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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
67/239

67 誰?

  

 突き刺す痛みだった。

 刺された一瞬の痛みから、一気に熱が広がって俺の神経が悲鳴を上げる。


 「い、 いぅ  あっああああーーーー!!」


 痛みの反射に体が跳ね上がった。 …はずなのに、実際には碌に動かなかった。左右に動かそうにも、体の芯が重くて動かない。

 誰かが俺の背中に乗って両肩を掴み、膝で背中を押えてた。誰かが俺の手首を握って動かないようにしてた。



 「あー、やっぱり、起きちまったな〜」

 「そら、しゃーないだろ」


 「あ、あ、」


 必死で動けば、押え付けられた。グイグイ力任せに押えられて、肩が外れそうな痛みが走る。肩が痛いのか、手が痛いのか。どこが痛いのか、わからなくなる。



 「ま、もう終わったからいーけどな」

 「そうそう。ちゃーんと…  あ? 歪んでねぇか?」


 「そうかぁ? こんなもんだろ? 時間が経てば変わるさ」

 「ふ… ん。そうだな、わかりゃいいんだしな」


 俺の頭の上で、気楽に会話する。

 その言葉を半分理解して、半分は流れた。  痛い、痛い、痛い、痛い!!


 「これは新しく作った奴なんだぜ」

 「お前が一番だってよ。良かったな〜」


 「その分、試しも入ってっけどよ」

 「へぇ。何か変えたんか? …ちょっと待て。歪んで見えたのは、その所為かぁ?」


 「もしかしたら、そうかもな」



 「「 はははははは! 」」



 「それじゃな」


 ドンッ!



 「いっ!」


 「ああ、こいつはできねぇ奴だわ」

 「確かにな」 



 ギィィ…      ガシャン!    



 「おー、そっち終わったか?」

 「上がろうぜ」

 「閉めとけよ?」



 ジャッ…  ン…



 「ま、待っ …  あ、つっ! 」



 俺の背中に馬乗りになって押え付けていた人は立ち上がり、俺を蹴り飛ばした。


 ゴロッと転がったら、体の節々が痛い。

 痛みを堪えて視線を飛ばせば、周囲は暗かった。暗い中、複数の人の足音が、カツン・ガツンと反響する。覚えの無い暗い場所に響く足音。わからずに心臓が絞めつけられて震えて気が焦る。その焦りを手の強い痛みが蹴った。手がジンジンジンジンする。痛い。


 呼び止める声は掠れて、自分の耳にすら怪しかった。



 「ココの鍵はなぁ、魔力錠使ってっからな。お前さんにゃ、どーやっても開けらんねーよ」


 反響と一緒に聞こえた声は、よくわからなかった。最後の「開けられない」だけが、なんとか聞き取れた。遠ざかって小さくなる話し声と足音は、止まってはくれなかった。



 『ココはどこで、あんた達は誰で、どうして俺がこんな目に?』


 片隅で疑問符が踊るが、それを考え切る力も残ってなかった。

 手が痛くて痛くて、『痛い』。 


 それだけが頭の中を占める。



 痛む手首を胸元に引き寄せ、転がった状態で身悶えする。


 ザリッ


 「 いっ!  …あ 」


 地面だった。

 痛みに頭を振ったら、地面で顔を擦った。擦れた頬が痛い。

 あっちもこっちも痛くて、痛みから生理的な涙が伝う。伝っても楽にならない。必死で手首を押え、体を丸めて小さくなる。目をキツく閉じて、歯を食い縛っても痛みは変わらない。注意しても、やっぱり痛みから頭を振る。そしたら、今度は土臭かった。


 頬を伝った涙の所為で、顔に土が付いた感じがする。


 見上げる天井は変に高くて暗かった。はっきり先が見えない。


 「ひゅっ  ひゅっっう」


 痛みが絶え間なく襲い続け、俺の思考を奪う。

 滲む涙が落ち続け、しゃくり上げても誰も居ない。目を開けては閉じてを繰り返す。


 「だっ!」


 庇おうとする自分の手が、痛む箇所に触れた。脳髄を灼く痛みが走って体が硬直する。見開く目に何も映らない。


 「あ、 ぁ〜〜 」


 声は張り付いて、息しか零れない。


 熱い・痛いの思考に。

 火傷、火傷、火傷、火傷。それしか回らない。


 薬の小瓶が浮かぶ。

 買った油の薬瓶。万能薬って。



 油を塗って、ラップを巻いて、空気を遮断して。氷か保冷剤で冷やす。水滴が付くから先にタオル! 冷やさないと、冷やさないと、冷やさないと! ずっと冷やさないと!!


