65 犬の言い分
…これをどうにかしろと、よく言うものだ。
こちらに来てから、色々面倒な事が多い。多すぎる。いや、それしかない。仕事の一端であるから、それはもう仕方ない。必要な了見ではあるが、対処するべき内容に思う所が随所に上がる。一端であると言うに、思案するだけで頭が痛い。
しかしまぁ、これであちらこちらと大手を振って行ける上に、怪しまれる事も無い。煙たいのは当たり前。地形の確認に土地の現状把握は楽にできるが、それだけだと進まん。
結局、遅々とする進展に少々苛つきもする。
「まったく、止まると碌に進まんな」
「均衡を崩すのです。後々を考えれば、どうあっても楽にはいけません」
コココココンッ…
領主館の一室で進捗状況の確認等を話していれば、ノックの音が響く。特徴のある打ち方が笑みを誘う。
「愚痴を零せば舞い込むか」
「毎回、そうであると非常に助かります」
「あまりない事ですが」
室内に居る三人で、顔を見合わせて苦笑した。
「入ります」
「ハージェスト様、一人帰って参りました」
「はっ、只今、帰還致しました!」
「無事の帰還、何よりです」
「ああ、ご苦労だった。それで、この周辺に傭兵団はいたか?」
入室してきた二人の男の内の一人。
部下に当たる者が、一般人の旅装姿で一礼した後に返事をした。
「は、ご報告致します。現時点でエルト・シューレの周辺地域には存在しません。失礼ながら、田舎と言えば田舎だからでしょうか。個人や少数集団ならいましたが、紋を掲げて名を通す規模の傭兵団は皆無です。
集団でもありませんが、数カ所にて三人組の腕の立つ者がいると聞きつけました。
顔が広いとの話でして、どこぞに伝手を持ち合わせるとの内容に調査をしたのですが、どこかに雇われたか移動したか。ここ暫く音沙汰が無く、それに合わせて兵団が動いているとの噂も入ってはきませんでした。特に手掛かりとなる物もありませんでしたので、そちらは打ち切りました。
それ以上の大した話は掴めず。自分の方では、これといった成果はございません」
話終えた一礼に、頷き返す。
「そうか、この場合の成果は無くて十分だ。平穏であると言えば、平穏な証拠だ。外の者が遊び心で首を突っ込んでくれば煩わしい。使える奴なら金で引き入れても良いが、せずに済むならそれに越した事は無い。正式契約は面倒だ」
答える口調は、実に鬱陶しそうだった。
「街の傭兵達の動向は静かなものですし、そういった者の出入りには特に気を配っております」
「時勢を読めぬ傭兵など、やっていけません。貴族家との敵対は、その恩恵を受ける全て者との敵対に成り得るのです」
「全く持って。事と次第に依っては貴族全体を敵に回す事さえあるんです。そうなったら本気で死ねますよ。そういう意味でなら、ここの奴は馬鹿だと思いますがね」
「お恥ずかしい限り」
「では、外部からの敵対勢力と取れるものはない。これでいいか」
「はい。私の調べでも、別所からの連絡でもありませんでした。その上での最終確認です。外からの繋がりが見えない以上、問題は内々だけと判断して宜しいかと。…元々、そこまで才覚は無かったと思うのです」
「大物になったつもりで、その気になったのでしょうかね?」
「どこまでも思い違えるか、それとも入れ知恵でも増えたか。領主が代わって年数が過ぎ、落ち着いた。そこで以前の領主と同じと履き違えるか? 甘く見られたものだ」
「隠れる者は上手に隠れます。年に二度か三度、美味い汁を少しだけ吸っては満足する小物であるのが幸いと言うか、心底鬱陶しいと言いますか。
