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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
77/239

77 起床、のち


 起きたら、誰もいなかった。

 ふかふかの掛け布団は物が違っていた。


 「俺の毛布様!! どうしてあるんだ!」


 喜びと驚愕に疑問の声を上げるが、毛布様が答えるはずも無い…

 しかし、すりすりすれば感触が! この感触は間違いない!毛布様だ、俺の毛布様だ! 

 

 一気に気分が上がった。完全に目が覚めた。

 足元に違う掛け布団が見えたから、「よいせっ」と体を伸ばして触れてみたら、最初の分に負けず劣らずふかふかだった。これも大変良い感じ〜。


 良い感じだったが毛布様に包まり直して、うだ〜〜〜〜〜っとしてた。

 俺の毛布様の手触りが嬉しい。ふかふか掛け布団も良いけど、こっちが良いわ〜。 …やっぱり、これは見つけてくれたんだろうか? ああ、安眠に誘われる。もんのすごく安心する。


 ほんわか〜とした気分でいたが… 布団にゲロ吐いたのも思い出した。思いっきり吐いたから、シーツもマットレスも被害にあったと思うんだ。


 …被害がわからんのが良いのか悪いのか。

 シーツは替えられてたからokとしても、マットレスが無事だったのに驚きー。こっちは替えてないと思うが、わかんねー。なんかしたんかなー?


 布団の中でごろっとしてたら、し・あ・わ・せ〜。


 あー、誰か来るまで起きなくてもいいよね〜? なーんて思ったが、ダメだ。ダメだダメだ、起きねばならん。膀胱が破裂したらどーする。


 ベッドの脇で脱いだ室内履きを探して〜、足in。そう、ちゃく〜。


 カチャン。


 きょろきょろ辺りを見回しても誰もいませんでした。

 人がいなくても問題ないので寝室を出て洗面所に行きます。いや〜、教えて貰ってて良かったわ〜。こんなんでうろうろすんの、哀しすぎる。


 ガッチャン。 バッタン。


 「あ〜、すっきりぃ〜」


 水も飲みたくなったけど、洗面所の水は飲用可なのか聞いてなかったから止めた。部屋に水差しなかったっけ?と思うが、あったかどうか忘れた。



 ここに来た時は半分以上意識飛んでたから〜、覚えてないんだな。ちょっと他も回ってみよー。


 洗面所を出て、寝室じゃない方へ行った。


 「どぅっ!」


 合ってない室内履きが脱げそうになる。あ〜、俺の靴はどーこ〜?



 コンコン。


 ドアをノックして待つが返事が無いので開ける。


 カ、チャン…


 慎重に静かに開けつつ、小さく声を掛ける。


 「入りま〜す… 」


 ココにも誰もいなかった。だけど、大変リッチな部屋でした。

 一番最初に目に飛び込んできたのは、天井から吊り下げられたシャンデリアだった。ガラスかクリスタルか知らないけど〜、ホテルのエントランスにあるよーな、結婚式場のCMでみたよーな。大変、金が… いえいえ、手が込んだ出来のお品に見えました。


 他にもま〜 その他の家財道具はあるんだけど〜、眺めるのはokでも〜…  開けてごそごそしたら泥棒さんじゃありませんかね? 俺、一番最初の村ってか、廃村でそれしましたけどね。


 着替えの服が欲しかったが、恵んで頂けるか俺のが戻ってくるまで待つか。拝借が通じるか不明だから、止めとこう。


 その部屋を出て、他もちょいと覗く。うーん… 小部屋があるんだな。

 ぺたぺた足音させながら歩いて、多分ココが出入り口なドアノブをよいしょっと。はい、正解です。


 しかし、出た廊下にも誰もいなかった〜。うーあ〜。


 でも、その場に立って耳を澄ませば音が聞こえる。なんて言ってるか聞き取れないが、人の声がする。

 だから〜、きっと静かに寝させてくれてたんだろう。放置じゃないと思いたいが〜〜、お洗濯で忙しかったとか言われたら立つ瀬無いわ。この世界で全自動洗濯機は見てないよ。ははは…


