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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
71/239

71 変化

 

十三日の金曜日、四度目〜。 大安。


 


 パタン。


 

 …?


 『様子はどうだ?」

 『眠っています』


 『 玉がな、い…だと。  消滅したのかっ!?   しかし、気配が』

 『さぁ? 上は気にしていませんでしたので、見てません』


 『……気にして見とかんか!』


 ゴッ! ガッ!


 ……?


 『いきなり何するんですか! 兄さん!』

 『殴られろと言うに!』

 『嫌ですよ! 大体、見ていても不明なのは変わりません。対処法を見出せないのも変わりません! 同じ心配で見るなら、寝顔の方が有意義です!!』


 『…………お前なぁ  ふ、もぅいい。 一理はある、だろ。 はぁ、形状が無くなっても気配は残るか。一番厄介な状態に陥ったな』

 『やがては散り消えると思いますが?』


 『楽観も楽観だな。これが散らずに広がるだけなら、恐ろしく面倒だ。用心に窓は開けるな。 それにしても、よく伸びるまで絞めたな』

 『……! してません!!』


 『…現実に伸びとるぞ』

 『ちゃんと注意してました! 医者の方からも「弱ってるから取り扱い注意」と、がっつり言われたし!! それで、それで俺はぁぁあ〜〜〜〜』



 『あ〜、はいはい。わかったから、ぐじぐじするな。お前も風呂に行って来い』

 『別にぐじぐじしているのでは… あ、起きた時、一番に傍に居たいか』


 ガシィ!  ギュウッッ!


 『う! く、く び!』

 『いいか?  風呂に行って、髪を戻して、服を改めて、さっぱりして来い!』

 『 げ、  行、きます!』

 『おう、適当に見繕ってるからな。 威圧する服(仕事着)は脱げ!』



 ……… ?



 『はぁ、はぁ……  本気で締めやが…     すぐ戻ってくるから』







 ………… 何か聞こえたよーな? 何だったんだろうか。俺、TV付けっぱなしだっけ?   ぐぅ。








 「う… ん」


 布団がふかふかだ。


 『ふっかふか、ふっかふか♪ あったか〜くて、ふっかふか♪ ひゃっほーう。きもちいー♪』



 ふかふか賛歌が歌われた。

 

 気持ち良く「うりゃっ」と寝返り打って、ふかふかな感触を堪能しつつ寝直そうとした。 したが! 布団の異常さ加減にバチッと目が覚めた。 俺の布団、こんなにふかふかじゃないってぇの! 


 

 横向きで目覚めた俺の視界には、知らない人が居た。

 

 椅子に腰掛けて、腕を組んで目を閉じていた。



 『…誰?』


 起きずに観察した。

 窓から射し込む光が映し出すその人は、見れば見るほどなんつーか。大人な人だった。


 金髪がゴージャス。足が長い。白いふっつう〜なシャツの襟元から覗く感じからして、筋肉ありますって言ってる。体格が良い人ですな。


 髪の長さや髪型は違うけど、どこかしら雰囲気がリオネル君や…  もう一人に似ていると思った。

 目を閉じた顔は眉間に皺が寄っていなくてもキツい。深く思案にくれる感じに見えたけど、リオネル君が怒った顔にも… 似てるなぁ。


 しかし、それよか服だ。

 白いシャツに黒いズボンは問題ない。材質不明で高そうに見えるけど、羽織ってる上着の方が… 外出用の外套コートじゃなくて、ラフな感じで着てるし室内用だと思うけど… その刺繍がすごい。細かいってかデザインってか、襟元から袖口から胸元に刺繍が施されてる。おねえさんの刺繍も好評だったけど、もっと豪華版。ここ、ミシンとかあるん? あれ、やっぱ手縫い? すげー。

 両手の指には、ゴツいゴールドリングが二つ光ってる。一つにはグリーン系の石が付いてる。四角いカットじゃないですが、エメラルドでしょうか?


