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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
74/239

74 不明が織り成す、シグナル

  

 セイルジウスが出た後、リリアラーゼとレイドリックは話をしていた。  


 「館の者達の能力的な把握はまだでしょう? 執事を呼んだ方が早いですし、向こうも何があったか確認したくて待っているでしょう」

 「そうでしょうね。入室禁止で口止めもしてるものね… でもハージェストはともかく、あの子の事がねぇ… もう少し時間をおきたいわ。散って薄れたと思うけど、外も外だし。混同されたら、ね? それに触発されて妙な状態になったら最悪よ」


 「確かに… 心臓を止めかねない暴力でしかない力を直視するものではありません。 はぁ、あれはキツかった。  しかし外部から仕掛けられているのは事実です。館を含め周辺に警備上の穴が無いかの確認後に、結界を何時でも張れる状態に整えておきます」


 「そうしてちょうだい。あくまでも、張れる状態で止めてね」

 「わかりました。姫様も上空が落ち着くまでは、ご無理なさいませぬ様に」


 「もういやだ、子供の頃じゃなくてよ」

 「ははっ! 失礼を。 ステラ、頼むぞ」


 「はい、必ず」


 二人は軽く笑い合い、隊長としてレイドリック・ナイトレイは部屋を出た。

 扉番として残す一人の部下に幾つかの指示を与え、立ち位置を広げて動かした。安全性を優先する為に動かすのだが、一歩間違えると安全は遠のく。それでも動かせられる最大の理由は、リリアラーゼの得物の携帯とその腕前に起因する。




 出て行く姿を見送った後、リリアラーゼは優雅に椅子に腰掛けた。少し離れた位置にステラが控える。

 


 「では、料理長。改めて、あなたの名前を教えて。それから領主館に勤める者達の中で、力が使える者の数に力量。突出する者が居れば、その性格。だいたいのところで良いわ。あなたの視点で話してちょうだい」


 聞かれた料理長は、突然の質問の内容に目が泳ぐ。


 医者は容体を見るのに寝室に入ったきりだ。

 弟子の方は共に診察していたが、薬湯の種類を医者と話し合い、在庫の確認と作成に走って出て行った。メイドのヘレンは呼ばれたら直ぐに雑務に動けるよう、寝室に控えている。医者の動向監視とまではいかないが、何かあればの第三の目でもある。


 料理長としては、恐れ多いと氷嚢を渡した時点で下がりたかったが〜〜 彼は下がれなかった。

 毒の混入疑惑は薄れた感があるが、「良し」とは言われていない。逃げる気は全くないが、この現状で逃げる姿勢を見せたが最後、捕まればどうなるか恐ろしい。


 そもそも、リリアラーゼ付きの武闘メイドと呼べるステラが下がる事に「待った」を掛けた。



 聞かれた内容は館全体となるので初めから筋違い。統括している領主代行か、その補佐役の執事の役目だ。し・か・し、『長』の字が付く立場である以上は、内部報告が多少なりとも、できなくてはならない。


 思い掛けず突き付けられた自己能力提示機会と、部下ではない同僚達への評価判断。


 観察眼はきっちりあるし、食堂で見るものは見ているが、基本的に料理に関する事以外では寡黙で知られる仕事一徹な料理長(親父)だ。弁舌には向いてない自分の舌がちゃんと回るだろうかと、別の意味で再び青褪めて冷や汗たらりとしたのである。

 

 部署がどこでも管理職は経営管理マネージメントの一端を確かに担うのだ。ここが普段からの意識の違いが表れる時である! …はずだ。






 「……そう、だいたいわかったわ。ありがとう。よく見ているのね。あの二人がもう少し安定するまで部屋から出たくないし、人は入れたくないから情報が聞けて助かってよ」


 にこやかな笑顔のリリアラーゼに対し、魂が抜けかけちゃってるよ〜うな料理長(親父)である。


 自分の返答に対し、必ず追求に似た質問が返るのである。返る度に、『もっと言葉を尽くせ』と言外に言われているのを感じてもう必死で喋っていた。久方ぶりの滑舌にはなっただろう。




