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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
69/239

69 お願いだから

 

 「う… はぁあ っ 」


 吐いた息は、少し熱い気がした。

 弱音は吐きたくないと、唇を噛み締めて真一文字に結んだ。


 手は痛かった。熱は引いたはずなのに、痛い。

 落ち着いてきたと思っても、じくじくと痛みがぶり返して、ここにあると主張する。どうしようもない。後悔しようにも、一体どこで後悔しろと言うんだ。


 『どうして、俺が』


 これで頭の中が埋め尽くされる。


 

 顔を上げて相手を見れば、蒼が俺を見ていた。

 蒼いその目を見返せば、俺は一体何の夢を見ていたんだろうと思う。会った事も無い相手に、勝手に何を夢見て期待を掛けていたんだろうか。


 「ハージェストが…  ハージェスト… 」



 口が勝手に言葉を紡ぐ。

 紡いだ言葉の続きは出なかった。下を向いて考えても、思いつかない。俺は何を言おうとしたんだ? 相手が自分の思っていた様な相手ではなかったから? だから? だからなに。



 おねえさんが、「絶対大丈夫よ」と太鼓判を押した名前。


 その名に縋ってみた? 黙っているよりも口にして、声に出した方が何かがマシで楽な気がしただけじゃねぇ? 唱えれば何でも叶う、ありもしない魔法の呪文な感じで呟いた? 叶わなくても呟けば、まだ落ち着く。そんな感じだとか?


 あ〜、嫌だな。唇が震えた気がするわ。


 俺に会いたがってて、見たら絶対わかって、友達なはず。

 うん、そう聞いた。聞いたけど、相手の性格がどうとか聞くの忘れてたな。あんなに言われたから良い奴のつもりでいたけど、そういやそんな事は聞いてないな。自分確認だったな。なんっっだ、自分の馬鹿さじゃねーの。おねえさんの視点で良くても俺の視点じゃないわ、ないない。



 会ったら。

 話をして、話を聞いて、街案内して貰ったりして?  夢見過ぎただけか。


 相手が自分の思ってたのと違うから、癇癪起こして怒るなんて事はしませんよ。ええ、堪え性の無いガキじゃありませんから。違いますから、しませんよ。へっ。




 ああ、でも。

 こんなん誰に話したらいいんだ? 話せる相手がいないじゃん。今、俺の相談に乗ってくれる人って… いないんじゃねーの。


 ふ、ふはははは。   ああ、ほーんと俺ってば、ぼっちじゃん。


 自分でする事、できる事。一人でするよ。

 でもさぁ、どうしようもないんです。今、頭ん中がぎゃあぎゃあ言ってます。 ねぇ、おにいさん。現実って、こんなもんですかね?

 


 

 現実。げ・ん・じ・つ。

 ……… そーだよな。単に、此処で、他に、こんな場面で、呼べる相手の名前がないだけじゃねーの。

 


 ……………あのですねぇ、おにいさん。

 俺、相談できる相手がいないですよ。今つくづくと、ぼっちだと思い知ってます。

 でも俺の場合、どんな人だったら正しく理解して相談に乗ってくれるんでしょうね? ナンて言ったら、正しく俺の気持ちが伝わるんでしょうか? この異なる世界で。

 …俺自身ですら言葉にしたら、おかしな感じになりそうなんですけど。自分の気持ちを言葉に変えたら、そこでナンか違うもんになりそうなんです。言ってる内に違うもんになって、言い表せない事に苛立って、最後単純明快怒鳴って怒って叩いて殴ってそれで終了しそうなんです。


 終了したって、燻ってんのに。

 殴って爽快感得て、すっきりした疑似感覚得て、解決してなくても解決した気になって、もう面倒いから、嫌だからこれで終了って切りそうですよ。


 切った所で。


 何にもなってないのにさ。



 顔を上げれば、ブレる事なく蒼い目は俺を見てた。

 目が合えば、表情が変わる。相手の唇は、スッと言葉を紡ぎ出す。



 なに、捨てたら惜しくなって、もう一度拾おうだとか?


