85 理由
寝室に帰ってきた服装に驚いた。
「え、その服は?」
「俺の服。リュックに入れてた」
少し皺になっていたが、良い物だと思った。
生地も仕立ても良いと見た。シンプルではあったけど、そのシンプルさが似合ってる。よくある物と変わらないのに、どこかで違う印象を受ける。
…そうか、センスが良いとするのか。
「とても似合ってるよ」
「ありがとう」
「体力的にはしんどくない?」
「シャワー浴びただけだし、へーき。すっきりした」
「それなら良かった」
「冷めたけど、朝の食事にしよう」
「あ、待たせた? ごめん」
「…コレ何? 何の料理?」
食べ始める前から質問が飛ぶ。それに返事をしながら食事をする。無言で食べるが表情で、美味いか不味いかよくわかる。慣れて来たら、こーいう顔もしなくなるんだろか?
「そうだ、食べてる時に悪いけど」
「何?」
室内履きを脱ぎ捨てた謝罪と、弁償をどうしようと聞かれた。
「それは要らないよ、こちらで持つから」
「でも、捨てたのは」
「出て行こうと思う気持ちがあったにせよ、初めからあんな形を望んでた? 違うよね? こっちにも落ち度はあるんだからさ」
「…ありがとう。それとお願いが」
「お願い、何?」
……靴が欲しいと言われた。うあー、そうだよ。手配忘れてるよ。一緒に街へ行こうなんて言っても、行けない状態じゃねーか。
「俺の履いてた靴、何時の間にか行方不明で」
「ええーと… とりあえず、医者の所にあるか確認する。それと職人を呼んで、新しく作ろう。合いそうな靴があったら持って来させるから、後で足のサイズを確認しよう」
「新しく… そうだ、ね。新しい靴。 それでお願いしたいな」
その後は、「どんな靴が良い?」とか話して楽しく食事を終える。 が、食器を脇へ退かして終わらない。
「はい、これも飲んでね」
「なに、お茶?」
蓋付きの、まだ少し温かいカップを前に差し出す。
蓋を取ったアズサの顔が臭いで固まったが、全部飲んで貰おうか。
「こ、これ…」
「うん、薬湯。医者が煎じたんだよ。滋養強壮体力回復、飲んでね。飲み終わったら、お菓子あるから」
菓子を示すが、視線はカップから外れない。
「く、黒茶… いや、渋苦茶… ん? なんかドロッとしてるーー!?」
「がんばれー」
棒読みで応援しといた。
「なんか、なんかアレとも違うな… 飲みたく…ないが、薬湯… か。 うう、 ズッ、ズズッ… ブッ! ゲッ、ゲホッゴホッ… うっげ! ままままっ 不味い! ゲキ不味っ!! こんなん飲めるか! 噎せて吐く!!」
「がんばれー」
応援した。
「あの黒茶よりキョーレツだっての! 飲めるかーーーー!!」
「子供じゃないなら、がんばれー」
俺は応援以外しない。
「……………… て、め 」
「朝一番の空きっ腹に飲むのはキツいかと思ったけど、そっちの方が良かったぁ?」
「う、うああああ。くうっ! じよーきょーそーたいりょくかいふくーー!! ゴキュ。 ゲッホ、ゲボ… ゴキュッ、ゴ。 ケッ ゲフ。
くあーーっ、まずーーーーーーーーう!! もういらねーーーーっ!」
パチパチパチパチ。
涙目で一気飲み… しかけてできずに、二度分けしても飲み干したのに拍手を捧げよう。いやー、そんな目で見られてもねー。俺も味見はした、ねっとり感が不味さを倍増させるだけの間違いない薬湯だって。
テーブルに突っ伏したアズサを見て思う。
食事と薬湯で体力は上がり始めたはずだが、気力は落ちただろうか? 尽きてないよな? 元気になる為だ、仕方ないよなー。さて、次は魔力水だ。
「はい、口直し。どうぞ」
「んぁーーーー」
半開きの口に菓子を放り込めば、もっぎゅもっぎゅ口が動く。
…食べても美味しいのか不明な顔してる。味覚が麻痺ってるか〜、はは。 それじゃまぁ、水だけ残して他の皿はワゴンに移すか。
「魔力水? この瓶のが?」
「そう、両方とも魔力水が入ってる」
「これが…」
しげしげじっとり瓶を見るのに、気持ちはわかる。
「普通はその大きさの物に入ってる。樽でも売ってるけど、個人への樽売りは普通はしないよ。個人が携帯するなら、その大きさが手頃だろ?」
「あー、そうだね」
「それで、そこからわかる違いは?」
「違い? これの違いは〜」
じっくりラベルを見、瓶を振る。
「字は読めないから、わかりません」
ぐはあっ! 意地悪問題した!?
