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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
70/240

70 思惑に行動を

      

 「落ち着いた… か?」

 「そうでは ないかと、思われ  ますが… 」

 

 俺以外の三人は、完全に肩で息をして疲労していた。


 返事をしたロイズの目は疲れから細まり、顔は苦痛に歪む。言葉の合間にも整えようと必死だが、肩を上下に揺らして体全体でひゅうひゅうと息を繰り返す。

 ステラの方は震える体を支えられずに、ガクリと両膝と片手を床について、片手で胸を押えて苦しそうに目を瞑る。顔は下を向き、口を大きく開けてぜぃぜぃと息を零す。


 「ステラ、大丈夫?」

 「は… はい。  だい、じょう ぶ…で、す。 申し訳ありま  せん」


 唾を飲み込み体を奮い立たせて手を差し伸べる妹に、必死で頷く姿。

 ステラが一番疲労したかと唸る。ステラは護衛もできるし武器も扱うが、特化は守りだ。それがこんなにも疲労している。


 「謝る事などないわ」

 「いいえ。リリー様が支えて下さったから、もったようなものです。 はぁぁ…」


 足を震わせながらも身を起こし、立とうとする姿に無事と判断する。部屋を見直せば、美しくも恐ろしい、あの金と銀の二光の輝きは失われていた。


 ふと、顔に手をやれば汗がつく。

 額からツッと伝い、ポタッと落ちる。落ちる汗にやられたと思う。



 『この俺が、こんな短時間に』

 

 そう思えば笑えるな。如何なる対処にあっても、こうも後手に回った事など無いのにな。しかし、圧は消えた事に脱力する。


 「はっ…」


 目を閉じ、天を仰ぐ。

 まだ微かに乱れる息を細く一息に吐き出して、グッと握り締めた手を開く。ゆっくりと目を開けて、見えた現実の直視に引き攣った。


 「…うお」


 金と銀の光は失われていたが、黒玉は変わらずに存在した。



 一体、何時の間に天井に移動したっ!? 力の圧は放たれていないが、力の重さが全く変わっとらん! むしろ、明確になっただと! …嘘だと言え、でないと俺の心臓が萎縮するかもしれん!



 透かさず、ベッドを凝視した。

 すれば、横になって目がトロ〜ッと落ちかけているのが見えた。弟が長靴を脱ぎ飛ばして、そろそろと膝立ちでベッドに乗り上げ手を伸ばす。唇が動く。


 『眠っていい』


 そんな風に読めた。頭に手をやり、静かに髪を撫で始める。



 ……ハージェスト、この上なく幸せそうな顔してるがな。お前、上の状態がわかってるか!? わかってないだろうが!



 ふふ… ふはははは。  正に見下ろされているな。いや、監視か?




 「セイル… ジウス様」

 「ふ。アレは何時に成ったら、どの様にして消滅するんだろうなぁ? ロイズ」


 見上げて青褪めるロイズの喉仏が、ゴクリと動いた。


 「え? そ、そんな」

 「う、嘘でしょう… 」


 後ろから、二人の震えた声が聞こえた。

 窓から射し込む光は夏に向かう日射しであるのに、ちっともその恩恵を齎してないのが不思議だな。おかしいな。


 「あれで完成形とか言わんよな」

 「…………あ、あまり聞きたくありませんが、いえ、知らねばとは思いますが、 あの力の方向性は何なのでしょうか?」


 「眠りに落ちかけているあの子を叩き起こして聞いてみるしかなかろう?」

 「お兄様、死にそうなので今は止めて下さい」



 天井付近に浮かぶ黒玉。

 脅しの嫌みを含んで、実に楽しい光景だ。俺も笑うわ。


 「あの子に魔力はないと見る。それでも、質は見えるか? あの黒玉とあの子の質は同じに見えるか? 無理をさせるが、リリアラーゼ、視えるか?」


 「え? …あ。待って下さいな」


 ステラから身を離し、視る為に姿勢を正す。始めた妹から視線をあの子に移して考える。



 「 …お兄様、魔力の流れは見えません。怖いモノははっきり見えますけど、他は。 あれが常の状態なのかどうか、それもわかりかねます。そして、あの子から黒玉と同質と思えるモノも感じられません。 …私には力の片鱗がわかりませんわ」