 頭が嫌みを紡ぎ出す。

 穿った見方をする自分が嫌ですね。


 相手の言葉が右から左へ抜けません。嫌ですね。理解できる自分が嫌ですね。嫌味なくらい正常ですよ、俺は。


 ちゃん理解できてます。だから、嘘だと言いました。嘘だと言い切り、ナチュラルに言い返しました。



 おにいさん、言葉が途切れません。

 ちゃんと会話が成り立つんです。頭の中で成立します。色んな人と会話をしてれば、どっかで穴ができるんです。穴は大小様々ですが、わからなくなるんです。前後繋いで理解しますけど。勉強してても、教科書前にしても、ゴソッと抜ける時は抜けるんです。


 それなのに。

 こいつと話してたら、途切れないし抜けないし、逆に穴が埋まってって「もうこれでこの穴は抜けない大丈夫!」そんな感じがすごくするんです。「やった、穴ぼこクリア!」な感じするんです。


 おねえさんが言った、「これで大丈夫」の状態が、今の状態じゃないのかと、理解している自分がものすごく嫌なんです。



 こいつと出会わなかったら、一生このクリアしていく感覚は得られなかったと思える程度に理解してます。きっとこいつと言葉の勉強してったら、まだある穴の全てが埋まっていくとわかるこの感覚こそが微妙過ぎで嫌なんです。


 それならやっぱり… やっぱり、こいつが俺と縁のある奴なんですよね? 俺と目が合ったのに、殴られてんの平気で放置しやがったこいつが俺と縁のある奴なんですよね?


 俺とダチでもなさそうな、こ・い・つ・が。




 おにいさん、助けてはやれないと言われた事は覚えています。

 これは自分で解決すべき事だと理解しています。でも、俺いま相談できる人がいないですよ。どこにもいないんですよ。残念ですね。でも、相談したいです。当事者間の話し合いの前に、誰かに話したいんです。


 この状態をどうにかして助けて下さいとは言いません。


 本当に言いませんから、お願いですから。



 おにいさん。

 俺の、相談に、 ちょ〜〜〜っと、 付き合って、 欲しいんですけどぉぉぉおおおおおおお!!!



 下を向いたまま震える手を握り締めて、心の中で貰った印を思い浮かべて、強く・強く・強く! 訴えた。









 窓からの日射しが射し込む中でも、その光は別物だった。


 初めて見る光に、その光が発する力に俺は瞠目した。

 この室内にいる全員が、その力を意識したと言っていい。一番機敏に反応したのはアーティスだ。振っていた尻尾はパタリと止み、目を大きく見開き、伏せの姿勢で更に頭を下げ、ジリジリと下がろうとしているのがわかる。


 この場にいる全員は魔力保持者で術者だ。メイドのステラとて、武器を手に応戦する。しかし、今の今まで誰にも緊迫感はなかった。

 妹はともかく、ステラとロイズは確実に視たはずだ。危険人物でないかどうか、魔力の有無に真偽を真っ先に確認したはず。

 そして奴隷印が、こうもはっきり浮き上がるのに抵抗する魔力すら無いと。体躯に身体の状態を加味した上で魔力が無い。何かあっても力技で十分に捻れる。


 そう判断を下せば緊張するはずがない。




 それが どうだ。

 魔力が動いた気配はないぞ。 なのに… 何故こうも押されるほどの力を感じる!


 生まれたばかりの小さな光が光輝を放つ。

 


 放たれて煌めく光にヒヤリとしたものを感じた。


 斬れる程に鋭い光が煌めきを増して、胸元から広がる。

 広がる光の中心に、黒点がポツリと染みた。


 本当に小さな点であったモノが、光を浸食して形を成そうと蠢いている。





 その様に、この俺が魅入られていた。


 正に瞬きの間に、黒点は力を有して物質的重量を保有する玉となって、そこにあった。

 見れば見るほど、希薄な影ではない。ソレは現存する物体だ。空間を切り裂いた気配もなければ、魔力が何かを変換させた気配もない。


 なくてもそこにある。あるだけで力を感じる。



 …は、こいつは参るな。 この俺が押されているのか? ええ?


 己の口角の片方が持ち上がり、目が吊り上がっているのがわかるとも。この状況が拙いと思うが見せつけてくる力に… ああ、興奮してくるなぁ。





 浮かび上がった玉が胸元から前へと動いた。


 玉を出した本人はキツく目を閉じているが…  閉じてる目元から何だか涙が滲んでいる感じがするのが、なんだかなぁ! 兄は掛ける言葉をちょっと思いつかんのが、自分でもなんだと思っとるがなぁぁ!! 当事者じゃないしよ!



