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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
62/239

62 ちび猫が請求しました

 

 民家が見えます。

 ご近所のお宅と比較しても大差ない、ごく普通の二階建て民家です。


 猫探偵は探偵らしく、現在、殺猫未遂事件を意図的に引き起こそうとした犯人と、それを見ていて止めずに笑っていた仲間の追跡調査を致しております。


 静かに足音を一切立てず、聴覚を研ぎ澄まし、猫道から追跡しました。

 追跡自体は容易だった。普通にベラベラ喋りながら歩いて行くんだぜ? 見逃さない。広い道に出られて人混みに紛れたら難しいけど、この辺は住宅地だ。四車線道路なんて無いから。


 ちなみに聞こえる会話は、普通にリア充っぽく聞こえてなんかねー!



 時々、足を止めて振り返る。上空も確認する。

 あの大人がいないから、注意は怠らない。


 当たり前だろ? 俺はにゃんぐるみ着てて見かけは猫でも、頭脳は猫だ!! 


 ……んあ?    あ。  ちがっ…  ちがーーーっ!  人!!  人だから、違うから!  間違い、今の無しぃぃ!!  



 ・…………… みっ にゃあああああああんっっっ!!










 あー、えーと。


 …そうだ。正直に言うと、追跡するのは迷った。

 あの三人さ、駆け出し組みだとしてもたち悪いよ。質が低い。宿の食堂で同じ年齢の子も、似た服装の子も何回か見た。けどさぁ、クレマンさんとこの徒弟くんと比較したら比較になんないって。…あれが彼の全てとは言い切れないけどね。知らんけどね。


 次に見つかったら、あいつは絶対同じ事をする。そう察せれたから、近寄らないでいようと思った時に言いやがったよ。



 「次に見かけたら、絶対仕留めて蹴ってやる」

 「おいおい、後始末どーすんだよ」

 「え? それは放っといて良いんじゃない? 誰かがするわよ」


 「失敗したんなら練習しなきゃ。的当てにはもってこいじゃない」

 「そうだろ。大体あんなんでも転がってりゃ、拾う奴は拾うさ」

 「……そりゃそうだな」



 それから、まだ色々言ってたんだわ。 『蹴ってやる』 これが聞こえた時点で静かに追跡を開始した。今の俺の姿は猫だけど、基本人には迷惑掛けてないです。いやまぁ食物連鎖とか言われたら、なんか微妙なんですが。でも、嫌ですから。嫌なもんは嫌ですから〜。


 で、初めっから俺を殺そうとしてて、初めっから俺を馬鹿にしてる奴に腹が立ったわけよ。


 猫を馬鹿にする奴は猫に泣くが良い。猫の制裁を思い知れぇ!  ま、人だけど。


 アジトを突き止め、警備さんに通報する。不審者通報入れたら取り調べられるだろ? それで何か出てきて問い詰められたら好い気味だ。自分でできない以上、できる人に頼みます。速やかに実行する為に、奴らのアジトを突き止めるのが肝心です。

 


 それに日が傾いてくる。

 俺の姿を隠してくれる。流れて訪れる夜の時間が俺の味方。


 それで決心して追跡し、突き止めたわけですよ。その家の周囲をぐる〜っと回ります。家の窓の位置に注意して素早く行動します。



 本来なら突き止めた時点で引き返そうと思ってた。でも、途中切れ切れでも聞こえる会話にムカついた。ムカついた、ムカついたぁ!!


 本気で仕返ししたい。

 いや、色々鬱憤溜まってるし。理性を働かせて安全を優先させて、間違いない選択をしてきたつもりだけど。これで正解なはずなんだけど! 胸のもやもやが晴れません。ちっともスカッとしません。


 キレるんなら、最初っからハジケた方が良くありませんかぁ? この頃、我慢と気落ちばっかりで疲れるんです。







 二方向の逃走用猫ルートを確定。

 一方のルートを使用する。アジトに生えてる木。その枝葉の茂り具合に枝の伸びてる向き、二階の窓の位置。隣の家の屋根。その屋根に登るルート。


 あの木は逃走用かと疑って見れば、家と木の位置が怪しく思える。でも、俺にしても良い位置です。二階の屋根に俺が居ても茂り具合が姿を隠してくれる。広い庭でない事がミソだけどな。