 「そうか…」

 「ねぇ、お兄様。 ハージェは幸せそうな顔をしていますわね」

 「ほんとにな」

 「どうしてでしょう、なんだか無性に殴りたいですわ」

 「ほんとうにな」


 俺とリリーの視線が同質なのは当然だ。互いの声が低くなり、剣呑を帯びるのも当然だ。



 「リリー、先に来ていたが何か聞いているか?」

 「残念ながら、さっきの言葉と見たままのあの態度だけですわ」


 俺とリリーの目が半眼で生温くなるのも当然の事よ。


 変わらず髪を撫でている嬉しそうな顔の弟。

 どこかで「良かったなぁ」と頷いている自分と、「この非常時になぁ!」とドツキ回してやりたくなる自分がいる。どちらも正しい自分の感情だ。


 本当に早くこちらへ来て、あの黒玉を見ろと言いたい。この現実を見据えんでどうする!



 この面子の中で、正しく力の重さを計り得たのは俺だけだろう。

 あの力を俺が操る事は…  おそらく不可能だ。純粋な力の引き合いが、力量の差を、保有量の差を示す。肉身を持たぬ純化の力と考えれば不利な事、この上ない。組まれた力と理解できるだけに忌々しくも思う。だが、あんなモノに小手先の技が効くか。


 …今一度、試みたいとも思う。己が力で捩じ伏せたいとも思う。試す前に不可能と決めるのは口惜しいが、判断できんと馬鹿をみる。



 この俺が。

 この俺が膨れ上がる力の大きさに、その重さに怖気おぞけるなんてなぁ…   あ〜、俺もまだまだか。こんな形で思い知るとは、な。


 それにしても、物を使った様子はなかった。しかし、何かしたとも見えなかった。ならば、あの力はどこから発生する?



 じわりじわりと力を発して広がり示す、黒玉の力に思う。


 魔力無くして、あんなモノを保持できるか? 否。最初から持てんか、身が潰れる。しかし… 一概には言い切れん。持てる様に持たせば良いだけだ。



 与えた奴がいる。力を与えた奴が。


 持てぬ者に持てる様にして与えたとするならば、それは誰か? 一番単純に考えれば、親だな。


 は、はははははは。 親の乗り込みか! 出入りか!!  はははは! 最高に最悪だな。対処法が見出せない中で立ち向かえと言うのは、死ねとしたもんだぞ。



 眠りに入ったあの子を見て思う。

 ナニをしていたか不明だが、確かに何かをしていた。それは過去に繋がる。何かをしたから、力を封じた。何かをしたから、犬が生まれた。


 今のがそうであるとするのか? しかしだな、それで正解なら… 色々他にも思う事があるが、うちの召喚獣なのか?  ………うちの子なのか?


 もし、今のが弟との見解の相違に依る喧嘩なら… 俺はとばっちりを受けてるのか? 何かあったら、家ごと巻き込まれていくのか?  は、はははは…


 参ったな。兄は頭が痛いぞ。

 

 ともかく原因の探求をせねばなるまい。そちらが優先だ。それで片が付くはずだ。


 …この力が他家に移って、我が家との敵対勢力となったら恐ろしいなぁ。あ〜、嫌だなぁ。それは避けたいなぁ。惜しいとか何とか後からぐちぐち言い出したら、みっともないなぁ。しかし、形振り構ってられん時は、構わんけどなぁ。そうなったら… 感情が原因なら拗れそうだなぁ…



 「ふ、ふぅぅぅ〜〜〜〜〜 」


 「あの、お兄様」

 「ん? どうした」





 …… バタァンッ!



