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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
83/240

83 喚ぶ、という事は

 

 「あの女なら、誘拐の嫌疑で捕らえているぞ」

 「え…  えっ!?  そ、れは 俺の所為… ですか?」


 「そうだな、そうとも言える。あの女と出て行くと、一言断ってくれれば良かったんだ」

 「あ、 うわ、あ…  はい、そうです」


 「しかし、妙に頭が回らなかったんだろ?」

 「……はい」


 「なら、仕方がない。完全ではなくとも、術の影響が出ていたんだろう」

 「……はい?」


 「あのね、あなたが会ったのは魔力を使える人なの。強くないんだけど、その分、誤摩化しも上手でね。あなたの場合、正確な所は不明だけど引っ掛かったとも考えられるのよね」


 「え、ええええぇっ?」



 ショックを受けた所に言うのは不憫だけど、言っとかないとな。


 「それと。 兄が彼女に問い質してくれたけど、彼女は人に会ってないと言ったよ」

 「…え? 俺、会ったよ? 会って話したよ?」


 「そう? でも彼女は、人に会ってないそうだよ」

 「…なんで?」


 「対等じゃないって事だよ」

 「なんで?」


 「その手で」


 真っ直ぐに目を見返して、包帯をしている手を見た。兄も姉も見た。隅に控えるステラの眼差しも、気付いただろう。



 「たい、とう… じゃ  な   だって、あの人   対等に 話を、   する。   のは、だ れ… が? だれに。 どう    え、それじゃ、え?  あ、え  」


 呟いて、手を押えて、俯き加減で黙ってしまった。顔を上げるまで静かに待つ事にしたけど、結構早かった。



 「会う事はできますか?」

 「できん」


 「どうしてですか? 俺の件ですよね?」

 「報告が上がっていてな、余罪を調べている」


 返事をした兄をボケッとした顔で見た。


 「余罪は余罪。別物だ、手心はない」


 また顔が下を向く。今度は時間が掛かった。



 「あのですが。 ここ出てから会った奴に、奴隷契約迫られて逃げたですが。 もし、してたらどうなるですか?」



 もちろん、俺が沸騰して暴れてる。



 「普通に契約した時点で奴隷だ。取り決めが曖昧な場合は最悪だな」

 「そうね、曖昧だと、どうなっても問題ないと自分で決めた事になるわ。仮に契約主が、あなたを転売したとするでしょ? 契約期間内なら有効なのよね。新しい契約主との契約は、自分で行うのではないから。一生、新しい契約主の奴隷の状態になっても文句は言えないのよ」


 「二重契約状態でも最初が曖昧だとね… 通りもするんだよ。転売契約時に同席できる場合もあるけど、まず口は挟めないね。最悪に至らない為に契約があるんだよ、どんな場合でも。幼い子の場合は特に気を使えと指示してるけど、使わない奴もいるから」

 「どうやっても色々あるのが現状でなぁ。代わりに抜け道もあるがな」

 

 他にも言ったら、目が泳いで表情が沈んで、押えた手をもっと押えて暗くなる。



 「今回そうなっていたら、領主である俺の権限で切るけどな」

 「え?」


 「言ったろう? その身の安全を保障すると」

 「…あ」


 「何を置いても切ってやろう」



 兄への眼差しに、少しだけ… それを俺にも回してくれないかなーと願うけど、な…




 「後回しにするだけ無駄だと思うから」


 手の印の状態と経過とその他を説明した。


 「でも、それじゃあ」

 「普通じゃない状態って事だから」


 「すまんが、こっちにもその原因がまだわからん」

 「作成した者がいるのだから、その者を調べているのよ。だけど、まだね」


 複雑な顔が、だんだん落ちていくのがわかる。

 俺との契約の話もしたいが、この順番で言ったら間違いなく『しろ』って聞こえるんだろうな。奴隷契約じゃなくても同じに聞こえそうだよな。

 それでもって、他に方法ないからって感じで契約して「あーあ」とか思われる方向になったら、最悪過ぎてヤだな。「付け込まれたんだ」とか言われたら、俺は泣く。


 なんでこんな順番になるんだろう? 俺、そんなに運ないのかなー…



 ない気がするな。

 




