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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
89/239

89 道の標は、黄金

 

 現在、エルト・シューレの牢は望ましくもないが、有り難い満員御礼を絶賛展開中である。


 規模はまちまちだが、数カ所にある牢は何処も彼処も詰まっている。

 男女比は、男が多いが女もいる。同じ牢に入る事はないが、空気の流れは遮れない。流れの方向が片寄れば一極集中、逃れられない。


 暑くなる中、蒸れた男共の体臭が充満する牢内は臭う。 臭う、臭う、臭う。 臭うのだ。 居合わせるのは最悪の一言に尽きる。天然の拷問でしかない。







 田舎でガチガチの締め付けは難しくもある。

 普段なら、ちょいと袖の下。顔見知りの上から、ちょいと一声。


 軽微であればちょろちょろ上手く逃げれたものだが、今は警備兵の他に、初見えの竜騎兵が居る。もう制服の生地とデザインからして警備兵とは段違いな上に、竜に騎乗して巡回する姿は威圧感全開である。


 今回、領地内にて連綿と続いてきた勢力の掃討を行った。

 掃討の対象側としては、領主が確定しても居着かなかった事が最大の要因である。代行に頭を下げ、自身の膿をこれ幸いと切り捨てて気持ち良く身軽になり、ちょーーっとばっかし大人しく… しつつ裏でこそっとやっていた。


 「だって、目の前にあるんだもんよー」


 これが言い分である。




 それを力づくで引き剥いだ。

 人情・心情・感情、それらに至る全てを無視して力で対処し実力行使に出た。それでも抗う者には、「殺されぬ事を幸いと泣き喚け」そう言って、腕を、足を、骨をひしいだ。




 「わあああああっ!」


 「何しやがる! そいつはまだ子供だろうがぁ!!」

 「子供? それがどうした。この地の領主は我らが主君。刃を持ちて向かう者に、区別をつけよと抜かす気か? 面従腹背こそ煩わしいわ」


 叫ぶ声に、冷たく返して睥睨する。



 やり方は徹底していた。戦意を失い虚脱で居ようと、捕縛するのに優しさは発揮されない。丁寧さとは程遠い。自ら歩けないのなら、蹴り飛ばす。引き摺る。追い立てる。


 賊とも違う、統制の取れた無駄を省いたやり方こそが圧である。効率の良さと、モノの限界を計る冷静な視線こそが冷徹に映る。


 高揚はあれど、逸りはない。

 


 「あ、あんまりでは? 賊でも配慮は成すもので…」

 「賊如きと同じにするな。あんな者共が配慮に気を使うだと? 商品でないモノにも気を使うと。我らと同じでわざわざ計っていると? ほーう」


 警備兵の一人の震える制止の声を聞き流し、冷淡に返す中、興奮か私怨か一人を執拗に殴り続ける警備兵に顎をしゃくる。


 「お前が上として止めるのはアレだがな」


 吐き捨てる叱責をしてから歩き出す。近寄って、規律違反と蹴り飛ばした。



 「何をする!」

 「こちらの言を取るな」


 粛正として、立ち上がり振り返った体へ手を伸ばす。肩口を基点に手を掛け腕を捻り上げ、後ろ手に固めて捻じ上げる。上から下へと圧を掛け、地面に膝を着かせる。


 「うおっ!?」

 「本気でしとらん。この程度も保たんのか」


 捻じ上げた手を放し、背中を蹴る。


 バタンッ!


 前に倒れた背中を踏み付ける。滑らかに行われた一連の動作に停滞は無い。背中を踏まれて呻く兵士に対する口調は忌々しげであった。 




 実力養成性格矯正短期集中夏期講習の猛特訓シゴキの開催が確定した瞬間である。










 謀反人に造反者。

 纏めて賊とした名で捕縛した者達を引き摺り回し、体力に気力を消耗させ奮い立つ気概の全てを摘み取ろうと、仲間に対する見せしめの名で見世物にした。

 そこに観客と呼べるだけの立場の者に観客席はなく、何かを賭ける者も居ない時点で見世物としての質は低い。


 そんな中、馬ではなく竜に曳かれて死に物狂いで周回する様は、命の躍動とも言えた。しかし普通に付いて行けずに引き摺られて躍動感は落ちたが、代わりに土埃は舞い上がって躍動を見せた。



