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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
9/239

09 戦闘

 

 「その内容では、なにかあった場合に…… 」

 

 検査方法は決定と言い切った後も書記みたいな人が掛け合ってくれていて、検査官と話し込んでいたが結局変更には至らなかった。


 召喚獣イーリアが結界を張り、魔獣を呼び出すという。 …すごいよね? できるんだ? マジでゲーム内容だよ。



 その為の準備をする暫しの間、離れている事になった。いや、ハージェストが時間をもぎ取ったというべきだろうか?


 その間、魔力について俺なりに考えた。

 ゲームなら使用するスキルを選んで決定すれば、必要量がパラメータから引かれてスキルが発動する。その際に効果音とか光の乱舞なんかが、周囲を巻き込んで派手なエフェクトをかましていく。


 ここにいる連中は皆、俺をみただけで魔力なしと言い切った。途中で会った人達もそうだ、みただけだ。

 水晶とかに触れたわけでもない。じゃあ、どうやって判断した? 気配? ハージェストがこの指輪に魔力を通した時、俺にはわからなかった。

 気配でだめなら、残るは色か? あの時は手を挟まれていた。色そのものが不明だ。指輪をみても今だって色なんかみえない。でも、あの綺麗な光は? ハージェストが喚んだのなら、あれはハージェストの魔力によって成り立ったはず。


 …だよな。霊光とかいわないよな。 あ、だめだ。いまのなし。記憶削除。


 大体、漫画もゲームも気配か視覚のはずだ。とりあえず、出来るだけ意識してみてみよう。あの検査官の言う事が正しいなら俺にもなんか力があるという事なんだ。



 「アズサ、大丈夫か?」


 俺を覗き込んできた顔は心配そうだった。


 俯き加減で考え込みすぎてた? それにしてもなんだかよく心配されている。そこまで心配されるようなことをしただろうか? …まぁその心配を払拭させるものを、持っている気が全くしないのが俺としてもやばいんだけどさぁ。



 「本当なら温かいものの方が良いと思うが」


 さっきの水筒を取り出してくる。ありがたく受け取り、一口飲む。

 水筒を返せば本人はごくごく飲み込んでいた。あれだけ言い合えば喉も渇くよなぁ。もう、水筒の容量は気にしない。

 なんかさ、現実じゃない感じでいるんだけど、自分の手を少し摘んでみたら間違いなく痛いんだよなぁ… それに、服貰ってここに来るまでの間にトイレにも立ち寄って連れションまでしてるし? 現実だよな? これ…



 先ほどの話になって腹立たしそうに顔に怒りが閃いたが、一転、俺にはすまないと謝ってきた。

 戦闘行為による検査など認めようとは思ってもいなかった、と。


 怒る気持ちはわかる。検査官とハージェストの対話だったのが途中で検査官と監督役の対話になって、そこからそのまま決定事項になったんだ。なんていうか… あれは先生同士で決めちゃった感ありありで、生徒が口出しできないっていうか、もう反論は認めません、な感じになっちゃってたし。

 なんにせよ、最初から向こうが決定権握ってるのが確定なわけだ。


 気にしないように返事をして検査について聞く。こうなった以上そっちの方が重大だ。女の人だとしても、あの検査官に引っ張られていくのはご免だ。その先は処分らしいし。

 何より当事者の目の前で『処分する』と言い切る奴に対して男も女も関係ない。一片の好意も出やしない。この条件下で一体どう好意を持てと?

 これはもう、あの検査官を見返して馬鹿にしてやる!という勢いで事にあたれという話なのか? そうなのか!?

 

 あと関係ないが胸のでかさは、受付のお姉さん>検査官>召喚獣。召喚獣って計算にいれて良いもんだろうか? 一番体格いいのは監督役のおっさん。全体の中で一番ちびなのは、俺… ははは。大丈夫だ! 俺の成長期はまだ終わってないはずだ!!




 「アズサ、決して前には出ないでくれ。戦闘経験がなく、みたことがない魔獣であれば対処方法がわからないだろう。下手に動かれる方がすごく気になる。二体ならなんとかする自信もある。まして、検査という名目であそこまで他の方達にも言われている。そこまで非道いものを寄越したりはしないだろう。早く済ませるよう努力するし、これ以上は絶対に認めない。それでも言うなら論外だ、別の手を取る」


 はっきりきっぱり言い切った。


 苛立ちが絶好調な感じで検査官の方を睨んでいるハージェストは、借りたのかどうしたのか剣と防具を携えていた。

 今は召喚獣の検査であって召喚獣である俺に回せる防具がないことと、せめてもの備えに短刀を持たないかと聞いてきた。


 「アズサなら短刀のほうが良いと思う。長剣では重さに振り回されそうだ。今は使わないのが一番だと思うが持っているだけでも落ち着くだろうし、やはり丸腰では不安だ」


 至れり尽くせりで貸してもらう。

 でもこれ、ハージェストが無理やり捩じ込んで短刀の使用許可を取ったらしい。召喚獣はまず自力のみでやれ、が当然なんだと。…酷くない?