 玉から力が滲み出す。左右に手を広げるように力が滲む。

 滲む力に呼応して煌めきが更に数を増してていく。煌めきが、何時しか金と銀の二光に分かたれていた。


 どちらであっても美しい二光だ。しかし、光の宿り方に一片の暖かみも感じられないのが、兄はやはり拙いと思うんだよ。



 金と銀が周囲にパッと飛び散った。

 散った光はその場に留まり、空中で消える事なく煌めいている。



 

 幻想と呼ぶに相応しい美しい光景だが、留まる力の変換に目を剥いた。



 『お兄様!』


 こちらを振り向き、俺に気付き、唇で叫んだ妹に『早く来い!』と手で示す。


 血相を変えても気配は殺す。静かに下がってきたのを背中に庇う。

 アーティスも、ついにベッドの端に辿り着き、床に足を着けると同時に逃げる様に走ってきた。叫ばないお前は賢いな! 震える妹も珍しいがなぁ!


 ロイズとステラが我らの前に飛び出て構えたが、弟が傍に寄り添っている以上、動き様が無い。必死で話し掛けている弟の表情を見ていれば、見ているこちらも言い様が無い。あれは離れろと言っても、絶対離れんな。


 ところでハージェスト、その子はほんとにお前の話を聞いてるかっ!? 右から左へ流してないか!?





 散った光は散る前と違い、強く煌めき輝いた。


 黒玉を基点に力が広がる。

 空中に浮かぶ黒玉が、今度は周囲に散った無数の煌めく二光を飲み込み始める。

 光は輝点の残像を残し、輝く軌跡の尾を引いて黒玉の中にヒュッと飲み込まれていく。どのように飲み込まれるものか、穴があるように玉の一点に総ての光は落ち込み流れる。


 飲み込まれて減少したはずの煌めきは… 減ると同時に増えもするのか? 減った気がしないのが恐ろしい。



 煌めきが黒玉に吸い込まれるその都度、黒玉から感じる力が増していく… そう、感じ取れる。黒玉の大きさに変化はないのに、玉の質量が『重い』と俺に感じ取れる…!

 

 供する為の力。

 煌めきこそが玉の為のに、散った光は始めからそうある為の玉の一部であると… 俺には思えた。






 俺は、理解し、戦慄した。理解したことで悪夢を見た。



 俺は魔力を多く持つ。お蔭で普通の者よりも遥かに多くの事ができる。だが、多分に漏れず、得手不得手はある。

 俺が最も得手とするのは重力操作と言える。重さを操る力だ。引く力、引き合う力。押し潰す力。上に引っ張る力に下に引く力、これが釣り合い常となる。

 

 物の重さを操るということは、物を好きなように動かせるということだ。

 但し、留まり続ける力に動き続ける力を掌握しておかねば、本当に意図するようには動かせない。それらを理解せぬままに行えば、必要以上に力を食って疲れる上に意図とは外れる。

 そんなモノを気にせず使える様になってなんぼだが、気を使うモノは気を使う。人より多く魔力があっても人なんだ。疲れるモノは疲れる。



 大体、俺一人が頑張った所で後に続く全体支援がスカッてみろ、俺一人でやらねばならん。そんな糞がつく程面倒なことを誰がするか。



 物を動かすといっても、俺がよく使うのは引く方だ。空間や地面に対して一時的に引き込む力を展開する。強制吸引力とでも言い替えれば、わかり易いのか?


 仮に、地面に対して己の力を展開する。

 すれば指定された範囲内で条件付けされた力が解放され、その範囲内のモノを条件付けに合わせて地中に引っ張り込む。引っ張り込まれたモノは地中でどうなるだろうかな? 普通に埋まるな。又は潰れるな。ああ、圧縮されるともいうかもな。設定を地中にしなければ、また別だ。

 空中展開したら、流れが切り取られた感じがした。もし、展開した先に別の道があったなら、そちらにモノを滑り込ませることができるかもしれんが、原形を留めているかどうか、それは定かではないなぁ。


 一番使い勝手がいいのは、単純に引く力を強めて転がす事だ。転がした物は上から押えておけば楽勝だ。ああ、人も転がるぞ。圧迫すれば動けんな。そうなれば、仕留め損なう方が難しい。

 自分自身を支えて立つ力を引くんだ。どんな奴でも僅かでも必ず体勢を崩す。筋力の問題でもないんだが、蹴られて反動が出ない人間は居るか? 微動だにせず、立っていられる事などない。



