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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
64/238

64 なんで?

 

 夕日が落ちて今日が終わっていく。

 夜気が、だんだんと忍び寄ってくる。その代わり、家や店には火や魔力光が灯って周囲が明るくなる。繁華街になると、特に賑やかに感じる。猫になってる俺の目には、ちょっと眩しい。


 屋台村の中の一つ。

 この屋台の親父さんの焼肉が美味しいんだ。めっちゃくちゃ美味しい。



 今は、ちび猫してる。

 今日はレオンさんが手紙をくれた翌日から数えて三日目だ。翌日お礼を言いに行った手前、一日は空けた。連絡を黙って待つべきかと迷ったが、午後から聞きに行くことにした。


 領主館の受付は、いつも通りだった。


 受付さんと話して待った。

 レオンさんは居なかった。代わりに来たのは、あの素気無い制服さんだった…


 「今は忙しい。必要外の連絡は無い」



 これの他にも少し… うにゃうにゃ言われた。



 ふはははは…  へこたれます。

 俺は間違いなくダチを当てにしてました。一時的にご厄介になろうと、やって来ました。ですが、それは一時いっときです。ちゃんと自活の心構えも持って、この世界に来ました。

 金の無心に来たんじゃないが、現状そう受け取られているようでさぁ… 荷物盗られたし、その事を伝えているのが絶対響いてる。


 ダチが貴族じゃなかったら、こんな事にはぁぁああああああ。 あ〜あ。


 そんで不貞腐れた。

 引き籠もりはしたくない。街中ぶらついたけど、鬱憤晴らしは人じゃ難しかった。しょーがないから、一番簡単な方法取った。うにゃうにゃ鳴いて、ブーたれながら猫駆けして発散してた。





 現在地は、あの夜の屋台村。

 この屋台村、大通りを過ぎた北西地区の一角にあるけど、比較的大通りに近いんだわ。しかも、夜限定。あの後、無事お着替えして「此処は何処?」したら、大通り近くで驚いた。


 あの後の事を話すとさ。

 腹を刺激する良過ぎる匂いに釣られたの。こそっと近づいて匂いを堪能してたら、空腹がキツくて腹が鳴った。



 くきゅるるるるっ


 最初よりは可愛いけど音量は変わらない、でかい腹の虫が鳴ったんだよ。しかし、猫姿ですから… まだ人ではありませんから。


 だから、せめて。


  匂い飯を!! 



 顔上げて、フンフン・スンスン匂いを堪能してた。涎は垂れてたと思う。



 それを屋台の親父さんが上から見てたんだろう。

 肉を一切れ、落としてくれた。あれも驚いた。普通、飲食店は動物お断りじゃん。盲導犬は別にしても、近寄んなっての。屋台でもダメだろー?


 なのに、天から肉が降って来た!



 でも、降って来たのは生肉だった…


 今の俺は間違いなく猫だが、生肉食っても平気なのかは不明だ。嬉しい反面どうしようかと生肉を見て、恐る恐るちょいと手を出した所で横から飛び出てきた奴にかっ攫われた!


 「 …  にゃあー!!」


 俺が貰った生肉なのにーー!!


 叫んだけど遅かった。獲ってった奴の姿は遠かった。自分で言うのも恥ずかしいが、叫んだテンポも遅かった…


 手をちょいと出した格好で固まって見送ってた…



 「トロくせえな」


 背後の親父さんの的を得たご発言にショックを受けた。

 ベタブラックにフラッシュ光ってガーン!だよ。ちび猫の心臓にぐさっ!ときたよ…


 そのまま黄昏た。

 ガッカリして下向いてた。俺はもしやのダメ猫でしょうか?


 「そら」


 ボトッ。


 今度は焼かれた肉が落ちて来た。


 や・き・に・く!です。



 バッと肉に飛びついた! 全身の筋肉を総動員させて飛びついた!


 『これ、俺の!俺の!俺が貰ったの! 俺の肉なん!』


 しっかり手で押え、口に咥えた。さっきの生肉よりでかくて、俺の口から食み出る焼き肉をが〜っちり咥えてから、しっかり左右を確認した。咥えてる時点で肉汁が俺の味蕾を刺激するぅぅ!!


