表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
79/239

79 うわあああああ

    

 下向いてたら、靴先が飛んできた。

 次に体が空中に浮かんだ。俺の両脇があったかい。


 顔を上げたら、金色の中に蒼がぼやけて見えた。


 あれっと思えば視界が狭くなる。人体に、いや、胸んとこに押し付けられた。そんで俺の背中に布が当たる。空気が遮断されたらしい。


 「大丈夫!」


 …何が?


 俺の視界は暗い。布越しに腕がギュッと回ってる。俺、落ちません。


 猫頭をちょっと擦り付けて、大人しくしてました。元気無いし。

 人の走りと歩みの振動に身を委ねて思ったのは、運んで貰うのって『らーく〜』だったな。









 もう見逃さない。絶対に、だ! 

 だが、ぴょんと行かれると捕まえられない。呼ぼうにも呼べやしない。もう嫌だ、半泣きだ。胸に抱えて服で覆って、腕と手で体と頭を押えて完全キープだ!



 服の中で小さく震えている気がした。

 震えの意味が何でも、まずは風呂だ! 泥を落として綺麗にするんだ!


 


 領主館の裏手に帰り着き、本館より別棟の方が近いからそっちに飛び込む。


 バタン! 

    ダダダダンッ!



 「誰だ! 廊下を走るな!」

 

 「必要だから走ってるんだろうが! 考えろ、阿呆ぅ!!」

 「なんだとぉぉ!!」


 怒鳴り声に怒鳴り返して後は無視した。



 「なんだっ!? また何か発生したのか!?  頼むから〜 もうちょっと寝させてくれよー」 

 「うあ〜」


 「ん、あれ? ハージェスト様?」

 「え? 下に行かれたんじゃ? 午前中に誰かが」


 「待て、俺は次期様が」


 他から聞こえた声も走れば遠くなる。全て無視して風呂場へ直行した。




 

 駆け込んだ脱衣所をバッ!と開けば、下働きがいた。


 「風呂は使えるかっ!?」

 「あ、はいはい。使えますよ。昨夜から今朝方まで芋を洗う様に皆さんがお使いで、ようやく全部綺麗になった所です」


 「そうか、丁度良かった。爺さん、有り難うな」

 「へ? いえいえ、これがお勤めですから」


 雑巾を片手にさっと水滴を拭き上げた風呂番の爺さんの良い笑顔に、逸る気持ちも落ち着いた。



 「ついでに、俺が出るまで貸切にしといてくれ」

 「へ? 今の時間はともかく、もう少しすりゃあ〜 兵の皆さんが使いに来られるんじゃねぇかと」


 「ハージェストが我が儘を言ってると言っといてくれ」

 「…へぇ?  ありゃ、弟様でしたか! 目が効かず、すんません!」



 「いや、構わない。それより勤め上げてくれて助かる。手間を掛けさせるが、俺用に着替えが一式欲しいんだ。それと… 一応、寝間着も一式な。本館に行ってメイドに伝えてくれ。それから、セイルジウス兄上に帰ってきたと。風呂から出たら向かいますと頼む」


 「う、うけたまわりました。上がられるまで、掃除してると出しておきますよ」

 「ああ、それは助かる」



 爺さんが足早に脱衣所を出て行ったのを確認して、胸元を開く。ぴこっと耳が動く。俺を不安そうに見上げる目に、「風呂で綺麗にしような」と笑った。

 腹も空くが絶対に先にしないとな。言い方は悪いが、この泥の塊をぜ〜ったいに綺麗にする! 遣り甲斐がありそうだ。






 服の中で、うたた寝してたか。


 会話する声で目が覚めた。うーん、運んで貰ったにしてもよく寝れたと思うが… 疲れてんだな…



 会話を聞いてりゃ、風呂に入る事が決まったようだ。 …風呂、入る必要あるんだろか? いや、だってにゃんぐるみ脱いだら良いだけじゃねーか。これ、俺のスキルだもんよ。


 風呂に入ったら、さっぱりして良いとは思うけど〜 それなら人に戻って入った方が良いわ。よし、そうしよう。



 服が開いて視界が明るい。

 見上げたハージェストは、少し前とは違って落ち着いて見えた。


 「色々話をしたい。けどその前に、その泥だらけの体を綺麗にしてからにしよう」



 柔らかい声だったが、断固とした響きがあった。

 床に下ろされ、ハージェストが上着とシャツを脱ぐ。上着の内側にも見事な泥がついてた。いや〜、申し訳ない。しかし、スキル解除するから猫洗いは必要ないと言おうとした所で、姿見に映った自分を見た。


 見た。


 …なにこの汚いの。 

 ままままっ、まさか、この汚い塊って俺ぇっ!?