 火や水の力と向き合うのとは意味が違う。

 水の術式と重力の術式。どちらでも水球を作成する事は可能だ。その出来上がりや行う姿が同じに見えても、実際の術式に内容は大きく異なる。


 当たり前だが、水に重さはあるし火とて重さはある。

 物質として存在するという事は、必ず重さが存在する。どれだけ希薄でもな。重さを持って、他者が放った火に強制介入を行い、己が意のままに操る事も俺には可能だ。意趣返しにその火を向かわせもするが、通常なら瞬時に押し潰して消してやる。


 押し潰す力も悪くないが、地面に対して外れると色々後始末が面倒だ。自分の所でなければ、あまり気にせんが考えはする。俺は頭であるのだから。

 そして、広範囲で展開させるよりは範囲指定でやり込める方が実に楽だ。ま、大量のモノが指定範囲に引っ張られた場合、中は当然ぐちゃぐちゃになるがな。



 人相手で腹が立った時は上から押した。

 押して膝をつかせてやったとも。その上で前屈みになった奴の頭に足を乗せて、勢いよく踏みつけた。馬鹿の頭を気持ちよ〜く、踏み躙ってやったわ。あれは実に気持ち良く躙れる。



 術者でも力の強い者は、大概、魔力の流れに敏感だ。

 自分で言うのも何だが、俺も自分がその一人だと自負している。特に俺は移動させるとしたよりも引き摺り込むとした点で、魔力の流れの見極めについては術者の中でも鋭利に理解しているつもりだ。 




 それが、今… 俺の目の前で展開している…  しかも、高質力で。


 咄嗟に遮る為に、力の介入を試みれば一切受けつけず、逆に引く俺の力を力で引き摺り込んで己が力に変換しようとしている。力技で負けている。 …この俺が!

 

 黒玉から滲んだ力は、場を張った。それから、泣いているあの子の呼気に合わせるように脈動を始め、玉の内部に周囲の力を引いて溜めている。

 そして、そんな事を一々言わなくても力を溜めている事は全員が感じて戦々恐々としておるわ! 俺の力の引き合いはわかるしな!!





 俺は思う。


 ハージェスト、お前は一体ナニを自分の召喚獣として喚んでいた!?




 全員で思っている。


 早く、その子を泣き止ませろ!!

 頼むから、その凝縮された小さな黒い重力球(ブラックホール)そのモノを、なんとかせんかぁ!!



 怒鳴りたいが、怒鳴る以前に現状の維持をし続けねば成らん。でないと家がどうなると! 全部飛べばそれはそれでスッキリしそうだがな。そうなったら、誰がその後の始末と再建をすると!!

 だあああああ! 下手に怒鳴って泣いているその子が余計に泣き出したら、どうしようもないだろうがぁぁ!





 この俺が。

 この俺が、惜しみなく力を出しているというにーー

 この室内から外へと力を漏らさぬ様に結界を張り巡らして固めているというにーー



 「こ…  の!」


 全く物ともせずに、紙屑が如くあっさり消し飛ばしていけそうな力の圧に目を剥く。ギリッと奥歯を噛み締めるが、敵わぬ事に歯咬みする次元で済むか!



 気付けば、俺の口から小さく声が零れて毒突いていた。

 零れた声に同じく小さな声で同調がきた。



 『とにかく、その子を泣き止ませろ…!』

 『そうですわ! 何を置いても、まず、その子が泣き止みません事にはぁ…!』



 寝台に手をつき、「俺だから。嘘じゃない、本当だ。信じてくれ」 そう言い続ける弟を見て。



 青筋が立つなぁぁ!


 『何をとろとろしとるんだ、あの馬鹿は! ええっ!? 言葉で信用できんから、こうなったんだろうが! 言葉以上にさっさと行動に移さんかぁ!!』

 『全くですわ! 何してますのよ。 …ああもう、イライラしますわね! ハージェストは娼館で良い言葉を囁くとかで人気なんでしょう!? どーして、それが今ここで発揮されませんのよぉ!? 大体、オレオレ言ってどーするんですの! 俺で通じるなら、名前は要りませんわよぉぉ!』


 『本当になぁ! 俺で済むなら既に終わっとるわ、阿呆が! 抱きしめるなり、なんなりして早くその子の意識を逸らさんかぁ!!  だが、リリー…… お前、そんな情報どこから拾ってきてるんだ?』