それでも一応は、このシューレの裏を抑える事をしていた者の一人です。当初から大人しく従順で、駆除対象ではなかったのですが」
言葉に返す表情は嫌気が差していた。
「ふ… ん。落ち着くまでは様子見。それでも安全と判断できるまで静かに居た。が、もうそろそろ慣れたと顔を出して動き始める? そのまま大人しくしていれば、まだ目溢しもしてやったのにな… いや、好い加減に膿みは出し尽くさないと、しつこくて駄目だな」
「申し訳ありません。セイルジウス様から代行として預かっている身でありながら、制御できずに見落とし、手が回り切らぬ果てにこの様な事態になりました」
苦渋を持って返す顔を眺める視線に、思いやる熱は無いが思案の色はあった。
「確かにそうとも言える。年下の者が述べる言でもないが… あなたは良くやってくれている。その年の内容や前年比を確認すれば、より明確だ。まして、この地を拝領した年と比較すれば格段の違いがある。
兄の思考を鑑みるに、あなたに望んだのは領地全体の引き上げのはず。財政において、それは適切に行われ成果を上げつつある。完璧と言えずとも、果たすべき役目を務めてあげている」
「………ハージェスト様も、ご確認下さっているのですか?」
「ああ、二年前から携わっているが、今回来るに際して初年度から総て目を通してきた。兄の事だ。言ってないのだろうが、あなたの働きを是としている事は確かだ。
はっきり言って、これ以上ないと思える底辺から、ここまで引き上げた手腕を我が伯爵家は喜ばしいと見ている」
「 …有り難い言葉です」
室内にいるのは、エルト・シューレの領主代行を任ぜられたイラエス男爵と、領の警備総責任者であるダレン・サンタナ子爵。そして、ハージェスト・ラングリアと、その補佐を務める竜騎隊小隊長ルーヴェル・エイラム。帰還した部下の五名である。
五人の中では年嵩のイラエス男爵こと、ロベルトは満面の笑みを浮かべて深々と主家の一人、室内においては最年少であるハージェストに向かって礼を取った。
その姿に上座に居るハージェストは軽く頷いた。
頷き、揺れる髪はラングリア家特有の金ではなく、茶色に染まっていたが、所々で陽の光に煌めき金茶に見える。
「一連を問題を追求するならば、それはサンタナ子爵、あなたになる。このエルト・シューレの政務、肝心な財務を支えるのがイラエス男爵であるなら、警備を担う役目のあなたである事を忘れるな」
「は。申し訳ない所存にて」
「根深いと言えば、それまでだ。長年の事であるとするなら、苦労もあると考える。それを読み取れぬ訳ではない。しかし、それでは済まされない。また、若輩である俺に言われるのも嬉しくなかろう。が、俺も家の者として来ている以上、そうでしたかでは終われん。
そうだな… もし、サンタナ家が裏で糸を引いているのなら、いま言ってくれ。取り潰しだけで済ませてやるぞ?」
言われた言葉に、子爵は弾ける様に面をあげて否定した。
「ハージェスト様! その様な事は一切ございません!! この首を賭けても有り得ません!」
「そうです! ハージェスト様。領主代行を命ぜられたとは言え、サンタナ子爵の助け手が無ければ、他所者である私の知識だけでは追いつかず、農地改革も他も時間を取るばかりで進まなかったことでしょう」
「ま、そうだろうな。進まんから、苛めてみただけだ。 流せ」
男爵の弁護に口元を引き上げて笑う姿と言葉に、更なる弁明に開けた口をゆっくり結んで視線を落とし、眉間に皺を寄せ、腹の中だけで唸って子爵は静かに頭を下げた。
もしも、この時のサンタナ子爵の心中を言葉にするならば、
