91 明けた午後に
どっ どっ どこどこ? どーこ、どこどこ? おーれの あーれは どこでしょー? へいっ!
現在、包帯をしてません。
ハージェストとアーティスが出て行った後、顔を洗ってべっちょり濡らした包帯は、外して窓際に干してます。まだまだ生乾きです。
字の勉強してましたが、昼食タイムがくるのです。メイドさんがご飯を持ってきてくれる前に、包帯を巻いておこうとしたら見当たらない。新しい包帯が部屋になかったですよ、失敗しました。
ハージェストは昼食を現場で摂ると言った。昼は一人。
メイドさんもご一緒せんので包帯なくても困らんのだけど… ん〜 気分的にガードは欲しいですねぇ。紙ガードでも。
けど、ないから仕方ない。
メイドさんが来た時に新しいのをお願いするしかないと判断したのですが! きらりーんと思い出したんでリュックを漁った。
はい、ありましたよ! 晒し布くん!!
以前、購入した晒し布くんでーす。使う事のなかった新品です。これを包帯にしようと思い付き、切り裂くのにですねぇ… さっきから探してるのにないんですよ、ナイフが。
刃物は危ないんで、リュックに入れる際には場所決めしといたのにない。俺の調理用で唯一の武器・ナイフ(小)は、どこにいった〜〜あ?
「野宿した時は持ってた。民宿泊まった時も… 持ってた。街に入って… 見せるもんでなし。リュックに入れるかどーかと思ってえ〜 あ〜、やっぱポーチに入れたかあ?」
がっくし。
…手で裂くか。そんなに大層なのじゃないし、いけるだろ。
幅決めて、布の向き確認。多分こっちでok。
ん〜〜 痛くはないけど〜〜 こっちの手に負担はあんまり掛けたくないからな。
キュッと奥歯に咥えて、大丈夫な方の手で引っ張りましょうか!
コンコン!
「ぶっ!」
誰ですか!? なんつータイミング!
「ふ、ふあーい!」
「失礼します」
「あ、ステラさん」
「…どうしました?」
あいた。椅子に座って足の間に布挟んで、ピンと張った布持ってりゃ変か?
俺を見て何事かと驚いた顔でこっちに来てくれるのに、パッと片手を背中に回して隠した。
「包帯がございませんでしたか?」
室内を見回して、俺の格好だけで察してくれるステラさん、素敵。今日の髪型は編み込みですか。お団子とは違うんですね、先の始末どうやってるんでしょう?
「自分ので作ろうとですね」
「言ってくだされば良いのですわ」
「あ〜、あったから」
にっこり笑顔のステラさんに、にへっと笑って答えたら。
「駄目ですわ」
「え?」
「買ってから一度も洗っていないのでしょう?」
「は… い」
「失礼します」
俺の手から晒し布くんを、そっと取り上げて体ごと横を向く。生地に触れ、頷き、パンッと伸ばす。
「やはり、一度洗わないといけません。こちらと、あの包帯は洗う事に致しましょう」
キリッとしたお顔でダメ出しされました。
てきぱきさっさと決められて、晒し布を畳み包帯を纏めて持って廊下に出て行かれました。
あー! 俺の晒し布くんがーー!!
……そう思う方が間違いですか。ええ、すんません。洗濯よろしくお願いします。して、ステラさんのご用事は何であったんだ?
「お待たせしました」
「いえ、お手数掛けて」
「お気になさらず、昼食をお持ちしました。こちらで召し上がられますか? それとも朝と同じく隣に致しましょうか?」
「あ… 隣でお願いします!」
「はい、畏まりました。少々お待ちください」
笑顔で準備に向かわれました。
今の内にリュックを漁って、ハンカチを引っ張り出さねば! それにしても、おねーさん付きのステラさんが来るとは。メイドの〜 あー、ヘレンさんどーかしたんだろか?
おねえさんがくれた刺繍入りのハンカチを巻いて準備ok。ハンカチをしげしげ見れば、これを包帯代わりにするのは惜しいと思う。
呼ばれる前に行って、急かしたら申し訳ないんで待機。はい、お呼び掛かったんで行きまーす。
「お待たせ致しました。どうぞ」
「ありがとうです」
部屋に入って見たご飯は… 何故だろう? ヘレンさんが並べてくれるのと、そう変わらんのに… やけに美味しそうに見える。腹が減ってる所為か?