 見えたモノに驚愕し、しゅたたたたっと姿見の前まで行って、まじまじ見た。ど!汚い俺を見た。



 俺の、俺のラブリーな姿はどこにもなかった。

 毛がぺったりしてすんげぇ貧弱に見える…! いや、貧弱にしか見えない! ススス、スイートでラブリーな俺は…!! 一体どこにぃ…!!!



 あまりの驚愕に魂が抜けそうです。



 …俺のにゃんぐるみってぇ、スキルだけどぉ、ペイしたらぁ、  その後はどうなってるんだ? 


 にゃんぐるみに着替えると、いつも銀灰猫だ。三毛猫や虎猫やその他にはならない。つまり、俺はにゃんぐるみを一種類しか持ってない。この先、増やすことが可能かどうかも不明だ。まぁ、それは置いといても。


 この状態でペイして、次に発動した時、このど汚い状態にならない保証はない。そんな状態確認した事ない。今回試して確認するべきなのか?



 床を見つめて必死で思い出す。

 あそこでの毛艶の状態。ここで初めてにゃんぐるみを着た時の姿。屋台村でごちになった時に、その後発動した時。にゃんぐるみ、臭ってなかったか?


 …駄目だ。思い出せん。

 だが、これはスキルだ。『ちび猫なれるもん』はスキルなんだ! スキルにクリーニングは必要なのか? クリーニングなんて要らんだろ? いや、クリーニングはリフレッシュなのか!? うああっ!わからん!!



 ………しかし、どこをどう見ても今の俺にキューティクルの輝きは無い。 欠片も無い! 

 そいでもって俺はゲームなんかしてねーーーーーーーーーっ!!!   リアルだ。リアルに体臭はあるんだ! そうだ、何事も確認が大事で、にゃんぐるみのクリーニングなんてそんなもんっ!自分じゃ上手くできるはずもねーーーーーーーーっ!!



 「…どうかした?」



 うむ、ペイして次に汚い猫になるのと、ここで洗って頂きキューティクルを取り戻した輝きを放つラブリーな猫になるのと。


 どっちが良いって、そらキューティクル加減確認する方が断然良いわ。



 『ハージェスト、俺を洗ってくれるんだ』


 「え?  えーと。 …ああ、うん。綺麗に洗うよ」

 『ハージェスト… 俺のにゃんぐるみ、一張羅なんだ…  他に替えが無いんだ…  ゴシゴシ強く洗わないでね、優しく優しく大事に丁寧に洗って欲しいんだ。お願いだから、洗剤じゃなくて柔軟剤で優しい押し洗いで俺の大切なにゃんぐるみを』


 「ごめん。何言ってるか完全にはわからない。わかりたいんだけど、わからない」



 うええーーーーっ!