 戴く主が同一者でも場所が違う。故に名目は協力体勢だ。それでも個人の実力を比較すれば敵わない。上下関係なら決まってる。止めの竜には勝てやしない。


 同行していた警備兵達は、それ以上は口を挟めずいた。

 最初は興奮もしていたが、あまりの徹底振りに恐れを抱いて、最後は青褪める。見ていた竜騎兵の誰もが冷めた目でいるのが、彼らの心にやけに響いた。


 それでも成すべき任務に奔走していたが、忘れず上司である子爵へと、急ぎ報告を上げる事を怠らなかった。





 後から合流したダレン・サンタナは、駆けつけたその場でレイドリック・ナイトレイに詰る様に問い質す。


 「如何に賊とは言え、やり過ぎではありませんか? 他から反発を買うだけではありませんか!? 竜騎兵が常駐するとも聞いていません。今後の事を、どうお考えでそこまでなされましたか!」


 「反発? 賊のか? この地の者達か?  ああ、罰する者達の親類縁者の行動を懸念してか? 以降、これより拡大していくとでも?


 貴殿の家が、この地で代々の任期領主に仕えて治安を担ってきたのは聞いている。だがな、それを長の慣習として来たから、こうなったのではないか? こうあれば楽であるから、そうしてきた。それだけではないのか? そもそもその程度が許されてきたから、それが調和であると思ってか?


 恐怖でシューレを統べるつもりかと言いたいのなら…  それは、自身の立場が可愛いと聞き取れるが? 誰しも自分が可愛いのが当然だが、それを維持する為だけに存在するのであらば、我らは不要と考えるがね? この地の主は、エルト・シューレ伯爵である。最早、交代でやってくる任期領主はおらんのだぞ?


 サンタナ子爵、平定する事が大前提であるのは変わりないのですがねぇ… 貴殿の行いこそが、平定の妨げとなっている気がするのは…  私の気の所為か?  えぇ?」




 お前、本気で仕事する気あるのかぁ?と逆に問い返しただけだが、隠さない表情は笑顔であっても恫喝に似て、仕える主にも似ていた。




 力で潰し切る。

 人の心理面を考慮すれば、悪手とも言える。だが、そんなモノに憂慮して『なあなあ』で終わらせれば、馬鹿をみる。頭は一つ。従わぬだけの手足は無用の長物どころか、生きているだけ邪魔。


 しかし、この地で頑張ってきたサンタナ家からすれば、理不尽極まりない言い分である。彼らはどこからの援助も無い状態で、できる限りの維持を努めてきたのだ。

 碌な金が無い中で、振り下ろす力を維持しながら、頑張ってきたのだ。しかも、新たに決定したはずの領主は代行を寄越して、ほぼ終了。気分はがっかり。それでも代行と一緒に精一杯努めてきたはずなのに、赤貧の中でも志を忘れず善人の鏡であるかの如く清廉潔白で頑張ってきたのに、この言われよう。


 領主の弟には苛められ、今また、同僚に値するはずの者には鼻で笑われる。猛り吠えても、おそらく力で敵わない。相打ちに持ち込めたら御の字だ。


 判断のできる「不憫」の言葉が似合う、実に可哀想な人である。

 







 徹底した行動が口の端に登れば、どこかで恐怖を感じ、どこかで憧れを抱く。


 意識の変革の表れだ。



 一部では近寄り難くもある竜騎兵だが、犯罪とは無縁の一般ピープルや、何かと連中から抑圧され虐げられてきた一部の人間からは、花丸人気急上昇中のアイドルだ。

 

 追い掛けるには竜が恐くてできないが、視線を送ったり、手を振って気を引こうと夢中だったりする。



 彼らは見られる事に慣れている。

 いや、新人はまだまだでも、古参に鍛えられるので嫌でも慣れる。そして浮かれ過ぎでその地位から滑り落ちた実例を聞くと、誰もが心に誓うのだ。


 それは決して済まいと。

 自ら律して規律を守るのだ。それが自身の保身に繋がり、精神的鍛錬と同時に、自信と一緒に心の片隅以上の割合で鼻高々として居られるのを理解している。



 実力で、憧れの職種につけた事が一番の誇り。




 そんな彼らが仕え、膝を折り、忠誠を差し出しているのがランスグロリア伯爵家、こと、ラングリア家である。



 伯爵家、上から数える爵位は中級。

 なれど本来、子爵に男爵とは上に補佐として仕える意味を合わせ持つ。伯爵からが普通に上級である。しかし爵位を横に置いても、実力を保有する家こそが上級貴族と言えよう。

 

