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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
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76 与えられし物

 

 駱駝はベッドの横に立った。

 頭を下げ、咥えていた水筒をとすっと枕元に置く。


 それから掛け布団を咥えて、ぺいっと剥ぎ取る。足元にぽいっと捨てる。



  ギシ…  ダンッ!


 力強い音で床を蹴り、寝転がる二人の体の上に膝を折って、軽やかにジャ〜ンプ。



 『ひぃぃ!』

 『やめてぇーーー!!』

 『きゃああーー!』


 『うわあっ!!』

 『ぎゃーーー!』

 「……!」


 見ていた人間の心臓を潰す行為に、心の中で悲鳴を上げた。その中で、ふわりと広がり体を覆ったのは毛布であった。



 「え?」

 「えええーー?」

 「なにが… 」


 様々に面白い顔をするが、現実にあるのは毛布。見たのは自分の目。面白い顔を更に面白く歪め、暫く誰も動かなかった。


 室内に目を走らせ何処からか出てこないか、おかしな箇所はないかと見回す形相はキている。何も無いと判断できれば顔を合わせる。


 「誰か、魔力の動きを感知して?」

 「明確な所は…」  「見た瞬間も… 微妙に…」


 「あれが… これに変化したのよね?」

 「おそらく…」


 「確かに生きて、意志を持って、私達を見ていたわよね?」

 「はい…」


 「なら、魔具じゃないわよね?」

 「違うものと…」


 「では、あれは生きている?」

 「…………命の気配はありません」  「自分も感じません」



 「使いの類いにしても… 体が透けて、意志を伴う生身を持って、今は命の気配が無い物になった… なによ、それは?」

 

 「「「 わかりません! 」」」


 声を揃えた。

 声に出さなかった者は、ひたすら頷いた。



 毛布を見据えて静かに近寄り、恐る恐る手を伸ばす。手は滑らかな極上の感触を覚えた。


 「素敵ね… 上物だわ」

 「リ、リリアラーゼ様…」


 「姫様! 顔色が」


 医者の小声にはっとして視線をやれば、青白かった頬はほんのりと赤く色付いている。


 「まぁ… まああ!」


 驚きに、そっと手をやれば熱を持つ。


 「生きて…  ああ、なんて… 良かった。良かった…!  でも、どうして… 」

 「 …やはり、それでしょうか」


 「どうして」と口にしても、どう考えても答えはあれだ。感激のどこかで頭痛を覚える。ガン見されたあの視線を思い出せば、どうしても素直に感激できない。


 医者と場所を交代しようと立ち上がれば、むくっと起き上がった。



 「ひぁっ!?」

 「……!!」


 「げ!」 「うあっ…」


 見守っていた全員が跳び上る唐突さで起きた。

 

 だが、目は開いていない。

 目を閉じた状態で腕を動かす。そこら辺をぺたぺた触る。その手が水筒に触れると迷わず掴み、慣れた仕草で蓋を開ける。


 くぃーっと飲んだ。



 こくっこくっ   

                カラン。

 … ごく

           カララン。  


 「う?」

                      …コッ。

  

 ガチン。

 「くへっ? う?  ん〜…」 



 水筒の内蓋に、カチンカチンと音がする。持つ手を下ろし、再び持ち上げ飲む。


 「うえ〜〜〜 ?」


 以前水筒に突っ込んだ色石が当たって、水の流出を堰き止めている。しかしそれ以上に水が無い。全部飲み切った。


 もし、内蓋が無い状態でごくごく飲んでいたら、色石を『ごっくん』していただろう。誤飲から喉に詰まらせる恐ろしい事態に発展するが、それは回避された。



 目はうすーく開いたが、起きてない。

 水分補給をしたにも係わらず、覚醒しない。半開きの目をとろんとさせ、船を漕ぐ。


 「おにーさん、飲んだ… から」 


 小さく呟きながら蓋をして、横に転がす。目を閉じて、もぞもぞと毛布に入り直す。ぐいーっと毛布を引っ張って、丸まって寝直した。



 夢遊病患者の様である。

 …一部が夢の中、遊びか逃避か訴えに出ていたのも確かだ。



 それを何とも言えず、皆が見ていた。声を掛けようにも、もう寝ている。


 「くすーーっ」


 寝息が聞こえる中、医者は気付いた。


 「弟様のご容態が!」

 「えっ!?」


 隣で寝ていたハージェストの体には、半分だけ毛布が掛かっていた。今し方、半分剥ぎ取られた。呻かなくなってはいたが、体は熱を持ち、赤い顔で荒い息をしていたのがピタリと止んでいた。



