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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
84/239

84 思い出す、その行為



 「ふ、あ〜〜〜っ あ」


 朝一で欠伸が出た。

 布団の中で伸びをしたら、体が軽かった。すんごく軽かった。自分の体じゃないみたいに軽かった。


 「えー?」


 起きて腕を上げる、下ろす。もう片方もしてみる。 …辛くない。 両腕を前に突き出し、脇を絞めて戻す。 …軽い。


 自分の体がすっごく楽な事に驚く。楽だと感じる事にも驚く。



 「うっわぁ…  無理してた?」


 そうだ、以前もこんな感じで『軽いなぁ』って、思った事があった。

 野宿が心配な上に疲れて泊まった民宿の朝や、馬車での移動の後なんか。休んだ後だから楽だと思ってたけど、こんな感じで楽だった。いや、この軽さとは比較になんねー!



 「…そっか、このお守り盗られてからだったんだ」


 あの後から、だる重い〜と思ってた。しかし色々ある内に、そんなんわからんなった。 …あ〜、麻痺してたのか。



 胸元の飾り玉を手に取れば、もう少し下に下げたいと思うが… もっと思う。

 

 おじいさん、もうちょっと詳しい効能の説明をして欲しかったです。身体負担の軽減は聞いたけど、普段からこの玉のお蔭って、はっきりわかる程のモンはありませんでした。もしかしてそうなのかな〜?な、程度だったんです。力の発揮にキラキラ輝くなんてなかったしー。


 どっちかって言うと、心の拠り所の意味合いだと本気で思ってました。疲れた時や気分が落ちた時に見て握ったら、心が落ち着いたんですよ。大丈夫だってね。

 落ち着いたら体から強張りが取れて、そしたら体が楽になって。だから基本そういうサイクルで軽減させる品だと。それに+α付いてないかな?と。


 …大体ですね、「何れはなくても平気、でも最初の内は持っとけ」 この後に、「なぁに、行った先で出会えりゃ気持ちは落ち着くもんじゃ〜」って言ったでしょー。そう言う事を言ったでしょー。しかも、俺専用でー。 俺専用の大事な心のケアだとぉ!


 盗られた時は、なくても何時かは大丈夫なその時が少しだけ早まったんだと、涙に怒りを堪えて流してですねぇ…




 「でも、あの人らしいって言うのかなぁ?」


 飾り玉を手にじーーーーっと見れば、あの時々を思い出す。

 今にして思えば、やっぱりあれは気遣われていたんだろう。実験を兼ねたあの優しさも思い出したら、朝から変に笑えるね。


 今朝は起きた時点で良い感じ〜。




 そして、隣に人影はなかった。掛け布団がズレてるから触ってみたが、あったかくはなかった。…いたのか、いなかったのか不明だ。しかし困らないから問題はない。


 ベッドの脇に黒犬はいなかった。帰って来なかったんだな。

 俺の靴はやっぱり無いが、室内履き(new)はあった。放り投げた室内履き(old)の謝罪をしてないと思い出した。いかん、謝らないと。


 テーブルの上にも何もなかった。待て、昨晩の夕食の皿はどこいった?






 「一人で食べれますから」

 「そう言わないでくださいませ、私のお仕事です。どうぞ、お気に為さらずお召し上がりください」


 「いえ、あのほんとに一人で」

 「冷めますから、どうぞ」



 笑顔も素敵、エプロンドレスも素敵なメイドさんに張り付かれての食事はキツいです。そんな状態で食った事ありません。ファミレスやラーメン屋に、そんなウェイトレスさんもウェイターさんもいませんでした。ひたすら張り付かれて静かに様子を窺われる状態で食っても、全く食った気がしません。消化不良起こしそうです。


 一人で食うのは平気だけど、メイドさんに食ってる所を見られ続けるだけの食事…  ナンの拷問?


