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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
66/238

66 報復の礼儀 ハージェスト

 

 あの姿を見た時。

 アーティスは、どうかしてしまったのかと思った。


 その後、見えた顔にーー


 俺の意識の総てが持って行かれて、何もかもが白く飛んだーー



  「 …ア、  あ。   ア、ァ      アズ…  サ ? 」




 よく、声が出たものだ。

 それでも、耳にした掠れる声が自分の声とは思えなかった。仰向けで見えたその顔に、心臓が凍りついた。


 叫んだ。



 叫んだはずの声は喉に張り付いて、声帯が震えることすらなかったが。


 突っ立って凝視し続ければ、意識の一つに歓喜が芽生えて嬉々とした感情の奔流が溢れ出す。その一方で、目に映る全てに暖かなモノ等、何一つとして無いのだと底冷えする冷気が体の芯を抑え込む。


 凍えて狂える冷たさが、骨の髄まで灼き尽くそうとする。

 俺の中のモノが、俺を取り巻く全てに対して何かを軋り叫び、過去の何かに向かって吼え上げ、「己が意のみに染め上げよ」と憎しみにも似た狂おしいまでの情念を吐き晒して。どこかの彼方に向かって誹り、罵り、喚き立てる。



 頭の中で繰り返す叫びに身を委ねて楽な方へと思考が傾けば、「前を見ろ」と叫ぶ更なる激情と血が溶け合って沸騰する。どこからか、「愚か」と詰る声が聞こえる。


 その声も、体を巡る血に混じって煮え滾る。滾る熱に冒されて自我が飛びかける。

 血の熱に押されるように体が重心を見失い、ぐらりと蹌踉めけば、漸く意識と体の時が重なって己が意か、無意かに従い身が持ち直す。



 ジャリ…


 微かな靴音をさせて歩む足取りに迷いはなかったが、大地を踏み締めた感覚がない。そこに、ふわふわとした柔らかな  そんな… 甘さめいたモノなどない。



 視線を外す等、論外。

 外せぬままに静かに歩む。薄氷を踏む様に。 夢が醒めやしないかと、静かに。


 手のひらを広げて、その身に向かう。

 触れる為に腕を伸ばす。


 手の届く短い距離であるのに、酷く遠いこの感覚はーー  光が舞い飛ぶ幻想的で美しかった、痛みしか思い出せない、あの時を呼び起こす。


 手は空を切って、何も掴めず残らなかった。



 本当に触れられるのかと疑って。




 傍に立つ事で夢ではないと、やっと自覚する。

 その身の前に跪き、指を伸ばして肌に触れれば、体温が此処に居ると教えてくれた。首筋に当てた指の先に弱くても脈動を感じる。


 首筋からスッと指を滑らせ、手のひらで頬に触れば冷たい。口元から喉へと伝い残る赤の爪痕に、少し前の時間が脳裏で勝手に巻き戻って、至る現実を突き付ける。


 俺が見ていた現実を、もう一度思い出せと勝手に回る。

 世界を巡る何かが俺を引き摺り回す。思い出すのは、ソレで終わりか?と嘲笑う。頬に触れる俺の手のひらが震えそうな気がした。


 耳に飛び込む雑音が  今を理解しろと端的に言う。 


     できぬ お前はクズだと    声高らかに…  嗤いやがる。




 あれら が。


  今、聞こえる。



   あれら  全てが   煩わしい。 




  煩わしい、 煩わしい、 煩わしい…  !!  





   ああ…    本当に       う る さ い     んだよ。








 俺を取り巻く、この周囲の状況に   殺意を覚えた。










 視線を転じれば、手の甲に認める。

 内側から生じた明確な悪意が『ソレ』は悪意の証だと、教唆が如く示唆をする。するがソコに偽り無しと宣言し、ソレに対する千言など要らぬであろうと呟いた。



 その通り、悪意以外の何であるのか?





 俺の 証を  嵌めていた       その手に。   














 頬は冷たい。息は弱い。


 では、最優先はなんだ?




