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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
72/239

72 相互の関係

 

 まだ大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。


 「ノイ、です」


 そうと名乗った時に、拒絶が来たのだと思って青褪めた。拒否されたと目の前が暗くなった。それでも思い出せば、学舎で詰め込んだ知識を引き出せば、まだだと判断できた。



 「アズサ」


 呼べば、反応してくれる。

 単に聞こえたから振り向いたんじゃない。あれは名を認識して向けた顔だった。


 お前がハージェストなわけあるかと怒鳴られたが… その後も呼べば顔を合わせてくれる。見てくれる。物言いた気な目で俺を見る。


 沈黙を介して 俺を見る。


 否定を口にしない。

 それは俺の名じゃないと、口にするなと決定を言わない。終わりを告げない。


 なら、まだだ。

 口にしない理由がある。そんな時の事例は聞く。事例がある! 相手から何が不満か聞き出せば早い。だがそれよりも、聞き出すよりも、俺が考えて引き当てなくては。


 相手が賽を投げて待っている、それは相手が正しく応えられるかどうかの確認の意味合いが強い。


 往々にして召喚契約が終わった後の召喚獣の態度がそれを裏付けるモノだ。その態度で関係の良好状態がどうだったか、推し量れる場合… というか一目瞭然な時がある。まぁ、俺が知る範囲なんて高が知れてるけどな。


 「思い出して欲しい」


 この言葉で止まってくれたのも何だが… 考えれば考えるだけ辻褄が合わなくなる。本当に何一つ覚えていないなら、あんな目で見たりしないだろ? でなければ来るはずもなし。


 俺の名を… 呼ばないだろう?



 あんな終わり方でも、来てくれてた。

 あんな失態を犯しても、まだ、見てくれている。



 だから、俺にも、まだ、脈は、あるんだ! 残っているんだ。きっとどっかで引っ掛かって助かってるんだ! 失くしてなるかぁぁあああ!!



 風呂に入るのに服を脱げば、リングが跳ねる。それこそ確認にじっと見たが黒は黒だった。終わってる。


 だが、アズサは此処に居る。 居るんだ。 未来の楽しみを必ずやこの手に掴み取るその為に!


 一縷の望みに縋って繋げてどうにかキーワードが探れないか慎重に話をしたくてしたくてしたくてしたくてせねばと!逸る心を宥めて鎮めて押し込めて待ちの姿勢を貫いた。



 『コレ… 飲んでも大丈夫?』


 視線の意味をあやまたずに汲んで飲んだとも!

 

 その後ゆっくりと飲む姿に心が浮かれる。問い掛け自体が合った事にも浮かれる! 信頼の光明が一筋キラめいたぁ!


 けれど顔が強張って、わかり易く止まってしまった。

 何が悪かったのか、どうしてなのか。どう手を差し伸べるのが最良か。普段なら、こんな間怠まだるっこしい事に手をこまねく態度は取らない。煮え切らないやり方はしない。遅すぎる判断はすっぱりと切る。 


 しかしそれだと駄目だ、忍耐だ。 切られるのは俺だ!

 アズサの思考に下手な横槍を入れて、それが原因で切られたらどこまで悔やんでも悔やみ切れん!! 頭を壁にぶつけ続けても悔み切れん!


 一度してる自滅行為を繰り返す事だけはしたくない。




 顔が綻んだ。少し、笑った。

 初めて見た笑みだった。あんな風に笑んだのは初めて見た。初めて見た。 は じ め て、 み た あっ!!




 それがどうしてこうなる?







 「は、はあっ  う、げ。   ごっ、ごふ  」



 「アズサ、アズサ! しっかりしろ!」

 「どうしたの!」

 「おい、桶を持って来い!」


 ガチャ!


 「失礼を! 何事ですかっ!?」

 「桶だ! それと医者を呼べ! 不明なら部隊の者でも良い!」


 「…直ちに! メイドも呼びますっ」



 駆け出す足音に早くしろと思う。

 吐き続ける体を支えれば、震えながらも掴んでくる。体がビクビクと痙攣する。


 「ハージェスト! 水を飲ませろ!」

 「お水を飲んで、もっと吐いて!」


 兄と姉の言葉にハッとする。そうだ、処置は素早く。胃の洗浄を!