 「急にここまで落ち着くとは…」

 「解熱薬が効いたの? 効いて落ち着いたの? どうしていきなりこんなに変わるものなの!?」


 「なんで落ち着いたのかしら?」

 「…本当に。いえ、もちろん落ち着くのが一番ですけど!」


 妙な理不尽に女達と医者は小声で唸っていた。そして毛布をじっと見る。


 「あれでしょうか?」

 「劇的に変わったのは、あれかしらね…」



 体に掛かっている半分の毛布。全身に掛けてやりたいが、どう考えてもあちらから剥ぎ取れば問題が発生しそうだ。


 「ふ、ふふふ。  弟を寄せて」

 「はい、それが良いかと」


 控えていた兵に指示をして、そっと静か〜に体を寄せられる。丸くなって眠る隣に移動できたので、毛布を全身に掛けて貰えた。

 無事に毛布の恩恵に預かれる事となったのであるが、妙な笑顔の姉や医者からすれば確信めいた実験だ。



 「不思議ね… 何だか… もうこのままで大丈夫な気がするわ」

 「そんな気が致します。不明確であるのがよろしくありませんが、何と言いますか… 放棄する訳でもありませんが… 何時の世でも、人がどれだけ足掻いても、手出しできぬ領域は存在するものです」


 二人の脈拍に呼吸と熱を確認した医者は、フッと、疲れたため息を吐き。


 医者として、人の死を看取って来た重みを込めて呟いた。

 その言に、姉は同じく看取った者として顔が俯くがキリッと上げた。ベッドの端から二人の顔色を覗き込んで、今度は絶対大丈夫!と思いを込めて頷く。



 カラン。カララン。 コン…


 「何が入っているのかしら?」


 転がされた水筒を手にして振れば、小さく響く音に首を捻る。蓋に手を掛けた。


 「…止めておきましょう」


 空中を睨んで止めた。

 テーブルの上に置こうかと思ったが、離すのもよくないのかと考えて、ベッドの枠と枕の間に入れておいた。



 「このまま静かに寝させるのが一番と存じます」

 「そうね、時折確認に見に来ましょう」


 医者と姉の方針により決まった。


 「私の弟もお願いしますわ」


 丸くなって眠る姿と毛布に囁いた。ステラが放られた掛け布団を拾い、手で軽く払って半分に折って足元に敷き直す。それを慌ててヘレンが手伝った。



 そして、全員が部屋を出た。




 部屋の中は静かだった。

 カーテンで閉ざされた室内を、光度を落とした淡い魔光の明かりが優しく照らす。

 

 一つの寝台から聞こえる二つの小さな寝息は穏やかで、命の危機が去った今は共に安らぎに包まれている。





 内はとても静かで平穏だが、外は少し前から大荒れに荒れた嵐が吹き荒んでいた。













 「伯爵様! 如何致しましょう!」

 「如何も何も、やってくれるな」


 東南の空を眺めながら舌打ちする。

 胸中で不審を思う。これまであったロベルトからの領主代行報告に、内探させている者からの報告。家に入る別情報。それらに基づいた思考。不測を考慮しても先ほどの事といい、妙におかしい。



 「一体、何が絡んでいる?」


 呟く声に答える声は無いが、何時何時迄も考えはしなかった。


 「二つ起これば二つを取るのが主義だが、俺の身は一つだからな。右往左往した挙げ句、どっちもスカるのはご免だ。東南を叩く。それから北西に向かう。一円を飛ばしそうな光なら、普通に気付いて出るだろ。あ〜、出るのが早かったかねぇ?」


 愚痴を零しながら、警備兵に指示を出す。


 「あちらの方が被害が大きいと思います! 後回しにするのは、見捨てると言う事でしょうか!!」

 「はん?」


 伝令として来た若い警備兵は青褪め、思い詰めた顔でどこか震えながらも訴える。周囲に竜騎兵が並ぶ中での訴えだ。彼らの眼差しを感じれば震えようと言うもの。


 「東南も異常ですが、北西程では無いと思います! 緊急を要するのはあちらです!あちらの仲間を見捨てられるのですかっ!」



 蒼い目が眇められ、唇が持ち上がる。


 「お前、自分が納得する返事でなかったら、納得できるまで問答する口か? それで延々と時間を食って回る物を潰すのか? 全滅せぬ為に行う事を、自分の秤に掛けて足りねば全滅させても構わんとでも?