 意識を失くした身を抱き上げようとすれば、アーティスが牙を剥き、低い唸り声を上げた。


 「なんだ!?」


 唸り声に素早く反応して周囲を見遣れば、俺に向かって唸っていた。




 俺に対して、アーティスが唸る? 


 想定すらした事もなかった事態に、目を剥いた。 


 咄嗟にアーティスを睨めば…   目が、違う。

 目の色も目付きも変わらないのに、俺を見ながら『俺』と認識していない。お前なんぞ知らんと目が切り捨てる。



 度重なる衝撃に、俺の頬が引き攣る。


 体勢を低く取り、何時でも襲い掛かれる姿勢で喉の奥底からグルグルと威嚇する。怒りの混じる低い唸り声を俺に向ける、信じ難い光景に愕然とする。


 が、そんな醜態を晒してなるか。 誰が晒すか。




 「アーティス!!  やめろ!」

 


 思いっきり、叱りつけた。叱る口調で叱りつけた。


 正解だった。 

 叱った瞬間、ビクッ!と体が跳び震え、目を何度かしばたたかせる。『あれ? あれっ?』そんな感じで周囲をキョロキョロ見る。


 『何かした?』


 俺を見て、取り繕うでもない。どこか不思議そうな雰囲気の顔に、いつもの目付きで尻尾を振る。小さく鼻声で「ヒュン」と鳴いた。


 手を伸ばして頭を撫でれば、嬉しそうに尻尾を振った。






 その姿に、その在り方に。


 ああ、アーティスは間違いなくアズサがくれた犬で、アズサを正しく見分けたのだと。俺とは違って、ちゃんと見分けたんだとーー




 思い知る現実に、脳髄が痺れた。

 重い事実が唸りたい心境におとしいれるが、悠長に浸ってられん。



 「アーティス、アズサをこの場から移す。安全な所に下がらせる。わかるな? ソールの元だ」


 俺を見る目に知性が閃く。

 俺の騎竜であるソールの名に、尻尾を更に振る。本当に、いつもの姿に安堵した。




 そして、気付けば雑音がマシになっていた。



 「内部突入致しましょう」

 「さすがに、あれっだけ吠えたら聞こえてますよ」

 「下がるだけ無駄です。あの場所での籠城は不可能だと思いますが、どうなってることやら」


 「その者は?」

 「別働隊の者達とも連絡を取ります」

 「他は出て来ませんねぇ」


 不測の事態に、怯む事も狼狽える事もしない。当然の対処ができる。

 一々当たり前の指図をせずとも良い俺の隊の人員は当たりであると喜ぶが、潜んだ悪意が俺も行かねばと身を起こす。それにアズサの安全が先だと答えて沈めた。


 「騎竜の元まで彼を運び、治療させる」


 「え? その者は…  いえ、何でもありません」

 「治療を優先しますか? では、ここでしては?」

 「簡易結界でも」


 周囲を伺いつつ、提示する案を却下する。賊の取り零しは腹立たしいが、そんなもの金を注ぎ込んで狩り出すだけだ。





 喪失は   埋め難いんだ。


 嘆き一つで 静まるモノか。  アレを二度、味わえと?    





       して   たまるか。






 「彼の安全を優先する。この場にて、もしもの不備は許せない」


 「では、誰かをつけますか?」

 「下がるなら、どこまで?」


 「先の休息地だ。お前ら、あそこに居る連中を総て狩り出せ」

 

 「確かに、あそこでしたら」

 「ですが、誰が供に」

 


 「俺には要らん、竜を呼ぶ。それに伴って来るからな。それまではアーティスで十分。 いいか、俺の離脱は無いぞ」



 「は? …いえ。その者と共に、そのままお下がり下さい。連絡を取り合う形で陣頭指揮の取り纏めを願い「笑える事を抜かすなよ? 俺にこの手でやり返すなと言ってるのか、お前は」


 「え? いえ。 そうでは、な いのですが…」

 「えー、あの… 」

 「落ち着かれ、てます… ね。はい」


 「予定が少し早まっただけで、他は何も変わらん。連絡を取り合い、包囲網を敷き制圧に動け。全員を捕縛しろ。逃げる者は足の一本でも切り飛ばせ。あそこまでの往復に時間も体力も食うか。すぐに戻る」