 上を脱いで、ズボンの裾を膝まで捲り上げたハージェストに、ひょいと持ち上げられた。


 姿見に浴室に向かう姿が映る。

 上半身裸のハージェスト(キラキラ金髪)と、その腕に凭れるど汚い貧弱な猫の姿が。素晴らしい落差に…  がっかりした。






 入った風呂場は銭湯並みに広かった。風呂を見れば気分が上がった。


 明るくて掃除が済んだ一番風呂だ! やっほー! そういや俺はいつから風呂に入ってないんだ? 体拭いて貰った気はすんだけどよ。 うわ、ほんときったねー。


 ザブッ


 湯船から直に桶に湯を汲む。



 「うん、これなら良いかな? 早かったから、まだ少しぬるいくらいか。湯加減どう?」


 抱き抱えて貰って、猫足を桶にin。


 「なぁん」

 「大丈夫だね」


 大人しくして湯を頂きました。耳に注意して手で庇ってくれるので、頭から頂きます。

 ざばーっと掛けて貰うと、どろーっと床が汚れていく…  あ〜、申し訳ない〜〜〜っ。流れろ〜、消えろ〜、あ、排水口に詰まりませんよーに〜。


 ハージェストは両手で石鹸握って手を泡だらけにして、その泡で俺を優しく洗ってくれた。



 はい。首あげて〜 喉洗いー。片手あげて〜 脇洗いー。りょ〜うてあーげて 腹洗いー。し〜っぽ手の中 しゅるんと洗い♪ 


 あ、ケツの辺りはしなくて良いから、猫ケツだけどしなくて良いから。股の切れ込みんトコも泡当てるだけで良いからさ。後は自分でなんとかするから、やめておくんなまし。


 ゲシッ。


 「いた」


 悪いけど、後ろ足にゃんこキーック。



 ふん・ふん・ふーん♪

 にしても、ハージェストって洗うの上手〜。


 「こんなもんかな? アーティスと違って大人しくしてくれるから助かる」


 ああ、そっか。あの黒犬洗ってんだ。そりゃ上手だ。


 「そうだよ、アーティスは最後にいつもはしゃぐから全身ずぶ濡れだよ」


 体、大きいもんなぁ。


 「まぁ、大きさでは比較にならないけどね」



 コンコンコンコンコンッ!


 「ん?」


 「お着替えをお持ちしましたが、すいません。ハージェスト様」

 「少し待て!」



 「少し待っていて。…いやでも寒いかな」



 湯船は猫の俺には深い。しかしこのままだと風邪を引く。


 結果、俺はグイ〜ッと体格に添って手で拭われた。猫毛から水分がジャババッと落ちた。その後さっと拭いて貰う。んで、そのタオル付きで桶舟に乗った。

 

 現在、湯船の中をどんぶらこしている。


 水流ってほどのもんはないんだが、ゆーらりゆらりが結構面白い。洗い場で待つより湯船の方があったかい。湯船から湯気が登る風情がこうして見ると乙ですよ。長時間は無理でも短時間ならイケるな。


 ちょっとだけ身を乗り出して、湯に手を入れてちゃぱちゃぱしてみる。ガキの遊びが楽しいです。


 広い風呂場、広い湯船。誰も居ない、俺一人。

 ふふふふ。気持ち良く、湯船で禁止のぼっちゃぁぁあああんをしてみたいな。ここに来て泳いだ事ないし、高校卒業したら泳ぐ機会なかったんだよな〜。


 そんな事を思いながら、手でちゃっぱちゃっぱしてたらバランス崩して、まじでボッチャン!した。

 


 「あぶっ、にゃぶ、にゃぶぶっ!!」


 湯船でじゃぶじゃぶした。タオルに絡まり掛けるのが怖ぁ! じゃぶじゃぶしてる内に、俺の桶舟は復活した!


 これぞ天の助け!

 

 桶に爪立ててしがみついた〜。はぁ〜。…しかし、やっぱ湯の中はあったかいな。


 俺は猫だが人だから、水は怖くないし泳げる。……はずだ。湯船の真ん中に浮かんでてもしゃーないから、押して泳ぐか〜。ま、良い機会。ここで猫泳ぎの猫ばた足でも披露してみよう。


 そーれっとぉ。




 ばっちゃ、ばっちゃ。


 初体験に桶を押えながら機嫌良く泳いだ。


 湯船を泳いで端に辿り着こうとした俺の体力は零になった…   俺の爪は桶舟から外れてしまった…



 ぼっ  ちゃん…



 俺は湯船に沈んでいく。

 ぶくぶくと湯の中に沈む。猫は魚になれません。



 ハージェスト、ぐるぐるすんだよ。 俺さぁ、茹だっちゃったみたいな… これ湯中り通り越してんじゃないかと〜。



 湯の中で目を開いたけど、上下が不明だった。水中でキラキラが見えた。 綺麗なキラキラ。 …ああ、これってお迎えだろか? あ〜…  ハー、ジェス ト…



 