 籠もる熱はしぶとくて、居座り続けて元へと戻さない。


 


 ジクジクジクジク、内に籠もる熱が手を侵していく。

 清潔でもない服で押えたら… 布で押えて剥がす時、皮膚がべろんと剥けんじゃねっ!?


 治まらない熱に体を丸めるしかなくて、灼く熱に涙と鼻水が垂れ続けた。




 どれだけ経ったか不明でも、ガチガチ鳴る音で意識が戻った。

 手の痛みはそのままに、体の芯が寒かった。震える体に悪寒がして、死ぬと思った。


 地面は俺の熱を吸い取るだけで、温もりを保ってはくれない。

 薄暗い中を見回しても、よくわからない。遠い薄い明かりへ目をやれば、格子が見えた。遮蔽する壁が無いんなら、そりゃ、寒いよな。

 

 明かりの方を見続ければ、他の暗さが際立つ。


 土か岩っぽい壁、剥き出しの地面、格子に寒さ。 …地下牢って奴じゃネェの?



 「はぁ… は、はぁぁ… 」


 痛みに寒さに、訳のわからない理不尽さに。 息が上がる。 


 大きく息をする間だけ、歯が鳴らない。唇は震え続ける。 このまま放置されて、殺されるんだろうか? 誰にも知られないままに、ここで死んでいくんだろうか?



 体が、大きく震えた。



 「助けて!」


 震えて叫んだつもりの声は掠れてた。

 掠れた声が紡いだ言葉は… ココの言葉じゃなかった。 もう使わない言葉。ココの言葉は出てこなかった。

 

 『助けて』


 ココでの、その単語は… 頭の中にない。幼児レベルならサクッと使えるはずで、自分なりにも努力してきたはずなのに、肝心な時に大事な言葉がわからない。



 何かに震えた。

 泣きそうな気がしたら、泣いてた。


 目を閉じて、落ち着け・落ち着けと繰り返して息を吐く。痛みに押える自分の手首を、もっと強く押え付けた。押える自分の手首の温もりで、生きていると感じ続ける。



 身を起こすのに、起こせなくて、「くそったれ!」 そう、あっちの言葉で怒鳴って、起きるだけの事に必死で足掻いた。多分、人が見てたら、「あいつ、何してんだ?」って、笑われる馬鹿みてぇなカッコしてたろな。こっちは本気で必死だっての。


 

 なんとか身を起こしたら、奥に何か見えた。

 他に何も見えなかった。やられた手だけは庇う。四つん這いにもなり切れずに、ズリズリ這ってそこに向かった。痛みも何も、感覚鈍ってわかんねぇ。それでも、爪と指の間に土が入ったよーな気はする。よかったのか、コレ?



 板っ切れが二枚。黴びてて湿気ってて臭くて雑巾そのものな、毛布にならない毛布があった。しかも小さい。


 板切れに座って、ソレを片手で腹に抱きしめたら…   より、寒い気がした。



 ゆっくり、ゆっくり体を倒して板の上に横になる。


 「はぁ… 」



 ぐったりしてれば、二度と起き上がれない気もする。目を開けば、格子の先に薄い光。


 格子の先は通路、その先は壁。向かい合う格子は無い。光源は通路。右の通路のどっか先。だから、光が薄い。でも、無かったら… ココは暗闇だろーな。

 


 「は… はぁぁ」


 息を吐き出すと、カチカチカチカチ、歯が鳴る。寒い、痛い。熱い。

 体の震えが治まらない。やばい、絶対やばい。熱を出して、寝込む前の症状じゃんか。



 自分以外、生きている気配が感じられない。

 水滴が落ちる音も、小動物が走る音も、他の誰かが発する声も 音も  聞こえない。


 静謐と呼べそうな、この空間。

 俺は死にそうな気がして動けないだけで、落ち着いてる訳じゃないけどな。



 体が動かない。

 あっちもこっちも痛くて、気を失えない。痛い。身が保たない方向で目を閉じた。









 ガシャン、ガシャン、   ガシャアン!!!