しかぁし! ご飯の量がやけに少ないですよ? いえ、今までが多過ぎでしたが… まさか!今朝の話し合いの結果か!? 極端から極端へか!?
うあ、ひっさびさに遊んで腹が減ったとゆーに…
「お食事をなさりながらで結構です、お聞きください」
手を付けずに聞く姿勢を取りましたが、「どうぞ」と勧められたので食べます。目を合わせる人間いないんで、ステラさんに向かってかる〜く頭下げ。
「お言葉に甘えます」
「はい、ご遠慮なく」
いーただーきま〜す、っと。まずは一口水分補給して、パンから頂戴しましょう。今日のパンは、なーにかな〜。
「昨夜、ハージェスト様とリリアラーゼ様がお話をなさられまして。そこでハージェスト様の代わりに、リリアラーゼ様が本日の昼食の同席をと決められたのですが…」
おねーさんが、ごどーせき!?
うっわ、気を使って貰ってますな… ってハージェスト、おにーさんに叱られてたんだよな? 多忙だな… む!このパン噛み締めると仄かにあま〜、うま〜。
「リリアラーゼ様は現在、審議の為の会談の最中なのですが未だ終わらず。予定時間を大幅に超える見込みです。昼食を誰とも一緒にできない代わりに、皆でお茶をにしましょうとのお話です」
わお、お茶会。 …しかし、ものすごく忙しいんじゃ? 別に一人で食ってても、どーってことないんですが? ちょい、水。
「お茶には、軽食もお菓子も色々と取り揃えます。食事量が少なく遅い昼食になれば、あまり食べれないと思われましたので、勝手ながら、お昼は普段より早めで量は少なめにと配慮させていただきました」
なんと!おやつがっつりですか! そうでしたか、お昼ご飯の少なさにはそんなお心配りが!! あ、ナンかの煮込みうま〜。
「お時間は服の見立てが終わってからとなります。生地をご覧になられる際にはハージェスト様は元より、リリアラーゼ様もご一緒になられます。楽しんでお選びくださいませ」
…わあ、なんか時間掛かるんだろか? 簡単に終わらんのだろか? むぐむぐ噛み締めます。
「こちらのお部屋に呼んで品を広げますと、準備だけで騒がしくなりましょう。綿埃も舞うかもしれません。ご存知の花籠の間で構える事としましたので、整い次第お呼びします。その時に新しい包帯もお持ちします。それ迄は、ごゆるりとお待ちください」
柔らかい声、にこやか笑顔。
なんて素敵メイドのステラさん。ごっくんと飲み込んだご飯も美味しいです。
最後には、自分で良ければ食事終了まで控えますと言われた。
ぬう、これは社交辞令ですかね? …職業別必須要項かもしれませんな。だけど、ヘレンさんの時と同じ返事で終わっといた。違う返事が拙いと考える程度の配慮は俺にもある。何より、忙しいでしょ?
一人、昼食を味わって食う。
デザートは四分の一カットの果物ですが皮付きです。この皮をナイフで切り分け、中味をフォークで頂きます。
ナイフとフォークを操り果物に取り掛かります。
ズルン。ガチャン、キィ!
「あ」
…………手で剥いて噛り付いた方が早いわ、ちくしょう!
