82 合ってない
…気合いは、よくわかった。
だーから、もう手ぇ離せって。これで汗ばんでたら最悪だぞ、わかってるか? お前。
「あ、そうだ。先に」
するっと離して、自分の首の後ろに手を回した。
コトン、カタンッ。
外したチェーンの先には、二つの指輪があった。
それをテーブルの上に置いたんだが、一つがガチで高そうにしか見えない。伯爵のおにーさんの指輪に負けてない。…わー、すごいね〜。リアル、俺のバイト代なら購入すら検討外だ。
それを指に嵌める。
嫌みなく似合うのが何とも言えん。これも一つのリア充か? リア充なのか!? …そうなんだろうな、へっ。俺とは次元が違うな。
「はい」
もう一つを胸ポケットに仕舞って、俺に向かって手を出した。
「はい?」
「貸して」
お守りのトップにチェーンを通して、俺の後ろに回る。ハージェストの手が俺の後ろ髪をスッと払う。
カチッ。
チェーンの留め金が掛かって、お守り、装・着・完・了!
「どうかな? 合ってるかな?」
「そうねぇ… 鎖の太さが〜 ちょっと合ってないかしら?」
「そうか? それでも悪くないと思うがなぁ… むしろ、長さじゃないか?」
「あ〜、合ってないか」
「悩むほどじゃないわ。どうかしらって思うくらいよ」
「それでどうかと悩むか? それなら似合う物を選んで買えば良い。それが早い」
「そうね、それが良いわ! 此処には、どの程度の物があるのかしら? あ〜、家だったら直ぐに用達を呼ぶのにぃ」
いきなりウキウキ笑顔になられましたね… やっぱ、どんな時でも女の人って買い物が好きなんだな〜。しかし、ちょっと待って下さいよ? 俺、他人ですよ? 太っ腹過ぎませんか? それとも後から請求来ますか? 出してないけど、リュックの中に貴金属あるんですけど〜 がっつり。
それと… 店に預けた分。 ええ、それはねぇ は〜ぁ。
「少しの間、それで我慢してくれる?」
「え。 あ… う、ん」
ちょっと気遣った様な、それでも全開の笑顔に曖昧な返事しかしない俺は微妙だな。ああまぁうんそのあれだろう、あれ。タイミング外したのと〜、信じるとかの度合いの問題ですかね?
革紐じゃない、付けてくれたチェーンから下がった俺のお守り。手をやれば、貰った時の定位置とは違うけど、ある事になんかホッとする。うん、嬉しいね。
こんな時だけど、他人にして貰う事は当たり前ですかね? …どっかでコレ落とし穴ないですかね?
見回すと、初めてお目に掛かる人達も、何だかホッとした顔するのが不思議だな〜。
「一つ落ち着いた所で、何があったか説明をして欲しい」
その言葉に強く頷いて思う、俺のモン返せ。
「警備兵さん来た。店で犯人言われた。急に目眩がした。立ってられなくなった。ぶっ倒れた。気が付いたら、牢屋入ってた。その後、ずっとそこに居た」
…隣の奴の目が細まって、唇が持ち上がってうっすーく笑う。思考の方向性が読めそうです。それを隠す気が全く無いのが、すごくて怖いな。気持ち後ろに下がりたいですが! おにーさんとおねーさんも似た様な顔してた。…おとーと君と似た感じ〜。うん、全員完璧兄弟だわ。
端的な説明だったが、私情が交じらないだけに問題点が浮き上がる。俺のどっかがギリギリする。
「どうして急に目眩がしたの? 怖くなって?」
「茶に入れたのが効いてる、とか言った。 …気がする」
「それは警備兵で違いないか?」
「何度かお世話になった。あの制服は間違えない。 …はずです」
ふははは、問題点の改善と追求以前に、どっかを私情で殴りたい。お楽しみに取り置きする気もないから、ひたすら叩きのめしたい。それじゃ駄目だとわかってるけど、力任せに殴りたい。
「地下に居た時、他に誰か居た?」
「いや」
「一通り調べたけど、牢からは一人で出た?」