 「思い詰めるなよ」 

 「考え過ぎちゃダメよ」


 「此処から追い出す気はないし、むしろ黙って出て行かない様に。捜索に人員を注ぎ込むのは躊躇わんし、注ぎ込むがな。そうなると他の仕事が進まなくなって、兵から役人の全員が確実に泣きを見る破目になる」

 「そうなの、大雨が降って一部浸水した地域があるの。規模も被害も小さくて済みそうだけどね。その人員を捜索へ回したら、生活再建が遅くなるでしょう?」


 「…! はい! 勝手に黙って出て行ったりしません!」


 「そうしてくれ」

 「ありがとう」



 俺は兄と姉が好きだ。

 そんな他人事はどーでも良いと言わないアズサが好きだ。



 「一番大事なのは体調を戻す事だよ。何かわかっても、体調が優れなかったら何にもならない。決まった訳じゃないんだから」

 「…うん」


 「それに、ずっとこの部屋に閉じ籠もれって話でもない。そこのテラスからは庭へ出れる。庭からこの領主館の外へも出れるよ。でも、黙って出て行かないでって言ってるだけ。街へ行きたいなら、一緒に行こう」


 「あ〜、 うん」



 少し無理した顔でなんとか笑顔を作り出したけど、ゆっくり顔が下を向く。今度もなかなか顔が上がらない。


 状況を考えると話すのはどうかと考える。けど、ずるずる引っ張るのもしたくない。

 二人っきりじゃないけど、契約のさわりだけでも話をするか。他に皆がいるから聞いてくれるだろうし、本筋になったら出て行って貰えばいいんだ!



 「それで、だ、け…   どぉ?」



 「  ん、ぁ 」


 俯き閉じ掛けている目を覗き込んだら、とろーんとしてた。頭が揺れて船漕いだ。顔の前に手をやって軽く振ったけど、反応が鈍い。



 ……はい? 今かなり重大で大変な話をしていましたが? なんで寝掛けてる訳? アズサって、実はものすごく図太いのか!?



 兄と姉を見ても、似た顔してた。


 「起きてる?」

 「う…  な、んか すごく  ね、むた  ぃ」



 顔を上げた表情に本気だなと思うが…   安心? いや、違うだろー? 奴隷印の話してたんだぞ? 



 「えーと  じゃあ、やす    …っ!」


 「き…っ!」 


 叫ばない為に咄嗟に口を押えた! 姉も押えたな!



 

 アズサの胸元のお守りが、 薄くても 明 滅(ピッコン)していた。 緑色だけどな、なんでだぁ!? なんで今なんだ! 何がヤバいんだ!!

 

 ザッと室内を見回しても、何にもないぞ!!



 「…おい、大丈夫なのか?」

 「眠いだけ の、ようですが…」



 「ほんと…?  ね、眠くなっただけ? (被害はないわよね?)  嫌だ、気が利かなくて。まだまだ体が休みたいんだわ、楽しくもない話をしたし。 お茶は終わりにしましょう」

 「…そうだな。 (実害はなさそうだな。) 話す事は話した、ゆっくり寝なさい」



 その言葉に眠そうなまま頷いたけど、お守りが光ってるのに気付いているのか不明だなー。


 「ステラ、下げてちょうだい」

 「はい」



 兄と姉と、ワゴンを押してステラが出れば静かな室内に戻った。


 

 「このまま寝よう?」

 「ん〜、ね、る」


 「じゃあ、ベッドに抱いて行くよ」

 「んにゃ、じ、 ぶんで  ある くー」


 「なら、肩を貸すよ」

 「うー」



  ベッドに横にさせて、胸元は良くてもズボンの留め金を緩めると。

 


 「苦しくない? 平気?」

 「へー きー」


 

 …眠たそうで落ちそうなのに、なんでか頑張って目を開けたりする。 ……何でだろう?  不安?


 

 「部屋に鍵は掛けないよ。それとも掛けた方が良い? 人が入ってくる方が不安?」

 「ふ、あ  んー?」


 

 意識が保ってんのか、そっちの方が不安だなー。寝入るまでは居ようと思ってたんだけどなぁ。



 「俺が居たら寝れない?  そうだ、不安解消にアーティスを連れて来ようか? 普段は外で寝るけど、子犬の頃はベッドに入れてたんだ。…大きくなったから、もうしないけどね。ベッドの脇に居ろって言っておくし、入って来た者があやしければアーティスが怒るよ。絶対」


 「アーティ、  ス。 ん」

 「寝ていて、連れて来るから」


 

 不安が原因らしい。此処に居れば大丈夫だと言っても、まだ不安らしい。がっかりしたが歩き出そうとすれば、ツンッと軽い反動が出た。


 振り向いたら、服を握られてた。 ……わーい、ナンだろう。これは!


