08 検査方法
俺の正面に立つ、検査官という女の人の紅を塗った唇から言葉が流れ出る。
「私には、あなたの召喚獣から魔力を欠片も感じ取れないでいます。魔力を持たぬ召喚獣など初めてです。なれど、その指には確かに召喚の証が見受けられる。受け取り、保持する以上間違いなく召喚獣なのでしょう。ですが力を全く持たぬものの検査など、どう行ってよいものか見当もつかないのですよ」
事実を事実として告げている、そんな様相を呈している。
だが、それよりも言葉の端々に潜む嫌みと言って過言ではない人を小馬鹿にしたような気配を俺は感じた。というかね、鼻で笑われた気がすんだよな。
でも、同時にさっくり理解できた。
魔力ってどう考えてもマジックポイントだろ。マジックポイントってMPのことだろ? MPが始めっからない召喚獣ってなんだそりゃ。そりゃー会う人会う人、驚くってか、目を疑うよな。
…魔力がない代わりに魔力が通じなくてめちゃくちゃ堅いっていう面倒いタイプもゲームにはいたけどさ、どう考えてもそれに自分が当てはまるとは思えん。ていうか、自分で言うのもあれなんだけど、これっぽっちも理解したくない感じ。
一つ思いついて、口の中で聞こえないように小さく呟いてみた。
「ステータス」
………………はい、ご苦労様でした。なぁんにもございません。視界もなーんにも変化はありません。恥をかかなくてすんだ。あー、良かった。大声で言ったりしなくて。つか、ここんとこゲームなんかしてないし。
……じゃあ、これはどういう事態でいいんだろな。
「それでも彼は間違いなく私の召喚対象であり、召喚獣です。召喚の規定に従い、成功した以上申請せねばならぬのでしょう? 私は規約に従いここにいるのです。私の行動に問題はありますか?」
思考に浸っている間にも話は動いている。
相手を全く気にせず、平然と言い返すハージェスト。
その姿を少し後ろで見ながら思う。
MPがない召喚獣と契約を結ぶこいつの思考が読めない。MPがないってことは使えないってことだろ? 使えないもん持ってどーするわけ? …ある意味レアだからキープ? もしかしたらいつか、の可能性でキープ?
でも、ここゲームじゃない可能性が、がすっと上がったわけだろ。リアルだとすれば嫌になったから『はい、リセット』になるわけないだろ? これから先の人生かかったりするわけだろ? キープなだけで、それ、できるもんなわけ? それにあの表情。…演技なんて思えなかった。
「ああ、それについては問題ないですよ。規約に則り従ったことを認めます。ですがねぇ、そのような召喚獣など私は聞いたこともなくてですね。魔力がないのに検査をせねばならないこの状況は非常に難しくて、どう致すべきか困っているのですよねぇ…」
演技であんな表情できるもん? つか、演技する必要がどこにあるわけ?
「では、名称の登録をすることで終了として良い、ということですね」
「いいえ、それはできませんね。何の検査もしていないものを検査終了として登録するなど検査官として認められないですよ」
「ですが、いま検査はできない。そうお言いになられたのでしょう?」
しまった。大事だ。これ先にがっつり聞かないと拙すぎる話だ。後になんてするんじゃなかった。…いや、こんな話だから後でゆっくり話そうって思ったのか? そりゃまぁ… 人生かけてっかもしれない話を物置ってか倉庫みたいな部屋で話すのも、イマイチ微妙かぁ… あれ、俺の人生もかかってんのか? うわ、なんかさっぱり実感湧かない。
「そのように含み笑いをされるだけで、なにも言われないのは検査官としての対応としてはいかがなものですか?」
「いえ、そう見えたのなら失礼を。でも、こちらもこのような事態の対応に非常に苦慮しているのですよ?」
それにしても魔力がないならないで、はっきり言ってくれれば良かったのに。原因がわかっていれば、あんなに嫌な気分にばっかりならなくてすんだってーのに。 …言い出しにくかったとか? でも、それならやっぱりなんで契約したんだって話になるだけだし。
ん? あ、俺、魔力ないんだ? いや、普通持ってないよな。え? ここ、地球じゃない… よな? え? それでもやっぱり魔力ないんだ… そっか、魔力ないんだ。あー、 ないんだー ふーん。
夢オチ希望。
…あれ? 俺、帰れ、る?