「うん、一人で」
「どうやって?」
「……… さぁ?」
「…鍵は掛かってなかった?」
「それは掛かってた、と思う。鍵の場所がわかんなかったし、どこ押しても開かなかったし」
「……鍵を外さずに、どうやって?」
「出るって決めて出た。 …だってさぁ、もうあんなとこ居たくなかったし。居る理由なくて、尋ねる理由もなくなった。だから出ようと思って出た。それは確か、覚えてる。 …そーだね、どうやって出たんだろーね」
目を閉じて嫌そうな顔で呟く。
最後は謎掛けでもない、不思議そうでもない。棒読みで答えてきた。
合いの手と感情を交えずに聞くが尋問風にはしたくないから、そこだけに留意するんだが… 聞き直しても、視線を下げて目が合わない。答えようとしない。
無理に聞き出すのは得策じゃない、これ以上は駄目だな。時間を置かないと。
「ごめん、嫌な思いをさせた。でも、思い出せる事を少しでも教えて欲しい。でないとわからないままになる。そうなると後々も鬱陶しい事が続いてしまう、全面駆除をしたいんだ。 …ごめん、不甲斐なくて ごめん」
「…え? うぇ? いやなにそれ? えーと? 俺なら平気ですが?」
顔を上げて瞬きをする。
無理してない顔にホッとするが、兄とレイドリックに目を滑らせば視線で返してくる。それに、ちょっと待てと答える。
「…どうかした?」
「あ、何でもないよ」
「そのお店、どこにあるの? 言われた原因に心当たりはあって?」
「え、あ、 はい」
姉さん、ありがとう!
追求の視線が外れた事にホッとした。
どこの宿に泊まって、問題の店がどこかを聞く。店の名前に店主の名前。
「どうして宝石店に?」
「持ってたの換金してた。泥棒入ったし、安全に一部預けて。その引き取り時にやられた。その時、こんくらいのウエストポーチしてたけど、あそこで起きたらなくなってて」
「そうか。取り押さえた保管物の改めもしよう。その店に預けた分も取り戻さんとな」
「お願いします!」
続く状況説明に、集団的犯行としか思えん。子供の確認に念押しか… 初犯を連想するが、あ〜苛つく。ムカつく。殴りたい。 ……はぁ。
「治安は上がってないと見るべきか?」
「横繋がりでしょうか?」
「今回の根と同じか、逃げていないかもですね」
「ええと、 落ち着いてる?」
「…今は平気」
……アズサ。
口で言っても、その目が裏切ってるからさ。あの時と同じ様に、すっきりはっきりきっぱり怒鳴ってくれた方が良いんだけどな。 あ、兄さん達が居るからか?
「ところでですね、レオンさんは今どうしているんでしょうか?」
「え? レオン?」
「レオン。 …誰だ、それは?」
「竜騎兵のレオン・アスターさん。領主館に来た時、対応してくれて手紙くれた。字が読めなかったから、役人さんに読んで貰った。もう少し待てって来た後、音信不通」
アズサが俺の顔を見て言う。
残る全員が一斉に俺をみたが、俺の脳裏には奴の顔が浮かぶが!
「レオン… 黒髪に翠眼の?」
「そう、その人!」
必死で脳みそを回転させるが、他のイロンナ事もよく回る!
「ええと、ええーーーーと。 あいつは外に出、ている。うん、まだ帰っては… いないはずだ。街の外の… 他の隊との合流で、それかあの場所の見張り… どちらかで残っているはずで」
「あー、やっぱ仕事中なんだ。帰ってないんだ。 …そっか、そりゃ無理だな」
「あいつ、何を言ってた?」
「だから、『待て』言われた後の連絡ないし、領主館に聞きに行ったら他の竜騎兵の人の対応が、なんつーかこーアレで。なんか色々嫌んなって、もう会わずに街出ようと。で、店に引き取りに行って、こうなったと」
全員の俺を見る眼差しが突き刺さるが、ちょっと待て!! 待てぇ、叫びたいのは俺だ!!! 全員、どんな対処していた!?