 家が複数の領地を持ち、経済は回り潤沢な上に、当主と次期当主が強大な魔力を行使する。


 家だけでも上級な所に、個人能力でも上級者を輩出している。

 不和を笑い飛ばす強固な結託を維持する事を確認せずとも結託している家であるからして、付き従う下の家々も個人も迷いがない。



 上級貴族であるが、この国において十指に数え上げられる貴族家ではない。

 実際は入ってもおかしくないのだが、入らない。名声と実力の温度差は別物で良いと本気で割り切る家なのだ。利己とも取れるし、謹厳実直を旨とするとも受け取れる。爪を隠すと言えもしよう。



 だが、知ってる者は知っている。


 特に経済を担う商人達の中でも、目端の利く者は知っている。

 あそこと競合する事があっても、不用意に怒らせるなと。正攻法なら何も無いが、嫌らしいやり方で激怒させたら最後、気付けば身代が傾き他所に併呑されて跡形も無くなる。無くなるだけならまだましだ。


「怒らせた当人の末路は知りたくもない」

「気付ける内がまだ花よ」

「気付いた事を賢し気に、話そうものなら大怖い」


 他にも小さく囁き合う。


 「それにしても、思い切った事を」

 「本当に。あそこの家は実に上手くやりましたね」

 「いやいや、羨ましい」

 

 「しかし、それを許すご当主であられるから… 」

 「他の貴族とは一線を画す所ですよ」

 「何にせよ、余程の事が無い限りどちらも安泰なのでしょうな」


 「それはわかりませんよ?」

 「ですがねぇ」

 「ま、自分は自分でやりますがね」


 内々で笑いながら話しても、外で不要な事は喋るまいと黙るのだ。







 当主はやり手。次期はやり手に分類されつつあるが、苛烈と言われる。三男坊は伸び伸びと育ったが、末であったので我が儘なきらいがある。だがそれも、上からの力の矯正に似た修正で嫌われるに至らない。しかしその我が儘を、魅力と捉える者もいるので人徳だろうか?


 最後に、次男坊は残念だとしたのが下の総意である。



 王都で成長したので馴染みが薄かった。帰って来た時には、会った事さえ無い者も居た。そんな者の中には、緊張と侮りが心のどこかで交差した。


 対面を果たせば、顔と髪だけで、潜んでいた口にする事も許されない疑惑は綺麗さっぱり消失した。追撃もあった。性格を知るに至れば、誰かがぽろっと呟いた。


 「疑惑が持ち上がった。その事自体に何故と問う。 …知らない事が幸せか」


 そう言い切る程度には、似ていた。




 力が足りない事実で、頭に立てる事は無い。だが、できない者ではない。それでも竜騎兵として志願するなら不採用。隊の頭を張るのは、ひとえに主家の子であるからでしかない。



 しかしだ、隊の者は知っている。

 苦労と苦悩に叩き上げられた精神は筋金入りの鋼である。折れる前に他を見る、柔軟性も備えている。意味を取り違えず、全体を優先する。その上で、下の意を汲み取る事に長けている。


 出来過ぎだ思うが、兄からいーろいろ言われて叩き込まれていたのも知った。王都での勉強が、この成果に繋がるのだろうと語り合う。



 弟が帰って来てからと言うもの、一番助かると思うのが、弟を通すと話が早いこの事実。兄弟であるので言葉に遠慮がない。事が速やかに進む。

 要点を掴み取り、方針を決め、問題を潰していく手が実に素早い。途中で別の問題が浮上しても「どうしよう?」なんて迷わない。どんどこ進んで潰してしまう。その実績が積み重なって、三年経ってもいないのに兄からの信頼は厚い。


