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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
80/239

80 アピールしよう


 その日の目覚めは良くなかった。


 「リリアラーゼ様、おはようございます」

 「…おはよう、ステラ。 ……もう朝なのね、ちっとも眠った気がしないわ」


 疲れが抜け切らない顔をして、爽やかさとは遠かった。



 「昨晩は、お疲れ様でした。本当に次から次へと…  お茶をお持ちしました。どうぞ、一杯」

 「…そうね」


 慣れた手付きで茶を注ぎ、差し出せば甘い香りが漂った。


 「あら、嬉しい。良い香り」

 「お疲れだと思いましたから、普段の物よりも甘い香りの茶葉にしてみました」


  メイドの気遣いに顔を綻ばせて、一口飲めば寝惚けた意識が目を覚ます。覚ませば、あれやこれやと思い出す。最後の最後でムカついた事も思い出す。


 目が半眼になり嫌みに口が引き上がりそうになるのを、茶を飲む事で誤摩化し、茶と共に流し込む。



 「あの後、様子を見に行く事もできなかったけど… 大丈夫だったかしら?」

 「はい、大丈夫と思われます。先ほどヘレンが様子を見に行った折り、廊下でハージェスト様とお会いしたとの事です。もう一人の様子は見ていないとの事ですが、二人分の食事を部屋に持ってくる様に指示されたとの報告をくれました」


 「そうなの、食事が摂れるのなら大丈夫ね。良かったわ。ふふっ、昼食は皆で摂れるわね。それまでに進展があれば良いのだけど」


 他に思う事があっても元気になったと思えば、より一層顔が綻んで艶やかに笑った。



 「さて、それじゃ起きてしっかりしましょうか」

 「はい、リリアラーゼ様」


 良い感じで気合いを入れて、茶を飲み干し、着替え始める。

 今日は昨晩の後始末やら何やらで、絶対に忙しいのが目に見えているのだ。






 「は? お兄様、なんとおっしゃって?」

 「いや、だからな。あの子が行方不明だ」


 「…………はい?」



 食堂へ行った。そこには兄が席に着いて、妹が来るのを待っていた。

 食堂に入れば、控えていたメイドが一礼して配膳に動き出す。兄の傍には老齢に差し掛かろうかとする執事が控えている。


 その中で兄妹の朝の食事が始まり、一番に弟からの報告を妹に伝えたのだ。

 

 「何がありましてぇ?」


 先ほど迄の笑顔は維持されるが質が変化した。声音は棘を含む。朝の朝っぱらから戦闘モードに移行し始める。


 「昨晩のあの女が原因ですの?」

 「ほぼ確定だろうな」


 「お兄様ぁ… 」

 「いやなに、動くかもとは思っていたんだ」


 「つ〜ま〜りぃ、お兄様の予想対処とは別方向に動かれて、ある意味外れたと」

 「そういう事だ」


 会話の間にも食事は続く、焼き上がったばかりのパンを口にする。芋のポタージュを飲む。付け合わせの彩り野菜の生サラダに手を伸ばし、焼いた厚切りのハムを咀嚼する。

 

 「その女の対処は、どうなさいますの?」 

 「尋問もするが、報告待ちでもある」

 

 橙色の果実にナイフを入れる指先に、グッと力が込められる。


 「捜索は進んでいるのでしょうか?」

 「街に降りたのは確実。ハージェストが経路を発見したから追い掛けている。北裏から東へ降りる細道があってな」


 「……もぅ。私の知らない初めての場所であるのが、まどろっこしいですわぁ〜。ですが、人をやっているのでしたら直ぐですわね」


 「いや、街へは出させたが北裏へは行かせとらん」

 「え?」


 ガタン!


 「お兄様 、どうしてですの!? 何かあったら誰かに…!」

 「そうだ、誰かにだ」



 席を立ち、激高しかける妹とは対照的な兄が居た。


 「もし手遅れで契約した者が出てくれば、そっちはどうにでもする。此処は俺の領だ。しかしその前の段階であったなら、人はやれん」


 執事に新たな茶を注がせながら言う。


 「ハージェストに第一の権利がある。あるが、それはこちらの言い分だ。経緯が不明なのが痛いが良好状態とは、とてもじゃないが言えん。なりかけてはいたが…  はぁ。 それが倒れた翌日に黙って居なくなった。原因はあの女でも、その心情は計れん。…見限って出て行ったのかもしれんだろ? 