 廊下に突っ立ってても意味ないから、『まずは人を発見しよう!』と決めたら人がやってくる。なーんて素敵タイミングなんでしょうか。



 「あの、」

 「あなた…  何をしているの?」


 やってきたのは、ここの方ではないようです。はい、違います。服装からして思いっきり違う。これは俺でも間違えないって。


 お姉さんは、ふわふわひらひら系でもメイドさん服でもなく、シャープなスレンダー系のドレスを着てた。栗色の髪を頭の上で纏めてるけど、纏まり切らない髪が解れ落ちての乱れ髪。

 渋めの赤のドレスは太もも辺りからサイドに縦カットが入ってチャイナドレス系だが、肩の部分は紐状です。胸元も深い切れ込みカットで生地をずいっと押し上げる、ひっじょ〜〜〜〜っうに素敵な谷間が眩しいです。一応、ストールを肩からひらりしてるけど〜〜〜、胸元の谷間は全く隠せてません。


 ちょっと気怠気な雰囲気が艶かしいってゆーかぁぁあああ!! うわー、すげー。セクシー度全開! 至近距離でこんな人と生遭遇があるとは!



 でも俺がお姉さんを観察してた分、お姉さんも俺を観察してたね。


 顔がさ、最初は嫌そうな顔をしたんだ。それから、『あれ?』って感じで目を細めて『え?』な感じでいる内に目がゆっくりと見開かれていったんだ。


 

 「あなた、怪我をしているの? …大丈夫なの?」


 足音をさせずにスススッと近寄って来たお姉さんの顔は、眉根を寄せた心配ってゆーか… 痛そうな顔だった。


 「え? あ、これ…  痛くは、ないです」

 「本当? 見せて」


 包帯をした方の手を取ったお姉さんは、そっと包帯の上から撫でた。その姿があのテントの中で、「良くなりますように」って言って撫でてくれた… きっとおそらく高確率で看護師だったはずな女の子とダブった。



 ……ほんとに痛くはないんですけどね、はい。  それよか、お姉さんとの近さにちょっとどきどき〜。


 「そう。…痛くないのなら良かったわ。ところで、あなたはどうしてここに居るの? 私は呼ばれて来ているのだけど」

 「え、   ええ…っと」


 なんて言っていいもんか。お姉さんと顔を合わせた。



 「…言い難い事を聞いたかしら、何か訳ありなのね?」


 曖昧に頷いといた。



 「そう… じゃあ、一つだけ聞かせて。  あなた、自分の意志でここに来たの?」


 向かい合ったお姉さんの気配が変わった。

 背筋を伸ばす姿勢に気怠気な雰囲気は無くなって、視線に強いものが混じる。声もさっきとは打って変わって、凛とした力強い… そう、『嘘を許さない』そんな声音になった。


 「意志…」

 「そうよ、あなたはどうやってこの館に来たの? 自分の意志で納得してここにやって来たの?」


 「ええと… 気がついたら、ここに いて です… ね」


 意志の単語に『意志』だと思うが… 何か違う事を聞かれている様な気もするんだけどな。


 「あなた… もしかして騙されてない?」

 「え?」


 「何も聞かされずに来たと言うのなら、承諾もなしに連れて来られたのでしょう?」


 えーと、意識吹っ飛んでましたけど。


 「あのね、ここはエルト・シューレの領主館の中でも奥に位置するの。貴族の館なのよ。わかる?」


 はぁ、ご本人から紹介貰いましたが。


 「じゃあ、貴族が力で事を押し進めるのもわかっているのよね?」


 へ?


 「総ての貴族が、とは言わないわ。でもね、あなたの意志なんて… どうでも良く扱われる場合がある事をちゃんと理解していて?」


 え、ええええええええーーーーーーーーーー  と?


 「怪我の治療をして貰ったのよね? ここで休んでいたのよね? でも、連れて来られたのでしょう? これから使う物を使うつもりでいるのなら、治療して当たり前だけどね」


 ええ…   と。


 「あなたは連れて来た人を知っているの? あなたが良く知る信頼できる相手なの? それは信頼して良いの?」


 ええと、それはこれからぁ〜…………  あ?