「苛めてみた『だけ』だぁぁ!? あれで試しだと? あのツラは本気だっただろうが! ガキのくせに平然と… わかっては… わかってはいるが! これが。これが伯爵家の血筋かぁっ!?」
こんな言葉だ。
返答に詰まり、必死で弁明するとわかっての質問。寸分違わぬ苛めである。そこから、ぽろっとナンか出ちゃったら最後の地獄行き。
笑うハージェストの姿を見て、子爵の脳裏に重なり浮かぶのは、エルト・シューレ伯セイルジウス。彼にとっては、こちらの方がもっと怖い。初対面はまだ良くても、その後、恐怖を刻み込まされた。
「俺から見ても、エルト・シューレに突出するものはない。要となる地でもない。この地に代々住むサンタナ家としては面白くなかろうが、はっきり言えば不要だ。誰しも領地が増えるのは喜ばしいと取る、しかしそれは場所によりけりだ。何時まで家の財を傾かせる重荷であるのか、そう考えるのなら望まれん。
サンタナ家がこの地に対して思い入れ、それなりの責務を果たして来たのだとしてもだ。
なれど、この地は旧王家に縁とされる。 『王家の縁』 その一点と諸々を考慮して、仕方が無いから引き取って一件を済ませてやったのだと兄は零した。それ故にエルト・シューレの名称も、旧王家が遥か昔に下賜したとされる紋もそのままだ。
どんな名称だろうと紋であろうと、正式にこの地が兄の所有地である事実は揺るがない。そのこと自体に我が家に不都合はない。それが父と兄の総意である事は聞き及んでいる。
この地はエルト・シューレ伯であり、ノイゼライン子爵であり、次期ランスグロリア伯爵となる兄の領地。此処に居ずともランスグロリア伯爵家が支配地域だ。それを理解せず、好き勝手できると思われては困る。 身中の虫など要らん。虫は潰す。禍根無くな」
そう言った。
元から決まっていた通達を再度告げ直しただけの内容であったが、四人を見た蒼い眼も口調も冷淡なものだった。
「俺に全ての主権は無い。しかし事後でも兄への進言は通る。いや、通す。今回の件の内情も、全て延々延々延々と嫌になる程に愚痴を交えて聞かされ続けたからな。その際の会話から言質も何も取っている。その程度の確認と保証も取らずに、誰が来るか。
これで、 『行けと聞こえたか?』 などと言われた日には腹が立つ!!
だが、俺が行うのは飽くまでも露払いだ。エルト・シューレ伯である兄が最終の決を下す、その状態を整える事が俺の役目だ。そのやり方が荒かろうが何だろうがな。
…まぁ、この状況でかったるい事をしても意味は無い。俺の露払いで良かったと思え。兄が行えば程度で済むか。この状態が続くしかないのなら、すっぱり断獄しか行わんぞ。あの兄は。
どのみち、兄も後からやって来る。それまでに粗方、済ませる心構えでいろ。いいな」
「「「「 はっ! 」」」」
「では、ハージェスト様。基本方針は変えずに」
「ああ、後は逐次状況報告と」
「新しい連絡に、通達方法も変わりなく」
と、まぁな〜。
こーんな話が、ちぃぃぃっと前にされてたんだよな〜。
外から虫に対して行動取る味方はいないって〜話から方針を固めたって内容だったはずだぞ? 後は「どのルートで流れてくのか?」とか、「最終場所が」とか「時間の」とか、「外部に流れた先の叩き口が」とか〜 そんな話を煮詰めてたと思うけどな?
んあ? 俺ぇ?
もちろん、俺もず〜〜〜〜っと部屋ん中に居たさ。誰も見咎めやしねぇよ? 俺の名前? 俺の名前はアーティスだ。
誰もが褒め称える素晴らしい黒い犬とは、この俺の事だ! は〜っはっはっはっはっは!!