 「原因が判明しない以上、下手に癒しはかけるな。毒なら解毒が先だ。 茶に使った物の確認を」

 「そうでしたわ! 茶器を取り置いて検査しないと」

 「リリー! 素手で触るなよ!」

 「心得て! ああ、でも先に」


 『 毒 』

 

 何故とも思うが、体を起こさせ凭れ掛からせ肩をしっかりと抱く。姉が注いでくれたコップを受け取り、口元に充てがう。


 「アズサ、水を含んで口を濯いで」


 肩に回した手で顔を少し叩き、正気の目を覗き、早くと急かせば口に含む。


 「そのまま吐いて良いから!」


 含んだ水の吐く先を視線で探す目に気にしなくて良いと返す。そんな事を気にする姿が、もどかしくて堪らない。


 「お待たせしました!」


 メイドが駆け込んで持って来た桶を引っ掴みアズサの前に置く。弱っている所にとも思うが、早くしなくては!


 「水を飲んで薄める! 早く!」


 「あなた、ヘレンだったわね! 水差しに水を汲んできて、多く要るから急いで!」

 「はい、姫様!」

 

 半開きで浅い息を繰り返す口に水差しを寄せ、無理やり飲ませた。手を突っ張ってもう嫌だと示す態度に、ごめんと思っても飲ませた。

 飲んで苦しそうに震える体を後ろから抱きしめ、左手を腹に添える。右手を口元に当てる。


 「吐くんだ」


 自力で吐けないだろうと思うが言った。


 「ハージェスト、俺が前から肩口を抑えてやる、早くしろ。 やれ」


 その言葉に迷わず頷き、兄と二人掛かりで抑え付けて下を向かせる。嫌だと緩く振る頭を兄が「堪えろ」と手で抑えるのを確認してから口に指を突っ込む。三本の指で顎を固定し、二本の指を潜らせヌメる舌を抑えて嘔吐えずかせる。同時に腹を強く押す。


 「う、 げ、げぇぇっ…」


 桶に吐き戻させる。


 「お水です!」


 部屋に飛び込んで戻ってきたメイドが抱える水差しを引ったくる。


 「飲んで、アズサ!」

 「許せよ」


 位置を替わる。

 兄が抑えていた頭から片手を放し、アズサの顎へと回して口を開かせる。後ろ手に掴み上げ、体を固定させて上を向かせる。角度に流す水分量を注意しながら、口に注ぐ。


 「飲むんだ」


 拘束されて見開く目が恐怖をたたえていた。キツく閉ざされるのを見返しながらも、飲ませた。喉が動いて嚥下していくのを見続けた。


 「けふっ  ぐ… 」


 飲み下せない水が口から溢れて喉を濡らす。呼吸を求めて胸が上下する。苦しいと顔が泣きに歪む。


 「まだ飲ませろ」

 「もっと飲んで。しっかり」


 飲まそうとすれば、アズサの体が震えてビクついた。サッと桶に顔を向けさせる。


 「げほっ げぇっ げ」


 水が口から滝の様に流れた。


 「ああ、よしよし。上手く吐けたな。自分でできたな。 上手だぞ」

 「アズサ、偉いぞ。頑張った」


 「ハージェスト、もう一度だ」

 「…身が保たぬかと」

 「三度しておけ」

 「………そうですね。 アズサ。もう一度しよう、な」





 シュッ、キュッ。カチャ。


 「片付けるのに注意を、そちらは直に触れないで。処分しては駄目よ。身を清めるのに、お湯を用意して。寝具も替えます」

 「はい、お着替えもご用意してきます! あの… この事は公にしない方が良いのでしょうか?」

 「…そうね、一人では大変だわね」

 「いえ、できます!」


 「…そう? では、お願いするわ。説明は後でします、あなた自身も沈黙するように。湯を頼む際に厨房でこれらを構えた者が誰か、どのようにしたか。その者と料理長を呼んで。それ以外の無駄口は要りません」