 「エルト・シューレ伯であるお兄様を差し置いての独断は、私にはできません。ですが今回の事は毒とは関わりの無い事だ、とも思っています。それでも我らが弟が時間を置いて倒れた。そして倒れた時の様子は毒を盛られた物と等しかった…

 

 更に時間を置いて、私か兄かが同じ症状で倒れる事でもあれば大問題です。

 でも… 異常を示す外の状況に、今後を考えれば時間はあまり残ってはいません。事を終わらせた竜騎兵達に警備兵達が空腹で帰ってくることでしょう」


 リリアラーゼの目は達観していた。

 そして料理長の顔は更に青褪めた。 心中で叫ぶ。


 『今は何時だ? あの仕込みはどうなった? あの人数分だろ!? まだなーんにもできてねーじゃねーかあっ!!!』



 そう、代行ではなく正規の領主が来るとの事で、数日前から張り切って正餐の準備をしてた。そして正餐の他に、普段からの人数分の食事に竜騎兵の食事も足さねばならない。

 竜騎兵達はいざとなれば、自前の携帯食を食べるだろうが温かい食事が喜ばれるのは当然のこと。



 料理長は外聞を忘れた。想いを表し、遠慮なく顔を引き攣らせた。

 咄嗟に厨房に駆け出そうとして、実際に扉に向かって駆け出し、『してはいかん!』と留まる意志に縺れそうになる手足をぐるっと回して、手足がばらける絶妙な不思議な踊りを踊った。

  

 その踊りに少し呆気に取られたリリアラーゼは、「くふっ」と笑った。

 ステラは腹の中だけで笑った。


 料理長は見事、二人の女を笑わせた。




 「お兄様が出られた以上、怪我人は出ても死者が出るはずありません。必ず皆は空腹で帰って来ます。本来なら、あなたの身は判明するまで拘束されねばならないところ。


 ですが、あなたの話し振り、見方。そして今の慌てよう。それらを考慮して… 私はあなたに厨房を任せます。

 来ると聞いて用意をしてくれていたのでしょうけれど、今宵は私達よりも兵の食事を優先して上げて下さいね。よろしく頼みます」



 拘束と聞いて身震いしかけたが、締めにのぼったリリアラーゼの柔らかな笑みと言葉に、料理長は口を半開きにした。

 そこからじわじわと目尻が下がり、口元が上がり、総じて感慨無量な面持ちに変化する。

 

 「あ、ありがとうございます! 姫様!」




  ガタタンッ! 


            …ドンッ!!




 感動の場面で寝室から音がした。




 「何事です!!」


 リリアラーゼの一声に、ステラが寝室の扉に飛びつき開けた。


 

 続きの間から寝室へ飛び込んだ三人が見たのは、呻きながらも床を藻掻いて這うハージェストを取り押さえようとしている医者に、あまりの藻掻き様に近寄れず、おろおろと狼狽えているヘレンの姿だった。


 「いけません! 落ち着いて下さい、どうか!」


 叫ぶ医者の声も切羽詰まっていた。


 「がっ…   ぐっ!」


 痛みに呻き、体を丸めたかと思えば腕を伸ばす。足を突き出す。そのまま一気に床に叩きつける! 床の絨毯が音と衝撃を多少は吸収するが、そんな物は多少だ。


 本人は意図してない。ついでに加減もしていない。戦闘の技術と体力を磨いて来た分だけ、直撃すればその辺の兇器と何ら変わらない。


 「ハージェスト! 落ち着きなさい!」


 「は、はっ はぁぁっ… 」

 

 寝転がる頭の方へ回り込み、手で肩を掴む姉の叱咤に動きが鈍る。しかし鈍っただけで動きは止まず、姉の筋力では抑え切れずに手は離れた。



 ズベッ!  ゴン!!