 「「「   諾!!   」」」


 

 俺の安全を図ろうとする部下は、ある意味で正しい。しかし、下がる気など欠片もない。始まってもいない局面で、完全に下がってどうする。


 本当なら、誰かに任せるのが正しい。

 正しくも、『今』それをしたくない。そして、この場から遠ざけたい。



 了承に散開し、連絡を取り合う姿と並行してアズサを抱え上げ… 足を踏み違いかけた。


 「う、 あ?」


 思っていた以上に軽い体に、持ち上げる力加減。

 そこに一瞬の感覚がズレた。 ……まともな食事を摂っていたのだろうかと疑えば、沈ませた悪意が憎悪をびちゃりと滴らせる。



 滴るモノを噛み締め、魔力を込めて竜を呼ぶ。

 名を呼んで、こちらへと指示を出す。「是」と応じる意識に、応じ返して俺自身も駆け出した。共に駆けるアーティスが少し先を行く。この上なく弾む足取りに、その心が知れる。



 命の賛歌に萌芽して、草木が青い手を伸ばして精力の強さを競う。その芽吹き茂る木立の中を駆け抜ける。



 行きとは違い、形跡も足音も気にしない。ただ、抱える身に振動の負担を与えぬ事だけを意識した。気をつけた。こんな時に気を配れない馬鹿でいたくない。


 目的地まで最短距離を抜け、勢いに乗って、ダッと傾斜地を蹴って飛び降りる。


 一瞬の浮遊感。


 靴裏の着地に身を屈めて衝撃を殺し、体重の相殺を図る。失敗の負担に衝撃が掛かると嫌だから、着地寸前に抱えるその身を僅かに飛ばす。屈めた体を伸ばして、即座に宙に浮かばせた体をしっかりと抱え直す。

 

 衝撃を与えなかった事に満足する。



 「ハージェスト様! 如何なされましたっ!?」

 「怪我人ですか!?」


 俺の騎竜の後を、一頭の騎竜と二頭の角馬が駆けて来る。いち早く駆けつけた騎竜兵と警備兵に誰かと見て取り、頬を緩めた。



 「彼の手当を。 予定を早める、この件に始末を着ける。


 三人に連絡を出せ。 

 ダレンに近辺から一帯の街道を封鎖させろ。他に回した者達も捕縛に動かせ。判明している拠点の総てを押えろ。 

 ルーヴェルには当初の予定通り、任せた東の全面の指揮を取れ。ロベルトは、そのまま街の統制維持を怠るな、だ。残りが涌いて出るだろうからな。


 施癒者以外は、この場に不要。

 兼ねてからの配置に想定は終わっている。決行が多少早まった程度で、できんとは言わさん! 意味は分かるな、動け」




 「「  はっ!  諾!!  」」



 顔を引き締め、踵を返す。連絡を飛ばし、予め定めた合流地点へと角馬を駆る二人の姿に良しとした。その間に、残る一人が手早く広げた簡易夜具に抱える体を横たえた。



 「 …彼の具合は、どうだ?」


 「殴打に絞首跡。他には、その… 手が熱を帯びています。そこから発熱による疲労が出たかと。一見ですが、少々衰弱しているようです」


 見立てに、ギリッとキた。


 「とにかく、落ち着いて休ませるのが肝要かと」

 「そうか。俺は始末に戻る。ソールも置いて行くが、お前一人で可能だな?」


 「お任せ下さい。自分の竜もいます。警備隊の一組が到着するまで簡易結界を組みますし、魔具も所持しています。自分一人で問題ありません。到着後は彼を連れて下がります。再び上がられるのでしたら、騎竜をお連れになられた方が」