俺様は犬である。
みるがいいぞ。このナイスボディに、黒々と艶光りするこの素晴らしい毛並みを。惚れ惚れするだろうが。はっきり言おう。俺は強い。素早さや体力、どれをとっても一級品を通り越して極上品なのだ。あ? わからねぇ? お前、目が悪いのか? うっわ、かぁいそーにな〜。
いやな〜、此処は幼少期に俺も一度だけ来た事があってな。
来た当初は、此処が俺の新しい住処かと思ったが違ってたんだよ。そんなに長いこと滞在しなかったんで、なーんだ違うのか〜って、ちょっとがっかりもしたぞ。
なんせ以前に居た場所より広くてな。好き勝手し放題だったから、楽しかったんだよな〜。でも、来た時を考えてみれば違って当然だったんだけどな。
そんで、その次に行ったトコが家だった。服も移動用のじゃなくて、普段見慣れたのになったから安心して伸び伸びと遊んださ。此処より、もっと遊べるぞ。
その後、他にもそんな感じで行ったからな。その時、別の家だと教えてもらったんだ。
俺の中で一番の家は、あそこで。二番目は最初の家だ。三番以降はどこも横並びだな〜。
今居る此処は確かに俺の家の一つなんだな。そして、庭なんだ。
うん? 家に庭もあるけどな、家の庭を含めて家なのだぞ。家があるこの街こそが俺の庭なんだ。
繰り返すが俺は強い。この街で俺に敵う者などいない。
しかしだなー。言ってしまえば、俺は此処に居着いていないからな。ある種、他所者と言われても仕方ないんだ。
だが! 俺の家だからな。ガチで示しを付けんでどうするってんだ?
俺はあちこち行って、色んなトコを見たり聞いたりして物知りなつもりではいるんだが〜〜 実は恥ずかしながら同じ犬仲間との交流は薄かったんだな。
だから、他の奴らがどれほどの強さとか知らんかったもんだから、初めて他の奴らと会った時には友好的に接したんだが上手くいかなくってさ〜。はっはっはっはっは。最後、興奮してやりあってボコにしすぎて 『やべぇ… コレ、マジやべぇ! 』 と思ったもんだ。
それからは無体なんぞしとらんぞ。俺は別に孤高を気取る気なんかないからな、フレンドリーだぞ。体格もでかいからな、気を付けてやってるぞ。そこそこで遊ぶし、弱いもんには手ぇあげん。ガキは眺めているし、気が向いたら一緒に遊んでやっているくらいだ。喜ぶぞ。
だから、ここしばら〜く、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと先まで俺の時代だ。俺が最強だ。はっはっはっはっは〜〜〜〜〜いっ!
あん? どれだけ強いか?
俺は犬だからな〜 普通のことしかできねぇよ。それでも、人が言うには魔獣に近いもんがあるからなのか? 魔力に通じるもんは持ってっからな。そこが違いか。
だけどやっぱり言葉は話せないな。なんと言っても犬言葉だ。言葉で意思の疎通ができたことはないね。困りゃしないが、たまーに話せたら便利だと思う時はあるけどな。
攻撃の仕方?