 『あら、もちろん女の情報は女ですわ。お兄様。 うふふ』





 軽口を叩く風情で小声で毒突いている。その姿は傍から見れば確かに余裕があるように見える。鬼と般若の笑顔だが。


 それでも二人の姿勢は第一級戦闘態勢だ。完全に継続状態だ。


 室内を満たしていく力の圧に溺れそうな感覚がある。

 それでも、吸収の力を家全体に決して広げまいと兄と姉は必死だが、その圧は未だに収まる気配はない。






 『ああ、もう。早くしなさいよ! 姉様は疲れてくるのよ!! ネイがいない以上、私の力の上限は変わらないのにぃぃ!  もぅぅ、ハージェストの娼館での無駄口はどこにいきましたのよぉぉ!!』

 『ああ、全くだ。 あいつ、手抜きして雰囲気だけで終わらしてたんじゃないだろうなぁ! 口説きの技術テクは無かったんじゃないだろうなぁぁ!! 後でもっと鍛えるがいいわぁぁ…! 』


 『はぁ、はぁぁ…っ  はああ〜  くぅっ!  …お兄様、寄り添いましょうか?』

 『構わん、それより維持しろ。息を整えろ! 俺よりもステラとロイズだ。二人を支えてやれっ』

 

 『…はいっ』


 力の放出に黒玉から発せられる圧による負担、耐える二人の顔は眦が吊り上がってギリギリとギリギリと怒りにも似た表情である。完全に負担の苦痛を怒りに変換して、己の力を奮い立たせて維持展開中である。


 怒りの向かう矛先は、対処の悪い実弟だ。

 そこから出た非情なまでに素晴らしい兄姉としての声援。聞こえないだけ実に有り難い声援だろう。


















 名を呼んだ。

 呼びたくなかった。まだ話してないんだ。話してない内に名を呼ぶのは… 憚られたのにな。



 機会があったから、一度だけ考えた。

 外して小箱に仕舞っておこうかと。失くさない為に仕舞おうかと。


 手にして見れば見るだけ…  黒の証は終わった証。


 『悼む』で、良いのだろうか? 何時迄も持つのは未練だろうか。哀惜とも、愛惜とも違うと思うものを。


 仕舞う、片付ける、忘れる。

 何時か忘れるのなら、持っていても忘れていくのだろう。


 それなら、無理に今、仕舞わなくても良いじゃないかと…  そう思った。





 「アズサ!」

 

 学舎で学んだ召喚の記述に関しては、今でも諳んじられる。

 完全に拒否されるかもしれないと思いつつも、名を呼べば、きっとまだ見てくれると甘い事を考えた。証は黒で終わってるのにな。俺に名を呼ぶ権利は、もうないのにな。


 だから、二人で話をしたかったんだ。


 眠りは浅く、幾度か目が覚めても、すぐに目蓋が落ちる。意識がはっきりしない。そんな中で、まともな会話ができる訳が無い。



 見殺しにしようとしたと怒鳴られて、心臓にギリッときた。こんな場所に居たくないと叫ばれて、返す言葉を見失い、立ち尽くす俺はガキで成長してないらしい。


 思い出すのは己の失態ばかり。


 でも、「何時から、どうして?」と尋ねたいのは本当なんだ。


 アズサの胸元から生まれた光に、連想したのはあの時だ。光が飛んだら、体が崩れて形が消えて、あっという間に舞い飛んで。


 全部が消えて終わった。

 ああ、綺麗だった。綺麗だった。 この上なく綺麗だったよ、だからなんだ。



 居たくないから還る。



 当たり前の理屈に、そうなったら三度目は無いだろ。二度目の今ですら、夢かと思えるのに。


 

 俺とアズサを取り巻く光が、俺の手を遮る。


 左右に手を動かせば、光が渦を巻き、離れては近寄り元に戻る。

 それだけだがアズサに向かって手を伸ばそうとすれば、手に痛みが走る。取り巻く光から、チリッとした微かな痛みを与えられる。力の拒絶を感じる。


 金と銀の二色の光。あの時とはまた違って綺麗だが、光であるのに物理的に俺の手を阻む。目の前のアズサに手が届かない。


 光からなる結界の構築。


 理解に、終わりかと目の前が暗くなる。



 しかし、これは本当に結界なのだろうか? 結界であるのなら、どうして俺の手の動きに纏われる? おかしい… おかしい… 何かが違う。 だが、他に適合する事象を思いつかない。