 二階の屋根に登りました。正面からは木の枝葉で見えないはず。


 ゆっくりゆっくり日が沈んで行きます。

 その間可能な範囲で観察してた。この家、使われている形跡が薄いと思う。二階の窓から覗いた窓の縁、埃溜まり過ぎてて汚いし〜。


 進入路を探せば蓋付きの換気口があった。押し上げ式の蓋。幅としてはギリでイケると思うが壁の上部で難しい。降りる時も登る時も猫には困難。窓は開いてない。正面のドアも閉まってる。


 むーーーーーん。猫手には負えません。




 「だからぁ、風を通しておこうってくらいよ」

 


 声に俺が弾けたよ。

 木の幹を駆け上がり、窓から反対側にひしっと隠れた。


 ガタン!


 「よし、開いた。あたしだって、今から大掃除なんて嫌よぉ。でも、何にもしてなかったら怒られるじゃない」

 「そうは言うけどよ」

 「二階は窓だけ開けとけば良いだろ? 一階に俺達が居るんだ」


 「手抜きしすぎちゃダメだって、もう。あたし達が寝るのは一階でしょ。そっちしててよ。それから晩ご飯だもん。あたし、台所確認してお湯も沸かさないと」

 「じゃ、まずは一階の方を手分けしてやるか」

 「荷物は二階に置いとく方が良いわよねぇ?」

 「そうだな。入り口は開けないが、用心に二階が良いだろ」



 「おい、運ぶからな。そこ開けとけよ!」

 「わかってる。閉めないよ」



 「そこ? こっちで良いんじゃなぁい?」



 ドサッ…  ゴツッ。


 「うわ」

 「あ、ヤな音した〜」

 「だ、大丈夫だよな?」

 「テーブルの上に出してみれば?」



 「大丈夫… だよな?」

 「あはっ。大丈夫でしょ〜? だって、コレ本体に結界掛けてるって言ってたじゃない」

 「…なんだよ、それ。俺は聞いてないっての! 最初っから言えよぉ!!」

 「やっぱ、鈍いわ。お前」



 「そっちは良いだろ? 他は?」

 「他に困る物はないな。ソレ片付ける?」

 「出してても良いんじゃない? 一番に見るだろうから」



 「それじゃ、下に行ってする事しましょ」



 


 バタンとドアが閉まる音。階下へと降りて行く軽い足音に、二つの少し重い足音。それぞれ違う三人分の足音が聞こえなくなるまで動かなかった。


 ふ。にゃふふふふふふ。

 猫に出番が回ってきたようです。何と言う、調子の良過ぎる幸運でしょうか? ここに転居して来た所なんだろか? 何言ってんのか、所々で聞こえなかったのが惜しい。



 …どっちにしろ、あの大人が帰って来るまでが勝負か。


 しかし、ちょっと考える。

 仕返ししたいと思っていたけど、具体性は考えてなかった。


 俺は殺されそうになった。それを他人に言っても相手にされない確率は高い。猫の話だ。そんな事でって言われるかも知れない。仕返ししたいのは、あいつ。でも、殺したいなんて思ってない。それは… 思ってないんだ。 本当に。


 仲間の二人は見てただけの同罪で… 


 んあ? …なんだ。

 そうだよな。同罪だよな? あの大人はあの場に居なかった。しかし、あの三人の上に立つと見た。これは大人の監督不行き届きって事だよな? あの後止めなかったし、笑ったし。



 坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い〜♪



 仕返ししようと思ったのは、されたからだ。泣き寝入りは嫌。

 人を頼れない以上、自分でやる。他に適切な方法ある? 被害届出すのは俺で、被害者にあたる猫も俺なんだ。人前で揃って並べないのに、どう説明しろと。


 俺は人権と、にゃん権を持つ。  


 だから。



 『 猫に慰謝料、払いやがれぇぇぇぇぇ!!! 』









 木から屋根に静かに飛び降りて、室内をもう一度確認。するりと侵入した。


 ぴっちりと閉じられた扉。この部屋から廊下へは出られない。

 室内には椅子とテーブル。ベッド脇に小さめの棚、隅に纏めてある荷物。それとテーブルの上のなんか。


 椅子に跳び乗り、テーブルへ。今の猫にお行儀なんて言わないの〜っと。



 テーブルの上には小箱があった。宝石箱ってか、宝箱ってか。バクンッと開く硬いバネ式じゃなかったから、問題なく蓋を猫手でパカッとね。

 中には詰め物の布と小袋があった。その袋の口が、ちょっぴり開いてるけど残念賞。中味が見えません。


 はいはい。ちょっと見せてね〜。


 遠慮なく爪を袋口に引っ掛けて、箱から外に出してオープン。



 …なんだろう? これは。

 いや、どう見ても玉。タマ、珠。又は球。ピンポン球な球形物体。



 テーブルの上を歩いて位置を移動し、窓を前にブツを見る。窓から射し込む僅かな夕日の光で猫の目に、はっきり映る。


 肉球で押えてコロコロしてみた。


 何の反応も無い。肉球のツボ押しにもなんねー。

 しかし、コレになーんか覚えがある。しばら〜く手でコロコロさせながら考えた。 丸い玉で宝石… じゃないモン。


 脳みそが、ペカッと閃いた!



 『あれか! 羊のぽちがココって指した時のブツか!』



 しかし、脳みそから引っ張り出した記憶映像と目の前のブツは別物だった… 何度思い出しても違っていた…



 でもまぁいいや。これを慰謝料として頂こうか。 …いや、押収しておこう。ナンかの証拠物品になるかもしれない。…そうだよな。うん。やっぱり、警備さんにお届けして後はお任せしよう。俺は猫探偵であって、それ以上でもそれ以下でもないからな。


 んにゃ? こら、そこ! 探偵に押収権は無いとか言わないの! 良いんだ。俺は猫探偵であって、人の権力の適応外なんだから。その辺りは臨機応変に頭を切り替える事をお勧めしよう。


 我が輩は、 『 今 』 猫である! にゃっふーん。





 距離よーし。目標物・出口よーし。持ち方のイメトレよーし。


 行くぞ!


 一、袋の口を爪と口を使って締める!

 二、袋の口より下を咥えて、ブツを引き摺らない!

 三、咥えたら、即座に窓へ移動して猫、大逃走!!



 そ〜れぇぇっっ!


 バッと纏め、ガッと咥え、ダッと逃走した。


 矢の如く窓から飛び出し、木に飛び移り、遠慮なく梢に爪を立ててガッガッガッと渡り切る! 隣のお家にお邪魔して猫街道まっしぐらに駆け抜けた!!


 見つかるかっ!と本気で駆けたんだ。
















 


 パリィ…  ン     

   シャラ …ラン    





 二種の音色が鳴り渡る。

 空間を渡る。


 音に音を重ねて反響させ、力を維持して空間をただ一人へと詠み上げる。




 一つ、組み上げられた結界が破砕する音であり。

 二つに、主へと火急を告げる音色であった。

 







 黒色浸漬塗装ブラックコーティングの爪と牙は掠めただけで、玉の持ち主が組み上げた結界を物ともせずにぶち壊したのだった。



 爪を牙を現してから、初めての構築された力(魔力)との対峙。 纏めて押える為に爪を立て、仕留めて持ち去る為に牙を剥いた。



 初めての魔力狩り。

 黒色浸漬塗装ブラックコーティングの爪と牙は、適切な力に接して無事覚醒に到り、適当な力であったので負担にもならずに終えたのである。


 男の黒い何かは大層怖い。

 しかし、男にすれば微弱過ぎ、その力は飾り(アクセサリー)でしかない。取り上げる事が何時でも可能であり、本質に影響を及ぼさない程度である故に容認したとも言える。その上で特筆するなら、自力で成し遂げた点に尽きる。男の中で『与える』と『自力』の区別は非常に高い。



 世界に存在するキラキラとの接触。反発・適応・融合作用により始動開始スイッチ・オン




 黒色浸漬塗装ブラックコーティングの爪 & 牙。 魔力狩りにより覚醒、勝手にレベルアップ。













 