この爪で(キラーン・輝)取り押さえる。たまに刺す。が、刺しきると面倒だから偶然じゃないとそんなことにはならんね。他はこの体躯を生かして体当たりとか、この牙で(ギラーン・輝)噛りついたり引き千切ったりだな。犬だからな〜、助走つけても空は飛べん。鳥じゃない。だから空に逃げられると面倒なんだ。
でも、言ったろ? 魔力に通じるもんがあるってよ。空に逃げられたら、口から火炎弾吐き出して打ち当てるんだわ。一回、当たらないと思って俺の目の前で、ふーらふらして馬鹿にしやがった奴がいてよ、腹立って特大をお見舞いしてやった。
直撃しなくてもその煽りで落ちるし、風で防御しやがったけどそんなもん、蹴散らしてやったよ。へっ。落ちちまえば俺のモンだ。
あんま、見せた事は無いけどな。火炎弾は二種類出せるぞ。たーぶーんー、もう一種類吐けんじゃないかと思うんだが、まだ無理みたいでさ〜。実際の所はできるかどうか、わーからん。そんな気がするだけなんだ。
牙か? この前は、人んちの庭にずかずか入って来てた奴の鱗を貫通したぞ。咥えてそのまんま千切って食った。んまかったぞ、あれ。「てーきゅーりゅう」だとか言ってたけどな。人による詳しい区別は知らーん。味と気配とその他で覚えるからな。
それで、今どこに向かっているかって? あっちに見える、あそこに向かってんだよ。あそこ。そこに、こっそりひっそり家があるらしいんだな。
最初に言ったろ? ここは俺の庭だって。庭からみえる周囲一円は俺の遊び場でもあんだよ。そんでだな、馬鹿が巣食いやがったらしくてさ。
盗賊って言うんか? いや、違うんか? あれ? 人のもん盗んだり、黙って勝手にくすねて行きやがって良い気になってるふってぇ野郎共って言えば、盗賊で良いんだよな? …盗人か? 同じか。
なんかな、忙しくて忙しなくて、くたばりそうな勢いで顔見知りのおっちゃん達がバタバタバタバタしてる隙に好き勝手してやがったらしい。元々居たとか言ってたけど、よく知らん。とりあえず、これからそいつら絞めにいくんだよ。
俺は体躯がでかいからな、ちょっと目立ちもするんだが大丈夫。こっそり上手くやるやり方だって知ってるさ〜〜。
…にしてもだな。なんだろうな?
この… 気の高揚っていうのか? うきうきした感じってか。飛び跳ねてぇような気分なんだよな。少し前からこんな感じがするんだよなー。
これは… そう、あれだ。
俺がガキん頃に庭の土をひっきりなしに掘り返してた時の、あの感じだ。
いやもう夢中になってほっくり返してよー。なーにがそんなに楽しかったのか? 今考えると、さ〜〜っぱりわかんねーんだけど、すんげぇ楽しくてよー。いつまでもいつまでも、ずーーーーっとほっくり返しててさー。
んで、その穴に俺より先に家にいる、えーと、 …家の馬車を曳く事もありゃー、警備もできる、二足歩行でどんどこ走れる、でかいトカゲのにーちゃんが穴にハマってよ。
いやー、笑ったぜぇ。んで、調子こいてもっと穴ぁ掘ってよ。そしたらな、後ろに掘り出した土が崩れてきてさ、穴掘ってた俺を見事に埋めてくれたんだわ…
トカゲのにーちゃんが助けてくれねーと、やばかったな。うむ、あれは非常に反省した。ま、そっからトカゲのにーちゃん達とも仲良くなって遊んでもらったけどな。
……ここだけの話だぞ?
後ろ足咥えて引っ張り出してもらった時、トカゲのねーちゃんも一緒にいてだなぁ。
にーちゃんに引っ張られて宙ぶらりんになってるトコへ、トカゲのねーちゃんがズズズイッと顔を近づけて、フンスカ匂いを嗅がれた時は… ねーちゃんのご飯になるんじゃないかとブルってたのは内緒だ。
いいか、内緒だぞ。ブルってもチビってはいないからな! いいな。しゃべんじゃねーぞぉ!! 言ったからなぁ!
あ〜 そんで、だ。
わかるか? そんな気分がなんでか続いてんだよ。どっからそんな気になったんだろうな?
けどさー、馬鹿を絞めに行くって聞いてから続いてる気もすんだよなー。思いっきり遠慮と容赦を取っ払って暴れて良いって事だから、それを期待してんのかもな〜。
う〜ん、やっぱそれの所為かな。
ひっさしぶーりの遊び場だ〜。
皆と一緒に行動しながら、所々に忘れずマーキングもしておく。用を足すともいうが、これが大事なんだよ。なんせここは俺の縄張りだからな!