 何とかしなくてはと思えば気が焦る。

 しかし、焦った所で理解が覚束ない! どうなってるんだ、これはぁぁ!  俺はアズサが心配なんだ。震える手を握って、此処に居ると、居る俺を見てくれと願いたい。



 触れられないのなら、触れる為に努力をしなくては。

 その為に、結界解術式を脳裏に小さく描いて慎重に指先に力を込めて実行しようとした所で、警鐘が鳴った。


 『…ヤバい! 食われる!! 』


 感覚が警鐘を鳴らして、止めろと訴える! 訴える感覚以外、視覚もヤバい! 力を手に込める前に光が手に群がるって、どーゆーことだ! 完全に餌待ち状態かよ! 心臓が縮み上がるわ!!


 これで力を出せば… 群がられて、確実に力を毟り取られて死にそうだな。  ははは。



 話し掛ける以外に… 打つ手が無いな。 うわあああぁぁ…  それなら、俺に向き合って貰う為に何と言えば良い?




 『お願いだから、信じて欲しい』


 先の言は、嘘だと、信じられるかと切り返された。失態が影を落とすが、それだけじゃないはずだ。ないはずだ、ないはずだっ! そうでいてくれっ!   …そうだ。目覚めた時の言葉は疑問形だった。



 「 …ハージェスト?」


 小さな声で、そう言った。

 また直ぐに眠りに落ちたが… 俺を映した目に、俺への認識は無かった。俺を見て、知らないと切り捨てたアーティスの目と、どこかで被る。


 思い出せば心臓が痛い。


 寝ぼけていた… 確率は皆無じゃないが… 今の見解が正しければ、アズサは覚えていない? 俺を覚えていない。なんで覚えていないんだ。名前は覚えているんだ、覚えているから来てくれたんじゃないのか? …まさか、怪我の代償か? しかし、頭は打ってなかったはずだが?



 正解がわからない。

 わからないが、それなら違う。


 繋ぎ止める為の言葉が。正しい言葉は。  



 …言葉を探すが、流れて動く光の渦に気が焦る。気が散る。これが最後の選択なら間違えて終わりたくないんだ!


 …………間違えたくない分、本当にさっきの思考で正解だろうかと迷いが生じて繰り返す。 迷う、迷う、迷う。 


 迷うが光の煌めきがぁぁあ! 制限時間タイムリミットが近いんじゃないのかっ!? 悠長に考えてたら、拙いな、駄目だな、時間無いな! うわ、うわ、うわああああっ!! 頼む! お願いだから、待ってくれ!! ちょっとで良いから、お願いだって!!  あああああ!!




 「お願いだ! お願いだから、思い出して欲しいっ!!」














 切羽詰まった声が鼓膜を打った。



 …思い出す?

 ………… え、思い出はないよ?



 相手の顔を見上げたら、泣いてないけど半泣きっぽく… なんか引き攣ってるー?


 「思い… 出して、 欲しいんだ… 」


 何ていうか、こー… やけに思い入れのある声音だった。

 最後深く静かに吐き出した息が… 熱を帯びてる。そんな気もした。


 その目を見ても、思い出すモンはない。残念ながら皆無。 ……しかしだな。もしや、この件に関しては俺にも非があるのか? あったりするのか?


 前に読んだ小説か漫画かアニメか、「覚えてない事が、お前の罪だ」とかなんとか偉そーに深刻ぶってイッちゃってた話があったよーな、なかったよーな。


 …そうだ、あったな。


 「はい、出たよ! 必殺、お前の所為〜」

 「んじゃ、プラス責任逃れで一人に上手に押し付けた〜」


 盛り上がってるはずのシーンで、ダチが手を打って笑って言ったから、俺もそれに合わせて言ってみたわ。


 いや、それは蹴っといてだ。



 もし、俺が覚えてたら。

 あそこで、俺が気が付いて「ハージェスト! 助けろぉ!」って言えてたら、こいつ傍観せずに突っ込んできたんじゃねぇ? 仮定だけど。


 そんで。

 …もしも、どーでもいーやって俺が投げずに足掻いていたら。こいつ、俺が『俺』だって気が付いて助けに動いたんだろうか?