 「なん… だと? どういう事だ! 破砕しただと!? あいつら、一体何をやっている!」



 夕闇が訪れた路上で一人の男が硬直して目を剥き、怒りの形相を露に空中を睨み付けた。小声で毒突き、即座に周囲を見回す。人影を認めて「チッ」と舌打ちをした。


 周囲に目を配り、何事も無かった風情で大股に歩き出す。

 人影の薄い方を選んで歩き、途切れた裏道で更に注意を払って立ち止まる。黒い影となった建物の間で、口中にて素早く何事かを唱えて片手を突き出す。


 その手から、有るか無きかの淡い光が解き放たれて空へと飛び出した。




 建物に寄り掛かり、影に潜む。

 息を殺し、耳を澄まし、己の体感する全ての器官を用いて男は兆しを待ち続ける。



 「くっ」


 唇の片方を持ち上げて、薄く笑った。


 「見つけたぞ。 …どこかに移動しているな。結界が壊されただけで、本体に異常はない… ようだな。 ふ。ついてる。どこのどいつか知らんが詰めが甘いなぁ。自分が何をしたのか理解してないのか、それとも使い捨てか? 

 ふん。どっちにしろ、人様の物に手を出したんだ。自分がどうなるか、その程度は理解しとけよ? 狩り出しに行くかねぇ。しっかし、あいつら何やってるんだ。あんの役立たず共!」



 影の中から立ち上がる。

 その顔に焦りの色は無い。あるのはふてぶてしいまでの余裕の表情だ。最早、その顔に比較的できた大人のつらはない。


 唇を持ち上げて笑う顔は、強者が弱者に対して見せる特有の笑い顔だった。











 にゃんにゃん、にゃーんっ。


 俺はご機嫌で走り抜けていた。

 振り返っても、追ってくる気配はない。人様のお庭を駆け抜け、塀を乗り越え、人間の足では追跡の難しいルートを走ってた。


 ここまで来たら大丈夫だろう。


 スピードを落として、日が落ちて暗くなった道をほてほて歩いた。


 さすがに口が疲れた。顎が痛いー。なんだか首も痛い気がするー。ちび猫には、ちょっと大変でした! でも、達成感に溢れて充実してます! こんな充実感、久々です!!



 少し先、斜めの方向に明るい光が見えた。

 きっとアレは魔力による灯り。火の灯りとは質が違うもんな。並んでるから、あの通りまで行けば人通りもある。馬車もまだやってるはず。帰りは馬車に乗ろう。



 家と家の離れた空き地。

 草の背も高く生い茂って良い感じ。雑木林に繋がってる一角。


 家の間隔も結構開いてるから、郊外に出ちゃったのかなぁ? 暗いのが好都合と走ってたけど〜 はっはっは。どこかわかんないままだしさ〜。

 暗いし灯りも無いから、ここで戻っても大丈夫だろう。ここらで戻る方が良いな。他に着替える場所探すのしんどい。



 空き地に入って奥へと進む。隠れるのに最適だが、柔らかめな草があんまり生えてなくて猫足には優しくない。体で場所を無理やり作って、咥えた袋をぽてっと置いた。


 ずっと咥えてたから、よだれがついちゃった。


 にーんまり笑う。

 目標物を見定めて、咥えて走った。捕捉力、捕獲力、跳躍力に知力。まだまだ体力面には不安が残るけど…  成功だ! 俺の目の前にある!!



 そう、俺は猫技を多彩に繰り出したんだ!

 猫技の『忍足』を駆使して、よくある猫技の『獲物を強襲』を実地。そしてまたよく活用する猫技『逃走』と『ジャンプ』。



 これらを組み合わせた、にゃんこスピリットが一つ!



 猫奥義 『 泥 棒 猫 』  を体得したんだぁぁぁぁ!!! 



 やったね! 

 そもそも猫って狩人ハンターか、遊撃レンジャーだよね〜。盗賊シーフ系とも言うか〜、にゃはは。


 しかし、わかり易く言っただけだ。泥棒じゃない。これは慰謝料だ!


 俺を酷い目に合わそうとした奴と、その仲間から頂いて来た慰謝料なんだから! チーズの謝罪・弁償すらしなかった奴らだ。しかも俺を仕留めて蹴ってやると言ったんだ!! 殺猫を予告したんだ! 猫が持つ当然の権利。にゃん権を行使する! 鉄拳制裁のトコを慰謝料で済ませてやったんだから〜。



 俺の初めての獲得品。

 …記念に取っとこかな〜。証拠物品提出やめよっかな〜。




 ふふふふ。

 猫探偵とは仮の姿、今宵此処に 『怪盗にゃんこ』 が降誕したのだ!!