 「ここは貴族の館。この奥の部屋で休めるのなら、それはエルト・シューレ伯の許可があるんでしょう。でもそれは信頼に足る理由になるもの? いえ、相手に信頼があるの? これから話して信頼関係を築くと言うのなら、それは難しいんじゃなくて? 

 言ったでしょう? ここは領主館よ。相手の場所よ? あなたが自分の言葉に「はい」と頷くまで、黙って閉じ込める事ができる場所で、それが可能な相手なのよ。わかってる?


 そんな相手とあなた、自分が同じ立場に立っていると思っているの? 本気で思っているのなら馬鹿よ? …ああ、そうね。あなたなら上手に丸め込めるかもね。そんな事全く考えていなかったって顔してるものね」


 矢継ぎ早に繰り出される話にボケてたけど、最後苦笑して締め括った言葉に、変に… ずきっとキた。


 見たお姉さんの顔は嫌みも何も伴ってない。 『本当にわかってないのねぇ』って、目が呆れを含んで言ってた。



 「ねぇ、あなた。 どうして、その手を怪我したの?」


 ギリッと… なんかキたよ。

 そういや起き抜けで、あいつに向かって叫んだ言葉は何でしたかねぇ? 俺。



 「相手と同じ立場で話をしたいのなら、相手の場所に立っていては無理よ。できっこないわ。したいのなら外に出て、別の誰かの公平な仲裁の元で話をするべきじゃないのかしらね? ま、それを選ぶのはあなただけど」



 何故か… 酷い焦燥感がした。

 おかしな事は言われてない。この人は俺が此処に来た経緯も怪我に至った理由も知らない。まぁ… 俺も未だに訳がわからんけど。


 じゃあ、あの時と同じで。わからんまま動く… のか? 俺は。 動かされるのか?


 変な焦燥感に釣られて内側から声がする。内側で反響する。


 『疑え、疑え、自分の為に疑え』





 「あのね、私もずっと立ち話してられないの。だから、一度だけ聞くわ。 今、この時だけなら、私があなたをこの館の外に出してあげられるわ。出た後は… そうね、私の店に行くといいわ」

 「…え?   な、んでそんなに よく?」


 「え? …ああ、そっち? そうねぇ、あなたって… なんだかふらふらしてて危なそうだから」


 ……! この人、ひでぇ!!  でも、なぁ… 初対面の人間にこんなに言ってくれるのは… 優しいからだろうか? この世界の常識は…



 「……あのね、いろんな状況でいろんな事があるわ。運命なんて大げさな物じゃなくても、幸運だと思ったら拾わないと嘘よね」


 そう言って微笑んだお姉さんは、衣装が不釣り合いな気がした。色気のある衣装とは正反対な顔で、すごく、ものすっごく綺麗な人だって思った。

 そして余計な事に、胸元に切れ込みのあるご衣装を押し上げるお胸様にぽっちが見えてノーブラかもしれないと気が付いた。 どうしよう? ちょっとそっから目が離せないんですけど。





 「自分で決めたのね? 自分で決めて行くのね?」

 「はい」


 「大丈夫、心配しなくてもきっと何もかも上手くいくわ。ちゃんと話ができる場所で、話をすれば良いだけの事なんだもの。相手の手のひらで踊らされるなんて最低だわよ。 大丈夫、踏み出さなくては始まらないわ」


 サイドのスリットから、素敵な足を惜しげも無く晒して前を行くお姉さんの足は速かった…


 「わっ」


 室内履きが脱げかけた。


 「急いで!」


 小声で叱られる。決めた返事に、この人は本当に素早かった。

 進む廊下には人の気配がない。あんまり使われてないらしい場所でカチャカチャしたら小さい扉が開く、間違いなく裏口だったようだ。それよか屈んで抜けるって、秘密の扉ってか… よくそんな扉が。気付かない俺が駄目なんだろか?