 「いや、この先の道は騎竜達には悪路だ」

 「やはり、厳しいですか。また、手間の掛かる場所を…  では、正面よりの援護と参りましょう」


 「地元の者達の動向も怠るなよ」

 「あの一派でしたら、抜かり無く。自分は下と降り口の要所を抑えます」


 「そうしてくれ。彼を任せるぞ。 ソール、彼を守っていてくれ。頼むな」


 「キューイ」


 小さく返事をくれる俺の竜が頼もしい。鼻面を叩いて感謝を伝えた。 騎竜達と向かい合っていたアーティスが、俺の元へとやって来る。


 「傍に居なくていいのか? アーティス?」


 あの態度なら、アズサの元を離れないだろうと考えていた。

 アーティスが傍に居れば、より安全だから良いとも思っていたんだが…  何も言わず、寄ってくるのに気が緩む。アーティスは竜と仲が良い。もう一頭の、あの竜にも頼んでくれたのだろう。


 

 竜に対して戦闘を仕掛ける者は、まず居ない。まして、仕込まれた騎竜に対峙するのは死を意味する。見知り覚えた者以外が操ろうとしても、騎乗そのものを拒む。彼らは、ちゃんと顔と姿を判別している。

 

 竜騎兵にまともに対峙できるのは、同じ竜騎兵だけだ。


 そして竜種とて様々。轡を簡単に第三者に預ける種もあれば、嫌う種もいる。特に輪から外れる事を極端に嫌う種も存在する。生存の為と考えれば納得する。賢いモノほど、轡を簡単には預けない。預けたら、それは群れに属した己の仲間。


 我らの騎竜は気難しい反面、とても賢い。一度ひとたび群れの上位と判断させれば、非常に心強い。それこそ、人の指図など待たずに敵と判断したモノの排除に走る。それを考えれば、竜の傍に居る事は何よりの安全。



 俺の手に、鼻の頭を擦り付けるアーティスに僅かな笑みが零れ、気が和む。


 治療も指示した。アズサは無事だ。



 「少しだけ待っていてくれ。 始末してくるから」


 告げて、離れた。

 一度だけ振り返れば、掛布で包み直される所だった。



 少しだけ…  詮無い事を思う。

 兄ほどと、弟ほどとは願わずとも、もう少しの魔力量があれば。あれば、俺自身で直ぐに治療に手を回すのに。回してやれるのに。


 回すだけの余裕。

 その為に、望んだこと。


 叶わず、巡るモノに自嘲して己の拳を握り締めた。







 今の俺は頭だ。隊の頭だ。培って来た己が「己で在れ」と言う。取り乱さず、冷厳で有れと告げるのに是と返す。そこに苦痛はない。















 でも、どうしてだろうな…  どうして、俺はあそこで気付けなかったのだろうな…  あそこで、さっさと動いていれば…  いや、それより、どうしてあんな所に… 


 何故、奴隷印が手にある? 


 まだ、新しいと見た。



 何時からだ。


 一体、何時から居たんだ? 

 何時からアズサは此処にいて、何時からあそこに居たんだ?









 答えの出ない思考が巡り続けば、答えを知る者を引き出せと笑う。



 半眼で正面を眇めて睨み、道を駆ける内に己の顔が歪むのを自覚する。


 戻り近づけば、周囲の気配に騒ぐ声。建物の構造に、逃げ道を。破砕音に怒声が響き、剣戟の音が重り合う。

 この身に情報として降り注ぐ音の螺旋に怒りを覚え、身が震える。震えに憎悪が悶えて、悪意が身を起こすのを抑える気は、もう無い。


 思考が感情に切り替われば、想う事は一つだけ。






    潰してやる。     全部、潰してやる。 





       必ず、だ。


 






 前を見据え 愛刀を引き抜き 大股で歩いて 戦列に混じる。


 隠れていたのか、逃げてきたのか、立ち向かってくるのか。俺の前に立つ者に刃を滑らせて薙いだ。



 ジャッ

 

 一連の動作を出会う度に繰り返す。

 相手の行動に先んじて、動く。予測して動く。


 動きに無駄も隙もあるが、確かに戦闘を熟している奴らだ。そうか… こいつら、只の馬鹿か。


 命じてから俺が戻る間に多少の時間は経過した。それでこの始末。なら、応戦の魔具か対物が多いか、隠し部屋に隠し通路。人数。地下は。




 




 ふん、血糊と脂の付着が気に入らん。

 だが、魔力は便利だ。使い方と修練、特化に依って変わるのは当たり前。



 刃に薄く魔力を通して、淡く輝く前に止めて一振り。


 ベッ!


