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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
78/239

78 逃走


 「お前、こんな所で何しとる? こっから先は領主館に繋がるから、上がったらいかんぞ」

 「え、あ。 ええと」


 下から登って来たおじさんは、草刈り鎌っぽいの腰に差して杖を突いてた。


 「昨晩の雨は酷かったなぁ。泥濘んで崩れでもしたら怖いから見に来たが、上の方が酷くないってのはどういうこった?」


 杖で地面を突きながらブツブツ言ってた。


 「あ、の」

 「そうだ、お前。そんなかっこでどっから…」


 

 やっぱこの寝間着姿じゃな〜と思ったが、俺を見るおじさんの顔がだんだん変わってった。目が吊り上がって太い声で怒鳴られた!


 「お前、奴隷か! どっから逃げた!」


 ダンッ!


 …びびるわぁ! 杖で地面突くのはいいけど、いきなりは止めて下さいよ。



 「ここなら… 領主館から逃げたして来たのか! この奴隷がぁ!」



 俺を見て叫んだおじさんの突然の変わり様に、ついていけない。奴隷の単語に覚えはありますが、なんで俺が奴隷ですか!?


 「なに、言って!」

 「そんな手して何ゆっとる! 騙せる訳ないだろうが!」


 「え?」


 包帯した手を見て押えたら、おじさんがもっと怒った。


 「逃げ出しおって!」


 ブンッ!


 「わああ!」


 杖で殴り掛かられたんで逃げました! らぁ、体勢悪くてさー。


 「うわ、うわ、あーーーーっ!」


 

 ズザザザザッ!


 勢いよく斜面を落ちる。草が水に濡れて冷たいが、泥濘んでるだけ変に草の滑りが良い。室内履きのお蔭か上手に滑って道なき道に道を作成したが、おじさんが追っかけてくる。


 「待たんか! 突き出してやる!」


 『話せばわかる!』の前に『暴力反対!!』を叫びたいが、とにかく殴られたくないんで逃げる。杖っても、あれステッキじゃなくて棒だよ、棒!



 追いつかれます、やばいです!


 「うわ、わ、ちょっと待ってぇ!」


 滑って距離を稼いだが、心理と場所を把握してる向こうが早いってぇええええ!!

 



 樹々の間をガサガサ抜けて走ってったら、先になんか見えた気がしたんでそっちに行ったら当たり。


 ドンッ!


 「うわっ!」

 「だぁ!」


 「いてぇ! 何だ!?」


 人に当たって〜 ジ・エンド。



 ぶつかったのは、似たような年の奴だった。こいつは籠持ってた。籠からブツが散乱した〜。


 「てっめぇぇえ… いきなり何しやがる!」

 「あああああ、あの、ごめ」


 「どこ行ったあ!」



 後ろからの大声にびくんと跳ねて、あたふたあたふたして左右を見て走ろうとしたら手を掴まれた。


 「ふーん、お前逃げてんだ」

 「離しっ…」


 ペッと離されて転けかけた。


 「そっち行けよ」


 え? こいつ良い奴?


 とりあえず、そっち行ったら行き止まり?  えー… 角度、キツくありせんか?

 でもキョロキョロしたら雑草が元気よく生える中に、かろうじて磨り減った石段ってか埋まってる石段を発見。気をつけて降りますが、ズルッといけそうです。降りると、ちょ〜っとだけ隠れられそうな場所も発見。一時避難? ふぅ。


 緑のカーテンは素敵だが、虫が飛ぶのがさー。



 「おーい、ああ。そこに居たか。あのおっさんには別方向、言っといたからよ」

 「あ、えーと。 ありが、と」


 「いや。お前、奴隷だろ。俺はお前を助けたんだから、お前俺の奴隷な」


 はい?


 「俺が助けた分、お前奴隷として俺に返せよ」


 えええええーーーーー?



 「嫌なら、あのおっさんに突き出してやるよ」


 ニヤニヤ笑うこいつに返事はしなかった。つか、できねーよ。



 「文句ねぇな」


 俺の肩に手を乗せて笑うこいつって、悪役じゃないの?



 「じゃあ、その手を出しな。奴隷契約してやるよ」


 なんじゃそりゃ?