 肉汁 ん〜ま〜あ〜。 軽めの塩加減が、んまぁい〜。

 肉汁に涎が溢れて口腔内を満たしていく。なんつー幸せ。少し砂利噛んでペッペだけど。


 見上げたら、肉を焼いてる屋台の親父さんが俺を見てた。

 特に笑ってるわけでもない。どっちかってーと仏頂面な親父さんに、後光が射して見えたよ。ハゲてないから、光ってもないけどね。


 『ありがとう、ありがとう! 親父さん!』

 

 声に出せない謝意を示す為に、肉を咥えた状態で小首を傾げる。尻尾をぴょこぴょこ振る。目をキラキラさせて見上げたんだ。

 自分のラブリーモードを全開にしたはずだ!!


 それから、人に蹴られないよう注意して、その場を離れた。今すぐ食いたいが、横からまた奪われるのはご免だ。落ち着いて食う為にも移動する。


 すんごく美味かった〜。


 幸せを噛み締め、猫牙で肉を噛み締める! 


 うまうま食った。




 これがあの夜、この屋台村に着いてからの話だ。


 猫駆けする内に夕方になったんで、夜限定のココに来た。


 肉をくれた、あの親父さんを思い浮かべる。脇目も振らず一直線に親父さんの屋台に来た。あの味を忘れられずにいるのも確かだけど、その為じゃないんだ。

 これからの自分の利便性の為にも、俺は猫レベルに猫スキルを着々と上げるんだ。いざと言う時に食費を浮かせる為じゃないんだ!


 猫技 『それ、ちょーだい』


 この技能を上げる為に、親父さんとこに来ただけなんだぁぁ! 

 この猫技も複合体なんだ! 小首を傾げる『仕草』に、的確な場面で出す『可愛い声』に、お強請ねだりに少し手を持ち上げる『タイミング』。まだまだ修得してない、練習さえしてない単一技を本能だけを頼りに繰り出して、技へと編み上げるんだ!


 しかし今回、俺は余り物があったら頂戴って言ってんだ。ちゃんとお座りして行儀良く待って、じいっと期待を込めて見つめて待ってるだけなんだ! 

 深夜のコンビニ入り口で、ブツを買って出てきた人間を待ち構えて集団で鳴いて要求するような、猫・大合唱はしてねーよっ!! 狙い目の人間を絞った的確な手法だと思うけどな!



 ……ダメ思考じゃない。ダメ思考じゃない。ダメ思考じゃなーいっ! 親父さんとこの匂いが良すぎるんだ! 猫は動くと小腹が空いちゃうんだ。匂いの魔力が強烈なんだーっ!!



 パタパタ、シャッシャッ。


 無意味に尻尾を左右に動かして、地面を掃き掃除する。




 …だけどなぁ。この親父さんにあるのは、猫に餌を与えてる意識で人相手なら商売。実は人だと知れたら怒るだろうな。いや、気持ち悪いだろうか?


 世界に魔力が満ちてる事自体が違いすぎて、大きいんだけど。


 …自分で決めて此処に降りた以上、俺がこの世界に合わせて色々変えて生きていくしかない。しかし、猫はする。そう決めた。バレてもバレなくても、無事に生きていけんのかと思う気もするが〜 迫害とかされないか?とか考えると非常に恐ろしい懸案事項だが〜


 きっと… 大丈夫だろう。根拠がなくても大丈夫だと信じよう。なんたって、おにいさんが「行って来い」と笑って送り出してくれたんだ。


 やるっきゃない。

 自分なりにやって頑張れなくなったら、しゃがんで休む。休めたら、また頑張る。それでも、きつかったらハージェストに丸投げしよう。



 …ハージェスト。

 ハージェストが俺を拒否ったら終了? いや、それはないはずだ。と、…思いたい。なんかほんとに、ハージェストが俺の命綱な気がするけど、今の状態なら拒否られた場合も視野に入れないと拙い?


 自衛手段は必要だ。絶対要る。特に猫に愛護が無いのはキツい。まぁ… それは横に蹴っといて。それなら何の為に此処に決めたんだろうな?