 嫌み無く似合ってる。


 絶対高いと思う。一般ピープルの服じゃない。ココに来て、超高級感漂う服っての初めて見た。


 

 そんな事を考えてた。



 閉じてた目がカッと開いて、バチッと合った。

 目の蒼さに、『あ』と思った。



 全部ぶっ飛んだ。 


 『うぎゃあ! ヤバい、マズい! 怖い!! 俺ナンかしたあっ!?』


 合った目は正面から俺を睨んだ。睨む蒼い目は、『殺す』って言ってた。

 

 ………なんだろう、なんだろう。なんだろう!! いつかどっかでこんな事がなかったあっ!?  『合わせた蒼い目が、俺を睨み殺そうとしてる』 そんな事なかったぁぁ!? え? 何の夢見たの、俺ぇ!?


 あるはずも無い既視感が、恐怖と共に俺を襲う。

 怖さに拍車が掛かる! あの蒼さが半端無く怖いんです!



 起きたばっかの心臓がギュッと縮こまってびびったんで! バサッと掛け布団を引き上げた。ぶるぶる震えるが …うーむ、この感じは羽根布団みたいな。


 「 ああ、起きたか 」


 …しまったああ! 目ぇ瞑って死んだ振り、じゃない!違う! 寝た振りするんだったああ!! 完璧起きたのバレバレじゃねーの!   うあ… 失敗した。


 布団の中で悶絶したが駄目だな。思考逃げしてる場合じゃないな。そーだよ。どこだ、ここは。




 慎重に慎重に布団を下げて顔を出し、相手を確認する。さっきとは違って目元が笑ってた。目も… たぶんできっと笑ってる。よな? 


 う、ううう… 見てれば、どーしてだろうか? この人相手に沈黙選択は非常に厳しい気がする。いや、した分だけ恐ろしいような…  そうだな。当たり障りのない基本形挨拶から始めよう。


 「…おはよう、です」

 「おはよう。昼はとっくに過ぎているぞ」



 これまた嫌み無く、サラッと言う。

 立ち上がり、背を向ける。


 その背を目で追うと室内が把握できた。 …よく見りゃ広いね、この部屋。

 座ってた椅子はアンティーク調の肘掛け椅子。デザインラインに金色が光ってますか? 座面に使われてる赤い布には刺繍なのか織りなのか、細かい紋様が見えた。 …高そうだと思った。鑑定の番組に出したら、査定額でチーンチーンチーン♪と良い音がしそうな気がする。


 「起きたからな、伝えに行ってくれ」

 「はい」


 扉を開けて人を呼んでた。他にも何か言ってた。一瞬、クレマンさんの時を思い出した。


 けど、その隙に「いよっ」と身を起こす。



 「だいぶ顔色も落ち着いたな。気分はどうだ?」

 「…平気 です」



 帰って来て椅子に腰掛けたその人は、蒼い目に金髪。

 見れば見るほど似てると思った。いや、年の順からだと、『この人に似てる』になるのか?


 

 ええと、どういう風になってこうなったんだっけ?



 「聞きたい事が山とある。しかし、そちらにしてもあるだろう?」

 「は… い」


 「何度も同じ話をするのは疲れるものだ。人数が揃うまで待ってくれるか?」

 「 はい」


 否定も拒否も想定されていない口調だった。いや、する理由もないんだけどさ。問い掛けで話してたけど、なんかこー… 確定っぽい?のがね。


 「ああ、喉が渇いてないか? 水でも飲むか?」


 少し考える。部屋を見回す。


 「トイレに行きたいです」

 「それは問題だな。起きれるか? …尿瓶が要るか?」


 最後の言葉に笑顔で拒否っといた。 ノーサンキューウッ。


 ベッドの下にあった室内履き(足首まですっぽり入るタイプの滑らか毛付き)を履きまして、トイレに行きます。


 「ほら、大丈夫か?」

 