 目が覚めた。頭を微かに持ち上げる。



 「おら、見ろ。生きてんじゃねーか」

 「あー、ほんとだ。死んでんじゃねーかと思っちまった」

 

 「飯だ、食え」



 「… あ 」



 格子の下の部分から差し込まれた食器と盆に、ありきたりなワンシーンを思い出す。思い出す事に驚く。


 「こ、 こ…  こ」


 「あ? なんだ?」


 冷えた体は、汗でより一層冷えてた。喉はカラカラで水が欲しい。腕を伸ばそうとした。


 「おい、行くぞ」


 「まっ… !」


 一人が歩き出したのに焦った。


 「生きたかったら、這って飯食えや。おまけに置いといてやるよ」

 「おい〜、早くしろよ。罪人なんかと話すんじゃねぇ」


 壁でも蹴ったのか、ガツッ!と足音が響く。

 二人が行ってしまう。その姿に縋るように腕を伸ばしたけど、届くわけない。遠くでガッチャン、音がした。


 項垂れて、再び顔を上げた。食器と丸めて押し込まれた物は残ってた。


 それこそ文字通り、言われた通り、這ってそこまで行った。



 黒い丸パンが一個。具が見当たらないスープと水。丸めた物は毛布だった。端とかほつれて上等じゃないけど、今の襤褸よりすっごく良い。黴臭くも湿気っても無い毛布に、ほっとした。


 パンは堅かった。スープに指を入れて舐めたら味はした。ぽっちゃん、パンを投入。


 新しい毛布は大きかった。のろのろ動いて毛布に包まろうとしたら、ズキッ!と痛みが走って悶絶する。なんとか寝っ転がって毛布を纏った。


 少し落ち着く。


 水を飲もうとしたら、使える方の手が震える。零したら最後、代わりはない。震える手で掴み、首に体を屈めてコップを噛んで、どーにかこーにか零さず水を飲んだら、もっと落ち着いた。



 食事が出た。腐ってない。毛布も持ってきた。

 見殺しにしようとしてない。



 少しだけ、安堵した。けど、罪人て… なんだ?


 口調と態度と、思い出す警備さん達。

 罪人の単語が『罪人』を指すと理解できたら、あの二人は看守になるのか?  しかし、ちょっと待て。 なんで、俺が罪人なんだ?



 多少、ふやけたパンを噛む。あんま食いたくないけど、食わなかったら終わり。食えなくなっても終わり。人間、熱が無かったら終わりー。


 噛み締めるだけ噛み締めて、スープで流し込んで、ごちそうさま。次が何時なのか不明だから、半分残す。つか、残った。流動の栄養補助食品が欲しい。



 目を閉じて、眠る。手の熱が引かない。熱で感覚、馬鹿になってる気がする。


 

 目が覚めた。暗くて、時間が不明。手が痛い。切り傷じゃないけど… 膿むだろうか?


 目を閉じる。










 ガシャン!  ガシャアン!!



 金属音で、目が覚める。

 

 

 「おらよ」


 再び差し入れられた盆を目にした。

 体が重くて、動かない。本気でやばいと思うが眠い。


 「死にたかったら、そのままでいるんだな」


 その言葉に、俺のどっかがギリッギリくる。無理やり体を起こした。


 「ま、ここでしっかり反省するんだな。反省した所で、もう遅いけどよ。ははははっ!」

 「な、んで  ここ は… 」


 「あ? 罪人と話すことなんてねーよ。てめぇの胸に手ぇ当てて、よーく考えてみな」



 吐き捨てる様に言って、ガシャンと格子を蹴って行ってしまった。





 また、静かになった。





 板を引っ張る体力は無いから、寝場所は固定。

 自分の体を引き摺って盆のトコまで行く。這い続けてると服が駄目になるし、俺の尊厳が潰れちゃうから疲れても意地で膝立ち片手着き。あ〜、負けねぇ!


 変わらないメニューは冷め切ってる。食えるだけ食ったが、食えない。今の時間の感覚がわからない。腹時計も作動しない。一日三食食ってないはずだが、俺は何時からこの牢屋なトコに居るんだ?


 美味くもないし、食えないけど、食わないとぉぉ!! 