「でも、一番最初はリオネル君が対応してくれた」
「えっ? リオに会ったの!」
「リオネルが!?」
「あれに会っているのか!?」
「来た時、居なかったから。リオネル君が代わりに出てきた。えーと… まぁ、俺の対応も… 良くなかった、結果的に。 上手く言えずに、不審者扱いになった」
失敗したって顔で、頬を指で掻いてるが!
「リオは…! リオネルはどんな事を言ったっ!?」
「末の弟が… すまんことをしたかな? 弟はどんな扱いをしたのかな?」
「え? あ〜、普通だと思いますけど? 単に出直して来いだったと」
「…そうか? ……色々嫌になったから、出て行こうとしたんだろう? 対応が悪かったからではないのか? あれの行動パターンは兄として掴んでいるつもりだが、結構な事を言わなかったかな?」
「……… あー、一応。 ちょっとばっかし痛かったです。会えると思ってたから、一気に気分が落ちました。でも、正論であったと思います」
「そうか、突っ込んで聞こう。何と言ったのかな?」
兄の笑顔に引くのもわかるが、俺も知りたい。
「えええ…と あんま、覚えて」
「問題ないから、ほら、言ってみなさい」
目があちらこちらにさ迷う。アズサは優しい質だと俺は思う。
「 ウせて、 イね ?」
呟いた小さな言葉に脳みそが沸騰する!
『『『 リ・オ・ネ・ルゥゥゥウウ!!! 』』』
心の中で強く叫べば体の芯から震え出す!
目を合わせる兄と姉と同じ顔をしてる自覚はある。レイドリック達の顔も見えるが、それがどうした! あああああ! そこでナンか違ってたら! 違ってたら、こんな事には!?
「弟が…! ひ、酷い事を… 言って… 」
「そ、そう。そうだったの、あああ… それは嫌になるわよね。 ほんっとうに! 〜〜〜ごめんなさいね。リオ、あの子の事だから、絶対睨んだでしょう? ふふ。 せっかくハージェに会いに来てくれていたのに、ね。 そんな、フザケた事を言ったり… する弟で! うふ、ごめんなさいね」
「あの、いえ、最初に間違えたの俺で」
「いやいや、本当にすまないな。我が家の末が… ! 」
どこかで遠慮する姿勢なのは優し過ぎると思うが、怒りのままに振るわれると非常に恐怖な気もする… しかしそんな事より、リオの奴、どうしてやろう!? 考える必要ないな! 問答無用で絞め上げないとな!!
「ところで、会ったのは何時だったか覚えてるか?」
「……ん、あ〜〜〜〜 ? あ、これから王都に向かうって言ってた。出る少し前だったんじゃないかと」
瞬間、俺の脳裏を駆け巡る!
あの時か、あの時か、あの時かぁああ!! あの日、アズサが領主館に来てたのかぁああ!! いや、それよりも!同じ此処、シューレに居たのかよぉぉおおおおお!!! なんですれ違いすらしないんだ、畜生! 普通あるだろうがぁ! 俺に運はないのか!?
頭がガンガンする。
「あのぉ… リオネル君、手紙出してくれるって言いました」
「え?」 「ん?」
「来た事を言い触らすなと言われたけど、来た事を兄に連絡するとも言ってくれた。それでレオンさんがですね。レオンさん居なかったんで、他の人がですね。 …リオネル君から連絡行きました? 返事くれなかったの、なんで?」
『はいぃいい!?』
質問を理解して脳内で悲鳴を上げた。
「え? え… れん、らく」
気が焦り、記憶を探るが思い出せん!! 皆はどうでも、アズサが俺を見る目が一番平坦なのが辛い!!