 

 「どうかした?」


 「猫 じゃない。 ひと」


 「え?」

 「ねこ に、 なれる   ひ、とー」



 ……眠ったな。


 「連れて来るよ」



 竜舎へ向かうのに部屋を出た。






 

 「アーティス!」


 「ガッ」


 呼べば返事をするが、出て来ないのが何だな。



 「アーティス、体は落ち着いたか? お前、まだ眠いのか?」



 …そうか、だらけてるだけか。



 「アーティス、来い」


 もう一度言えば、よーいせっと起きて来た。えらいえらいと頭を撫でながら嗅いでみたら、ちょっと臭った。


 このままだと拙いな。臭いのは嫌だろうし、面倒みてないと思われるのも勘弁。

 桶に水入れて雑巾浸けて絞って体を手早く拭く。はいはい、喜んで戯れつかない。雑巾を洗い直し、手を洗う。折好くやって来た奴に桶の後片付けを任せて、絞った雑巾を持って歩く。



 「アーティス、久しぶりの部屋寝だぞ。アズサが不安がってるんだ、昼の間お前が一緒にいてくれ」



 部屋に戻る間、さっきのアズサの言葉を反芻してた。







 「起きてる?」


 顔を覗き込めば、完璧寝てた。



 「キュ〜ウー」


 アーティスの甘えた鼻声なんて、久しぶりに聞いたな。



 「後を頼む、排泄は外でする。扉の横に雑巾置いとくから踏むんだぞ」

 「クーゥ」



 ベッド脇に伏せをしたのに頷く。アズサの額に手を当てて熱を測る。


 「お休み」


 問題ないから部屋を出る。




 廊下を行けば、言葉と視線を思い出す。

 眠りに落ちる中での瞬間の強い目が焼き付いてる。 『 猫に、なれる、人 』 笑えて、笑えない程にキツい事を言ったね。


 一笑に付したら、いけないんだろうけどさ。素直にその言葉を受け入れ難いよ。虚勢とは言わないけど、守りに入ってるとしか受け取れない。やっぱり、不安か。





 コンッ!


 「兄さん」

 「ああ、来たか。どうだ、寝付いたか?」


 「はい、何が不安なんでしょうね? あの後、なんでか無理して寝ないんですよ。だから、アーティスを部屋に入れました」

 「…そうか、それで落ち着くなら良い。お前、きっちり押えろよ? できなければ、兵の誰かと引き合わすぞ?」


 「止めて下さいよ? これからだってのに」

 「だから踏ん張れとだなぁ」


 「性急なのは嫌われるって言うでしょう?」

 「まぁな」


 互いに笑うが、一瞬だけ兄の視線がキツくなる。



 それを軽く往なして、腹の中でも返す。


 言われなくても本気で他人に渡すかっての。手を伸ばせば届く位置に居る、掴める。なのに手を伸ばさないなんて、掴まないなんて、そんなの嘘だろ。

 しかしまぁ、被害やら何やら考えると… 兄の憂慮も理解するけどな。俺と兄の立ち位置が逆なら、俺だって同じ事を思うんだろうしなぁ。



 「見つけた場所の鍵、あれも悩み所だな。どう聞き出すか」

 「契約を終えたら、大抵は話してくれます。だから今少しは」


 「そうだな、しっかりやれよ」

 「もちろんです、しっかりやりますよ。それで午後の事ですが」

 「そう、それでだ」




 「では、また後で。兄さん」

 「ああ、頼む。時間を取って俺も様子を見ておく」



 

 

 パタン。


 執務室を出て、廊下を歩む。

 午後の予定に動くが兄との会話から思い出す。





 調べた地下牢。

 周囲に人が居なかった。アズサが居たのは、あの一角で間違いない。あそこだけ、人の気配が残ってた。


 『鍵の場所がわからない』


 あれで魔力と無縁だとわかる。しかしそれならどうやって出た? 