 「 あら… 」


 良い音で動きは止まった。


 長椅子に寝かせられた際、苦しくない様にと襟元にズボンのベルト等は緩められていた。その状態で藻掻き回ったのだ。

 ウエストにギリギリ引っ掛かっていたズボンは藻掻き回る内に、ずり下がり、脱げ掛け… 立ち上がろうと頑張った動きに下がった股上部分がパンッ!と動きを制限して、つんのめって自滅した。


 ストレートの「すっとん」と落ちるタイプのズボンでないのが災いした。


 幸い下着は脱げていないが、下着付きでもほぼ半ケツでぶっ倒れている。


 

 「ハージェスト様!」

 「失礼します!」


 その隙にステラと料理長が駆け寄り、その身を抑え込もうとした。医者は蹴られて尻餅をつき、足を押えて呻いていた。おそらく青痣ができている事だろう。


 「ぜっ… ぜぇっ  はあぁっ」


 荒い息を繰り返すが、暴れなくなったのを機に二人が「長椅子に」と言った瞬間、再び藻掻き出す。


 「あっ!」

 「落ち着いて下さい!」


 「じゃ ま、する なぁああ!」


 腹の底から絞り出す、掠れた地を這う声である。豪奢な金の髪が乱れ、首筋に脂汗で幾筋かが張り付く。蒼い目を半眼にして睨み殺す勢いで睨みつける。


 半ケツ状態でベッドに向かって匍匐前進を開始しようとする。

 ますます脱げ落ちそうな姿で這う様子は鬼気迫るものがある!と言うよりも… ひたすら執念だけを感じさせた。しかし、本人は至って真剣だ。自分の命の危機を本能で悟っている。




 「ハージェスト… あなた…   あの子の傍に行きたいの?」


 少しだけ語尾が震える姉の声が聞こえているのか、いないのか。 伸ばす手だけがぶるぶると震えている。



 それに姉は一人頷いた。


 「長椅子ではなく、ベッドの方にやって」


 「え? ですが、リリアラーゼ様! 正体が不明な者です! まして、あのような力を生み出すのに… ハージェスト様を隣に居させるなど…  危険ではありませんか!?」


 「 ああ、 …ステラは寝てたものね。…良いのよ。最初から声を掛けていたのはハージェストの方だったでしょう? 長椅子に寝させても、また同じ事を繰り返すと思うの。それなら、ベッドに転がしておいた方が安全だわ。


 それと!こんな体格と体重の弟を担げだなんて冗談ではないわ! 男手がある内にして貰わないとね。


 移る病とも思えません。

 部屋を替えて、あちらこちらと心配で見に行くなんて面倒なだけです! 数人寝転がれる大きさ(エンペラーサイズ)なのだから、気にせず一緒に寝させておきなさい」



 合理性を追求する姉の言葉から、無事ベッドに到達し隣に転がる事ができた。


 できたが、さすがに誰も手を握らそうとは欠片も思わなかったので、それは成就しなかった。そしてやはり、本当に間近に寝させる事もしなかった。

 それでも、くかーっと眠る顔を近くで見れて、ハージェストは安堵に手を伸ばした形で力尽きて今度こそ本当に意識が飛んだ。






 その後、料理長は厨房へ素っ飛んで行った。

 一人で言っても通らないので、呼ばれた扉番がリリアラーゼの一筆を携えて共に走る。途中に居た仲間の顔を認めて「代わりに姫様の方に行ってくれ!」と叫ぶのも忘れない。普段では有り得ない様相だが、回さねばならないのなら、あるだけの人員で回さねばならないのだ!


 これより料理長と料理人達の凄惨な戦いが幕を開ける。現状でこの戦場から離脱すれば、仲間から普通に恨まれるだろう。

 それと同時に、実に居心地が悪かった監視役の竜騎兵もお役御免である。彼はその場できっちりと終了を告げて終わらせた。これをせずにうやむやで終わると彼は以後、舐められる。


 

 

 メイドのヘレンは執事とメイド長の元へ走っていた。道連れとなる同僚を作るのだ。だが、勢い込んで走って行った彼女は、そちらも戦場であった事を知る。


 「ヘレン! あちらはどうなっているのです!」


 着いたと同時に矢継ぎ早に質問責めに合う。情報を持っているのだから、当然聞かれる。自分の上司だ。しかし、今はそのまた上から黙っとけと言われている。それも直接言われた。一番上を優先しなくてはならないが〜〜〜っ、普段から世話になるのは目の前の上司だ。姫様がご滞在の折りは良い。けれど、お帰りになられた後はどうなるだろう? 