 その一言と共に手を差し出された。

 さすがに要らんと遠慮しようとしたら、既に腕を掴まれました… 行動が早いです。それとも俺が遅いだけか? ふらついてたか?  室内履きが、ちょーっと合ってないからなぁ。


 「大丈夫です」

 「そうか」


 あっさり放してくれた。


 部屋を出て、廊下を歩いて洗面所へ。廊下でも部屋の中… みたいな。豪華系ホテル内の一室っぽい気がするのは…


 「使い方はわかるか?」

 

 この世界に来て初めましての水洗トイレさんでした。間違えないよう一通り聞きまして、一人でスッキリさせて頂きました。もちろんです。



 出たら、待っていてくれた。…すいません、お手数掛けます。


 「気にするな。寒くはないか?」


 気遣いを頂きつつ、再び部屋に戻ってベッドにリターン。 なんか疲れた? 待て、俺の体力どこいった?





 

 「リリアラーゼ様のお越しです」


 ノックと扉の開閉に女の人の声。

 そこから部屋に入って来た女の人に、『うわあ!』と思いました。


 背中まである金の髪が大きくうねって見事なカールしてる。満面の笑みに、これまた蒼い目が笑ってる。首元には銀色のネックレス。耳には銀色の小さな棒状の物を緩く捻ったデザインピアス。サイドの髪は纏めて緩く後ろで編んでるっぽいから、首のラインもスッキリで良く映えてる。


 あれはシルバーだろうか、プラチナだろうか? それとも。



 スイッとこちらへ歩いてくる姿は、どこのモデルさん?だった。


 オレンジ系の透ける感じもする光沢のあるワンピースは、スカート部分に切れ込みがあって重ねた花びらみたいな裾広がり。焦げ茶色っぽい細いリボンでハイウエストを絞めてるから一層さらふわ? いや、ひらひら?

 肩から焦げ茶色の透けてるショールを纏ってた。ドレスだろうけど… サマードレスってので良いのかなぁ? ショールの色が引き締めてるのか、落ち着いた雰囲気。


 でもこの人が立っているだけで、そこにパッと華が咲いたみたい。可愛いより、綺麗系な人。近づいてくる姿にちょっとドキドキ〜。


 「落ち着いたのね。良かったわ」


 綺麗な笑顔で椅子の左隣に立った。

 こっちに歩いてくる途中で、変に上を気にしてたけど… なんかあるんだろか? 何にもないのになぁ。


 小首を傾げたから、ピアスが揺れて光った。付け根の部分に小さな宝石が見えた。


 綺麗な女の人にジッと見られると、照れる・恥ずい・アーンド、俺一人パジャマでどうしたもんか。病人服〜な感じだから大丈夫か。 そうだ、俺の服はど〜こ〜?



 ちょっと現実逃避したらば、ノックの音もそこそこにドアが開く音がする。


 「来たか、揃ったな」


 声と視線に入り口を見る。

 立っていたのは、あいつだった。走って来たのか、ちょっと息が乱れかけ。


 薄いブルーのシャツに黒のズボン。革靴。腕には上着。首にキラリと光る線を見たから、ネックレス? しかし、一番驚いたのは髪だ。ゴージャス金髪! …もしかして、一番キラってない?


 私服姿だと印象がガラッと変わって… ほんとに『あんた誰?』そんな感じ。まさか、染めたとか!?



 「落として来たから!」


 まじまじ見てたら、笑顔で否定された。 何となく、ちっ。



 足早に寄って来て、椅子の右隣に立つ。


 「お待たせしました」


 俺と二人を等分に見て言った言葉に男の人が頷き、席を立つ。ベッドに座って下半身は布団から出てない、出してない。むしろ掛け布団を握ってる俺に鮮やかに笑う。



 「揃った。待たせたな、自己紹介から始めよう」


 ベッドから見上げた三人は。

 ゴージャスでキラってる見事な金髪・蒼い目・お洒落服着用・背が高くて・どこかしら似ていて兄弟姉妹とわかる。それが笑顔で三人も揃って横一列に間近で並ばれるとぉぉおーーー!