 『居たくないから出る』


 理屈は通るが、そんな事で出られるなら牢の意味はないし、苦労はしない。




 今、あそこは使えない。


 兵の一人が気付いて報告に上げた。不具合の一言で終わりもする報告は、そこだけでは終わらなかった。


 アズサが居たあの牢に鍵は掛からない。鍵を掛けたのに、押せば開く。あの牢に、通じる扉に出て来た入り口。あそこの魔錠は、どうやっても施錠できない。


 確かに鍵は掛かったのに、確認すれば開く。どうやっても開いてしまう。


 入り口の扉。あそこもアズサが出て来るまでは、遠目でも施錠の確認が可能だった。その程度には優良だった。最も可能な時点で一流でもないが、そういった対策は取られるのが普通だ。一人で、短時間でそれを可能にするには、不可能な程度の防止が組まれているもんなんだ。だから、別の方法を取るんだが…


 結局、どうしてこうなったのか、根本が不明なままだった。



 だけど、アズサの言で裏付けが取れた。 


 あれはアズサが成した事。



 魔力がないのに、魔錠を解錠してしまう。

 正しく解錠した上で、使い物にならなくしている。アズサの解錠の方が魔錠の基盤を凌駕している。試せば確かに鍵は掛かるんだ。なら破壊ではなく、上書きされたと考えるべきだろう。思い込みが一番危ないが…




 嫌になったから、居たくないから、そこから出る。 


 どんな場所でも、それが可能なら。





 ……はは、はははは! どう考えても捨てられんのは俺じゃねーか!! この場合、どこをどう捻っても捨てられるのは俺の方だろうが!!


 あ〜  よ・かった…!  あの時、部屋に鍵なんて掛けなくて!! 嫌がらせに受け取られるかもしれない馬鹿な事をしなくて! あの女に会わない代わりに俺が嫌われてる。絶対忘れず覚えられて、不信を覚えてる! いやもしかしたら最悪、あの女に助けを求めていたかも。


 もう少しで自分の首を絞める所だった…!


 あああ、良かったぁ! 単純なガキのクズ思考を蹴り飛ばすまともな頭で! あ〜〜〜、助かったぁ! そんな程度の低い詰まらん事で嫌われなくて。ほんっと良かったぁああ!!


 

 見られるのは、自分。


 そうだ、その通りだ。授業での格言は確かだ! 失敗しただろう先人の皆様方に多大な感謝をしとくか。




 


 「あ、ハージェスト様」

 「ハージェスト様、メイドの一人から聞き出したのですが、倒れてたって本当ですか?」

 「ん?  ああ、まぁな」


 「ほんとですか?」

 「嘘っぽいですよ?」


 「ああ?」


 「「 本気で体調不良に見えませんよ! 」」



 俺の部下は、へつらう事をしない。良い事だ。…だけどなぁ、お前ら、あんまり心情に疎いと損するぞ?



 「わかった。お前らが倒れた時には、仮病か演技と判断して扱き使ってやる」


 「本当に大丈夫ですか?」

 「ご無理はなさらないで下さい。疲れましたら、どうぞお休み下さい」


 変わり身は素早いな。


 「ふん。そうだ、レオン・アスターはどうしてる? あいつ、帰って来てるか?」


 「…まだだと思いますが、何か?」

 「急ぎなら呼び戻しますか?」


 「そうか、それなら…   いや、構わん。現場を優先させろ」



 さてと、軽く昼飯食ったら始めるか。


 どうしてこうなったのか、解明が必要だからな。私情が交じったら、どーするかな? どーやったら私情が交じらずに済むかな?






 

 


 

 ひーさしぶーりの部・屋・寝〜♪



 父ちゃんの呼び出しに、「なーに〜」って返事したけど動かなかったら、怒られそーになった。あ〜、やばかったぁ。


 アズサと一緒にって言うけど、「それ、だれぇ?」なんだけど、やっぱ母ちゃんだよな!


 ウキウキ気分で尻尾振り振り部屋へ行ったら、せ・い・か・い〜!! ひゃっほーう。 あれ? 母ちゃん、もう寝てんの? 昼寝?