 毛布を握り締めて、ふらつきながら休み休み板まで戻る。横になれば、まだマシ。


 「ふ…… ぅ… 」


 それから、言われた事を回らない頭で考えた。胸に手を当てる気はないが、不明。何度考えても不明。最後の記憶は、クレマンさんと警備さんに… オルト君だったと…




 罪って、何ですか?
















 宝石 → クレマンさん → 宝石 + 警備さん → 宝石 →  俺  ← オルト君



 オルト君の位置がさっぱり…

 クレマンさん繋がりは宝石しかない。預けた宝石が問題だったと言うんだろうか…? まさか、あの宝石が偽物だと言ってたんだろうか? おねえさんがくれた品に間違いがあるわけナイだろが。


 …ココって人工宝石、作れんの?


 もし、あの品をおねえさんが作ったのだとしても、人工とは呼べないと思うんだ。便宜上、あの人と呼んでも、人じゃないと思うんだよ。お年は幾つ?なんて怖い事は聞けないしー。


 さっぱり、わかりません。

 わかる事は、冤罪じゃないんですか? コレ。


 あー、ぼーっとする。



 「はああ… 」




 目が覚めた。

 目が覚めるんなら、寝てたのか。




 静かで、暗い。明かりは遠くて薄い。

 明かり一つ射さない暗闇では無くても、死に近しいと思える場所で…  俺は不思議と怖くなかった。


 鈍ってんのか、麻痺ってんのか。

 無音の中で横たわり、見上げる天井の闇は恐ろしくもなかった。ぼんやり見てれば、口元が笑った気がする。



 …ああ、そうだよ。おにいさんの、あの全き闇には及ばない。同じに見えても同じじゃない。あの深くて昏い底の見えない永久を思わせる闇とは、似ても違うね。


 あの闇に他の色を充てがうなら、きっと青い闇だろう。



 ここは、違う。 



 俺にくれた印を思えば、なんて事ない。

 本当に必要な時には声が届くはずなんだ。そう、言ってくれたんだから。


 今がその時だろうか? 今は… おそらく冤罪で牢屋に入れられて参っちゃってる。釈明もなんにもしてないですよ。


 「は、ははは、  あはははは… 」


 掠れた声でも笑えた。うん、笑った。

 自力でナンにもしてないわ。状況がアレだけどさー。格好にコダワりゃしませんが、理解してない・ナンにもしてない状況で、泣いて呼ぶわけ? 


 「冤罪だと思うんだ、助けてー。おにいさーん」


 って? 呼ぶわけぇ?

 

 ふ。 馬鹿にされそ。

 ああ、うん、まぁね…   今は  寝よう。   まだ、きっと  だいじょーぶ。








 

 目が覚めた。盆はなくなってた。けど、代わりもなかった。トイレして寝た。トイレは桶、小も大も区別無く桶。隅っこにあった。蓋を取ったら籠もる臭いで理解した。

 碌に食ってない所為か、便意はそんなに来ない。寝場所から反対の隅にあるのが救いだが、体力がキツい今はなんかな。いや、やっぱあの臭いを嗅いで寝たくなーい。


 これを取り替えてくれる気配はない。嫌だなぁ。



 

 夢の中で、ガシャンガシャンと鳴る音がする。


 『何の音?』 


 現世に戻ってた。




 「よしよし、生きてんな。反省したか? これから何でも人様の言う事を聞くか? あ?」


 ぼーっとした。


 「聞いてんのか、お前? 従順に人様の言う事を聞くかってんだよ!  それとも、ずっとココに居るか?」

 


 …………ふぇ?   ………………イミフな事を言わんで欲しい。



 ぼーーーーーーっと見てたら、ガシャン!と蹴ったんで、意識がはっきりした。



 「反省するまで、飯抜きだ!」



 通路に置いていた盆を持ち上げる。

 靴音を大きく反響させて、出て行った。最後にガシャアアァン!!と乱暴に閉める音が聞こえた。


 靴音の合間に「粘りやがって」とかなんとか、けっ!みたいな声が聞こえた。



 俺の手は熱を帯びたままで、ずっと痛い。痛みに慣れないけど、慣れた。

 のろのろ足を運んで格子の前まで来て、へたっと座り込む。これだけでしんどい〜。はぁ。


 格子の方へと手を出して、薄い明かりの元で自分の手の甲を見た。 …なんかさぁ、やっぱりさぁ、皮膚爛れてない? 明かりが薄いし、目が霞むんだ。だから、見間違いですかねぇぇ? 間違い希望。



 座っていれば、下を向く。

 盆の差し入れ口を見るとはなしに見ていれば、猫になったら出れんじゃないかと。


 ちび猫なって、こっから出て、次に来るまで向こうの扉の近くに隠れて開いたと同時に逃げる。それとも、あのお着替え部屋に籠もれないだろうか? 番猫が助けてくれないだろうか?