 愉快な糞ガキだな、お前。


 この位置からは魔光は見えんから、お前はわかってないと思ってるのか? どこのどいつか不明だがな、俺の領地でしやがったと思うだけで吊るしてやろうと考える俺に対して、よくやってると思っているけどなぁ」

 

 騎乗した竜から笑う姿に面構えは凶悪だった。そこに魔圧が拡がる。


 機敏に反応したのは角馬だ。そこに竜が吠えた。

 

 「え? あ、うわ待て!」


 竜の「お家へ、go(グアアア)!」の一喝に、「食われるう(ヒィイイン)!」と必死で駆け出す。乗り手の制止の技術もなんのその、全部無視して力の限りに逃げ出した。




 「若いってイイなぁ」

 「活きは良いな」

 「上がヌルいから、こうなるんじゃないのか」

 「シメ方が足りんと思わんか?」

 「田舎で緊急事態は初めてなんだろ」

 「まぁ、次期様に会うのも初めてだろうしな」


 「誰も無駄死にする気はないぜ。なぁ? それでも対処の一つも取らずに逃げるだけなんて、止めてくれよなー」

 「それこそ無駄死にじゃねーか。そんな根性で務まるかよ」



 「あいつの今後は… 」



 「「「  決まったな!  」」」



 傍でやり取りを聞いていた、竜騎兵達の最後のセリフはハモっていた。そして実にイイ大人の顔で親指を立てて笑った。その中でも若手はヌルーく笑った。


 後に警備兵の彼は、「理不尽だ!」と叫ぶ程にシゴかれるだろう。

 上官… どころではない。一番上への口答えと考えれば可愛い位だ。その過程で自らナニかを悟らねば延々と苛めの如き扱きは続くのだろう… しかしその前に、自分と竜騎兵の基本の違いに泣きを見て呻くと考えられる。




 


 

 


 「次期様、エイラム隊長側に付いて押しますか? それともサンタナ子爵の南側からも掛けて均一に?」


 「お前達はどう考える」


 「魔力は均一に広がっていました。ですが、今は東南に片寄る事で均衡は崩れています。ならば一気に攻勢を仕掛け、上空から何かやられる前に潰すが吉と」

 「進む位置を考慮すれば、エイラム隊長が抑える北側に着きます。南側に回る時間も惜しいですし、失礼ながら子爵本人の抑えはともかく、警備兵達では力不足が否めません。既に北と南の抑えは均等では無いと判断します」


 「このまま北から潰してしまうのが、よろしいかと存じます」


 「街の外で事に当たっている仲間からの連絡は特にありません」

 「それと、試しに食った若竜達に異常は見られないそうです」

 「食える程度のモノなら、特に恐れる事は無いと判断します」


 「それは重畳。では当初の予定通りで行くぞ」


 「「「  諾!  」」」



 人の往来が落ちた夜の街中を、遠慮ない速度で竜は駆けて行く。通行人を撥ね飛ばしたとしても止まらない。


 竜達は力強く駆けて行く。








 一方、レイドリック・ナイトレイが率いる小隊とも呼べない少人数部隊は、北西部の問題の地点へ近づきつつあった。


 「隊長! これ拙くないですか!」

 「あの明滅、速くなってませんか!?」


 「こ、ぉんの! どこの馬鹿がこんなになるまで放置しやがったあああああ!!!」



 近づくに連れ、は〜っきりする濃度のヤバさ加減にキレそうになっていた。


 北西部に入ってから、問題の地点へ向かう姿を見送る人影は疎らだった。それが半ばを過ぎた頃から人っ子一人見掛けない。

 北西部の住人は漁夫の利が大好きだ。取れる物なら取るが流儀の一つとされるが、自己防衛本能の 『自分の命は自分で守る』 これがそれ以上に浸透しているらしい。




 邪魔となる障害物が無いのを良い事に、竜はガンガン駆けて行く。

 近づくほどに明確になる光の明滅が恐怖を呼ぶが、竜は怯えず突き進む。それが怒りと並行して竜騎兵の心を支え、怯えぬ心が竜の歩みを止めさせない。


 人馬一体ならぬ、人竜一体の素晴らしい走りである。





 「あそこでは!?」



 明滅する光の中心地点、一般家屋にしては割合大きいが、それ以上は周囲の家々と大して変わらないボロい建築物。いや、ボロくても頑丈そうであるのが違いか。

 