 ハージェストに会いに行こうと決めたのも本音。決定であったのは確か。だけど、もう一つ本音を言えば、おにいさんとこが良かった。そりゃ、良かった。


 だけどさぁ。ほんの少しだったけど、おにいさんが迷った気配を感じた。ナンに対する迷いか不明でも、確かに迷った気配を感じ取ったんだ。


 『加護を理解する者に依っては、拙い事態になるかもしれない』


 迷ったのはコレを指してたはずだ。説明くれた時の表情からしてもそうだろ。基本的に助けてはやれないと言われたんだ。迷惑ってか、心痛の種になるなら行かない方が… ってね。俺を助けてくれた、あの人のお荷物になるのだけは勘弁。




 俺に会いたいと思ってるはずの友達が決定だったのにな〜。

 おとーと君には不審がられた上に、他の竜騎隊の人にはどうやら鬱陶しがられてる。本人帰ってこない。…仕事なんだから、言っちゃなんねぇ不満だけど?

 本人じゃないとわからないって事実が、こんなキツい事態になるとはね〜。はぁ。上手くやっていけるんだろうか? 状況次第か? あやめ姉ちゃんの忠告通り、とっとと見切りつけて離れないとダメかもなぁ。


 ……なんで連絡くれないんだろ? 手紙の片隅に一言書いてくれれば済むのに。




 猫の手。猫の爪。猫の声。猫では通じない言葉。

 何時まで経っても、どこかでおかしい俺の言葉使い。自分でおかしいと思っても、埋まり切らない。盗まれて失くしたリュックに見つからない現状。会えない友達。


 人でありながら、人でないモノになってる俺。



 賑やかな屋台村。もう酒で出来上がってる陽気な声。楽しげな会話の人の輪の中に、猫でいる俺。猫だから、当たり前。でも、猫の姿の方が… なんだか楽で動きやすい気がしてる。そう感じてる。多分、明日もきっと朝は体がダル重いんだろう。原因なんてわかんねーよ。


 ああ、やっぱり。  俺は輪から外れてる。



 一瞬、ナンかがぐるっと回った気がした。

 視界がブレて重ねて歪んで引き延ばされて、吐き気がしそうな目眩がしそう。強く目を閉じても、どっかが回ってる。 世界の何かに吊られて回る。


 ……感覚こそが  気持ち悪い。




 熱と気分の急降下に、ぶるっと震えた。

 震えで自我を取り戻す。瞬きしたら、俺は俺でイた。屋台村に居る猫の俺の現実は変わっていない。屋台村の所々に置かれてる篝火は、風に小さく火の粉を飛ばしてた。


 「親父、一杯追加!」

 「肉の炙り、一つくれ」


 「へい、まいど!」


 「あれ? こんなトコにちびがいる。 へー、行儀が良いな。お前」



 酒の匂いをぷんぷんさせてる赤ら顔のおじさんが、手を伸ばして俺の頭を撫でた。

 おじさんの大きな片手に俺の頭がすっぽり収まる。もう少し優しく撫でてくれないと、猫の脳がシェイクされますがな。


 香ばしい肉の匂いと酒の匂いが、流失強制大執行を施行した。 


 流れてったのは、きっと…  俺の鬱。 『鬱じゃねぇ?』 そう感じていられるだけ、ましだろな。




 ……………………… ハージェストォォ!! 早く仕事から帰って来てくんなぁぁぁい!!!  俺、本気で猫満喫できちゃいそうで怖いんだけどぉぉ!?


 


 「うにゃぁぁぁあああああ〜〜〜んっ!!!」



 「お? どうした? 腹減ったか。ほら、食え。食って太れ、ちび」



 ポーイッ。


 ヒュルルン。 ボトンッ!



 焼き肉が降るぅー!! かぶり付かねばー!!