 

 「一度に全部食べれそうにないです。食べたり、休んだりしたいです。食器は明日の朝、廊下に出しますから」


 秘技!でもないけど、『後でも食うから』を展開してご退場頂いた。その時、廊下に出さなくて良いと言われたが、テーブルにそのままはどうかと思うんで盆を借りた。



 一緒にお席にとか、お喋りしながらとか、そんなん言い出せる雰囲気じゃなかった。


 それにさー、ピシッと決めてるメイドさんに、仕事中にオン・オフしてくれって頼むほーが非常識じゃね? バイト中にそれやったら常識的に叱られるわ。この阿呆って、駄目レッテル貼られるわ。

 あと初対面のメイドさんと喋るネタが… あんまりないな。いや、あるけどソレをメイドさんに聞いて良いか迷う。


 そーいうのって、ちょい時間置いて相手を見てからのほーがよくありませんかね〜? 

 




 夕食の食器一式は〜 誰かが片付けてくれたんだな。 …小人さんじゃないんだろうな。 やっぱ、あいつだよなぁ。以外にお人好し? ……………いや、違うな。あれはお人好しとは違う。俺は言葉を選び間違えている!


 あ〜〜〜、気遣いできるタイプ? 忠実忠実まめまめしい? んーー? そんな言葉だっけ?  なあんだっけ?



 考えてる内に、昨晩の夕食前の会話も思い出した。







 すんげー嬉しそうな顔だった。ベッド脇に立って、起きた俺に言った。



 「俺の召喚獣として再契約を願いたい」


 ストレートな言葉がストレートに頭に浸透してストレートにおねえさんに向かって、『ヒドくね?』って呟いた。

 確かおねえさん、あなた友達と一緒って言わんかった? それとも、この問題を自力解決する事が俺へのクエストか?


 無報酬自分クエスト2 『誤解を解こう』 なのか?


 …クエストって言葉もおかしいな。しかし、リアル思考に回して現実を直視すると詰んでる気がするんですよ? どーしろってんですか、えー? おねえさんってばさーーーーあ。



 ………でもまぁ、なんとなーく薄々気が付いてた事と、あの態度を足し合わすと〜  まぁね、わかるガキンチョでない頭が辛いなぁ〜。 リュック見つかったしさー、ふ〜ぅ。



 「再契約の条件は何になるだろう? 俺の提示からで良いのだろうか? それとも、提示する内容があるのだろうか? 再契約を希望する、条件の提示を願いたい」



 話の内容はまともだった。…ちょおっっと、まともの意味が違うけど。聞いてくるだけまともだろ?  ……んぁ? そういや、言うだけまともだとか言った奴がぁ、いーたーな〜。 んんん〜〜〜〜〜。


 けどまぁ、俺様の上から目線の命令系じゃないしな。今現在上から見られてるけど。視線と表情が嬉しさいっぱいなせーで、見下ろされてるけど、見下されてはいないからな。


 でもこんな体勢は嫌だから、椅子に移動せねば。



 こーいう時にナチュラルにそーいう態度なら…  きっと、悪い奴じゃないと思うんだけどな? つか、俺、以前ココ来てこいつと契約したんだ。 何歳の時の話なんだ?  ナニ考えてたんだろーな〜、俺…  謎だ。 


 見合わせる蒼い目に、思い出しそうで思い出さない。 はい、ございませんよ。記憶なんて。





 「再契約はありません」


 スパッと切っといた。その気もないのに含み持たせて引っ張ったら地獄だわ。引っ張って得られる情報はストレートに聞くべし。


 目を開いて固まった奴に連打攻撃選択。



 「俺は人で、あんたの召喚獣じゃないよ」



 急速解凍された感じで俺を見た。視線が冷静だ。でも、なんかな? 連打直撃してない? …織り込み済みっての?  ん〜?



