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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
73/239

73 不明で始まる、シグナル

 

 「どうしたのです!」

 「ハージェスト!?」


 「何が!」



 身が、  俺の身が灼ける。


 研ぎ澄まされた刃。押し当てられる冷たさに。

 ジャッと斬られて。 


 噴く感覚が。


 俺の中でナニかが熱を伴い奪っていくが、奪われる以上に痛みが生み落とされる。  灼ける、熱い。



 「ぐ、 ぐぉ。 お、おおお!」


 ダンッ!


 熱に悶えて床を蹴る。


 ガツッ!


 床を転がり、持ち上げた拳を叩きつける。


 熱さに身が灼け落ちる。

 逃れようと何度転がれど、内なる熱から逃れようがない。 


 「ハージェスト様!」


 己が手で胸を掻き毟る。力の全てが一気に奪っていかれる。 



 毒、 だ。

 猛毒の一滴が広がって、俺を灼き殺そうとしている。



 「か、はぁぁあああっ…… !」


 あまりの痛みに喉を押える。

 しかし押えた所で意味は無い。上げる声は途中でれはて、最後掠れた息になった。 『何故?』を発っし続けても、灼ける痛みと熱は巡り続ける。自分の体がわからない。


 「どうした! しっかりしろ!」


 兄が俺の腕を掴み、引き起こす。姉が俺を覗き込む。どちらの目も驚愕に満ちていたが、俺にも不明で答えられん。それより身がもたん!



 「はっ…  あ?」


 床から持ち上げられ、視点が変わって視界がブレた。その中で見た。 手を見た。 俺の目が固定したのは、ベッドで寝ているアズサの手だった。枕にぽすっと置かれている手。


 『あの手を取れば、楽になる』


 理由もへったくれもない。

 この痛みから逃れられる術はアズサにしかないと、あの手だけだと凝視した。


 灼けつく痛みを無視して片膝を立て、立ち上がろうとすれば足がぶるぶると震える。ふらつく。意に従わぬ己の体に苛つく。腹が立つ。


 意地で眠る姿に向かって手を伸ばし、這い摺り躙ってでも向かおうとした。



 ドンドン! ガチャッ!

 

 「失礼を! 今のお声は!?」


 「ちょうど良い! 手を貸せ!」

 「セイルジウス様、そちらの長椅子に!」

 「はっ!」



 待て、邪魔すんなああああ!! アズサが遠くなるだろーがぁああ!!


 払おうと身動みじろぎした瞬間、脳天を突き抜ける痛みに襲われ硬直した。

 突き抜けきって、脳をドスッと真っ二つにかち割るあまりの激痛に意識が飛んで負けて薄れる。薄れゆく中、あの手が脳裏に焼き付いた。



 俺の現状を変えてくれるはずの手が… 遠 い。  ち、ちち ち、   ち く しょ  おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!








 「よっと!」


 ドサッ!