 「うにゃーあっ!」

 「そっか、そっか。美味いか〜。よしよし、でかくなって害獣獲れよ〜。わざわざ生かしたまま見せびらかしに来んで良いからな。見せに来るなら、確実に仕留めてからにしてくれよぉ? 口から離した瞬間に、そこら中を走り回るなんて駄目だぞ〜」




 うまー、うまー、うまーっ!! ハージェストォォ! ココの店の焼き肉うまーっ! 皮目パリパリでジューシーチキンーッ! って、この肉チキンか知らなーい。でも、うまー!


 ハージェスト! 

 今度一緒にココに食べに来よう! 猫じゃなくて、人として金払って食いに来るんだ!! そんで、お金持ちなら、やっぱ奢ってぇぇぇ!



 まだ会ってない、金髪さ〜ん! 頼むから、俺のハージェストでいてーーーっ!! 




 「うっにゃああああーーーーーーんっっっ!!」



 「あ? おかわりいるか?」

 「にゃうん!」


 






 ちび猫として立派に順応していた。













 そして、その日のハージェスト・ラングリアはと言えば…




 「あああ!? まだ出やがるかぁっ!」


 「この辺りも手抜きですかねぇ?」

 「それとも、これがもう通常になっていますか… 」

 「人手が足りんか、人材が不足しているのか? どっちもな感じです」


 「ロベルト様が頭が痛いと仰る理由もわかります」

 「主原因はアレですね。複数に跨がる前任者共の手抜きです。だから今になっても、まーだ響いているのでしょう」

 「こんな場所、初めっから目は届かないですよ。前年から大きく落ち過ぎていなければ流れますって」


 「所詮、一時預かりのルーチンです」

 「それから、右肩下がりで落ち続けていったんでしょうねぇ」

 「自分の所ではありませんし、任期期間の延長はまずないでしょう。そうなれば、使い込みですかね」


 「セイルジウス様が本腰を入れるかどうか、随分懊悩されておられたのもわかる気がします。これでは流すのも有りでしょう」

 「本当に。穿った見方をすればどこまでも… ですかねぇ?」

 「ある意味、最低です。よくまぁ、こんな場所を。位置が位置であったからですか」



 「これに、 こ・こ・ま・で・手が掛かるか… !   ちっ!   終わらすぞ。仕留めろ」



 「「「  はっ !!  」」」





 数人の部下を引き連れて、休む暇無く働いていた。

 部下の言を耳にしながら目の前の現実を見据えるその目は、際立つ程に険悪だった。


 ハージェストは彼が率いる隊の総責任者である。ラングリア家の人間として部隊を率いる名目と並行して、責任を持つ。若輩である故に、隊には補佐を兼務する小隊長がいる。


 小隊長側からすれば、また別の責務が発生するが、それを汲み取れない者は普通に上には上がれない。



 本来、ハージェストの立場なら、部下を顎で使って指揮系統だけを担っていれば良い。だが、ハージェストの上には、兄のセイルジウスがいる。ハージェストには報告の二文字が控えている。

 説明に問い返されて手間取る下手な報告などすれば、兄はぎちぎちぎちぎちと絞ってくるのだ。使える弟をより使える様にと、兄の配慮と愛情に、手厚い勉強と称して何か違うものを包んでまぶして絞るのだ。


 それを知り尽くしているからこそ、全てで無くとも様々に動いて現場確認を怠らないハージェストである。


 彼は、この一件が終われば休みたい気持ちでいる。家の仕事と言えども暫くは一切せず、愛犬アーティスと狩り遊びでも楽しむか、ゆっくりしたいと願う気持ちが非常に強い。今しているのも狩りではあるが、仕事と遊びでは主体性の持ち様が違う。違い過ぎる。


 本当に、一体いつから家の仕事で休み無く働いている事か。


 しかし、現状を知れば知る程、このまま自分にお鉢が回って来ると睨んでいる。最悪だ。

 常駐予定で来てはいない。竜騎兵も自領に必要だ。当主である父に正式に告げていない以上、そこまでは無いはずだ。

 無いはずなのだが、そう思って甘い気持ちでうっかりしていたら、兄から押し付けられそうな一面が予測できてしまうのが心底嫌過ぎる。


 それらを回避・遮断する壁を築かねばならない。



 一連の全てを顎で使って報告待ちの立場で居て良いのは、長兄のセイルジウスだけなのだ。




 

 










 屋台村での夜は楽しかったな。

 話せなくても、雰囲気は楽しめた。気落ちもするけど、改めて人で行けば良いだけの話だと割り切れば、どうでも良くなった。…それに猫なら結構あちこちから、お恵み肉が降ってくるんだよな〜。ちょっと見上げてたり、小さな声で可愛く「にゃぁん」ってったら、「一つだけな」ってくれるんだよねー!!  皆、優しくってさー! 