 ある種、壮観でされます。


 『うひぃ! 俺、場違い!!』


 そんな感じがひしひしします… ちょっと、ビクッとした。俺的には… ちょ、…もうちょっと離れてほしい、ような。





 「セイルジウス・ラングリアだ。現当主であるランスグロリア伯爵カイゼルの息子で次期ランスグロリア伯爵と定まっている。このエルト・シューレは俺の個人所有領でな、表立ってはランスグロリアに帰属させてはいない。故に、普段は次期として名乗るノイゼライン子爵を冠している。最もここでは、エルト・シューレ伯爵セイルジウスと名乗っているよ。…ラングリアが家名であるからな」


 笑顔のお言葉です。

 …ご本人様からのお言葉が一番大事ですね。推測、憶測、又聞きは紹介じゃないですもんね。本人からの名乗りが無い人は、顔知ってても友達ではないですよね〜。


 他の事を考えつつも、裏付けが取れていけます。


 「こちらは妹のリリアラーゼだ。普段はランスグロリア領に居るんだが、今回は気晴らしに来ていてな」

 「初めまして、リリアラーゼ・ラングリアですわ。称号には貴婦人レディを使います。私には双子の妹がいるの。でも、お嫁に行ったから家にはいないのだけどね」


 ドレスの裾を摘んでの、素敵な、えーと、会釈をしてくれた。

 映像でも、あんまり見たことなかったです。摘んだドレスの裾を放して動いたから、ドレス全体がふわっと揺れる。流れる動作も綺麗です。


 双子のお姉さんの方ですか〜。兄弟多いんだ。お二人はそっくりですかねー? 並んだら、もっと華やか?



 「弟のハージェストだ。以前は王都の学舎に通っていたよ。今は俺の補佐をしてくれていてな、他にも色々と家の仕事をしてくれている」

 「 …ハージェスト・ラングリア、です」



 肩を叩かれて、名前を言った。

 目は口程に物を言う。唇も、言いたそうに震えたけど紡いできたのは名前だけだった。うん、もう聞いたけどさ。




 さて、どうやら俺の番のようですよ。…どうしますかね?

 あんたほんとに俺の友達?からで、良いですかね? どういう経過で友達?って聞いて良いですかね? できれば詳しい内容が望ましいですが、二人での話し合い方が良さげですが〜 お二人にちょっと出てって下さいとも言い難いですねぇ〜〜。

 二人になったら、出方の計り合いで沈黙合戦になりそーな気もする。


 それに、名前… ね。


 「ノイと言います」


 そんなに驚いた顔しなくても。


 「ノイ? お名前はノイなの?」

 「ノイ、です」


 頷いて肯定したら、約一名が青褪めた。ってか、すげぇ感じで顔が強張った。劇的な変化にびびった。…ベッドの上で気持ち下がったよ。 なんかショックを受けたような顔をされても知らねーって。


 ちょっとね、部屋の空気が停滞したねー… はは。





 

 ポン!


 「お茶にしましょう!」


 へ?


 「そうよ、お茶にしようと思っていたの。夕食には早い時間だし、起きたばかりではそんなに食べたくないでしょう? でも、栄養ある物を食べないと回復が遅れるわ」

 「そうだな、名乗りは終わった訳だ。茶でも飲んでゆっくり話すとするか」

 




 「卓を持って来い」

 「予定通り、お茶にします。甘いお菓子とそれから…」


 部屋の外に人が来たらしい。二人が扉口で来た人に色々言ってた。


 その間、あいつはそこに立ってた。強張った顔のまま寄って来る。


 「えぇ、と。  寒く、ない?」

 「べつに。   グシッ!」


 返事をしたら、寒さを意識した。したら、くしゃみが出た。 …何のお約束?