 「は、はいっ」




 

 姉の指図を聞きながら、嫌だと力なく逃げる体を抑えて水を飲ませて腹を膨らまさせる。


 「あと少しだけだ。辛抱してくれ」

 「ああ、これで水を飲むのは終わりだからな」


 「う、 ぅあ  こふっ …」


 俺一人でも楽に抑え込めるが、用心に用心を重ねて兄と二人で抑えておく。疲れてもう自分でできそうにないから、腹に手を回して持ち上げ、圧迫が酷くなり過ぎない様に気をつけて気をつけて気をつける。滑らかに戻せる為に腹の方を高く、頭を低くさせて桶に向かわせた。


 「う、うぇ…  え、え」



 吐き戻す体力がない。

 自分でできない以上、先ほどと同じに済まさせる。腹を押し上げれば、頼りない身に不安が募る。本当に力ずくですれば身を潰しそうで怖い。医者の「弱っているから取り扱い注意」の言葉が巡るが… 要注意じゃないのか?


 意識を失えば加減がわからなくなる、本当に気をつけないと。



 「あ、  がふっ  はっ…    はぁぁ 」



 やっと吐き終われば、俺の方が落ち着いた。疲れた。

 完全に力尽きて、ぐったりする身を抱えてベッドの反対に避難する。掛け布団は丸めて放ったから、シーツの一部を引っぺがし綺麗な所で口元をぬぐっといた。



 「吐いた中に固形物は見当たらない。 吐血も無いな」

 「ええ、水分だけ… ですわ。どういう事なのか… ハージェスト、体に不調はなくて?」


 「ありません」

 「俺もない。リリーもそうだろう?」

 「はい。…どこも何もありません。どうして」


 「そんなに落ち込むな。死んでないどいない」

 「やめてくださいな!」

 「兄さん、泣きますよ」


 「姉さんも判然としない今の時点で、そこまで思い詰める顔で悩まないで下さい」

 「お茶にしようと言い出したのは、私だわ」


 迷い沈む姉から目を逸らす。

 快活な姉は死別を境に、こんな顔を見せだした。ひたすら沈んでいく顔を見るのは辛い。この頃は忙殺続きで悩む暇も隙もなかったからしなかったのにな。だが、それを『何時迄も』と俺は言えない、思えない。忘れていても、ふとした時に思い出す。奥底で引き摺り続けたのは俺も同じ。



 「兄さん、窓を開けて下さい」

 

 視線の先の気配に理解するけどな、開ける方を優先してくれよ。


 「アズサをこの部屋から移動させないと決めました。移動によって、この気配も共に移動するのではないかと疑ったからです」

 「そうだな」

 「そこに不満はありませんが、この臭いが充満した中に居させるのは不満です」

 「…まぁな」


 「そうよ、開けましょう。空気を入れ替えないと! 散らずに広がったとしても、今より良いと思います。きっと薄れますわ、お兄様! 何と言っても、この子の為の力なんでしょうから」



 ガタン!


 多少迷っても、兄自ら開けた窓から風が舞い込む。


 『窓を開ける』その行為により、添わせる事で弱めた結界が付き従って揺れて薄れる。あの気配が完全に散り消えたとは思わない。しかし、一番最初の状態からは広がり薄れたと思う。強すぎる力は周囲に混乱だけを招く。頼むから薄れて欲しい。


 「流れに乗って…  良い方に動きそうか?」

 「願いますわ」


 「あんな力が上に留まり続けるか… はぁ。 本当は本人が認識後に意図もって散らす方が確かなんだがな…」

 「あんな状態ですもの、無理と言うものですわ」



 ドタタタタタッ!


 バタン!