 『あなたは優秀です。特別に連れて行きたいと思います』


 そう言われたら、夢見心地で飛びそうだ。


 だぁああって〜、姫様のお側仕えになれたら、結婚相手にも恵まれそうじゃなーいっっ! そ・れ・に、脱!田舎暮らしよ〜っ!


 他にも己に都合の良い内容が脳内で、たああ〜〜っぷりと飛び交うが現実は厳しい。

 竜に騎乗してやって来た凛々しい姿を見た時は、同じ女でもトキめいた。それこそ憧れにトキめいた。しかしだ、姫様のお側仕えになるのなら、来た時同様、竜に騎乗が必須とみた。誰にでも竜に騎乗ができるわけではないのだ…


 ふっつ〜うの側仕えなら、ふっつ〜うに現地に居るだろう。


 そこまで頭をちゃっちゃと回したヘレンは、どう言ったら良いのか頭を悩ました。


 「ああああ〜、 えー それはですね、その〜」 

 「…何ですか!その言葉遣いは! 私はそんな言葉遣いを教えてはいません!」


 「すみません!! はい!」


 叱られた。

 理不尽… とは、少しば〜〜っかり違うと思われる。


 

 執事にメイド長も戦場に立っている。その責任はヘレンより当然重い。故に普段から成すべき事を成して待っているが、時間の経過に苛立ちもピークに達している。緊急事態と理解している分、キている。連絡がないのが一番にクる。

 住み込みで働く者はまだしも、通いの者もいるのだ。調整に連絡を誰がすると思ってる。人を回してなんぼだ。血が滞れば病気になるのだー!


 ここ暫くなかった事態に、年配の執事とメイド長の脳の血栓が詰まりそうで怖い。






 

 「弟は落ち着いて?」

 「姫様。熱が治まらず呼吸が時折苦し気に飛ぶのですが、最初の予断を許さぬ状態からは脱したと見ております。ですが…」


 「原因は不明、ね?」

 「はい…」


 「そう。 でも、こちらは落ち着いたわね。 良かったこと」

 「十分な休息が取れれば自然に目覚めるでしょうが… あれだけの物音でも目覚めないのも驚きですな」

 「ふふっ。 弱っていた所に吐く事で、かなり疲れたのでしょう」



 「失礼します、リリアラーゼ様! イラエス様より火急の知らせが来たとの事です!」

 「火急? 何が来たの!」


 優しさを滲ませた表情と声は一変する。


 「姫様ぁ、外で街をご覧ください! 隊長様から!」

 「ヘレンも!?」


 「弟を頼みます!」


 ステラの言とメイドの半泣きに危機を察知し、ヒールであるのを物ともせずに駆け出し、扉番に一言おいて素晴らしい速度で廊下を駆け抜けた。



 「何があったのです!」

 「あちらを!」


 竜騎兵の一人が指し示す方向に目を向け、硬直した。


 「な、な…  何なの! あの魔光は!!」


 

 日が落ちた闇の中。

 北西部でも更に北に位置する場所で、緩やかな速度ながらも周囲を圧する光は朱と緋の明滅(ハザード)を繰り返していた。



 「先に気付いた時には、もっと小さな光でした。それが徐々に光度を高めて規模を広げています」

 「ロベルトは、なんと言って来たのです!」


 「リリアラーゼ様、あの地域は街の中でも荒れた地域だそうでして。今回の騒ぎに便乗がないか特に見張っていた場所との事。そこの元締めになる者から連絡が入ったとの由」


 「レイドリック。で、原因は?」

 「不明と」


 「ああ、もう! また不明!!」


 「姫様、見て下さい。散らせなかったあの魔力が、あそこの上空だけぽっかりと口を開けてます」

 「あらまぁ、ほんとだわ。 ふぅーん… そう、そうなの。 共闘で重ねられた物とは違うのね」


 「はい、押し具合を計れば別物ですね」

 「お兄様に連絡は?」


 「先ほど警備兵を出しました。館の位置は掴めてますし、向こうも魔力の発生でありましたから」

 「そうね、兵を出すのが正解ね。渦に呑まれでもして消されたら意味ないわ」

 