 そこへ竜騎兵を入れて捜索させて、その誰かと契約したとなればどうなる?」


 「…あ。  え、でも」


 ゆっくりと椅子に座り直すのに頷き、茶を口にする。

 

 「まぁな、基本の条件がどうなっているのかもわからんが、竜騎兵である事は精鋭である事だ。大概の適合に合うだろう。レイドリックなら構わん。ナイトレイ家は我が家を大樹と従ってきた家だ。ナイトレイに繋がるなら、問題ない」

 「そう… ですわね。もしも契約した者が」


 「そうだ、まず無いだろうが絶対も無い。契約した者が連れて他所へ行き、巡り巡って対立家にでも行ってみろ」

 「…嫌ですわぁ、腹立たしくていられません。その上で悪意が芽生えそう」

 「だろう? そうならない為に裏で細工をしたとして、それが判明した日にはどう出る?」

 「考えずとも最悪ですわね」


 「ハージェストが新たに契約を結び直す。それが一番良いんだ」



 見つめ合い、納得に頷き合う兄妹の微笑ましい一場面だが、感情に伴い室内の温度が上昇したのか下降したのか。

 メイドのステラは平然としていたが、領主館に勤める執事を筆頭とする居合わせた複数人が、内心非常にビクついていた。



 「まだ、遠く離れた手の届かない場所に行った訳ではありませんし」

 「そうそう、本当に何かあればハージェストが連絡を寄越す」


 「手に負えないなら、竜を呼びますわよねぇ」

 「できないガキじゃないんだ、待ってやるのが筋だろうよ」


 その言葉で食事を締め括った。


 「美味かった」

 「ええ、美味しかったわ。焼き加減が良かったと伝えてちょうだい」


 「はい!」



 その他全てを平らげ食事を終え、二人が出て行く。

 それを見送ったメイド達の間から、「ほうっ」とした吐息が静かに漏れた。









 

 館内の一室に全員が集って、話し合いが持たれた。


 部屋には卓と椅子が並んでいるが、座っているのは二人だけ。セイルジウスとリリアラーゼが椅子に座り、他の者は直立している。


 「まずは私から報告を」


 挙手したのは、領主代行のロベルト・イラエスだ。


 彼は微妙な失態をしている。

 出迎え時に想定内であり、作戦内でもあった。それは確かだが、取り押さえる際にセイルジウスの手を煩わせた。本人は実に楽しそうで、実際のところ、彼に何かするのは至難の業だ。


 作戦内ではあるが、それは公にしたものではない。そうなると知らない街の者から見ると、領主の代行であるにも関わらず、領主の通行妨害を防げなかったとなる。それは明らかな失態。


 普通なら首が飛ぶ。

 彼の場合、それは無いが気持ちは違う。悠長に座しているなど恐ろしい。早く失点を取り返す為に、自ら街へ出向く姿勢で尽力をアピールした。

 

 ダレン・サンタナと街の要所部を手分けして再確認に走っていた中で、北西部の某人間から連絡が入ったのだ。



 「昨晩の赤の光の大本は、これになります」


 片手に乗る小箱を、両手で慎重に卓の上に置く。


 箱の蓋を取り、中で折り畳んでいた黒い布を開く手が、気持ち震えていた。開けば薄くも赤い光が溢れ出る。布の中には輝く玉があった。



 「…ちょっと待って。あの後も、ずっとこの状態なの!?」

 「そうです。今現在もご覧の通り、微弱ながらも光を発し続けています」


 「ほぅ、魔石が極上だとしてもどうなっている」

 「危険です!」


 あっさりと摘まみ上げるのに、間に合わずとも声を荒げたのはレイドリック・ナイトレイ。驚愕の目で見ているのは、ロベルトとダレンとルーヴェル・エイラムだ。声には出さなかったが、『うわ』とか『うげ』とか口が小さく動いている。



 制止の声を聞き流し、輪っかの部分を押えて眺める。


 「これには紐か鎖でも無かったのか?」

 「あ、あ〜…  ご無事そうで何よりです」

 「……はい。 元は革紐が付いていたそうですが、途中で切れていたので捨てたとの事です」


 「ふーん」


 手のひらでコロコロと転がす。


 「どうなって、こうなった?」

 「申し訳ありません(努めましたが)…  不明です!」


 目を落として『不明』と言ったロベルトに、リリアラーゼは遠くを見た。

 