 

 わかった、父ちゃん。父ちゃんが帰るまで、俺が母ちゃんと一緒にいる。小便したくなったら、そっから外に出て、帰ってきた時それで足をぐりぐりすると。



 いってら〜い、父ちゃん。



 ベッドの脇に陣取って、行儀良く父ちゃんを見送った。


 

 父ちゃんが行く、足音が遠ざかる。そのまましばら〜くしたら、うん、しずか〜になった。耳をピンと立てて聞いても足音はしない。 よし、今の内!



 しゅたっと起きて、伸びして、ベッドの縁に手を掛けて〜、身を乗り出す! 母ちゃんの顔を見る、見る、見る、見る〜〜〜〜〜っう!


 顔の近くで鼻すんすんしたら、こきゅーしてる。



 うん、うん、この気配。この気配だよ!

 なんかちょっと違うよ〜な気もするけど〜〜… なんかちょーっと違うって感じもするんだけど〜〜  でも違うのもそうなんだよな? だって、なぁ。  …うん、そーだ・そーか! やっぱり、母ちゃんだ。


 俺が大きくなったよーに、母ちゃんだって大きくなったんだろう! そうだ、俺はもうちっちゃくないんだ! 俺は立派に大きくなったーっ!



 気分はウキウキで走り回りたいけど、おとなしくしよう。母ちゃんに怒られるのは怖過ぎるからな! やっぱ母ちゃんがムテキだよ。


 ベッド脇でゴロンと横になって、俺も寝〜ようっと。






 …パタパタ。コンコン。


 キィッ



 「失礼します。   …ひっ!」



 えーなにー? 俺見て悲鳴上げんの? なんかな〜、失礼だよな〜、苛めちゃおっかな〜。



 「あああ、びっくりした〜。 わ、私はお水を持って来たの。ご用事で来たんだから」



 あ、そーなん。


 「あなたにお水は要らないのかしら?」


 俺? 今はいらなーい。



 「それと、お着替えをココに置いてと。  あら?」





 ……おっねぇちゃんさ〜   な〜にを してんのかなぁ〜〜〜〜??



 素早く起き上がって、グッと靴を踏み付けつつ自分の体を捩じ込んでベッドとの距離を取らせる。くるっと素早く方向転換。横向きのおねぇちゃんに向かって大きく伸びをする。 はい、口を大きく開けて〜〜  喉は止めてぇ  肩口に牙を突き立て、腕に手を掛けた。


 もちろん、甘噛みだってしてない。あ・て・た・だぁけ♪  …ヨダレは垂れるけどな。息が当たるのも当たり前なら、俺が重いのも当たり前。


 おねぇちゃん、倒れたらそのまんまがっぷりいくかもよ。がんばって踏ん張りなよ〜。



 

 「…ひ!  あ、あ、ちが。 包帯がほ、どけてたか ら。 結び直して、ただけ なの よ」



 ふーん、そう? やけに母ちゃんの手ぇ見てたよなー。あ〜んまり見てたら、なーにしてんだろーって思うよなぁ?  あんた、違う?


 体を離して正面から目を合わせば、怯えてサッと目を下げた。




 うーん、まぁいいだろう。

 

 無罪放免にしてやったら、急いで部屋から出て行った。


 静かに出て行ったから、そこはイイネ! 母ちゃん起こしたらダメなんだぞ。

 しっかし、俺と目を合わせ続けてたら、俺に喧嘩売ってんのか・俺を倒してでも自分の意志を貫こうとしてんのか・俺を下に見てんのか〜とか思ってぇ キちゃいそうだけどさ。


 

 うん、俺は悪くない。なーんも悪くない。



 ん?  あーーーーっっ! あのおねぇちゃん、きちんと結んでねーじゃねーかっ!   …あ〜、つっかえねーでやんの〜。





 …………………… まぁな。


 どんだけ時間掛けても無理なのはむりだよな? 上手に巻こうとしたら解けるのは仕方ないよねー。だって、俺。巻くより解く方が得意だし。そーいや、母ちゃん手ぇ良くなったぁ? 俺が舐めたのこっちの手だったでしょー?



 も〜いーや、全部のけたれ〜〜。



 あれ?  母ちゃん、手ぇ良くなってないじゃんか! 母ちゃん、ちゃんと舐めなきゃ! 舐めて治さないと治るモノも治んないよ!




 へ・へ・へ・へっ。    べろべろべろべろべーろ。



 ふ・ふ・ふ・ふっ。    べんろべろーーー、の、べろっとい!