 雑草と雑木が植わるそこは見つかり難いよーな、手入れがされてないよーな… 前におとーと君と話した場所とは綺麗度数が絶対的に違うわ。


 

 「気をつけて行くのよ。これから私も下がらせて頂くからね」


 その声を最後に歩き出して… 振り向いたら『早く!』と手を素早く振って、静かに扉を閉めた。





 扉が閉まったのを見て、雑草が茂って覆うがギリギリ判別できる雨で泥濘んだ小道っぽいトコを、必死に歩いた。走るには不適だし、極力静かにとも言われたから 『早く行かないと!』 それだけ思って歩いた。


 行けば、雑草が足に纏わりつく。木の枝が「待て」って感じで邪魔をする。引っ掛かるのに腕を払えば袖口に蜘蛛の巣か、なんか虫系の粘液っぽいのがつーく〜。それプラス、木の枝揺すったから水滴がバラバラ振ってくる。うあ〜、冷たいー。足の方も冷たいー。


 それでも進んで行けば、雑木林の途切れた間から街並みが見えた。


 「あ… 」

 

 見えた街並みに、不意にあそこからこの世界を初めて見た時と同じ感覚がした。



 ザアアッ……


 風が吹き上がって樹々を揺らしていく。

 風に見上げた空は高くて、吸い込まれそうに青い。なんか眩しい。







 「ハ、ハ、ハ、    ハッ…  クショイッ!  あ〜」



 クシャミして、鼻をスンと鳴らしたら。


 なんつーかこー…  我に返った? 



 …………さむい、寒いわ。すっげ、寒いっ! スカスカすんよ!

 寝間着のワンピースに室内履き。こんなカッコでよく外に出ようと思ったな、俺。何考えてんだ? ああっ! 足、草で少し切れてるぅ!?


 なんかうっすら血が滲んでるよーな。…被害、皮一枚で極小で済んでるけど。





 「良い事? 人に会ったら、店の名前を言って相手にせずに行きなさい。安易に人を頼ってはダメよ。直ぐに見つかってしまうわ。店で落ち着いて、話をして、それからこちらに話をすれば良いのよ。心が納得しないままに話をしたら、聞くべき事を見失って後で泣くだけよ」


 寒いから日当たりの良いとこへ歩く。

 小走りで廊下を進んだ時に話してくれた内容を思い出しながら、ゆっくり歩く。両手で両腕(さす)ってみた。


 お姉さんの名前、店の名前、その住所、どの辺りか。

 聞いたそれらを反芻し、多分この辺って場所を脳裏に刻み直して〜   足を止めた。



 立ち止まって考える。ボリボリ頭を掻く。 うむ、直射日光様があったかい。


 なんで言ってる事が正解で〜 どうして、『ここから早く出なきゃ』みたいな気がしたんだ?

 いや、正しいとは思う。うん、おかしな事は言ってなかったし。第三者の立会いの元で話をするってのは正しいけど… 裁判だってそりゃーそうだけど。正しいからって… 俺の場合は当て嵌まるのか?


 そうだよ、俺の毛布様だって。うげ、置いて来たんじゃねーか! 俺、完全無一文じゃん。 …いや、あの牢屋に入れられた時点で無一文だったか。俺の荷物どこにあんの? …クレマンさんに、オルト君は?

 


 そこでなんかこー、ぐるぐる考えた。


 その場の勢いってか… もしかして、俺… お姉さんのあの雰囲気に流された? 呑まれた? そんな気になっちゃった? 素敵なお胸様の所為とかぁ? あはははは?



 じーこ〜〜〜っと考える。


 『疑え、疑え、自分の為に疑え』


 心の中がこれで占められた。その合間に聞こえたお姉さんの言葉がキた。だけど… 俺… お姉さんの言葉より、自分思考で埋まってた気がするな。



 ボリボリボリボリ。


 なんかやばくね? 俺、本気で自滅型だったり?



 疑うのは状況? 安全だと言われた言葉? 自分? 相手? どこら辺? 


 安全だと言われたけどさ、どうして俺だけが茶を飲んで吐いた? なんで良くなるって言われた直後に激痛で意識飛んだ?


 ああ、やっぱこれが原因か? おにいさんの毛布見て良かったって思って、この事実が薄れてた所為? うーあーあ〜。なんかもー。



 『 疑え 』


 黙って居なくなったら駄目だろ。出るならケリつけて出るのが正当だろ? 居なくなったら… 一応、騒動になるんじゃね? それにあの人も、もしかしたら疑われんじゃね? 親切からしてくれたんだろうけどさ、よくよく考えたら〜 やっぱやばくね? 今なら迷った挙げ句の散歩で済むんじゃねぇの?