 「…猫であったのは?」

 「魔力、使えるんだろ? どんなのできる?」


 「……一応細々と。得手ではなかった癒しは努力したが、結局そこそこで変わらない」

 「癒し… 痛かった。 あ、違う。 魔力使うのに、なんで猫になれないんだ?」

 

 

 ものすごく複雑な痛い顔をされた。


 「変身メタモルフォーゼ は… 理論上は  いや、あー、弊害が と言うか… 」



 そこから、当たり前過ぎて入手困難情報を入手できた。


 なんての? 影を纏う、気配を誤摩化す事は可能だけど、この世界で人が動物になる事は一切無い。但し、動物が人になる事は可能。現在把握している限り、それは召喚獣限定。召喚獣となる事で、それが可能になるんだそうだ。詰まる所は契約がって話らしいが〜〜 召喚獣となってもできないのはできないって言うから、はぁまぁ適性とかなんとか?


 元々そういった能力が高かったりすると、契約の場に来るだけで人形を取れるもんらしい。でも、最初っから完璧なのはあんまりないってゆーか、僅か数例の記録があるだけだってさ。その記録も、かなり昔の物らしい。近代では聞かないし、あっても意向に基づいて記録として残さない場合もあるはずだとか、思惑がごちゃごちゃとか…


 召喚陣は契約の補助を担う物であるからしてなんとかで、おかしな事ではないんだとも言ってたが。



 ハージェスト側に不思議に思う要素がなかった上に、前回本性を確認できてなかった。今回の猫姿は、より一層 「yes!」 でしかなかったってさ…



 あー、俺もう運ないんじゃねー?    …いや、あるか。ばっちりか。






 「でも、俺。契約した事を覚えてないよ」

 「え?」


 「えーと、ちょっと色々省くけど。先に一番肝心な事実を伝えとく。俺は、ハージェスト・ラングリアに召喚された事実を覚えていない。その際の契約とか、さっぱり覚えてない。どうして契約をしたのかも覚えてない。それでも、覚えてもいないハージェストを頼って此処に来たのは確か。


 召喚した内容とか、どうして召喚しようとしたのかとか聞きたい。聞きたい事ならいっぱいある。それに、契約は何をもって終了したのかも聞きたい」



 俺を見る目は真っ直ぐだったけど、固まった。無表情ではなかった。表情が色々言ってた。

 椅子に座って向かい合って静かに見合いをした。ゆっくりと目が閉じていって、震えた風に開いた唇を引き結んで。


 小さく「フッ」って息を吐く様子を黙って見てた。



 「覚えて、 ない んだ?」

 「欠片もない」



 「全部… ない、んだ。    そう、なんだ。 ああ、終わってるから。 当たり前で当たり前の事 だな。  そう、か。  ああ、もう…」



 俺を見た後、再度視線を下ろして小さく呟く言葉に、どう反応したら良いんでしょうか?


 …漫画やナンかであるよーな、大冒険とか一緒にした仲なんだろか? 死闘の末に俺がやられたとかー?  しかし俺、その時召喚獣なんだろー? …ご主人様とペットのパターンの踏襲は遠慮したい。俺は断固拒否したい! 召喚獣は扱き使われてなんぼのパターンしか思い出せねぇよ! 召喚獣なんて、「お前、俺の代わりに戦って来い」が基本じゃねーか!! んなの、できるかいっ!



 顔を上げて動いた口はまた閉じて。



 「悪い。俺から言い出した事だけど、少し… 時間を貰っても良いだろうか?」



 伺いを立てる顔が、今は追求してくれるなと言う。それもどうかと思うが、俺は空気が読める人種だからな。


 「わかった、じゃあ後で」

 「ありがとう」



 微かに笑う強張った顔で頷いて、部屋を出て行く姿を見送った。

 そん時、大人しく俺達のやり取りを聞いていたっぽい黒犬は、立ち上がってハージェストの後ろにくっ付いて一緒に出て行った。



 甘いよーな気もするけど、追求したらナンか変わるよーな気もするけど、どっちが俺にとって吉かは不明だ。仕方ないだろ。しかし、賽は投げたからな。返ってくるのを待つだけだ。