 「御身拝見致します! 隊長様もどうか!」

 「ああ!」



 「今の今まで平常だったものが… いったい、どうして!?」

 「リリー、落ち着け。お前の体はどうだ?」


 「わ、私は…… 本気でなんともありませんわ。い、いろいろ精神的にはきてますけど」

 「そうだな、俺も同じ様なものだ。だがな、表に出すな。ずっとじゃない、出し時を間違えるな」


 「あ…… あ、あああ…  そうでした。 うっかり して、 ましたわ。   切り替えます」

 「そうしてくれ。ただ、忘れるなよ。ずっとじゃない。 ひと時の、『今は、』だ。 いいな」


 「はい、お兄様」


 細く長い息を吐いて、リリアラーゼ・ラングリアは落ち着いた。






 「伯爵様、熱が酷く高いのです。解熱薬の投与と冷やす事としたいのですが… 原因はわかりません…」


 度重なる事態に医者はげっそりしていた。

 しかし、その目は妙に爛々と輝いている。折れぬ不屈の目である。


 「セイルジウス様、自分にも不明です。ハージェスト様の普段のご様子を考えれば、より一層不明です。ですが何と言いますか… 体内で魔力が渦を巻いている気がします。

 それで熱が出たのか、熱が出たからそうなったのか? どちらとも言えない所が微妙すぎます。それこそ、そこの魔力水を飲ませて落ち着かせる方が早いのかもしれません」

 「ふ、 ん。  魔力水か」 

 「お兄様、もしや」


 「魔力水を与えるのは待て。落ち着けば良いがな。逆に原因が活性化した場合、弟は生きていられると思うか?」

 「…………最悪に向かわないとの断言はできません。原因が不明である以上、誰も言い切れません」

 「伯爵様、最終手段にしておく方がよろしいかと」



 兄はそれに頷いて、妹を見て小声で話す。


 「リリー、『わからなかった』だろう?」

 「ええ」

 「嘗てがそうであった。 だが、もしやの期待は確定ではないものだ」

 「…です、ね。   あら? 何?」



 ダンダン! ダン!!


 「申し訳ありません! 火急です! 次期様!!」

 「何か!」


 叫び声に反応し、誰何を交えて寝室の扉を開けたのは監視役の竜騎兵だ。

 レイドリックもまた、即座に反応して二人を庇う位置に立つ。扉番が通した安全性を認識しても、異常を告げる事態に必ず盾として前に立つ。


 開いた扉の先には同じく竜騎兵の制服を纏った兵であったが、彼は息を乱して立っていた。


 「はっ、はぁっ!  次期様、奇妙な魔力が薄くも空一面に広がっています!」

 「 …なんだと?」


 「こちらには、守りを張られておられるので気付かれなかったかと! 暫く前から皆が感知し数名が揃って風を繰り出し散らそうとしたのですが、流れきらずに一面に広がっております!!」



 「ああっ!?」

 「ええっ!?」


 咄嗟にセイルジウスは天井を見上げた。

 リリアラーゼは振り向き、総ての音を遮蔽していそうな安らかな寝顔を見た。


 二人揃って足音を立てずに窓へと駆け寄り、全開に開け放ち、バルコニーへ出た。



 見上げた日暮れを迎える空には、確かに薄く魔力を帯びた気配が漂っていた。

 それが街を覆わんと広がっていく。


 その気配は非常に薄く、魔力の無い者や魔力を保持しても使える程ではない者、鋭敏でない者達には気付けない程度である。逆に言えば、異常に気付ける者こそが優秀の証。


 その優秀な集団である竜騎兵達は、優秀さを発揮して対処に動いていた。

 優秀な竜騎兵にしても、直ぐにはそうと気付けずにいた薄い気配である。対応には時間を要した。そして昼間の一件をも踏まえ、上空の見極めの時間を計り、現時刻と照らし合わせての行動だ。

 必要な時間はどうしても必要なのだ。よくやったと誉められはしても、対応が遅いと怒られる筋ではない。総てがそうであるのなら、人はついていけない。


 そして、日が落ち切っては面倒だ。



 「なんだ、これは」


 あの黒玉の力が広がったか!と焦った二人であったが、薄く広がる気配は別物だった。


 「まぁぁ…  不愉快ですわねぇ、この非常時に。  どこのどなたかしら? 蹴ってやりたいですわ」

 「全くだな」


 空を眺める二人の目は、先ほどとは打って変わって冷たさを備えて据わり険がある。バルコニーに向かった時の焦りは消え失せた。事にリリアラーゼの口調は高低を含み、怒りの様相を呈している。手に扇子の一つでも持っていれば、パシンと打ちつけたことだろう。


 「ああ、嫌だ。人が組んだモノですわね」

 「はっきりとわかるか?」


 「人が組んだ術式に間違いありません。明確には薄過ぎてわかりませんが… うふふ、あの力と比べれば笑ってしまう程に下等ですわぁ」

 「ふ。リリー、それは比べる対象が違い過ぎるぞ」


 「…それはそうですわね。ふふっ。私とした事が。  恐怖に慄き身震いする。あそこまで力の感知に震えた事はありませんでしたわ。 正に初体験でしてよ。 ですけれど、ええ、震える程に混ざり気のない一手の力でした。 感知しない今だからこそ、落ち着いて言えるのですが」