 「うわー、すげぇな。俺も初めて見るけど、お前ほんとすげぇ状態で逃げ出したな。よく逃げれたな。よっぽど嫌だったのか?」


 なんか他にもベラベラ言ってた。人の手を見て変に興奮してやがった。つかさー、包帯の上から見てなんでそんな事がわかるんだ? こいつら。

 



 「だからさ、お前が俺の奴隷になったらお前だって安全だろ? 行くとこ無いんだろ? さっきの貸しを返すまで俺の奴隷として働けよ。貸しが終わったら解放してやるよ。おかしくない話だろ?」


 おかしいだろ? なんであれで奴隷契約っつー話になんだよ。


 「何、お前わかってねーの? あ、魔力無しって奴? うわ、つっかえねーの」


 ……は、い?


 「俺も大した力は持ってねーし、人がしてるとこ見た事しかないけどよ。お前のそれには、できると思うぜ」


 …………なにを。ってか、もしかして美味しい状態ってヤツだったりするわけか?


 「タダで奴隷が手に入るなら、誰だって欲しがるに決まってんだろ。話してるだけ俺は良心的だろ?」


 …………………そうかぁ? 良心的なら言わんだろーが。



 「文句ないな、じゃ契約な。 お前は俺のどれいっと」


 ペシッ。


 手を掴もうとしたから、払った。


 「おい!」

 「やだね」


 そっから雰囲気険悪になったわ。でも俺やだわ。納得いかんわ。


 


 滑った所為もあるが、さっきぶつかった所為で寝間着のケツの部分は湿ってる。下着も湿ってる… 辛い。室内履きは泥だらけで、実はこれまた内部に水が浸透して足裏ぐっちゃんぐっちゃんの最悪状態。泥跳ねで寝間着も結構汚れて染みんなってる。裾も当然水滴吸って湿ってる。武器になる物は無い。


 俺の装備、こんだけ〜。


 相手と年は近いと思うが、服は完備してるし腹は減ってないと見た。でもって魔力をお持ちだと自己申告した俺よかちっとばっかしぃ体格良い奴から〜 どうすれば現状を回避できるでしょうか?



 「魔力も使えないのを助けてやろうとしてんだぜ? 感謝するのが当たり前だろうが! 行く当てもない奴隷のくせしてよ!」


 直で睨まれて怒鳴られたのに、ビクッとするがピクッともくる。

 奴隷のくせにと言われると、ふざけんなと思う。包帯してる自分の手を見ても、俺にはわからない。けど、二人の人間がそう言ってる。打ち合わせがあるかよ。

 

 行く当てと言われたら、あいつを思うけど。出て来たの自分じゃねーか。どうして出る気になったか、もう訳わかんねー。






 「言うこ・と・を、聞けっ!」


 殴られそうになったから、避けた。


 ズルッ   ベチャ!


 室内履きが俺の動きに付いて来てくれなくて、また尻餅着いた。さいあくー。



 「いだっ!」

 「大人しくしとけよ!」


 室内履きの上から足踏まれた!

 でもって、そいつの手が薄ぼんやりと光ってる気がした。した、した、した、したー。いやー、冗談。


 がしっと肩を掴まれて腕を伸ばされる。

 そいつの手のひらが、俺の手の上に置かれた。重なった。


 「うわ、やめ、離せ! この、」


 ギッと睨まれて足の甲に体重掛かった。


 「いだあ!」


 声で叫んで、心の中でも強く叫ぶ!


 『拒否拒否拒否拒否、断固拒否! 拒否権を発動する!』




 

 「こっちじゃったかああ! やぁぁあっぱりお前、嘘吐いてたなあ!」


 ダンッ!と杖を突いて、力強く上から叫んだのはさっきのおじさんだった。

 おじさん、ナイスタイミング! しかし、仰いだそのお顔は大変怖かったです。やっぱ上からは… いや〜、そっからだと丸見えでしたかー。


 「ちっ! こいつは俺の奴隷だっての!」

 「馬鹿め、そいつは領主館の方から逃げてきたんだ! お前の奴隷な訳あるか!」


 「ああ!? 領主館だろうがなんだろうが! そっちの方から来たってだけだろが!」

 「逃亡を匿うか!?」


 「匿う? 止めてくれよ!」



 二人が怒鳴り合ってる隙に〜〜〜〜 さらば、室内履き(右足)!