 「ご無事のご帰還、おめでとうございます」

 「…何の嫌味だ。お前」


 俺の着替えと寝間着を受け取るが、ブツブツブツブツ言いやがる。鬱陶しい。


 「店に行った後、徹底的に店内を取り調べていれば、外から馴染みと思われる者がやって来て一揉めするわ。その尻馬に乗って店の女共が金切り声を上げて文句を言い出すわで、えっらい騒動に発展しまして」


 「わかった、わかった。後で聞くから」


 「強制しても良いんですが、何せエルト・シューレですから。加減が今ひとつ不明で苛々しながらも黙らせまして、連絡を入れればハージェスト様は外に出たと言われ、店の対処が終われば通じる道の降り口付近を巡回待機致しまして」


 「だから後で聞く」


 「その上で帰ってきたと連絡が入り、確認帰還すれば即行で風呂に行ったと連絡が来るし。来てみれば共同浴場で貸切なんてしてるし! 他の」

 「だから! 急ぎの報告じゃないんなら後にしろ!」


 「ですけど、ハージェスト様! 苦労のひと 「やかましいわ!」


 ドゲシッ!

 

 愚痴る馬鹿の尻を蹴って脱衣所から追い出した。

 そんな事を聞いてる間に、アズサが風邪を引いたらどうする!





 「ごめん、お待たせ。  え? 」


 

 居なかった。

 湯船の中で桶はぷかぷか浮いているが、その中に居るはずの姿がなかった。


 瞬間、寝室に戻って居なくなっていた時を思い出した。



 ド・クン!


 心臓が鼓動を大きく打って跳ねた。

 風呂場全体に視線を飛ばしながら湯船に駆け寄れば、物体がゆらゆらしてた。




 ………いいいいいっ たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!  



 「アズサァァ!!」



 バシャン!

 ジャバジャバッ!   バシャア!



 「アズサ! アズサ、しっかりぃぃぃ!!」


 やば過ぎる恐怖に、ちび猫の足握って必死で上下にブンブン振りたくった!



 「げへ」


 その声を皮切りに逆さまにした猫の口から、だーーーーーーっと水が出た。



 「ぐへ  … っぽ 」



 空気を吐いて、うっすら開けた目にホッとするが焦点を結んでない目が怖い。 うわあ!早く手当を! ……待て。猫の手当って、  ええと 水で良いのか? いや、体を乾かしてだ。いや、乾かしてから濡らしたら意味ないだろ!? いやでも湯の中に沈んでたんだから茹だってるだろー!?





 ザババババッ!


 ちょ〜っと、おたおたしたが冷水を桶に汲む。


 「いや、やばいか!?」


 桶に体を浸そうとしたが、気付いて浸ける腕を持ち上げる! 持ち上げて考える!



 「落ち着け、落ち着け! 俺ぇ!」


 全身一気に突っ込んだら、心臓びっくりして保たないかもしれんだろ! こんな小さいのに!!


 猫の片手に俺の手を添えて、冷水にちゃぷっと浸ける。尻尾も浸ける。もう片方の手で冷水を口元に少しだけ垂らす。そろりそろりと冷水に浸けてみる。



 「うにゃ… 」

 「気が付いた!  あ〜、良かったぁ…!」



 風呂場で全身脱力しそうだった。


 ああああ… 俺の心臓の方が保たない… ちょっと目を離しただけで死にかけてる。なんて油断も隙もない。行動が素早過ぎる! …大人しく桶に乗ってるって言ったから浮かべたのに。うう。 疎通間違ってたのか!?