 不純物を床の隅に叩き付ければ、刀身が綺麗になった。刃毀れも無い。





 さぁて、楽に死ねると思うなよ?













 

 「ハージェスト様! その辺りでお止め下さい。そいつが死にます!」

 「あ?」


 ドカッ!   グチッ…



 「ぐえぇぇ… 」



 まだ、くたばりそうにもない馬鹿を蹴り飛ばす。


 服を赤に染め、血を飛ばして不様に床に転がるそいつが合流した部下の一人に捕縛されるのに背を向け、邸内を闊歩する。



 やはりな。家の外装と内部は別物だろうと踏んでいたが、あからさま過ぎる。

 部下と共に一室に入れば、品格もへったくれもない飾り立てただけの調度品の数々に鼻で笑う。


 「この部屋に魔具を仕掛けた様子は… ありませんね」

 「そのようだな」


 俺の元に、この程度の調度品に気を取られて取り逃がす部下はいないんだよ。残念だったな。

 間取りと死角にありきたりな位置を予測して、壁を蹴る。





 一連の首謀者に、原罪を犯した奴はどこだ。



 罪は  贖われて  然るべきだろう?

 











 「いけません、ハージェスト様! 次期様に何と釈明するおつもりですかっ!?」

 「そうです! 一言、次期様のご裁断を受けてからにすべきです。状況を報告しますれば、ハージェスト様にお叱りが飛びます!」

 


 皆の制止の声を耳にしながら、引き摺り出した相手を眺めた。


 澱み、囚われそうになる意識を振り払おうとする。落ち着く為に、小さく息を吐き捨てる。目を眇めれば、アズサの姿が重なり浮かぶ。


 髪を掴まれて、引き摺られたーー


 思い返す姿に、金切り声を上げて意識が叫ぶ。


 





 報復を  報復を     報復をーー   




 行った  事象に対する       その 報復を  





 誰が なんと言おうとも  決して    許すまじ




 我が身に掛けて も   赦すまじ





 この身とて 許せぬものを  安易に   許してなるものか




 赫怒に瞋恚を重ねても 終われそうにないものを     どうして 赦せると?





 晴れぬうちに  赦すことなど     あってはならじ











 生きてきた。

 教えられ、覚え、自ら悟って得た礼儀の一つも披露してやろう。


 見せてやろうと心が嗤う。



 「ああ、そうだな。 そうだった。 此処は、兄の。 セイルジウス兄上が領地なれば。


 罪を犯して捕縛された者であるとしても、兄上の言が要る。捕縛されて動けぬ者を、兄上の許可を得ずして処罰したとあらば、罰せられるのは俺だな。

 こんな者でも、まだ、兄上の地の領民では、あるのだから。

 体の動かぬ不具の者を弟の俺がわざわざ作り出した等と聞かれれば、兄上からお叱りを受けるなぁ。最も、経過報告の時点で叱られるのは決定してるがな。


 しかし、そうだ。良く言ってくれた」



 諌めてくれた部下を見て、笑みを浮かべる。



 「だがなぁ。 こいつ、平気で嘘を吐く奴だろう? 嘘を吐いていたから、こんな事態にまで陥ったのだろう?」


 どうしてか、安堵の息なんぞを吐いた部下に質す。

 


 「それは、そうですが」

 「そうなれば、兄上の前でも平気で嘘を吐くかもな。弁明させるのは仕方ないとしても、また嘘を重ねて時間を浪費させるだけの事をするかもなぁ? 