 しっばら〜〜〜く、ぐるぐるを考えた。





 ぐうぅぅぅぅううう〜〜〜… 


 何にも食ってないと腹が自己主張した。腹が空いたと自覚すれば、目眩がしてくる。


 むーう、戻ろっかな〜。お店までの距離と〜戻るのと〜、早いのは戻りだろ〜。店まで迷わんと辿り着ける保証はない。何か非常に情けない決定な気もするが食わんと死ぬし。


 居なくなったとわかったら…  あいつは本当の意味で心配してくれたり、  するんだろうか?





 「よし」


 クリッと方向転換しようとしたら、横道から人がやってきた。一般ピープルの服装でも、野良着って感じでした。












 俺は寝てた。スカッと寝てた。

 そこにバタンッ!と扉が勢いよく開いた音で覚醒した。


 「きゃあ!」


 続く女の叫びに、引かれる追いつかない足音。迷い無い足取りが生み出す音に身を起こせば、女の体がこっちに向かって突き飛ばされる。


 ちょっとは待たんか!



 「ハージェスト! お前は兄を何だと思っているんだ!」

 「兄」


 「 ……  」

 「殺しても死にそうにない、寿命以外ではどうやってもくたばりそうにない俺の兄」


 「…まぁな。あ〜、元気なったみたいだな。良かったな」


 「良くありません。いえ、俺は良いですが。部屋から居なくなりました。洗面所から小部屋まで探しましたが見つかりません」

 「…あ?」


 「室内が荒らされた形跡も、何かを持ち出した痕跡もありません。その身だけが見つかりません」

 「……ああ?」


 「この女が居たので聞けば、兄上の為に来たと」

 「ああ、お前が倒れた後ちょっとあってな。後で説明するが、興奮したんで向こうで三人ばっかり潰したんだけどよ。治まり切ったか妙にわからなくてなぁ、やってなかったのを一人持ち帰っといてみたんだわ」



 「そうですか、それは構いませんが。 …わかりました。その女については任せます。 何もしてなかったら嫌がらするから、その積もりで」

 「あ〜? はは、起きたばっかりの兄に嫌がらせ宣言するのか? 酷い弟だな〜」


 「……そうですか、その口調は楽しみですか。ええ、ええ。 そんなに楽しみなら、母と共に徹底的に招待状の作成でもしましょうか! 兄上の御為に!」

 「止めい! 兄を殺す気か!!」



 バタンッ!!


 話した後、じっとり睨んで部屋を足早に出て行く弟に可愛さは無かった。 あー、参った参った。しかし、確かに大事だな。


 「なぁ? 昨夜は実に楽しかったな。先の話を要約すると、寝ていたのが居なくなったようでな。お前、寝間着で彷徨いてる姿をどこかで見なかったか?」

 「…ああ、痛かった。  いいえ、その様な人は知りませんわ」


 手首を擦りながら、こちらを見た女の躊躇いがちな機嫌を伺う顔と、知らぬと言った声の抑揚と質に『こいつが手引きしたか』と心中で舌打ちした。



 「何故、連れ出そうと思ったんだ?」

 「えっ? あの、お言葉ですが… 違いますわ。私は連れ出してはいませんわ。だって、私いま伯爵様の隣にいますもの。弟様でいらしたのですね。御髪の色といい、とても似ていらっしゃいますのね。ですけどもう無理やり腕を掴まれて、私とっても痛かったんですのよ。伯爵様。突然大声で怒鳴られるし。


 あ、失礼しました。はい、もちろん昨夜は楽しゅうございました。あんなに素晴らしい夜を過ごしたのは、初めてでした。ええ、本当に素敵でしたわ」


 ベッドに座る俺に、するりと身を寄せ従順を示す女に笑う。


 「きゃあ、伯爵様。 突然はヒドいですわぁ」


 肩を抱き寄せ、グイッと引けば楽しそうな声を出して可愛らしく拗ねてみせる。うむ、演技だとしても可愛らしい。年の割にとかそんな事は考えない。可愛いものは可愛いんだよ。

 しかしだな、返事をしないのは可愛くない。



 女の体を抱き、腕の中に囲い、キュッと軽く抑えて肩口に顎を寄せる。


 「うふふ、きゃっ。 やだぁ、そんなに強くなさらないで下さいませぇ」


 張りと弾力にたわわな手応えが肉感を誘う。 あ〜、楽しい。楽しい気分の内に答えてくれんかな?