「あ」
あれか? あれなのかっ!?
『俺と兄さん取り間違える馬鹿が来た。追い返して終わっといた。次は自分でやってくれ』
以前、チラッと掠めた思考が手紙の文字に追随して脳内で直結を果たす! それが別の単語を弾き出すが、それは後で良い!!
ガタン!
「あああああ! あんなんで終わらすな、リオネル!! もっとちゃんと概要書けぇぇええ!!」
宙を睨んで叫ぶが、それも後だ! 即時行動あるのみだ! 椅子に座っていてなるか、横に立て!
アズサの両手をもう一度握り締めて、目を覗き込む。
「ごめん! ごめん、ごめん! 言い訳にしかならないけど、お願いだからさせてくれ! 現場で忙しくて、終わってる内容文に処理済みと思って突っ込まなかった! 『次』って書いてあったから、急ぎじゃないなら後にしろって判断した! わかってたら絶対連絡入れてたんだ!!」
ひたすら謝罪し続けた。
「あ〜、その書き方なら仕方ないんじゃね? あった事、そのまんま書いてるだけだしさ。 …そんなもんだよ」
謝罪は受け入れられたが… こんな風にあっさり切られていきそうで怖い。
俺、まだ何にもしてないのに! してないからこうなってもいるんだが… うああ、理不尽極まりない! ナンか既に半分見限られてる感じがして、ものすごくキツい!
リオネル… はははは。 嫌がっても次は許さん。この兄がみっちり仕込んでやる。
「はい、そうです。初めまして。この顔を覚えていて下さい」
「… はい、初めまして」
半分以上悶々してたが、アズサへの紹介は滞りなく行われてた。
「宿と店については、自分がこれから調べて来ます。他に思い出せる事や話せる事はありますか?」
「宿に置いてた物が、どうなったかも」
「どんな物ですか?」
レイドリックの質問に答えるが、俺の時とは違う視線であるのが悲しい…
「時間も経っています。絶対の保証を自分は言えませんが、努めてきますので」
「お願いします」
「では、私は先ほど言われた品を保管庫で探してきます。失礼ですが、その… 中から飛び出してくる様な物は入ってはおりません、 よね?」
「はい? 中には買った物と売り物だけです。そんな事にはならないと… 思います」
「そうですか、わかりました。保管物の選別自体まだ済んではいませんし、こちらにあるとも決まっていません。どうか、お時間を下さいますよう」
「はい、もちろんです。お願いします」
ロイズの質問に答える視線もやっぱり違うよな…
「「 では、御前を失礼します 」」
部屋を出る二人を見送る態度も違うなぁああああ… 最初に部屋を出たステラの時も違ってたなぁああ。 あー いかん、俺に落ち込む暇なんぞない。
「それと、俺の水筒どこでしょう?」
「ベッドの枕元に置いたけど、気付かなかった?」
「え、枕元?」
「枕の下に埋まったかしら? 待って」
席を立って、ベッドに行き、枕を持ち上げれば転がるモノが見えた。
「そ、そんなとこにあった…」
「はい、どうぞ」
「…はい、間違いなく俺の水筒です。ありがとう、ございます」
手であちこち確認している水筒は、普通の水筒に見えた。
カ、ラ〜〜ン…
内に籠る高鳴りに何だと思うが、自分の昔を連想する。
「あれ?」
カラン、カラン、カンッ!
「何が入ってる?」
「何か入れた?」
「飲んでいた時もしてたわよ」
「ええ?」
「もしかして、中が空っぽ?」
「あー、そうだと思う」
水筒の蓋をキュッキュと回して取って、逆さにすれば、僅かな水滴と一緒に何かが出た。
「あっ!」
ガツッ!