 二度手間を掛けさせ、兄上を煩わせる。そんな下らぬ事は弟の俺としても避けたいものだ。そうであるのなら、多少は従順に。毒気を抜いておくのも、俺の仕事ではないか? え?  違うか?」



 嗤う俺に思うところがあるんだろうな。ま、同意は要らん。


 「そうだな。意識を奪いはしない。切り飛ばして使い物にならなくなる、そんなへまはしない。

 ただなぁ、我が家に敵対する愚かしい行いは改めて貰わねばな。他にも示しがつかんだろう? 面白くもない意志を削ぎ落す程度の事は、弟の俺が済ませておかねばなぁ?」



 そうだろう? 俺は兄上の露払いに来たんだ。


 そして、こいつは。

 こいつは、我が家にしみったれた牙を剥いたんだ。剥きやがったからには、その根底は潰してなんぼだ。

 反省? そんなもん要るか。倍返し? その程度で終われるモノか? それをまた、返しにくれば面倒かろうに。悠長だな。俺はせんぞ。仕留め潰してやらんとな。



 「殺しはしない。手足を捥ぐこともしない。お前達は、まだ。 そう、まだ、兄上が所有するこの地の領民に値する、はずだからな。だが、行った事への報いは受け取るがいい」



 これが、一番簡単。

 見せしめは、より効果的に。   お前、 したんだろ?


 

 「吊るし、立たせろ」




 踵が少しだけ着かない状態にさせる。


 シャッ…


 愛刀を引き抜き、奴の腰に当てる。刃が隣にあると教え込む。僅かに震えた身に刃を動かして、下衣に下着を切り落とし、下半身を露出させる。


 「ぐう…  うむ、うぅぅ…… 」


 猿ぐつわを噛ませた奴が何ぞ言っても、聞こえん。はっ! 恥ずかしいってか?


 キンッ!


 硬質の音をわざと立てて、鞘に戻す。

 腰のベルトに下げた革袋から薄い手袋を取り出し、ギュッと嵌める。手に力を込める。





 ツラを合わせば苛立ちが高じて、血が上る。

 こいつの所為だと叫ぶ意識が、公平で在れと小さく囁く声を押し潰す。



 嘗て見た  赤い花が 浮かぶ



 熱に 渇きに 痛みを伴う   砂漠に咲く赤い花

 


 溶かされ侵され混じりうねって消してゆく  熱砂の海  在っては 茨を用いて戒め絡め括り結わえて灼き尽くす 猛毒の花



    咲き誇りて    染め上げよ



 囁く 花の陰影の内に  意識が集約され   狂乱に替わる 熱を帯びる冷笑こそが 頭を擡げて 嗤い 




      己が始末の先を見てみよ  





 嘲り 指して    




            花 が  開く











 先の戦闘を思い出す。


 「魔力の薄いそいつから、仕留めろ!」


 全てを集約した言葉だ。

 だが、量が無くとも力の有り形を突き詰めれば、芸当の一つも可能になった。良いのか悪いのかわからんなぁ?


 吊るした男の正面に立ち、足の甲を靴裏で力任せに踏み付ける。


 「ぎ!  ぐっ」



 痛いか? そりゃあ、痛かろうな。靴裏に鋲打ちしてるしよ。


 揺れる体でも自由な右足で蹴りを入れようと頑張るから、足首を掴んで引き上げる。このまま股裂きでもしてやりたいが、右足の拘束に留める。

 靴をグリッと捻って踏み躙れば、憎悪を込めて俺を見やがった。こっちも同じだ、気が合うな。嬉しくもないが笑うな。



 「う! ぎぃ」


 服の上から腹部をも押せば痛みに呻き、轡を噛み締め、顔に血が上る男がめ付ける。

 そのツラを眺めて、腹を押す手を下げて剥き出しの汚らしい陰嚢に触れた。手に魔力を込め、手袋越しに包んで握り込んだ。


 握り締めれば体が、 『ビクンッ!』 と跳ねるが、逃げられるわけもない。


 そう、目を見開かれてもな。

 俺にも、こんなモンを好んで握り締める趣味はない。直に触れたくもない。しかし、実行に移す程度に腹が立ってる訳だ。 …そうだな、アズサのなら違うか?