 その短刀は重かった。軽くなんかなかった。ずっしりとした重みと鋼の鈍い輝きが、遊びとの一線を確実に引いていた。その短刀を手にして自力で何が出来るだろうと思う。

 もしかしたら何か出来るかもしれないという思いと、それに対して無理無理、理性的に考えてみろよ出来ないよと答える自分。

 その中で出来ないことをここで話すべきじゃないかと思う。本当にどうして自分がここにいるのか、どうして召喚獣と決定認識されるのか? そのことをこの人達に聞いてみるべきじゃないか? と。


 検査が終わったらハージェストに聞こうと思っている内容だけど、やっぱり大人の検査官だとか、監督役とか言われている人達の方が色々知識を持っているはずだよな? じゃあ、やっぱりこっちに聞く方が当たりだよな? 話によってはこの検査自体受けなくてもいいんじゃないかと思えてくる。どんなのとやり合うのか知らないが戦闘検査だろ? 単語だけ聞いてもやばいよな? ゲームじゃないんだろ?


 そう、思う。



 その中で、言ってはならないと囁く自分がいる。

 それを口にしては駄目だと言う自分が存在する。

 


 …これは勘だろうか? ただの勘だろうか? 根拠のない勘なんかに従ってていいもんだろうか? 最初もそうだ、なんかやばいと思った。間違えたら終わりだって。だから聞けなかった。でも、自分の身の安全を考えればこの検査を受ける事自体が問題だろ?


 そこまで考えても口にするのを迷う自分がいる。ここで話そうとして出かかる言葉をつぐむ自分がいる。どちらが正解なのか? 聞きたいことは山のようにある。でも、それを聞いたら終わりだとも思う。もうジレンマにしかならない!



 どうしたらいい?

 どこに、俺にとって正解だと言える道がある?



 手にした短刀を見る。心底すげぇと思う一方で、命を断つ道具として持てば複雑な気分になる。それでもこれは俺の安全を考慮してくれた物だ。処分と言い切る検査官と仲良くなりたいとは思わない。かといってあの監督役に聞くのもなんか嫌だ。ここいる面子で俺の身の安全を本当に考えているのはハージェストだけだと思う。



 …そうだ。最初はともかく移動したあの部屋ではハージェストに聞こうと思ったんだ。その時には聞いてはいけないみたいな事は思わなかった。沸点が低いと痛いとは考えたけど。

 …うん、そうだよな。本人が居るのにわざわざその目の前で別の人間に聞くのは、ある意味失礼だよな。本人に聞いてそれでだめなら他の人に聞けば良いよな。それにここで俺がしたくないとごねた所で事態の好転があると思えない。逆に連中の前で聞いたら終わりだと思うこの感情自体を話さないといけなくなるんだろう。

 これがゲームなら、終わらないと聞けない設定なんだろうな… 


 …よし、棚上げだ。怖い気持ちもわからない思いも一時的に放置。考えても答えがでない以上もう考えない! 先へ進む!


 これが終わったら、ちゃんとハージェストと話をする。



 決心して迷いを振り切る。 

 護身用の短刀の鞘を両手でぎゅっと握り締めた。 …誤って自分を刺すような馬鹿はしたくない。



 それから、ハージェストが防具を着ける際に一応手伝った。

 なんつーの? 見た目より重くない? これつけて走り回ったりするわけ? …ばてそうだから無理な気がする。うん、素早さ重視で遠慮した方が良い感じがするよ。簡易らしい防具を俺は無理だと判断した。なんか情けねー… 同時にやっぱなんかびびる気が…