「でもさ、これ。このマーク。二本とも同じ店で作られた?」
「ごめん、そういや字が読めないって言ってたね… ああ、そうだよ。何、考えてんだ俺は。回ってないな…
えーとそう、その印。それは作った店の印じゃなくて、魔力水である印ね。その印を忘れずにいて、飲んだら駄目だよ。その印がないのに魔力水だって売ってるなら、似非だから。危険だから。効き目も大概薄くてないから。基本、騙すなんて無理なんだけどねー。たまーに居るんだよねー、馬鹿と混ぜ物する厄介な馬鹿が」
「え?」
「領内で見つけたら、引っ括って牢屋行き。場合に依っては全財産没収して身代を潰す。悪質ならもっとする」
「わぁ」
「とりあえず、その印を忘れずにね」
「わかった。でもこれ高いんだよな?」
「安くはないね、特にこっち。俺が普段使ってるのは兵への支給品のこれ。言わば汎用品。金の問題じゃなくて、俺の場合は汎用品で十分なんだよ。そこそこの汎用品こそ、ある意味最強に安定した売れ筋なんだけどね。それで、こっちは姉さんの持ち物。魔力水としては本当に上物なんだ。これをあの茶に使ったんだよ」
「うわ… 愛情が痛かった」
「うん… 不幸だった」
一本幾らの値段を添えれば、見合わす顔は互いに痛くて残念だった。 …金銭の把握をしている所に色々思う。
「…………うわあああ、俺安上がりで良いかもー。でもシューレに来る間も、そんなん見なかったな。うーん、あっても値段で買う気なかっただろーな〜。いや、もしかして非常用って買ったかな? でも水筒あるし… あ、要らんわ。重いし。 良かった〜、気付かないでいて正解」
「値段… 普通はそうだね。魔力水より薬の方が良いよ」
「覚えた。魔力水については、これから気を付ける」
懸案事項を済ませて、さぁ本題。
姿勢を正して始めよう。間違えるなよ、俺? ……誠実に、………しょ 正直に、だ。
「では… 改めまして。 ハージェスト・ラングリアです。 ランスグロリア伯爵カイゼルと、その妻シャイルローネの間に生まれた第四子になります。年は今年で十九となりました。
家族は父、母、祖父。それと兄、姉二人に弟の五人兄弟です。先日姉が言いました通り、双子の姉の一人は嫁に行きました。伯爵家の内情で少々込み入った事がありまして、それに思う所を優先して特に恋人と呼べる存在は作っておりませんでした。どうぞよろしくお願いします」
「え、あ、 はい」
背筋を伸ばして砕けた雰囲気がなくなったから、本番だなとわかったんだが… 自己紹介からですか? 最後のよろしくお願いしますって… え、よろしくって、え。社交辞令?
なんか説明ヘンな気が。…いや、貰える情報としては、おかしくないのか?