 人を見下していたこいつが失禁すれば、それこそ大笑いしてやろう。しかし、掛けられたくはないな。…横に立ち直すか? それはそれで面倒いな。それこそ、ソッチも握り潰して落としてやるか。


 握り締めた右手に力を入れて、じわじわと締め付ける。


 生温く熱を帯びるのが…  ああ、確かに気持ち悪いな。まぁ、それも後少しだ。



 踏んだ靴に力の強弱を掛けて、足への痛みを増加させながら目を見据え、嗤ってやる。

 急所を抑えられている事を十分にその頭に浸透させてから、更に根元に五指をねじり込んで肉塊を抉ってやろうと力を込める。


 「…… っ !」


 逃れようと暴れる体を力で抑え付ける。

 身動きできぬ者を力で抑え込む。魔力に術を行使して抑え込む。 束縛に拘束を。 俺がしている、これらは非道か? 勝敗がついた裁きを待つだけの相手に、非道か?



 しかし、お前。

 それをアズサにしただろう? 俺のアズサにしただろう? 同じ事を返している。それだけだ。俺が、それを、する、だけだ。


 お前がしたのだから、やり返して悪いのか? 






 悪いと言い切る奴は、幸せだ。

 連鎖を止めるのに我慢すべきだと言われたら、その為にお前は何をしたと問い返そう。


 そうして、許した果てに同じ事を繰り返し。

 やられた奴に、それが運命だと告げるのか? 同じ罪を再び繰り返した者を、憐れな者と許せと告げるか? 死んだ者より、生きている者とでも?


 ふざけるな。 死したる者をなんだと心得る。


 同じ様な事をされても、私はしないのだと答えるならば感嘆に賞賛を贈ろう。

 心の底から、礼賛しようか。しかしなぁ、自分はできるのだから、お前もできるはずだと押し付けるのは止めてくれ。同じ様に皆が横一列に並べるのならば、俺の魔力量はどうして足りない? どうして並べない? 


 それが人生と言うものだと片付けるなら、結局、他人事だろう? 事実、どうしようもないんだ。その通り、できない奴の僻に聞き流す他人事だ。


 まぁ… 実例記録にはなるな。




 納得は、できぬ事への諦めを。

 叶わぬ事への寂寥を。忘れられえぬ事への、 優しい掏り替えを。


 


 俺の祈りに似た願いは  他人に 笑われる モノなのか? 


  尽きせぬ想いに心をくだく  それは 愚者なのか?













 『 俺のアズサに 痕 がある 』





 ビチャ! ニチャ。



 ブチ、ブツッ!



 「………… ぐ、ひっ ! 」



 思考に、跳ね上がった。


 心に感情。

 意志と力が同意に従い、肉を引き千切る。



 指先だけで器用な事ができるだろう? 我ながら、よくできるようになった。普通は無理だからな。


 手のひら全体で魔力を生み出し、維持する。拳に魔力を乗せる。それは可能だ。

 だが、維持に時間を掛け続けるのは無駄の極み。一度作れば、確かに継続される。されるが、魔力が散りもする。術として構築されてない魔力は力の塊で、純粋なる力として解き放たれた時、速やかに拡散して大気に還ってしまう。力に速度が比例して、的に当たる前に拡散するだけだ。


 人が術として編み上げていない力を維持するには、媒介が必要となる。媒介を通すことで維持される。媒介が弱ければ、壊れて飛んで散って終わる。


 魔力とて、筋があるから生きるんだ。




 放てば大気に散り還るだけの純化の力を五指の先に集め続けて、瞬圧で仕留める。


 例えるなら、猛毒の針(会心)の一撃だ。

 コレが有効なのは、接近戦の上での泥仕合に縺れ込んだ場合だ。それも、俺に維持する力が残っている場合だ。


 泣けてくるな。


 使い道の最適は拷問だ。

 そういった技の必要性はある。できないより、できる方がましだ。 しかし、力を持って覇を唱える貴族家としては、正面切っての誇れる技では… ないなぁ。


 有用性はあれど…

 通常維持し難い純粋な力を短時間維持して、相手を攻める事が可能なのは隠し玉だろう。しかしだな、戦闘中の不発率も高いとくれば、それは隠し玉か?


 普通に術の力を伸ばして行けば、普通に純化の力は防げる。その上で、頼れる仲間がいれば要らんだろ? 