 

 「失礼します!」

 「遅くなりました!」



 力強く走り来た足音にやっと医者がと安堵したが…  こいつらは運が良い。

 あの気配の流れを体感せずに済んで。しかし、アズサの力の一端だと考えると知られずに済んで良かったと思う俺が居る。そして、兄が結界を解いた事を何よりも良かったと思う。


 結界を作成した意図は違うが、本人に確認後に散らすのが最良で確かだとしても。閉じ込められていると受け取られたら、印象は最悪だっての。さっき完全に泣かせたしな。

 …あの行為の意味を理解してくれているだろうか? ……なかったら、俺の未来()は真っ暗だな。どうしよう。



 


 


 

 


 



 あの時の医者だった。ロベルトの信頼を得ているから藪じゃないはずだ。

 診察中にメイドが湯桶を二つ下げて帰ってきた。着替えとリネンの類いに、掃除道具を持ち込むのを扉番にも手伝わさせる。


 「小康状態に向かっていると思いますが… うーむ」


 終わった診察にベッドから抱き上げ、兄が奥から引っ張り出してくれた長椅子に移す。その間にベッドが整うのを待つ。

 待つ間に布を湯に浸して絞る。ギュッッと硬く絞り顔から喉元を拭い上げ、上着と寝間着の上を脱がす。手も綺麗にいた。


 「顔や腕にはありませんでしたが、腹部や皮膚の薄い場所に発疹等は浮かんでおりませんか?」

 「…ないな」


 医者の言葉に胸から腹へ手を滑らせる。怪我も無い。俯きにさせて背中を拭く。


 「う… 」

 「気がついた? すぐベッドで横になれる」


 湯に入れて絞り直す。肩から腕を拭って下の寝間着も脱がす。下着も脱がそうとしたら嫌がられたから、次にしよう。そうだ、風呂の時にでも。


 新しい寝間着は着替えが容易なワンピース。頭から着せて腕を抜き、裾を引っ張れば終了。


 足首に触れたら冷たい。爪先を握ったら、もっと冷たい!

 慌ててもう一つの湯桶に手を突っ込んで、温度を確認してから片足ずつそろ〜っと入れて温めた。内臓に集中して末端に血が回ってない。守りに入ってる体に、ヤバいヤバいと膝下をさすった。


 


 

 アズサの元を離れたくはなかったが、俺も着替えんと。兄と姉も面倒をみている内に着替えに行った。まぁ、枕元で話して起こすのも良くないから仕方ない。


 着替えた後、再度様子を伺えば眠っていた。



 吐いた原因の追求を続きの間で行う。結果、『わからない』だ。



 「はい。お使いになられた茶器は私共が使う事はありません。暫く使用していないので煮沸しました。それにより器も温めました。湯は捨てずに水で薄めてぬるま湯にし、他の食器の洗い流しに使いました。使って拭き上げた食器は普段から食堂で使われる物です。早番の者達の料理の提供に、既に一部は使っております。今のところ誰一人として腹痛等を訴えた者はいないはずです」


 僅かに顔が強張り青褪めながらも、はっきりと述べた料理長を信じて良いのかわからないが… 同じ茶を飲んだ俺や兄達は何ともない。あのカップを初めからアズサ専用としていたわけじゃない。




 「リリー、茶葉は何だ?」

 「私がいつも愛用している茶葉ですわ。家から持ってきた物で、荷から出させたばかりです。誰かが何かを混ぜよう等… できようはずもありませんわ。 ミルクは古くないのでしょう?」


 「もちろんです! 朝一番に絞った分で保冷庫に入れておりました」

 「ミルクと茶葉だけでは濃過ぎるかと水を加えて煮出す用に指示しました。最後に、ここでお砂糖を加えたのですわ」

 「ご指示通りに、私自身が一人で作りました」



 「加熱前の物は残っているか?」

 「はい! まだ少しございます」


 「では、取りに行かせましょう」


 「自分が行って来ます。料理長、それは誰に言えば早いか?」

 「それでしたら…」

 「私もお手伝い致します」



 「飲んだのが単なる茶であるなら、何に当たったんだ?」

 「お茶だけであんなに吐くものでしょうか…」


 「体は弱っています。それは確かです。ですが、今の様子からは毒は見出せません」

 「リリアラーゼ様からのご指示により茶器を調べましたが、毒素に至る物の検出はありません。試薬に変化はありません」


 医者の言葉に同意を添えたのは、レイドリックだ。

 