 ………・ダダダダダダダッ!!   ガシャ、ガチャン!



 ダァンッ!  ドンドンドンッ、ドン・ドン!!



 「次期様! 如何なされましたか!!」

 「何があったのです!」



 ドンドン! ドカッ ドカッ!!


 「開かん! 鍵かっ!?」

 「内側からっ?  …! まさか、界を張られているのか!  くそっ! 早く内部の確認を!」

 「お前らぁ、他は捨てても構わん! 第一はこちらだ!呼んで来い!!」


 「直ちにっ!」


 ドカンッ!


 ダッ タタタタ……


 最初の扉を叩き付けて開いた音から、寝室に至る廊下を走る足音。扉を強打する音。叫ぶ複数の声。そこから、ドアノブをガチャガチャと繰り返し回す音に、開かない扉に向かって体当たりで開錠を試みる力強い音と蹴りを入れる音。



 「切り上げよ! 集結せよ!」


 叫びながら、館内を走り戻って小さくなる足音。

 


 静かな室内は、突然の怒声と暴力の音に晒され平穏は破られた。


 「な、」

 「え? え、え? ルーヴェル!?」


 「あ、あれはレイドリック様のお声では!?」

 「待って下さい!」



 

 ガシャアアアアア…  ン !!



 「 ひっ! 」




 扉の向こうに居る者達は、皆が優秀である。

 騎竜兵は魔力や体技その他にしても、能力に秀でた(エリート)集団なのである。仕える主君の魔力を読み間違える者はいないし、余程の事でなければ見逃す者もいない。もしも見逃す事態となれば、自分の命に関わる。


 彼らは今、一つの仕事を終えて帰還した。落ち着きつつあるが、その熱は冷め切っていない。その感覚は平時以上に鋭い。



 結果、彼らは内に向かい抑えられていたセイルジウスの魔力を感知した。


 最初は僅かな物だった。周囲には仲間や警備兵が集っている。

 警備兵達に対して特に親しみはないが、つい先ほどは共に行動した者達である。そして、主の領地が一つに討伐の助け手として来たのである。親交の一つも計るのが大人の対処だ。祝賀でもないが、気が緩んだ感じで話し合いを持ちながら屯っていた。何せ、領主館内の事である。


 感知に、『どうかしたのだろうか?』程度の思考だった。


 しかし、気配は止まない。むしろ増大した。この瞬間、彼らは最悪を想定した! それは、『残党が紛れ込んだか!!』である。


 

 この時、帰還連絡を受けたルーヴェルは、レイドリックを迎えに出ていた。


 ここに角馬の厩舎はあれど竜舎はない。厩舎内に多少の空きはあっても、馬と竜を共に居させると馬が心痛で暴れて死ぬ。下手をすれば普通に食われてご馳走様だ。

 良い事に土地はある。仮設建設させたが次にくる小隊までは入り切らない。連絡も来たので、新たに手配せねばならない。

 前以て、領主館に勤める役人達と取り合わさせていた彼は、不備の確認を含めて増築した仮設竜舎へと迎えに行ったのだ。



 「現地の繋ぎの顔を知るお前が中継に立ってくれ」


 この一言で後始末を粗方引き受けてくれた彼に感謝と、その後の状況確認に、その他諸々の情報交換をしなければならない。隊長格同士での話し合いを道すがら始めたようとした矢先であった。


 二人は魔力の増大を感知したその場で指示を飛ばした。考えられない事態に怒声を響かせる。立っている地点でザッと切り分け、竜騎兵と警備兵の混成に外部への逃げ道遮断から何からを任せ、館内に三十名程度の騎兵を引き連れて一気に駆け込んだ。