 …悠長だろうか? いやでもこれから一緒にやってくんなら、無理に聞き出すのもあれだろー。急いては事を仕損じるってヤツだろ〜? それに俺も省くって言葉で切ったんだよな。

 ……矛盾してる言葉に気付いた顔で、あいつは聞いてこなかった。俺も全部話してない。んじゃあ、待つ事くらいしないとな。



 「ふああああああ」


 あー、起き抜けでなんか疲れたー。


 あの黒犬にハグして落ち着きたい気分になるが、出て行った後だった。妙に寂しいが変に思い出す。



 『上げたんなら、その人の犬だわ』


 

 …そんな言葉だったな、あやめねーちゃんが言ったのは。



 他にも色々思い出す。思い出すけど映像としての記憶は薄い。…薄くなってる。すっきり感とはマジで遠くて、気持ち的にキツくなったからまた寝たんだ。




 次に起きて、ぼーっとしてたらメイドさん来た。夕食のやり取りやって飯食って。うだうだしながら待って、横になるだけ横になって。



 これから先の思案に包帯取って手の甲眺めて考えて、気が付いたら朝だった。




 今に至って、綺麗に巻かれている包帯を見てれば再度思う。


 本当にあいつ、昨日どこで寝たんだ? 隣で寝てたんなら、気付かない俺すげぇ。まー、どっかで寝たんだろ。 はーっ、何て言ってくるんだろな。 …今日は言ってくるんだろうな?










 アズサが食べ残した食器を持って厨房へ行った。


 普通に朝の戦争をして活気づいていた。盆ごと置いて声を掛ける。



 「料理長は居るか?」

 「はいっー!? 今、忙しくてですねーっ ちょっと待っ」



 鍋を片手に振り返った奴が固まるのを見たが、気にしない。


 「居るか?」

 「はいっ! お待ち下さいっ!」



 急いでやって来た料理長に、邪魔する詫びと残した食事内容から話をした。


 「残りましたか、もう少し多く食べて欲しいところなんですが」

 「食べてはいるが、量が食えてないからな」


 「腹に溜まる物が良いのですが… 口当たりの良い軽い物を多めにしましょうか?」

 「そうだな。聞いた好みに照らし合わせても、今は軽い物の方がいいだろう。あの豆のスープも美味しいと言っていたしな」

 「好みと合って良かったです。食べて元気になりませんと。元気になれば食べる量も増えるでしょう。それと、医者の彼からですが」

 「なんだ?」


 そんなこんなと構える物に関して話をした。




 厨房を出て、外へ出る。竜舎へ向かう。


 「アーティス、どこだ?」

 「ガウッ」


 呼べば、一声吠えて飛んで来た。 …昨日とはえらい違いだ。そして、勢いよく体当たりで来るな。でかくなったんだから、もうするんじゃない。


 「よしよし、体調は戻ったか」


 上手に俺の周囲を回る事で勢いを削いだ。俺の体に頭を擦り付けるのに笑みが零れるが、だから押すなと。


 「悪い、朝飯は持ってない。俺もまだだ。ソール達と一緒に食えよ」

 「ウ〜、グゥ」


 アーティスの頭を撫でて、一緒にソールや他の竜の様子を見に竜舎へ入った。

 