 「うあ!?」


 上見て怒鳴り合ってた奴に、力強く左足蹴り弁慶の泣き所攻撃して逃げた。


 …おじさんの笑い声と怒鳴り声が重複するのがなんだなぁ。今回の勝因は、室内履きのサイズがでかかった事です。その代わり、爪先踏まれてめっさ痛かったです!!



 ガサッ  ガサササ!


 『い〜〜〜〜っ』


 振り向かずに走るが、右足が痛い。

 石を踏む。落ち葉を踏む。枝も踏む。俺の足裏が可哀想です! 出血しないと良いんですがね!!


 「このっ! 待て!」


 待つ奴は馬鹿だ!


 季節が、緑が俺に味方した。

 青臭い草が見事に茂ってる中に分け入って、逃げた。引っ掻き傷もできたけどー。


 こっちも必死ですから。



 姿を隠して、はい、にゃんぐるみー!!   室内履き(左足)、グッドラックーーーーー!! 


 思いっきり、ぽーいっ。 


                ガササッ!



 『んにゃん!』

 

 ちび猫の降臨です!

 四つ足でスピードアップ! 緩やかに方向転換を試みつつ走ります。


 「どこだ!? どこに隠れた」

 「出て来い!」


 はい、体勢は尻尾丸めて小さくなって伏せー!


 追っかけて来た二人を茂みの中に隠れてやり過ごす。それからもっと迂回しながら、元来た道へと引き返す。人は下へ逃げた。猫は上に逃げる! どっから見ても今の俺はちび猫なのだ!



 「あ、片方がある!」

 「脱げたか!」


 「あそこから降りる気だな!」

 「待てよ! あれは俺の奴隷なんだ!」


 「ふん、勝手にそう言っとるだけだろうが!」

 「何だと!」


 二人がまだまだ言い合ってるのを聞いてた。

 足音が遠ざかり、静けさが戻ったのを見計らって引き返した。



 あいつは籠を持っていなかったから、取りに帰ってくるかもしれない。それも考えに入れとかないと〜ってか、とっととこっから離れないと!


 にしてもあのおじさん、杖要るのか? 足速いじゃんかよ…




 にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃーーーーーん。


 ていていていていていていていっ! とーーーっ!  勢いに乗って軽やかに駆け抜ける〜!









 えっちら〜… おっちら〜…


 猫は登る。

 あ〜、しんどい。四足歩行だが、今の俺に体力はない。より時間が掛かる。そして…



 くるるるるる〜〜〜〜〜〜っ


 腹減った…

 しくしくしくしく、お腹空きました。 どうして俺はこんな事になっているんでしょうか?



 「うにゃ…」


 とーぼとーぼとーぼとーぼ歩いて、ふうっと息を吐いた。

 振り返れば人は見えない。進む先にも人は見えない。どっちも良い事のはずなのに、がっくししてくる。



 「ふにゃ!」

 

 ズル、ボチャ! ベチャンッ!


 腹減ったって思いながら歩いてた。そこだけ穴ぼこなってんのに気付かず足滑らした。下、水溜りなってた…



 ブルルルルッ!



 身震いして水気を飛ばしたが… 泥水で俺のにゃんぐるみの胸や腹が… 汚れた。冷たい。悲しい。もう泣きそうで、泣きそうで。



 ぐーるるるる…


 腹は鳴いてます。



 降りた以上の時間を掛けて登り、登り… 疲れた。


 いつかなんかの番組で見た。

 雪山に豹だったっけ? 肉食獣が山の頂上に向かった姿勢で倒れてたって。天然冷凍保存されてたからわかったけど、多分、餓死だって。何にもない万年雪で覆われる雪山の頂上目指して歩いていたのは、どうしてだろうか? 餌も取れない雪山を何を考えて登っていたんだろうかって、司会者かゲストか誰かが言ってた。


 俺は思う。

 ただもう引き返せないから、歩き続けていただけじゃないかと。止まったら二度と動けないから歩いてたんじゃねぇの? だってそんな気分なんだよ。はぁ〜。




 頑張って歩いてったら、見晴らしの良さげなとこに出た。あったかいけど、足元まだまだ湿気ってます… むしろ、空気がむあっと… ふ。


 「おーい! いないのかぁ!?」



 突然の人の声ーー!