 にゃ〜はっはっはっはっは!




 

 

 あー、あー、あー。

 笑い過ぎで腹痛い〜。腹筋きっつ〜い。猫でも痛くなるんだー。


 良〜い気分で笑って、お着替えしようとしたんだ。









 


 「そこにいるんだろぅ?」



 ジャリッと靴底が地面を踏む音に、低い声が俺の心臓をビクッ!と跳ねさせた。素早く姿勢を低くして、手早く袋を咥えて茂みの更に奥へと飛び込む!



 ガサガサッ



 「そっちか? 隠れたって無駄だ。居るのはわかってる」



 やべっ! 逃げ込んだ音で気付かれたぁ!?


 茂みの間に身を潜めて声の主を観察した。……間違いなくあの時の男だった。外した事に下手くそと笑ったあの男。


 でも、なんでココがわかったんだろう? 疑問は尽きんが、とにかく逃げるが勝ち!



 「逃げようったって、そうは許さねぇよ。お誂え向きに実に良い所に逃げてくれて感謝するぜ。そっちに都合が良いのなら、こっちにとっても良くてなぁ」



 一々、立ち止まってそんな長口上聞いてるかぃ!! 三十六計逃げるに如かず! 許さないとか言ってた時には、背を向けて駆け出してたよ!



 にゃんにゃん、にゃんにゃんにゃーーーーんっ!






 突然だったんだ。

 走ってた目の前に光の壁ができたんだ。


 『うえ! 何、まさかの結界!?』


 俺がガリガリ木で線を描いて作成する結界と立ち上がりが同じ。…こっちの方がナチュラルな上に強さも半端ないけどさ。ピンと来ないのは嘘だろう?




 距離が無かったんだ。

 逃げるのにスピード上げてた。光壁の出現は近過ぎた。


 Uターンしたら捕まるだけ。見える範囲は光の壁。絶対、円形してる。


 この勢いで光壁にぶつかったらヤベェよ! 怪我するよ! しかし、止まらなきゃと思っても、急には止まれません。勢いに乗った猫は直ぐには止まれません。

 ぶつかるのを避けられない以上、対抗措置は取る。不様に直接ぶつかる事だけは避ける! 一時的にしろ、光壁にしがみ付いて勢いを殺してみせる! 


 壁への着地と同時に蹴り直して地面に不時着だ! 


 即座に体勢を切り替える。両四肢を揃え、手を大きく開き出来る限りに爪を出す!! そして自分自身の気分を盛り上げる為に、俺が攻撃するんだと決めて叫ぶ!



 『 にゃ・ん・こ! クライムアターック!!』



 袋咥えてるから心の中でね。






 ガッ シャアアアァァアアン!!



 シャ リリ リィィィ〜〜〜 〜〜ンン  ン………





 ……はれ?  あれ?  なんで、にゃんで?


 俺の爪が掻き付く為に壁にアタックした瞬間に、あっけなく壁突き抜けた。んで、細くて甲高い割れる音がした。したら、光が粉々になって上から振った。


 身構えてただけ、すんごく空振りした気分。


 でも、立ち止まらずに走り続けた。空中一回転して着地と同時に跳ねて走った。上空の確認なんかしなかったよ。してたら掴まるだろーが。碌に見なかったけど、光の欠片が風に乗って広がってったのはわかる。前に落ちてくんだもんよ。

 

 「な、   なんだとぉ!!?」


 それよか、息を飲んだ後の怒号の方が拙そうです!





 明るい方へ、人の居る方へ。

 そっちに走りたいんだけど、地理に明るくない上に隠れる為に雑木林に向かったんで建物と無縁の方向に走ってます! たはっ。


 最悪、どうしよう!!




 シュタタタタタッ!


   ザザッ…      ザザザッ!!



 「逃がすかぁぁぁ!!」


 

 完全声が怒ってます。

 怖いいぃぃ!! 追われる心理が悲鳴を上げます!


 『あいた!』


 落ち葉を踏んだら、下に小石が隠れてたみたいで肉球が痛い。けど、立ち止まれません!