 「連れ出そうとした理由は?」

 「…え? ですから、私してませんわ。何かの誤解ですわ。だって、連れ出してなんかいませんもの。していない理由を言えと言われましても… 無い答えは答えられませんわ」


 「そうか、してないのか」

 「はい、してませんわ」


 ああ、はにかむ様子が可愛いな〜。ツボだよな〜。


 「それじゃあ、何を話して外に出るよう仕向けた?」

 「まぁぁ、それは言いがかりのようですわ…  いくら弟様のお言葉を聞かれたからとしても、そんなのあんまりです。伯爵様、私は確かにお部屋から出ましたが、他のお人とはすれ違ってもおりません」

 「…会ってない?」

 「はい、人と会ってない以上、身の潔白の証明をせよと言われましても… どうしたら良いのか… 困ります… 私は一介の娼婦にすぎません。人に嘘を吐かれる理由も吐く理由もありません。私など、ただの女にございますれば」



 「確かにそうとも言えるがな」

 「そうでございましょう?」


 「だがなぁ、お前。 力、使える口だろ?」

 「え…  あ、きゃあん!」


 強く握れば、ぐにっと返す肉の張りが良い。指の付け根の間に当たる感触も良い。


 「お前の力は強くない。だが、使えるな。 見たのだろう? あの手の奴隷印を。 見て、欲が出たんだろう? あれならば自分でもできると」

 「…申し訳ありません。 人と会っては」


 「この場合、問題なのは総量ではない。できるか・できないか、だ。 刻んでしまえば、お前の奴隷よ。面倒な制限も付かないとくれば実に重畳。名入れだけの制限のない奴隷を譲渡する。一介の娼婦の懐を潤すには良い金であるだろうな。

 しかしなぁ、そんな事を領主館でする奴がいるか? 奴隷は手に入るが、犯人はお前だと一発で判明する。刻む行為に偶然だの、そんな気はなかっただの、そんな言い訳は通じない。『過失』ではできない所業なればな。それでも領主館の外で刻んで成立してしまえば有効だ。それは自分の奴隷だと主張する権利はあるとも」

 「 伯爵様! お待ちくだ、 あんっ!」



 少し弄れば、楽しい声を上げる女が可愛いな。


 それにしても〜 もう少し、思慮深くいて欲しいが深すぎで鬱陶しくなるのも辛い。あー、適度って言葉がどうしてわからないものかねぇ?



 「奴隷の印に刻む事は技量がいる。誰にでも簡単に気軽にできるモノでは困る。そんな事態を許す領主など何処にも居ない。しかし、どうしてであろうな? あれは膳立てが終わった状態だ。それが維持され続けている。おかしい。そして『見れば』刻めると思う。


 人の欲が。

 卑しいか卑しくないか、『見て』理解した者の心根が正しく表に滲み出る所業よなぁ。くっ。


 『 真の鏡に映りし汝は如何なる姿で映りしや? 』


 おとぎ話の一節を切り取った成句そのままよな。その後の句は言わずともわかるであろう?

 奴隷となったは、そいつの問題と切る事も正しい。時代が時代であれば、また違おう。奴隷は奴隷だ。どうしてなったの過程は関わりのない過去の出来事よ」


 「はぁ  ん。  はく、しゃくさ まぁ」


 「ああ、全く。お前は実に良い声で鳴く。総量は少なく力は弱い。その分、煩わし過ぎもせずに上手く混ざり込めさせられる。長じて良い声よ。その声で鳴けば大抵の奴から金も取れようが。

 お前からすれば、シューレの伯爵は組み易そうだとか、そんな話なら構わん。俺の領地で俺個人についての話ならまだ良い。大げさに吹聴しすぎなければ、ある程度の事は人だからな。笑って見逃してやるとも。

 

 しかしだな、当たり前に俺の持ち物じゃない。この領に生きる者でもない。帰属はどこになると仮定すれば、それは弟にあるはずだ。わかるか?」


 「え、あ… はぁ ん。   弟さ まの けん、りで…  ? 」


 「そうだ。弟個人と見做せば終わらせられよう。それで良いのなら、どこにも問題はない。だが、過ぎ去りし時が生きているのなら、過去が手を伸ばして現時に声を上げると言うのであらば、  話は違う。


 違ってくる。

 許可を出したのは俺。出した許可を是としたのは親父様。



 …わかるか?