 「にゃあ!」


 「あ? なんだ、猫か。こんな所にいるのか、お前? ちびだな〜」

 「どうしたよ、いたのか?」

 「あ、悪い。違った」



 二人組の野良着姿のおじさん達でした。どうやら、最初のあのおじさんを探している模様。


 「どこまで見に行ったんだか」

 「ここらに居ないとなると、向こうまで見に行ったのか?」


 「に、ぁ〜」


 「行くか」

 「そうだな、お前も早く親のトコへ帰れよ」


 そう言って、おじさん二人は早足で行ってしまった。まぁ、食いもん持ってなかったっぽいしなー。



 ちょっと驚きましたから、少し移動します。

 何かあると怖いので木の根元に座ります。いざとなれば登ります。少しでも、お日様の当たる所を選んで横になったら、寝心地悪いけどそれなりに横になれた。


 疲れたので休みます。



 目を閉じたら、さっきの事が思い浮かぶ。

 おじさん二人は猫の俺に過剰反応しなかった。普通に猫に対応してた。人として会った二人は、人の俺に奴隷と言った。


 てことは〜、何?  俺のにゃんぐるみの方の性能が上、で良いのか? にゃんぐるみ着てる限り、俺は奴隷って言われないって事か?



 片目を薄く開けて猫手を見る。

 はい、毛だらけです。猫手ですから。どこにも怪我なんかしてない猫手です。


 ベロッと舌で舐めてみた。

 毛を寝させても、綺麗なもんです。



 猫でいれば奴隷だと言われないようです。それってどうなんでしょうね? 俺にこの先、猫生送れって言ってんでしょうかね?





 …………うん、疲れた。寝たい。

 あ、何時までにゃんぐるみ着てられんだろー? 寝てても大丈夫かなぁ?  ふーーーーーーう。   現実逃避してねー。










 



 だからな?

 どうしてこんなに使える奴がいない? 一晩で何があったと言う!?



 「ハージェスト様、正面玄関から出たのを見た者はいません」

 「他の部屋も探させてますが、居ないと思われます」


 「あの部屋から外へ出るなら、ルートは絞られるはずですが…」


 

 昨夜、大雨が吹き荒れたらしい。

 領主館に被害は出ていないが、街はわからない。その為に警備兵の多くが出ているのは理解するが〜〜〜 竜騎兵のお前らがぐったりしてるのは… 本気で何があったんだ、え?


 

 「自分達が居る棟は確認済みですが、こちらの本館はまだです。どこから出たのか」

 「警備兵達にも探すように伝達をしますが… ええ、その女の店を重点に」


 「そちらは警備兵に見張らせろと、次期様の指示もあったはずですが… 徹底できていると良いのですが。現在街の一部に浸水が認められると報告が上がっていたはずで」

 「検問を設けますか。しかし、人手が足りるか」


 気が焦り、一人走っても仕方ない。わかっている。

 だが、手の印を思い出したら気が焦る。もしやと思う。どこかに連れ込まれて契約が成ってしまったら。そう考えるだけで苛立ちが募って、居ても立っても居られない。


 契約相手はどうにでもする。


 するが、アズサの方が。あの手はどう見てもおかしかった。 …後遺症が出るようなことにでもなれば!


 

 「とにかく、俺は店まで行く」

 「あ、竜達は…」

 「ハージェスト様、お待ち下さい!」


 竜舎へ駆けて行けば、大半が寝ていた。


 「ソール!」

 『応』


 『…仲間、負担、軽減。  無理』


 俺のソールは起きていたが、仲間の元から離れたくないと言い切られた。普段とは違う竜達の状態は、俺も気にかかるんだけどよ!

 


 最終、元気な若竜に乗って二人が行った。


 「俺が行くと言ってるだろうが!」

 「いえ、領主館から出た経路の確定を!!」


 問答は言われ続けて押し切られた。後、「そんな顔で行かれるとキツい」とかなんとか。人の顔を何だと思ってやがる。



 しかし押し切られたのは、アーティスが心配だった所為もある。

 竜達と一緒に寝ていたアーティスは、呼んでも揺すっても、まともに起きなかった。寝ぼけ眼で直ぐにまたゴロッと転がって寝た。


 「しっかりしろ、アーティス!」


 まず見せない寝相に驚愕してた内に、あいつらが乗って行ったとも言える。…ああ、押し切られとは違うか。心配が重なって頭が回らないのが最低だ。



 「アーティスは昨晩大活躍でしたから」

 「…そうか。 アーティス、皆と一緒に頑張ったのか。えらいぞ、よく休め」

 