 樹々の間に茂みを通って、ちょっとした斜面だって駆け上った。直線で走ってない。なのに、相手との距離が広がらない。向こうが確実に詰めてくる。


 なんで? 灯りは無いよ。人工の遮蔽物も無いけど、なんで的確について来れるわけぇ? しかも、俺は四つ足で逃げてんのにぃぃ!!


 袋咥えてるから息が辛い。猫鼻でフンフン息切って、走りながら振り返る。


 淡い光がゆらゆらしてる。一直線に俺に向かってる。



 『うひぃぃぃぃ!!』



 スピード上げたよ!!  

 なにあの人魂ぁ! やめて・やめて・やめてぇ! 本気でやめてくんない!? それよか、この袋か玉に発信機ついてたりしない?? よくある、よくある、それよくある設定だよねーーー!!



 うぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


  


 放り捨てるかと思った時、音がした。



 シャンッ!   ザンッ!!



 「切り刻まれたくなければぁぁ  止まれぇぇぇ!!」



 声は思いの外、近かった。

 その声よりも先に急ストップかけた。隠れる先がなかった。雑木林が途切れる。斜面を下って進んだら、道に出る。その先に灯りが見えてる。でも、そこまでには距離がある。


 俺の姿、丸見え…


 

 止まる気なかったけど、止まるしかなくてぇぇ! でもほんとに止まれない。斜面の端っこ影の濃い場所を、こそそそそっと移動した。



 ジャッ!


 直ぐ後ろに恐怖が流れた… 

 現実の音に真っ青になり、体が硬直しかけて冷や汗が…



 「さぁて、面倒掛けさせてくれたそのツラ見せて貰おうか。使えるモンなら縛ってやるぞ」



 優位に満ちた声に同意するように、風がザンッと鳴って吹いた。

 

 切り飛んだ小枝が俺の横を掠めた。チッて小枝の葉っぱが俺の猫髭に触れた。


 触れた。





 しまった、やまった。失敗した。縛るって何を? 猫でされたら、どーなんの? 一生そのままだとか!? ナニそれ怖い。嫌。せめて、人で!!




 『殺される!』


 血の気が引いて、ドクンと心臓が動きを強めて叫んだ。


 思い出したくもない映像を思い出す。暗い場所で見た、運ばれていく姿と心臓が叫んだ言葉だけが頭を占めた。占め続けた。頭の中、パニクった。真っ白になって恐怖でぶるぶるした。


 何とか雑木林の中に戻って茂みの中に隠れたけど、もう動けない。口に袋咥えたまんま、両手の間に顔突っ込んで小さくなって震えてた。






 空気が変わった気がしたんだ。


 そっと片目を開けて見た。カゴと番猫が見えた。



 『 あ、着替えて人に… 』


 そう思っても固まった体が動かない。


 無意識にスキル解除に動いたんだろう。だから、目の前にカゴとマスコットの番猫がいるんだろう。理解しても体が強張って動けなかった。



 「隠れたつもりか? ふん、出てきな! それとも狩り出される方が好みかぁ!!」



 響いた怒声に体が跳ねる! ぼとっと咥えてた小袋が落ちたが、どうでもいい! ぶるってカゴに飛び込んだ! カゴに掛けてある布の上、番猫の傍で目ぇ瞑ってブルブルしてた。


 気付かずに、どっか行ってくれ!


 ひたすら願った。






 体にペとっと触れたのが、あったかかった。


 次に開いた俺の視界は真っ黒だった。


 真っ黒なのは毛だった。黒くて熱を持つスベスベな毛皮。

 視線を上げたら俺よりでかい。見上げれば黄玉トパーズ色した、生きて動いている目と合った。静かに俺を見てた。


 びっくりした。 瞬きして見返した。



 その身がしなやかに動いてカゴを離れ、薄い何かを揺らして視界から消えた。






 ソレを見て、初めて自分が部屋と呼べる場所に居る事に気が付いた。



 『あれ? ココ何処?』


 カゴの中、隣にあったマスコット猫がない。俺の黒い番猫がいない。



 天井を仰げばキラキラした塊があって、そこから金の光が零れる。零れた光は波打って四方に広がり、流れて落ちる。上から下への流れに従って、違う何かに変わって揺らめいてひだを作る。下に落ちるにつれて、筋を生み出す光は薄くなって色が変わる。変わった光が広がって床が銀光を帯びている。