ガブ。
汁気が口中に広がる。 美味い、水気が多くて甘い。
そう、この手の事さえなければ… すっげぇ良い生活。しかしだな… 手の事があるから、おねーさんにも気遣って貰ってるよーで。は〜あ、重い。
食器をワゴンに片付けます。
機嫌良くコーロコーロとワゴンを押し、所定の位置にセット。
うむ、ごちでした。
はっきり言えば、自分ではあまり思いつきません。そこまで色々気を使うタイプではありません。今回ステラさんの気遣いに思う事ができたので、見習ってみましたが次回は綺麗にさっぱりと本気で忘れそうなのでしない方がいいよーな気もすんごくするんですが〜〜あ。
『おいしかったです』
貰った紙を折って千切り、これだけ書いてワゴンに乗せといた。
…どー見てもへたっぴな字ですが、ま〜 読めるでしょう。誰しも下手な時はあるもんですよねーーーーえ。大人の実力を発揮して読めんでも読んで下さい。綴りが間違ってたとしても気にせず読んで下さい。
はっはっは、要は気持ちだ。気持ち。ですよねー、あやめ姉ちゃん。
寝室に戻ってベッドに腰掛けたら、自然に後ろに倒れる。足をもぞもぞさせて室内履きを脱ぐ。
ステラさんとの会話を思い返す。
完全には聞き取れない。
今朝の食事、居たのはヘレンさんとハージェスト。ステラさんの時とは違い、長い会話も聞き慣れない単語もなかった。けど、確実に聞き取れた。
ハージェストが居たからか? 新しい単語に引っ掛かってるだけか?
その判断すらつかん… もしかしてハージェストが弊害になってるか? いやいや、それは〜〜 ないだろ。きっときっときっとき〜〜〜〜〜っと。
「うーん」
目を閉じたら、これまた自然にお昼寝タイム入りました。
「 …………… ますか?」
すぐ近くに気配。急速に意識が浮上する。
ヘレンさんが居た。ベッドの脇から俺を見ている顔。
少しの距離があるのに、顔がやけにはっきり見えた。睫毛の一本一本まで鮮明に見わけられる。焦点を合わせた箇所が拡大と縮小を勝手に行う。
一瞬の目眩。
下ろした視点の先、人の手が持つハンカチ。覚えのある刺繍。
剥き出しの感覚に、意識が跳ね飛んだ。
「え? きゃっ!」
ボフッ!
枕ぶん投げて、ベッドの上を高速移動して反対側に逃げ、ベッドから飛び降りる!
『しまった!』
ベッドを盾に振り返った視界の先、テーブルの上に置きっぱなした犬笛に悔やんだ。
「え? どう… 落ち着いてください。 何もしておりません!」
広げた両手を胸の前で組んでは解き、俺に向かう姿を黙って見た。一歩踏み出して来たから、二歩下がる。
「あの、違います! 決してその様な事は。 あ、お待ちください! 私は何もしてません!!」
高い声が耳朶を打つ。じりじりと下がり続けて長椅子を盾にする。
相手が動きを止めたんで、そこから視線を外さない。ひたすら動きがないか見続けた。動かないと判断できた後、自分の手に触れ、問題なさそうだと思えたらよーやく気分が落ち着いた。
はああああ、心臓に悪い。
止めて下さいよ、寝てる時に横に立つの。
『信じてたのに!』
とか、なんとか言う気は欠片もありませんから。ひとっ欠片も持ち合わせておりませんので大丈夫です。おにーさんの伯爵様がナンかあっても切ってくれるそうですが、それで痕にならないとかそーいう事は言われてませんよ?
お勤めしてるんですから、そーいう事はされないとは思いますけどねぇ? 偶然ではできないとも聞きましたけどねぇ? 事例のない事態と聞かされて、用心しないなんて馬鹿でしょう。
咄嗟に枕を投げましたが… ほんとは腹に蹴りを入れようと思いましたよ。入ったかどうか、効いたかどうかは別でも入れますよ? 意識あるんだから、逃げる為に足掻きます。
あ〜〜 ほんっとーに!びびったんで以降は絶対に止めて下さいぃぃい。
「ふぅぅ〜〜」
盾にした長椅子脇の床にへたり込んだら、なんでか正座になりました。魂が抜けそうです。
「どうしたのですか?」
顔を上げたら、ステラさんが部屋に居た。
何時の間に!