 竜舎を出て、まだ少し早いかと思うが姉の部屋へ行く。


 「ステラ、居るか?」

 「はい。お待ちください」



 「ハージェスト様、おはようございます。リリアラーゼ様でしょうか?」


 「ああ、姉さんは起きているか?」

 「はい。本日のお出掛けのご衣装の選びに、お時間を取られています」





 「ハージェストが来たの? いいわ、そっちへ行くわ」

 「あ、リリアラーゼ様」



 出て来た姉の顔色が良いのに安堵する。心的負担を掛けさせたからなー。



 「おはよう、姉さん」

 「おはよう、ハージェ」


 「支度、良かったの?」

 「後は髪だけなの、結いたくない気分なのー」


 「…良いんじゃない? 無理に結わなくても。ここはシューレで兄さんの領だよ? 名義にしてもランスグロリアとは違う場所だ。違うけど、この領の経営にはラングリア家の金が流れている。実質、大きく動かしているのはラングリア家の金と言っても過言じゃない。

 兄さんの名義である事が第一前提でも、シューレは家の所有領で間違いない。末端で働いている者達にとっては、初対面で馴染みが薄くて微妙かもしれないけどね。土地柄がアレだし。だけど有り難がられても、疎ましがられる理由はないよ。この領に住んでいないの一言で、甘く見られてもねぇ?


 ロベルトで無理なら人選を変えるか、どうするか。それは兄さんの決定次第だしさ。


 今のこの領内で、姉さん以上に高い地位の貴婦人レディは存在しないんだから、そこら辺は気にする事じゃないって」


 「…そうね、お兄様が処分しない方向で決められたのですもの。なら、ココは家よね」

 「管理をロベルトに任せている、持ち家の一つだよ」


 「でも、一番上なら上として、身嗜みを整えろとか言われそうだわ」

 「………羽根を伸ばしても良いんじゃないの? 誰かが姉さんにそう言ったの?」


 珍しい、な? そんなに気にする事でもないのに。



 「そういや、姉さんはどういう経緯でシューレに?」



 『しまったあ!!』


 俺を見た表情に心の中で叫んだが遅かった… 要らん事を思い出させたらしい…  うああ、適当な所で切り上げ… られるだろうか?


 


 「あ〜、そうなんだ。あの小母さんがね。 はは、まぁ、あ〜… うん、それは後に響くねぇ。確実だねぇ、キッツいね〜。  …あのさー、話し変えるけど姉さんの今日の予定は? 出掛けるんでしょ」

 「えー、変える気ぃ? もう、もっと聞いてくれても良いじゃないのよ!  …まぁ、良いわ。 ええ、憂さ晴らしも兼て出掛けてくるわ。街の把握をしてないと、おちおちしてられないしね。それと〜、行けるかは不明だけど浸水した場所への顔出し。買い物もしたいし、どの程度の物が主に扱われているかも見たいし」


 「姉さん… 欲張ったら疲れるよ?」

 「そう?」

 

 「買い物に半日は掛ける気じゃないの?」

 「呼び出して持って来させたら早いけど、見て回るのが楽しいんじゃない。普段が見えるし、顔も見せてくるしね。良い物があったら、お土産を買って来てあげる」


 「あは、じゃあ姉さんの目利きに適った物があればよろしく。そうだ、時間があったら」

 「なぁに、欲しい物があって?」


 「……いいや、もう少し考えてからで。 そろそろ、アズサも起きてるかな」

 「昨日の今日だけど、契約の方は進みそう?」



 「あー、ちょっと。 ね」

 「お兄様が色々言ったでしょうけど、格好なのよ。なんだかんだと言っても、心配してるのはお兄様だわ。ふふっ」


 「そうかな…」


 苦笑を返せば鮮やかに笑い返された。陰りのない顔は、やっぱり良い。



 「そうそう、魔力水は持っていて? 一つ渡しておくわ。この瓶のこのラベルはダメよって、見せておかないと。あなたが普段使っているのは違う分でしょ?」


 「そう、それが本題で来たんだよ。間違えて飲まない為にも、ちゃんと見せておこうと思ってさ。一本貸して貰いに来たんだ」

 「あら、そうだったの。返さなくて良いから、あなたが使いなさい」


 「くれるの?」

 「あげるわ。ステラ、取って来て。 必要な時に使いなさいな。でも、併用には気をつけて」

 「ありがとう、姉さん。助かるよ」



 魔力水の小瓶を一本貰って部屋を出た。



 手の中の小瓶は、俺が普段使う物とは違う。違い過ぎる…  上物であるだけ、アズサが倒れた事が複雑な気分だ。

 