 「本当にな。…あちらは散ってくれたか。 有り難い事だ」


 「お兄様。掛かる事態はどのような?」

 「始末する虫が他にも居ただけの話だ」


 「まぁ… そうでしたか。 ランスグロリアを、ラングリア家を侮辱するとは。  うふふふふふ、良い根性してますわね」


 兄と姉は口角を上げて笑い合う。己が街が正体不明な魔力に包まれ掛けようとも、恐れ戦く事はない。むしろ目は炯々としており、捕食者の眼差しである。

 

 先に触れた力の対比に感覚が麻痺している… 感も否めないが、人が組んだと見極めた時点で確実に攻撃性が出た。


 退っ引きならない状況であっても、逆に怒りを示してあでやかに冷笑する。


 その様子を同じく力を体感したレイドリックと竜騎兵は、本当に主家は頼もし過ぎて素敵だと達観を込めて見ていた。



 「次期様! 追加報告に!」   ブンッ!


 「だっ!」   ボスッ!



 『静かになさいっ!』 

 

 バルコニーから室内へ戻った所に駆け込んできた新たな竜騎兵は、リリアラーゼからクッションを投げられ叱責された。理不尽である。



 二人はそれぞれに寝顔を確認してから続きの間へ移った。

 その間に医者は薬草を取りに走り、ヘレンは桶の後始末から何からで一人頑張っている。料理長は氷嚢の作成にと厨房へ走っていた。


 医者と料理長には報告済みの竜騎兵が添っている。

 送り返しまではせずに良いと言われているが、この兵から他の仲間や警備兵らに疑惑連絡が回される。もし、逃亡でもすれば即座に捕まり問答無用で牢屋行きだ。


 



 「それでどうした?」

 「は、街の南口にて、警備兵が異常を感知したとの旨がサンタナ子爵の元に届いたとの由。救援を求める連絡にエイラム隊長の指示から五名が現場へ急行しました所、媒介と思しき魔具があったと。

 現場では警備兵と住民の中でも使える者達がそれを抑えていましたが、抑え切る事はあたわず。向かった五名が抑えを替わり、潰そうとした時、竜達が「喰える」と訴え「試し」を望んだので食わしました」


 「…食ったのか」

 「はい、向かった五竜が声を揃えたので良しとしました」

 「今は?」

 「その場から動かず」


 「若竜か?」

 「三頭は」


 「…試しか、仕方ないか」

 「仕方ありませんわ。現場での試しは必要ですもの。その為に二頭も添っているのでしょう」


 「食い上げは?」

 「各々が付き添い、その場で様子を見守っていると」

 「ならば、それは良し」



 「街の南口か。人が考える事なぞ、似たようなものだ。真逆の対成す地点に出入り口。人気の薄い場所。繋げて描く紋陣か? はっ、一端を掴まえれば引き摺り出してやるわ」


 「ですが相手も至愚でなければ、保身に痕跡を切る術は心得ているでしょう。公に潰すのであれば証拠が欲しいですわね」

 「目星を付けて、調べさせてはいるがな」

 「気付かれる魔力を上げて何もしないとは思えません。 今宵が勝負でしょうか?」

 「領主の到着に合わせて行っているとすれば、乙ではあるな」


 「ふふっ。まさかで遣り逃げは無いですわよねぇ?」

 「遣り逃げか。くくく、許されるとでも思っているかな? 責任は取っても貰わんとなぁ」



 兄と姉の口調は愉快な嘲りが入って楽しそうだった。弟も交われたなら、もっと楽しかった事だろう。



 「リリー、館と二人を頼めるか?」

 「もちろんです。館と周辺に気を配っておきます。ですが… この館に使える者はどれだけいるのか? 着いたばかりで確認が取れてないのが痛いですわね。 ロベルトは〜 まだ帰還してませんわよねぇ」


 「あ〜… 表立ってないが、街に入った際の始末に神経を尖らせていたからな。ま、普通に失態ではあるし」

 「ロベルトは武官ではありませんけどね… でも、ま」



 「お待たせ致しました!」


 氷嚢を抱えた料理長の駆け込みに気がそれる。そこに軽い足音が混ざった複数の足音がやってくる。


 「次期様!」

 「リリアラーゼ様! ご無事ですかっ!?」


 強制的に休めと部屋に押し込められたロイズに、強すぎる負担から眠ったメイドのステラである。側近を自負している二人の形相は酷かった。この大事に『傍に居なかった!』と目が血走っている。