 兄弟と言えど、いや、むしろ兄弟であるから厳しい。それが事後承諾で良いとした程に信頼している。これなら良い補佐として、家を支えていく人材足り得ると実に好意的だ。



 …只、一部で変な拘りを発揮する。人の目に見える形で発揮する。

 その事は「贔屓じゃないのか?」と疑われたが、それで被害が出る事も、それ以上に拘る事もなかったので趣味の領域だと流された。






 そのハージェスト・ラングリアが職務放棄をしている。


 「休むのは、面倒を片付けてからだ」


 常々言っているのに、連絡だけ寄越して本人は来ない。普段の行動に馴染み切った面々からは、考えられない放棄である。





 昼下がり。

 とある一室にて、その職務放棄に付いて情報交換会が開かれていた。一人が休んでいる部屋に、休憩時間が重なった連中が押し掛け集まり話し出したのが正解だ。



 「まず、何時から変化があったよ?」

 「…黒い髪の奴隷を拾ったとこからだろ? 俺は居合わせなかったんだけどよ」



 「「「  やっぱり、そうだよなああ〜  」」」



 全員で声を揃えて遠くを見た。目が生温い。非常にヌルい。そのヌルい目で居つつも、気を取り直す。



 「それで、ここへ運んでから出て来てないのか?」

 「いや、何か倒れてたとか」

 「嘘吐けよ」


 「えー、本当だって。此処のメイドちゃんが嘘吐く必要ねぇだろ?」

 「おー?」

 「本当かぁ? そんな風には見えんかったが… 疲れてた?」

 「なーんか嘘っぽいなー」


 「大体、それならナンであの捜索命令が下りてくんだよ?」

 「あー、あれ。同時並行であっちもこっちも忙しかったなー。地獄見たなー」

 「あの時のもう一人は、その奴隷じゃなかったのか?」

 「ふーん」


 「そういや、風呂場貸し切ってたの何時だっけ?」

 「あ? …同じ日でなかったか?」

 「なにその貸切って」


 「しかしだな。風呂番の爺さんが、一人で駆け込んで来たのに着替えは二着頼まれたってーのはどう思う?」

 「待て。二着受け取って、出て来たのも二人だったと聞いたが?」

 「あー、その二着問題な。俺もメイドちゃんから聞いた。爺さんが言うのに同僚が首傾げてたってさ」


 「おんぶしてたの見たって聞いてる」 

 「後から入ってないのに、どっから涌いた?」


 「あ、それ。姿を確認しようとメイドから服預かって粘ったけど、出ろって蹴られたってさー」


 「…普通に考えても、その奴隷だろーが。単にどっかで行き違いなだけじゃねぇの?」

 「いやー、爺さんが一人だったって断言すっからよ」



 ヌルい目が未だに維持されるが、話し合う事で己の情報に修正を掛けている。それぞれに自分の記憶を探っている。




 「それから、アーティスを綺麗にしてたそうだが… 」

 「はぁ? 今する事じゃないだろ? どーしたんだ」


 「片付け頼まれた奴が、部屋に入れるのに綺麗にしてたらしいってな言を」

 「…アーティスを? あの俺様な犬を?」

 

 「おま、良くゆーな」

 「しっかし、魔獣で間違いない犬とは呼べない犬だぜぇ?」


 「あんなの飼える時点で違うっての」

 「その前の手に入れる時点で難問だろうが」


 「部屋に入れるねぇ…  何の為って言やあ〜  確認してないが出されたのも聞いてない。やっぱ、確保した奴隷の為か?」

 「方向性不明でも確率高そーだけどよ。あの犬が懐くもんか?」


 「俺としては、あのアーティスが懐く以前に大人しくいる事の方が不思議だ」


 「だよなぁ…」

 「うーん… 逃げ出さない為の見張り?」



 「あれは貰ったんだよな?」

 「そう聞いてる」

 「買い取ったじゃなく、頼んで譲り受けたでもない」

 「ハージェスト様ご本人が貰ったと言ってる。それは確認済み」


 「問題は誰に、だ」


 「それに関する情報は無い」

 「俺も知らん」

 「それに対する返答はないが…  なぁ?」


 交わす目は、ヌルさが取れて違うものになっていた。口に出さない情報が視線の先で飛び交っている。


 



 「それとだな、次期様と姫様がナンかの契約がどーのって話してたのはどう思う」

 「その情報源ニュースソースどこよ?」


 「メイドちゃんの一人な。配膳で控えてたってさ。それでハージェスト様の再契約がどーのって」

 「…口が軽くないか? 大丈夫か、そいつ」


 「口止めされてないんだろ? 問題ないよ」

 「そうそう、俺らに面と向かって拒否するなんてな事はぁ〜 まぁ、ないしぃ?」


 「うーわ、口車にカワイソーな事してねぇ?」

 「ふ、ご冗談」

 「褒め殺しから入って攻めたんだろー?」


 「何、手ぇつけた?」

 「まっさかぁ。かるーく聞きながら、壁際にちょーっと追い込んでみただけだっつーの。嬉しそーだったぜぇ? しかし今、そんなん本気でしてたら殺されるわ」

 「殺されるより自滅だな」

 「余裕があると三倍働かされるな」

 