 二人が共に先頭に立って駆ける。

 先に居るルーヴェルにしても本館の奥の客室へは馴染みがない。レイドリックにしてみれば、初めて訪れた領主館である。迷っておかしくない場所でも、二人は迷わない。

 半端無く覚えた力を追跡し発生場所を見極め走り、部下が追随する。その間にも館内の要所要所で、組に成って人数が分散していく。それは襲撃、もしくは敵の逃走を阻む為に備えての行動だ。

 


 そして、清流の間に辿り着き、その奥にある寝室前に到着した。


 彼らはエリートである。戦闘のエキスパートである。とろとろ行動したりしない。緊急を要する現場では、即断即決即実行を旨とせよ!だ。


 普段なら、結界に綻び等有り得ない。そんなモノを作り出しはしない。その結界が撓み緩み解けかけている。


 不安定な結界を見て取り、『有り得ない!』そんな想いを抱いた彼らは最悪を想定し即決した。解術よりも、結界に結界をぶつけて消失させる荒技に出た。総ては主家の為である。


 だが、非常に音が悪かった。


 結界同士が力の軋轢に奏でた音は硬質だった。


 その音に反応した者が一名。

 とろとろとした微睡みの中で響いたその音は、暗い冷たい地下牢で聞いた鉄格子を蹴る音と酷似していた。








 小さな引き攣れる声を上げた姿に、咄嗟に掛布を引き上げた。頭から被せて耳の辺りを押さえ込む! 己の体で庇う形で何も見せない! 


 『ない、ない、ない、ない。何にも無い! だいじょーぶ、だいじょーぶ』


 呪文が如く繰り返す。刷り込ませようと小声で続ける。



 音の発生源である入り口を睨めば、激怒する兄と姉が居た。姉が得物を取り出そうとする姿に『止めてくれ!』と強く願う。姉の得物は振るえば静けさとは程遠い。


 「リリー、止めろ!」

 「ですがぁ!」


 同じ事を考えた兄が止めてくれて助かった。

 



 「静かにせんかぁあ!!」


 その一言と共に兄が力を放つ。


 『ヤバい、アズサが起きる! マズい、見たら怖がる! その声が一番でかい!』


 胸中で思うが、声には出さない! 最早、行動あるのみ!


 頭から被せた掛布ごと、ぐるっと回して持ち上げて、がっちりと抱く。

 頭から押えて腕の中に抱きしめ、雑音は聞かさない見させない。そして、ひたすら大丈夫だからと掛布に向かって囁き続ける。


 「怖いから帰る」って言われたら、どうすれば良いんだ! それでなくても最悪だってのに!







 結界の衝撃音に事態を把握した俺は、即座に界を解いて容赦なく部下に向かって力を放った。強制的に止めさせる為に、重力式で勢いよく体を引き摺り倒す!


 「うおっ」

 「え?」

 「あっ!」


 ベシャッ! ベタン! ビタンッ! 



 素晴らしく良い音が複数回した。が、さすがに隊長格は違っていた。

 引き摺られる力に「え?」と思いながらも部下とは違う。着地に失敗した蛙が腹ばいになるよーな姿勢は取らない。踏ん張った。


 踏ん張っただけ最悪だった。


 まず、ルーヴェルは体勢が悪かった。力に負けた彼は膝から、ごろっと転けた。妙な体勢で膝小僧を打つ。受け身も取れない。転けた先も悪かった。レイドリックが体に躓いた。引く力に従い、彼もまた倒れかける。

 だが、根性で足を伸ばしてルーヴェルの体を跨ぎ、ダンッと床に片足を着く! しかし後ろの足は引く力に負け、ルーヴェルの上に落ちた。


 「ぐあ!」


 帰還したばかりのレイドリックは、きっちりと略式の鎧を着込んでいた。重い。その膝がルーヴェルの太腿の後ろを襲撃した。


 悲鳴と現状に倒れまいと前のめりに移動したが、体に掛けていた力の分散により引き摺られて、跨いだ方の足の踵でルーヴェルの向こう脛を蹴り上げた。


 「がぁっ!」

 「だああっ!」


 弾んだ重心移動に従い、足を縺れさせて前に倒れる。


 レイドリックは二度、弾んだ。

 半端な受け身の体勢で前腕を打ちつけ、ドカッと回って肩と上腕が犠牲になった。鎧が重い分だけ、衝撃も強かった。


 一度の衝撃で済んだ部下より、二人の方が被害甚大である。



 