 脱衣所に出て、新しいタオルに包む。

 包んでから、自分の濡れたズボンと下着を履き替える。シャツを羽織る。


 「ふはっ」


 水差しから注いで、ぐいっと一杯飲めば落ち着いた。

 アズサにもと思ったが、コップじゃな。皿は無いから片手に水を入れて、顔の前に差し出せば舐めた。ピチャピチャ舐めて全部飲んで、俺の手のひらまでザーリッと舐め上げてくれた。


 「にゃあ」

 「もう大丈夫だね」


 はっきりした視線で俺を見る顔に、顔を寄せて鼻の頭を合わせた。



 濡れた体を拭き上げる。胡座を掻いてタオルを敷いて、その上に乗せた体は熱を維持して温かいが、拭いても拭いてもなかなか乾かない。ほんとに風邪を引きそうで嫌だなぁ。


 乾かすのに温風を当てたいが、魔力に当たる事になる。大丈夫だろうか?



 ……魔石の力と、俺が描く術式の俺の力。

 …………直に体内に取り入れるんじゃないし、一度は俺と契約してたんだし、俺の魔力の方が断然良いよな? 良いはずだ。よし、そうしよう。



 それでも用心に小さく弱めて描いた。その方が俺も楽だしな。

 

 「ここに居て」


 静かにやんわりとした温風が生まれて、水気を弾く。体を拭う。タオルを替える。櫛で梳く。温風を当てる。拭う。これを繰り返した。


 成功だ。そして、俺の魔力に拒否反応は示さなかった…! う、嬉しい…!   直じゃなければ良いんだろうか? そういやあの魔力痕、あの時はどうなっていたんだ?






 「にゃぁん!」


 ハージェストが拭ってくれるのに合わせて、ちょっとごめんを思いつつ、ブルルッと身震いした。水滴散ったけど仕方ないよねー。

 言われた所にじっとしてたら、足元から温風がふわんっと当たる。大変優しい風量です。ドライヤーじゃないとこに驚くが、気持ちいー。


 丁寧なブラッシングに、なんか全身マッサージな気持ちになる。 う〜、イイ。



 「こんな感じで良いかな?」


 先にお腹を乾かしてくれたから、背中が後。のび〜っと床に寛いで任せてたら、うとっとしてた。


 「ほら、綺麗になった」


 眠い目を開けて、ハージェストを見上げて姿見を見た。



 ……………みたみたみたみたみたみたみたああああああ!!



 にゃんこ史上最高のふわふわ加減です! キューティクル、がんがんです! 俺のラブリー度数跳ね上がってるうぅぅう!!



 あまりの違いに姿見に駆け寄り、べたっと張り付いて見た!


 しゅたたっと姿見から離れて、クリッと振り向く見返り美猫! しゅたっと座って顔をツンと上げるお澄ましクール猫! そこから視線をスッと下げた黄昏れアンニュイ猫〜!


 うむ、どれも素晴らしい。



 姿見に映る俺に、ハージェスト。

 ハージェストの顔は柔らかい笑顔だった。鏡の中のハージェストを見てたら、良い機会なんだと思えた。他に人が居ない今、人に戻っても問題ない。きっと上手に話ができる。うん、きっとできる。



 「うなぁ」

 「なに?」


 

 振り向いて顔を見上げれば、もっと思った。

 俺、こいつに対して用心のし過ぎだってね。その為にも話さないとさ。


 てってってっと素早く歩いて、少し離れる。そこからハージェストの顔を見る。目を閉じて、人に戻ります。






 「…あ。  アズ、サ」


 ハージェストの呆然とした声に、目を開いた俺も呆然とした。


 目にしたモノに衝撃を受けた!!


 俺は。 俺は汚なかった。

 寝間着は泥跳ねで汚れ、足首とか爪先とか完全に乾いた泥がこびり付いてた。姿見に映る髪はぼさぼさで、さっきの猫キューティクルはどこいった状態だった…




 見合わせたハージェストの顔。

 どの意味で呆然としているのか読み切れない、読みたくない。 ふ、ふふふ。ふははははは。俺のにゃんぐるみの性能ってイイなぁああ!! つかまー、最初っからお着替えだけどね!!





 「アズサ。風呂に入ろう」


 俺の腕をガシッと鷲掴んだハージェストの使命感に燃える目が怖い。さっきの笑顔はどこいった?


 「ぶっ!」

 「はい、そのまま手を上げる」


 寝間着のワンピースを、下からグイッと捲り上げられた。女の子に、いきなりそれやったら痴漢行為で叫ばれますよ!?