手のひらをスルーしてテーブルの上に落ちた。ゴロゴロッと転がった。
「……っ! ごめ! ごめんなさいっ! (高そうな)テーブルに傷がぁ!?」
「大丈夫だ!」
「傷ついてない!」
「テーブルなんて使えば傷つくものだから!」
「「「 そんなのは、気にしない!! 」」」
三人で声を揃え、転がり出た物を凝視した! ドキドキしてるっぽいアズサを宥めたいが、それより目がいってしまう!
「アズ、 いや、 あのさ、それ何?」
「へ? 石」
返事に泣ける。
自分の感覚と兄の眼差し加減で拙い物だと理解できるってのに…
『原石か?』
『どこか… 違って。 原石でもナニか違いません? お兄様』
『ハージェスト、お前は?』
兄の言葉に嵌めた指輪を見、記憶を引っ張り出す。感じる波動に思考を回す。読唇で答えようとして、アズサの視線に気が付いた。
咄嗟に姿勢を正して、アズサに向き直る! こんなのでアズサに不審が芽生えたらやってられない!
「何だろう? どこか魔石と違う感じがする物だね」
俺の言葉に兄が頷き、アズサを見る。
「教えて欲しいんだが、これは何だろうか? 魔石の一種であるとは思うのだがな。 伯爵家の次期として様々な物を見ているが、これと同じ物として該当する物が思い当たらない。これは、どこで手に入れた物だろうか?」
兄の言葉にアズサの表情が変わる。
『え、それほんと?』
そんな顔してる。表情で思考の総てが漏れてるよ、アズサ。
視線を下げて考えて、石を手にして転がす姿に憂慮に重みは微塵も無い。手のひらで気軽に転がす所に何と言えば…
顔を上げ、兄を見て、姉を見て、俺を見た。じいっと俺を見て、俺を見て、俺を見るから誠意を込めて見返せば一言。
「 内緒 」
……フ、ラれたっ!?
水筒の中に再び入れる。内でカランカランと音が谺した。
表情がどことなく不機嫌になってるのに思考が停止する。兄と姉が間髪入れずに掛ける言葉が素通りする。
「待て、な? 問い詰める気はないぞ」
「ええ、ごめんなさいね。品に覚えがなかったから、ついね。気分を悪くしないで。あなたから取り上げるとか、そんな気は一切ないのよ」
「間違えるなよ? 本当だぞ。 あ〜、それでだなぁ。 もしも、それを処分する時には教えてくれんか? 不明を感じた一品だ、変な所に持って行かれて使われるのだけは遠慮したい」
「………手放す予定はありません」
水筒に視線を下ろす姿に、どう押せば?と悩むがぁ!
視界の片隅に入る兄と姉の顔に、ナンか色々浮かんでる。『前途多難』とか『やり直し』とか『改善策模索』とか『現状打破』とか。 う〜〜〜、畜生! そんなの一々言われなくてもわかってる! まぁそれ以上突っ込まなかったから、俺に託してくれたと見ていいんだろう。
それにしても、アズサは… ナニをどれだけ持ってるんだろう? 何かな… はぁ、そんなのが目当てだと思われたら… 最悪だ。悪夢だ。
いや、駄目だ! 駄目顔なんかするな、俺。当てにならん奴だとすっぱり切られたら終了だ! しっかりしろ、気遣え、落ち込むな! 培って来た忍耐力はどこいった!? …ん、コレ忍耐かぁ? ……心臓への耐性か?
「あのさ、疲れてない?」
「へーき」
「お昼も近いけど、少しお茶にしましょう。そろそろステラが持ってくる時分だから」
「お茶、 ですか?」
コンコン。
「お待たせ致しました」
アズサが言葉を続けようとした絶妙のタイミングで、ステラがワゴンを押して入ってくるのがすごいな。…計ってたか?