…気付かれずに忍び寄る。それは、メイドさんの修得必須技能なんでしょうか? …………ちび猫なったら、俺もできると思うけど。
「お一人で大丈夫ですか? 申し訳ありませんが、少々お待ちください」
目で頷く俺に、ゆっくり頷き返すステラさん。硬質の声は初めて聞きます。半ば棒立ちでいたヘレンさんの腕を取って自分の腕と組む。
先に立って、ヘレンさんを引っ張る様に部屋を出て行った。
『叱らないでやって〜』と『注意喚起はして〜』と『俺、嫌われるー?』が輪を描く。そんな大事な事は口に出せぇと思うが、今やる気ナッシング。
腕を組んで出て行った後ろ姿に、『連行』の二文字がチラつくのもスルー。
それより、ステラさんとヘレンさんのメイド服が脳裏に浮かびます。メイド服、本当に物が違いますね〜。色も丈も違います。横に並ぶと映え方の違いがよくわかります。
ステラさんのメイド服の方がお洒落だよな〜っ。竜騎兵の制服と、デザインがどっかで似てる。シャープな感じが素敵です。デザイナーさんが同じでしょうかね?
「ふ〜い。 ん?」
暫くどーでもいー事を考え気を逸らし、立ち上がろうとした時、カッカッと高い音が響いた。
「入るわよ! どこに居るの!?」
ガツ!!
部屋に駆け込んで来たのはリリアラーゼさんでした。長いゴージャスな金髪、毛先のカールが跳ねた。…あれはヒール音だったのか。
一瞬の仁王立ち。踏み締めた力強い立ち姿。周囲に走らせる視線。
目が合った。
ひょえええええええ! おにーさんの伯爵様に睨まれた時とそっくりですがぁ!!
「ああ、そこに居たの!」
表情が一変されましたが! 歩み寄るお姿に、震え上がる方向で体が硬直しました… 祈りのポーズも取れません。
「はえ?」
リリアラーゼさんは、スピードを伴うモデル歩きでやって来た。
へたってる俺の隣に素早く立ち、しゃがみ、勢いを維持して俺の脇から胸へと手を入れた。片手が肩を押えます。早さと力で持ち上げられて、尻から長椅子に座りました。
座った俺の手を取って、じっと見つめておられます。
…………………プライドその他が全くついていけない素早さでした。すごいですね。俺の体、持ち上げられましたよ。ショックなんですが、ショックそのものが追いつけません。
「大丈夫、と言うには語弊があるけれど。 あの者の魔力痕はどこにも無いわ。心配しないで」
柔らかい、とても安堵した優しい声でした。
紅を引いた唇がほうっと動いて、肩が沈む。持ち上がった顔が気遣いに笑むのに色々思います。 ……自分が矮小っぽく思えるのがナンでしょね? …ん? もしかして、俺、まとも?
まだ手を取られていたんで、そうっと引く。
引いたが思う。ヘレンさんやステラさんの時、見られるのは絶対嫌だった。今は問答無用で取られたが、安全確認をして貰ったが、「見るなぁ!」と反発心が沸き起こらない。
何でですかい?
「あの者に意図はないわ。単純に、そんな体勢になっただけ。でも驚くわよね? 注意しておくから、許してやって欲しいのだけど」
リリアラーゼさんに顔を向けて、俺は青褪めた。
貴族のレディのおねーさんの上等なスカートが! 床広がりして掃除してるじゃありませんか! しかも体勢的に片膝もしくは両膝ついてるんじゃ!?
いけません!
パッと立って、さっと両手で隣を示し、腕を引いて腰掛けて頂きました。
「まぁ、ありがとう。優しいのね」
笑顔の素敵なお姉さんは、どなた様も綺麗です。
「はい、これはノイちゃんのでしょう? 素敵なハンカチね」
あ、はい。それは俺のです。染めの色に刺繍のデザインが気に入ってるんで、売り飛ばさない一品です。
少し、笑い返せた。良かった。
返してくれたハンカチ折って、巻き付け直す。
「あの、リリアラーゼさん」
「なあに? ああ、その前にリリーで良くてよ」
「え? お名前、良いんですか」
「もちろん」
優しさ全開のおねーさんは好きですか? 好きですね。
「えーとあの。リリーさん、急いで来てくれてありがとうございます」
「気にすることではないわ、当然のことよ。うふ。 そういえば、初めて聞いた時より言葉が滑らかになっているわね」
「え? …そうですか」
「ええ、外している発音があるからまだまだだけど、言葉の詰まりは消えているもの。とても早いわ。ハージェと一緒だからかしら?」
発音はまだまだでも、イケてるそうです。成長していると誉められるとやる気が上がります。……俺の言語修得向上には外せれんのだな。
後からやって来たステラさんが、水を注いでくれました。もっと落ち着いたので、注意喚起等について話しました。
ですが、どうしてですかね?