 お恵み肉をうまうま食ってたら、喧嘩始めた人達も居た。それは即行で仲裁ってか、止めさせられてた。「飯食ってんの、邪魔すんな!」って感じで、一斉に他の人達が複数でボコる方向で終わらせてた。あれ、喧嘩両成敗を通り越してると思う。

 屋台村は北西地区らしくて、らしい感じで安全圏だった。…境界線なんてわかんないけどね。


 宿に戻って夕食取って寝た。


 翌朝の体調は、やっぱりダル重かった。は。

 そんで、その日は洗濯と勉強と風呂とマッサージ。あ〜、あと散歩?




 レオンさんから手紙を貰って、今日で五日目になりました。

 午前中は宿で勉強しながら連絡を待っていた。でも、来ません。俺の方が聞きに行くべきだと思うから、領主館に行く。また来たかとか思われない事を祈る。






 領主館のアーチは植物の緑で鮮やかに色付いてた。

 見なかったのは、少しの間だったのに。もうこんなに違う。日々成長してますね。これから夏に向かうんだ。



 「こんにちは」

 「はい、あら」


 手元から顔を上げた受付さんは、別棟に案内してくれた女の人だった。


 「こんにちは。今日は何のご用事ですか?」


 この人なら、話が早くて助かる。レオンさんをお願いしたら、困惑された。


 「昨日の内に出立されましたわ。竜騎隊の方々は、もうどなたもお出でではありません」


 は?


 「昨日、昼を回った頃に歓声を聞きませんでした?」


 そういや…  風呂屋で聞いた様な、聞かない様な…


 「前もっての決定ではありませんでしたけど、ご帰還とお聞きしてますから」


 受付さんは、知らなかった事を『あら〜』みたいな、『なんで気付かないの?』みたいな顔でいた。



 もう、居ない? 

 えー…  ナニそれぇ…



 二言三言話して、手紙等ないか確認願って〜。




 無かった。



 外に出て見た別棟は変わらない。違うのは以前、聞こえた竜の鳴き声と気配が無かった事だけ。


 受付さんは、「連絡がどこかで滞ってるのかも」とか、「何か来たら宿へ連絡しましょう」とか。気を使って、色々言ってくれてた。


 頭を下げてお願いして、領主館を出た。

 出る時に見上げた緑のアーチには、青か紫か。寒色系の花の蕾が幾つかなっていた。


 あの花は何時、咲くんだ?

 

 事態への逃避か、見上げてそんな事を思った。




 これは… 最終的には、ランスグロリア領まで行く事になるのか? 自力でここまで来いってか?





 この現実に半ば呆然としながら、街中へ帰還する。



 「は、はは。 あははははははははははは… 」


 歩いてたら、妙に乾いた笑いが出た。

 立ち止まって、領主館を振り返る。どっから見ても立派ですねー。








 「 …バイバイ。   ハージェスト 」


 口から、ぽろっと言葉が滑り出た。

 その言葉に自分でも驚いたが、すっげぇスッキリした。ス〜ッキリして気持ちと体が軽くなった。



 『じゃあ、プランを立て直そうか』


 そういう気持ちになった。もう、渡すお土産も無いしさ。



 市場に行って、揚げ菓子とジュースを買って食った。甘さが美味い。占いのばーちゃんを思い出したけど、『はいはい、自力ね〜』と流して頼んない。

 


 宿に帰る前に、警備さんとこに寄った。犯人の件と竜騎隊の話をした。


 「まだ、見つかってなくてな」

 「昨日の昼過ぎだったなぁ。見たか? カッコ良かっただろ?」


 これが答えだ。俺が風呂行ってマッサージしてる時に終わったな。昼過ぎの時間帯が一番空いてるって教えて貰ってた。だから、昼食時間をズラして行ったんだ。この時のマッサージは、男の先生一人だけだった。