 カチャ。


 「入るぞ。そこか、アーティス。お前、メイドを泣かせたな。なかなかや…  アーティス?  お、 お前何やって… 」 



 あ、父ちゃんの兄ちゃん。

 聞いてよー、母ちゃんの手がヘンなんだよー。



 「待て待て待て待て。 アーティス、待て」


 え、なに? どーかした?


 「お前、舐めてこうしたのか?」

 

 そだよ。もっかい実践しよか? この前も頑張ったちょーしでぇ!



 は・は・は・はっ。   よーくなれ!   べーろり。




 それから兄ちゃんが誉めてくれた。撫でてくれた。この前頑張ったのも忘れず誉めてくれた。今日の晩ご飯は御馳走だってさ! あ〜、何が出るかな〜、楽しみー。


 んじゃ、寝るか。










 部屋へと走り、近づくに連れ足音を忍ばせた。

 辿り着いた扉の前で、フゥッと息を吐いてから静かに部屋に入る。



 一仕事終えれば、兄が呼んでた。執務室へ行ったら、開口一番告げられた。


 アーティスがやったと、あんな事ができたかと。全てへの適合とは考えられんが、すごいモノを喚んでいたなと。苦笑を含んで誉められた。いや、あれは誉めじゃないな。…何て言うべきだ?



 「アーティス」


 尻尾を振る姿は、いつも通り。頭を撫でて体を撫でて、誉めてやる。


 それからまだ寝てるアズサの手を取った。緩く巻かれた包帯を、そっと取ってそこに押された印を見た。印は変わらずにあった。


 あったが、薄れていた。


 誰もが直ぐに気付く状態から、力の弱い者なら注視が必要な状態になっていた。皮膚でわかってしまうけど、わかる者にはわかってしまうけど、でもこれなら。



 …アーティスに、そんな能力あったんだ? それはアズサが居たからなのか、アズサだからなのか? 舐めたら薄れる、そんな話は聞かない。



 現実が告げる事実に吐息が漏れる。高揚する。顔が笑う。



 「は、ぁ… 」


 俺は、本当にすごいモノを喚んでいたのか…   は、ははは。あ、ははははは。 力が、総量が絶対的に足りないと言われ続けた俺がね。影で慰めか馬鹿にしてるか、紙一重の言葉で散々言われてた俺が、 ね。


 腹の底から笑いが込み上げそうだ。



 目蓋に掛かる前髪を、静かに払ったら薄く目を開けた。












 「俺は人で、あんたの召喚獣じゃないよ」



 あの時、アズサの静かな拒否に明確に衝撃を受けた。


 お前の召喚獣ではないと拒絶された事に衝撃を受けたのか、人であると宣言された事に衝撃を受けたのか。どっちもどっちな気がする。


 俺が喚んでない以上、『お前のではない』 コレはわかりきってる。しかし、あんな風に言われると痛みが走る。心臓にズグッとくる。あの時を思い出して情けなさにズブッと嵌まる。



 取り出した黒のリングは、何も変わってない。

 彼に契約は見えない、リングもない。どう見ても人と同じ姿のアズサ。でも、猫になった。小さな猫だったんだ…



 


 心がへこむのと喜ぶのと、疑問符が同時進行で動き出す。


 

 俺の召喚獣はやはりいない、でも人である事が嬉しい。此処に居る、それが嬉しい。しかし、俺はどうやって人を召喚獣として喚んだんだ?


 学舎で学んだ事を高速フル回転で脳裏に叩き出したが、わからない。


 あの時描いた召喚陣を思い出す。

 過去に描いた陣形はどう考えても、どの時も同じで一般に描かれる陣形とは大きさだけが違うはず。なのに、どうして人が喚べる? 事故… 事故との判断が正しかったのか? ならなんであの時、アズサが聞いてくる? 誓約の再確認より、契約に比重をおいて聞いてくる? それに後からの調べでも…!