 大活躍の内容を問い質したいが〜〜、それは後で良い。先に探しに行かねば。寝てる頭をよく撫でてから、館内に戻れば多少頭が冷えた。



 頭が慌てふためいて動いたら最悪だよな、はぁ。 執事を呼んで館内を探し直すのに…

 


 「あ、こちらに居られましたか。お食事をお持ちしたのですけれど、いらっしゃらな「この館の内部構造を、お前はどこまで把握している」


 「はい?」


 「この館内に抜け道に当たる物はあるのか」


 当てにならないが、奥を指差し食事を頼んだメイドに一応聞いてみた。

 

 「ございます」

 「本当か!」


 「ひぁっ! はい、メイド長も存じてます!」

 「案内しろ!」


 「はいっ、こちらです!」



 前を走るメイドに付いて走り、聞けばある種の公然の秘密だと。

 

 「かなり以前の御領主様がお作りになられた物で、第一用途は逢い引きと言いますか。奥方様にバレない様に、こっそり行き来させるルートを確保する為だったとかそんなお話を」


 …太平楽な方向であったのが微妙だな。



 「こちらになります」


 メイドが示した場所を見て唸る。


 「この扉は内側からしか開きません。閉めれば鍵が掛かります。知っていますが私達は使いません。軽々しく話すこともしません。誓約をしています。領主様の弟様であられるのでお話していますが、他の方がご一緒でしたら少々お話し難かったです」



 「これが扉か。開ける鍵はないな」

 「はい、その飾り紋様が鍵になります。失礼します」


 メイドがカチカチと動かし合わせるのを見たが…


 「然程難解でもないな」

 「これらは帰る女の為に作られたとされますので… 難し過ぎるとちょっとどうかと」


 「…それもそうか」


 作らせた任期領主は誰だと思った。



 「…誰かが開けてます。ここに服の裾で引いたみたいな跡があるんです。あ、ちゃんと普段からお掃除はしていますが、それとは別ですから!」


 最後の言葉は聞き流し、兄と姉に話す事を指示して扉を潜り抜けて外へ出る。外へのルートが判明したのに、行かんでどーする!


 「あの、ですが、誰かを!」

 「既に粗方出ている。兄と姉の守りを怠るな」


 「あ… はい! 承知致しました!」


 あの兄には要らんと思うが、姉は別だ。…多分、別だ。 …うん、兄ほどはいかんしな。



 靴底の重さ、懐の小刀。俺の胸元を飾る黒のリングと魔光石のリング。

 二つの重みを意識して踏み出す。泥濘んだ道の所々に跡がある。後ろを引き摺った風に見える跡を追って走る。


 上天気の青さ。 良過ぎるのは俺に対する嫌みか?









 「……………っ!」



 ん〜、ナンか聞こえた。



 「どこだ! 返事を!」



 響いた声に目が覚めた!


 パッと起きて周囲を確認。とりあえず、太い盛り上がってる木の根っこの後ろに隠れる。根っこに手を掛けて顔を出す。足元不安定でちょっと体勢微妙なんだけど、足爪万歳。


 木漏れ日の陽の光に金色が光る。 なんかすげー。


 

 「どこだー! アー、アー、アー、アー〜〜〜 」


 あ? ……何、言ってんだ?


 

 「アズサーーー!!  あー、ノイーーーー!」


 

 何かこう、手を上げてわきわきさせながら叫んだのを見た。あっちこっちに目をやって、二つの名前を叫んでた。


 アズサとノイの名前を繰り返す。

 少し遠目から見た顔に言いようがなくてさぁ。つい、黙って見てた。


 「アズサ、アズサー! 居ないのか!?  あー、ノイーー!」



 何度も呼ぶが、アズサが先だった。ノイー、アズサーとは呼ばなかったな〜。知らん人が聞いたら、一人じゃなくて二人探しているみたいだ。


 そんで俺が居る方向とは、だんだん違う方に行くから。



 「に!  ぁ… 」



 呼び止めようとした声は猫語だった。猫語だったから、途中で声が途切れた。手と爪を、猫毛に包まれた自分の体を見下ろす。


 「アズサーー!」


 「にゃ」


 …………我が輩は紛う方無き猫である。 どうすべきか?