 

 「ちょっと待っ!」

 「待たない」


 「うわ、うわあ! ちょっ、まあぁっ!!」


 ハージェストの手が俺のパンツを押える。まんま下へ下ろそうとする!


 そっから攻防戦を展開した。



 「何でそんなに嫌がるんだ!」

 「嫌に決まってる!」


 いきなりパンツ脱がされるって怖いんですが!? やめてくれっての!


 「駄目だ、見せて」

 「はぃ? 見せてって… ちょーっ!」


 「さっき洗った時も腰の辺りは嫌がってた。吐かせた後に寝間着を替えた時も、下着を替えるのは嫌がってた。…怪我してないか!? そんな場所だから、見せるの不安で隠してないか!? 治療は早くしないと駄目なんだ!」


 「え?」


 「あ、あぶなっ!」


 ズル、ゴツ  ゴッ! ドタッ!


 「いてっ!」

 「あつっ!」

 


 言った内容に驚いて振り返ってみたらば、お約束のよーに滑った。

 でもって至近距離のハージェストを巻き込んだ。ってか、ハージェストが倒れる俺を庇おうとして二人して縺れてコケた。

 幸いな事に頭は打たなかった。ハージェストに庇われたからだ。

 そしてハージェストは、すげえ事に腹筋で上半身維持した。頭がゴンッ!と行く前に体捻って重心移して反動流した。


 頭は打たなかったが、二人して打つとこは打った。だから打撲に唸って、外部の音にこれっぽっちも気が付かなかった。

 



 「ハージェスト、上がってるのか?」


 脱衣所の扉が開いた。


 「お前なぁ、こっちじゃなくてだ… な」



 声は途中で止んだ。

 来たのはセイルジウスさんだった。 


 うあ〜、こっちのキラキラ金髪も変わらんなー。

 しかしだ。俺とハージェストは脱衣所の床に伸びながらも、パンツを巡る攻防を手だけで続けていた。最初より苛烈だった。倒れた所為でハージェストの手が、がっちり押えやがったからだ!


 お前、手を入れようとすんな! 捲ろうとしてんじゃねぇ!!




 俺らの攻防をセイルジウスさんは黙って見てた。おもむろに頷く。



 「邪魔したな。気の済むまでやっとけ。完全立ち入り禁止にしといてやるわ」

 「兄さん、感謝」


 「はぇ!?」


 ちょい待って、なんか違うから! 俺、目でヘルプ入れましたよね!? 弟さんを止めて下さいよ、泣きますよっ!?

 


 パンツを押えて蹴りを入れる。入れたら叫ぶ!


 「いだぁ!」


 「どうした!?」

 「なんだ!」

 

 蹴った右の足裏が可哀想な状態になってた。素足で走った結果だ。うああ、ひでぇ、何の罠?



 「あーあーあ〜。 ざっくりはいってないが赤くなってるな。 これは棘でも踏んだか?」

 「足首とかも… あっちこっちに擦り傷作ってるじゃないか!」


 手当の前に、やっぱり風呂って事に決まったが。


 「だから、下着も脱ぐ!」

 「そうそう。怪我してるのなら見せなさい」


 二人に増えるってナンですか! 勘弁して下さい! パンツ破けたらどーすんですかっ!!



 「怪我してないし、見世物じゃないしーーーーーーーーーーーーー!!!」



 叫んで睨めばスッキリした。

 したが息が切れる。俺のHPどこまでも下がってく気がする。




 「…そうか、問題ないなら良い。俺は退去しよう。ハージェスト、気持ちを汲んでやれ」

 「……はい」


 

 大人笑顔で出て行ったセイルジウスさんに、目を閉じて眉間に手を当てるハージェスト。そして目を開いたハージェストは、俺の目の前で堂々と全部脱ぎやがった。



 「じゃ、風呂入ろうか」


 ………………パンツ脱いで風呂いきました。

 なんかね。 な・ん・か、ものすごく負けた気がする。その上でドナドナな気分になるんですが、それは俺の気の所為でしょうかね?