 …いや、籠もっても意味ないか。着替える場所に出現するんだから、別の場所に移動なんてできないわ。あはは。



 ドタッ!


 立とうとしたら、足に力入らなくて横に転けた。毛布のお蔭か、そんな痛くなかった。頭からすっぽり被ってて良かったな〜。



 どうも、ちび猫になれそうにない。なんとかなれても、ばったりしそうだ。そうなったら、猫死にだろうか? 人死になれそうにない気がする。


 ちび猫、ばったんきゅーで、どっかの茂みにポイされたら腐乱死体で終わりそう。うあ、こわーい。しかし、試さないのはアウトだろ。



 倒れて横になったまんまで呟いた。


 「にゃ  ん ぐーる み……… ぃ… 」



 

 俺の気力か、体力か。はたまた、あるのか不確定なMPが尽きてんのか。ちび猫お着替えは無理だった。できない時はできないんだと、理解した。

 


 ……あ〜、でも。ちび猫逃走成功したら、逃亡罪って追加される。よなぁ? わーお、脱獄犯にランクアップ〜? かぁっこいー。














 ガシャン!


 もうこの音、聞き飽きた。


 

 「おい、反省したか? 人の言う事をちゃんと聞くか? ああ?」


 格子の前で寝てたんで、間近で顔見た。この手入れの悪い髭面のおっさん、看守ですか?

 根性で起きた。




 「なに、を」


 「何時までも反抗的な態度取ってんじゃねぇ!」


 それから、何かこう… 

 ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、俺が悪いからこうなってんだと言われ続けて頭がクラクラした。それでなくても、ぼーっとしてんのに。ぼーっとしてっから、怖さ半減してっかも。


 延々と、怒鳴り続けられた。

 その後は落ち着いた声で、「お前は可哀想な奴だ」とか言い出した。それから、ほんと可哀想なもん見る目で俺を見た。


 「悪いことは言わない。心を入れ替えてやり直せ、な。だから、ちゃんと人の言う事を聞くと言え。そう約束しろ」


 「 … え 」


 「言われた事がわかるよなぁ? お前さんはぁ、馬鹿じゃないだろう? 名前を言って約束しろ。これから先は犯罪行為に手を染めないと。言われた事には大人しく従って良い子でいますと。

 言えるだろう? 意味がわかるだろう? その程度はよ。小さな子供じゃないだろ? な? ちゃーんと約束できたら、ココから出してやるよ。美味い飯も腹一杯に食わせてやるよ」 



 最後は笑顔で締め括った。


 約束をしろと。


 このおっさんて、こんな風にも笑えるんだなー。

 しかぁし、髭面のおっさん相手に萌える趣味は無い。俺には無い。感謝の気持ちも無い。有り難がる理由も無い。ってかさ、俺、冤罪でしょー? 最初が違うのに、なぁんで俺が。


 「どー して、  俺が」


 ココに入れられた理由を聞きたくて聞いたら、態度が一変して、おっさん怒って怒鳴って格子蹴っ飛ばして出てった。


 ナニ、アレー。 誰様何様なんてぇ態度ー。あれ、大人の態度ー?