家なんて、そんなもんあったら直ぐにわからーっての。馬鹿が屯ってんだろー? おおよそ場所の見当はつくさ。
皆は少人数で散開して確認に動くってさ。
もちろん、俺も一緒にどんどこ行って確認するさ。ふっふっふ。俺のでばーん。
日がある内に動きすぎると見つかる危険性もあるんだけどよ〜、山ん中での完全な夜陰だと皆の方の判別が怪しくなるからなー。俺は平気だけど。
それに今は確認だけって事だから、そんなもんだろ。目につかないように全員で来てる訳じゃない。居ない奴は居ないからな。その辺は自分のこと以外、知らね〜。
俺の役目は、わかってるぞ。
優先すんのは奴らの足を潰すこと。逃げる奴らを取り零さないこと。必要に応じて撹乱すること。こんなもんだよな。乱戦になっちまえば、皆に気をつけながら好き放題していいはずだしなー。はっはっは。たーのしみー。
可能な限りに近づく。
人の気配は確実にあるが、そんなに大勢じゃない。まー、微妙なとこ。
怒鳴る声と音はする。入り口であるこっちに向かってくる気配もしてる。多くても向かってんのは六人か? 鼻を蠢かしてもよく匂わねー。風の流れが止まってる上に風向きがなぁ。
皆も気付いて、一層注意深く隠れつつ入り口を注視してる。
ギ、ギギィ…
してれば、男が一人覚束ない様子ながらも扉を体で押して出てきた。
…早く動きゃー良いのによー。
少しそこに立ち止まったりするもんだから、後ろから追っかけて来た奴に出たトコで、すぐに取っ捕まって殴り倒されて地面にドサッと転がった。
「「 …! 」」
「助けに…! 」
静かな緊張が皆に走ってた。
「この人数なら、あそこにいる奴らは殲滅できる。しかし、奥に何人居やがるんだ?」
「それを調べに来たんだがなぁ」
「返り討ちに合う気もないけどな」
「逃げ出されて、一からやり直しになるのは… 」
「やはり、一網打尽にできる方が後の被害も少ないですよ」
「彼には悪いが、もう少し待ってもらう… か…? 」
「いや、仕方ない。内部情報を見込んで助けに、 ん? あれは奴隷か?」
「あ。 そうですね。手に奴隷の刻印が… ありますね」
「逃亡奴隷か?」
すぐさま皆が小声で論議してたぞ。所々で苦渋の声もしてたが、奴隷の一言から静観に移ったな。
転がった男は緩慢な動作で顔だけを動かし、その目が左右に動いて俺と目が合った。そして皆も気が付いた。
「こちらに気付いたか?」
「あちゃぁ… 叫ばれたら面倒だな〜」
緩めの緊張感が皆に漂ったが、それは杞憂に終わったんだ。
「手間掛けさせんじゃねぇよ!」
ドンッ!
何故なら、胸を強く蹴り飛ばされて軽く吹っ飛んで、男が再び転がったからだ。
ダンッ!
「かっ…… !」
ガッ!
「は… こ、」
バシッ!