 

 頭洗って、体を洗う。普通に手を貸して背中を擦ってくれた。 …手の包帯も取った。どうなってるか不安だったが、包帯そのものも汚れてたからな。


 「痛くない?」

 「へーき」


 ハージェストはそれ以外、特に何も言わなかった。それでも表情が、眇めた目が何かを言ってた。俺自身見えたモノに見ない振りしたからナンともね。



 短時間で綺麗になりました。猫の時よか早いです。泡に塗れた体を湯でザッパザッパ洗い流した。



 「痛い」

 「こればっかりは我慢」


 足裏は大半が赤くなってただけだったが、ちょっとばっかし切ってたのと棘も踏んでたみたいでさー。所々に黒いのがポチってある。

 それをお湯で洗った小刀の先で取り除いてくれてる。自分でやるって言ったんだけどさ、針ならともかく刃先で取り除くなんてした事ないから、やっぱ任せて正解だ。


 それにしても痛みを忘れていられる俺は鈍いのか、にゃんぐるみが高性能なのか。



 「よし、取れた」



 終わったんで、湯船に浸かってます。


 止めとけって言われたけど、やっぱ湯船に浸からないと入った気になんないって。あ〜、気持ちいー。

 けどさすがに傷口浸けらんないから、右足だけ湯船の縁に引っ掛けてる。もちろん座高が足りないから、湯の中に桶突っ込んで椅子にして座ってる。桶椅子揺らすと、ばっちゃんしそうです。


 そんでハージェスト自身は手早く洗って、ざっと湯を被って終わってた。



 その後、一緒に風呂に入ってる。隣に浸かってる。

 

 「逆上せてない?」

 「へーき」


 うむ、猫の時の敗因は、湯船の広さと湯の温度の上昇とみた。それで俺の体力が二倍速で失われていったのに、気付けなかった事だな。


 今の湯加減、人には大変良い感じです。

 …この湯船で、少し前に溺れ死にしそうだったと思えばアレだけどな。だが俺は人だ。同じ轍は踏まん! 体を洗ったタオルを冷水に浸けてスタンバイさせている!



 「手当てもあるし、そろそろ上がろう」

 「ん、わかった」


 片足バランスを取る俺の手を掴んでヘルプをくれる。


 それは大変有り難い。

 うん、有り難い。有り難いんだけどさぁ、ハージェスト。 …お前も前を隠さない口か! 頼むから隠して欲しいと思う俺の方がこっちではアウトなのか!? 隠さない事が赤心の表れなのか? 表してんのかっ!? ええっ、どっちだぁ!

 

 あ〜  ち・く・しょ・う…!   ガン見しねぇぞぉおおおおお!!!


 なのに見ちゃう俺は、ど〜うし・た・ら・いいんでしょうねぇぇ! やっぱ、でかさが妙に気にナンだよ! ちくしょうぅううう!!  比べたくねぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!! 


 がぁあああああああああああああああああああっ!!



 

 




 「どうした?」

 「いや、なんでも〜」


 

 今度の寝間着はワンピじゃなくて上下セットです。あ〜、スカスカしなくて有り難い〜。サイズが合ってないが、俺のじゃないから仕方ない。

 

 風呂場に薬は置いてないから、部屋で治療します。それまで足はタオルで縛ってカバー。したが、大変残念な事に替えの靴はなかった。…まぁね、ふつーは履いて来たのがあるよな。



 「はい」

 「え?」


 「行けないだろ?」


 ハージェストは俺の前に屈んでおんぶ姿勢を取っていた。俺が乗るのを待っていた。


 えーえーえ〜、と思うんですけどね? 靴があってもこの足じゃ履けないし、これ以上手間掛けさせるのも申し訳ないし、こっからあっちまでの間だし。何かをペイして乗りました。