 頭の中で落ち着けと思う端から、ぐるぐる回って落ち着かない。自分を正当化する言葉が浮かんでは消える。




 人。人。人。アズサは人。間違いなくヒト。


 消えてしまったあの後は、色々考えた。

 中でも、『あの時、こうしていれば』 『もし、人であったなら』 『いや、そうでなくて良かった』 そんなこんなと、どうにもならない事を考えた。





 「ふ…」


 回る思考の中から、一つがじんわりと心の中に広がっていく。



 色々交じって自分でも複雑だが、これは… 喜びだろう。




 「あ」


 己が成し遂げていた事実。

 驚愕を歓喜が押し切って声を上げ、口角が持ち上がった時、おとぎ話を思い出した。冷静になれと、冷たく語るおとぎ話を。





 「世に出回っている話の大本がこれだ。この話を隠す為に似せて違う話が作られた。心得ろ」


 世の中には、様々なおとぎ話がある。似た話も当然あったが、そう教えられた。

 裏と呼ぶが正しい本来のその話は、召喚を志す全員が読む事はない。実際に召喚を行う者だけが、確約をした者だけが、必ず読まされる話だ。そして、その話を他人に話す事はしない。


 一つは、その話が非常に教訓めいている所為でもある。

 おとぎ話は小さい子供に理解し易く、「こんな事になるから、してはいけないよ」と教える話に、自分で考えさせる物が一般的だ。最も、揶揄や比喩に暗喩めき、大人の風刺も交じり交ざって、わかり難い物もあるけどな。



 あのおとぎ話には示唆する内容が多かった。だから皆、昔の人が安易に行わないよう、私利私欲に陥るなと諭す為に書いた話だと考える。



 遥かな昔、今はもう存在しない。いや、存在したかも不明な国で大掛かりな召喚が行われ、人が来た。多様な能力に飛び抜けた、それはもう夢の様に強い『人』が来たと。来た人は喚んだ国の為にと様々な事を行い、素晴らしい成果を成し遂げたと。


 そこまでは良い。

 そこまではあらゆる意味で成功譚だ。





 最後に、その強い人は狂い死にする。




 あのおとぎ話が教訓ではなく真実を書き記したのであれば、その最後は悲惨に陰惨に。 狂い死にで正しい、んだろう。正気を保てず最後に狂って死んでいく。死に際、その能力で国土に被害を齎した。


 なれども、たが為に国が滅んだとは書き記されてはいなかった。


 不明瞭な終わりに、あった国かもわからない。だからそれは、おとぎの話。




 おとぎ話であるのに、狂い死にに至る描写に過程がどこか生々しく思えて、皆で語り合う良い話とは受け取れず、よくよく考えろと教示を記した話だと読み込んだ。


 「内容事体は検討するべきもんだろうけど… 大勢で検討する為の話か? 違うだろ、これ? 事実であるのなら、自分はどうあるかを自身で考え出せって言ってんじゃないか? いやもうそれ以外どう取れと〜?」


 学友も重いため息を吐いて嫌そうに、そう言った。



 「考え過ぎだっての。作為で作られた話なら、それは単なる押し付けだろ? 俺達が喚ぶのは人じゃない。習った陣じゃ人は喚べない。要は最悪の一つを想定しろってんだろ。大体今更こんなの読まされてもよー、びびって止めろってか? はん、子供騙しの引っ掛けに、わざわざ付き合ってやる気なんかねぇよ」


 見え見えなんだと、唇を歪めて笑った奴もいたけどな。




 過ぎ去った時の記録の何が真実かなんて、その心情なんて、どう知り得れば良い?







 もし、あの話が正しかった場合、アズサはどうなっていただろう?

 アズサも同じで最後は狂い死に至るのだろうか? アズサに魔力はなかった。話にあった強い人とは条件が違う。違うが… 本当にそうだろうか?


 最初にアズサが奇異な目で見られた時、俺はどう思った? 召喚獣と途中で契約を破棄する者も確かにいて、召喚獣の総てが国に保護される訳じゃない。



 アズサは、アーティスを俺にくれた。死に際に引き替える形でくれた。


 …あの検査を執り行う事がなければ、アズサはアーティスを作り出す機会もなく、あの検査官達に仕返しして力を示す事はなかったと思う。アズサには力がある。でも魔力はなかった。今だって… ない。俺の目には、わからない力。



 失ったあの時、後から後から出てきた力の事実に瞠目し、目眩した。



 もし、あれがなかったら? 


 力の現し方が常とは違うものだと、本当に考えついただろうか? 必要な切羽詰まった時以外使わないとしたら、本当に力があると一緒にいても… 気付く事は可能だろうか? 気付けなかった場合、全く力が無いと判断したら、後から腹立ち紛れに契約を破棄しなかったと、八つ当たりに至って酷い事をしなかったと、本当に言えるだろうか? 