 二人の駆け込みに少し遅れて来たのは、新たに湯桶を持って来たヘレンである。そして医者もまた走って来た。今度は後ろに弟子が従っていた。


 もう声は上げずとも、皆が揃う室内はどこか殺伐とした空気である。


 一人だけ場慣れしてない一般ピープルに近いヘレンは、事態にビクビクびびり続けながらも、先ほど取り切れなかった汚れを綺麗にすべく仕事をしている。汚れは早く対処しないとダメなのだ。


 そして、原因不明で呻き続けるハージェストの容体を一人寝室で見ているレイドリックも… かなりキていた。

 普通なら安定が見られる時分になっても、容体が安定しない。

 癒しの技が使える分、ラングリア家に長きに渡って仕え続けている家の出である分、主家の一人を助けられずにいたと指差さられると自尊心諸共に自滅しそうだ。



 そこへ情報を携えた竜騎兵が新たにやってくる。


 「次期様! 上空の魔力に一部留まる動きが見られます! ですがそれとは別に、謀反人のやしきから魔力の発生を確認致しました!!」


 「なんだと? 魔力質は!?」

 「全くの別物です! あそこに居た者達は全員移送済みです。魔具に因る物であると!」


 「ああ? …連動の起爆とは違うのか?」

 「上空の留まる場所は東南側にて邸とはかけ離れており! 発生の状況も掴めませんが、連動はしていない物と見ます!」 


 「規模に濃度は」

 「邸の一角を吹き飛ばしそうな濃度を感知しておりますが、規模そのものは小さく! 魔具の捜索に人員を取った事で、エイラム隊長自身が上空の魔力探査に出向いております。 如何致しましょうか!?」


 「わかった、安心しろ。俺が出る」

 

 騎兵を見返すセイルジウスの目は至極冷静だった。指示を仰ぎにきた兵の顔は輝いた。


 「問題の場所は… 北だったか?」

 「はい。北ですが東寄りになります」


 「手近な場所から仕留めていく。仕留め次第上空を潰す。上空の方は結界を張る方向で周囲に人員を展開させとけ、抑える必要はない。力を流す道筋の方向を形作る為に張るように言え。後は俺がやる」


 「は! 北の邸に立ち寄り、その後東南への移動と」

 「ああ、展開させる者達に変化があれば逐次連絡を寄越せとな」


 「諾! 騎乗の準備を整えておきます」


 一人が走り出れば、一人は逸る。


 「共に参ります。お支度はどうしますか?」


 「上に領主とわかる物を持て」

 「では外套コートに得物を取って参ります。そのまま入り口に向かいます」

 「そうしろ」


 「お兄様、お気をつけて」

 「ああ、潰してくる。 は〜、見つける度にちまちま出しても勝てんわ。しっかし、兵をぶつける話でなし、炙り出しだからなぁ。 …気晴らしに来させたのにすまんな」

 「ふふ、気晴らしは後でゆっくりしますわ。 力を使わせていますが、レイドリックも出た方が良いのでは?」

 「あの程度で音を上げるなら隊長とは呼べんぞ? ま、医者もいる。隊長を出さんとな。レイドリック! 後は医者に任せてよい。お前は館の守りに徹しろ!」


 

 この言葉を最後に、兄は手勢に数名だけ連れて領主館を出た。


 外は薄闇に包まれ始めている。

 眺める空は普段からの日暮れの様相だ。しかし、感知できる者は上を向く。東南の上空には確かに流れの澱みがあった。

 

 始まったのが日暮れからであり、一部に限定されているのが幸いか。警備兵に竜騎兵の動きに不安な顔で見ている者達がいても、大きな騒動には陥っていない。


 そして、見ている者の中でも、傭兵やできる事を自負している者は既に独自に動いている。その心は「何事か?」と、本来の領主のお手並み拝見である。これに関しては移動を厭わない傭兵側の意見を上げれば、行動を制限し儲けを減らした領主への意趣返し。それこそ高みの見物だ。


 そして、本当に窮地に立った時を見計らい、格好良く登場して自身を高値で売り込むのだ!