転がったら、踏み付けられた。声が漏れた。髪を攫まれ、引き上げられたら顔を殴られた。咳き込んでた。
殴った手が、次に平手打ちした。
咳き込んだ口元から赤い色が吐き出されて、喉から下へと薄い筋になって伝い落ちた。
再度突き飛ばされて、ゴロッと転がってうつ伏せになった。体をだらんと投げ出して、今度は動かなくなった。
この時には何か言っていた皆の声は、もう聞こえなかった。意識すら向けてなかった。
殴られて倒れた姿だけを見てた。
目ぇ見開いて、見てた。
俺の鼻は流れた血の臭いを捉えてた。そこら辺の体臭も嗅ぎ取ってた。普段なら興奮する血の臭いに、急激に意識が冷めてった。
「おら、立て」
動く気配がない。
「おめー、やり過ぎてんじゃねーかぁ」
「死んだら、どーするよ」
「こん位じゃ、まだ死にゃしねーよ」
「ほんと手間掛からぁ」
「それにしても、よく動けたな。こいつ」
「にしても誰だ? ちゃんと掛けてなかったのかぁ?」
「掛けたはずだったんだけどよー」
「手抜きしやがったな?」
「したはずねーよ… 」
立ち上がる事は無かったから、襟首を掴まれた。うつ伏せのまま、ズルズルと引き摺られていく。
「… っ」
それまで浅く弱い繰り返しだったのが、首が絞まった息苦しさからか。声にもならない小さな呼吸音を出した後、もっと小さく弱くなったのを耳が拾った。
ボサボサの髪を掴まれ、引き上げられた時に見えた横顔は汚れてた。 引き摺られてく、抵抗の無い弛緩した後ろ姿。
みた、その姿ーーーーー
みてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみた、俺は動いた。
体勢を 入れ替える。
四肢で大地をグッと踏み締め、天に向かって首を振り、息を吐き捨てる。
大きく身震いを繰り返し、呼気を腹に溜める。上半身を震い沈め、地面に向かい合いながら溜め続ける。溜めた呼気を身内で回す。回してりゃー、上唇が勝手に捲れ上がって牙が剥き出る。剥き出りゃ牙の間から唸り声が漏れるが、そんなことは知らん!
グ・ウゥゥ…
「どうした? おい、アーティス?」
「落ち着け、何をしている!?」
「おい、静かにしろって」
小声でなにやら言っていたよーだが知らん。聞こえても知らん。そんなことに構ってる暇なんかねぇ。邪魔すんな。
呼気を溜めに溜め続けた俺は、腹の底から一気に吐き出した。
『 〜〜〜〜〜 號冴呀嗟吁噫嗚呼嗚呼!!!!! 』
そこに居た奴らを全員、声で縛り上げ。俺は走った。
ダダダダダッ!
ダンッ・ダンッ…… !!
瞬発に俊速かけて最速に乗って、跳躍に全体重をぶん回して力の限りに当たり咬ませと、後方から引き摺る奴の肩口に猛攻だ!
本当は首に一発咬まして、さっくり咬み千切って半分にしてやろうと思ったんだがな! だけど、母ちゃんの呼吸を確保するのが優先なのと、常々皆に人相手の場合は一発仕留めは止めてくれって言われてっからよ!!
こんな時でも理性残してる、俺すげぇぇぇえーーーーーーーー!!!
ガッ! ドンッ!!
ゴリ。
「ぎゃあああ!!」
「なんだ!」
「おい、どうし… ! なんだ、その黒い獣は!」
「魔獣!?」
「いや、こいつは!」
うるせぇ、黙れよ。
逃げる足に浅く噛み付き、肉を引き裂く。がっぷり噛み付くには複数居るからなぁぁ! 痛みに倒れかけるトコを狙って蹴散らし、先に齧りついた肩口に足を突っ込んどいた。
その体勢を維持して、逃げようとする他の奴らの背中に火炎弾を打ち当てる!
もっかい、息を吸って〜〜〜 吐くっ!!
連射だ、連射! その為に力を溜めて回してたんだ! だ・ぁ・れ・が、外すかいっ!
打ち当て、悲鳴を上げた所に背後から体当たり! 地面に這い蹲らせ、頭を上げて身を起こそうとするトコへ、再び背後から頭目掛けて俺様の足をドスッと叩き込んで地面に顔をめり込ませてやった。もちろん、火炎弾当てたトコも踏んどいた。俺の体重軽くないからなー、生きてなくても知らーん。
跳ねるように飛んで行って、倒れている横に陣取る。
『誰もこっちに来るんじゃねぇぞ!!』
周囲に思いっきり、ガンくれといた。
よし、来ねぇな。
んじゃ、土と血で汚れた顔を舐めて綺麗にしないとぉ!
へふへふへふへふ。 息整えて〜。
べろべろべろべろ。 舐めーる!
すんかすんかすんかすんか。 息してるの確認して〜。
べろべろべろべろ。 舐めーるっ!