 この仮定で契約を破棄した場合、おとぎ話同様に狂い死にする事はなくなるだろうか?


 だが、それより生きていけるか? 召喚獣のリングを持つアズサが人として生きていけるか? 破棄しても、証は… 残るぞ? 証が効力を失い黒となり外れるのは、召喚獣の死亡・消滅・この世界に存在しない時と判断がついている。


 アズサには力がある。しかし、その力が逆に枷になり外せない場合は? そもそも証を外すにしても、それは…  証は約束だ。守りの約束でもある。 


 守りを外す、  守りを自ら外すという事は。  現状の打開に命を掛ける?



 聞こえが良いだけのソレは、  自殺 行為に、   似てないか?   証は、証なのだから。 



 いや、でも… それなら…




 次々に連鎖的に走り出す思考に、その考えられる想定に俺の中で思考する意志が鈍っていく。考えられる想定に最良と思えるモノがない事に、考える意志が沈黙を望む。



 ……そうだ、仮定は仮定でしかない。時は巻き戻らない。

 今のは想像における仮定だ。此処に居るアズサは俺の召喚獣じゃない。誓約も契約も持たない人だ。…奴隷印を押されているだけで、アズサは人だ。人として存在する。力を持つ人だ。その力が、わかり辛くても。有り得ない方向性でも。


 ヒトとしての生を生きる人で、 でもそれなら示す 意味が…



 想定する過程に冷や汗を感じて思考を閉ざす。



 アズサは知らない、気が付かない。   覚えて、 ない。 

 俺にしても、たった今、気が付いたこの仮定。 知らず、気付かず、至らない。 何より俺にそんな意図はない。理解の上での意図はない。


 そして時は過ぎ去った。


 過去に犯したかもしれない罪は…  もしもの仮定に罪は認められるものか?    仮定を裁く?  誰が?  どうやって? 



 あるわけないだろ。



 両者が 共に  わからなくて至らないのだから。





 これ以上の仮定は、俺には不要なモノ。


 過ぎたのは、ガキが見た夢。 終わった、 失って泣いた (世界)だ。







 巻き戻したいと願った時間。巻き戻らない時にこそ、心底安堵する。

 いや違う、奴隷印を押される前に戻れるのなら戻りたい。それが可能であれば必ず助け出して、そんな目には遭わせない。その前に必ず探し出すのに。


 印がある事で出る不具は、あってもない事にしてみせる。嫌な思いばかりはさせやしない。俺を頼ってもう一度来てくれた、この事実。恐ろしい程の力を見せて、あの兄を唸らせた力を持つアズサ。



 まだ。 

 まだ、遅くはないと思いたい。 もう一度やり直したい。



 助ける所で、必要なその時に、手を差し伸べなかった俺はーー  隣に立つことは無理だろうか?


 力があると知って惜しんで、もう一度と望む俺は、    それだけを望んで願っているはずではないけれど。



 俺の、  俺の思考は単なる利己エゴか?





 アズサ、人であるアズサ。

 もう一度、始めからやり直したいと願うのは駄目だろうか? これから頑張るじゃ、遅いだろうか? 遅過ぎるだろうか?










 人とは違う、教書にもない、俺が喚んだ事実に…  俺は酩酊する。 ああ、むしろ酔いたい。何も考えず、独りで杯を重ねたい。 そんな気分だ。












 静かに寝室に入り、テーブルの上の食器を覗くと夕食を残していた。


 ベッドに寄って、眠るアズサの手を取れば包帯をしていなかった。 …印が否が応でも目に入る。



 「この引き攣れ具合は…  良くならない、かなぁ」


 少しでも良くなる様にと、一応はできる癒しの術を掛けたいが、その癒しの魔力も良くないとなれば本気でやり切れない。


 患部の上に自分の手を広げて確かめる。



 薄れている事実で、やはり力を連想する。己の物でもないのに、己の物と考え手放したくないと考える俺は浅ましいか? 


 思考がそこから離れてくれない。




 手を取り直してアーティスを真似、微かに唇を、舌先を印の上に落として願う。 この印が消えて無くなれと。

 






 願っても消える事が無いのが現実だ。



 新しい包帯を取って薬を塗って巻き直し、寝顔を見た。





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