 「死ねるわ。それに俺としても馬鹿でいたくない」

 「あーははは」

 「そりゃあな」

 「やったら、勇者と呼んでやるよ」



 くっくっくと、含み笑いが部屋中に広がる。



 「そうそう。話し変えるが、ナイトレイ様の隊で情報回さない奴らが居るんだけどよー」

 「なんでまた?」

 「誰だよ、それ」

 「…あれか? 次期様が何かに対して圧力掛けてたって言われてる、あの件か?」


 「内容喋らなくてさぁ」

 「……何そいつ、共同情報要らないっての?」


 「いやさー、あははは。言ったら、次期様から直々の訓練を泣き出すまでシて頂ける有り難い特典が出るそうでな」

 「ぐは。やめろ」

 「巻き込むな」

 「何も聞かなかった」


 「簡単に泣いたら、追加食らうってよ」

 「知らんぞ」

 「だから、聞いてないと」

 「お前だけでイケよ」


 「うわ、非道い。一蓮托生が俺らの基本だろー?」



 「「「 ないないない。やめれ 」」」




 宛てがわれた部屋の中、各々が寛いだ姿勢で楽しそうに会話を弾ませる。「尊い犠牲は一人で充分」と笑う声が本当に楽しそうである。




 「お、そろそろ昼の休憩は終わりか?」

 「ああ、交代に行かんと拙いな」


 その言葉を皮切りに、動き始める。

 椅子から立つ。ベッドから起きる。テーブルに腰掛けていた尻を叩いて埃を払う。椅子の背凭れに掛けていた制服のジャケットを取り上げる。


 「そういや、あの死人の身元が上がるかねぇ」

 「お前、そっちだったか」

 「色々起こってる。こんな風にゆっくり休む間が取れん」

 「片っ端から繋がりを潰してるけどな」


 横になって寛ぎに広げていたズボンを引き上げ、前を留め、シュッとベルトを締め直す。長靴ブーツに足を入れ、ガツッと一度踏み付けて履き心地を確かめる。


 「ゴロツキ共は絞めれば簡単に吐くんだけどよ」

 「まー、その程度の奴らだ」

 「そういや、午後から押送されてくるぞ」


 ベルトに剣帯を重ね留めして己の得物を落とし込む。



 チャリッ…  カチ!


 別に小さな音をさせ、輝きを認めて服の内に幾つか得物を仕込み直す。



 「増えるのか? 何した奴だ?」

 「複数いるはずだが聞いてない」

 「ああ、何でも奴隷印の鏝に関する奴がいるってよ」


 「偽造は重罪だってのに、よく手を出す。 クズが」

 「うーん… ソレでやられた口か?」


 着替えが終わった同僚の姿を互いに確認する。歪みがあれば正す。正面、次に背。片足を基軸にくるりと回って背を向ける。背を軽く叩いて、有るか無きかの埃を落とす。


 「待て、こっち向け」

 「あ? 拙い?」


 腕を伸ばし、襟元に指を入れて軽く引く。整える。


 「これで良いだろ」

 「助かり」



 しかし、会話は止まらない。



 「あー、有り得そう。潜入中の失敗か」

 「連なりの子飼い辺りだったとしたら…  さすがにわからん。どーにもならん」

 「顔がわかっていれば対処もできるけどな……  まぁ、顔がわかっているのも問題だ」


 「お〜お〜… 腕、落とされるかね?」

 「一番軽い刑じゃねーか」

 「そりゃないだろ」

 「それで済めば楽でいい」



 全員で手早く確認を終えて、頷き合う。


 仲間パーティー 連携コンビネーション  『身嗜みを整える』の発動と終了である。

 


 「とにかく、交代に行かねば」

 「おう」

 「行くか」

 「しっかりやらねーとな」



 複数の足音を響かせて部屋を出る。 


 最後の一人が扉を閉めた。

 部屋を出た時から気楽な喋りは(オフ)終了して、仕事モード(オン)へ速やかに移行した。

 



 「俺はこっちだ。じゃあな」


 「「「 おう 」」」


 それぞれが違う持ち場に向かう中、一人が別のルートに身を翻した。





 







 エルト・シューレの領主館は広い。敷地も広い。一階は兵の詰め所として機能している領主館の地下牢は、それなりに下へと広がっている。


 地下牢の良い点は、音が拡散しない事にある。

 外であれば声は風に乗り、思いの外遠くまで届くものであるが、地下では籠もって流れない。だが通気孔があるのなら、それは留意すべき点だろう。



 そして、他と同じで領主館の地下牢も盛況であった。



 地下一階でも、上から光を取り入れている一室だけは、昼間の自然光に照らされて明るい。そこで横たわる一人の男を前に、二人の医者と一人の医務官がうんうんと唸っていた。


 「牢に入れられた時に発症している者はいなかった」

 「その辺は確かだ」

 「体格も肉の付き方にしても健康そのものだ。第一、若い」



 「「「  なのになんで、こいつら まともに起きねーんだ!! あああっ!?  」」」



 ベチンッ!