 だが、彼らは思い知る。

 近づいた故に知れた恐怖に、貴族の中でも上級を冠する貴族の意味を。





 騎竜で街の石畳を駆け抜け問題の館に近づき、セイルジウスは目を眇めた。僅かに眉根を寄せる。


 

 「次期様! あそこです!先の連絡よりも魔光が広範囲に広がりつつあります!」


 「この気配は…  いや、違うのか」


 着いた邸の一角、その窓から竜騎兵が複数に展開させた結界を凌駕して、誰の目にも明らかな魔光の輝きが漏れていた。結界の煌めきと魔光の煌めきが反発する事なく輝き合い、どちらも有効である事を現している。

 

 新たに到着した全員が有り得ない状態に唸った。


 「抑えるべき結界を壊さず凌駕しているって…」

 「あの魔光、完全に漏れてるぞ」

 「攻撃性を含んでないから可能なんだろうが… 含んでないからって… 嘘だろう? 六重結界を抜けるって、一体何の力だ!」


 

 そう、結界は六つに重ねられていた。

 一つ目は一人の人間が急遽構築した。それではやはり足りない。二つ目は二人が力を合わせて構築した。構築途中で別の一人が加わった。それでも全く足りない。

 連絡を受けて応援に駆けつけた者達が見た瞬間から、「ヤバいー! マズいー! 」と順次掛け続けた六重の結界は、結界としても魔力的にも非常に分厚い。構築に加わった人数は総勢十八名である。


 結界と魔光の煌めきが、共に薄闇の中で輝き幻想を醸し出す。暴発の危険性さえ感じなければ、何かの夢の競演のようでそれはそれは美しい。


 「中の様子は?」

 「問題の一室以外は何一つなく」


 「そうか。では周囲に散開していろ」


 気負いなく、あっさりと指示して正面玄関から入った。

 その身にスッとロイズが付き従う。それにサッと三名が後を追った。



 邸の内部は戦闘の後が見て取れた。

 所々に引き摺ってできた血溜まりの黒い跡に、術式に裂かれてできた壁の傷跡。室内に通じる扉はどれも開かれ閉じられた場所は無い。


 よくわかる目印の光に力。

 一階のその部屋に辿り着けば、室内の中ほどから結界壁が煌めいている。

 居室としては中々に立派な部屋だった。趣のある風景画が壁に飾られ、飾り棚が並び、中には色彩豊かな飾り皿が何枚も並んでいた。


 窓の近くの飾り棚の前には背の低い卓があり、数点の品が並べられていた。

 その中の一つが問題の光を放つ。光は全方位に放射されているが窓の外に向かう力が一番強かった。その力が押しているのだろう、結界そのものも球形を保てず歪になっている。


 光を放っているのは、サイドポケットに水筒を入れた普通のリュックサックであった。前後左右にゴトゴトと揺れ動いている。

 


 「…中に何か居るのか?」

 「先だっての確認では動いておりませんでした!!」


 「ほ〜」


 顎に手を遣り、面白気に眺める。観察に眺めていたが進展は無い。


 結界を解かずにアレをどう処理するか?

 もっとよく観察する為に結界ギリギリまで引っ張るか? 安全性を憂慮して潰すにしても中味を確認しておきたい。


 「まぁ、とりあえず」

 

 手を突き出した時、それは起こった。



 輝きが滲んで歪んで崩れてぶれた後、同じに見えて異質に輝いた。

 



 『触れなば、切らん』


 激しい光でも目を潰す光でもなかったが、力の変化を感じて余り有る光は異質であった。



 ぞくりと背中に怖気が走る。

 


 ダンッ!

 間髪入れずに片足で床を踏みつけ、睨む。それだけで力に対抗してみせた。



 セイルジウスの行動一つで恐怖に駆られかけた四人は正気を取り戻し、得物に手を添えて身構え、見つめた。



 五人が見つめる中、リュックサックの覆い紐がスルッとほどけて何かの勢いでぺろっと後ろにめくれた。縛っていた口紐がざばっと開いた。開いた口からぶわっと何かが躍り出る。 広がる。 広がった茶色は空中で更に大きく広がった。


 弾力を伴って今にも襲い掛からんと両手を広げたかの如きソレは、どう見ても原生生物アメーバの襲撃を彷彿させる体勢である!