「生い立ちと仰々しく言うほどでもありませんが… 六歳の時に王都の学舎に入学しまして、十七で卒業しました。学んだのは魔力に関する事が主ですが、学者になる予定で学んでいたのではありませんし、その気もありませんでした。途中でなる気も起きませんでした。
学舎では、学べる事と学びたいと思う事を一通り修めました。
通った学舎は歴史のある学舎でしたが、四代ほど前になりますか。後援の大貴族と学長が、最初は些細と言えそうな口論から盛大な討論を繰り広げたそうです。
白熱に冷却もしたそうですが、お互いどうあっても意見を曲げず。不仲となり支援が打ち切られ、その後代わりになる貴族も現れず、徐々に経営難に陥り潰れそうになったので身分を問わぬ方針に転換した学舎でした。
学舎自体に歴史があったので、それも吉と出て息を吹き返したのですが… 経営としては確実に響いていた様子で。
潰れ掛けた所為でしょう。
後ろ盾が複数欲しいと望み。その後、貴族の盾が今一度欲しいと望んでいたようです。望めば得られる安い物でもないのですが。
当時は不仲となった家が大貴族であった手前、ほとんどの家が遠慮に敬遠していた形であったと聞きます。それでも時間の経過と共に重要性に必要性は薄れましたが、王都の学舎はそこだけではありません。気骨と言えば聞こえは良いですが、一度難癖が付いた学舎ですからねぇ。
支援する側にしても、どんな所か調査もしない無条件などありません。過去を調査して、『同じ事になるなら面倒』 そう考えると嫌ですよね?
ですが我が家からしてみると、本当に色々打って付けだったらしく。それで自分が入学するのを機に、ラングリア家が手の一つとして学舎の後援に入ったのです。
そのお蔭で、貴族に名を連ねる者である事を表に出さずに居られました。知っている者は知っていますが、人は選んだので騒ぎになる事もなかったです。
会った弟のリオネルは、現在王都の学舎に籍を置いて勉学等に励んでいます。我が家では基本、子供の内は免除されますが、家に関する事は勉学よりも優先事項なので帰宅させていました。
その節は、誠に弟が失礼を致しました。
…今思い出しても、真面目な面とルーズな面が混在していて。不思議と活気のある学舎でした」
そこまで話したハージェストの顔は、ちょっと懐かしい様な苦笑めいた顔だった。 しかし、コレ何でしょう? なんか… 完全に口調が違うんですけど…
TPOの一つでしょうか? まさか、こっちが地? 違うよな?
「ラングリア家は、このシューレから南下して行った先にあります。正確には南東で、そこはランスグロリア領になります。言った通り伯爵家です。名ばかりの家ではないと自負しておりますが、家の贔屓目と言われると答えが難しいです。
学舎に入り立ての頃は他の事等考える余裕もありませんでしたが、年が上がるに連れ、学友の中途退学や授業での一環、その他で色々と考える様にもなりました。
家が将来自分にわけてくれる金はあるはずですし、家が金に困窮しているとも思いませんでしたが、自分の今後を考えると金は幾らあっても困らないと考えました。予定外の出費は必要に応じて家に付けておく許可を得ていましたが、それでも一応の金額制限と言いますか、金額の目安はありました。
なので咄嗟の時に自分で動かせる金が手元にある方が良いと、当時そう考えまして。
ルーズな面を活用して時間を作り、気晴らしと実践と実益を兼て今後の為に多少なりともと、自分で稼ぐ事を決めました。…稼ぐと言っても子供ですから、本当に子供の小遣い稼ぎでしたけど。
貴族の名目が付いてなかったので、稼ぐ事は割合問題なく。
しかし、稼ぎ方には気を付けました。後々その行為により、家の名に泥を塗るかもしれないもしもの事態を避ける為に基準を設けました。自分の思考に抜かりが無いか、折りに触れて会いに来てくれる兄とも相談して許可を取り、きっちりと決めました。ですので、今でもそれらについては何一つ問題として上がってはおりません」
えー、あの〜 キメ顔で言われましてもー?