 口開けて、ちょっと固まったわ。






 ザッ!


 放心してたが、間近の音にびびった! 何時の間にか傍にきてるーーーー!



 「猫… だったのか」



 俺から視線を外して左右を探す姿に、そうだよな〜と思う。こいつは人を探してるんだし。









 

 声を聞いたと思ったんだ。


 領主館の北裏に出て、東へと降りて行く道筋。東から登る陽が眩しい。そして見渡す街の様相と河川の流れに、大雨を理解するが見える程度なら問題なかろうとも思う。


 街を走り動く人影に、俺も俺の意思を優先した。


 

 時間の経過を考えれば、この辺りには居ないだろうが手掛かりの一つでもあれば違う。

 傾斜がきつい場所や降り口への道を眺めて、おそらく通っただろう場所を選んで探す。最後は降りた付近の住人に探させたいが、状況があまり良くない。


 途中で跡がわからなくなる。

 迷った末に、名前も二つ共に呼べば… きっと許してくれるだろうと決めて呼んだ。



 一瞬、聞こえた。振り向いたが人影はない。


 まさか倒れてる!?

 そう思って聞こえた方に走ったが、見当たらない。そこに居たのは猫だった。



 木の根方に掴まり立ちをしている小さな猫。灰色の毛並みは濡れていて、所々で毛がペったりしている。ぺったりした部分は黒く見える。


 「に」


 俺を見て驚いたのか、手を放して後ろに下がる。

 見えた胸元や腹の辺りは泥がこびり付いていた。薄汚れて寒そうにも、貧弱にも思える。俺を見上げる目は、直ぐに下を向いた。


 『 可哀想 』

 そんな単語も浮かぶが優先順位がある。違ったと探しに進んだが、何処にも何も見当たらん。気落ちしかしない。


 「はぁあ…  どこに。  あ?」



 また、聞こえた気がした。


 周囲を見渡せば、あの子猫しか見えない。

 遠くなっていたから、小さな姿だったが居た。それが動いて木の影に隠れて見えなくなった。


 …見えなくなれば、わからないが無性に焦りを感じた。何故かこの場に一人になったと、なってしまったと、強く思った。


 一人で探しに出て、周囲に人気も無い以上当たり前だ。

 恐怖を感じる訳でもないが、どうしてか一人を意識する。 静寂さが、意識を増大させる。



 生まれた焦りを鎮める為に、わざと靴音を起てて大地を踏み締める。



 ヒュッと息を吐き出し、目を眇めれば声を聞いた。何と言ったか不明でも聞こえた。


 「あ?  あ…   あぁっ!」



 聞こえたソレが耳で聞いた物じゃないと気付けたら、自分以外の命の気配は何だと理解したら。 踏み締めた地面をガッと蹴って本気で走った。









 「にーあ〜… 」


 小さく呼んだが振り向かない。

 ハージェストは俺を見て、気にしたけど〜 そのまんま行ってしまった。


 どうすっかな…  


 救いの手がー!と思ったんだけどさー。振り向きもせずに行っちゃったよ。「うあああ!」と思うが、あれ、俺を探しに行ってくれてんだよな…  リアクション取れずに見送っちゃったけどさ、まじ、どうしよう?


 ここでにゃんぐるみ、ペイするかぁー?


 しかしだな、一応見晴らしが良い場所ですよ? 木の影に隠れりゃイケるか? 幾らなんでも話す前に見られるってのもなー…  他から人が来たら〜ってか、竜騎兵の人が時間差で来たりしない?




 「アズサ!」

 「うにゃん!」



 …びびらせるなぁ!



 「アズサ! アズサだろう!?」


 へっ? うおっ。


 両手で俺をグイッと抱き上げた。


 ……脇に手を入れたから、両足ぶらーん状態がちょっとやだな〜。

 

 そう思ったら、抱き方を変えてくれた。

 俺の足、手のひらタッチ。


 

 「ああ、やっぱり。やっぱりアズサだ…  アズサ」


 腕に抱いた俺を見る顔は、何時か見た泣き笑いっぽいよーな顔してた。



 「ごめん。気付かずに素通りした。ナンか聞こえたと思ったけど、はっきり聞こえなくて。触れてる今は、もう少しわかる。さっき、この姿勢嫌だって言ったろ?」


 「に、にーあ〜!」


 き、聞こえてる! 通じてる! 猫姿で猫語話してんのに、ハージェストには通じてるー!! うわー!