 「今するな!  静かにしろぉ!」


 誰がしたのかわかるだけ、部下からすれば理不尽な叫びであった。

 対して言葉を返そうにも、押さえつける力に声も出なかった。不様に痛みに呻く声すら出せない分、面子が保たれて良いのかもしれない。







 自分の怒声にハッとして振り返れば、弟が丸めた掛布を腕の中に囲っていた。顔も何も掛布以外完全に見えん。 ……大丈夫だったか?


 少し間を置いても反応はない。ほっと安堵したが、安心は訪れなかった。



 「お兄様… !」


 目を見張き手を口元に当て、天井を見上げる妹の姿に視線を上げれば… 消えたはずの金と銀の二光が薄く煌めいて降ってきた。



 キラリキラリと舞い落ちてくる光に…   嫌になるなぁ、最初に戻ってない事を祈るわ。


 俺の力に反応したのか? それとも、あの小さな悲鳴に反応したのか!? どっちだ! いや、どっちでも良いから、そろそろ消えてくれんかなぁぁっ!?



 ジリジリと圧し始めてくる力に、薄く煌めく二光。


 手を振って固く握り締め、力を張りたい所を堪える。反発作用なら出すだけ自滅だ! しかし、座しても同じなら、自滅覚悟でぶっ飛ばすのが俺の主義なんだがなぁ!!



 「どちらに!」

 「ご無事ですかっ!!」


 こちらへ向かってくる複数の足音に噴き上る声。


 ぐあああああ。 

 今は来んで良いと強く思う。本当に来るな。何の為に俺が頑張っていると。



 ロイズに視線を飛ばし、顎で示して止めて来いと命じる。

 頷き即座に倒れた皆を跨ぎ飛び、扉に向かって走ったロイズが急いでも静かに閉めた「パタン」と小さく響いた音に、ひっじょ〜っうに安堵した。



 「セイ ルジウス さ、ま。 な、ぜに」

 「あ、の ちか、    え?」



 「「 うぇぇぁあっ !? 」」

 



 視線を上げ、俺を見る。

 その視線がもっと上がって問題のブツを発見し、驚愕に目を剥く。


 お前達がわからねば、俺は泣く。

 …ああ、なんて疲れるんだろうか。ハージェスト、お前も好い加減こっちに来んかぁ!






 「良いか、騒ぐな。力を出すな。狼狽えるな。わかったな。 …怪我の治療は後でな」


 真顔で頷く部下は物わかりが良くて助かる。


 「は、あ〜〜〜っ。アレはなんですか…」

 「セイルジウス様。残党が入り込んでいた、のではありません… ね?」


 「うげ…」

 「力が…」

 「魔石… じゃない、な?」



 ああ、そっちで焦って来たのか。使える部下であるのに、すまんかったなぁ…



 「残党ではない。アレについては確認する所だ。とにかく騒いで脅すな。ハージェスト、その子も落ち着いただろう。話ができん、放してやれ」



 新たに加わった部下五名に言い含める。

 ハージェストが小声で話し掛け、掛布を剥いでいくのを見守った。



 ………………寝顔を見た。うむ、黒い髪だな。

 しかしだなぁ。眠っているとするよりも、『きゅっ』とされて伸びている。そんな感じに見えるのは、どうしてだろうなぁ? 弟が駄目に思えるのも、どうしてだろうなぁぁ? おっかしいなぁぁぁ…