 完璧な把握力に、緻密なまでの制御力。

 少ない魔力量であったが故に、散り消える速度が遅いが故に、基礎たる純化の力を突き詰めた。皆が感覚の把握だけで次の段階へ進める物を、足掻く為に突き詰めた。


 生活に困窮していない、また、それを許せる家であった事が極められた勝因の一つだ。


 俺の努力の証は、泣ける嫌みだ。

 


 そんな俺でも、極めた事とは別に、多少の無茶が可能になった。

 召喚を成功させながら失った俺に、爺様と親父様は沈黙した。母と姉達が黙って魔光石を贈ってくれた。極上過ぎて何も言えなかった。突き返すことすら、できなかった。


 手に取ることもできずに居れば、姉達に手を広げさせられ握らされた。



 

 欠片も望まなかったと言えば、嘘になる。

 しかし、欲しいと頼んだことはなかった。俺はソレを突き返せなかった。



 アズサの代わりに得た。 情けなさに笑える話だ。









 クダラナイ俺の成果を、その身で知れて嬉しかろうが? 

 これで男の気質が落ちて、反骨心も失せるだろうよ。兄上の手を煩わせずに済むというものだ。ちょうど良い。





 口角を上げて、声にすること無く笑んでみた。



 ビシャンッッ!


 

 よくよくわかるように、引き千切った肉片を見ていた奴らの前に投げつける。


 媒介無しに、術の行使無くして、素手で引き千切ったと。そう、信じられんモノを見る目で見られてもなぁ。これが現実だ。己の現実を見据えられなくば終わりだとよ。は。



 「敵対する意味を理解したな? 我が兄より以前の領主がどうであったかなど知らん。我が家は、我が家だ。他家は知らん。俺は、我が家の… そう、貴族の流儀を実行したまでだ。他所から、とやかく言われる筋など無いわ!

 今後は嘘偽り無く、話すことだな。そうすれば、まだ少しは楽かもしれんぞ? ああ、好きな方を自分で選べ。その程度は許してやろう」



 振り返れば、奴は白目を剥いていた。

 引き千切った箇所から出血があった。上手く制御したつもりでも、こればかりは駄目か。いや、こんなのに丁寧にするわけないからな。痛めつけてやろうと考えてたからな。



 「ハージェスト様、出血を止める為に一応の手当を致しますので」

 「要らん」

 

 「…手当をしなければ、万が一と言う事もありますから」

 「俺がする」

 「は?」

 「こいつの血を止めれば、良いわけだ」



 証拠がある。

 使われた証拠がある。同様にしてやるのが筋だ。


 嗤って、俺のアズサに押しやがった奴隷印の鏝に魔力を通す。吊っていた縄を切らせて、そのまま身を床へと落とさせる。


 尻に、背中、頭ときて、ゴツッと打つ音が響いたが、それが気絶から起こす。


 「う…」


 意識が戻り切らない内に終わらしてやることを、慈悲として有り難く思えよ。


 男の脇に立ち、倒れた足を靴先で蹴って開かせる。開かせた太腿を靴底で踏み抑え、引き千切った跡に押し付けた。


 場所が場所だから、上手い印章にはならなかった。



 「…………… !」



 ガツッ!


 痛みに跳ね上がる体に靴底を持ち上げ、勢いよく振り落とす。

 裏打ち鋲が肉に食い込み、太腿から血が垂れた。だから、そこにも印を押して止血してやった。優しかろ?



 身を捩り暴れた所で拘束術が生きている以上、その場で右へ左へと跳ねる虫だ。多少、傷になったが〜  この程度、構わんだろ? 兄上も怒らんだろ。


 兄上の許可が降りたら、心臓の上にでも新たに押してやろうか? 



 いや、そんな事より俺のアズサが。

 意識は戻っただろうか? 痛みに泣いてないだろうか?





      「 ワッ  オーーーーーーーーーーーーーーーンッ……  !! 」




 思った矢先に、アーティスの遠吠えが聞こえた。

 声が喜んでいるから、アーティスに問題はないな。よし、早くアズサの元に帰ってやらないと。


 


 アズサを想えば、唇が綻んだ。



 


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