 そこを警備兵をはじめ、何人もの人間が取り囲んでいた。



 「だから言ったじゃないのよ! あんなヤバそうなの、どっかに捨てろって!」

 「馬鹿抜かせ! 色目もイイし、魔具で違いないから絶対高値で売り飛ばせるって、大喜びで喜んでたのは誰だっての!」


 「そんなん最初の時だけじゃない! 巻き込まれはご免よ! 逃げるわよ!!」

 「最初だけぇ?嘘吐けぇ!  逃げる? この状態でどうやってだ!」


 「逃げ切る間、他人が抑えてくれれば大丈夫でしょーが!」


 「グタグタ言っとらんで、結界に力を注がんかぁ!!」

 「お前ら逃げるとは良い根性してやがるな!」


 「逃げやがったら、ぶち殺すぞ! てめぇ!!」


 一部は内輪揉めをしていた。

 毒突き、逃げると言ってる割に向かう姿勢は動かない。


 必死の形相で結界に力を注ぎ、内側から膨れ上がる力を抑え込もうとしている。一人でも抜ければ均衡が崩れる。崩れた直後は逃げる間も無い暴発だと感じ取れるだけに、逃げようにも逃げられないのが現実だ。





 家屋の一室で、突き抜けた朱と緋の明滅(ハザード)を繰り返しているのは、年を経た男が贈ったお守りである。

 


 お守りは、ただ一人の為にと作られた専用アイテムである。

 作ったのは、どっかの世界で過去に賢者と呼ばれ敬われていた、今ではイッちゃった性格になったっぽいよ〜うなじーさまである。


 

 お守りに組まれている内容は二つ。魔力過多により身体異常を防ぐ事と、取り込んだ魔力を使って世界から与えられるもう一つの力を軽減する事。


 お守りが魔力を吸収する内は危険だが、それがなくなれば魔力に体が慣れ、もう一つの力にも耐えられる様になった事を意味する。

 回すべき魔力が途絶え、自然に減少して最後は空っ穴になった時点でお役御免。本当に単なる飾りになる。他人が持っても同じく飾りだ。


 しかし、現在お守りの内部には魔力がある。空っ穴になってはじめてお役御免であるのに、この力を循環させるべき相手が居ない。不慮の事故でもあれば、持ち主の死をもって内部魔力は霧散していく。魔力は霧散しない。


 結果、お守りは『此処に居るよ』と合図を送り始めた。


 内部魔力は大事な大事な魔力である。ただ一人の為だけに、循環還元すべき大切な魔力なので使わない。使うのは外部魔力、そこら辺から掻き集め、内部に通さずさっさと使う。

 もしも内部に溜めでもしたら、大事な魔力が穢れてしまう。何の為の専用アイテムなのかわかったものではない。存在意義が潰れてしまう。

 



 送っても送っても反応が無い。お守りは気付いて貰う為に合図を大きくした。


 それでも反応が無い。


 なので、更に合図を大きくしようとした。

 何故だか都合よく、近くにできた外部魔力をグイグイ使って遠慮なく大きくした。


 それは内部魔力をただ一人に使うか、自然に霧散するまで続くのだ。極端に言えば、外部魔力が尽きる(世界の滅亡)までそれは続けられるが、どう考えても霧散の方が早い。

 早いが外部魔力を恐ろしい速度で使い込む事は可能なので、本人がどうやっても取りに来れない場合の為に仕返しを含めたある種の道連れ的思考が無きにしも非ず。



 そして、反応の無さに力を強めた。

 光だけであったモノに力を添え、明確に形作る。気付いて貰う為に派手にした。そこに容赦なく力を加えて自己主張する。


 『此処に居るからぁあ!』


 それだけを主張していたが、外部から何故か攻撃と判断される力を感知した。大事な内部魔力を守ろうと、更に外部の力をぶんどって力に厚みを持たせて対抗する。


 純粋に力比べの我慢比べになった時点で人間側の敗北が決定しているが、そんな事を知る人間はいない。魔具が蓄えた力が底を尽くか、応援が到着して状況が一変するまでだと考えている。


 