 終いには苛々と怒鳴り、一発患者を叩いてみた。実に雑な扱いであるが、わかり易い。


 叩かれた箇所はうっすらと赤くなる。

 小さな子供なら怖がり逃げる。正気であれば罵り返すだろう男の表情は、叩かれても変化は無かった。


 「変わらねーなぁ」

 「ほんとによー」

 「信じられん」





 彼らは呼ばれて、症状を確認した時からずっと悩んでいる。


 起きる、動く、返事はする。だが、意志が薄い。認められない。腑抜けたツラを晒し続ける。排泄は促せばするが、何となく行っている感じで出してる感覚ないんじゃないか?と疑っている。何時かは垂れ流しかと頭を悩ます。


 一番拙いのが食事だ。匂いにも反応しない。固形物を口に入れようとしない。だから排泄量も少なくて良いのだが… これが続けば、やがて来るのは緩慢な死だ。



 この事態に対して大急ぎで作成したのが、滋養強壮体力回復黒薬湯Xハイパーである。誰か一名様の為だけに作成された薬湯ではないのだ。

 

 苛立つ顔を突き合わせ、医者と医務官は話し合う。


 「起きてる奴は?」

 「変わらん。比較的まともな奴は何があったか話そうとせん。口を押えるから筆談と思ったが、字が震えてまともに書けん。途中で弾ける様にやめちまう」

 「喉元を押えて震える奴の口を開けさせて、中を見たが何も無い。喉の周辺を念入りに触診したが、これまた何も無い。力で見てもわからん!!」



 「「「  ………どーしろってんだぁああ!!?   」」」


 

 見合わす顔と声はドスが利いているが、叫んですっきりしたらしい。



 「しかしまぁ、こんな症例初めてだからな?」

 「おう、折角だ。色々試すべきだろう」

 「街の、例のあそこの奴らはどうだった?」


 「今朝、見て来たがよ。あっちは魔力の枯渇と判断して良いだろう」

 「そうか」

 「それでも、起きてない奴は起きてない」


 「ちっ。本当に原因さえ掴めりゃあな」

 「警備兵が光がどーたら言ってだろーが、ありゃどーなった?」

 「確かな事は見てない以上わからんと言ったが、そこら辺をもちっとだなぁ」



 「だいたい、こいつがだぞ?」


 患者の男を知っているのか他にもブツブツ言いながら、医者達は手法と手順を確かめ実験(治験)を行い始めた。





 そして共に来ている医者の卵達は、同じ地下一階の別室に居た。


 魔力光が照らし出す顔は、どことなく疲れた風情だ。


 彼らは手枷、足枷に、魔力制御環を付けられた重篤と判断されたボケた風情の囚人達の世話をしていた。その手に持つのは黒薬湯Xハイパーだ。



 「なぁ、そっち上手く飲んでるか?」

 「コレ飲んで、意識戻ってねーのがスゴ過ぎで怖い」

 「でもやっぱり、不味いんじゃない? この人もあんまり飲まないの。零しちゃうし、飲むのやめちゃうし」

 「そうなのよね。何があってこうなったのかしら?  …怖いわ」


 一人の女の子が俯き掛けるのに、力を込めた声を出す。


 「しかし、やらないとな」

 「原因が別にあるって言ってたでしょ。移る症状なんか出てないし、がんばろ?」

 「…そうね」


 「あーも〜  このおっさん、また零すー!」


 一人が苛ついた声で嫌そうに言う。

 この状態を一人で続けば、やがては放置か虐待か。そんな方向に転がるのだろう。


 しかし彼には仲間が居た。



 「落ち着きなさいよ。苛々しないの」

 「そうよ。この人達だって成りたくて成ったんじゃないだろうし… ね」



 「…う〜、わかってるよ。そんな事はぁ。でもよ、こうも変化が無いってのがぁ〜〜  あ、そっか。 これで飲ますから零すんじゃねーか!」


 「え?」

 「どうしたの?」


 「零すから嫌になるんだ。なら、哺乳瓶に入れて飲ませりゃいーんじゃねーか!」


 部屋の中、閃めきに叫ぶが患者は無反応だ。


 

 「「 え? 」」

 