 「赤の光が… いえ、あの時が最大なのかも不明ですが、見た中で最も色濃く煌めいた時に周囲の者達がバタバタと倒れました。その者達は死んではおりませんが、まだ起きれないか目覚めていない状態です。


 …煌めきがあった直後、体に異常を感じました。それを嘘だと思いましたが、その瞬間に力が失われたのを理解しました。 …あれは、今思い出しても震えがきます」


 「どういう仕掛けなのか、その場に居合わせた自分にはその様な影響はありませんでした。おそらく、それに力を食われたのだと思いますが… 自分もロベルト様の直ぐ近くに居たんです。何かが発動したのなら、自分や部下達も範囲内に居たと考えられます。ですが、それが無い。その点が自分には納得がいきません」


 言葉を添えるレイドリックの顔に、でかでかと不可解と出ていた。



 「その後、夜空から白い光が落ちたのを見ました。そちらに気を取られている内に赤の光は衰え、大雨が降り出した時には光は止みました」


 正面を向く顔はその時を思い出すのか、顔色が悪い。


 「セイルジウス様、あの白い光はなんだったのでしょう?」

 「さぁな」


 端的に返事をしたが、顔はニヤリと笑っていた。思い出すだけで楽しいらしい。その面構えが他者にどう受け取られるか気にもしてない。


 そして、玉を握り締めた。


 「…ほぅ。食ってるな」

 「ですから、危ないと言ってるでしょう」

 

 馴染みの特権でずけずけ言うが、視線は握った手から離れない。


 「私が引き連れていた部下は、私を含めて使い物にならず。危険だと思ったので、竜騎兵の一人に結界を構築させました。その直後、構築は崩れました」


 「はい、それはもう見事な崩れ方で。別の者にさせても崩れまして、四度目に成功したと思ったんですよ。そしたら四度目の結界は、じこじこじこじこ時間を掛けて崩れていきました。本当に!何をやっても保たないんです、もう引き攣りましたよ。


 ですが被害と思えるモノが発生しなかったので、後始末を先にしました。倒れた馬鹿共の搬送を、あの強烈な雨の中で執り行いまして。警備兵の詰め所に連絡を入れて応援を寄越させましたが、街の者達から救助の要請も出るわで… 本当に限界まで活動(がっつり、はたらき)しました!

 ようやっとの思いで領主館に辿り着けば、あの雨にも関わらず! 何故か此処だけ小雨で被害は全く出ておらず…  本気で何がどうなっているのか、さっぱりです」


 レイドリックの目は変な達観を含んでいた。一部で投げ遣りも含まれている。



 「伯爵様、自分は田舎者にて大した知識はありませんが… この様な事は聞き及びません。それにその玉への対処法はあるのでしょうか?」

 「さてなぁ… コレが壊れるまで力を注ぐとした、単純極まりない方法ならよく聞くけどな」


 腕を伸ばして黒の布の上に玉を置き直す。赤の光がよく映えた。



 「普通の玉にしか見えないのが、何とも言えないわね」

 

 呟くリリアラーゼの眉根は寄っていた。

 全員が同じ事を思ったが、声に出す事は無い。そして報告は続く。


 

 「自分の方はロベルト様との要所の確認後、不審な魔具の一件もありましたので、繋ぎ連絡は部下に任せて私も現場へ出ました(働いてます)。街の者達からの通報等もありましたので、より力を入れて(しっかり) 捜索を進めました(やりました)


 その中で、一部の傭兵達の動きにおかしな点があると有り。

 結果としては魔具の類いとは無関係でした。ですがそれを追った事で、偶然にも上空に魔力が集結し始めた場に行き着いた訳でして。


 その後は上空に対して(ほんとうに)尽力を尽くし(やり切り)ました」




 「サンタナ子爵からの連絡に緊急性を取り、自分も(働きに)出ました。夜半の混乱が一番面倒いですので、その前に潰してしまおうと判断しました。なかなかに掴み所がなかったのですが、構築の結びに気付いたのでそこを突いてやろうと」


 「見えたのか? 手合いはわかるか?」

 「申し訳ありません。部下にも確認しましたが、そこまでは」


 セイルジウスを見て、ルーヴェルは一礼した。


 「結びに重点を置いたのですが、修復が早く。その後は次期様からのご指示に従い、流れの変換だけに集中させましたが、傭兵共がちょろちょろと(ほんとうに)しておりまして(うざったく)。詰問すれば、様子見だと抜かす申す者が続出したので徴集してやろうかとも思ったのですが、逆に連携を乱すだけだと止めました。