隣に居るのはリリーさんでも、ハージェストを連想します。どっかでカブる。
髪の色、目の色、顔立ち。
似ていても同じじゃない。性別だってそうだ。 『兄弟だから』にしても、名状し難い何かが似てる。そんな気が… すごくする。
魔力質だろうか? そーいうのを感じているんだろうか? …ほんっとーにわからん。 一番最初に躓くのは痛いですねぇ。 ……………なーんの知識もなくあっさり理解できたら、すっごく早く進むのにねぇぇえええ。
『異常にさせん』
おにいさんの意向が優しくて、威光におじいさんは逆らえんのでしたね。俺の為でもあ〜〜〜、残念。
「落ち着いて? 大丈夫なら行きましょう。もう準備は済んでいてよ、これからをもっと変えていきましょう」
「…はい」
犬笛持って、廊下を歩いて三人で花籠の間に行った。
部屋の入り口から離れた廊下に、メイドさんが数人立ってた。その中に俯き加減のヘレンさんが見えた。直ぐに顔を上げて、大きく開いた目と合った。
立ち止まる。
かるーく手を振った。
これで伝わるだろうと、部屋に入った。
あ〜、ごめんよ? 俺わざわざ離れたそこに行って、「気にするな」と言ってやれる程に人間できてないんです。直接の会話は少し待ってくれますか? それが直ぐにできる奴なら良いでしょうけど、強要されると戻るモノも拗れます。染みになります。
感情への強制介入は拒否します。促しも、今は遠慮させて下さい。折り合いは自分でつけたいです。対人問題なんで、流しと放置はしませんから。
入った部屋には色が溢れてた。
部屋の模様替えしました?
ベッドが消えて、テーブル増えて、衝立並んで姿見がでんっと置かれてて雰囲気丸っと変わって… 労力掛かってますが…… 生地見るだけで、どうしてこんなに労力いるんですか? こんなに並べんでも……
部屋に居たのはメイド長のおばちゃんと、知らないメイドさん。
それから、ご年配でもがっしり体型の爺さんと細身なおっさんと。えー、おばさんと呼ぶには早いのか遅いのか不明な女の人に、男が二人。年上と年下。女の人と男二人は店の制服らしきを着用。
全員が一斉に頭を下げる。
「待たせたわね」
物馴れたリリアラーゼさんの声が、部屋を支配した。
展示会の開始ですが、室内をキョロキョロ見ても、俺の防波堤はまだ来てなかった。仕事が終わってないらしい。
椅子に座った所へメイド長のおばちゃんが寄って来て、小声で静かに告げたのはヘレンさんと部屋の掃除についてだった。
メイド長のおばちゃんは、メイドさんの紹介をしてくれた。
その後、一礼して出て行く。直々に部屋の掃除をしてくれるのと、伯爵様にご報告するのと、お茶の準備に回られるそうです。
リュックを置いてるけど、掃除については任せます。リリアラーゼさんが頷いてくれたから。これでなくなったら伯爵様が怒ってくれるだろう。口は締めてるし、居候ですからね。少しは信頼しないといけませんよね?
ヘレンさんについては〜〜。
……まぁね。メイド長のおばちゃんは上の方ですから、やっぱり何か言わないといけないんでしょう。俺が後にして〜と思っても、立場的には早く 「一言でも言っておかねば」 になるんですよね? そーしないと、こっちがそれをどー思うかわかりませんもんね〜。伯爵様にご報告しなくて良いとも思いますが、それがルールならそうして下さい。
でもまぁ、今回はアレですよね? 『不幸な事故』って奴ですよねー。
実害出てないし、見方によっちゃー彼女が可哀想なだけで、俺が過剰反応しただけですよね? それだけですよね〜、あははは。 あ〜、 けっ。
……………気分、荒れてますかねぇ。
その後、メイドさんから男の人二人の紹介を受けた。
仕立て屋のオーナー爺さんに、従業員のデザイナーのおっさんでした。
「これで上着を作るのはどうかしら?」
いかん! 聞いてて聞いてなかった。気持ちを入れ替えろ!!