 「外に出ちゃってねぇ」


 苦笑する顔で先生は俺のマッサージをしてくれた。お姉さんとはまた違う手慣れた感じが気持ち良くて、ちょっと寝たっぽい事実。どー考えても、この時だろ。




 「何と言っても竜での討伐は強いよなぁ。俺らが手子摺る奴らでも、彼らなら『あっ』と言う間だ」

 「ま、俺らはちまちまでも、やるしかないけどな」


 大掃除は魔獣退治かと聞き直せば、他にも上層部がナンかって言った。

 下っ端な俺達には、もう少し後からお達しがなんとかって。けど、やっぱりそういった事は黙っとけって。言い触らすじゃないけど、上が絡む噂話の元になるのはヤバくもある。そういう手合いに見られると自分が損をする。


 お達しが出た後なら良いが、それまでは自分の為に黙っとけと。





 「ただいま です」

 「お帰りなさい」



 宿に帰って、机の上の教科書を手に取る。

 間に挟んだ手紙を取り出し、便箋を開く。「今少し」と書かれているはずのスペルを見直して、指でなぞる。手紙をくれた相手の顔を思い浮かべた。


 緑の目に黒い髪。きっちりと着こなした制服姿。


 蒼い目に金の髪の相手の顔は、浮かばない。どんな顔か、俺は知らない。そんな記憶はない。どうあっても、ない。

 どうしようもない。代わりに浮かぶのは、おとーと君だ。




 俺はガキじゃない。わめく前に考えられる事を考える。


 一、レオンさんの書き忘れ。

 二、受付さんの言った通り、郵便事故でどっかで手紙が止まってる。

 三、レオンさんの時間が無くて書けなかったが、忘れてないから後で連絡が来る。

 四、全ては欺く囮捜査!


 …受付さんは、ご帰還と聞いてるって言ったな。警備さんは終わったって言ったな。


 五、ハージェストに連絡が行ってない。もしくは、ハージェストが見ていない。

 六、連絡を見たが忙しくて、ハージェストの脳裏から抜け落ちた。

 七、ちゃんと見たが、ハージェストがシカトした。初めから会う気が無い。



 こんな所かな?


 おとーと君が連絡を出してくれたのか、怪しく思えて来る。


 「吹聴するな」


 怒って言ったセリフを思い出す。

 でもなぁ… 嘘はかないと思うんだ。腹立っても、するこたすると思うんだよ。あの手のタイプは。


 黙ってろと言った警備さん達。


 ため息が出る。

 宿を延長したのが良かったのか悪かったのか。でも、もう延長はしない。必要性が無い。待つ間にする事は、猫と読み書き。比重は猫で。

 それと… キルメルの情報を集める。それに合わせて必需品を選んで買う。こんなトコだな。


 よし、以上だ。



 …ああ、そうだ。靴をどうしようか。まだ、保つよな?  

 キルメルに行って、部屋を借りたら新しいのを買おうか。そこを拠点にしたら、色々買って自分の物を増やそう。




 何時かの時みたいに、置いて行かれたとは考えない。

 そう思う程度に知り合いじゃないね。一般人と、お貴族様だし。期待なんて落ちるもんだ。 むやみやたらに掛けるもんじゃない… ね。






 そう決めて待つ事、三日。連絡無し。脈は薄い。今少しって、ここじゃ何日を指すもん?


