっくり起きて、座り直す。同じ様に片足だけベッドに乗っける。左右対称。



 感情は押し潰せよ。








 「だから、それを回避する為に手袋を作ろうとしてる」

 「だから、それをしても意味ないんじゃねえの」


 「そんな事はないよ」

 「だけど詰まる所、腹の中では皆思ってる。そうなんだろ」


 「口に出すのと出さないのとでは、違う」

 「所有物か、そうでないかの違いだから」


 「心情の全てではないよ」

 「それが違うのは立ってる位置が違うから」


 「だから」

 「だから!」



 俺だけがヒートアップしてる。無理。



 「誤摩化すなよ! どうあっても、人は事故なんて見ないし受け取らないだろ!?  消して終わりにするもんだろ!」



 吐く息は不規則で、落ち着かない。



 この事態が嫌だ。この事態が嫌なんだ。


 使える物は全部使え。利用できるモンなら利用しろ。

 そう思う。割り切れば良い。それだけで済む。わかってる。でもそれをしたら違うだろ? そう思ったら違うだろ? 間違いじゃなくて、望む方向と違うだけで!


 他人がどう思おうと関係ない。

 それも思う。それでも、そう思う程度に人の輪の中で生きてるよ? 俺は。




 横には立てる。一緒に立てる。並んで立てる。 だけどそこに対等さは無い。



 この現実に、間違えられない事実に。



 イラッとした。ムカッとする。 内に籠る熱と感情が渦を巻く。巻き続ける。


 こんな風にある事を望んでいない。

 そんな為に俺は此処を選んで降りて来たんじゃない!





 問答の最後に、ハージェストを追い出した。

 部屋から無理やり追い出した。「一人にしろ!」と叫び、「それは嫌だ」と渋るの追い出した。正当な住人を居候の俺が追い出した。




 八つ当たりしようにもできない。人にはできない。

 だから枕にした。枕を持って、ボフボフボフボフ叩き付けた。夜中でもないから、遠慮なく感情の赴くままにベッドに叩き付けた。

 

 ベッドを叩き、壁に打ち当て、壁に投げ飛ばし。それを拾ってまた叩く。中味が飛び出そうな感じがしてくるが繰り返す!!



 「どちくしょううううううう!!」



 思いっきり叫ぶ。ベッドに叩き付ける!





 キィィ…


 掠れる音に、剥き出しの感情が邪魔をするな!と怒りを誘う。睨んで振り返った。




 テラス側から頭突っ込んでドア開けて、アーティスが見てた。


 「アー ティ」



 名前を言い切る前に、後退して逃げた。素早く逃げた。飛んだのか、タタタタンッとした軽快な足音はしなかった。


 少し開いたドアがゆらゆらしてる。




 逃げた…  アーティスが逃げた。ちょーうど欲しかったセラピードッグが逃げたあああああああ!!


 


 「う、う、う、ううううううあああああ!!」


 持ってたへたれた枕見て、力任せに壁に投げる。それを追って、自分が馬鹿だと壁に頭をぶつけた。反省の意味を込めて以降すんなと、ぶつけた。



 ゴン!



 結構強く打ったみたいで痛い。  

 しかも脳震盪な感じで目が回る。くーら〜〜〜っとするんで、その場にずるずるしゃがんだ。



 くぅうううう……   ぎゅるるるぅぅううう〜〜〜




 腹が鳴った。

 腹が減った。おやつ頂いてないから。 ねぇ、今何時?



 ご飯、おやつ。続きの間がある贅沢なこの部屋、服。その他諸々。 いーろいろ思う、ほんと思う。この前もこの部屋に帰って来た。来れた。


 

 目を閉じる。





 あ〜〜〜〜〜〜 俺の態度、悪いね。 どーしよーもないね。  もうやだ。 俺、自滅してる。





 一人、部屋の壁際で腹を鳴らしてばったり倒れた。






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