 優しい光が、つるりつるりと流れて溜まって消える事が無い。

 消えない光がココは安全なのだと告げている。


 恐る恐るカゴから降りて床を踏めば、小さく銀の光が跳ねて散る。散った光が床に薄い不思議な波紋を広げた。



 区切られた場所。 …カゴしかないけど。



 忘れもしない、見覚えのある光の煌めきに泣きそうになった。






 


 「ぎゃああああ!!」


 泣きそうになったが不意打ちで響いた悲鳴に垂直に跳ね飛んだ! 心臓も跳ねた!! 涙も雰囲気も全部引っ込んで素っ飛んだ!



 「こ、のっ! どこに… !?」  



  ザ…  シュッ!    ドスッ…!



 切り裂かれる音とか、「どこに…  くっそぉ、見えんだとぉ!」とか、ドスンと転ぶ音とか… 


 一人の人間が発する音と声。

 それがリアルなぼっち演劇っぽいのが妙に怖かった。この向こうで何が起きているのか、見てみたいが怖かった。金と銀が織り成す光のベールの先で何が繰り広げられているのか、知りたくて知りたくない感じで怖かった。



 どどどどど、どーしよう…


 服を入れてるカゴの周りをトロけるチーズな感じで、ぐーるぐーる回ってた。

 聞こえてくる悲鳴が怖いんでカゴの後ろで停止。んで、カゴの縁に爪立てて顎をカゴに乗っける感じで立ってた。ベールの入り口を見つめて尻尾揺らしてたー。



 「この、  気配を…   この ままで…  」


 続く低い呻き声に罵ってる捨て台詞。

 引き摺る音に変な音が加わって、静かになる。



 なんの音もしなくなった。



 再び姿を現した俺の番猫は実に堂々としたお姿で無傷でした。傍に飛んでいって、その周りをクルクル回って怪我を確かめたが無傷だった。



 『これ、どうする?』


 そんな雰囲気で、番猫が小首を傾げて小袋に手を添えていた。


 「あああ、あの。それ。 こここ、ここのカゴの中にちょっと置いといても良いデスか?」


 吃りながら、お願いしたら頷いた。ちょいと片手で袋の口を押え、紐を引っ張って中味を床に転がした。出て来た玉は俺が袋に仕舞った時と違っていた。


 コロコロ…

 床に転がる玉の中に渦が見えた。綺麗とも思えない。玉の中に渦巻く何かがある。良いモノとも悪いモノとも判然としない。


 あんなモン咥えて持ってたんか!と思えば、ムンクの叫び状態になるぅ! ちょっと後ろに下がろっかな〜。


 渦巻く何かが出て来そうな感じも嫌だが、怖いより気持ち悪かった。




 平然と番猫が動いた。

 片手を上げ、玉に向かって振り下ろす。



 ベシッ!


   ドボンッ!!



       …… ぷかぁっ




 こんな感じだった。

 叩かれた玉は床にドボンッ!!と沈んだ。マジ沈んだ。


 『え? 床どうなってんのっ!?』


 思った次には、気絶した魚が腹を見せて浮かぶ様に玉が浮かんだんだよ…


 玉には銀光がまぶされてた。

 ぽかんと口開けて見た。そそそっと近寄って、まじまじ見た。中の渦も見えるには見えるけど、勢いってか… なんか…


 番猫を見上げたら、『もういい?』 そんな顔して、再び上手に袋に仕舞った。ソレをあっさり口に咥えてカゴの布をちょいと手で捲って中にinされた。



 …何だろうね? なぁんの問題もないみたいだよ。安心するわ。




 それから、俺をじっと見て。天井を見上げて。

 俺の顔に顔を寄せて。体全体と尻尾を使って優しく俺をリードして。


 大変気を配ったご様子で、俺の番猫様はコロンッと俺を外に出した。




 出された俺はコロリと転がった。綺麗に前方一回転を決めて尻餅ついてた。尻尾の先がピコッと動いた。



 振り返ったら、そこにはナンにもなかった。






 ヒュルリ〜〜〜


 草が薙ぎ倒され、小さな木が圧し折られ、夜風が吹き抜ける。そんな寂しい風景の中、ちび猫の俺だけがポツンといた。

 


 「クシュ!」


 くしゃみを一つして、もう一度スキルを使おうとした。………使えなかった。

 此処に来てから、連続してお着替えスキルを使った事はない。でも、あそこでは使えてた。でも、使えない。



 

 現実的結論が舞い降りる。


 おにいさんの界だったから、ですね? あそこだけの特別仕様だったんですね? 時間制限タイムアップは他にもあったってコトですかっ!?