 冷めた目で見遣る二人は冷静だが、リリアラーゼの顔は嫌そうで、レイドリックは内心頭を抱えていた。


 「上から見ればすごいわね。あんなに光るのですもの、普通に気付くわよね〜。あそこの者達の逃げ場は〜〜、やっぱりこっちになるんでしょうね? 荒れた者達なら荒らしながら逃げてくるのかしらねぇ?」

 「警備兵からの聴取では、元締めは腹芸が上手いそうですよ。それでサンタナ子爵とやらは歯軋りしたとか。結局、今回の騒動の裏にあそこも一枚噛んでいるはずだと。

 ある種の矜持が高そうですねぇ。そうであれば内輪で何とかしようとしたはずです。光の発生が突発過ぎます。あれは抑えが破られた感が大きい」


 「ああ、なるほど。ありそうな話ね。軽く見て、なんとかなると思って見栄を切った挙げ句に失敗した口か。どうしようもないお馬鹿さんってとこねぇ。それで手立てが尽きて泣きついて来たと。ふん、押し付けとでも言うのかしらねぇ? どんな言葉で連絡してきたのかしら? 領主の名を盾に出していたら絞め上げてやるわ。逃がさないわよ。


 それにしても… なんて光…  どこまで光度に規模が上がると言うの!?」


 「この手の光を数回、目にした事がありますが… ここまでの物は初めて見ます。一定のリズムに明滅の度合い。繰り返すそれが魔光の脈動にも、何処かへ流す呪歌にも思えるのが腕の違いですか? 


 力の供給源が見切れない。抑えられる内に逆に溜め込んだとしても、この距離で光しか判別できない… 一体、どこの誰が組んだモノでしょうか? 本気で唸りますねぇ。

 この規模で術式が浮かぶ事も読み取れもしないとは… 聞いた試しがないのが嫌ですね。 え〜、自分としては避難して頂きたいのですが?」


 「…うーん、それは難しいわね。頭が率先して逃げるのが最適な時もあるけど〜、この状況ではね。あと我が家では却下してよ。

 あ〜〜、もうほんとネイがいないと辛いわ〜。あ〜、そんな事ばっかり言ってる自分も嫌だわぁ〜。


 …抑える事が無理なら、あっちの力に流し当てられると素敵で良いんだけど。元を確認しないと駄目か。それから避難して来た者が居ればその対処と。私も出るわ。竜を連れて来て」


 「それはちょっと。館で締めて下さってる方が助かります」

 「だけど、レイドリック」


 「ロベルト様と合流しますから」


 『出る・それ止めて』の話をしながらも二人の手は現場到達ルートを指し合い、地理に明るい警備兵に確認したりと忙しい。その上で領主館に巡らす結界の起動条件を決めていた。


 二人の最終決定が出る前にと、竜騎兵達はテキパキ出陣準備を整える。警備兵の方も現地のどこら辺に何があり、詰め所があると話している。



 「姫様! 次期様から連絡が入りました!」

 「早いわね! なんて!?」



 連絡が来たと駆け寄る兵の腕には「ピュールリッ」と鳴く鳥が止まっていた。



 「…人に危害を加えるまでは静観しろ? ええっ、お兄様本気?  可能なら水筒の中味を確認?  え?水筒?   ……何か違ってなくて?」


 「…自分も違うと思います」


 連絡に首を捻ったリリアラーゼだった。

 しかし、兄が意味のない連絡をしてくるはずがない。何か別の事態が発生したのかと気を引き締める。



 「姫様ぁ! 大変ですぅぅううー!」

 「今度はなにぃーーー!?」


 館から走り来て、切羽詰まった声で叫ぶメイドの呼び声に、振り向く顔は『またか!』とも『いい加減にしろ!』とも読める苛つく笑みに似てる何かを貼り付けていた。

 