 「待て、このむさい髭面のおっさんらに哺乳瓶咥えさせて吸わせるのか!?」



 この部屋に居る患者は、二十代後半から五十代と思われる野郎ばかり。医者の卵である彼女達の見交わす目がまん丸になるが、次第次第に口元が引き上がる。



 「…ぷっ、やぁだ。むーりぃ〜。あたし、見たら笑っちゃう! 想像だけでも笑っちゃう!!」

 「あは、あははっ! 吸い口の部分がアレだから、上手く吸えないんじゃなあい?」


 「くふっ。でもその手があったね。気付かなかった。んふふ。 ん〜、哺乳瓶じゃなくてぇ、普通の吸い口でいーよ〜 あ、やだ。笑いでお腹いたーい」


 「よし、その手でいくか! 病人用の吸い口幾つあったっけかな〜」

 「見た目どうでも、零さず飲めりゃ良いんだよ! 必要なのは体力なんだからな!!」


 本気と笑いが混じり合う。

 気分が解れた卵達の、楽しげな笑い声が小さくも重なり広がっていく。


 「あ、そーだ。それと一緒にヨダレ掛けもしちまおうぜー」

 「いいねー、そ〜するか」


 「もうやーだー! 笑うー!」

 「タオルの巻き付けでいーわよ〜  あははっ 」


 「ま、取ってくるよ」

 


 笑い合える事に最年長の彼(グループリーダー)は、すこーしだけ安心した。

 …おそらく、彼は吸い口以外に哺乳瓶も持って来て試すだろう。両手に持たせて、これを飲めと言うだろう。他の者の世話をしながらその様子を確認し、飲むのを止めれば、傍に行って持ち上げて飲ませ直すと思われる。





 医者に断りを入れ、警備兵に話を付け、彼は外へ出る。

 外には新たな囚人を運んで来た荷馬車が到着した所だった。従来の荷台に板で箱型が組まれた、急遽改造したと一目でわかる荷馬車である。外から内は見えないが、急拵えであるだけ、多少はできた隙間から内へ光と風が入り込むのだろう。


 中の人間がどの様な状態で入れられているのか不明なので、隙間から外を覗いているかは不明だ。





 『うっわ、タイミングわるっ!』


 待ち受けていた警備兵や竜騎兵が居並ぶ中、静かに目立たぬ様に気を付けて、平身低頭の面持ちと姿勢で脇をへこへこと駆け抜けていった。


 皆にしっかりと、目視確認されていたのは間違いない。











 


 囚人共の押送を終える。

 何かあっても対処してみせるが、やはり何処かで気張っていたか。同僚の姿を認めれば、気が緩むのがわかった。


 警備兵達に牢内への移送は任せ、エイラム隊長に報告をする。

 口頭での報告と、聞き出した内容を書き留めたものを資料として提出した。


 「ご苦労だった」

 

 その一言で休めるかと思ったが、直ぐにも尋問が開始されるらしい。それに立ち会えと言われた。牢の詰め所で休めるから、まだましだが〜〜 以降は、囚人監視の方に回るかな? それなら、牢内の確認もしないと駄目か。



 

 「よ、お疲れさん」

 「お、ありがとな」


 

 同じく監視勤務だと言うから、今は二人体制か?  あー、楽。茶の一杯をゆっくりと喫せる事が落ち着く。


 地下の概略を説明してくれるが、それよりも先に居る囚人共の話に眉を顰めた。



 「そいつらの様子も確認してくるわ」

 「おう。見てくる方が早い」

 


 地下一階に降り、声を掛ければ馴染みの医務官が出て来た。こっちに居たのか。 …語る奮闘ぶりが怖いな。

 別室の見習い達にも声を掛けておく。



 地下二階に降り、牢の通路を巡って内部確認。押送して来た奴らが居るのも確認。そして、先に居る囚人のだらけた姿に何とも言えん。


 この中に幹部がいるのかと思えば、信じられん。



 「おい、そこか。連絡が来た。下ろす」

 「わかった」



 「こいつからだ」


 警備兵を一人連れた同僚と共に、入れたばかりの奴を引き立て地下三階へ移す。


 地下三階は尋問の場だ。聞き出し方も様々だ。ああ、もちろんだ。

 三階の声は二階へ…  聞こえるな。聞かせる為の構造な気がするし。下から響く呻き声、二階に居る奴らにはどう聞こえるんだろうなぁ?  



 「そこに座れ」


 「うっ!   の… っ 」




 ガチャン、ガチ…   ガチン!