コップを手に取って、ゴクリと喉を鳴らして水を飲むハージェストを黙って見てました。言う事ないんで拝聴します。
「実践を行い繰り返し。繰り返していく内に、ますます思いは強くなっていきました。できる様になってわかる分だけ、思いは強くなりました」
テーブルの上で両手を組んで、フゥッと息を吐くのが変に様になるんだよなぁ。やっぱ、金髪だから? …身長か、体格か? くっ、考えるな。身長なんてそんなもん、考えたら負けだ!!
「学んでいたのは魔力に関する事で、それは自分の魔力を伸ばす事です。本来それだけなら、王都の学舎でなくても構いません。家の、ランスグロリア領でもできます。それなりに自領も賑わっていますので。
…本当に、小さな頃はそんなに思わなかった。子供の内は誰でも魔力にムラがあって、安定しない事は多々ある事で。自分もそんな感じでした。それでもできたはずの事ができなくなるとか、そういった要素は薄いはずなんですけどね。
兄や姉達と一緒に居て、している事を見て。それを真似して育ちました。兄が力を振るう姿に、何時か俺もあんな風になるんだと、いや、なりたいと思って… 一人でこっそり練習なんかもしてました。
できたと。
そう思った記憶も… あるのだけど、子供の記憶だから違う何かと交ざっているのかもしれません。それは… 本当のそうなのかと強く言われると、否定できなくて」
俯きがちな目が徐々に暗くなってくんですけど。 …どうしましょう?
「貴族家も… 良家から駄家までありますが、本当に色々ですが。下級貴族のそのまた末端となると平民と全く変わらないのですが。貴族家に生まれる者は大抵、魔力が強く大きく行使できる者です。
現在ラングリアの家に置いて、最強を誇るのは兄です。次点を上げるなら父で、その次が弟です。弟の力は… 兄に比肩するかはわかりませんが、年齢的にも恐らくまだ伸びるでしょう。
父も弟も大変強く大きく、親戚一同見回しても… 一番力が小さくて量が足りないのが俺です。使える者であるのが唯一の救いになってます」
わぁ、ガチで暗い。
「声を大にして言う事でもないのですが、貴族が考える力の基準と平民が計る力の基準は違う事があるんです。大きな力を振り回すのを見ると怖い時があるでしょう? 頼もしいと取られるだけなら良いですけど。大体、乱発するより一撃で仕留める方が楽です。
そんなこんなで本当に力が強いと簡単には見せない人も居まして、兄はその典型です。普段見せている力ですら適当に抑制しているんです。
必要な時や、一対一の場合ではそれこそ秒殺でした。相手に何もさせずに踏み躙ってました。それでも納得しない、言い掛かりにごねる者も居りまして。
その頭にもよくわかる様にと、させた上で踏み躙り直すその姿は見ているだけで… 見ているだけで本当に気持ちよく、スカッとしました!! あんな風になりたいと…!
我が兄ながら誇らしく、強く憧れました。ですが自分にはその才能は薄かったようで…
幼少時にできたと、規模は論外でも内容として同じ事を同じ様にできたと思った時があっただけに… 伸びない自分の力に落ち込みました。
同様に幼い弟が、力の壁を飛び越えいくのを目の当たりにして落ち込みました。自分ができなくて苦悩する事を簡単に済ましてしまう。ソレを見て、落差にとことん落ち込みました。
お前はきっと大器晩成型だと、決めつけるのは早過ぎだと、皆に慰められましたが信じられませんでした。その際に、平民の力の基準と照らし合わせると言う現実を知りました。
そこから知った事実に自分がハズレであると知りました。
同じ様に力不足に悩む者がいる事実にほんの少しの安堵と、貴族家の自分の立ち位置に救い様が無いと理解しただけ果てしなく落ち込みました。当時は嘆くと言う行為に思い至らなかったので、ひたすら沈黙と疑問の海に落ち込みました。六歳の時の事でした」
あのぉおおおお! 淡々として見えて、めっちゃ暗いんですけどぉおおおおお!! だーれーかぁぁああ!