 お守りがお守りであるのなら本人に帰属させておけば早いが、それは男が蹴った。


 「失くしたら、それはそれで運命だ」


 基本が甘くない男である。


 「そりゃそうじゃが、ちと可哀想じゃないか?」

 「しかしだな。便利の一言で片付けて、教訓にもしないずぼらが出来上がるのはだなぁ」

 「じゃからと言うてものぅ… 」


 折角、内容も内容な専用アイテムを作るのだ。

 二人は最善を模索して話をしていた。


 話し合った結果、飾りは飾りである。

 但し、失くした場合、本人の物であるとわかるように目印となる機能を備えるとした。そして、その方法は作成する年を経た男に一任された。


 …そこに生活の困窮から売られるとした設定は入っていない。金目の物は女が渡すし、お守りと言えば気を付けると考える。その上で本人に馴染む近しい気質を寄越した。人に言われなくても、見たり感じたりすれば「アレ、俺の!」と必ずピンと来る。


 総ての説明をしない所が年を経た男の優しさ(サプライズ)で、配慮不足な気もするが、善かれとして行った事に嘘偽りは無い。






 お守りは大事な大事な内部魔力が、ちょ〜っぴり目減りした事を感知する。あってはならない霧散化現象だ。第一級緊急事態の発令である!


 危険度がグイイイィッ!と引き上げられて、安全装置の一つがパッチンと解除された。外部で構築され続ける魔力をガンガン使って訴える。第一級緊急事態に付き、もっと寄越せ!と訴える。


 内部魔力が無事なら他はどーでもいいので、略奪に等しい程度に外部魔力を搾取する事にした。



 「ひぃっ!」

 「…………っ!」


 「な、何が!」

 「どういう事だ!!」



 お守りの搾取に結界を構築していた者達は、自分の魔力を伝ってナニかが体内に侵入し、魔力を奪っていく恐ろしい実体験に心底震えて怯えたのである。


 最も、人に対する魔力搾取は均等ではない。

 普段から貰っていた外部魔力を一定の割合で認識していたので、大部分をそこからごっそり取っていった。その魔力を使って大気中から何からに、広範囲に力を広げて接触次第辺り構わず奪い取る。



 これがレイドリック達が駆けつける直前までの惨状だ。

 ロベルトに警備兵達はまだ軽症だが、その他に部類する者達は泡を吹いて倒れる程度には奪われた。後々、精神的外傷トラウマを発症する危険性が高い。



 そこへ竜騎で乗り付けた。


 「ロベルト様か! 無事ですか!?」

 「あ、ああああああああああ!! ナイトレイ家のーー! 久しぶり、久しぶりです! よく来てくれました! あー、レイドリック卿〜!」



 交友関係である二人が顔を合わせ、一人が応援に安堵感を滲ませた時だった。そして、セイルジウスが東南で頑張っている竜騎兵達の元に到着する一歩手前だった。



 それは起こった。


 


 何の前触れも無く、闇の中を一筋の光が走る。

 空を覆う魔力の遥か高みから、高圧の光が光速で地上目掛けて降り落ちる。


 落ち来る光は、輝ける白光であった。



 「キュイッ!」

 「キュッ!」


 「うわ!」

 「何が!」


 白光は街の真ん中を目掛けて落ちたが、先細り、瞬きの内に消えた。

 その光は闇の中で、自分の影がはっきり映し出される程である。しかし雷鳴とは違い、光に音は従っていなかった。


 駆けていた竜騎兵達は驚きに急停止し、振り返るがそこに光は無い。代わりに空を覆う魔力の一部が突き破られていたのを見た。




 夜空は変異を迎えた。



 落ちた光は消えたが、薄く広がる魔力の上が奇妙に明るくある。


 「一体、何が!」

 「雷が落ちたのか?」

 「音が鳴らん!?」


 「あれは雷雲か? だがさっきまでそんな物は」

 「雷雲には見えんぞ…」



 「あ〜? ま、た… 今度は何だぁ?」



 振り返ったセイルジウス達が見たのは、領主館の上空で光る不明な何かだ。

 敢えて今の状態を例えるなら、雷光が雲中で輝く事により雲の形状を認められる状態だが、雷雲は無い。あるのは正体不明な魔力帯のみ。


 時折、白光が小さく生まれて宙を舞う。瞬間的に、カッ!と辺りを照らす。照らす度に覆う魔力を突き破り、引き裂いて穴が空く。大した物でもないと空けていく。



 「な!」

 「どこからあんな光が!」



 「……何だとぉ」



 魔力帯に穴を空けた白光は速やかに広がり、その白き光で網目状に広がる魔力の存在を悉く暴き尽くす。急速に広がる光に恐怖を覚えても、上空で展開する光は恐怖を圧倒する美(スペクタクル)であった。