 天井を見上げれば、降り落ちていた光は止んでいた。



 「…もう、そのまま寝かせてやれ」


 今の事態も大概だが、なんだか妙に… こう、可哀想な気だけした。



 「お前達、事態が収拾するまでは、彼についてもアレについても沈黙するように。騒ぎ立て、全てを無に帰させたら泣かせるからな。 か・な・ら・ず、泣き出すまでシめるからな。 簡単に泣き出したら、もっとシめるからな」


 真顔で言えば、速攻で引く部下が可愛いと思う。


 「リリー、顔色が良くない。ザッと湯にあたって来い。ステラ、誰ぞに言って支度をさせろ。お前も体を温めて来い。身が保たぬなら、そのまま下がって休め」

 「はい、直ぐにご用意致します」

 「お兄様。その子が起きましたら、私も同席を望みますわ」


 「大丈夫か? 無理はするなよ。だが… そうだな。家に係わる事になる、できれば居る方が良いだろう。 その為にも一息ついてこい」

 「そうします。外の皆を鎮め、一旦部屋に戻ります。ロイズは如何しますか?」


 「あれも疲労した、使えん者が居ても面倒。休めと言え」

 「わかりました。必ず休んでから動くよう命じておきますわね。聞かない場合は部屋に押し込めましょう。レイドリック、お兄様の補佐をして頂戴ね。ハージェ、後で説明するのよ」


 「ルーヴェル、リリーと共に行って鎮めて来い。ロイズでは下がらせても、燻っているだろう。お前達三人の内、一人は先触れに行け。一人はルーヴェルを支えてやるように。残る一人は扉番に立っていろ。誰が残るかは、お前達で決めて良い。ルーヴェル、足の治療もしてこい」

 

 三人の目が対処に素早く交差したのを、頼もしく笑って見たさ。

 






 「皆、出ました。ご説明を」

 「ああ、大した事はわからん」


 レイドリックと力の衰えを知らぬ気な黒玉を見上げて話す。次いで、ここに来る迄の報告に、アレをどう見るか話させる。一向に話に加わってこない肝心の弟を振り返った。



 縒れて皺になったシーツをサッと整え、その上に寝かせ直し、掛布を掛けてやる。



 甲斐甲斐しく世話をしていた弟は、今度は添い寝をしていた。非常にゆっくりとしたリズムで、ぽん・ぽんとゆる〜く叩いていた。



 安心感を与えようとしていると思うのだが… ある意味必死なのは理解するが、正しくもどこかでズレてないか? まぁ、布団の中に入ってないだけマシだが、あまりの機能不全に軽く駄目出ししそうだ。



 しかし、その姿に昔を思い出す。

 三人で遊びに出かけて、途中でリオネルがズッコケた。足を擦りむき痛みに呻き、置いて行かれると泣きかけた弟を腕に抱き上げて背を叩いた。ハージェストが、「置いて行く訳ないだろう」と笑って慰めた。


 懐かしい記憶だ。


 それにしても、レイドリック。その妙な物を見た顔をするな。


 「ハージェスト…」



 「何ですか? 兄上」



 二呼吸は遅れた返事に、『兄さん』でも、『兄』でもなく、『兄上』と呼ぶ所に心情の位置が計れるが! 構っとれんわ。


 「ふ、兄が優しい忠告をしてやろう。その子が目覚めた時、馴れ馴れしいと怒って嫌われんと良いなぁ」


 ビクンッと手が止まる。

 静かに黙ってベッドから降りた姿に、唇を上げて笑っといた。











 「ご苦労。ハージェストが居る、アレについて酷く気を揉む必要は無い」

 「後で交代させる、それまでは任せる。お三方の命以外で人は通すな」

 「わかりました」



 廊下を歩んで考える。


 寝室から続きの間に移動して話をした。

 あの時以外、名を口にしない。決定を口にしない。「彼」としか言わない弟に、やはり召喚獣かと思う。だがなぁ… 人に見えたんだがな。直接言葉を交わしていないし、寝ていたからな… 妙にわからん。リリーは名に反応しなかった、気付いてないとするより覚えてないか。

 

 あの黒玉が浮かぶ限り、誰かが居るに限る。最適なのは弟だ。それは間違いない。大体、あの暴圧の中で傍にいて、影響を受けずにいられるのは何故だ! 中心地にいたからか!?