 竜達も上空の魔力を見てはいるのですが、心底驚異と見てはおらず。故に緊張はあっても酷い緊迫には陥らず、竜の態度が街の者達を鎮めるのにも役立ち、落ち着いて(指示通り) 次期様をお待ちして( はたらき )ました次第」



 言葉を切ったルーヴェルの後に、ダレンが添える。


 「警備兵達に大きな被害が出なかったのは、エイラム隊長のお蔭です」

 「いえ、そんな事は。サンタナ子爵の連絡が適切だったからです」


 大人の社交辞令で互いを持ち上げ、僅かばかりの笑顔を交わす二人がいた。それを眺めてリリアラーゼが口を開く。



 「私は倒れた弟と、もう一人の面倒を見ていました。今朝、お兄様と弟が探す様に指示を出した者ですわ。落ち着けば、正式に皆に紹介します」

 「ああ、後ほどにな」


 ちらりと視線を寄越す妹に、兄は頷く。


 「ロベルトからの連絡にレイドリックが出た後、館に駱駝が来ました。透ける体で毛の生えた生身になり毛布にもなる知性ある駱駝です。接した者には口止めしましたが… しない方がマシだったかしらぁ?」

 

 「は?」

 「え?」

 「…?」


 「ああ、そうだわ。駱駝が所持していた水筒ですが、あの子が中味を飲んでいました。振れば中でカラカラ音がしますが、確認していません」

 「そうか」



 思考が止まった人間を捨て置いて、話を続ける。



 「二人の容体が落ち着いたから、私も落ち着けました。それで部屋から出れば、『幽鬼を見た!』と慄く者達が続出し。一喝して宥め賺せば豪雨が街を襲っていると連絡が入り、窓を見れば降るのは小雨。確認に外へ出れば、空を覆う薄い光に雨脚の量の違いに吹き付ける角度と威力の違いが見て取れて。


 私自身、それはもう驚いてよ。内心でね。


 『なんで此処だけ違うんだ!』 と口々に言い出して… まぁ、五月蝿かったこと〜。『瞬間的に白い光が領主館に落ちたんだ!』 と叫ぶ者も居て、そこから『さっきの幽鬼が』 とかなんとか言い出して。まぁ、妙に繋げるったら。


 収拾をどうしようかとしたら、『祈らせて下さい!』とか言い出して。


 そりゃあね、上空には薄いけど、妙な魔力帯が広がってたのは気付いてたし? それを平気で飲み込む街を覆い尽くす渦が見て取れたし? その上で大雨が降りしきる最中、此処だけ被害が出ていない。そんなのだからある意味安全で余裕はあったけど。ま〜、選ばれてるとか思い込まないだけマシだけど? 精神不安を取り除く事は大事だけどぉ?  


 他にする事がある時に、悠長に祈りなんて(やること)言ってんじゃないわ(やりなさい)よ!!」



 ダンッ!


 良い音をさせて床を踏み付けた。


 

 「助かるモノも助からなくなるでしょーがぁ! 祈りなんてやり尽した一番最後で良いのよ! …まったく」


 怒りを露にする妹を兄は宥める。


 「リリー、できる者も居れば、できない者も居る。苛々して物に当たらんでくれ、な? 俺は、お前がしっかり締めていてくれたから助かっているよ」


 「どうせ、私は可愛くなどありませんわ」

 


 「そんな事はありません! リリアラーゼ様!」

 「姫様はとても綺麗です! 美人です!」

 「可愛くないなどと嘘です! 言ったそいつの目がおかしいんです!!」

 「そうです! 絶対、良妻賢母になられます!」


 すかさず、ザッ!と持ち上げた部下()達が居た…


 最後の言葉にピクッとしたが、それは流す。皆に向かって軽く「ありがと」と返して、兄に向き直る。



 「お兄様、私、頑張り(働き)ましたわよね?」

 「ああ、任せた後をしっかりやってくれた」


 「お兄様が帰って来られた時を思い出せば、連れ帰って来た事はわからなくもありませんわ。不満も感じましたけどね。ええ、お兄様の力の奔流は恐怖ですもの。妹であるお蔭で、よーくわかりますわよ。対処があるなら、それが一番ですわ。