 

 「もう終わったと思ってた。実際、切れてるし。でも、アズサの方が繋げてくれたんだな… 俺にはできないから、アズサがしててくれたんだな…」



 俺の猫頬に手を伸ばして、そっと撫でてくるのが妙にくすぐったい。もしかして、これで喉くすぐられたらゴロゴロ言っちゃうんだろうか?

 しかしなー、俺、ナンかしたっけぇ? あ、俺の胸とか泥水で汚れてるから服が汚れるぞ〜。



 「アズサの本性が、こんな小さな猫だとは思いもしなかった」



 あ?  ほ・ん・しょ・う?   本省、本証、あ〜、本性?  ………………待てや、こら。 誰が猫だ。



 「そうか、猫だったんだ…    人だと思った時もあったけど、そうか…  アズサはすごく上手なんだな。 あ、何か言った?」



 にゃんこ尻尾で、ぺしぺしぺしぺーしっ!   勝手に自己完結すんな、お前!




 「どうした、アズサ? あ、お腹空いた!? ごめん、うっかり。急いだから何も持ってない」


 いや、腹も空いたけどーー!

 ちがーーーーーーーーーーーーー!! お・れ・は、人だってのーーーーーーーーーーーーーーーー!!



 「え? アズサ、え? 何怒って…  あ、え、ひ・と? …人?  あは。それなら、もっと嬉しいけれど。え、いやだから、あのさ、アズサ。あ、違う。その前に名前の方をだ。アズサ、アズサで良い? 俺は「うぎゃー!」



 話を遮って自己主張する。


 「んにゃー!」

 「ふにゃー!」

 「ぐにゃー!」


 「みぎゃー!」



 猫語で話したが、疎通は完全には無理だった。

 仕方ない事だと思いもするが! どうしてか通じない事に逆ギレした。にゃんぐるみペイして、人になれば良いだけの事だが、ど〜してか今の姿でも理解しないハージェストが理不尽の塊に思えた。


 お前だけはわかれよ!と、猫語で言い続けた。


 「みぎゃあああん!」


 「え? え、何を。  あ、アズサ!」


 理解しなかったんで、その手から逃げた。


 頭の中が叫んでる。

 わからないこいつが悪いって。このままじゃ居られねー、居るだけ無駄って。この姿でも理解しない・しようとしてないこいつが駄目だって!




 「アズサ! ちょっ、待って!  どこに、アズサ!!」



 四つ足で猛ダッシュした。振り返らずに走った。

 後ろの追い掛けてくる足音に、茂みを選んで走って走って走って走って振り切った。 ひゃっはー、やったぜぇ!



 「にゃーん」


 達成感に良い汗を掻いた。ふぅ。 ……あれ、俺、何を目的に。





 カカカカカッ!

 

 猫エアロビで耳の後ろ掻いてみた。



 ちょっと落ち着いたんで、目を閉じて考える。

 何であんなに怒ったんだろう? 人に戻って納得行くまで話し合えば良いだけなのに、どうして『今』じゃないと駄目だって思ったんだ?


 …………むーん、うーん、ナンか〜 ものごっつ難易度高い事言ってるだろか? 猫姿の俺を人だと認識しろと言ってるだけだが。他の人はわからんでも、お前は理解しろと言ってるだけだが。 …ぬーう。

 

 おにいさんなら〜、俺が言いたくて妙に上手く言えないコレを理解してくれるだろうか?



 ちょっとナンだが、もっと落ち着く為に落ち葉の上でゴロンゴロンと猫転がりしてみた。転がったまま上を見れば木漏れ日が綺麗な。


 それを見つめながら、うだ〜〜〜〜〜〜〜っと考える。転がる。考える。転がる。答え出ない。考える。転がって ………ぐぅ。


 


 「んにゃ?」


 寝てた?


 上半身起こして尻尾でパタンパタンと地面を叩いて、うっ!と思う。




 くきゅるるぅぅ…


 腹が鳴った。


 ……あああああああああ! ハージェストは何処だ!? でもってココは何処だ! 今は何時だ!! 俺は馬鹿か!?馬鹿だな、おい!