 が。 

 広がりは急速に収束した。


 瞬きの内に煌めく結界の中に立っていたのは、体高が二メーターを超える一頭の駱駝らくだであった。




 「あ?」


 「え? 今… 何が!?」

 「何であんなのが!」


 シャッ。


 狼狽える声を上げる。鍛えられた兵は意識せずとも抜刀していた。


 それら人の対処を、質感と重量を兼ね備えた駱駝は見てもいなかった。

 どの様な事態にも押されはせぬ凛とした気配に品位を醸し出して、ただ静かに佇む。何処かを探す風情で目を向ける。目的を持って動かす明らかな所作に知性を感じる。


 そして、ひたと人と顔を合わせた。


 「うぉう…」


 理性を痛感するのは、長い睫毛に縁取られた黒目の眼差しである。

 その眼差しを見返すに連れ、何故か気位の高い何かから叱責されている気になった竜騎兵達は内心首を傾げた。



 「これはこれは。 ふーん、魔具とも違うと。  お前に言葉は通じるのかな?」


 楽しげなセイルジウスの声に視線を向けた駱駝の表情を言葉に直すなら、「後にせよ」である。


 その首を曲げ下ろし、リュックのサイドポケットの水筒の持ち紐を咥える。ぐいっと引いて取り出す。水筒を下げて厳かに歩み出す。歩みに床が、ギシッ…と鳴る。


 「待て、結界を敷いている。簡単なモノではないぞ。 お前が何であれ、無傷とはいくまい?」


 理性を認め、穏やかに止めようとしたセイルジウスの言葉を無視した。

 その行為により、ロイズに兵達は得物を構えた。既に術式を組み上げた者もいる。


 「な!」

 「ええっ!?」

 「…は?」


 駱駝は結界に歩みを止めなかった。結界との接触に、その身は陽炎として揺らめき半透明になった。向こう側の壁に棚が透けて見える。

 駱駝は優雅に見えても、実に素早い動きで何事も無く歩んで抜刀した刃を通過した。間違いなく身が切れたはずの位置を通過した。瞬時に離れはしたが至近距離の現実に、刃の柄を握る兵の手は衝撃もなかった理不尽さにぶるぶると震えた。


 煌めく結界に、リュックサックを残し、駱駝は難なく扉を通過して部屋を出た。



 「ちょっと待て! こら!」


 知らぬ者に待てと言われて止まる駱駝はいない。

 迷いもせず廊下を歩き、入り口に到達する。邸を出る。


 「な、なんだ! あれは!!」

 「は? 魔獣… にしても!」

 「死霊の類いか!?」


 「次期様は! 先の気配は次期様が動かしたのではないのかっ!?」


 邸の庭で騒ぐ兵を眺める駱駝の黒目は大変冷めていた。半透明となっても、しっかりと口に咥えられた持ち紐。水筒がぶらーん・ぶらーんと揺れている。


 「騒ぐな! 離れよ!」


 「次期様! ご無事で!!」

 「何事かと!」


 その声に腕を横に一振りする。それだけで静まった。


 「お前は何かの使いであるのか?」


 酷く通る声が場を支配する。力の強制を伴う声音だ。

 それに対して駱駝はちらりと一瞥したが、それだけだ。一瞥に込められた意味は「小煩こうるさい」だ。

 我関せずと周囲を見回し、そして一ヵ所に目を留めると問答無用で走り出した。

 最も持ち紐を咥えている、半透明と化した上に声帯を震わせる気もない。そうなれば初めから疎通を蹴ったも同然。


 走り出した駱駝に道を阻んでいた竜達は視線が交わった瞬間、バッと飛び退いた! それはもう見事な早さで飛び退いた!