 竜騎兵の一人(扉番)とメイドのヘレンが出て行った後の室内の雰囲気は重い。

 現在、続きの間に居るのはセイルジウス、リリアラーゼ、ハージェストに医者、料理長、竜騎兵が一人(動向監視役)に隊長であるレイドリック。


 青褪めているのは料理長だが、この事態に一番参っているのはリリアラーゼである。立場と経験から取り乱し切ることはないが、薄化粧を施しても顔色が悪い。彼女の頭を占めているのは、記憶から来る『死』の単語だ。


 ハージェストは沈黙していた。


 吐いて倒れた時の事を思い出していた。プリンの容器を見てはいたが手をつけなかった。口にしたのは茶だけだ。原因は不明のままで、心が荒れるが当たる先が無い。




 

 「医者として何もわからぬでは恥ずかしいのですが、嘘を申し上げる方が恥ずかしくございます。先ほど伯爵様や弟様にお断りした上で施した解毒から少しばかり時間も経ちました。様子を確認してきます。その上で癒しを施して回復を図りましょう。手際に間違いがないか、どなたかご一緒願えませんでしょうか?」


 「…そうだな、時間も経っているか。レイドリック、得手のお前が付き添え」

 「諾。自分も見立てましょう」



 「お待たせしました」



 二人が寝室に入れば、入れ替わりにワゴンに乗せて部屋へと二人が帰ってくる。

 そこで並べられたのは茶葉・ミルク・水・砂糖である。使用した鍋と拭き上げた布巾も何枚かある。


 大々的に調べるのは止めているが、現在厨房は機能停止に陥っている。

 他の料理人達が仕込みの予定やら時間を気にするが、料理長が呼び出された事態に薄々感じる嫌な予感と予測に青褪めていた。全禁止命令の通達に来た竜騎兵が留まっての監視に、調理の手も止められ移動も許されず、何もできずに気も休まらず、ウロウロと厨房内を歩き回っては料理長の帰りを待ち侘びている。





 全員がブツを睨んだ。

 毒素からなる変色も異臭もしない。変哲もないブツだ。


 「え、 …姉さん、この水は? 此処の水を使用したのではなかったのですか?」

 「 ?  ああ、それ。ラベルでわかるでしょ? いつもの魔力水よ。必要性のあるものは多めに持って来てるわ。体が弱っているのですもの、体力の回復を促す効果が高い魔力水を使うのは、病気の時は当たり前じゃないの」


 病気の時には滋養の高い良い物をーー  


 考えられ得る当然の話である。

 


 兄と弟は水の瓶を凝視した。凝視し続けて考えた。何処かの彼方へと目が泳ぐ。



 「ハージェスト、三年前のあの件。アレは… アレは魔力が無い事が原因だったな… 」

 「は? お兄様、何のお話です?」


 弟は黙っていた。黙ったままでギクシャクと頷いた。


 「え? ですから何の…  三年? ハージェストの三年前?    え、 ア、ズサ…   あらっ?   え?  あらぁっ… 」


 姉の顔は固まり、見開いた。ギリギリと顔を動かし兄と弟を見る。




 「「「  …………………………  」」」




 魔力水は魔素を含む特別水。品質次第では高値で取引される品である。その効能は医薬品に部類する。それ故、当たり前だが普段に使用する事はない。通常の飲食や掃除その他に使用される水は、普通に水である。

 だからといって全く手に入らない品ではない。そして、大変裕福な伯爵家の姫様が所持する魔力水に効果の薄い安価な品はない。一般庶民なら「わー、手が出せなーいっ」と見ているだけの高価な品をお持ちである。

 

 これを使えと指示が来た時、料理長は目を剥き「俺が扱う!」と叫んだ一品だ。


 