 お前が取った行動は、ラングリア家に対する行動だ。平たく言えばラングリア家から掠め盗ろうとし、ランスグロリア伯爵カイゼルを嗤ったと同じ」


 「あ、ああああ! いたっ! 痛い! 伯爵、さ まぁっ!  待って、待ってくださあ…  私、その様な事は存じ   あ、ああああ!!」


 「知っていればしなかったとでも? この領主館にいる事実を流したであろうが? ふ、お前の人生など俺は知らん。だが、お前に俺の送った人生の何を理解する?

 概して他人の生や気持ち等、そやつの状況に性格を加味して推測を計るものだ。


 『お前に私の何がわかる?』


 そんな雑事を声高らかに言われようと、わかるわけもなかろうが。他人だ、他人。別個体の総てがわかれば、鬱陶しすぎて生きていられるか。悲嘆にくれる愁嘆場を演じれば何でも通ると思っとるのか。


 お前が望んで選んだモノと、俺が望んで選ぶモノは違う。大事にしようとしているモノは共にあれど、モノが違う。それだけだ。そこに激動も震撼もない。単なる有り様の違いなだけよ」


 「わた、しは! 連れ  出    しては、い  …!」



 「そうか、お前はしていないと言うか。ならば良い、その真偽を尋ねる先は別にある。自分で言っていたな。一介の娼婦であるお前の為に、わざわざ虚言を積み重ねて時間を割く必要性が他人にあると思うか? 虚言をろうしたと判明した時点で、己の身が裁かれる程に。

 帰ってくれば本人にも尋ねるが、お前自身で潔白ができぬでも領主館にいる他の者の潔白が済めば、残るはお前だけとなる。

 エルト・シューレの領主として、あの存在を理由無く失う気はない。何より面と向かって安全を約束した領主としては、今の状態を維持した姿で戻ってきてくれないと自負心プライドが疼く。


 お前にはどれだけの借財があるのかな? それとも、この細首にはどこかの鈴がついているか? お前の店の話を拾う者がいてなぁ。それでお前の所を選んで行ってみたんだよ。


 此処には虫が涌いているが、お前も虫の一匹か?



 でもま、良かったよなぁ? お前も。

 弟の拷問はかなりクるぞ。やり方の三分の一程度は俺が教えたが、あの子が絡むのなら手加減など忘れるかもな? それが俺に変わるんだ、お前は実に運が良い」


 昨夜を共にして楽しんだ女で別の遊びもできるとは。一粒で二度美味しいとはこの事か、滅多にないな。



 「ちがっ お待ちくださ…!」


 「温かい、心音はここからするな」

 「ひっ!」


 腕の中に囲った女の乳房を鷲掴んで耳元で甘く吐息で囁き、逃さぬ腕に僅かに力を込める。筋力で抑えて魔力を薄く纏えば単純な圧になる。それだけで硬直した身が、がたがたと震え出した。


 ああ、心音の速さに息遣いが変わったか。

 真実まだ何もしてないと言うにな〜、はは。 この女はどれだけ保つだろうか?












 だから! どうして、アズサが居なくなるんだ!!

 どうして領主館で居なくなれる!! 自分から出て行ったにしても、館内を誰にも気付かれずに出て行けるはずがない! いや、アズサには可能なんだろうか?

 …違うな。可能なら、あんな状態になるまであんな場所に居るはずがない。さっさと逃げ出すに決まってる。大体、本復していないあの体で、どうして出て行く必要がある!?