 「な、なんでお前達が逃げる!?」

 「え? 普段から死霊みたいなモノにも、お前ら平気で突っ込むだろーが!」


 「人の制止振り切って突っ込むお前らが、なんで逃げるぅぅううう!!」


 相棒である人の声を完全に無視した竜達は、そそそそそっと固まって顔を突き合わせていた。

 分厚い皮膚と鱗に阻まれて、場所を間違えると普段でも確認し辛い心音は、『どっきん♡どっきん♥』と可哀想な方向で高鳴っていた。目に見える震えはないが、人が感じ取れなかった怖さにぷるぷると震えていた…




 高みの見物を決め込んでいた傭兵達らも、それを見ていた。

 仲間で来ている者も居れば、個人の者も居る。固められた結界をの光輝を見た彼らは、その構築の出来映えに口笛を吹く真似をした。


 「さすがってかぁ?」

 「しっかし、ソレ突き抜けるあの魔光はなんだっての」


 己が身の保身だけはきっちりとして、その様子を楽しんでいた。

 

 ある程度離れた位置にいてもわかる力の強さ。見物しているのは、それなりに実力と自信を持つ者達だ。力不足を痛感する者は迷わず離脱した。見極め切れねば末路は決まっているのだ。


 そんな彼らもまた、竜達と同じく駱駝の疾走線上にいた。

 自信がある故に、ちょいと立ち位置をずらした。よくよく見たいと、確認しとくかと知識欲と好奇心からなる興味本位の行動結果だ。

 彼らは竜と等しい近さでありながらも、人であるが為により強大な恐怖を味わった。


 そして付け加える恐怖がある。

 駱駝はセイルジウスの対応に理を認め、敵で無しと判断を下し、その部下達の区別をつけていた。それらとは別物と判断した傭兵達に向かって、「邪魔立てするでないわ」と力に悪意を乗せて其処ら中に視線を飛ばした事だ。



 各々が半透明の駱駝の視線の先は自分であると認識した。


 『 わぁ、呪われちゃう♪ 』


 ほどはいってないはずだが、遮蔽物の無い近距離での睨みに心臓が跳ね上がる! 即座に行動に移せるはずの自分の体が視線により硬直したのも、想像以上の力の接触にも精神的にキた。



 その後は必死で現場を離れた。

 安全圏に逃れた傭兵達はそれぞれに青褪める。


 「アレは何だ!? 本当に俺の身は無事なのか!なんで俺が!!」


 頭を回せば、「シロートがよくやっちゃうんだよな〜」って笑ってた見極めをクロートの自分が間違えた。そんでもって、自信過剰が結果を齎した。その他諸々。


 複数の観点から自身に対してショックを受けてぷるぷると震え、「いや待てそれは違う!」と叫ぶ。実状を丁寧に拾い直し、俺が取った行動は間違いではないのだと思考を練り直す。


 練り直したと気付けば自分が逃げてると嫌になる。そして助かったと考えた最初の思考。…逃げた事を恥ずかしいとは思わない。それは思わないのだが〜と思考が輪を描く。




 『この程度は大丈夫。なんかあっても〜 自分は大丈夫。そんな事にはならないさ』


 人は危険性に直面した時、本能的に安全を求める。

 無意識化に安全を求める故に、特に根拠もない安全を思い込む傾向がある。視認性が低い場合は、その傾向が特に強い。

 だが、玄人は違う。最悪を想定し、その中から最善を尽くす。その上で自己を追い込まない楽観性を持つのだ。



 傭兵として玄人である彼らの切り替えも早かった。


 …はずなのだが、最善を尽くす為の思考に脳裏に焼き付いたあの目が「おう、待てや」と足を引く。意識にずぶずぶ割り込んで、ずくずくずくずくと心臓に負担を掛け続けて思考を鈍らせる。

 ソレに対して目を瞑り、精神統一を図るが目蓋の裏に焼き付いた眼差しがどうやっても甦る。そこからぐるぐると抜け出せない。そして、抜けてない思考に気付く。気付いた事で普段との自分の違いに気付く。


 『 なんかもう呪いきてるぅ!? 』



 自身で払えない恐怖(悪意)とお友達。

 彼らは自信喪失とまではいかなくても、妙な感じで自己嫌悪に似たがっかりさ加減に、我が身の不安を覚え、精神的自滅方向( 泥沼 )追いやられ(堕 ち)ていったのである。






 





 「次期様… もしや領主館に向かったのでは… 」

 「俺もそう思うなぁ… 視線の止まった先がそうだったな。 ふ 」


 「あれは使いの類い、なのでしょうか…」

 「あの態度に他に取れる物が無いな。竜が道を譲るか… やってくれる。しかし、家々を突き抜けて進まないだけ配慮してくれてるのかねぇ? 進めそうだってのに」


 「次期様…! 落ち着き過ぎでは!!」


 「あ? あの手は止まらんよ。下手に阻むと被害だけが増大する。中味はわからんが水筒と思しき物を持って行った。 …………… あ〜〜〜〜! 妙な予感に頭が痛いわ!!