 「あれは何の力だ!?」

 「何が起ころうとしている!」

 「次期様!」



 振り仰いだセイルジウスは余裕を外さない普段の態度に、訝しさを含んだ表情をして食い入る様に空を睨んでいた。


 「騒ぐな。 ソキア、良い子だ。もう少し大人しくな」


 竜の首を叩いて、その場で見続けた。



 


 空全体がぼんやりと白く染まる。



 光は動き始める。

 領主館上空を天心に、右に巻き始める。巻くに従い、穴が空いても維持されていた魔力帯は引き寄せられ、ぶちぶちと呆気なく切れて光に呑み込まれて消えた。


 小さな渦巻きは何にも遮られずに、大きくなっていく。


 「え?」

 「あ?」


 間を置かずに街を覆う白の渦となった。


 街の東南地域を色濃く覆っていた魔力も、渦に引っ掛けられると実にあっさり引き千切られる。しかし濃いだけあって、千切られても持ち堪えた。持ち堪えた事で光の動きを目視できたが、総てが呑み込まれるのに一分と持たなかったのが実状。



 光は音を従えなかったが、渦になれば風を従えた。

 従う風は声を上げる。



 ヒュウウ…   ゴオオオッ…



 上げた声は、水気を呼んだ。

 呼ばれた水気は固まって、久しぶりに皆で楽しく歌おうと声の調子を合わせ始める。



 サァッ…  ザザァッ…     ザアアア!



 風と水が声を合わせて、高く低く混声合唱を歌い出す。

 そこに黒い力が混ざり込み、重い声を響かせる。



 ズズッ…   ズズズズズッ…



 黒の力に負けまいと、風に水が張り合い笑う。



 


 シューレの街は、短時間で大嵐(ゲリラ豪雨)に見舞われたのである。











 俺は見ていた。


 空を覆う光の力を。その流れを。

 散り消えたと思ったあの力は… 消えていなかった。散けたモノは引き合う様に戻っていた。


 上空を覆う魔力の上に光がある。その光に、あの力は集っていた。光に影は有って当然と存在している様だった。


 光が渦を描いて広がる中、あの力も白の光に隠れて広がっていく。均等に釣り合う力に、何と言うべきか言葉が見つからない。



 目の前で魔力帯が千切られ呑み込まれていくのに、『あああああ… 証拠が〜 大事な証拠が一端を掴む前に消えていくー。 勘弁〜… 』と片隅で思ったがどうしようもない。


 現実は甘受すべきだろう。

 しかし、そんな事より現状が高揚を誘う。恐怖よりも心弾むモノに目を奪われる。




 黒の力が引き摺る。

 白の光の影で、光に紛れて引いている。それとも… 引きながら光に集っているのか?



 ポツ。


 重さで風を引き込み、水を巻き込み、自重に従いそれは落ちる。



 ポツ、 ポタ。タ。   ザッ…




 「はっ。は、は。   あはははは。 あ〜はっはっはっはっは!!」




 ザアアアアアアッ!!



 ここ暫く、自然にも不自然にも取れた雨の量。

 ほんの少しは湿らす故に、心底異常と判断できずにいた者が多かった。まぁ、俺の部下で一件に携わってる者達が、上空の魔力帯を見て理解不能なら大問題で蹴らねばならん。



 それが更に上回る異常に潰されるか。笑うな。


 当たりを付けて思案して、俺が成そうと思っていた事を、俺よりも鮮やかに遥かに無駄の無い仕業で成し遂げていく。


 俺の引く力で魔力帯と綱引きをするか、第三の力を生んでぶつけて潰す。その際に魔力帯に細工をする。その上で返す分を相手に返す。

 

 言うは易し行うは難しだが、俺はできるからな。

 そこから全体を捕まえて、証拠に脅しの二つにその他を混ぜて賠償責任から地に落とし切るまでふんだくってやろうと画策をだな…



 ザザザザザ!  ドッシャアアアアアア!!