 「これより召喚獣アズサの能力検査を実施します。二体の魔獣を召喚契約者のハージェスト・ラングリアと共に倒すこと。二体が倒れた時点で終了とする。以上」




 建物の大きさを把握する。その高さを理解する。自分の立ち位置を覚える。空間を認識する。


 なんども言われた「前に出るな。必要な時は出来るだけ後ろをみせず逃げる前提で動け」その言葉を思い返しながら、ゆっくり息をする。『みよう』と意識する。


 イーリアによって結界が組まれていくのを、ひたすら見続ける。

 組まれ終わったというまで見続けたが何もわからない。

 すぐに魔獣が呼びだされた。現れた。空間が歪むなんてものはみえなかった。唐突に居たとしか判断がつかなかった。へこみそうだ。



 全体的に茶色を帯びる猛禽類のような鳥。もう一体は白と黒のまだらの獣だった。

 いまだ拘束されているのか、全く動かない。しかし、ギロリと回った鳥と獣の眼に恐怖を覚える。獣の開いた口に肉片のような何かがあった。 


 食事中だったりしたのかな… これは夢だと思い込んで自分をごまかすこともできやしない。



 鳥の鋭く尖った嘴。掴むための鉤爪。両翼を広げた全長。 …動物園の檻越しになら張り付いて観察してもいい。大体は羽根だけど、なにこの大きさ。

 四足獣の口からみえる牙。俊敏そうに思える四肢。これまた良さげな体格に、前肢にある爪。 …うん、普通にカッコいいよ、君の姿。


 あの尖ってみえる爪は異常だと思う。通常四足歩行で歩いていくんなら、爪は存外角が取れているもんだ。犬の場合は人間の親指にあたる部分の爪だけは鋭いままだが、それは地面に当たらないからだと違いが別れていたから覚えてる。まあ、抱き上げられたり、籠で移動しまくってる場合は知らない。

 なんにしても、あの爪で一撃喰らうなんて考えたくもない。あ、もしかしてあのなりで猫科だったりするんだろか?


 短刀を握る手に力がもると同時に、我知らず片足が後ろへ下がった。





 なんの前触れもなく始まった。

 鳥は羽ばたき天井へ。獣は身構えて姿勢を低くした。

 動き出した二体に先んじてハージェストが逡巡なく動いていた。二体の視線はハージェストから動かない。そして飛んだ鳥はよろよろとした旋回になり、ゆっくり失速して床へと降りていく。


 まばたく内に獣との対一勝負になっていた。早すぎて驚く。


 それを後ろで見守りながら思う。

 この立ち位置はどう考えても前衛と後衛だ。ゲームならハージェストが前で抑えてくれてる間に後ろの俺が一発用意してぶちのめす。

 だけど、なんにもみえない。

 鳥が失速したのも、獣が全くこちらをみないのも、ハージェストがなにかしたからだろ?


 ゲームでいえば、したのは挑発? 遅滞? 麻痺? 睡眠? そんなことを考える。

 視点はハージェストを起点としてみているけれど、魔力に繋がるようなものはみえない。俺一人だけが蚊帳の外にいるようで悔しい。


 でも、前に出て行く勇気なんて出てこないし、邪魔なだけだろう。

 例えるならサファリパークで安全そうにみえたから、とかいって車外に出るようなもんだと思う。

 勇気と無謀と馬鹿さ加減を履き違えたくないし、そんな形で死にたくない。






 「…ああ、安定しているな。これなら二体仕留めるのに問題ないだろ。魔力のない召喚獣の能力ってのも、まぁ興味あるがあの状態だと戦闘に放り込んでも〜 まず、無理だな、ありゃ。第三者が割り込みすぎると、こんなもんは悪いようにしかならんって。これでなにかあって恨まれるのは嫌だぞ。俺は」


 監督役の男は結界の対角線上、魔獣達を跨いで正面にいる検査官の姿を視界に収めながら小さくぼやいた。





 ハージェストの剣技が獣を圧していく。

 切れ味が良い。でも、そんなにすごい剣には思えなかった。短刀の方が光っていたと思うし…  なら魔力で切れ味良くしたとか? ゲームなら剣士とかのスキル系とか? 

 獣の唸り声も聞こえるし、剣道の試合とかじゃなくて現実であって恐いと思う気持ちもあるけれど、制していく姿の方がすごくて見惚れた。「なんとかする自信はある」といった言葉を行動が裏打ちしていた。『強い』の意味を視認した気になった。間近で見る生の迫力に圧倒されたと言ってもいい。






 「私は召喚獣の能力の検査が目的でここに来ているのです。二体が倒れればそこで終了としても、契約者一人が終わらせたところで意味はない。他の者がなんと言おうとやり直すだけ」


 紅唇から小さく独り言のように囁く。


 「最初にちゃんと言いました。召喚獣の能力検査です、と。同じ内容を繰り返すことはこちらも遠慮します。どのような時であれ、何事も臨機応変に対処する必要はあるのです。…無能は勘弁して下さい」


 口角がわずかに持ち上がった。






 …ある意味安心してたんだと思う。

 ハージェストは獣に止めを刺す手前で、鳥は身動ぎもせずに床にいる。



 だってさ、鳥が床を蹴っただけで突っこんでくるなんて思うわけないだろ!?