「ああ、良い頃合いだ。淹れてくれ」
「はい。お待ちくださいませ」
ステラが笑顔で一礼したのを、アズサがちょっと口を開けて見てた。視線の意味は間違えないとも。
コポポッ… カチャ…
「どうぞ」
ステラが極力音を起てない様に注意して、ソーサーを置く。
兄、アズサ、姉、俺の順で並べられた茶に皿に盛った菓子。立ち位置が不明確でも、配る順にも菓子にも気を回してくれる姉に目で感謝すれば、笑顔が返る。やっぱり、俺は姉に頭が上がらない。
そしてアズサは出されたミルクティーを見てた。ちょっとだけ、口を開けたままなのは変わらない。
「ええと、で、す、ね…」
「美味しくてよ。今回はきっと大丈夫」
「…こん かい は?」
カップから視線を外さないのに根深さを感じる… が、そんなモノは払拭しないと!!
「今朝のミルク、美味しかった?」
「…うん、普通に」
「同じ物を使ってる。物は保冷庫に置いてたから問題ない。今だって何ともないよね?」
「……あー、まぁ」
「茶葉はこの前とは違う物だけど、特別な物じゃない。この領主館の食堂で使われてる。今の時分だから作り置きもしてる。兵の皆や、ここで働く者が飲むのと同じ物。この街に着く前に茶も飲んだって言ってたろ」
「……じゃあ?」
「結論から言えば、水が合ってない」
「み、ず? 水が… 水が、合わない! 水が、俺に、合ってない!? う、うそぉ! あ、でもまさか… まさかまさかまさかぁっ! あああああっ!?」
「ど、どうしたっ!?」
「なんだ!?」
「お、落ち着いてぇ!?」
いきなり狼狽え出して、頭を抱えるのに驚いた。い、言い方が悪かったか!?
「あ? 待てよ? おにーさ なんで止め な、かっ… あ、ちがっ! …な、なななななまっ 生水!? 生水飲んだ、俺!?」
「だから落ち着く! え? 違う、そっちじゃないよ」
「温かい茶だっただろ? 普通に沸かしとるぞ」
「…あ、 そうだ」
「お願い、ちょ〜っと落ち着きましょう! ね? あのね、あの時のお茶には魔力水を使用したの。早く元気になぁれって使ったんだけど… 裏目に出たみたいなの… まさか魔力水が合わないなんて、私そんなの考えた事もなくて… 」
「ああ、魔力水にも色々あるがな。飲んで体調を崩す奴なんていなくてな〜。俺が知る限り、お前が初めての事例だ」
「……… !!」
ショックで口をかぱっと開けて固まる姿が可哀想と言うか、なんて言うかなぁ…
「それで、今回の水は普通の水。もし、これを飲んで倒れたら今後ミルクティーは出さないし、自分でも飲まない様に気をつけて。合わせが悪いって事が考えられるから」
「しかし、原因は魔力水だと思うからな。飲めると思うぞ」
「お茶は落ち着いたり、楽しむ物よ。嫌な思いをさせたままなのは、もっと嫌なの。だから、仕切り直しをしましょう、ね?」
「最初に全部飲まなくて良いから、少しね。あった嫌な事を一つでも変えて欲しいし、確認はしたいんだ」
促しに返事はなかったけど、カップを手にしたからな。中を見つめて香りを嗅いで、注視だと痛いだろうから、俺も飲む。飲みながら見る!
「……うん、美味しい」
「良かったわ」
「倒れた時間との差を計らんとな」
「ええ、飲んだ量と倍の時間を」
「様子を見てからね。ちょっとだけ、お菓子はお預けよ。その間、お喋りしましょ」
姉の笑顔に俺達を見て、「はい」と応えてくれたのが嬉しい。 …嬉しい! 前進あるのみだ!