 「次期様! 避難を!」

 「雨宿りできる場所に!」

 「移動しましょう!」

 「お前ら、大丈夫か!?」


 「キュイィ〜」

 「グーアー」



 ああ… そんなモノより、今、俺の前で展開するこの有り様こそが、どれだけ価値があるものだろうか? 手本だ。これは俺の為にある手本だ。


 「そうか… こうすれば良いのか。こうすれば効率良く上がるのか! こう動かす事で…!!」



 何でもできる訳じゃない、何でも知ってる訳じゃない。

 だが無知な子供の頃と違い、今の俺に力についての教えを与える事ができる者は少ない。極小だ。それも畑が違ったりする、楽しくはあるが〜。



 ズズッ…  ズザザザッッ…   ザァァッ!



 「え? これは…」

 「次期様?」


 「…次期様。うわー、すげえ…」

 「か〜…  拍車が掛かってないか…?」


 「怖くあるな。しかし、エイラム隊長達は無事か?」


 「ここから出たら悲惨だなー。行くべきでも出たくないなー、なぁ」

 「クゥゥ」


 「キュアー」



 同じ様に力の渦を発生させる。そこに知り得た流れを加える。できぬ事に笑い、できる様にと動かす。天を仰いで夢中で繰り返せば、できた。



 「ははは! はははは!!  こうかぁあああああ!!」


 引いて集めて撒き散らす。

 同じ様に雨を引いて集めて撒き散らす。上空の風の流れに乗せて、引き合いを変えさせる。だが、添わせて抗わない。只、降りしきる豪雨を自分が居る場所から引き離す。


 見上げる先に俺の力の渦がある。その上に遥かに大規模な渦。大きければその力で楽に潰せる、細かな流れは一々気にしないのが常だ。


 それが違う。

 そこが違う。常に見えるモノと違う。感じる。だから気付けた。

 

 気付けた事が人との違い。違いが技術の差を生み、力の差を生む。技術革新だな。

 



 「あーーーーはっはっは!!」


 あー、笑いが止まらん。こう有れる為なら、街の被害なんぞ惜しくないと思う俺は失格か? 証拠も何も掴み損ねたが、そんなもの小事よ。いや、感謝すべきか? いや、駄目だな。


 どちらにしろ、目の前の力に感謝する。

 何が起こした何の為の力であっても、俺の手本として心から感謝しよう。見ればわかるを実感した。我は感受せし事を、この機会を与えられた事を喜びに思う。




 

 「風の流れが弱くなったのでは?」

 「雨脚も衰えてきましたね」


 「思ったより短時間でしたか」

 「しかし、被害はわかりません」

 「そろそろ動けそうです」

 

 「ですが、一体何の為の力だったのでしょうか…?」

 

 「どうしてか… 領主館の方だけ無事に見えるのは気の迷いですかねぇ… 」


 

 空の力が散るのに合わせて、自分の力も散り流す。模倣する。 ……至福に等しい時が過ぎ行くのが惜しい。興奮に血が溜まる。熱を持つ。あの力を部屋で見た時もそうであったが、この身が、これ以上なく、熱いなぁぁあ。



 見上げる夜空には、雲一つない美しい満天の星が見えた。


 


 「出るぞ」


 「「「  はっ!  」」」



 地上とは無縁の美しさに、俺は笑った。


 



 兄は高らかに笑い、姉は心中で叫ぶ。



 『だから! ど・う・し・て、ここだけ被害に晒されてないのよぉおおおおおおおお!!』



 目にしたあまりの不条理に、くらっとキていた。












 ガタンッ!


 「何だ?」

 「どうした?」


 「おい、これを見ろ!」

 「え? どうかしたの、もう休みたいんだけど」


 エルト・シューレから遠く離れたキルメルの街の一角。一軒の貸家に複数の男女が居た。



 テーブルの上に置かれた玉鏡を男が指差した。


 玉鏡が映し出す映像に目を見張る。

 白くぼんやりとした光が映し出される中に、街並みがある。


 「え? 位置動かしてないわよね?」

 「シューレの街だろ? どういう事だ?」


 「何の力だ!?」

 「おいっ! 破られていくぞ!」


 「待て! あっちの仕掛けはどうなってる!!」



 転換された場所に、彼らが仕掛けと言った物は映らなかった。


 「どうして映らない!」

 「あれを何人で組んだと思ってるのよ! 場所を間違えてるんじゃないの!?」


 「間違うか!馬鹿!」


 「あれは一体なんだ!? 誰が仕組んだ力だ!!」



 全員が玉鏡の映像を注視する。その顔には驚嘆と好奇心と何かが見え隠れする。


 「…とにかく、外に出た仲間に招集をかけましょ」

 「そうだな、こんな時分だが集めよう」

 「捕まらない奴は仕方ない」

 「早く動く方が良い」


 頷き合い、出掛けた仲間を呼び戻そうと決めた時だった。



 映像がブレた。


 バチ、バチバチッ!