 この魔力水の代わりに、何か上げたいけど何が良いだろう? 難しいなぁ。


 

 

 廊下を歩きながら、外を見る。

 皆が活動を始めている。一日は始まってる。


 今日は朝の食事をしたら、話さないと。話して進まないと。



 『話さないと』



 そう思えば、足が止まる。

 目を閉じれば、あの目が浮かび上がる。






 言われた言葉に目眩がした。

 覚えていないと言った言葉を理解して、目眩がした。それなら話を作り替えても気付かれない。覚えていないのだから、気付かれない。違えた約束を、みっともない失敗を話さなくても済む。


 そうと理解すれば欲が出た。

 いや、これは欲か? 欲としたモノか? 


 俺の召喚獣はもう居ないんだと理解した時に告げられた、「覚えていない」は甘美だった。理解しただけ、強烈に甘美だった。



 それでも、その言葉が真実と取って良いのか、わからなくなる。言葉に矛盾がある。


 『おかしいじゃないか』


 そう思って見合わせた目が。


 本当にアズサは覚えていないんだろうか? 覚えていないと言ったけど、そう言って俺がどう出るか… あの目で見ようとしてないだろうか。


 俺を見極める為に、わざとそう言ったんじゃないだろうか?


 


 見られていると意識した。


 



 それでも、告げられた言葉が嘘じゃないと思えば思える程、思考が空回りする。答えを引き出そうとすればするだけ、逆に白くなって他の言葉が浮かんでこない。



 『真実、覚えていなければ。 隠蔽は可能だ』



 気付いてしまった誘惑する事実に、俺は… 何か試されているんじゃないかと思った。





 



 「嘘を吐くなら、一生涯。墓の中まで持って行け、か」


 後でどれだけ襤褸が出ても貫き通せ。認めるな。沈黙しろ。

 この基本が俺にできるか? 守れるか? アズサに対して… ずっと、するのか。



 そこまで重く受け取る事かと思いもするが、見せられた力の数々に失敗を恐れる。そして、俺ではない誰かと契約をする事は理不尽だと心が叫ぶ。そうならない為に選択を間違えられないと。


 …人だと言った。



 昨晩、棚上げしたこの問題は未だに解決していない。




 

 外を眺め続ければ、他の事も思い出す。

 あれやこれやと至った考えを分類して一度ケリを着け、思考逃げに酒を飲んだ。飲んでる内に掠めた思考に、飲み損ねてせた。



 「ブッ!  …ゲホッ ゴホッ  ケッ、クッ  ゲホォッ!」


 酒を気管に突っ込んで、噎せて泣いた。ゼイゼイ・ゲホゲホ咳き込んで苦しかったなぁぁ… あれは。酒飲んで噎せるなんて初めてしたぞ。鼻から出すかと思ったわ!



 あれは、どっちを思い出しても悶絶する。







 人であると。 人。


 アズサが人であるのなら。  俺は。  俺が取るべき行動は。


 

 酒のグラスを片手に飲みながら、『人である』との前提に浸れば思い出した。 …思い出してしまった。



 「え? あれ? まさか?   いや、だって、そんな」



 考えられる事に狼狽える。呆然として愕然とする。そして、盛大に噎せた。

 噎せながら焦る気持ちが『嘘だろー!?』と言い続ければ、終わった思考をまた引っ張る。



 あそこでアズサを見た時は、アーティスが…  アーティスの態度がアズサだと裏付けてた! それにはっきり見たら、一目でわかった。


 その後の猫だった時は… 不明瞭だったけど、それでもまだ言ってる事が感覚でわかった。猫から人へと変わったら、普通に言葉は通じてる。最初の召喚時だって、心話じゃなくて普通に会話してたしぃ! だから、俺のアズサはそういう基礎能力が高いよねーってぇ!