 ですがね、お兄様。 あの女、しおらしく私に挨拶しましたけど、うっすーく隠してうっす〜ら嗤いましたのよ。ええ、見間違いなんかしませんわ。うふふふふふ。女が女の思考を本当に読み損ねるなんて嘘ですわ。うふふ。 ねぇ、お兄様。 お兄様もあなた達も、本当はあのよ〜うな女の方が良くってぇぇ?」


 嘘を許さない確固たる視線で男達を貫いた。


 「いや、リリー。お前の方が可愛いと思うぞ (追求するその姿勢が可愛いとも!)」


 言葉に出さない声を聞き分ける女の目は冷徹だった。




 午前中の報告会議は、立場を最大限に活用する一人の女の議題提示により、洗いざらい喋らされる男の恐怖会に変わろうとしていた。軌道修正されるのに少々時間が必要である。


 その間、得をしたのは玉である。

 感情で滲み出る魔力にススススッと手を伸ばし、「ごち!」と実に美味しく頂いていた。







 



 明日の食事についてメイドと話して終われば、もう寝てた。


 「え…」


 肝心な話がまだなんだけどな…

 額に手をやれば平熱だ。だけど、この計り方が正解なのかも不明だ。


 「ふぅっ」


 椅子に腰掛けて寝顔を見てれば、昼の、いや、今朝からの一連全てを思い出す。とにかく本人に対して安心と信頼を第一としたが、どうして出て行ったかを先に聞き出せば良かったか。


 しかしなぁ、はぁ。

 連れ出されたと思って沸騰したが、俺の対応に怒って行ったし、でも居てくれてたし。大人しく洗われてくれたけどな… でもなぁ…


 何とはなしに胸元のリングを弄って握り締めれば、ため息を吐きたくなった。


 

 「こうしてても駄目だな。報告に行かないと」



 寝息を確認してから部屋を出た。



 あ〜、行きたくないなー。問い質されるのが目に見えてるから、なんか辛いな。










 「どうだったの!? 再契約は終わって?」

 「まだです」


 「何をとろとろしてるのよ!」


 部屋に入るなり聞かれた上に怒鳴られる。見据える姉の表情がキてた。何で機嫌が悪いんだ?


 「リリー、落ち着け。もうそろそろ落ち着け、な?」

 「…姉さん、俺も順序を間違えない様にする事してた訳だから。やってたから」


 「ほんとにぃ?」


 うわ、八つ当たりの飛び火か!? 最悪だな。


 

 パンッ!


 「さて、ハージェスト。お前の報告を聞きたいし、こっちの状況を話す必要もある。良いな」

 「はい」

 「…わかりましたわ」


 やっぱり、兄さんの問答無用が早いな。今の内に座っとくか。 



 


 「とりあえずだな… 仲は悪くないんだな?」

 「え? あ、悪くはない、はずですが…」


 「頼りない返事ね」


 姉の言葉が、ドスッと突き刺さるが駄目だ。気にするな、俺。



 「じゃあ、それは置いといて。お前が倒れた後だ」


 そこから一連の経緯を聞いたが、魔力帯はわかるが駱駝とかわからない。しかし、姉から懇々と説明されると何とも言えない。嘘だろ?とか言ったら絶対しばかれる。それより、倒れた俺とアズサの面倒を見ていてくれた時点で頭が上がらない。


 にしても、間近で雷鳴を伴わない雷とかあるのか?