 「容体が! 容体が急変しました!」

 「……どちらの!」


 「弟様ではありません! もう一人の方です!」

 「何があったの!」


 「か、体が冷たくなって! もう…  あの、あの!」

 「…な!」


 視線をあちこちに飛ばし、言外に匂わす口調に目を見張った。


 「行ってください!」 

 「〜〜任せる! お願いね!」


 信頼を言葉に乗せて、ガツッとヒールを鳴らして館内に駆け戻る。



 「隊長、いつでも出れます!」

 「先ほどイラエス男爵と連絡がつきました」

 

 「よし、抜かるなよ。お前ら」


 レイドリックは頷き、これもほんと〜うにギリギリの手勢を率い北西部へ向けて竜を駆って出た。


 

 そこへ、ゆらりと空気が揺れる。


 「何だ!」

 「あっ!? あそこだ、何か居るぞ!」



 警備兵の一人が、サッと向けた光に照らし出された姿は透けていた。そして、硬直する警備兵ら総てを無視してずんずん進んだ。










 ヒールでも足の甲と踵で絶妙なバランスを取って、見惚れる速さで部屋に辿り着く。


 勢いよく扉を開ける。


 「ど、どうし…  」


 切らす息の間から見た顔は白かった。

 つい先ほどまで赤みがさしていた頬は青白い。対する弟は変わらぬ荒い息に汗が吹き出て、熱が回った赤い顔をしている。


 カッ!


 ヒールの音を起てて、急いで寄る。


 「いつ、いつからこんな状態になっていたの!?」

 「申し訳ありません! 呼吸の安定に疑いもせずに… 明確にわかりません!」


 真っ青になって平身低頭する医者に苛立ちと怒りが募るが、室内に漂う薬湯の匂いに汗を拭ったお絞りと桶。氷嚢。落ち着いた方は置いといて、弟の面倒を見ていたとわかる。


 「〜〜〜良いから、早くこの子に治癒を!」


 叫んで施術ができないを思い出す。わかっている医者の顔はとっくに歪んでいる。



 「あ…   あ、あ。冷たい。  つめ、たい… 」



 触れると熱が薄れゆく身に立ち尽くす。


 指先が震える。

 それでも手の甲を押えれば、あまりの冷たさに心が跳ねる。



 冷たさに思い出すのは別離の時。

 時を掛けて想いを育み、誓った相手は墓の下。 もう、どこにもいない。



 「ぅ、あ。 駄目よ… 駄目。死んでは駄目! しっかりなさい!!」


 耳元で叫び、顔をぴたぴたと叩く。

 冷たい頬。去来する想いが胸の内で膨れ上がれば、反応を返さない眠る姿に勝手に涙が忍び寄る。



 「あ、あああ…   ああ!!」

 

 遅かったと気持ちが叫ぶ。

 気持ちに押されて床に座り込めば、顔が俯き髪が覆う。


 呆然と床を見つめる。

 胸の前で組み合わす手が震えた。





 震える手を固く握り締め、紅を引いた唇をギリッと噛み締めた。

 上げたおもてを、涙が一筋ついっと流れた。 だが、二筋目は流れなかった。


 蒼い目は吊り上がり、ギラギラと怒りの光を湛えていた。

 繰り返す瞬きで、込み上げる涙に萎れる気持ちに蹴りを入れる。形の良い唇は歪められ、怒りの形相から形の良い綺麗な歯が見え隠れする。


 「私は… もう、もう十二分に泣きました! 延々延々と沈み続けて生きてなぞいけません! 後追いなんかしませんわよ!! やって… ええ、もうやってられませんわぁあああ!! あなたも! こんな所で死んでどーするんですの! これからでしょう!?