 普通羽ばたく動作を繰り返すとか、スピードにのってからだろ!? でかい鳥が初動一つで突っこんでくるなんて詐欺だ!





 目前に鳥がいた。

 鳥との視線が絡まって外れない。

 体を捻って両の鉤爪を前に押し出し、獲物を鷲掴みする姿勢で勢いよく飛び込んでくる。

 避けようと動いた体は、間違いなく動いたが避けることができずに勢いのまま上向きで掴み倒された。


 背中に倒れた衝撃がくる。

 鳥の右爪は俺の左の太腿を勢いで切り裂き、その裂傷にがっちりと爪を押し込み肉に食い込み鷲掴みにした。

 鳥の左爪は俺の腹をやすやすと突き破って俺の腹ごと押さえ込んだ。




 「……ぁ  あ・あ……! ……!!」




 心音が一気に増大した。太腿と腹が脈打つ度に激痛以上のなにかをもたらす。叫び上げようとした声は、喉に張り付いて上がらず音のような一節しか漏らせない。


 鳥が羽ばたけば太腿の肉が締め上げられ、爪が一層深く内側に押し込まれて裂けた傷から血が垂れる。

 鳥が身動げば、腹に突き込まれた爪が足場の安定を求めて開閉する。爪が開けば内蔵を押し広げ、閉じれば新たに臓器を引っ掻き、筋肉を捩じ切り、出血を促しながら肉を引きちぎってはえぐることを繰り返す。開閉がなされる毎に突き込まれた爪が傷口を大きく抉りあげる。


 目の前に火花が飛び散り酸素を求めて喘ぎだす。

 死にたくないという一心と痛みの根源を振り払おうとする行動と身内から湧き上がった怒りが、左手に持っていた短刀を引き抜きそのまま払うように鳥を斬りつけた。


 斬りつけたが前屈みになっていた鳥が反り返るように身を持ち上げた結果、手応えは浅い。斬りつけたことで鳥に動かれて、いやが上にもより激痛が増す。

 鳥の甲高く短い鳴き声と、羽ばたきの音、ハージェストの声が鼓膜を刺激した。

 激痛で引き攣れる中、短刀の重みを理解した。



 こんなモン相手に軽ければ決定打になるわけがない!



 鳥の顔がまっすぐに下りてくる。

 左手に持った鞘を盾に突き刺さりそうな嘴を阻止すべく振るう。痛みに悲鳴をあげる体を無理矢理動かし、短刀を握り直し、突き刺そうと腕を振り上げれば手首を嘴に咥えられた。

 手首が嘴によって噛み合される痛みで呻く。太腿と腹の足はそのままに咥えられた手首を体を捻って引き上げられ、今度こそ喉から絶叫が上がった。


 次いで、右肩が内側から引き千切れるような音と落ちた短刀が立てた音。口から上がった絶叫と。

 同時に揃った違う三つの音がその場で不協和音を響かせた。


 