 読み書きは『進んでる』と思ったら、わからんなる。あれっ?て感じで、わからなくなって嫌になる。捗らないから、とにかくスペルに慣れる事を目的に書く事に集中した。

 猫は相変わらず。号令掛けても思い通りになんない。しかし、ストレス発散には優良。空き地で雑草に猫暴れしても、誰も怒らない。




 午後からは、クレマンさんの宝石店に行く。預けてたのを引き取る。

 約束した期日は明日までだけど、十分だ。自分で保管しないと駄目だ。品を選り分けて、取り置きと売る分を決める。大体の売値を決める。手持ち額を確認しないとな。


 約束は約束だけど、クレマンさんにお礼した方が良いかなぁ…



 「ノイにいちゃん、どこ行くの?」

 「クレマンさん、トコに」


 「いってらっしゃい」


 オルト君の見送りを受けて外へ出た。


 そういえば、女将さん大丈夫なんだろか? あの宿自体、大丈夫か? 女将さんと親父さんが喧嘩してたって他の人が言ってたが、もうなんとも言えね。でも、そこまでは俺も知らないよ。他人に回す余裕なんて、俺にも無い。この街には住まない。


 


 「こんにちは」


 防犯用の重い扉を開けて貰って、お久しぶりです。


 「ああ、いらっしゃい。こちらへどうぞ。丁度、人が途切れた所でしてね」


 商談用のブースに案内された。

 ウエストポーチから、割り符を出す。


 「預かり、ありがとう。出すの、お願いします」

 「おや、今日でよろしいのですか? それと、お友達の方はどうでしたか? 竜騎隊は街を出ましたが」


 あ〜、言い難い。勢い込んで聞かれても〜。


 「会えて、ない です」

 「おや… お忙しいからですかね?」

 「わからなくて です」

 「お友達ではあるんですよね?」


 「わからな い… です。 人、違い かも」


 その後、根掘り葉掘り聞かれました。ほんと聞かれた… 領主への伝手と言う結構な綱が切れたと考えたら仕方ないか。


 「預かりに お金 幾らか出す、です」


 「いえいえ、一度決めた内容です。それは構いません。お友達でしたら、と言う話でしたしね。あ、ちょっとお待ちを」


 席を立って扉の向こうに声を掛ける。

 話を聞いても変わらないクレマンさんの笑顔に、年配と言っても、ほんと大人だなぁと思った。



 「ところで、ノイさんはこの後どうされるんです?」

 「以前言われた、キルメル 行こうかと」


 「失礼します」

 「ああ、持ってきたか。さ。お茶をどうぞ」


 初めて会う徒弟さんに会釈して、有り難く茶を飲みながら話をした。


 「ふーむ、ノイさん。先が決まってないのでしたら、どうでしょうか? 今、私の知り合いが来てまして。ま、業者仲間ですよ。人が足りなくて、一人か二人欲しいと言ってましてねぇ。探しているんですよ。裏に馬車を停めてます。その馬車に乗っての旅になるのですが、少し見てみませんか?」



 …行商の手伝いを斡旋されたで良いんだろうか?

 


 「彼は手広く商おうと頑張ってましてね。キルメルにも行きますが、足を伸ばして王都に行く事もあります。王都へは年に一回有るか無いかでまだまだですが、前途有望なのです」



 キルメルから王都へ。

 ……新しい道を求めたら、開けるもんだね。待ちの姿勢より、よっぽど良くない?


 

 「見るだけ、でも?」

 「明日には出立しようかと言ってました。本人は外に出てますが、馬車の確認だけなら問題ないですよ」

 

 「明日!?」

 「行くなら、掛け合えば良いんです」


 

 しかし、明日はちょっと早過ぎる…  これは無理かな? いや、思い立ったが吉日じゃ?


 悩みながら、馬車を見に外へ出た。

 



 その馬車は、幌馬車でも立派と言うよりゴツかった。頑強な造りで間違いない。


 「専門の護衛の者を雇うのは、まだまだ無理の様ですが〜彼自身、腕が立ちますからね。他にも同行者はいますし。それに他の商隊と同行する事もあると聞いてます。一人旅よりは、よほど安全ですよ」


 他にも利点を説明してくれた。






 その馬車を一目見て、俺が思ったことは。



 『 あの馬車に乗ったら、終わりだ 』





 見た時点で、心臓が嫌な悲鳴を上げた。


 頑強な幌馬車に馬は繋がれていなかった。二頭立てらしく、馬を繋ぐ紐が巻き付けられて整頓されてる。

 一見しても、よーく見ても、どこにも怪しい所は無いゴツいだけの馬車。それでも、意識の片隅がヤバいヤバい、怖いマズいと喚いてた…


 クレマンさんの話を上の空で聞き、適当な相槌を打ちつつ、内心冷や汗だらだらで馬車を見ながら何故だと考える。『何に』と考える。





 …俺はハージェストに、バイバイと言った。別れを告げた。

 しかし、絶縁状を叩き付けたつもりは無い。ゲームだってなんだって、時期があるだろ? クエストクリアすんのにアイテムが要る。それは、一定の期間内でしか入手できません。