 「これを。風邪を引くと良くない」


 差し出してくれた上着に要らねーと思う。しかし、弱ってる自覚はある。布団に包まれば良いと思うが二人に失礼だろうか?

 迷った末に受け取って着た。着たら、あったかいと思う。肩の辺り冷えてきてたか〜。そう思うが、どちくしょう!! やっぱ読みどーり、袖の長さがあってねぇぇ!! だーから要らねーんだよ、腹立つぅ!



 「アズサ」


 小さく呼ぶから、熱が冷めた。


 顔を合わせる。目を合わす。意識の疎通を図る。 色々思うことがあるから、視線を落として疎通を切って、ずるずる布団に滑り込んでみた。



 どの順番で話すのが一番良いんだ? 起き抜けでの感情論はさっきやって終わったぞ。二度はしたくねーって。今度は落ち着いて、落ち着いてぇぇ〜。








 「疲れてしまって? 温かいお茶が入ってよ。ミルクとお砂糖を多めにしましょうか? 甘いのは好みでなくて? ね、少しは飲みましょう」



 ちょっと布団に引き蘢って考えてる内に睡魔にトロけかけたっぽい。ハッとして、リリアラーゼさんの優し気なお声に急いで布団から出る。


 何と言うことでしょう! 何時の間にか立派な円卓が! お椅子様にお菓子様方が並んでますがな… そんな音してたっけ?


 そして、トロけかけた俺の為にと急遽小さい四角いテーブルが追加された。


 …病人用にベッドで使うテーブル。いや、お膳? ベッドから出なくて良いそうですが、やけに立派だ。これはアレか! 優雅にモーニングティーとかをベッドで飲む時用か!? ……モーニングじゃないけど、今まさにそれをしようとしてんのか! うわ、すっげー。ベッドで飲み食いすんなって、怒られるのが常識な人間には敷居が高いな。


 テーブルを持って来てくれた制服さんは知らない人だったけど、あの制服だった。

 制服さんは三人に丁寧にお辞儀をしてた。目が合った俺にも軽く会釈してから出て行った。竜騎兵の制服。 そうだ!レオンさんは、あの人はどーしたぁ!



 「はい、どうぞ」


 リリアラーゼさんが、これまた鮮やかな手並みでお茶を淹れてくれた。


 普通、レディってそういう事するもん? させるもんじゃないの? けど、指示してたな。きっとこの部屋まで運んできたのはメイドさんか、さっきの制服さんなのか。


 貴族知識なんて空っぽだよ。

 それも『この世界の』って単語が付くと終わりだよ。



 俺の前に置かれたティーカップは白い陶器で、赤い花と黄色でも尾羽が緑色の小鳥が描かれてた。…猫じゃなかったか、あは。


 中を覗けば、確かにミルクティー。

 にこにこ笑っているが、三人から注視されてるのが痛い。 見守るじゃないと…


 甘い紅茶の香りに誘われると、喉が渇く。


 しかし今更だが、目の前にすると飲むのを躊躇う。飲みたいんだけどさ、飲みたくないとも思うんだよ。飲んだから倒れたよーだしさ。

 でも、「要らねぇ!」とひっくり返す勇気は持ち合わせていない。食い物を粗末に扱う気はない。押し返すのもなんだか気が引ける。見るだけ見てたら視線が突き刺さる。


 「甘いお茶の方が飲みやすいかと思ったのだけど、お水の方が良かったかしら? お水が良いなら、お水にしましょう?」


 その柔らかい声と言葉が断る決断を鈍らせる。


 好意が籠もる気遣いの声。

 俺に淹れてくれたお茶。水より茶が飲みたいですよ。同じポットから注がれて、湯気が上る他のティーカップを見た。


 セイルジウスさんはゴクッと飲んでた。喉が動いた。俺と目が合って笑った。あいつもカップを取って口付けて飲んだ。

 