『わかってくれる?』
そんな目しなくても読めますから! まともですから、俺!
「学舎に行けば、自分を知る者は居ないと気は楽になりました。寄宿舎でも良かったんですが、それは止められました。後、当時の学舎の方に余裕がなかったらしく、寄宿舎自体も… あ、その辺りは省きますね。学舎では田舎の少し裕福な家の子の位置で立ってました。次男である事も言ってましたので、その辺りは気楽だなと。
自領と違って人目を憚る必要は全くないので、本当に伸び伸びとできまして。
『健康な肉体に、健全な精神』
読み漁った書物には、誰かがこれに下線を引いてました。そこから魔力も健やかに伸びていくと書かれてました。精神的安定が望ましいともありまして。
共同使用物への身勝手な書き込みは非常に迷惑な上に不愉快でもあるのですが、一瞬同士かとも思いました。それでつい流したのですが…
あ、話がずれました。とにかく内容に納得したので体術に武術をやりました。元々、体の動かすのは好きでしたから楽しかったです。勉学に煮詰まれば、体を鍛えて発散しました。
そうこうしている内に魔力が伸びている事に気が付きました。『あの時できなかった事が、今はできる』その事実に喜びましたが、ぬか喜びでした。
子供でしたから、成長期なんです。背が伸びる様に、魔力にも少しの伸び代はあったんですね。総合的に計れば、碌に変わってませんでした」
うわあーーーーー! だから、暗いんですーーーーーーーーーーー!!
「書物を読み、体を鍛え、授業に勤しむ日々の中、学友が教えてくれた眉唾な事もしてみました。もしやに賭けてしました。
真夏の夜のとある条件下に置いて、とある森の中のとある泉に一人で行き、そこで半時間祈りを捧げて水を汲んで持ち帰って翌朝飲むとの事でした。序でに、泉の中に咲く特有の白い花を持ち帰るがありました。
どう考えても子供の肝試しですが、当時は子供でしたから真剣にやりました。結果は何もありません。やり遂げたという結果だけです。
「やったな!」 「ほんとに、あそこに一人で行ったんだ!」 「お前、すげー!」 「やるぅ! 自信あるなぁ!」 「きゃああ、すごーーーーいっ」 「みせて、みせてぇ!」
翌日、白い花を持って学舎に行けば、学友達から色々言われました。ですが、そういう自信はほんとにどうでも良かったんで、残念感しか出ませんでした。しかも飲んだ水の所為でしょうか? 午前中、早い内から腹が少々緩くなった事を覚えています」
だれかぁーー、へるぷぅーーーーー!! どこツッコミしていいですか!? ここ、笑うとこじゃないですよね? 違いますよね!?
「それからですね、弟が来ました。学舎に一緒に通うとなった時、心臓にぐっさり突き刺さりました。弟の魔力が、とっくに自分を超えているのは予想できましたから。ものすごく嫌でしたね、心にギリギリきてました。
久々に会った弟も、魔力の違いに気が付きまして。ぽかんとした後、馬鹿にしました。思いっきり嗤いやがりました。ほんとに兄かと嗤われても、何も言い返せなかったです。
ですが馬鹿にされたのは許し難かったので、黙って絞め上げました。反撃に出ようとする行動の先読みをして、全部潰してやりました。努力の総てを嗤われたと思うとどうしても許せず、半泣きで泣いても許しませんでした。
その際、違う学舎に通う事を絶対条件に許しました。
その後は、体術と武術にもっと力を入れました。
魔力の大きさが違い過ぎるのを実感して、諦める事はしたくないけれど、どうやっても追い付けそうにないとわかってしまったから。でも、矜持よりも何よりも、馬鹿にされる事だけが認め難くて。
本気で努力しました。
その内、魔力の足りなさを面と向かって馬鹿にする奴らもいなくなりました」
一つでも結実して良かったね! …他に言い様が思いつきません。
「その後も、何をどれだけやっても魔力は伸びず。自分自身ではどうやってもこれが限界なんだろうと、見切るしかなく。それで… それで最後に召喚に手を出しました」
あ? …今なんか変な被りなかった? ナンか心の中で思わんかった、お前? あれ??