「あ、リリーさ…」
見た。リリアラーゼさんのお手にある生地を見た。
「リリーさん。それはちょっと俺には合わないかと」
「え? 嫌? 悪くないわよ? あなた、そこの仕上がりの見本を」
「はい、どうぞ」
「ね? こうなったら、感じは全く違ってくるのよ?」
「そうです、胸元に飾りを一つ着けるだけでも変わります。こちらは大変良い織りで、このお色は人気の一つなんです」
販売側からの女の人の援護射撃が入りました。
「では、こちらは?」
販売の爺さんからの連続射撃です。
「こちらの色もお似合いになりますよ」
販売のおっさんも変則で撃ってきました。しかも「失礼します。少し、お立ち下さい」と言われて、『えー』と思えば立たされてた。
立ってたよ。
おっさんは座ってる俺の横に立ち、背中に片手を当て促した。促すと同時に自分は腰を下げて、膝を着く。その上で、おっさんの片手は俺の腕に触れ、下から支える格好で維持されてる。片手と体勢は正に、エスコート。
押し出されてはいませんが、ナチュラルに押し出されたよーなもんです。すげぇ技術だな。
ツツツッと引かれナチュラルに歩かされ、そこに生地を手にした爺さんから斜め掛けに当てられた。
「いかがでしょう?」
そうですか、姿見を見ろですか。
リリーさんをはじめ、皆さんがあーだこーだと言われます。妙に白熱してます。
販売側が持ってきた、デザイン画集… で、良いんでしょう。違うかな? それを捲って皆さん、楽しそうに真剣に色々言ってます。先ほど知ったメイドさんは、お針子技術をお持ちだそうで裁縫に詳しい方だそうです。
ですけど、俺自身は訪問販売で断れなくなってるナニかな人になってる気がします。クーリングオフはないでしょう。いっぱい要りませんから、自分で静かに見させて欲しいです。ぱっぱと見て、さっさと終える俺の予定が変わっていきます。おねーさん、いえ、リリーさん。まず、今のこの現状を変えたいです。変えさせて下さい。
「あのですね」
「そうね、騎乗時にはスカーフの類いもあった方がいいでしょう」
「それでしたら、こちらのお色が」
…もう、早く防波堤が来てくれないかと願う自分が情けないです。
「仕上がりは、これが可愛いわ。シャツの襟元には… そうね、フリルを少しだけ取り入れようかしら? でも、下品に見えるのは嫌ね」
「いえ、別に可愛さを求めては」
そーゆーの要らねって拒否った。拒否ったんだ!
「そんな事を言わないの、ね? 可愛らしいのも良いでしょう? 似合う物にしてみせてよ」
笑顔のリリーさんは本当に素敵ですが、ハージェスト、早く来てくれ。でないと押し切られそうで怖いんだ。もう半分押し切られてるっぽいんだ。
…………お前が止めなかったら、俺泣くよ?
あれから三十分は経過したでしょうか? 着せ替え人形はしてませんが、もう疲れました。一応自分でも生地は見ましたが、生地は見るだけでもうお腹いっぱいです。ですが、お腹は空いてきました。ぐうぐう鳴るかもしれません。
ハージェスト、早く俺を助けに来い!! ……あー、俺を助ける為に現場にいってんだよなあああああ。 あー、やる気失せるぅ。だるいぃ。腹減ったあ。
「お疲れになられましたか?」
ステラさん! 終わりですかね?
「採寸に移りたいと思います」
あー、それがあったわ。
「何か欲しい物はございませんか? 手袋にする生地は、ハージェスト様とご一緒に選ばれるとよろしゅうございますが」
「あ!そうだ、あります! 革紐欲しいです」
「革紐ですか? 何にお使いになられます?」
「この笛につけたくて。これと一緒にしよかと思ったんですけど、二つが当たって傷が付いたらどうなるかイマイチ心配で」
「……是非ともお止めくださいますよう」
片手に犬笛、片手で胸元を押えて言えば、ステラさんの表情が凍りつく。返事の声は本当に低くて、目が真剣。どうしてだ?