 迷いつつ迷いつつ〜 高価そうなカップを両手で持つ。

 カップは温かいが包帯を巻いてるから温度差が違う。それで包帯を意識した。意識すれば暗い中で鉄格子越しに見た傷跡が脳裏に浮かぶ。


 変に心がジリジリと押される。

 どうしてかな? どうして今思い出すかな? トイレに行った時は考えなかったのにな。


 その心を見ないように目を瞑って飲んだミルクティーは美味しかった。美味しくて、全部飲み干した。喉が渇いていたのも、よ〜くわかった。飲んだ事を実感する。


 「は、ふ」


 「お口に合ったみたいで良かったわ。もう一杯いかが? さ、このお菓子も一緒にどうぞ。 

 それから、ね? お話しても大丈夫かしら? 横になっても構わないし、疲れたら止めましょう。起きていられるようなら、少しでもいいからお話をしましょう。 ね?」


 俺にと取り分けてくれたお菓子には、陶器に入ったプリンみたいなのや、丸くて黄色いのがあった。シューレでよく食べられるお菓子? ジェフリーさんが作ってくれたのと似てた。


 お菓子を見てから、返事に頷いた。




 







 三年前のあの時とは違う髪型。あの時よりも伸びている身長に、成長から変わった面差し。それがはっきりわかる。三年前のあの姿が重なる。重なった末、成長した姿なのだと理解できる。



 …あの、不安そうな顔。

 信じようか、信じて良いんだろうかと言っている、あの目。どうしようか迷っているのがわかる、あの顔。


 顔に、目に、表情がはっきり映し出されて嘘が吐けないでいる。わかりやすい。嘘を吐こうなんて思ってもいないだろう、あの表情。


 怯えた、あの目。怯えて俺を見る、あの顔。



 ああ、ああ…  うああああああああああああああああああああああああ!!!  間違いない! 



 あれは俺のアズサだ!! 絶対そうだ!! これを間違えるものかっ! 一番最初に見た、あの顔だ!! 俺を見て怯えたあの顔だ!  誰が忘れるか!



 どうしようかと迷う、あの仕草。


 絶対に、そうだ!! ちゃんと夢にだって見た! 俺が喚んだ、俺のアズサだぁぁぁぁあああああ!!!

 




   ぜったい に、 まちがい は、  ないぃぃ!!!






 アズサがどこか躊躇いながらも茶を飲んでいた時、俺は心の中で拳を握り締め、あれは俺の召喚獣だと力説していた。

 はっきり言えば、飛び出してもう一度抱きしめたかった。でも嫌がられたしー。ついさっきもビクッと跳ねて後ろに下がったしー… だが、まだ。


 まだ、だ。




 待ちの姿勢は好きじゃない。後手に回るのは嫌いだ。

 だが、「ちょっと様子見に黙ってろ」と言われると嫌がられた手前、反論もできない。ここで俺に必要なのは忍耐だ。忍耐だ。忍耐なんだ! 出し所を間違えるのはもうほんとにご免だ!

 

 だから今は時期じゃないとひたすら我慢した。苦痛だが慣れだ。

 慣れだ。慣れだ。慣れだ! こんなもん、山を越えたら天国だ!! その後の! きたるべきお楽しみと、そこに至る為の道筋だけを考えて堪えろ俺ぇぇ!!