「実例を読み進めれば希望が見えたので、行うと決めて努力に努力を重ねて、やっと召喚の証である輪が作成できた時には舞い上がりました。こっちの才能が少しでもあったと喜びました。
これが最後の手段だと思っていたので本当に嬉しくて。けど、報告を忘れて兄に叱られました。
召喚では適合するモノが来るはずですが、どんなモノが来るかは不明です。同じ内容を願った者が複数居ても、やって来るのが同じ種とは限りません。その者に対して適合するモノが来るんです。
それこそが、召喚の真髄です。
他人の考えや行いはどうであれ、俺は喚んだら一生面倒を見るつもりでいました。ですが、モノに依ってはできない大変な事だったのかもしれません。
「何が来るかも不明であるのに、何故連絡をしない! もしも一定の出費だけで、お前が潰れたらどうする気だ!?」
こう至らぬ頭を叱られました。許可を貰えて… 本当に有り難い優しい兄です。
その後は、召喚に絞って頑張りましたがなかなか成功せず… 内容が駄目なのではなく、お前が弱過ぎて駄目なんだとか山ほど言われました。助言以外は無視しましたが、心の内では苛立ちと落ち込みが交互にきまして。
ですが成功を夢見て、全てを稼ぐ事にぶつけました。その金で養うのだからと、稼ぐ事に夢中になりました。自己満足かもしれませんが、俺が稼いだ金でしてあげる事が大事だとも思いましたから。
ですが、ある意味どこかで… 成功しない事実から逃げていたのかもしれません。
あ、でも副次的なモノもありました。
年齢が上がったので稼ぐ幅も広がりまして。夢中で稼いだ結果、少しばかりの人脈を作りましたので、それに関しては可もなく不可もなく。
どんなモノでも良かった訳ではありません。間違いや手違いでも良いから『とりあえず』なんて俺は思いませんし、そんなのは要りません。俺の望みを叶えてくれる大事なモノに対して、心を寄せて願ったんです。ほんとです。 …一期一会でも、どうしても駄目なら互いに破棄が可能なのですから。
『自分ではどうにもできない事態を、どうにかしたくて召喚した』
長々と話しましたが話の要点を絞り切れば、これだけになります。これだけで済みます。これだけしかないんです。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、要らない人は鬱陶しいだけだとも言いますが、どうしてそこに至ったのかを説明しないと伝わらないんじゃないかと思って…
伝える努力すらせずに終わるなんて、見苦しいと思うよりも後で、『どうしてちゃんと言わなかったんだ』と思って悔やむ方が泣けそうなんです。
教師の一人は結果を出せと。結果が全てだと。
努力はあって当然、結果しか要らないと切られた上で、できないヤツとか言われたら「どちくしょう!」と殴りたくて仕方がないんです。
俺はあらゆる努力を惜しまなかったつもりです。自分でできる努力は、ずっとしてきたつもりです。最初から他力本願での依存などしてません!
召喚は何時でも好きな時に行うのではなく、年に数回決められた時期にのみ行う事とされています。証が作成できてから、最後にすると決めた十六歳の三年半の間も決して自分努力は怠りませんでした!!
ほんとです!」
………はい、とても涙ぐましい努力であると思います。よーがんばってんな、いや、がんばったなと思います。
こいつ、こうと決めたら一直線タイプ? …いや、違うか? 貴族だからか? 〜〜〜 やあっぱ世間の目ってヤツが強いんでしょうか? 貴族でも伯爵クラスで碌に使えないって… 下手すると存在そのものが家の恥とかあったりする… んでしょうかねー? うーあ〜。
召喚を行った理由… が、これ ですね? 俺の昨日の質問に真っ向からのご返答でしたかね? は、ははっはぁは〜… ぁ。
やったらできちゃったんだ、俺すごいだろー!ってゆー無責任放置系よりはぁ よっぽど良い、はずなんですけどね?