 お楽しみはこれからでしょうに…! 早く、  は、や、く、起きなさいぃぃいいい!!」



 元来、攻撃系の女である。

 それが長らく上げては落ちてを繰り返し、鬱々と過ごして来た。


 愛する男の元に嫁ぐとは言え、生活は一変する。頭で理解したつもりで備えて準備もしてきた。だが、理性と感情は別物。巡る思いに「あなたはどうなの?」と話せば妹と二人一緒にマリッジブルーになりかけたりもした。しかし、先に執り行われる妹の婚礼に臨めば気分は俄然盛り上がった。次は私と盛り上がった。


 そうして常からの感情に、情感を豊かに育て上げて来た。


 情感の中でも、女特有の情緒が永遠の別離に揺れて沈む抜け出せない螺旋を敷いていた。それを抜け出して、歩み出そうとし始めた所だった。


 そこへ今また心臓を凍りつかせる衝撃にフラッときたが…  事態が過去と同じ過ぎて逆ギレした。泣きより、攻撃の本性がぶちんとキレて怒り狂った。


 怒れる顔は生を滲ませ、何よりも強く美しく輝く。これぞ生の躍動に満ち満ちた顔である。





 「温石か湯たんぽの用意をしなさい!  あなたも根性出すのよ!」


 冷たいと、一度放した手を再び取り、片手で強く握り締める。寝間着の上から心臓の位置に手を当てる。


 「死ぬのではありません!!」

 「リリアラーゼ様! いけません、お下がりください!!」


 当てた手に力を入れた所で、叫ばれ庇われた。


 「え?」


 振り仰げば、ステラの背中がある。

 その背中越しに揺らめきを認めれば、何が邪魔だてするのかと怒りが募る。立ち上がり、身構え、先を睨み付ける。


 半開きになった寝室の扉に影。

 そこに宙に浮かぶ揺れる水筒と、顔を覗かせた半透明の駱駝が居た。



 「な、な、な…  なんだと言うの!」

 「リリアラーゼ様!」


 「「姫様ーー!」」










 ミシッ…


 扉を抜けて半透明の巨体が入ってくる。

 

 ミシッ。


 歩み寄る姿に色が付き、音が生まれ、透明感が薄れゆき、その後ろに透けて見えた壁は見えなくなった。



 


 「ステラ、退きなさい」

 「いいえ! できません!」


 二人とも駱駝しか見ていない。駱駝は二人を見ていない。


 「きっと、あれがそうだ…」

 「はい、そうだと… ですが! ですが。う〜…」


 その後ろにいる竜騎兵に警備兵は、共に顔を引き攣らせながら居る。言葉を守って手出しせずにいるが、得物を握り締める手は変な汗に濡れている。


 現実、取り押さえようとはしたのだ。

 しかし、透ける体にどう対処すべきか? 歩み寄る姿に植わる低木の枝が揺れ動くが、その中を掠りもせずに通過してきたのを見た。

 術式を展開しようとした時に、使役鳥からの伝達『水筒を持ったナニかが来たら、基本は静観』に行き当たったのだ。連絡は滞りなく回っている。


 重なる不測の事態に兵の心情としては、ひっじょ〜〜〜っうに厳しい。




 「止まりなさい!」


 言葉に力を込めて駱駝に命じれば、止まった。

 停止した事に、意志の疎通が可能と駱駝を囲う全員が安堵した。


 囲う複数の警備兵に竜騎兵。それに医者とヘレン、ステラ。居合わせた者達がリリアラーゼに賞賛に敬意の眼差しを送ったのであるが、駱駝からすれば単に邪魔な障害物ハザードに止まっただけだ。


 そこで、一人と一頭は視線を交わす。


 「あなたは… 『何』なのかしら?」


 質問に返す駱駝の視線の直訳は、「はよう、場所を代わらぬか。この戯け」であった。



 

 そして待たない駱駝の体格による無言の割り込み(強制執行)により、場所は無難に明け渡されたのである。

 



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