 …こんな状態で、黙って起きるのを待つのは苦痛だろう。


 だがな! 黙って待っていれば全てが判明して都合良く終わると思うなよ! 誰が調べると思っている! 問題を持ち込んだ奴が何一つせずに居て良いと思うなぁ!


 だがま、俺は兄だ。

 弟が泣きっ面でいる時に、どう出るか眺めているだけってのもな。差し伸べて欲しい時に、差し伸べられる手こそ有り難い。成長が望ましくとも、出し時を間違えたくないな。…兄をしているよな、俺は。



 「レイドリック、さっきの三人はお前の麾下だろ?」

 「そうです。残念で有り難い事に経過はさっぱり掴めません。ルーヴェルの方に聞き出しません事には」


 「こんなモノは広がらん内に仕留めんとな」

 「それはそうですね。あんなモノ、見せられたら恐怖です。ですが別で広がってますよ」


 「あ?」


 まじまじとレイドリックを見れば、まじまじと見返して来た。


 「滅多に無い事をなさいましたので、お忘れかもしれませんがね。 サンタナ子爵麾下のこの地の警備兵達はどうでも、自分やルーヴェルの行動に全竜騎兵は反応しております。加えて、セイルジウス様の力も捕捉しております。その力が防御に類する結界陣であった事も、おおよそで当たりをつけている事でしょう。


 長の付き合いです。自分は沈黙せよと言われましたら、沈黙しましょう。右を向けと言われたら、右を注視するよう心がけましょう。

 しかしですね、セ・イ・ル・ジ・ウ・ス様。 今回、力を示したのはあなたです。あ・の・あなたが守り重視に動いたんですよ? ナニがあったか、皆知りたいに決まってます。理由が不明なままでは、不信… と言いますか。不安と言いますか。

 はっきり申し上げれば、不安の中から払拭の為の好奇心がうずいて顔を出して連中調べる為に独自で動き回りますけど? 無能は要りませんからね」

 

 レイドリックの真剣な表情の中に生温いナニかを見た。


 「主原因を公然と出せない以上はですねぇ。えー、あれだけ力をお使いになられた理由。何にします?」



 はははは。俺が力を使った理由探しか。考えても、有効な理由が直ぐに浮かばん。 …なんでこんな事に苦悩せねばならんのだ!? 兄だからか!?



 「ま〜、何分あなたの事ですから」


 ヌルく笑う顔に薄く笑い返す。


 「適当に言って、風呂に行くか」

 「あ、体が冷えましたか?」

 「いや、変に熱いんでな。水でも被って冷やす」


 「はあ!? あんな事態でどうして熱いんです! まさか、どこか…!」


 「いや、あんな事態に直面する事なんざなかったからな。変に興奮して下に熱が溜まったんだよ」

 「………………… あ、ああああ! そんな人でしたねぇ、あなたはぁ!」


 「ヌくよか、冷やす方が早かろうが」

 「あれっだけ力を放出したら、普通の者ならぶっ倒れている所でソッチかよ! 余裕が有り過ぎで! 本気で頼もし過ぎてイヤんなるな!」


 「ガキじゃないんだ。生理現象の一つにガタガタ抜かすなって」

 「呆れたと言ってる!」


 「あ〜? 何を今更な」

 「 まぁ… そうだった、な。 あはははぁぁ…」








 セイルジウスは館内に並ぶ者達に頷き、表に出る。

 館を出れば庭から通路から整然と立ち並ぶ兵達に向かい、力強い声で告げる。


 「苦労であった。先の事態に荒立てる事は無し。暫し、休息に身を委ねて爪を研げ!」


 相反を告げて終わらせた。



 「風呂に行く。聞きたい事があれば直に来い」


 そして、二人は共に兵舎とした別棟の風呂場に行った。

 その姿を見送る竜騎兵達は納得しても、警備兵達の方はどう対処すべきなのか戸惑った。しかし、上に位置する竜騎兵の態度と、領主代行で慣れ親しんだイラエスが直後に発した号令により落ち着いたのである。