 俺の成績だと、もしやの落第ですかっ!? 落第ですか! 不合格ですか! それとも補欠合格ですかぁぁ!  うわあああああああああっ〜〜〜〜〜! 


 悶絶しますーーーーー!!



 泣ける事実に泣いたとも。



 …こんな場所にぽつねんといても、しょーがない。そして長々と居たくない。仲間を連れて戻ってきたら冗談じゃない。お着替えスキルが使えるまで、後どれだけ時間が要るんだろ? 


 とにかく、安全な街中へ行かないと!







 猫になっていられる時間に、お着替えスキルの活用時間。それから、あのお着替え部屋に留まっていられる時間。課題が増えた…


 前者の二つは俺自身の問題だな。スキル使用に一日一回なんて仕様は無いはずだ。きっとない。なら、やっぱ俺の体力か? 疲れるとかないけど、むしろ猫になった方が体が楽だと思ったけど… なんか使ってんだろなー。


 それにしても、お着替え部屋あったんだ… 

 最初は久々のあの感覚トレースだけに意識飛ばしてた。二度目は自力だから必死になってたし、猫になるのに色々思うところがあったから… 

 三度目の今日は… うん、なんかあれ〜?って思ったんだよなぁ… やっぱ、慣れで余裕? 補助力のお蔭? でも、全然気が付かなかった…




 『おにいさーーーーんっ! サプライズありがとーーーーう!! 部屋も番猫も、ほんとにびっくりしたよーーーーーー!  成績悪くてごめんなさ〜〜〜〜〜いっ  でも、ありがとーーーーーーーーーー!!! 』



 夜道をてってけ走りながら、二度目の心のメールを飛ばしといた。



 それにしても。

 クライムアタックで合ってたんかな? クライムは〜 手足でよじ登るだろ? 光壁に取り付いて、そっからジャンピングのつもりだったんだから〜 うーん、クライムじゃイマイチだったか? かっこいいのって何が良かったかなぁ?



 灯りに向かって、てけてけて〜っとね。






 灯りで明るい通りに出たよ!

 人の流れが動く繁華街。屋台もあった。どっちかってーと屋台村?

 酒が入ってご機嫌な馬鹿笑いしてる大声も聞こえた。もんのすごく安心した。一口に街って言っても明暗が別れてるね。…ふは。俺、一体全体どこ駆けてたんだか。



 そろそろ人に戻れるかな? 馬車に乗って帰ろう。乗り合わせあると良いなぁ。あー、疲れた〜。腹減った。もう歩きたくない。ああ、でも!初めて見る夜の繁華街歩いてみたいーー!! ちょっと買い食いして行きたいーーー!!!


 

 ぐきゅるるるん! 


 ものすごく腹の虫を鳴らす良〜い匂いがした。



 猫鼻をスンスンさせて、ふらふら〜っとそっちに歩いていったんだ。





















 黒色浸漬塗装ブラックコーティングの爪、更にレベルアップ。連動性により、牙もレベルアップ。


 お着替え部屋を理解。一旦、戻るに成功。


 お着替え部屋。

 多方面における異常事態、もしくは軋轢を避ける為に部屋の使用時間制限有り。緊急時の判断は番猫に有り。番猫はカゴに付けられたマスコット猫であって、絶対無敵な何かでは無い。








 番猫より、警告ウォーニング

 『当方のお子様への付き纏い、並びに恐喝行為は許しません』 『如何なる理由とて認めません、見過ごしません』 『複数回認めた場合には、完全排除致します(死に腐れ)







 

愛情を込めて贈る場合(プレゼント)と、そうでない場合(ビジネスライク)。そこにはシビアな違いがある。

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