 


 そのまま、格子の前で座ってた。俯く。

 出て行く際に、おっさんが色々言ってた。その言葉を、ぼーっとしながら反芻してた。


 魔力無しのくせにとか、人の役にも立たないだとか、どうして生きているんだとか、育てた奴の顔を見てみたいだとか。何かね、うん、みょ〜うにクルこと言ってたわ。あのおっさん。



 あー… うん。相手が暴力に訴えたからって、同じ事返してたら終わんないじゃん。同じ事したら、相手の思う壷って奴じゃないの? てか、自分がそっちに落っこちちゃったって感じしな〜い? 自分のレベルが低レベルに落ちたってかさー、引き下げられたってかさー。



 でもさぁ、疲れるです。くたぁって、キてます。

 育てた奴の顔が見てみたいって、どういう意味ですかね? 俺のあやめ姉ちゃん、馬鹿にしてんの? 外せない喧嘩は俺だって買いますよ。

 





 あ〜〜〜〜〜  っ そ。

 要するに、コレ、脱出ゲーム? そっちでいーわけ。はーん。


 さっき、あのおっさん、「それなら、一生ここに居ろ!」って怒鳴った。つまり、お前死ねって言ったんじゃねーの?



 「ふ、うぅぅぅ〜〜  っ 」


 

 あー、手が痛い。体が痛い。やっぱ寒いし、頭ふらつくし。    ぼーっとする。  目の奥が痛んで、そっからガンガンガンガン頭痛がする。




 しかし、くらついても立つ。決めた以上は立つ。


 目が霞むから、半眼で格子を見直した。


 錠がどこにあるか不明でも、おっさん二人が出た以上は入り口はある。

 継ぎ目らしきを発見。錠が不明。片手を伸ばして格子を掴む。ひやりとして、俺の熱を奪う。…この鉄格子、嫌い。あのおっさんも嫌いだね。


 冷たさが意識を保つが、歯がカチカチ鳴り始める。この上なく寒い。鉄格子を揺すっても、錠が当たる音がしない。そこら辺触れても、鍵穴がわからない。


 「ぜ、ぜぇぇ… はっ  」


 暫く鉄格子と格闘したら、息が切れてきた。最悪。片手ぶらーん状態だから、もっと最悪。


 頭から肩までずり落ちた毛布を冷えた手でギュッと握って、鉄格子を睨み付けた。




 俺をココから出さない鉄格子。言う事だけ、言って。自分の言う事聞かなけりゃ、ココに一生居ろって怒鳴ったおっさん。同じ闇にしても、青い闇じゃない、ココ。



 ココ。


 ココに、一生居る? ココで、死ぬ?  誰が?      俺が? 


 


 

 は、はははははは! 腹立つわ。

 俺、こーんな訳わかんない状況で死ぬ為に、此処に降りて来たんじゃないんですけど?


 感情の沸点が突き抜けたのか、目の前がぐらぐらする。したら、回る。世界が俺を吊って回って笑っている。


 そう、思い至ればぁ



 『 理不尽 』



 ギリッ!と キタ。



 錠がない。鍵もない。けど、もういいよ。 要らないよ、そんなもん。




 片手で格子をもう一度掴む。掴んで、見る。

 こんなもん、元が変われば良いんだよ。元が変わっちまえば、錠も鍵も要らないじゃん。お前らが違えばイイんだよ。




 青の闇でもないくせに 俺を閉じ込めようなんて      不遜 だろうが。 


 






 カチャ  ン…


       キィィ…




 鉄格子の一角が 勝手に開いたのに   笑った。



 そーだよ、それでイイんだよ。

 


 通路に出て、明かりの方へ歩く。間隔を開けて同じ鉄格子があった。間は岩肌な感じ。命の気配はない。どうでもいい。



 辿り着いた扉は、鉄格子の親分だった。


 だから。


 お前も変われよって、笑った。


 手を放せば格子に色が付いて見えた。けど、頭がガンガンして痛い。痛さに目が強く瞑ったら、涙がちょっぴり滲んだ。こんな状態でも水分、乾ききってないんだな。あー、良かった。干物はいやー。


 そこを抜ける。体がふらふら揺れるから壁に凭れながら階段登って、他は無視。まーた扉に突き当たって。もっかい抜けたら、廊下に出た。


 出たら、壁、扉、扉、廊下。

 廊下を選択。真っ直ぐ歩けば、T字に別れてる。


 右か左、どっちに行こう?