なんかなー、俺が考えてたのと違ってんなー… だって友達が一番上にきてたしさー… まー、勇者方面じゃなくて良かったんだよな? 押し付けから来る脅迫観念は断固拒否する。
「その召喚もあまりのできなさに、最後と見切りをつけました。終わる行為をせずには終われなかったので、最後と決めて行い。その最後の最後に兆しが見えた時には期待と不安で心が揺れました。
姿を見た時には… とても驚いて。
でも提示した条件の真偽を繰り返し聞くのに… 上手く言えませんが、希望を繋いで願いました」
あの〜、そんなチラ見しないで欲しいんですがね。
「契約が叶った時には安堵しました。その契約の内容についてですが…
応じた相手を間違える気はありません。間違いないと確信しています。なので話す事に不都合は無いのですが… 終わった内容を本当に話して良いのだろうかとも思います。
蒸し返すと言うには語弊がありますが… 当時と違う状態で聞くと、それは不適当であると思われるかもしれません。
今にして思えば、それはおかしくないか?と言う奴です。
騙されたのではないのか? 当初の提示条件を違えて言ってないか? これからを良く見せる為に、誤摩化してないかと疑われた場合、その猜疑心に対する証明の手立てが難しいのです。偽り無しと約す事は簡単です。それで良いなら、直ぐにでもできます。
ですが… それでもどこかで疑いは残らないでしょうか? 何かの拍子に思わないでしょうか? 契約時に間を取り持つ第三者など存在しません。覚えてない以上、疑われても晴らす為に返す言葉はありません」
絞り出す声に苦渋が籠もってた。でも、蒼い目はブレなかった。
それを見返す俺の脳裏には、あの人達が話してる姿が浮かんでた。特におねえさんの華やいだあの声。
『思い出せば良いだけ』
『確かにあの時』 『言語の下地』
その辺りのブツ切れの単語がぐるっぐるする。
ほんとーに契約してたんだな… まぁねー、だから喋れてんだけどさー。聞いてもどっかで流してた事実を実感するわ。
目を閉じて考える。考える。考えるんだが。
考えても〜〜〜 でねぇよ、答えは。
はいはい、もうペイ。終わってる条件内容なんざ終わってるわ。こいつが心配する通り、聞いてもわかんねーよ。もーいーよ。仮定は仮定だよ。仮定をうんうん唸っても、この場合は無駄時間でしかねーわ。肝心なのは、これからだっての。
…しかし、一応の確認は要るんか?
「その条件は、今なお継続されていますか?」
「ありません、その証明は可能です。これが契約の証です。俺が作れた、たった一つの物です。本来なら銀の輝きですが、終わっているので黒になっています。黒には何も残りません。それは共通事項ですので」
ハンカチをテーブルに広げたら、あのリングがあった。
…………お前、ずっと持ってたんかと思うと。 失くさない様、ずっと身につけてたんかと思うと。 何かこう、良いのか悪いのかわかりません。ちょっとイタい気もしました。素直に感激できる年と頭でなくてすいません。
えーあー、女の子なら違うかもしれませんね。純愛系なら喜ばれるんじゃないですか? まー、人それぞれですが。そこにあるのはペット愛で、自分がペットの純愛ですけどねー。えー、どーやら一生飼うって言ってますしぃ。気に入らないから、『チェンジ』で捨てない点は美徳ですよねぇ?
いやもう、こっちをじーーーーーっと見られても〜〜。 だから感慨は無いんですって。
「それで、あの。召喚が終了した経緯について… ですが…」
あ、はいはい。どんな終わりでしたか?