 動かぬように押えられた腹と足。嘴で手首を咥えられ引き上げられる上半身。姿は鳥についばまれ引き延される蚯蚓みみずに等しい。











 ハージェストの怒号のような二度目の声が返ってくる。 

 激痛のあまり見開いた目に生理的な涙が生まれて膜をつくる。


 声に視線を向ければ視界が変わる。涙が滲んだ目に人と色が映り込んだ。



 イーリアの周りに水色の光。

 検査官の視線。

 水色が淡く広がり周囲を覆う。

 倒れている獣の微かに見える淡い色目。

 感情の読めないイーリアの目。

 こちらに駆け寄るハージェストに見える光の色。

 俺を踏み押える鳥の色の上に覆いかぶさる水の色。

 検査官の表情と口元。





 なんの脈絡もなく心が叫び出す。


 『あいつらがやった!』  『あいつらが俺を見世物にした!』



 この二つだけが渦巻くように頭の中を占めた。 

 それだけで、身体中の激痛も腹にある異物も喉元に迫り上ってきた金臭さも忘れることができた。




 『そんなに力に驕って悦にいるのなら、その力を恋えばいい』



 あいつらをみる。

 明確な悪意を晒して揺らす。

 揺らす。

 大きさはそのままに、揺らして揺らして組み替る。ほんの少しのあいだを通して、後はもう十重二十重に尽くし切る。



 鳥の首が切り飛んだ。ごっと音をたてて俺の左横に転がった。


 尽くした俺は満足した。



 切り飛んだ勢いで鳥の体躯は血しぶきを上げながら横倒しになり、その反動で右足の鉤爪は腹から内蔵やら筋肉やら腸やらの肉片を引っ掛けたまま赤黒い血を滴らせて飛び出たが、押さえられ掴み込まれた左の鉤爪は外れなかった。右足が抜け出たことで反動に従い俺の体も跳ね上がる。  …ああ、血の臭いがする。



 「アズサ!  アズサ!!」


 一撃で鳥のもう一方の足を斬り飛ばした。 うわ… ほんとすごいよ。ハージェスト。



 「早く、結界を解け!」という監督役の声と、「終わっていません。それに獣の命はまだ尽きていない」という検査官のやり取りが遠く聞こえた。



 寒気と激痛のなかショック死しないのが不思議。


 鉤爪によって突き破られた服の裾をハージェストの手が握り締め、視線が腹の上の辺りでさ迷う。左太腿と右肩をみて、眼差しと気配が一層堅く強張っていくが右手を腹の上に充てがってきた。



 ハージェストの歯を食い縛る顔をみながら思う。




 もう無理。遅い。 終わり。


 うん、なーんか、ね。俺、帰りの切符持ってる。有効期限も大丈夫。

 最初のわけわからん安心感。体に一つ張り付いたような違和感、あれは隔絶。俺はここに居ても真実ここに繋がってない。アズサはいなくなって、梓は帰る。

 もう一つの安心感。あれはリング。あれが繋がっていない俺をここに安定させた。安定させた本人が目の前にいて、最初はともかく後は友好的だったから安心したんじゃないかな。


 ………たぶん? そう、じゃない、かな?  …なんで、そんなことわかるんだろ? 最後だからかな? やっぱよくわからんかも??


 …しまったなぁ。

 どこでもいいからほんとちゃんと話したかったな。 ああ、でも、あの時、話しても本気で受け取らなかった気が大いにするわ。 はぁ… でも最後なら、ちゃんと言っとかないと。後からは無理。



 声を出そうとすれば舌に血がのって気持ち悪い。喉奥に張り付いて出ない声を負けるかと意地だけで押し出す。


 「ハ…ジェ  やく…そ、く ダメに、なっ…  ちゃん、とはな し  を…たかっ ね」



 ハージェストの顔が更に強張り、目を見開き、唇が戦慄いた。


 ん?


 「け、契約を…  俺は、誓約に契約を… っ!」 



 けい・やく?  はえ? そんなもん…  あ? そっ…  ち がう



 低く呻く声に落ちそうになる瞼をこじ開けてみれば、後悔という二文字だけでは到底追いつけそうにない血の気が引いた顔があった。見開いた蒼い目がみえた。その蒼い目にくたばりそうな俺が映り込んでいた。




 ちが  あ、 ………………………………………………   おれ、が、トドメ刺した、り?



 意識を繋ごうと踏ん張った。大きく息をしたらそのままになりそうだから、浅い息を繰り返してみた。思い出したついでに言っておく。


 「仕返しは、した」


 これ以上ない、いい顔でいえたと思うんだ。








 だめだ、もたん。



 横目でみれば鳥の骸があった。


 鳥か獣。鳥は嫌だ。さすがに嫌だ。白と黒の斑の獣。

 人に寄り添い易くて、強いのならやっぱり犬じゃ? 強い犬。地獄の番犬のように? 白と黒。

 なら黒い犬、白ソックスで。ドーベルマンみたいな? どう…


 もういい、犬。



 確定した死を覆すことはできない。俺にはできない。でも同じ器、同じ魂、選ばれなかった違う運命を歩むのなら、それはもう違う存在。違ってしまう存在。



 だから、


 掏り替える。

 



 あったことはそのままに。見目をも変えて掏り替える。

 白と黒の斑の獣を。白い手足の黒い子犬に。




 死にそうな時点で必死にならねばならんとは。洒落にもならね。意識とぶ。

 子犬にハージェストの傍にいてやってなと、頼んでおく。



 「いぬ を、あげ… る  ……」





 息を吐いたらおちた。


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