 時折、ぼーっとするが耳を澄まして、状況確認。選んで、一方へ。

 先に窓があったんだ。そこから射し込む光に自然に笑えた。そっから出たかったけど、嵌め込み窓でさ。開かなかったんだ。ちぇっ。



 さぁ、こっから脱出だ。


 廊下を歩いて、曲がって、短いスロープみたいなの進んで、前しか見ない。他は要らない。俺は外に出るんだから、邪魔すんなよ。見つけたそれらしい扉を、よ〜いせっと肩と体で押して抜けたら外に出た。


 


 外に出たら、午後の… ?   朝じゃない…よな? あれ、どっちがどっち?  あー… 時間良くわかんないなー。

 


 『自力脱出成功! おめでとう!』


 どっちでも木漏れ日が祝福してくれてる気がした。さっきの窓辺で慣れたはずなのに、目がしぱしぱする。お日様素敵過ぎ。

 遣り切った感じと、頭がふらふらする感じが「これで上がり〜」としか考えなかった。


 やればできるじゃん。俺。






 他の音に意識が回ったら、ボコられてた。でももう、HP残ってないしー。


 それでも、負けるか〜って起きようとしたんだけど〜 無っ理〜。

 視線を感じたから、見たらナンかいた。どっかで見たなーって思ったら、人もいた。髪の毛が視界を遮るけど、目が合ったと思ったんだ。


 でもさぁ、誰も助けてくれないようで。


 


 もうね

 ほんとにね   どうでも   いい ってぇ   かんじ  で。



 意識 飛んだ。  

 

 






 



 人の声がして、気配がする。 


 うわぁ、あったかい。

 起きれそうな、落ち着けそうな感じだったのが、ビリビリッ!っと感電食らって飛んだ。


 「さて、仲間が来るまでだからな」


 なんか… 気遣いっぽい声した。




 震えたのか意識戻りかけたら、すんごく体を揺さぶられて意識飛んだ。




 また寒かった。

 なんか声がして、服剥ぎ取られた感じでスースーする。さーむーいー。やーめーい〜。


 体動かなーい・声出なーい。


 ゴロッと体を引っ繰り返されたら、やっぱ服取られたー? でも、首の後ろがあったかい。次いで、頭もわしゃわしゃされた。…もしや、蒸しタオルで拭かれてる?



 「いいか? こっちを持て。そっから、こっちだ」

 「はい!」


 「一人で動かす時は気をつけてやれ。力任せにやれば、相手も自分も痛める」

 「はい! 自分の腰骨を痛めないように!」


 「おう、自分の魔力を過信するな。尽きた時、どう行動できるかが勝負になる」

 「はい。必要な時に必要な処置として。要所要所で」


 「そうだ。絶対はない。魔力だけを頼る奴は三流だ!」

 「はい! 先生!」

 



 ゴロゴロ動かされた。

 なんか… 新人さんのじっせんけんしゅーな、じっけんだいみたいなー。  ぐぅ。





 ビリッ!


 目が覚めた。痛かった。一瞬、なんかで突っつかれた? けど、もう痛くない。少しの余韻。



 「目が覚めましたか」


 俺より年下っぽい気がする人がいた。


 「お名前は? あなたが最後に覚えていることは? あ、吐き気はありますか?」


 キビキビ・ハキハキ尋ねてくる姿に服装を眺め、周囲を伺って。



 沈黙を選択。



 自分の最後の記憶を引っ張り出す。

 殴られて、ズッコケて。人様がそれを見てた事しか思い出せん。あと… なんか吠えてた? それから、自分の体の現状確認に移る。


 「聞いてますか?」


 相手は放置。


 ゆーっくり体を動かし、体を起こそうとしてみる。

 彼が手を伸ばして手伝ってくれたんで枕を背に凭れて半身を起こせば、布団から出た手には包帯が巻かれてた。それをしげしげ見て、そうっと包帯の上から撫でてみた。痛みとかわからないから、片方の手の指で指先を摘んでキュッと握った。


 痛覚生きてるようで嬉しいです。

 

 布団の中の足を、もぞもぞ動かす。足の指も全部あるし、神経通ってますな。ああ、良かった〜。


 

 「言葉がわかりますか?」


 再び話し掛けてくれた彼は、攻め方を変えていた。


 「だれ?」


 単語で返せば、彼の表情がちょっと変わった。


 「…言葉はわかるんですね。あなたの名前と覚えている事を話して下さい。簡易ですが、ここは救護所です。私は門下ですが安心して下さい」


 TVで見た野戦病院ってか、テント内? しかし、彼は医者に見えない。年齢的にも見えん。

 

 しばら〜く、黙って顔を見合わせた。

 