 目蓋の裏に光を感じて目覚めれば、カーテン越しに部屋が明るい。


 「う… 」


 何時だと思って視線を巡らすと隣で寝てた。


 寝てた。

 隣で眠る姿に、変に衝撃を受けた。驚きに硬直したが瞬きもせずに見入った。


 口元に手を伸ばせば呼気が触れる。緩やかに繰り返される呼気に、生きていると酷く安堵した。




 それから、じーっと寝顔を見てたが激痛に倒れた事を思い出す。


 静かに体を起こせば、あの激痛が嘘の様だ。

 室内を見渡して、起こさぬ様に気をつける。毛布を掛け直して上げてから寝室を出た。



 メイドの一人をがやって来たのに聞けば、兄も姉もまだ寝ているらしい。


 「昨晩は大変でいらしたので…」

 「そうか」


 「あの、お体は大丈夫ですか?」

 「ん? 俺は別にな」


 

 「はい、今から厨房の方に伝えます。お時間を合わせて、上がられた頃にしておきます」


 起きたら聞くかと思い、胃に優しい病人食と普通の食事を部屋に用意するよう指示して、一度部屋に戻り風呂に行った。




 ざっと頭から被って、寝汗を流して体を洗う。

 水滴が滴り落ちる自分の体を確かめたが、異常はない。怠さもない。不調はどこにもない。


 風呂から上がって姿見に映る自分は、いつもの自分だった。


 着替えの服に手を伸ばす。

 俺が使っている部屋とあそこは離れた位置にある。行き来するのは面倒だから、俺の荷物もあっちの部屋に持って行こうかと考える。一緒に居た方が色々都合が良いよな。 そうだ、ソレが良い!なんてグッドアイディア!



 体はさっぱりし、気持ちはうきうきと上がり続ける中、部屋に帰ればもぬけの殻だった。


 「え?   あ、起きた? 洗面所かな」


 

 洗面所から全室を回って、姿が見えない事に頭が冷静さを吹っ飛ばしかけた。自分の体内温度を自分で強く意識するのは、滅多に無い経験だと思う。


 

 「冷静に、冷静にな」


 その場に突っ立って、焦る鼓動に必死で念じ続けて意識を替える。


 隈無く探せば、入り口の隅で薄い気配があった。

 気付きそびれそうな弱いモノだが、確かに感じた。魔力に対して不明な部分があると皆で認識したはず。それなのに入り口とは言え、何故魔力痕がある? 




 アズサは、こんな気配をさせない。

 俺のアズサが、こんな魔力特有の気配なんぞさせるか!


 覚えた魔力痕に憎悪を覚えるが。


 そうだ、気配だ。 アズサの気配を!

 途切れていないはずなら、微かでもあの気配を!! 思い出せ… 思い出せ。思い出せぇぇ!!  無理でも何でも道理を押し込めて自我を通して感知しろ、俺ぇぇぇえ!!


 「アズ… !!」


 ああああああああ!!!! だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! 名前が呼べねぇぇぇぇええええ!!!!





 泣くぞ! 俺はぁあああ!!



 泣くよりも苛立ちで壁に頭をぶつけたくなった。



 ゴン!


 一瞬だけ、手順も何も全部素っ飛ばして、可能な限り力で喚ぼうかと思った自分自身に頭をぶつけといた。できもしない事と、する気もない事に、見栄を出して見苦しい欲を晒すなとぶつけといた。








 「ノ、イ」


 即今に許された名を小さく呟けば、これはこれで可愛らしいと言うか… 口に馴染み易い嫌みの無い名前だと思う。代わりに滑って残らない。



 「ノイ」


 

 もう一度、呟く。

 …………………………悪くない。悪くない、悪くないんだが。

 この名で呼び続けたら最後、完全に俺の望みと違う形になりそうな気がする。隣に居ても、違う気がする。あかの他人とでも言ったら良いのか… 何かが違うモノになってしまう。


 そんな想いだけがひたひたと寄せてくる。


 



 〜〜〜 そんなの は いやだ。

 いやだ、いやだ、嫌だ!  い・や・だっての!!   断固拒否する!!  うぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!

 


 俺のアズサァァア!!




 大声で呼び掛ける事もできずに、唇が変な感じで震えた。


 それから見つけた女に殴り掛からなかっただけ、理性残してる俺が居た。





 ああもう時間ばっかり食う! 早く探しに行かないと!






明記。

彼女は嘘を吐いてない。





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