それから、妙に口が重いんですけどね? どんだけ溜めを取る気だ、お前? あ?早よ、言えや。
その後、ポツリポツリと話すのを聞いて、聞いて、聞いて。
俺は自分がハズレなのを知った。
いや、俺がハズレなのか、こいつがハズレなのか本気でわからない。
来て直ぐに帰ったって、なにそれ。
召喚後の種族確認の検査中にやられちゃったって、なにそれ。複数でも二対二だったって、なにさそれ。守れなくてごめんって… はぁまぁ…
今なら絶対瞬殺できるし、そんな状況下にはぶん殴っても何しても持って行かないし、そんな状況じゃないしって。……そこまで震えながら言わんでいーよ。握り締める拳もぶるぶる震えてるし。
受けて、その場に立ったんだろ? 俺も。
もしわかってなくても、心構えができてなくても、身を守るって名目であったにせよ。相手に対して武器持って立ったってゆーんなら、それは俺にも責任がある。
あるはずだ。突き詰めるとそうなるはずだ。
しかし今なら受けんぞ。真剣に違う方法で頼むよ? でないと本当に …逃げますよ、俺は。 …なんかあったら、マジでにゃんこ大逃走すっからな。
…………それにしても冒険する前に終わってる時点で、やっぱハズレじゃねぇ? 俺の記憶って、しょーもなさすぎて覚えてないんだろか?
死んだと思われる重傷負って、よく生きてられたな?
その事にあの人を思い出すけど、それより前が理解できない。俺がやったって言う犬があの黒犬で正解なのは良いが、その時、対峙して死に掛けてた獣の変身ってのも理解できない。
自分自身が理解できない。
俺にもすんげー能力あったんだー!って、浮かれる気分に全くならない。 …第二の人生ですがね、能力があると言われて気分が上がらない俺は異常ですかね? 異端ですかね?
とても大切だと思える記憶が抜けてる状態で、それは喜ばしい事でしょうかね?
思考の海に沈めば、猫に成れる俺と 沈んだ… 記憶が掠める。泣いた事は覚えてる。あの時程には落ち込まないけど、心臓が痛い。
今更。
鼻で笑う今更でも痛いと思うこの感情は、ナンですかね?
自分の思考に鬱陶しさを感じるが、考えないといけないと囁く俺もいる。 少しだけ考えたくないとも思う。
けど、どれだけ考えても記憶は無い。 推量が一番ヤバそうなのに。
顔を上げたら、真正面の蒼い目とぶつかる。
…あのさぁ、俺、自分の事だけを考えてたよ。どんな想いで待ってるかなんて、ちょっと考えたらわかりそうなモンだけどさ。
……なんての? 自分を第一に考えて動くトコなんかさ、似てる? 俺らって似てる? あ〜、顔とか体格は除外するけど。
適合。
それって、似てるって事ですか?
いや、違うか。こいつなら、俺と同じ状況になっても『世界からハズレてしまった』なんて考えもしないだろーしぃ?
はぁーーーーあ。
今度は俺が、ちょっと待ってぇ〜って時間貰っても良いよなぁ? いや、どーしよっかなー。このまま話進めよっかなー。うざいしさー。あ〜、どうしよ?
見交わす目に口を開く。
「その水、俺にもちょーだい」
本作品のタイトル真髄、その1パターン。あるふぁパターンもどうぞお忘れなく。
以前書きました学長は事件当時大変カワイソーで、カワイソーな方です。
では、あまり出さない方がいいんじゃないか?とも思ったりもしますが〜〜 その1の契約内容説明に関するファクト・クエスチョン。複数選択は不適と判断。
1、隠蔽可能な事実に迷い迷って、自己チューの自分が嫌になって選択権をその2に投げた。
2、最後の言葉は、「正面切って嘘吐いていいですか?」である。ガチで尋ねた。
3、話したくない、でも嘘も吐きたくない。なので聞いても無駄な語感を匂わせつつ、「できる」を駄目押しとして、最初から聞く気持ちを削ぐ方向へ話を持っていった。
4、全部馬鹿正直に話したら、こうなっただけ。意図も他意も無い。
ご希望でどうぞ。