………あれ? なんで、俺、今まで、このことに全く意識が、回らなかった、んだ…? それって幾らなんでもヘンだろ? 最初に怖かった、のは、間違いない。だけど、安心した。一緒にいて、安心した。 こんなわからない状況で、全く知らない奴と一緒にいて、それでも安心して、そのことを考えずにいられた、のは… なん、で?
「では、一番明快な方法を取りましょうか。魔獣をここへ呼び出しますから、それらと戦って下さいな。戦闘中になら特性が判明することでしょう」
「なにをふざけたことを。私の召喚獣は戦闘に向いてはいない。それはこちらが認められない」
「そう言われましてもね。確かに見かけはそうかもしれませんが、見かけで判断するなど愚かであるだけですよ? 第一ここにいる全員がその召喚獣に魔力がないと認識しています。ですが、召喚成功体であるなら力があるはず。わからぬ以上わかるよう方法を選んだだけですよ。繰り返しになりますが、この場にいる全員だけでなく、その召喚獣と接した他の者が見ても魔力はなかったと報告が上がっています。外で確認を願った他の監督役達も同意だったのでしょう? ヘイゼル監督役」
振られた話に監督役が「ああ、先ほど他の皆もないと判断した」と答えるのを蒼い目が眇めて見ていた。
「能力の判明の是非については了承しても、その方法は認められない。私の召喚獣の生命を脅かすと取れる検査方法は拒否する」
気がついた二つの事実に青褪めかけた時、ハージェストの語気を強めた低い声に意識が戻った。
気がつけば周囲の雰囲気は最悪だった。
検査官の人はどことなく小馬鹿にしてた雰囲気から、聞き分けのないと言いたげな感じになっていた。そして、やっぱりどこか鼻で笑っているような気配がする。対するハージェストは冷ややかさに拍車がかかっていた。
他の人達は静観しているのかなにもいわない。ただ、監督役を務めた男からはどこか面白がってるような気配もした。
俺の検査方法で揉めているが俺自身の意見は必要ないらしい。全く話を振られない。最も、この険悪極まりない雰囲気の中、意見を挟める隙もなければ気概もない。何より一番肝心な明確な根拠からなる意見を持ち合わせていない。
この状態から最善に至る道を選択したいが、何が俺に取って最善になるのかがさっぱり掴めない。結果、最善に至る道筋が全く読めなくて動けない。
情報がなさすぎる… いや、その情報を得るためにも検査を… するんだよな? でもなんかさ、これ、やれっていわれても… ちょっと、思い切れないんだよな…
先ほど気づいた事実が、心に怯えを押して新たな迷いを生じさせる。
大声で怒鳴りあうようなことは一切ないが、良好とは遥かに遠い雰囲気になっていく。
「いいですか? どちらにせよ、検査官は私であり決定権は私にあります。私が決めた事に従わない場合、登録はありえません。そして、検査官である私がいて不登録のものを見過ごす気もありません。拒否するのなら、するでよろしいです。ただし、その場合その召喚獣はこちらで処分を決定します」
「何をいうのかと思えば。そのような言い分で己の召喚獣を手放す者がどこにいる? 一介の検査官に過ぎぬ者が召喚契約を成したものを犯罪の是非失くして自分の都合の良いように扱うだと? 身の程でも知ればいい」
「その犯罪を減らすための登録なのですが?」
「減らすための登録に犯罪を持ち込むな」
「犯罪などどこにもありません。私は規約に則って行動しているだけです。誰からも非難されるようなことなど致しておりませんよ?」
双方の妥協点がまったく見出されない会話だけが積み重ねられる。
登録がされない場合、どこまで本当か不明だが処分されるらしい。
処分という言葉に良い響きはない。ないどころか血の気が引いていく。なぜだか、薬殺処分という単語と保健所を連想して震えがきた。