 「あの、待って? 待ってちょうだいな。  それ、それって、おかしくなくてぇぇ?」


 両手の指を合わせて胸の前で固く握る姉の声は裏返っていた。


 「だって、あの姿は!」

 「待て、リリー!」

 「姉さん、待った!」


 姉を止め、勢いよく兄と弟が振り向いた先には竜騎兵一名(動向監視役)とメイドに料理長がいた。

 メイドのヘレンは大変緊張していたが事態に女の感も重ねて読み取った。料理長は長年の苦労人としての人生経験から読み取った。竜騎兵は二人の面構えだけで読み取った。


 「下がっております。用事があればお呼び下さい」

 

 居たらヤバい!聞けばマズい!関わらなくて良い上の問題に巻き込まれる!


 その気持ちを固く合わせた三人である。


 即座に竜騎兵が一礼して二人を促し部屋を出た。


 竜騎兵に料理長はまだしも、ヘレンはあの顔に非常にびびっていた。 

 『伯爵様方』に憧れを抱いていた分、『もしかして、きゃ♡』なんて甘い夢を抱いていた分、気落ちにびびりは大きかった。彼女のときめきのドキドキは、心臓に負担の掛かるドキドキに変換された。




 部屋を出たのを確認後、兄弟達は顔を突き合わせ、小声で話す。本当なら結界の一つも張りたい所だ。


 「アズサ… アズサって。 ハージェスト、まさかで召喚獣なの!」

 「人にも見えるんだがな」

 「俺のアズサに間違いありません! …でも、返事が貰えなくて」


 「人に見える… そういった能力が高いという事でしょうか?」

 「そうとも考えられるな」


 「ああああ! あの時、問題となったのは!」

 「そうだ、魔力のない召喚獣に魔力水を与えた。 吐いた…」

 「力はあったはずの召喚獣。でも、魔力はなくて。 だから…」


 「吐いた…」

 「倒れて…」

 「茶葉とミルクで薄まった物ではなく… 魔力水をそのまま飲ませていたら、どう、どうなって… 」



 ある種の恐怖に顔を見合わせ喉がゴクリと鳴った時、寝室から悲鳴が上がった。



 「痛い! やめっ! いっ… いたぁぁ!   あ・あ・あ、  う ああぁああああぁああああああああああああ!!!!」








 

 ドカッ!


 「アズサ!!」


 扉を蹴立てて開けた先に見たのは、悶絶するアズサの姿だった。



 「何があった!?」

 「落ち着いておりました! 見立ても終わり、癒しを致したところ突然に呻き出しまして!」


 自分の施した癒しの術で悶絶する。

 医者を志、その道一筋五十有余年。押しも押されもせぬ「立派な医者よ」と周囲に言わしめた彼にして、初めての体験である。理解が及ばず、反射的に動いているものの脳内は大混乱を来している。


 どちらに取っても、もう最悪の一言である。


 過度な魔力摂取に対する体内の過剰反応。弱った体は耐え切れず、アナフィラキシーショックを引き起こした。




 この事態を回避する為の術は取られていた。

 降りた場所で汲んだ水こそが、この世界の魔力に慣れる為の免疫活性水である。しかし、どれだけ飲んだとて、個人差は存在する。そして、本人の体から魔力に対する免疫が作られる速度は、恐ろしくゆ〜〜〜〜〜〜っくりとしたものだった。

 最も急激な変化に晒されて強制的に変質させられれば、それはもう違うイキモノだ。大事な大事な夢のお子様認定をしたとゆーのに、男がそんな事態を許すはずがない。させはしない。


 二種類の力に対する身体負担軽減慣らしアイテム。

 年を経た男こと、じーさまからの『お守り』は言わずもがなである。お守りは単純な体力の負担軽減とは質とレベルが違うのだ。

 二種類が内の一つ、魔力の過剰摂取分はお守りが取り込み、体の安定を維持していた。体が世界に慣れるまで、初期には大事な大事なお守りである。


 ちなみに男も同じ物を作れる。もっとハイレベルな物も作れる。ただ、与え持たせる力が多すぎると色移りしないか危惧した為に、年を経た男に頼んだだけだ。







 


 体が痛い。痛い、痛い。気持ち悪い。苦しい。



 なんでこんなになる?