 テーブルの下で実際に拳を握り締めて我慢に思索をし続けた。

 






 腹に熱が入るとほんと落ち着くんだな。年上の大人な二人が話す声も落ち着いてた。

 あそこじゃ説明は無かったしさ、まぁ〜ちょっと疑って身構えたけど、そんな雰囲気からは遠かった。


 「体は辛くないか?」

 「寒くはなくて?」


 「いいえ」


 否定した後で、借りた高級感漂う上着がしわくちゃになってるのに気が付いた。…わあ、しまったね。



 「聞いた内容から推測もするが酷い目に遭ったな。此処はエルト・シューレの領主館で、領主の俺が居る以上危険はない。安全を約束しよう。だからな、心配するような事などないぞ」

 

 …安全保障がついたようです。力と自信に溢れた声の言葉は強かった。


 「ノイ…ちゃん、でいいかしら?  あなたはどこの生まれなの? 手の怪我も… どうしてそうなったか、あなたがわかる範囲でお話して貰えて?」



 わお、ちゃん付けですか。…まぁ、気にしてもらってんですかね? それよか話を進めますか。どこ?は大変なんで逆順からでもokですよね?


 『異世界から来ましたぁ』

 これから始めるのは、良識的にどこかものすごく辛いんです。


 えー、お二人がダチのにーちゃんとねーちゃんであっても〜。 …ダチ。 ダチ? ……俺を見殺しにしようとした奴の?  ほんとうに、しんじても?



 ハッ!

 いやいや、俺は此処で生きていく事を選んで来たし。助けて貰わないと死にそうです。だから信じて大丈夫、だよ… なぁ? いや、そうでないと本末転倒な話で。





 ……おかしいですね、何を思ってなかなか言葉が出てこないんでしょうね。口を開けても閉じてしまう。唇を湿らせて開いても迷う。 …俺、こんなタイプだったっけ?


 手を握ったら、包帯の中で皮膚が引き攣れたのかツキンと痛みが走った。その現実の痛みが促す。


 『安易な言葉に飛びつくな。自分の為に、その言葉を疑え』


 









 「アズサ」


 小さな声。心配そうな顔で、一人椅子から腰を浮かせかけては座るを繰り返してた。手が上へ下へと宙ぶらりん。ある意味、面白い。



 名前。俺の名前。

 あいつは知って呼んでくる。さも当然の様に俺の名前を呼ぶ。ノイって言ったのにさー。変に根性あるよなぁ。



 『会ったら、絶対わかるから』


 俺に力説し続けたおねえさんの声が割り込んでくる。あのにっこにっこの笑顔。思考に感情が混ざって、あっちこっちに飛んでごちゃごちゃする。繰り返す痛みの警告に、感情の一つが叫んだ。


 『うるさい。考えるな、上がりだ!!』

 『そうだ、上がりだぁぁ!!』


 どんっと居座って怒鳴った。対した理性の欠片がずいっと大半を押し退けて唱和した。




 上がり。

 なんのこっちゃと思えば、思い出した。 そうだ。





 自分クエスト・1 『ハージェストを探せ!』 


 クエスト内容 友達探し

  名前 ハージェスト・ラングリア 性別 男 年齢 同い年程度 金髪 蒼眼  黒い犬

 捜索方法

  降りた場所の一番大きな街に行って、一番偉い人に会って聞け。

 備考

  会えば、一目で相手が認識する。



 自分入手情報

  エルト・シューレ伯爵領 → 領主代行イラエス男爵 → 竜騎兵 → 警備兵 → ランスグロリア伯爵 → エルト・シューレ伯爵(金髪・蒼眼)

 現在状況

  エルト・シューレの領主館にてエルト・シューレ伯爵から本人を紹介され済み。



 提示条件を入手情報に基づき正しくクリア。


 たっせい・しゅうりょう〜♪



 達成報酬

  自分クエストにつき、報酬金無し。但し、一緒に勉強すれば言語習得の大幅な向上が見込まれる。









 ぺららららっとファイルが繰られた感覚でなんか出た。

 今までに積み重ねた蓄積情報が組み上がって脳内を駆け巡って、これまたゲームで馴染んだよーな効果音が勝手に流れて終了した。




 「あ、は…  は」



 スッコーンと落ち着くってか… 脱力した。 ゲーム音を思い出す辺り、まだ余裕あるんじゃね?