 


 風呂場で洗った時は機嫌良く居て…  人の時ではなかった雰囲気で、腕に凭れる感じがどことなく甘えてくれてる雰囲気で。くたーっとしたのが心配でもまた可愛くて。ガチで汚れてたけど。

 だから、やっぱり人の姿より楽なんだろうと…  ずっと気を張って頑張っていたんだろうと…  頑張って俺の元へ来ようとしてくれていたんだと思うと感激とかも色々出てきてぇ!



 だから、だからだな。だから、俺はだな。



 人。 人なら…   猫から人へと戻った時に、脱衣所で俺がした事は…  



 まさか… まさかまさかまさかぁぁああ! まさか俺は強姦魔かっ!? 強姦同然の事をしてたのか!!


 いや待てしてない!!


 俺はしてない! そうだ、そんな事はしていない、大体ヤってない!!  …み、みみみみみ! 未遂だ!  そうだ、猫だと思っていたからパンツをだな! 怪我をしてると思ったから、下ろして患部を直接見ようとだな!!


 緊急の必要性を感じたから、力づくでパンツをだなぁ!!



 うわあああああああああ!! ち・がーーーーーーーーーーーーーーーーー!!  人だと思ってなかったんだ!! 猫だと思ってたんだ!  違う・違う・違う・違う・違うぅう! 俺は強姦未遂事件自体、起こしてねぇぇえええええっ!!


 無理やりだなんて、そんなしょーもない めんどくさい 事  や・っ・て・ねえよ!!




 気付いた事実が怖過ぎたんで、心臓がドキドキする。飲んでたアルコールが思考と狼狽と心拍数で、急速に回り始めた気がした。


 青褪めるより血が回る。頭に回って、くらっとクる。

 俺の体内を巡り回るあれっぽっちの酒が、それまで真剣に懊悩していたモノの在り方を蹴り飛ばして勝手に塗り替える。



 ときめきではないドキドキが心臓に痛い。痛過ぎる!!  うあああああ、  俺は、 俺の矜持プライドに掛けても、性犯罪は犯していない!



 ヤッてない。ヤッてないんだ、俺はぁああ!



 酒が回っている所為か、なんでかそこから思考が進まなくなっていた。

 その後はとにかく、連想か想像か回った自分の思考を打ち消すのに酒をがぶ飲みした。 飲んだ。 飲んで寝た。







 廊下から外を眺めたまま、手にした小瓶をグッと握り締める。

 思い出して、再び悶絶し始める自分の顔を無理やり引き締めようとして、なんか失敗してる気がする。話す為の思考が明後日に飛んでいく。


 話をする順番がわからなくなりそーで怖い!



 「あの、ハージェスト様?」


 げ!


 声になんとか平静を装って振り返れば、メイドが控えていた。 …見られてたのか? 何時からだ? いやそんな気配なかったはずだが? ずっと見られていたのなら最悪だな、おい。

 


 「朝食のお支度ができております。お運びしてもよろしいでしょうか?」

 「ああ、頼む。  お前は、ヘレンだったか?」


 「…はい! そうです」



 名前が合っていた事に嬉しそうな笑顔になった。 大丈夫だ、俺の頭は回ってる。

 先導でない場合のメイドの規律に従い、二歩は後ろを歩くメイドと話をしながら厨房へ向かった。





 