 「入ります」


 パサッと布を捲る音に被さって、女の子が入ってきた。彼女は確実に年下です。


 「あ! 気が付いたんですね」

 「起きたばかりだ。話してくるから、変わって」

 「はい」


 彼と彼女がなんか、こそそっと話してバトンタッチで入れ替わり、彼は出て行った。


 「はい、え〜とですね。あなたのお名前を教えてください」


 こちらもハキハキ元気な声で聞いてくる。

 それに男女の分け隔てなく、沈黙を選択。黙って見てれば焦ったのか、しどろもどろっぽく。


 「あ… えーとぉ。 お腹、お腹は空いてませんか? お水はいかがです?」


 『えへっ。』な顔で話してくるが、信じて良いのか不明で沈黙。助けて貰ったはずだと思うが沈黙。彼女とも顔を見合わせた。



 「え…  あ〜ぅ。えーと、えーと。 あ!  痛い所はありませんか?」


 彼女のニコニコ頑張り顔(焦り付き)に、用心しすぎかな?と考え直す。手を持ち上げてみる。



 「あ、はぁい! 手が痛いんですね?  早く良くなります様に」


 白衣の天使のスカート姿でないのが、ちょっと残念? 俺の手を取って、ゆっくり丁寧に撫でてくれた。…包帯の上からですが、なんつ〜か普通に嬉しいです。



 ズッキン!!


 体がビクンッと大きく跳ねた。『嬉しいな』そう思った所への激痛だった…



 「あ、あれ? え?  どうかしましたか?」


 困惑する彼女から体ごと手を引いて、手首を押え、そろそろと布団に埋もれ直した。泣きそう。



 「え、え、お顔の色が… なななな・なんでっ!?  あ、やだ。 やだやだっ! どうしようっ! なんで急変! せっ、先生。 先生、呼んできますから! すぐですからぁ! しっかり、気を確かにもってぇ! ちょっと待っててくださーーいっ!」



 なんでこうなったのか、俺も不明ですが。

 お願いします。揺さぶりながらの耳元でのハイトーンは、や〜め〜てぇー。後、急いでても音を響かせないでぇぇ〜〜。



 「 は、はぁぁぁ  」


 ちょっと痛みが引いてきた… 疲れた。このまま眠りたい。 そうだ、寝よう。 寝て、はっきり考えを保てる状態にまで回復しないと…


 それこそ、トロ〜っと寝かけた所でバタバタと複数の足音が響いてくる。



 静かに寝させて頂きたいのですが…



 「大丈夫かっ!!」


 バッと布が跳ね上がる音に少しだけ頭を動かしたら、体をグイッッと引き起こされて、茶色が視界を占拠した。  






 俺の睡眠妨害をした犯人は、蒼い目をしていた。


 「無事だったんだな…  無事だったんだな!  よく、よく無事で…!」



 なんで泣き声っぽい?   あんた、誰?


 顔を見合わせた後、そいつは俺を強く抱きしめた。そいつの腕の中で、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、抱きしめられ、抱きしめられ…



 「   っ は 」



 ……お前、俺を窒息死させる気か!?


 息を吐いたら、絞められる圧迫で呼吸が確保できない。


 続く呼吸困難から死地を見た理性が、微睡みの海から光速で舞い戻った。反論と抵抗をする為に動こうとしたが、失われた俺の体力は回復しなかった。意地と根性でも、もう、全く力が出なかった。


 ………このや・ろ・う! 関節決めて拘束してやがる!!


 相手の両腕に、がっちりと挟まれて俺の腕は上がらない。体全体が被さって身動き取れない。背中にぎっちりと回った相手の手が後ろから胸を押し上げる。


 俺の顔の横に茶色が揺れて、相手の顔は見えない。


 詰んだ。



 「 … ぁ   」



 肺から、こきゅーが…  抜け…       



 限界値まで、あとちょっと。





 掛かる圧迫に、戻った理性が観念した風情でbye-byeと手を振った。手を振る理性の姿が、だんだんだんだん小さくなって俺の視界からフェードアウト。




 俺のHP… 回復できんの?


 疑問を抱いたまま、抱きしめられた状態で  意識が また飛んだ。






 

三度目の十三日の金曜日。

バレンタイン前日…ってのがオツですね。

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