 身震いに暴れ出しそうな体を抑え付けて座らせ、嵌めた足枷を下と繋ぎ、後ろ手の手枷も鉄環と繋いで一旦、終了。この状態でもギラツく目に活きが良いとは思うがな、どれだけ保つものか。






 階段を降りて来る音がした。

 離れたそちらへと視線を投げれば魔光の灯りが照らす中、黄金が目を射る。


 一人二人と降りて来た中に、ハージェスト様がいらっしゃった。


 …お会いするのは久しぶりだ。



 『髪を元に戻されていたのか』


 灯りの光を倍増させたと錯覚させる、煌めく黄金に惹かれる。暗い中でも霞まぬあの輝きこそが、自分達の道行きを示す光輝だと思う。



 久しぶりに会うのだから、感慨でも入ってるか? ……俺の幸運は、あの人だからか。




 「…あの色。魔力の有無よりも目を惹く。色だけで力を思える。あの黄金を先に見ると、あそこへと思う。迷わず、躊躇わず行ける」

 「 ふ。 俺もだ。ご兄弟揃って、あの黄金。それでも俺の黄金は、あの人だけどな」

 「……ま、それについては思う奴は思ってる。しかし、賛否両論」


 「属する隊に不満かよ。贅沢な奴」


 歩みながらの小声の会話を打ち切り、速やかに出迎える。




 降りて来た姿を前に同僚と共に礼を取る。

 この場で報告を行うべきかと、ほんの少し迷うが先に口を開かれた。



 「帰って来ていたか。レオン」

 「は、レオン・アスター。只今、囚人の押送に伴い帰還しました。直接、ご報告に上がっておらず申し訳ありません」


 「押送での帰還、苦労だったな。疲れは残っているか?」

 「いえ、目処が付きました後は立ちはだかる者は少なく。移動中に残党の襲撃が出る事もありませんでした。疲労と呼ぶ程にはございません」


 「残党と見做す者は居ないか?」

 「自分が確認した範囲では、狩り出しは終了したと判断します。 残るは胸中だけかと」


 「そうか、まだ全ての報告を読み終えてはいないしな… それは良い。 ところでな、レオン。じっっっっっくりと後で話をしようか」


 「は? は…  はいっ!?」



 

 俺に向かって放った声音と、笑ったハージェスト様の笑顔が笑顔じゃない。 …あれは違う。断じて違う! 獲物を嬲る独特のあの顔に硬直する!


 「おい、レオン… 何したよ?」

 「き、帰還したばかりなのに何ができるとっ!?」


 「あー、それもそうか。しかし、やばくね?」



 こそこそ同僚と言葉を交わしたが……


 囚人を見る笑みがいつも以上に凶悪なのはどーでもいいが、アレが自分に向けられるのは恐怖だ。やばい!


 な、なななななんでだっ!?  何かしたか!? 



 内容がさっぱり掴めない事態に、変に心臓がドキドキする。

 反抗的な態度に言動を繰り返す囚人に対して淡々と聞き出す姿に、いつも通りと胸を撫で下ろすが…… ご自身で行う時点で気合いの入れようが違う。



 「お前が作成したと聞く。何処で、どの様にして技術を覚えた?」



 普段なら控える手出しを平気でやりそうな雰囲気な、の、が…… 


 「ひぎっ!」



 あ、やった。 


 うあああああ、一体全体何の話をされるんだ!? 心臓が痛い。待ち時間で心臓が痛いっ…!

 ははは、早く尋問が終われば良いよーな、微妙なよーな…  いや、違う! 俺が手早く仕上げて、心情を上げれば良いんだ!!




 「ハージェスト様、よろしければ自分が替わります。押送中に多少、そやつの性格を把握しております」





 あー、有り難い。

 さぁて、何でも喋りたくなる様にしてやろう。俺の為にな。



 「ま、待ってくれ! と、取引! そうだ、取引を!! そちらにとっても悪くないはずだ! 聞いてくれ!!」




 叫びに、俺は思う。


 もう詰み上がったこの状態で、そんな言葉が通じるか。安心しろ。約していたとしても、聞き出し方の一つで無効にしてやる。脇を聞ければ、本体は聞けずとも推測できる。


 取引なんぞしなくても、必要事項は全て吐かせてやるさ。





   

では、今回はラストの雰囲気のままでいってみましょう。 はい、書かなかったクエスチョンで参りましょう。




某容疑者は、どこに座らされて繋がれたのでしょう?



一、普通の椅子。

二、床。

三、見るからに拷問系の拘束専用椅子。

四、あからさまな拷問系には見えないだけの、腰からケツの部分がエアーな辛い椅子。←固定ポイント有り。


五、あからさまな拷問系には見えないだけの、座る面積が非常に狭くて小さい高さのある長時間座ると辛い椅子。←某位置に角度ポイント有り。高さ調節可。


六、部屋自体に常設されているヤバい系設備品の上。












ご趣味でどうぞ。





最後に辞典を。

昔、押送。今、護送っと。


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