 わかる。体の中に原因がある。これが要らない。俺は要らない。気持ち悪い。これが無くならないと落ち着かない。どうやったらこれが無くなる? 吐いても吐いても吐き出せない。


 呼ばれた声に気がついた。

 名前を呼んでくれる。体を労るように撫でて、モロに心配だと言ってる顔。さっきの水飲めは恐ろしくてイヤで少しでもこいつから逃げ出したかったが…


 だ、だいじょーぶだ… きっと。おおお、俺のダチのハージェストなんだから。 う、うああああ。 い、いいよね。 いいよね? ハージェストなら… いいんだよねぇ?  全部押し付けても。



 手を伸ばしたら、しっかり握ってくれたから大丈夫なはずだ。


 

 「い らな。 これ、要ら… な。あ、げ    る」



 再び襲って来そうな吐き気と戦いながら必死で言った。

 なのに、なかなか返事をしやがらない。俺がやるって言ってんのにどーゆーことだよ? ええ?


 手に縋って、もっかい言った。


 「あげ  る」

 「あげ?  あ、吐くのかっ? 戻すかっ!?」


 「桶ですかっ! こちらに!」


 うああああ! ちがーーーーーーーーーーっ!

 

 「ゃ、る」

 「 ? 」


 「ゃ   るぅ」

 「え、 と?  ……うん、うんわかった。 安心していいから」


 起こそうとしなくていいから。冷や汗拭いてくれるのは嬉しいけど先に返事しろ! わかったんならいい。もうわかってなくてもいい。



 手を、伸ばす。意識を、する。

 触れる手に、意識の手を重ねて伸ばして、ハージェストに触れる。


 ここに、あるーー


 確かにある。

 …んだからぁ、これをこうして これをこう。  …ええと、ええーと。 …こう? 違う? え、こっち?


 「ぐぇ」


 吐き気の襲来告知が来た。やばい。また波がくる。



 これが〜〜〜 硬くて。ああもう硬いってぇ。 こっちを引いて。 ここを〜〜〜 こう。



 ……………………………… 反応しやがらねぇって どゆこと? 


 なに、俺が必死に決死のWでがんばってんのに、なんでこいつ反応しないの? え? まさかで俺が下手くそだってゆってる? 上手にやってないって言ってたり?



 ベッドの上、片手を握った状態で俺は奮闘していた。死にそうな状況で、苦痛から現実泣いている気もするってのに。

 なのに何も返しやがらないこいつに、むかっとした。俺ががんばってんのに無反応の事実に苛ついた。動かない事態に怒りでくらっときた。


 くらっときたのが… また気持ち悪いぃぃ〜。


 体は起こせなかったけど、意識の手はガンガン動かしてめっちゃがんばってた! 慣れないってか初めてすることめちゃくちゃがんばってた! 体キツかったけどがんばってた!


 なのに、やっぱり反応しねぇ。


 腹立つ…  こいつ、鈍いンじゃねぇのぉ!? 



 「けほっ… 」


 くる! 

 その前になんとかしないとーーー! 俺の身がもたないーーーーーー!!


 でも、反応しねぇ。



 俺がぁ がんばってんのに! 


 気は焦るが、まーったく動きやしない。なんか泣けてきて嫌になる。



 嫌になったから、どうでもよくなった。


 なったから、やり方変えた。

 優しくさすさすしながら解かそうとしてたのを、どーでもよく引っ張った。ぐいーって引っ張って出来た隙間に力ずくで突っ込んだ。ぐりって突っ込んで、うりゃって動かして幅を広げた。広げた幅が閉じないように、えいって押さえ込んだ。