 「それから、これだ」


 妙に気になっていた黒い布の中味。布を捲るのを注視した。


 「これは…」


 手を伸ばし掛けたが、ピリッと感じるモノに引っ込める。自分の手をまじまじと見た。


 「力を食ってる?」

 「そうだ、底なしみたいだぞ」

 「どうして発動したのか、どうやったら停止するのか不明なのよ」


 「……恐怖の欠陥品ですかね?」

 「ああ、笑える最強欠陥だな」 

 「いやぁだ、多額の賠償を請求してよ?」


 軽口を叩いて笑うが、その後の説明に対処法が見出せない。


 「虫の置き土産と考えた場合、コレの使用目的がだな」

 「その手の専門でも呼びますか?」

 「それが早いかしらね」



 「力を食って発し続ける」

 「また、あそこまで光を発する様になるのかしら? 騒ぎになるわよ」


 「これが力を失ったのは、やはりあの白い光の所為か」


 兄と姉の表情から、俺が倒れた後にそんな重大な事が!と思うが… 気付いて起きたら最後な気もするな。したくない無理をして倒れそうで嫌だな〜。



 「それでだ、まだ他にもある」

 「え、まだ?」

 「そうなの、最後が痛いわ。人死にが出たんだけどね」


 姉の顔が心底嫌そうに歪んだのに、最悪を理解した。


 「現場に居合わせた者が居て、そいつが言うにはだな」






 「そうなんです! 昨夜、居酒屋で飲んでて知り合ったんです。昔馴染みとかじゃありません!本当です!」

 「どうして一緒に居た」


 「昨日は夕方から警備兵やら皆さん色々出てたから、何かあるって皆で言ってたんですよ。そん中で空がおかしいって言う奴らも居たんですが、あっしにはよくわからんで。誰か早耳な奴が聞き込んで来るまで飲んでようと。はは、ま、兵の皆さんの邪魔するよかよっぽど良いと思いまして」


 「…で?」


 「それで、それでですね。帰る頃にゃ、大雨になってるわで。動けなくなったんで、もう一杯飲んでる内にそいつと話したんです。商売してるとかで喋ってみると、そら〜話上手な奴で。雨が止んで帰る時には、意気投合しまして。帰り道が一緒だったんで連れ立って帰ったんですよ」

 「それで、本当に誰も居なかったんだな」



 「本当です! 嘘じゃありません、本当の事なんです! 白くて、あ〜、こんくらいの光が幾つも浮いてたんです! それがこっちに飛んで来て、あっと思ったらもう目の前で。あっしは何もできずに突っ立ってたんですが、隣に居た奴は飛び逃げましてね。早かったですよ。


 しまった、俺だけ逃げ遅れた!と思ったら、全部そいつに向かって行ったんです。本当です、どうしてかわからんです! 


 それで、そいつん中に消えちまった。その後、呻いたかと思えば  血、血ぃ吐き出して 助ようとは思ったんですよ!? けど、ずっとその光が漂ってんで! あんなんに近寄れませんって!!


 後はあのまんまです。そいつが動かなくなったら、消えちまいました。あっしがどうして狙われなかったのかなんて、そんなんわかりません。

 本当です、信じてくださいよ! 俺は何にもしてないんです! きっと、きっと誰かに恨まれたんですよ。きっとそうです! 死んだ奴は恨まれる事をしたんだと思います、絶対そうですよ… 」







 「その時に連絡してくれば、まだ違っていただろうになぁ… 恐怖のあまり家に逃げ帰ったんだと。朝になるまでまんじりともせずに居続けたが、自分が犯人にされると頭が回ったらしい。それで現場に戻って確かめて、やっぱりそうだったと警備兵に連絡してきた」


 「昨日の大雨で人は出てたけど、運の悪い事に不在時に当たったらしいの。それと、何を言っているかわからないくらい取り乱していて、聞き出すのに時間を取ったって。報告の会議をしている時に一報が入ったのよね」


 姉の疲れた顔に、機嫌悪さの原因がわかって納得した。

 



 「そいつはどこの誰だと裏が取れた。素性として怪しむ点も特になくてな」

 「それからお昼過ぎに、とある宿から警備兵に連絡が入った。客が部屋から出てこない、食事を抜くとは聞いてない。でもまぁ、そこまで気にしなかった。お昼近くになっても出てこない、心配になって見に行った。部屋行って、呼んでも呼んでも返事が無い。妙な臭いもするから開けたら死んでるって、もう嫌」


 「最初の男の方は雨で流れてたがな、部屋の方はそうじゃなかったからな。凄かったぞ」

 「お兄様… 私は現場に行ってないけど、死に方が同じだと確認した者達が口を揃えてよ。気持ち悪さに倒れそうになった者もいたと聞くわ」


 「判明したのは二件だが、他に出てこないとも限らん」



 聞いた内容に、姉がそんな死体を見なくて正解だと思う。


 だけど言外に、「その間、お前は何をしていた?」と言われた気になる。なるが…  大事件だが、ラングリア家の竜騎兵が居る最中にと考えると激怒物だが、アズサと事件を天秤に掛けるとすれば… 最悪だな。