 館に連絡を出せ。アレがそこに着いたら、人に危害を加えぬ限り手出しするなとな。それと今すぐ魔成鳥を構築して上空から監視しろ。上を飛ばし過ぎるなよ、張っとる魔力に食われるかもしれん。 …ああ、それで飛ばんのか? …いや、わからんな。逆に食えんじゃないのか? うーむ」


 「直ちに!」

 「低空での監視を行います!」


 「結界を解け。あそこにあった荷袋を取って来い」

 

 「「 は、諾! 」」





 ガチガチに固めた結界が慎重に解かれ、光壁が消えていく。

 そして、持って来たリュックサックを見てセイルジウスの片方の目が細まる。


 「おい、これはこの形状であったのか?」

 「 は、い。  自分がアレを追って部屋から出た時は違ったと… 思ったのですが… 」


 輝きのないリュックサックを手に持って来た兵も、微妙な顔だった。

 覆い布がきちんと掛けられ、捲れない様に覆い紐が結ばれている。布で覆われた下の口紐も結ばれている事だろう。


 「誰が結んだ」


 答える者はいない。紐に手を掛けても、紐は固く解けなかった。単純な蝶々結びでしかないのに、紐は頑として動かない。


 「あ〜〜〜〜〜っ 硬い結び目だな。誰がどう締めた」

 「次期様…」


 「これに魔力の発露は認められん。感知できん。ただの袋だ。  輝いていた要因は駆けて行ったアレだろう」

 「ならば…」


 「あ〜〜、ロイズ。 館に帰るまで保管しろ。失くすな」

 「…はい。竜に括っている荷物入れに入る大きさですから、そちらに納めておきます」


 見回す兵の顔は魔力に関する知識をみっちりと詰めているだけ、複雑な顔をしていた。途中言い淀んだ意味に頭が回る。だが、セイルジウスと目が合えば背筋が伸びた。


 「お前ら、世界は広いな。心底敵であるなら何としてでも排除するのが常だ。アレはそれだけの力を有している。しかし、アレは今、俺達に用はないとさ。優先順位が違うとよ。


 頭を切り替えろ。我々が始末するモノは他にある。

 監視者と数人は此処の近辺警護を続け、残党の出没に目を光らせろ。残りは東南に行って上空の魔力を散らすぞ。いいな!」

 

 「「「 諾! 」」」


 

 息を合わせた返事に竜を宥めて騎乗する。

 さて、向かうかとした所で羽ばたきに囀りが響く。



 「ピューリリイィィィ!」


 「使役鳥が向かって来てます!」


 一人が直ぐに組み上げた帰着の術式(管制誘導灯)を、馴染んだ物(特定誘導路)と識別して安心して鳥は舞い降りた。



 「東南部の南側にサンタナ子爵が、北側にエイラム隊長が主となって行った結果、散りつつあるのですが一定場所から流れが滞るそうです。その下方を探索させても魔具に類する物は感知できずと」


 「下に見当たらん、か。ふ、 ん。 どのみち叩くが、一応の余裕はあるか。しかし早いに越した事は無いな、行くぞ」


 「「「 は! 」」」




 ダカッ ダカッダカッダッ!!


 「伝令!伝令!  お待ち下さい!」


 「ああ? 今度は何だ!?」


 再び出端を挫かれた。

 


 角馬が一騎駆けてくる。

 日は更に落ち、辺りは闇が訪れる。その中を駆けてくるのは警備兵だ。街中に点在する明かりの他に、馬の帯革に小さな洋灯が固定されて、そこから黄色い魔光が前方を照射していた。


 「伯爵様! イラエス男爵様より! 北西部にて周囲一円総て根こそぎ吹き飛ばしそうな魔力の発生が確認されましたぁあああ!!」 


 「……あああっ?  なんだそれはぁ!」

 


 馬上の警備兵は一息に言い切った。

 顔は強張り青褪め、手綱を握る手はがちがちに固まっていたが、腕が小刻みで震えていた。




 


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