 「重くない?」

 「いや、別に」


 なんか辛いな。


 背負われて行く中、見上げた空は明るかったが陽の光と傾き具合に夕方近いと思う。離れたとこを歩く人がいて、見られたくねーな〜と思う。…まぁ、無理だろう。




 領主館の中に入ったら、やっぱ人に会うわ。あ〜、恥ず〜。


 「はい、到着」

 「ありがと」


 「どう致しまして」


 朝、出て行った部屋に帰還した。妙な感慨が沸き起こるが、毛布様を抱き締める事で霧散した。



 「あた、あち、いた」

 「染みるのは仕方ない」


 テーブルの上に、でんっと構えてあった薬箱から治療して貰いました。右足包帯ぐるぐるです。片手もタオル外して塗り薬つけて包帯ぐるぐる。


 終わってベッドにずるずる横になったら、ぐだ〜〜〜っとなる。


 

 きゅうぅうう。


 ………頼りなく腹が鳴ったよ。



 「今日、何か口にした?」

 「…さっきの水」


 起きて、目でひもじいと訴えてみた。


 「夕食にしよう。ここにちゃんと居るよね?」

 「誰に何を言われても居る」


 ご飯を頂けるなら、待ちますとも! 居ますとも!


 「じゃあ、直ぐに頼んでくるから待ってて」


 ぶんぶん頷いた。


 「……ほんとに居るよね?」

 「ご飯ちょーだい」


 念押しに振り返る表情に何とも言えん。しかし、前科者だからな… 

 出て行く後ろ姿を見送って横になる。ベッドが大変嬉しいです。食べ終わったら何から話そうと思うが、ちょっと目蓋が重くなった。




 良い匂いがした。

 カッと目を開けば、ご飯が! ほかほかのご飯が待ってる!!


 「食事はこちらで摂ると伝えてくれ」

 「はい、畏まりました。頃合いを見計らって下げに参ります」


 扉の前でメイドさんと話してたハージェストが帰ってくるのを、身を起こして待ってた。


 ベッドの上にテーブル(小)を再びセットしてくれて、俺のご飯を並べてくれた。


 「はい」

 「…………… え 」



 俺のご飯は目の前。ハージェストのご飯は、隣のテーブル席の上。


 なにこの差! しかも、しかも!!


 「ハージェスト、肉ーーーーっ! 俺、お粥ーーーーーーっ!」

 「胃に優しい物から」


 俺、お粥好きじゃないんですけどーーーーーっ! せめて雑炊にしてーーーーーっ!!




 スプーンで掬って、ちびちび食う。

 隣から漂う肉の香ばしい匂いが…  うあああああ! なんてぇ匂い飯! またかよ、ちくしょう!!


 ジト目で見てもハージェストは気にしない。


 「美味しい?」

 「うん、味は… イケる」


 「つまり食感か」


 頷いて食った。

 米自体はあるんだから、お粥があって不思議じゃない。けど、ここのお粥はちょっと違ってた。しかし、粥は粥でしかねーよ。



 その粥を、俺はやっと食い切った。普段ならぺろっと食べれる量だったのに…


 「胃が小さくなったのかな? …あ〜、それじゃあ止めとこうか?」

 「なっ…!」


 その手は俺にくれようとしてんだろ!? そうなんだろ!? フォークに刺してる肉の一切れを断固要求します!  


 差し出してくれたフォークにガブッとね、ごち! あ〜、広がる肉汁に肉うまぁ〜。




 テーブル片して貰って、メイドさんが下げに来るまでの間、「他に痛む所は出てない?」とか、「食べれない物はある?」とか話してた。



 ノックと「失礼します」の声で、メイドさん再登場。


 「お下げしてもよろしいでしょうか?」

 「ああ、頼む。それと…」


 明日の食事について、ハージェストがメイドさんに話してるのが聞こえる。



 その声を耳にしてれば、安心に睡魔がやって来る。

 肝心の話がまだだと思うが、目蓋が下がる。なんか眠くて仕方ない。…もしかして、にゃんぐるみ着てる方が体力保ってないか? なんでだ?


 でも眠いわ。



 ハージェスト、また明日。 おやす、み…





 

ちび猫は銀灰猫です。

銀灰の御三家は、 ・ロシアンブルー ・シャルトリュー ・コラット と言われてます。


この三種の特徴を踏まえてちび猫を当て嵌めると、コラットです。コラットに違いありません。ご興味あれば性格の違いをお調べあれ(笑)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