 部屋に戻れば、居なかった。

 しかし、洗面所で水音と人が動く気配があったからな。



 「お支度はどう致しましょう? お出になられてからにしましょうか?」

 「いや、もう構えておいてくれ。給仕の方も必要ない」


 「畏まりました」


 一礼して取り掛かる手際が安定しているのに、安心して見ていられた。



 「ご用意が整いました。小部屋の方に控えておりましょうか?」

 「いや、構わない。込み入る話になるから、普段の仕事に戻ってくれ」


 「はい、ではこれで失礼します」

 「ああ、手間を掛けさせた」


 「いえ、その様な…!  ありがとうございます」



 柔らかく微笑めば、淡く頬を染めて控えめに笑った。 そうだ。そんなこんなでさっきの顔は見たなら忘れろ。もう思い出さんで良いからな。



 メイドが下がるのに合わせ、共に出て隣の部屋に行く。


 「昨晩の食事は、ヘレン、お前が?」

 「はい、お運びさせていただきました。お食事に掛かる時間と量が不明とのお話で… 給仕を断られまして、その、申し訳ございません」


 「いいや、臨機応変にしてくれてありがとうな」


 感謝に軽く肩を叩きながら、目線を合わせて微笑んだ。


 「はいっ!」



 下がるメイドを見送り思う。 あれで完全に忘れると楽なんだけどよ。


 


 隣室に入って置いた荷物の中から、自分が使ってる魔力水の瓶を取り出す。

 室内を見回せば、寝室よりこちらの方が良いと思う。寝室での食事は終えて、この部屋で食事をする方が気分も変わるだろう。意見を聞いて、しんどくなかったら次からはこっちで摂るかな?



 小瓶を持って、寝室へと戻り二つの瓶をテーブルに置く。置いたが考え直して、間違えない様に別の椅子の上に置き直す。



 アズサが出てくるのを待つが出てこない。俺と入れ違いで入ったんだろうか? それでも遅くないか?


 ちょっと心配になって見に行った。

 


 ココン、コンッ


 「え、と。具合でも悪い? 大丈夫? 入るよ?」



 入れば、トイレじゃない。浴室の方だった。しかし水音は止んでるのに出てこない?


 「まさか倒れてる!?」



 素早く浴室の扉を開けたら、普通に居た。

 換気の為の小窓を開けようと頑張ってた。背が届かないのを頑張ってた。真っ裸で頑張ってた。だから、尻が見えた。



 ……一緒に風呂に入ったから見てる。ちゃんと見てる。正面からだって見た。タオルで隠したけど見た。しかし、あの時は猫だと思ってたから。


 俺の視界に入るあの腰の位置に手を掛けて、寝転がった状態で無理やりパンツを脱がそうとしていた自分の手の感覚が甦る。甦らんでいーってのによ。

 


 妙に指先が動くから、誤摩化しに目元を覆ってずるずるしゃがみ込んでみた。




 「あのさー、ココ開けてくれね?」



 その言葉に顔上げた。俺を見てた。

 待ってるから立ち上がって、横の飾りボタンを押した。


 

 ガチャ。


  キィ〜〜   カッタン。



 連動して押し開きの小窓が開いた。



 「あーーーーっ!! なにそれひどい! 俺の努力ーーー!」

 「あ、 あははは」



 アズサが叫んだ言葉が浴室内に谺する。俺を見る表情が不貞腐れ出す。



 ……………アズサは、どんな扉でも開けられる訳じゃないんだな。アレは窓だけど。 …開けてから猫になったら出れそうだけど。でも小さいからなぁ、あそこまで跳び上れるかぁ?



 なんか違う感じでヌルくなってそのまま笑ってた。



 「笑うなー」

 「あー、違う。違うから、ごめんー」



 あっちにもこっちにも飛ぶ思考が、今のこの感じが楽しいと、感情を連れて揺れて震えて笑った。







 

メタモルフォーゼ ←ドイツ語 

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前回の83の後書きで久々歌いたかったです。しかし、雰囲気をぶち壊し過ぎるかと自制しました、はい。

もう少し落ち着いたら、歌いたいなーと思ってみたり。




今回のもう一つの副題候補は、『見られてる』。

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