 他に余地がない。

 俺がここに至るまでどんな想いをしたかとか、どんな目に合ったかとか。クエストって事に換算した時、結果だけだった。ゲームだったら報酬と引き換えで終わり。その間怪我したとかあっても入らない。


 ゲームなんかしてないけど。

 それはそれ。あれはあれ。これはこれ。


 備考で引っ掛かるけど、リオネル君の時と違って正面から顔見てないんだよな。



 …疑えと思う自分の気持ちは確かだけど、こいつかと思うとがっかりしてる気持ちも確かだけど、下手すると全部こいつの所為って思い込みかけてる自分。



 こいつが早く動いてたら、俺がこんな目にはーー


 そう思う自分がいる。

 全責任を押っ被せようとしてる。理解した上で疑ってる。 ってのは… やっぱり身動き取らない馬鹿ですか? でも、『こいつがぁっ』て思った時点で他の事はポンッとどっかに飛んでった。

 

 感情… なんだよなぁ。


 上がりって思ったのも感情ならどーなんだか。…いや本能?

 考え過ぎで死ねそうです。出し所を間違えそうになってました。繋がる糸も絡むと腹立ってぶち切りそうになるもんですよね〜。  …会えなくなる。ヤバいって、びびったくせにさー。 


 は、ははは。   はぁ。


 







 自分のダメさに笑える。

 これからを繋げようとしてんのにねー。


 自分が思い込んだら一直線の馬鹿じゃなくて、ガキじゃなくて良かったと思えた時、変な感じがした。



 何だ。  胃が… 痛い?


 腹を押える。 


 しかし、よくわからない。 擦っても別になぁ?  …まぁ、いいか。





 「あの、」


 顔を上げて、三人を見て、口を開けて、話そうとしたら、内側から突き上げられた。腹の中からぞくぞくとしたモノが駆け上って、背中が伸びる。反り返る感じで腹と喉を押えた。


 「か、  こふっ」



 突き上げに空気が出た。自然に肩を窄めて体を縮めて丸くなりかける。

 吐いた。



 「  げ、げほっ…  ぐ、  ………っ ぁ 」



 口を押えて、体を捻って横を向く。


 ゴツッ 


  コッ、ゴトン!   カシャ!



 テーブルの足に体が当たる。片手でグイッと押しやったら、ごめんなさい。ギリでベッドから落ちて鈍い音を立てた。 


 「カー ペット、が」


 吐き気が上がる。押えた口からドクッと溢れてくる。

 トイレに行って吐く!と思っても保たない。突然過ぎてどうしようもない。掛け布団の上に吐き戻した。


 「げええっ!」




 吐いた。吐いた。吐いた。

 胃が蠕動運動を開始して、早く内包物を吐き出せと迅速且つ的確に行動を移す。


 胃の中には、さっき飲んだお茶しかない。

 なのに、どうしてと思うほどの水分量が吐き出される。下を向くだけで腹を押された様に吐く。上を向けば吐いた物が口から溢れて喉を伝い皮膚を滑る。押えた手からも伝い落ちて上着の袖口を汚してく。体の内側から込み上げる吐き気が治まらない。迫り上る胃液が苦い。吐いても吐いても、もう何も吐き出す物が無いはずなのに、まだあると吐き気が込み上げる。止まらない。苦しくて苦しくて、苦しい。


 なん、で? なにが…



 「は、はあっ  う、げ。   ごっ、ごふ  」



 体の奥底で 『これはいらない』 と吐き捨てようとするモノが在る。


 それが体に留まって出て行かない。

 異常を示すモノがあるのに、体の中に陣取って出て行かない。体の内側を灼き上げる痛みが繰り返し訪れる。胃が引き攣る。体が震える。急激な体の変化についていけない。


 悶絶する体力もなく単純に気が遠くなった。




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