 そうだな、朝一番に追い掛けて良かった。店に調べに行かなくて良かった。そんな事実が街中で判明したら、絶対にアズサを探すのは後回しになってしまう。 ああ、良かった。 …あいつらが止めてくれたお蔭か。しまった、労わないといけなかったか。

 


 ああ、ほんと〜に良かった。そんな現場に当たらなくて。



 その想いを噛み締めていれば、話はまだ続いた。


 「それでだな、ハージェスト。そいつが話した白い光だが、魔力帯を引き裂いた力と同じかもしれん。確証はない。見てはいない。だが、考えられる事はある。


 それから駱駝が出たと言っただろ? その時も輝いてな。拙いと思う力を感じた。白い光ではなかったが、どこかで類似している気が今更ながらにしてくる。その上で一番最初のあの子の力も引っ掛かる。


 あんな力がホイホイ幾つもあると洒落にならん。


 しかしあの時の力なら、あんな殺し方も簡単だと思える。何より、俺の力の…  いや、それはいい。結局、結論も何も出てはいないけどな。


   なぁ、ハージェスト。  お前は召喚でナニを喚んだ? 」










 疲れた。色々考える事が有り過ぎる。

 最後の言葉にナンかなぁ。そんなの俺にわかる訳ないだろう? わかってたら、ソッコー好みのブツを差し出して気を引くっての!


 ああ、でも猫だった。猫なら… やっぱりミルクか? 朝一番の搾り立て新鮮ミルクを与えるのが良いのか?




 ガチャ、パタン。


 寝室に戻って灯りを点ける。


 ベッドに近寄れば寝てた。ちゃんと居た。


 部屋を出る時に鍵を掛けようかと一瞬考えたが、しなくて正解だ。話もしてないってのに、あ〜、短絡は駄目だ。ガキの思考は要らん!信用と信頼が第一だ!



 「提示する条件は数あれど、何よりも見られるは己である」



 授業で学んだ一句を小声で諳んじた。

 首から下げるリングに触れて、これが元の輝きを取り戻すのだろうかと考えるだけで… 心がときめく。


 戻った奴はいたはずだ。……ずっと、ずっと身に着けていて良かった! 自分の思い切りの悪さを自慢できる! でも状況がアレだからな、他の形になるか?




 色々思い悩むが一人で先走り過ぎてもな。夢も期待も膨らむが、もう駄目だ。俺も寝たい、寝よう。明日は話をして、積極的にアピールをだな。



 「は… ふ」


 欠伸が出た。服を脱いで、反対側からベッドに入る。


 毛布を見れば、姉から受けた説明を思い出す。

 これのお蔭で俺の苦痛は和らぎ良くなったのか…  本当なのか?  手触りが良くて気持ちいいが、アズサの持ち物で良いのか? それで正解なら恩恵とするのか?  あの時の力に、白い光か…




 駄目だ、寝る。先走るな。



 「俺も入れてな」


 よいせっと毛布を捲る。


 べったり傍で寝たら拙いか? 俺の寝相は悪かったかなぁ? 布団を蹴落とした試しはないが… する気もないが、寝てる内に蹴りでも入れたら最悪だな。


 少しだけ距離を取って隣に寝転がる。


 「おやすみ」


 灯りを消して目を瞑れば、小さく寝息が聞こえる。

 こんな間近で寝息を聞きながら寝る日が来るなんてな… 夢見ても叶うはずない夢だと思ってたのにな。


 

 疲れもあってか、直ぐに眠りに落ちる感覚を得た。












 同時刻。


 館に住み込みで働くメイド達は、まだ起きていた。残念だが下っ端に個室など無い。寝間着に着替え、ベッドに入って灯りを落とした中で話をしていた。



 「私、考えを改めるわ。ロベルト様は爵位をお持ちで、伯爵様からの任命で来られてる。それだけで申し分ない方だけど、『とっても素敵でも、魅力的にはもう少し?』なんて失礼な事を考えてた。

 今日、伯爵様達の配膳をして控えてたんだけど… 違ったわ。ロベルト様、すっごく良いんだわ。 私、今後はロベルト様一押しよ!」


 「あんた、何言ってるのよ!? 伯爵様がダントツよ! もう比べようにならないわよぉ! 全く違うんだもの! ほんと、違うんだわ〜。あ〜、ときめいちゃう〜!」


 「どうしたのよ、あんた達」



 女の会話に花を咲かせて楽しんでいた。それでも明日も定刻には起きるだろう。





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