 ……いや、どー考えても無理だな。俺のHPあそこで尽きかけてたし。

 …………好意的で希望的な理想の理念の体系を構築しようとしてますかね? 俺は。   …わっかんねー。









 「 アズサ 」


 吐息だけで、俺の名を呼んだ。


 …俺の名は『ノイ』ですけどね。テーヌローの村で、一回は口にしたけどさ。  そうか、当たりなのか。…いや、外れじゃねぇの?




 「俺のハージェストは金の髪で茶色じゃないし」

 「 …! 染めてる! 染めてるだけだから! 洗ったら、落ちるから! 洗い落としたら、ちゃんと金色だから!!」



 棒読みで言ったら、過剰反応しやがった。

 やっぱ、染めてるだけか。そっか〜。俺が見た、あの近寄りたくないな〜って思った茶髪が当たりってどうなんですかね。



 おにいさん、おじいさん。とりあえず、おねえさんは蹴っといて。

 あの時、お二人は即座に否定しましたよね。恩人じゃないって。 その意味を今からでも教えて貰えませんでしょうかね? 男同士の会話って事で、もう一度お願いしたいんですよ。俺、すんげぇ知りたいんですけど無理ですかね? 無理ですかね? 無理ですかねぇぇえ! やっぱりぃぃ!!!





 「 ギャオオオオオン!!    …ギャン!ギャン! ガゥッ!! 」



 「うぇっ!」



 驚いた。

 思考を破る不意打ちに心臓がドキンッと跳ねて、体も一緒にビクッと跳ねた。…本気で心臓止まるか思った。顔を向けたら、離れた位置に黒犬がいた。お前が吠えたんだな。ヘッヘッヘッへって、舌出してるし。 れ? 隣に居てたはずなのに。あれ? 人が増えて… る?


 

 だけど、それより残響が頭の中で谺する。吠えた声が…  いや、吠えた瞬間にも…?   不思議な事に犬の吠えた声に重なって


 『 払い やれ 』


 重く…  そう。 厳かと言い表す人の声が…   上から降ってくる声が被さって聞こえた気がした。



 なんでか子供頃の記憶の断片と、あそこでの姉ちゃんを思い出した。  似たような事があったっけ? ああ、手を打ち払って? いや、ぬさを振って?  そんな言葉を言っていた… な。



 したら、妙にこう… 憑き物なんかないですが。

 なんか落ちた感じですごくすっきりしてると言うか、なんてぇの? 意識はクリアになりましたですが、急に体がダル重いです。脱力感が襲ってきた感じで… なんか、ちょっと休みたいってゆーのか。


 あれ? なんかキラッてる?


  ?  いや、見間違いか。 うあ、なんだか眠い。  うー、ちょっと休んでいいかなぁ。 いいよねぇ?    横になります。    変だなぁ…   寝は足りたと思ったん、だ けどな…    思い 込んだ… か?    うあ〜〜〜    俺の HP  か、いふ      ぐぅ。










 

 心の奥底から混じり気無しに強く訴えた(涙の滲み付き)事で、黒玉(加護)に設定されていた機能が作動し、男に繋げようとしていた通信連絡網ホットラインは完成の日の目を見る前に作動を停止したのである。


 

 男は加護を与えた時、これに防御のような力はないと言った。


 真実、そんな力は備えられていない。

 事実、あの黒玉が展開しようとしたのは、通信連絡網ホットラインである。


 なれど、力は他者に力を示す。そして、大きすぎる力は何をしようとしているか読み切れない場合もある。それは恐怖も呼ぶが敵対する気概も削ぎ落とす。その意に適応する優しい言葉を探せば、触らぬ神に祟りなし。



 男の黒玉()は、その加護(名札)の威力だけで他者を引かせ、敵対する愚を示し『味方で在れ』と強要して、庇護対象者を擁護する壁を構築してみせたのである。

            



 眠りに落ちた事により平穏を迎えそうな様子であるが、何一つとして解決してはいない。


 心痛に苦痛に苦悩は手を携えて訪れる、皆に平等であろうとして。

 






 

えー、要らん呟きを。

自分としては突き詰めると重力操作系がヤバいです。リアル突き詰めたら、マジ怖いです。


普通に風もイケますし、対処にやり方をちょいちょいちょいと捻れば…


空気と言う意味合いにしても、わかり易い人様の言を借りれば『自分達は重い空気の中で生活しているのだ』ですし。軽い空気に出会った実感を得たい場合は、高山病になるのが早いかと。まぁ、動かし方によりけりですよねー…


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