 来た方角を必死になって思い出そうとした。 ははは、俺に帰巣本能猫センサーは付いてないと思う。はははは。


 ハージェスト、まままま、まだココにいるんだろかっ!?  うあ〜…   しくじったぁあ…




 あっちこっちウロウロ。そっちどっちトコトコ。

 きっと正解な方向に向かって樹々の間を突き進む! 走り回って探せ、俺!  時折、こっちで良いんか不安になって立ち止まってキョロキョロする。


 あ〜、ハージェスト探知センサーどっかに付いてねーかな〜。 どーこーだ〜。



 かなり時間を食ったが、ビンゴ!  ハージェスト、いたあーーーーー!!







 見えた横顔は俯いてた。地面に座ってた。

 右足は胡座を掻いて、左足は片膝立てて、立てた膝に肘を横に置く。右手は地面に向かってる。


 指先が落ち葉を拾っては、捻り潰して捨てる。



 ハージェスト、そんなトコ座ってケツ濡れね?と思ったが、座ってる場所だけなんか変じゃね? なんかそこだけ地面の色おかしくねぇ?



 全体的に迂闊に近寄れない雰囲気を醸し出してた。

 声を掛けれなくて、掛けたらいけない気もして、こっちを向くのを待つことにした。



 その間、ハージェストを見てた。



 グシャ…


 手が葉を握り潰したのを最後に立ち上がる。

 顔を上げて遠くを見据える目は、何を映してるのか読めない。総じて冷たさを覚える無表情だった。 …結構前に見たツラだった。



 ザッ


 周囲を見る事もせずに歩き出す。

 掛けようと思った声は出なかった。歩いてくハージェストの後姿が遠くなってくのを見てた。





 縁が切れる。


 これで、いや、こうやって切れていくもんなのか。今と言う時を外したら、次に会うことがあっても同じ物にはならない。



 …直感に理解はしたけどさ。それに、『あー、あー、あー!!』って思う自分がいるけどさ、どうしてか自分では動きたくないんだよ。

 何かどっかを間違えたら最後、俺の望む形と違う形になりそうで、それはどうしても嫌だと思うんだ。 譲らない。


 動かないから、俺の手から零れ落ちて失くしてく。

 失う事を理解して、それが嫌だと思うけど、どうすれば良いのか本気でわからない。



 俯いたら、なんか泣きそうです。

 こんなんで泣きたくないです。でも、顔を上げたくないとです。










 何も考えずに歩く。

 何がいけなかったのか、どう考えてもわからなかった。もう考えない。いや、考えたくない。走って行く後姿だけが思い出されて痛い。


 呼び掛けても返事は無い。繋がってると思っても、手応えは無い。何度も触れた証のリングは生きていない。俺の方からは終わってる。どう考えてもさっきのは、アズサがしてくれたからだ。




 待つが帰って来そうにない。

 待っていれば良いだけなら、それは待つけどな。だが、俺はそれをし続けられない。



 怒って行ってしまった。日を置いても無理なんだろう、な。怒った事の質が違う。どこかで間違えたら行けない事をしくじった。わからない事はどうでも、その対処を誤った。


 俺は。俺は。 


 やっぱり、俺は馬鹿か。




 ジャリ。


 踏み締める足音に混ざって、微かに呼ばれた気になる。

 その一瞬に立ち止まり、即座に返事をしたけれど、応えはなかった。静けさに風の音しかしない。


 


 落ちる気持ちにせめてもと顔を上げて歩き出したが、未練がましく一度だけ振り返った。 振り返っても何も無い。みっともないと自嘲して歩む。 



 ………ん?あ、れ? 木陰の暗さに紛れて  塊、なかったか?



 足を止めて、勢いよくグリッと振り返る!!





 い・たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!



 俯いて小さくなってる汚れた塊が…! ちがう!猫だ、アズサだ!

 


 いいい、何時からぁ!? もしかして、俺が気付くのあそこでずっと待ってたとか!? ずっと俺がしてたの見てたとかっ! い、色々してたがっ… 本気でしてたがっ!


 あ、まさかさっきの…  まさかで見てた? 振り返って見た上で無視したと思われたっ!?



 うわ、うわ、うわ!  拙い!!



 「アズッ…  アズサァーーーーー!!」

 




 全速力で引き返した!!

 




 

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