『起きて!起きて! 母ちゃん! しっかりしてぇぇぇ!!』
必死こいてヒュンヒュン呼びかける。
「う… っ…ん 」
小さく返ってきた反応に、尻尾をびこびこさせる。
また顔を舐めーる。 んべんべんべんべ。
『起きてぇぇ〜』
ごろっと動かして、仰向けにして息をしやすいようにしてみた。
「… ふ、 ぅ 」
ちょっと楽かな? あ! 手ぇ怪我してる! 治さないと!!
んべろんべろんべろべろ〜。 舐めるのだー。舐めて治すのだー。
「い… っ 」
あ、痛い?痛い?痛い? 今やっちゃダメかな? 痛いなら止めとくかな?
そうこうしている内に皆が後始末してたらしい。そういや、「逃げるな!」とか「大人しくしろ!」とか「抵抗は無駄だ!」とか、そんな雑音してたなぁ。
そんなん俺はどーでもいーから知らんけどな。大事なのは、こっち〜。 ねー、母ちゃん。
「アーティス! お前、一体どうしたと!? ………… ぇ、 ? 」
やっと来た。
「 …ア、 あ。 ア、ァ アズ… サ ? 」
驚愕に呟いた声を鈍いと思って聞いた。
大体、おせーよ。父ちゃんは!
顔がみえなくったって気配でわかれよ! 俺なんて間際の一瞬しか会ってないけど、ちゃんとわかったぞ。たまーにぽつぽつ母ちゃんの名前呟いてたくせに、なぁんで気がつかないんだよ? 目、合っただろ? …合ってネェの? …まさかで見てなかったり?
…………そんなんだから、だめなんじゃねぇの? …もしかして父ちゃん! 父ちゃん、ほんとは母ちゃんに逃げられてたんかっ!?
その後は目がイッちゃってキレた父ちゃんが無双してた。俺もしたけどな。
これからは母ちゃんとも一緒だー。
もし、母ちゃんが父ちゃんと一緒にいないって言ったら、俺、母ちゃんと一緒にいるんだーい。ひゃっほー。
俺は身を捩って、ぶっ倒した奴の体にドンッと足を乗せ、尻尾を振り振り歓喜の雄叫びを上げた。
「 ワッ オーーーーーーーーーーーーーーーンッ…… !! 」
勝利の雄叫びと間違われていたが、そんなことは犬の俺は知っらーん。 カンケーねー。
ん? なんだ?
俺を育ててくれたのは、父ちゃんだぞ? 記憶はうっすらだが、死にそーだった俺の命を繋いで紡ぎ直してくれたのは、母ちゃんだ。
母ちゃんが俺を父ちゃんに渡して、父ちゃんと一緒に居なさいねって言ってたんだ。
………………… ? 命を紡ぐとかは母ちゃんって言うんだろ? 皆がそう言ってたぞ? 俺、そう覚えたぞ? …言葉の使い方、間違ってねぇよなぁ。
母ちゃん、俺は良い子で居たよ!
幸か、不幸か。この世界に犬語を翻訳するバウリンガルは無い。
犬言葉は犬言語であって人間には一切通じていない。以降も犬が人語を話す事は、百と八つ何らかの言葉を唱えても無いことだ。
父ちゃん、母ちゃんに逃げられ説。 ……一見すると魔獣としか見られない黒い犬に、それはそれは恐ろしい疑惑が芽生えた日であった。
三年で、こんな立派な犬に成長しました! 黒い犬に常識を教えたのは人間です。
本日、仏滅。 次週、大安で66番。
66は〜 その1、ハージェストのターンです。
その2を失ってからの、その1に、これがまたひっじょ〜〜〜うに、ぴったりな歌があるんですけどねぇ… うーん…
以前書いた、それではクエスチョン。
また書こうと思ったが、掲載のタイミングを迷うと外してもうそのまんま。