そこに声が割って入った。監督役を務めた男だった。
「ミルド検査官、あなたのいう戦闘検査はその召喚獣一体における戦闘ですかね? それとも、契約者と召喚獣による戦闘ですかね?」
「は? それは」
「いやいや、俺も前例として聞いたことがない事態ですよ、召喚獣に魔力がないなんてことは。能力としてもわかりませんしね。ですが、見ため通りであれば、彼の召喚獣は確かに戦闘に向いているとは思えない。それでもなお戦闘による検査を実施すると推し進めるなら、あなたはこの召喚獣の生死を始めから考慮してないことになる。その辺りを一体どうお考えで?」
軽い口調で話す監督役に、検査官が片方の眉根を少し上げて答える。
「そのようなことはないですよ。私とて、生死についての考慮はしています」
「おや、そうでしたか。それは失礼。 …ああ、もう一つ。生きていればそれでいい、というのは止めてくださいねぇ。立会い監督役としても後味が悪すぎるのはご免被りますよ」
もう一つ声がかけられる。
「このような事態は想定しておりませんし、私は召喚そのものについては門外漢ですが召喚成功した召喚獣を過失なく失うなど望ましいことではありません。また、契約したその日の内に契約者の元から引き離すのもいかがなものかと愚慮します。ミルド検査官」
恰幅のいい書記のような風体の男の人の発言だった。
残る最後の一人の若い男の人は三人に一斉に見られて、どこか引いた風情だったけど検査官をちらっと伺った後にこっちを見た。
その後「無理に引き離すようなことになるのは、どうかと…」と言葉を濁しながらも先の言葉に同意してくれた。
「どうですかね? 検査官の意見が最重要であるとは思いますし、尊重もしますがね。こっちも突っ立っているだけの人数合わせでここに居るんじゃないんですよ。 …それともなんですかね。検査官としてではなく、一個人としてなにか含むところがあっての行動、ではありませんよねぇ?」
監督役の男がどことなく、にんまりした顔で言っていた。
事態は好転しそうなんだろうか…
不安を抱えたままで推移を見守るだけの自分に情けなさしか感じられないのが、自分でも嫌だ。でも、本当にどうすれば良いのかわからない。何か言えば、言うだけ変に拗れていく気がする。
その中で検査官の女の人は周囲を見回して、にこりと笑った。
「…あなた方の意見を蔑ろにするようなつもりはありません。そのように考えられていたのなら心外です。また、そのように受け取られる行動を取った私の短慮を省みることに致しますわ」
軽く会釈をして、監督役の顔を笑顔で見ながら話を続ける。
「今回は戦闘における確認が最適と判断しました。そのことは変更致しません。ですが、そちらのご意見を取り入れて契約者と召喚獣共にいての戦闘検査と致しましょう。また、能力の確認なのですから、魔獣は種族の異なる二体とします。一体ずつの投入では契約者のみで終えるやもしれませんので二体の同時投入とします。それから検査を実施する検査官として皆様の安全性を考慮して、召喚獣イーリアの手で結界を構築させていただきます。検査が済めば当然結界は解除します。これでよろしいでしょう。第一にですが戦闘検査が行われる場合というのは単なる力試しではありません。力試しなら他の適切な場所で自由に行えば良いのです。検査とは常に物事を調べ上げ、内容を的確に判断する為の行為を指すのです」
検査官と監督役の表情の違いがくっきりと見て取れた。
進む話にハージェストは、はっきり眦をつり上げて二人を睨みつけている。
『どう動けば一番良いのか?』と思い悩むその気持ちが定まることなく混迷し続けている内に、適性検査という名の戦闘行為が決定づけられていた。