「甘いものは好きかしら? どんな物を食べていて?」
そこからは和やかに話が進んだんだ。倒れた時の倍の時間を過ごしても、気持ち悪くはならなかった。その事に自分でも気が付いて、小さなカップの中味を全部飲み干した。
「なんともない…」
その後の時間の経過にも、吐き気はなく気分の悪さもなく、やっぱり魔力水が原因かと皆で納得した。
笑って居られる。あ〜、良かった。
「えー… 意識した事なかったけど… 俺、魔力ってダメなんだ… 」
「いや、わからんぞ? 決定ではないはずだ」
「はい?」
「契約で変わる可能性がある。絶対とは俺も言えんがな」
「ええ、そうだわ。誰だったか、契約主の変化や交代で変わる事があると言ってたわ。あんまりないらしいけど、私は専門ではないし聞き齧りだから」
「けい、やく」
「ん? ああ、まだ話してないのか」
「じゃあ、それはハージェから聞いてね。その方が良いわ」
…姉さん、ありがとう!
俺としても本当はスパッと話したい。 だけど契約は、ノリと勢いじゃ駄目だ!絶対に駄目だ! それで二ヶ月と保たずに破綻した実例があるんだ! 冗談でも止めてくれっての!!
「そう、ですか…」
チラチラとこっちを見るのに、もっと意識してくれ〜と本気で願う。しかし、美味しそうに菓子を食べ出したからドコまで意識に上ったかあやしいな… あー。
「ご馳走様です。美味しかったです」
「もういいの?」
「もっと食わんか?」
「いえ、いっぱいです」
「遠慮なら 「してません」
「はは、くちくなっているなら良い」
俺と同じ事を言うのが何だなぁ… でも、やっぱり少ないよな。魔力供給が駄目で食事量が少ないなら、あの力は一体どーやって維持してるんだ?
「ええ… あの〜 お世話になりまして、すみません」
「え? 何」
改まって言われると身構える。 さよーならとか言わんでくれ!
昨日、黙って出て行った事への謝罪がきた。黙って行ったのに、お世話になってすいませんだった。それと、魔力水で疑問が晴れた。そんな事は考えも付かなかったから、誤解して終わるとこだったとも言ってくれた。落ち着いた顔であるのが一番嬉しい。
「あの人は、どうしたでしょう?」
「あの人?」
「はい、黙って出て行った事ですが。 実は」
それからの説明に疑問が生じた。
「自分で決めて出て行ったと…」
「でも、どうして決めたのか自分でも曖昧な点があると…」
「だけど、言われた事より自分の思考で埋まってた気がすると…」
聞いて顔を見合わせた。兄から、あの女の力について聞いている。力の方向性は考察しなくても、考えつく。
不安を煽る。唆す。疑心暗鬼を引き起こす。
夜の褥で不穏の種を植えるのは、効率的にも悪くないやり方だ。やり方をしくじらなければ。
しかしアズサには、それが効いてた様で効いてないらしいのが、なんてぇのかなー… 魔力に対して防御したのかわからないなー、でも癒しは駄目だったろー。
契約したら、何がドコまで変わるんだろう?
…いかん、だから先走るなと。そこまで進んでないっての、はぁ。 あ〜、俺らしくない。合ってない。こんなの俺じゃない。 …いや、これが俺か。
………ああ、そうだ。切られて終わる事を怯える。怯えるから、模索するけど動きが鈍る。
これが 今の 俺だ。
見栄すら張れない、 どうにも動かせない。 仕方ない。
これが、俺。
それでも、泣いて怒る事しかできなかったあの頃とは… 違うよな? あ、 うあ〜 駄目だ。先日も似た事をしてガキだと思ったばっかりじゃねーか。
でもまぁ、こんな時に自己分析できる程度には 成長 してるだろ? 俺は。
召喚は、『相応しい相手が来る』だった。今回、俺は喚んでない。 …俺はアズサに相応しいだろうか? 合って、いるだろうか? 合ってないって言われたら泣きそうだなー。
兄の返す言葉を意識しながらも、その事に気を取られた。