 これと同じで今は無理だと判断したんだ。


 ……まぁね、俺の方から探さないとハージェストに知る術はない。そういう意味でなら、俺は会う事を諦めたで正しい。


 でもさ。あの馬車に乗ったら、絶対に会うことはないと思った。縁が切れる。そこに理由は無い。それこそ直感って奴だろ?



 会えないと、会わないと、会う道が閉ざされるは違う。

 分岐点に立ってる。


 立ってると理解しただけなのに、何故か青褪める。



 辿り着いた結論に、気持ちを落ち着けて再度馬車を見た。

 気分は乗らなかった。新しい門出の馬車に嬉しいと、気持ちは上がらない。


 『終わりだ』


 これが原因。直感が正しければ。



 宿に延長を取ってる事と明日は早過ぎる事。他にもちょっと、と言葉を濁して遠慮した。



 「そうですか、それは残念です。あなたなら良いと思ったのですがねぇ」

 「すみません。わざわざ、ありがとう ございます」


 店に戻って、預けた品を出してもらう。ブース内で品が間違いないか確認を始めた時に、起こった。



 ドンッ!


 「動くな!」




 声に驚いてブースから扉を伺えば、入り口を固める数人の警備さんがいた。あの服は警備さんです。でも、店内には俺とクレマンさんしか居ませんが?


 まさか、あの重い扉を蹴り開けたんでしょうか?



 「贋物を売り捌く者がいるとの通報を受けた。どいつだ!?」

 「通報を入れたのは、この店の店主である私です。この者です。上手く引き止めておりました!」


 ……はい?


 「あ、の?」


 「お前か! …まだ若いな。油断させる手か? どんな伝手を持ってやがるんだか」


 単語の一部が理解できなかったが、クレマンさんが俺を指差す態度や警備さんの雰囲気で、俺の立場が拙そうなのはわかるって! でも、なんでですかっ!?



 店内を素早く移動して俺の前に立ち、威圧する警備さんに腰が引けます。その手が俺の手首を掴む。


 『犯人は、お前だ!』


 俺を取り押さえる手と目が、そう叫んでる。


 「立て!」

 「いた!」


 力ずくで引き上げられる腕が痛い。説明を求めた所でグラッときた。前後の感覚が麻痺して目眩がする。体が揺れる。



 「…薬が効いて来たようです」

 「ふん。 こいつ、効きが悪いのか」



 急速に意識が薄れていく異常に抗い切れず、落ちかける。

 自分の体なのに、動かせない。警備さんの持ち上げてた手が下がるにつれて、俺の体もずるずる下がる。手を離されたら、体が床に横倒しになる。


 『うあ、頭打つ… 』


 思っても体の傾斜は止まらない。床の直前で何かが当たる。ナンかの反動で転がされた。


 体がゴロッと転がったら、警備さんの靴が見えた。…当たって蹴ったのは、アレらしい。



 頬に感じる床の冷たさと臭い、重い扉が開く振動に複数の靴音。直に頭に響く分、意識が持ち直した。


 落ちる目蓋の隙間から微かに見えた先と声。


 警備さん達とクレマンさんに、小さな姿。



 「二度と会う事は無いんだよね?」

 「ええ、ありません。会おうと思ってもできやしませんよ」

 「願っても無理だぞ」


 念押しする少し高い声に、柔らかいクレマンさんの声。警備さん… なんか笑ってねぇ?



 布が床に落ちる。


 




 宿に置いて来た俺のリュック。

 なんで、オルト君がココに持って来てんの?




 

 吐き気に目眩が俺の意識を掻き回す。蹂躙する。安眠に至らない眠りの渦に、無理やり落とし込まれた。





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