「え?」
「あ、いえ。失礼しました」
「は、あ? あ〜、それで元々は革紐に結んでたし、位置的にももう少し下げたいんです。それでチェーンの方に笛をと思ったんですけど… さすがに物が合ってないと思いまして。借りた物だし、返そうと思ってですね。革紐が二つ欲しいんです」
「…………返すのは如何なものかと推察します。ですが、そちらはお望みの位置にされるのがよろしいと思います。笛ですが、普段からお持ちになられるのですよね?」
俺とステラさんが話してる間、リリーさんはチラチラこっちを見てくれてた。しかし、デザイナーさんとメイドさんと服の原案詰めてるっぽい。もう… もう何ができるんだか怖ぇよ。
ちなみにオーナー爺さんは、あっちとこっちを行き来してた。今はこっちにいる。
「革紐は持ってきてございます。 おい、革紐をお出ししてくれ」
壁の花してた男の一人が動いて、革紐の束を取り出す。
それを見せて貰う。
オーナーさんがあれこれ話してくれるには、ウォレットチェーンみたいなのあるってさ。片っぽ笛、片っぽベルトに付けてポケットに仕舞う。ポケットなくても、ズボンやベルトの間に挟む。チェーンに繋げた状態で吹ける長さにする。
革紐でそれができないか思ったけどね。ゴツ過ぎず、細過ぎず、弱くない良い品があると言われるとさ〜。
「直ぐに手配して構えましょうか?」
「……いえ、お待ちを。それでしたら、竜騎兵が持つ備品に似た品がございます。予備を幾つか所持しているはずですので、そちらを確認してからに。品が良くてもお好みもございます。また竜騎兵にと支給している品ですので、一度そちらをご覧になってからとさせてください」
「そうですか。では、これにつきましては後程に?」
「はい、今から取って参りましょう」
ステラさんは予備の品を取りに行ってくれた。ロイズさんが持ってるはずなんだと。それと、まだ来ないハージェストの様子を見て来てくれます。
その間に採寸です。
手袋を買い求めます。この手にぴったりの手袋を作って下さい、です。既製品は不要です。どーせでかくて合わん。
「お前達、採寸だ」
「「 はい 」」
採寸してくれるのは、壁の花してた男二人です。驚き。荷物出しの方々だと思ってた。ちなみに販売の女の人は、デザイナーさんの後ろに控えておいでです。
年上の方がしてくれます。年下の方は、書くもん持ってます。
はい、まずは立って、肩幅計ります。
両手でグッと肩を掴まれました。グイッと背中を押されて『え?』と思いましたが、どうやら姿勢を正されました。
「それでしたら、洗濯しましたご衣装を持ってきましょうか?」
「そうね、取ってきてくれるかしら?」
「はい、直ぐに。お待ちください」
メイドさんが部屋を出て行きます。俺の服を取りに行った模様。それに合わせて、オーナー爺さんはリリーさん達の方に行った。
肩幅の次は、首の後ろから背中を計られます。
「ん?」
俺の靴に靴が当たりました。
足の位置を変えたんで、ぶつかったんですかね。はい、両腕緩く持ち上げて腹回り〜。
「?」
また当たりましたよ? …結構、大雑把ですか?
計ってくれてる人を振り返りましたが、お愛想無しです。そんなもんでしょう。気にせず正面に向き直りますが、今のは何ですか?
見たのは顔ですけどね? なんやうっすーくナンかが流れたよーな… 歪んだよーな… 揺らいだよーな?
隣の年下さん見ても、室内の他の人見てもなーんもない。
次は足の長さ、股下です。
計ってる方は横移動でしゃがんでます。書いてる方も中腰です。 …まじまじ見ました。どうも気の所為です。
「お前は奴隷だろうが」
……小声で何やら言われました。
二人の顔を上から眺めてたんですけど、どっちが言ったか不明です。すごいですね、腹話術でもマスターしてるんかい。
それにしてもまぁ、今のご発言をどう受け止めれば良いですかね?
顔を上げたら、デザイナーのおっさんが笑顔でこっちに歩いてきたよ。