 「何だ!?」


 咄嗟に全員が距離を取り、身構える。

 魔具に武器を握り締め、玉鏡に目をやりながらも油断なく周囲を伺う。



 パシンッ!


 白の光が宙で閃く。


 「な、雷撃!?」

 「発生源は!?」



 バチッ!


 「何!? 光が増えてる!」

 「次々に涌いてんじゃねー!」


 「不利だ、出るぞ!」


 室内で不規則に発生する光に全員が身を翻し、逃げ出そうと扉に向かう。


 「ちっ!」


 一人が背を守る為に魔具の力を解放し、時間稼ぎを計る。



 シュッ…     


 「あ!」


 「おいっ!」

 「嘘っ! 光が背中に入ったわよ!」



 男の一人が光を受けた衝撃に、声も出せずに前のめりで肩から床に落ちて重く鈍い音を起てた。


 そこを狙い撃ちにされた。



 「ちょっと! 大丈夫!?」

 「お前の方もだ!」

 「どこからの攻撃だ!」


 飛んでくる光を躱そうとしたが逃げ切れない。至近距離で発生し、腹と胸を目掛けて直線で飛ぶ光に逃れられない。


 光は次々に当たった。

 全員の体が震え出す。立っていられず、座り込む。膝を着く。それを見下ろす様に白光が輝く。



 「あ、あ、ああっ!」

 

 女の口から小さく声が上がったが、それ以上の悲鳴は上がらなかった。


 藻掻き這う音と吐き出す音、床を引っ掻く音に微かに叩く音。

 聞こえては、止むを繰り返す。



 無音になれば、転がる肉身が金臭い。床はべったりと赤に染まるが、やがて黒に変わって染みになる。まだ熱を保つが鼓動の無い身は冷めるだけ。


 発見者が顔を背ける惨事を残して命の気配が消え、光も掻き消えた。



 それは同時並行していた。

 キルメルでも、キルメル以外の場所でも同じ事が起こった。


 路上で、酒場で、個人の寝室に、娼婦と閨を共にする中で、密室での会話の最中に、魔力帯の構築に力を貸した者達が苦悶に赤く染まって物言わぬ肉となる。




 有数とされる、とある魔力組織の一団が、一夜にしてほぼ壊滅した。幹部が不帰となった事で、組織の再建に原因を知り得るのは難しい。


 この一件が人の手によって判明する事は不可能だ。もしも、犯人が挙がった場合は冤罪である。

 不幸にも目撃した者は複数いるが、全てでは無い。証拠に繋がる物も無い。見た恐怖から魔力の一端を掴もう等と思いもしないし、出来もしない。


 拠点地ホームにて顔が判明する者は良いが、判明するに連れて捜査する者の行動と口は徐々に重くなる。作為を感じても、状況が思い込みを許さない。やがては行き詰まる。



 紆余曲折を経ても真実には辿り着かない。

 最後は人の手ならぬモノとして葬られていくか、いかないか、だろうか?















 落ちた白光は、男の力。

 それはこの世界に対して何かをする為では無い。単に大事な夢の子供を送る為の花道だ。


 何せ剥き身で帰るのだから、心配で仕方が無い。しかしだ、一人で帰れると告げる意識に水を差す気は無い。全く無い。


 故に花道を作った。


 敷かれた道を知らずに走っているのと同じだが、本当に帰る途中で何かに横からキュッとされたら即終了。そこに悪意があろうとなかろうと、キュッで終われる。


 送らない以上、絶対に必要な対処(見守り)である。


 神経が尖る今の男にとって、夢の子供が降りる場所も安全でなくてはならない。

 花道の構築に触れて散ったモノなど気にも止めないが、安全が第一なので、今回に限り関わるゴミはゴミとして扱った。捨てるゴミ箱まで探す気はないので纏めて処分した。それだけだ。




 帰還を見守り、水を飲んだと告げる姿に薄く笑った男は、失せかけていた通信連絡網ホットラインを収集し、引き上げて終わったのである。



 連絡網を再構築して込められていた内容メールを聞いた男は、内容の可愛らしさに爆笑するだろう。







 男にとって、命は軽く重い。 しかし、ゴミはゴミである。




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