 忘れてはならない大事な黒犬の行動を記しておこう。


 ベッドから降り、駆け寄ったアーティスは皆の一番後ろでぶるっていた。

 一番近くに居た為に、一番強く恐怖を感じてしまった可哀想な大きな犬である。尻尾を巻いて震えていた。


 最後堪え切れずに吠えた声を訳すなら、『こわいぃぃ!! やめ、やめ、やめてぇぇ!』だ。この先、命令口調で止めろと言う度胸はない。


 暴力そのものな圧が収まり、気が抜けた。

 眠り始めた姿に「傍に行って一緒に寝ようかな?」と思いはしたが、あの力は怖かった。考える。眠りを邪魔して怒られるのは嫌〜っと自分を正当化できる理由を見つけ、リリアラーゼにくっ付いて部屋を出たのである。


 それからは勝手知ったる内部に、リリアラーゼやルーヴェルの統制が掛かる中を皆と上手に外へ出た。


 外にいる人間の態度は気にしない。トットットと歩けば外の柔らかい風に気持ちが解れる。此処に居る時の寝場所はこの辺り、そうと決めた仮竜舎の近くでお日様に当たりながら安心してゴロンと横になって伸びをした。


 アーティスは思い知った。


 『怒ると一番怖いのは母ちゃんだ!』


 しみじみと思いを噛み締めたが、「ん?」と引っ掛かる。記憶に知識を引っ張り出す。



 「やっぱ、一番怒ると怖いのは母ちゃんでよ〜」


 トカゲのにーちゃん達の部屋をよく掃除してるおっちゃんが言ってた。



 「親父さんが怒るのが一番怖い。何を置いても、あれは堪える」


 でも、庭掃除してたミナライっちゅー若いにーちゃんは親父と言った。父ちゃんだ。



 今まで怒られて怖かったのは父ちゃんだ。…父ちゃんの兄ちゃんも、父ちゃんの父ちゃんも怖い時は怖かった。普通に父ちゃんが父ちゃんだと思ってた。


 …怖いのが、『父ちゃん』なのか? いやでも、母ちゃんも怖いって。


 ……ん? ご飯くれるの、母ちゃんだったよな。 あれ? なら、ご飯くれてた父ちゃんは母ちゃんでいいのか? あれ? じゃあ、父ちゃんが母ちゃんで。母ちゃんが父ちゃんなのが正しいのか?



 ほ、ほほほほっ! ほんと〜はっ! 母ちゃんが父ちゃんに逃げられてたんかっ!?





 初めて気付いた思考に、ごろ〜んと横に伸びていた身をバッと起こしてカチンと凍りつく。改めて姿勢を正す。伏せの姿勢に両手を揃え、考える犬となって熟慮を重ねた。



 父ちゃんが母ちゃんで。母ちゃんが父ちゃんで。いやでも母ちゃんはやっぱり母ちゃんだと… でもそしたら言ってた父ちゃんが…





 

 先に悩んだ『父ちゃん、母ちゃんに逃げられ』疑惑説は、ここに至って『父ちゃんは母ちゃんであったのか? 母ちゃんは父ちゃんであるのか? どっちだ』疑問説に切り替わっていた。





 考える犬は考え続けていた。


 しかし、アーティスは犬である。ずっとずっと悩み続ける殊勝な性格の犬でもない。


 最終結論、『どっちでもいーや』に到達するまで後少し。




 以降は、おそらく普段から呼び慣れた方で深く考えずに他意無く犬語で呼ぶのだろう。黒犬アーティスがこれ以上悩むことはないと思われる。





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