 押えてできた隙間に、思いっきり突っ込んでぶちまけた。



 ゲロ吐く勢いでぶちまけた。すんごくスッキリした。清々した。



 「 はぁぁふ…  」



 あ、すっげ楽になった〜。握ってくれてる手の熱が繋がりを維持する、気持ちいい。このまま眠りに落ちていけそう。うん、体の中かっる〜い。




         は〜…         おやすみなさい。




 気持ちよく落ちていく中、かすめるように思ったのは、『おにいさんの方に行ったら、こんな事にはならなかったんじゃ?』だった。

 





 眠りの淵に沈んで夢をみた。


 










 

 変われるのなら俺が変わってやりたい。

 

 呻く姿は辛そうで痛々しかった。


 「あげ」に「るぅ」の意味がわからない。声が小さ過ぎて聞き取れない。多分、そう言ってたと思うんだが… 聞き返しても答えがない。意識の混濁かと思ったが、半ば落ちている目はそれでもちゃんと俺を見ていた。手を伸ばして握り締める。


 返事をすれば息をつく。

 もうとにかく安心させるのが一番だ。握り返す手に注意していれば、次第に力が緩んでくる。忙しなく繰り返す速さから徐々に大きなものへと息遣いが変化する。



 「 はぁぁふ…  」


 吐き出された息に安堵を感じた。よくわからんが、ともかく山を越えたようで良かった。だが、原因の究明をしておかないと、また同じ症状を引き起こしたら大変だ。


 血の気がうっすら戻ってきている。医者ではなくレイドリックに容体の確認をさせる。



 「落ち着いたか…」

 「はい、正常に近くなったと」

 


 目に見える変化に皆で心底安堵した。医者が食い入る様に見ていた。

 眠ったばかりのアズサの枕元で会話するのも良くないだろうが、もう傍を離れたくない。絶対に離れたくない。離れる気はない。


 ベッドから少し離れて小声でのボソボソした会話になった。


 「彼が行ったのは間違いなく癒しです」

 「受けてからの悲鳴か」

 「そうです」


 皆で複雑な顔をした。


 「ショック症状と見ますが、今までに同じ症状を引き起こした事は?」

 「わからんな」

 

 皆でため息をついた。医者は頭を抱えた。


 「や、薬草を煎じます、それ一本でいきます! 体力の回復を第一に。今後は取り扱い厳重注意で!!  それと… 手の印についてですが… 」


 

 濁す言葉を促せば、渋面で残りの言葉を押し出した。


 「最初に手当してからの経過時間を思えば、とっくに落ち着かねばなりません。隊長様にも確認して頂きましたが、それがない。まず正規ではなく模倣物。使われた魔力が複数に跨がっている上に妙な混ざり物の感があり歪んでいます。手順を省いた上に使い回した物を拭いもせず再度利用した最低の結果であると思われますが、弟様が行いました者はとうに落ち着いております。作成した者にも聞き出さねばなりませんが、あれは異常です。


 あの印は今もって活きています。

 ですが… 決定後の消去が可能であるとの保証は私めにはできません。あの手についた奴隷印を消す事は私の手には余ります」



 腹の中に氷塊が滑り落ちて凍えた。

 あの手を見た時、おかしいと疑った事実に現実が追いついた。理解に憎悪が膨れて渦を巻き、奥底から荒げる声がする。




 そこから生み出された現実の痛みが俺の身を灼いた。





 「  …    あ あ・あ、    が、 がぁああああああああああああああああ!!  」




 憎悪が身内で暴れ出し、怒りのままに全てを灼き上げる熱に裂かれて、アズサが上げた悲鳴と等しい絶叫を上げて悶絶に床を転がった。






  


「吐く」行為について、一応の記載を。

吐かせる事と水で薄める事がベストではありません。誤飲物によっては危険です。毒性も問題ですが、粘質性等も問題です。上手く吐けずに気管に引っ掛かり、肺に流れると命の危険です。


誤飲が認められた際には病院に連絡して対処法を確認した後、受診する事をお勧めします。




本日の関係性。

その1その2ナチュラル仲良しセット。その他含む。



国語辞典抜粋

相互

①互い ②代わる代わる。交互。  



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